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原因不明

「ありがとうございます。それでは続けさせていただきます。」そう言って私は再び王子のベッドによじ登り聴診器を手に取った。


「殿下、恐れ入りますがお召しのナイトガウンを脱いでこちらを向いていただいて宜しいでしょうか。今は上半身だけで結構です。」王子は私の事務的な口調に少し気後れした様子だったが、私が身じろぎもせず表情も変えずに待っているので居心地が悪そうにしながらも裸になってこちらを向いてくれた。


この世界の礼節では未婚の女性が上半身裸の男性とベッドの上にいるなど許されない状況だろうけど、この際なのでそれは無視する。同じ部屋にエールリヒ様も居るしね。

王子の体は想像通りよく鍛えられていて、日焼けしたなめらかな肌が健康的な印象だった。

右腕の方が左腕より筋肉が発達しているところを見ると、右利きなのだろう。

体のそこかしこに古傷があるのが気になるところだ。


「ご病気になる前は日常的にお体を動かしておられましたか。」

「ああ、私は国王軍の総司令官だからな。毎日鍛錬は欠かさない。」なるほど、体中の傷はそのせいか。それにしてもこの国は私の知る限りでもここ数十年争いらしい争いが無かったはずだけど、そんな平和な時期でも怠らず訓練をするという意識の高さに少し感心した。


「息を吸って、吐いてください。」心音と肺音には特に異常はなさそうだ。

王子は相変わらず私が聴診器を体にあてるのを興味深そうに見守っている。

次は触診だ。


「ベッドにうつぶせに寝ていただけますか。」いい加減私の指示にいちいち反応するのが無駄に思えて来たのか、素直に言われた通りにうつぶせになってくれる。

「お体を触りますが、もし痛いところがございましたらおっしゃってください。」

そう前置きして背骨に沿って上から少しずつ触診していく。

両足の麻痺ということであれば第四、第五腰椎あたりが気になるところだけれど、触れても特に痛いところは無いようだし、触診でも腫れたり異常がありそうな部分はみつからない。


「次は足の診察をさせていただきます。」そういってベッドの上掛けを足の付け根までめくりあげて両足を順番に触っていく。

足の指の股を軽くつねるとどの指でやってもほどほどの痛みを感じるようなので、知覚を伝える神経は異常なさそうだ。

となると足を動かすための神経のみが異常ということか。


今までのところ原因が全く思い当たらない。他に可能性があるのは心因的な原因かしら。

「症状が出る前に何か精神的に強いショックを受けるような出来事などございましたか。」

「いや、特に思い当たらない。」


正直、八方塞がりの状況だけれど、しかたがない一つ一つ丁寧に可能性を探っていくしかない。


最後に血液塗抹標本を作るためにちょっとだけ血を採血させてもらう。

エールリヒ様がものすごく嫌そうな顔をしたけど、王子本人が許可をくれたので気にしないことにする。血液塗抹標本をつくるための染色液と抗血液凝固剤は私のお手製だ。


これを開発するまでに十年くらいかかった。

子供の遊びを装ってこの国で使われている様々な染色液を取り寄せたり、領地内の温泉が湧きだしている場所に行ったりしては重曹が出来ているところはないか探した。

運よく見つけて抗血液凝固剤の製造に成功したのはつい最近のことだ。


私が塗抹標本を作っている間に、王子はナイトガウンを着て居住まいを正していた。

診察してみて改めて分かったのは、王子は見事に無駄のない体をしているということだ。

実用に伴ってついたのであろうしなやかな筋肉に覆われた体は美しいといっても過言ではない。

この並々ならない鍛錬の賜物の美しい体の持ち主が、原因不明の病で一か月もあるいはこの先ずっとベッドに寝た切りの生活を強いられる可能性を考えて胸が痛くなる。


「殿下は鍛えられたとても美しい体をしていらっしゃいますね。どれほど真摯に責務に向き合わられているかが良く分かります。早くまた以前のように体を動かせるように、全力で治療にあたらせていただきますので、どうかご安心ください。」


原因もまだ分からないのに希望的観測で患者さんに期待を持たせるのは私の主義に反するけど、王子という立場も相まって、今この人が抱えている不安とか憔悴とかを考えると言葉にせずにはいられなかった。

私の言葉を聞くと王子はまじまじと私の顔を見つめ、それから視線をそらしてぽつりとつぶやいた。

「そなたの献身に感謝する。」

こうして初日の診察は終わった。


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