拝謁
アンソニー様の熱が平熱に落ち着くまでにそれから二日かかった。
私もアンソニー様も求婚の事については触れず、いつもの診察と他愛のないおしゃべりをして過ごした。
私は出来るだけアンソニー様の傍で過ごすようにしていた。
三日目の朝、突然部屋の外が騒がしくなったかと思うと、扉を開けて陛下が入って来た。
舞踏会で遠目に見かけたときはその風貌までは良く分からなかったけれど、近くで見るとアンソニー様によく似た穏やかな雰囲気の方だった。
「アンソニー、体調はどうだ。」
「ありがとうございます。父上。お蔭様で明日にはベッドから出られるとの主治医の見立てでございます。」そう言ってアンソニー様は私に優しさを含んだ視線を送った。
「エリザベス・ブラックウェル嬢か。面を上げなさい。」陛下は跪いて控えていた私に向かって呼び掛けた。
私の名前をご存じだということに驚きを覚えつつ顔をあげると、陛下の優しい眼差しが私を見ていた。
「此度のこと、エールリヒからすべて聞いた。誠に大儀であった。殊に我が息子の命を救ってくれたこと、命を賭して我が国のために働いてくれたことに心から感謝する。」
「お褒めの言葉を賜り、恐悦至極に存じます。」前世でみた時代劇みたいなやり取りにちょっと笑いそうになるけど、我慢した。
「その方に一つ尋ねたいことがある。」さて、何だろう。王様が私に尋ねたい事って。
「今回、我が息子と一緒に働いてみて、どう思った。この者の王の資質について。」
いきなり王様から剛速球が投げられた。
王の資質って、しかも本人の前でこれを答えろって、辺境領主の娘にはちょっと無茶ぶりすぎやしませんかね。
沈黙に耐えて優に10秒は考えてみたけど、帝王学なんて知らないし、気取った答えは思いつかなかったので、思った通りのことを答えることにした。
「私はあくまでも一介の医務官ですので、お尋ねのご質問にお答えするのは荷が重いと存じます。ただ一介の医務官として申し上げれば、殿下は心身ともに健やかにて、王位に就かれても必ずやその責務を十二分に果たされると信じております。」
「……。」
「加えて、私は医務官であると同時に国民でもございます。ひとりの国民として、申し上げることをお許しいただけるのであれば、私は殿下が王として治める国に生きることを考えると胸が躍ります。」
「そうか。それを聞いて嬉しく思う。ところで、今回のそなたの過分なる働きに褒美をとらそうと思う。なんでも望むものを言うが良い。」
でたよ、褒美攻撃。親子そろって同じこと言うのだから。
まあ君主としては臣下の働きに報いるのは義務だからしょうがないか。
でも実は今回は事前にエールリヒ様から言われていたのでちゃんとお願いしたいことを用意しておいたのだ。
「有難く存じます。では、一つだけお願いがございます。」あ、やばい、緊張して足が震えてきた。
「なんなりと。」
「この国のすべての国民に職業選択の自由をお与えください。」
言った瞬間、宰相様を含めその場に居る人たちが凍ったのが分かった。
そうだよね、一介の医務官、しかもこんな小娘が王様に国の制度について意見しているのだから、身の程知らずにも程があるよね。
そんな中でも王様だけはさすがだった。顔色を変えずに興味深そうに私を見つめる。
「続けよ。」
緊張で心臓が口から飛び出しそうだけど、何に代えてもこれは言い切らなければと、並々ならない使命感に駆られて続ける。
「もとを正せば、この度私が出仕させていただく運びとなりましたのも、わが国に女性の医者が居ないからでございます。ご存じの通り私は動物の医者として故郷で働いておりましところを、女性で医術を習得した者が必要なため召されました。ただし、きっかけが何であれ、私は毒に侵された殿下を治療いたしました。図らずも医師としての役割は女性でも十分果たせると証明できたかと存じます。医者に限りませんが、ぜひ今まで男性にしか門戸が開かれていなかった職業に女性もつけるようにお取り計らいください。また逆もしかりでございます。いままで女性だけが就けるとされていた仕事に才を発揮する男性もおられるでしょう。この国のすべての国民が等しく自分の望む仕事に就けるようご高配賜りますようお願い申し上げます。」
勢いに任せて一気に言い切った。
緊張で呼吸が浅くなっていたのか、言い終わったときには息が上がって呼吸が苦しかった。
でもこの千載一遇のチャンスを逃すつもりはなかった。
この国の女性の地位はまだまだ低い。
男性も自由に生きられる世の中ではない。
少しでも自分に出来ることをしたかった。
王様はしばらく沈黙して私を見つめていたがやっと口を開いた。
「そなたの進言を嬉しく思う。」
その一言を聞いた途端に全身が一気に脱力して震えだす。
「陛下と殿下並びに王家の皆様の弥栄を心よりお祈り申し上げます。」
決まりきった挨拶だけど、陛下とアンソニー様の心に届くように心を込めて言った。
「よい出会いに恵まれたな。」
陛下はそう言ってアンソニー様の肩を叩いて部屋を出て行った。




