竜の加護
「エリザベス嬢、戻ってきたまえ。」室内から王子が私を呼び戻す。
竜を刺激しないように目を見つめたまま少しずつ後ずさりバルコニーから室内に戻った。
部屋に戻った私を王子はなぜか食い入るように見ている。
しばらく私を観察した後、王子は口を開いた。
「そなたに尋ねたいことがある。」先ほどとは打って変わって真剣な声音につられてこちらも緊張する。
「外にいる黒の竜によると、そなたは原始の竜の加護を身に纏っているということだが、心あたりはあるか。」
一瞬何を聞かれたのか全く理解できず、ポカンとしてしまう。
「原始の竜ですか?」
原始の竜というのはこの国とクメール国との間に横たわるインスラ山脈のどこかにある竜の頂に住むと言われている伝説の竜の別名だ。
この国の建国以前から生きているとされ、その身に強大な魔力を宿していると伝えられているが、その姿を見た人はいず、人々の間では伝説上の生き物として扱われている。
「そうだ。原始の竜に会ったことはあるか。」
「ございません。そもそも原始の竜は伝説上の生き物であり存在しないのではないのですか。」
「原始の竜は存在する。私も見たことは無いが、外にいる黒の竜が居ると言うのであれば間違いない。」
確信を持って言われると、見たことも無い竜の存在を実感して想像が止まらない。どんな姿をしているのだろう。一生の間にいつかその姿を見ることは出来るのだろうか。ワクワクしていて重要な事を聞き流すところだった。
「いま、外にいる黒の竜がとおっしゃいましたか。あの竜が私に加護がついていると殿下に伝えたと。殿下は竜と会話ができるのでございますか。」畳みかけるように確認してしまう。
竜と話ができるなんて、ファンタジーここに極まれりだ。羨ましすぎる。
子供の頃観たネバー〇ンディングストーリーという古い映画のファルコンとバスティアンに私がどれだけ憧れたか。
思わずキラキラした眼で王子を食い入るように見つめる。
「ああ。あの竜は私達が話している内容はすべて理解している。竜がこちらに伝えてくる言葉は限られているが、意思の疎通はできる。竜の言葉を理解できるのはあの竜と契約を結んだ王家の限られた者だけだが。」私の勢いに少し押され気味になりながらも王子は説明してくれた。
「それではエリザベス嬢、そなたは自分に原始の竜の加護がついている理由には心あたりが無いわけだな。」
「はい、全くございません。間違いかと思いますが、黒の竜が言うことに間違いはないのでしょうか?」
「ああ、竜の言うことに間違いはない。」となると私には確かに加護がついているらしい。
「ちなみに加護とはなんでしょう。その竜の加護というのを身に纏っていると何か問題があるのでしょうか。」
「分からぬ。そもそも竜の加護を身に纏っている人間など見たことも聞いたこともない。」この国の王子が知らないのであれば、私などが知るわけもない。お手上げだ。王子は相変わらず珍しいものを見るように私を観察している。
「いずれにしても竜の加護を纏っているお前は私に害をなす人物では無いと黒の竜が言っている。好きな器具を用いて好きに診察するが良い。」そんなことで信用して良いのかしらと思わないでもなかったけれど、思いがけず謎の加護が身元保証の代わりになったらしい。仕事がし易くなるのなら原始の竜さまさまである。