アンソニーの想い
アンソニーがエリザベスの居室の窓辺に立ってインスラ山脈の方を見つめて物思いにふけっていると、ドアを開けてパウルが入ってきた。
「やはりこちらにいらっしゃいましたね。」
「パウルか。何か用事か。」
「いえ、用事と言うわけではないのですが、お姿が見えないので。」
アンソニーはパウルから視線を戻してまた窓の外を眺めた。
山脈の頂上付近はもう雪化粧を始めている。
エリザベスの住む高原地帯は秋が深まっている頃だろう。
風邪などひいていないだろうか。
エリザベスがただ一つだけ持ち去ったアンソニーのマントはエリザベスを暖めてくれているだろうか。
考え出すと止めどない想いが溢れてくる。
後ろでパウルがため息をつく気配がする。
「そこまで思い悩まれるのであれば強引にでもお妃として迎えてしまわれたらいかがですか。今の貴方にはその力がおありでしょう。」
不本意さを滲ませた声音がアンソニーの笑いを誘う。
「だが、お前は反対なのだろう。そしてお前の事だからエリザベスにそう言ったのだろう。」アンソニーが当たり前のように言うことにパウルも当たり前のようにうなずく。
「エリザベスはお前になんと言っていた。」
「彼女はご自分の気持ちを私に伝えることはありませんでした。」少し頑なさの含まれた返事にアンソニーはもう一度パウルを振り返った。
「私は知りたがったのですが彼女に怒られました。貴方の感情を蔑ろにするのも程があると。だれよりも貴方にまず伝えるべき想いであり、他の誰にも伝えるつもりは無いと。そして、貴方の心を私に守って欲しいと言っておられました。」
パウルのその答えを聞いて、アンソニーはまたエリザベスが自分を守ろうとして広げた優しい翼の片鱗に触れた気がした。
自分の代わりにパウルすらも諫める強さが、あの幼さの残る女性のどこにあるのだろう。
残されたカルテにすら、アンソニーに対する深い慈愛を感じさせる記述が残されていた。
不思議な縁に導かれてこの世界に生まれ落ちた愛しい人。
「お前から見てエリザベスはどんな人物に見えた。」
「理性的で観察力と洞察力に優れ、聡く状況を読んでそれを行動に移す大胆な行動力を備えておられる。でも情にもろく純粋な面もある。我々が知らない高度な知識と技術をお持ちで、思いもよらない進歩的な意見を呈される。身分を身分とも思わず、すべての人間は平等だと信じておられるあの思想はどのように培われたのか非常に驚くべきことです。その最たるものがあの発言です。陛下にあのような注進をなさるとは、今思い出しても背筋を冷たいものが流れます。」
エールリヒがわずかに顔をしかめる。
「そんな人間が未来の王妃として国政に関わったら何か起こると思う。」
「間違いなく混乱と軋轢が生まれますね。貴方とエリザベス様は挫けないでしょうから、結果としてこの国は良い方に向かうかもしれないが、双方無傷というわけにはいかないでしょう。」
「そうだな。だが私はその軋轢を回避するためにエリザベスに自分らしくあることを抑えさせるつもりは毛頭無いのだよ。エリザベスはあのままであるからこそ、王妃として誰よりも価値がある。」
「それは良く分かりますが、ありのままの彼女は貴方の治世においてあまりに大きな火種になる。」
「今の何の地位もないままのエリザベスではな。」
そういってアンソニーは窓辺から離れてエールリヒに近づいてきた。
そして静かにけれど決意の漲った声で言った。
「あと四年だ、四年。即位までにエリザベスを誰もが王妃として認める立場に就かせなければいけない。ありのままでエリザベスが王妃を務められるお膳立てが必要だ。そのためにはどんな手段があるか一緒に考えてくれ。頼む。」
「貴方のことだ、もはや周囲が何を言ったところでご自分が納得するまでは彼女を諦めないでしょう。」エールリヒは諦めを含んだ口調で同意する。
「ありがとう。甘えついでに一つ愚痴を言ってもいいだろうか。実を言えば私は落ち込んでもいる。エリザベスはなぜ私ではなく父上にあの進言をして去っていたのかと。父上に進言したほうが確実だと思ったのだろうが、悔しさで歯噛みしたい気分だよ。本当のところは次にエリザベスに会うまでに、私はもっと多くの実績をあげ、エリザベスに認めてもらえるような人間にならなければと焦っている。その為には今より一層お前の助けが必要だ。王子としてではなく友として頼む。」
先ほどとは少し違う砕けた口調でしかし真剣に頼むアンソニーの眼には切実な焦燥感が浮かんでいた。
アンソニーが悪びれずに人の助けを借りれるようになったのもエリザベスと関わった後に感じた明らかな変化だ。
すでに多くの影響をエリザベスから受けている。
そしてその影響はエールリヒから見ても好ましいものばかりだ。
恋が人を成長させるとはまさにこのことかと感じる。
動機はともあれ、この先即位までの四年間、王子と共にどこまで面白いことを成し遂げられるか。
どこまで遠くに行けるか。
子供の頃に二人で行った洞窟探検のような、純粋にワクワクする気持ちが久しぶりに蘇ってきた。
少し不本意ではあるが竜に守られた破天荒な主治医を迎えに行くために、親友と新たな挑戦に立ち向かおうとエールリヒが心に決めた瞬間だった。




