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突然の申し出

竜の頂から戻ってきたアンソニー様は、そのまま前後不覚に陥った。


それでも王宮に着くまで弱音ひとつ吐かず、私が怖い思いをしないように寒くないようにと気遣って黒の竜を飛ばしてくれたのはさすがの精神力と体力だった。


高熱、関節の腫脹、全身のリンパ節の腫脹に発疹、時に嘔吐と教科書に載っている症状をすべて網羅するような典型的な重症の血清病だった。


ツキシロが死なないと保証してくれたので、多少は心の余裕があったけれどそれでも目の前で苦しんでいる姿を見れば自ずと張りつめた日々が続く。

時々取り戻す混濁した意識の中で、熱に侵された焦点の合わない瞳で私の姿を捉えては安心したように笑うのが嬉しいような切ないような数日を過ごした。


看病の最中でツキシロに言ったお願いが予想の斜め上をいく方法で叶えられていることに気づいた。


竜の頂から帰ってきた日から、私は意識を集中すると患者のどの部分がどんな異常をきたしているか透視できる魔法と、患者の体内の病原細菌やウイルスを手をかざすことによって除去できる魔法を身に着けていた。

なるほど、私もまさかツキシロがドラ〇もんみたいにCTや超音波検査装置を空中から取り出すとは思っていなかったし、有り余る魔素を体に宿している存在としてはこういう方法が一番簡単だったんだろうと納得した。


アンソニー様の熱が四日ぶりに37度台に下がり、全身症状が落ち着いてきたその日の朝、私は眠っているアンソニー様の傍を離れ、看病を侍女さんにお任せして自室でゆっくりとお風呂を楽しんでいた。

ここ数日はアンソニー様の容態が安定しなかったために、体の汚れを落とす程度の簡単な湯あみしかしていなかったけれど、前世日本人の私としては疲れをいやすために湯舟に浸かってゆっくりする時間が恋しかった。


髪も体も洗ってさっぱりして、まだしめっている髪を結わずに後ろに流して部屋着でくつろいでいると、慌ただしくノックする音が聞こえた。


「はい。どうぞおはいりください。」

入ってきたのは看病を託してきた侍女さんだった。


「どうしましたか?アンソニー様の容態に何か?」そう尋ねると、侍女さんは困惑した顔で答えた。


「いえ、容態は大丈夫なのですが、アンソニー様が急ぎエリザベス様をお呼びするようにと。」なんだろう。何か気掛かりなことでもあるのかしら。

今朝の診察のときは特に状態は悪く無かったけど。

とりあえずきちんと身支度する時間はなさそうなのでそのまま行くことにした。


「アンソニー様、お呼びだと伺いましたが、どうなさいましたか。」ベッドの傍に寄るとアンソニー様は視線で侍女さんを下がらせた。


「髪を結っていないのだな。」そう言って私の髪を一房すくい取って光に透かす。

そのしぐさにドキッとした。


「あ、すみません、お見苦しくて。お風呂に入ったばかりで、まだ乾ききっていないので。」

「いや、お前が髪を降ろしている姿は好きだ。いつもより幼くみえる。とても可愛い。毎日そしていれば良いのに。」


うわ!なんだ、これ。おかしい、高熱のせいでちょっとおかしくなったかな。

「アンソニー様、どうしました。高い熱が続きすぎてちょっとおかしくなりました?」とりあえずベタなツッコミをいれてみる。


「特にそういった症状はない。まだ体がだるいがいたって気分は良い。だが目覚めた瞬間にお前が居なかったので寂しかった。」あ、だめだ、まだ続いている。

なんとかやめさせないと私の心臓がもたない。


「なんですかそれ。子供じゃないんですから、主治医が居なくても安静に寝ていてください。」いつものからかいだと分かっていても顔が赤くなる。

恥ずかしくて思わず横を向いてしまった。


「用事はそれだけですか?それだけなら下がらせていただきます。」きびすを返した私の背にアンソニー様の声が追いかける。



「エリザベス、私と結婚してくれ。」



一瞬で硬直した私は恐る恐る振り返って言った。


「…………。いま、何て、おっしゃいました?」


「聞こえなかったのか。私と結婚してくれと言ったのだ。」


「あの、ご自分のおっしゃっていることお分かりですよね。」


「当たり前だ、私は人生で初めての求婚を無自覚にするような男ではないぞ。」そう言いながらアンソニー様はベッドから降りてきて、私の目の前で跪いた。


そして私の右手をとって甲に優しくくちづけ、私の眼をまっすぐに見つめて言った。

「エリザベス・ブラックウェル嬢。私は貴女を生涯の伴侶として娶りたい。どうか私と結婚してもらえないだろうか。」


「…………!」


全く理解が追い付いていない頭より先に体が即座に反応する。

一気に顔に血が上って、ボンと音がしたのではと思うくらい顔が赤くなったのが分かった。

膝ががくがくして、ふわふわして思わずしゃがみ込んでしまうけど、しゃがむとアンソニー様の顔が近くなってしまうので、それはそれで耐えられない気がして自分の膝に顔を伏せる。

それでも首筋まで赤くなっているのはバレバレだろう。


「エリザベス、お前にはなぜ私がこんなことを言うのか不思議に思うかもしれない。だがもちろん一時の気の迷いなどではない。返事をすぐにくれとは言わない。納得いくまで考えてもらっていい。何か私に聞きたいことがあればどんなことでも答えよう。」そこまで言って言葉を切ったアンソニー様が姿勢を変えた気配を感じたとたん、耳元で低い声が聞こえた。


「お前が好きだ、エリザベス。愛しているよ。お前が私の求婚を受けてくれることを心から願っている。」

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