#10 彼女の本音
一体、どうしてこんなことになったのか……。
今、僕は自分の部屋のベッドの上で仰向けになっている。
電気は消え、時計の針は11時半を指していた。
眠りについてから……いや、正確にはベッドに入ってから20分ほど経った頃だろうか。
そして――僕のすぐ隣には、同じベッドでこちらに顔を向けながら、すやすやと寝息を立てる黒髪の少女。
光を失った部屋の中でも、彼女の輪郭ははっきりと美しかった。
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少し前のこと。
「……え? 僕と同じ部屋で寝る? なんで?」
戸惑う僕に、夏音は少し間を置き、気まずそうに笑った。
「だって……優斗の黒いノート、漁りたいんだもん」
「……はい、別の部屋でお願いします」
即答だ。
あの黒歴史ノートは、たとえ夏音でも見せられるものじゃない。
「いいじゃん! あれ面白いんだから!」
顔を赤くして妙に必死な様子。
この子、一体どれだけあのノートに執着してるんだ。
「いやいや! 人の黒歴史を笑いのネタにされたくないから!」
想像するだけで寒気がする。
あれを見られたら、確実に後でいじられる未来が見える。
「じゃあ優斗が寝た後、別の部屋から忍び込むからね!」
「やめて!? それ、ほとんど泥棒だから!」
「じゃあ同じ部屋で寝かせてくれれば、寝てる間は探さないよ!」
……つまり、寝るまでに見つからなければいいってことか?
「……わかった、一緒に寝よう」
「……へっ!?」
不意を突かれたのか、夏音は変な声を上げた。
「じゃあ僕、布団持ってくるから、その間に探してなよ。見つかればいいけどね!」
そう言って立ち上がろうとすると――
「あ、待って!」
少し焦ったような声に足を止め、振り返る。
「もしあたしが見つけられたら……ベッドで一緒に寝てよ」
「ど、どういう意味!?」
思わず声が裏返る。
「……ま、まあ、対価ってやつ。優斗のノート読む代わりに、一緒に寝る。それだけ」
「……わかった、そうしよう」
できるだけ平静を装ったけれど、内心は心臓がうるさい。
こんなの、眠れるはずがない。
……まあ、どうせ見つからなければ関係ないし。
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そして――現状に至る。
結果は……完敗だった。
ものの数分で発見され、ノートはがっつり見られ、爆笑され、僕の気分は半分グロッキー。
「(おぉぉ……落ち着け、落ち着け……)」
隣で眠る人を起こすわけにはいかない。
深呼吸で自分を落ち着かせようとした、その時。
「……んぅ、優斗……起きてる?」
眠たげな声。
目を開けたら、きっと危ない――そう思って寝たふりをする。
「寝てる……かな」
小さくつぶやく声が続く。
「起きてる時だと恥ずかしいから言うけど……今日は助けてくれて、本当に嬉しかった」
「……!」
息を潜めたまま耳を澄ます。
「無理やり同じ部屋に泊まったのも……今日は一人で眠るのが怖くて、優斗と一緒にいたかったから」
胸の奥が、じんわり温かくなった。
――――――――――――――――――――――――――
「優斗、私ね……」
私はゆっくりと今まで隠していたことを話す。
「優斗と話してると安心するし、すごく楽しいの」
私にとって大切な時間。
だけど――
「でも、私には変な力があって……何度も優斗を危険に巻き込んできた。今回みたいに大怪我をさせてしまったのは初めてだけど……」
少し間を置き、小さく息を吸う。
「だから、ごめん。私が優斗と――」
『一緒にいなければよかった』
そう言いかけた時、優斗が寝返りを打ち、私に体を預けてきた。
まるで「そんなことない」と伝えるみたいに。
「あったかい……優斗、ありがと……」
私は目を閉じた。
頬に、ほんのり温かいものが伝う。
――――――――――――――――――――――――――
「……ふぁ……もう朝か」
昨日のことを思い出し、ため息とも安堵ともつかない息を吐く。
そして、ふと自分の状況に気づく。
「……えっ」
僕は、夏音の腕をしっかり抱きしめていた。
背筋に冷たい汗が走る。
嘘でしょ……やっちゃった……。
腕を抱いているということは当然距離も近い訳で、夏音まつ毛意外と長いなーとか腕細いし体柔らかいなーとか思ったより幼顔なんだなーとか変なことが頭を過る。
とにかく、そっと離れよう……。
左腕はスムーズに抜けた。
しかし右腕を動かそうとした瞬間――
「んぁ……おは――うわあぁ!」
夏音を思わずベッドから押し出してしまった。
幸い、昨日用意しておいた布団があったので怪我はない。
「ちょっと、なにするの!」
「ご、ごめん! びっくりして……!」
とりあえず、誤魔化せた……はず。
「まぁいいや。おはよう」
「……おはよう」
誤魔化せた……か?
「そういえば優斗、朝ごはんどうする?」
「うーん、何も考えてなかったな……食パンくらいならあるけど」
僕の答えに、夏音の表情がぱっと明るくなる。
「あっ、じゃあ作ってあげる! 修行の成果、見せてあげるね!」
言うが早いか、夏音は部屋を飛び出していった。
「ちょ、待って……はぁ、材料あったかな……」
立ち上がろうとして――下半身の違和感に気づく。
「……しばらくは無理そうだ」
僕はそっと、もう一度ベッドに横になった。




