表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

原始の竜

事態を見守っていたエールリヒ様に向き直る。


「この毒は竜の頂に住むと言われているこの大陸で唯一の毒ヘビの毒です。以前このヘビに咬まれた山岳ヤギを治療したことがあります。アンソニー様を治療するための薬の材料を手に入れに行ってきます。エールリヒ様は今から言うものを私が帰ってくるまでに揃えておいてください。」そう言って必要なものを伝えた後、バルコニーにいる黒の竜に向き合って言った。


「黒の竜、貴方が契約を交わしたアンソニー様しか背に乗せないことは知っているけど、でもどうしてもアンソニー様を助ける薬の原料を手に入れるためには竜の頂までいかなければいけないの。私を乗せて飛んでくれない。」

一縷の望みをかけてそう黒の竜に言うと、黒の竜は小さく鳴いて以前背に乗せてくれた時のように首を低く下げて私が乗りやすい姿勢をとってくれた。

「ありがとう!」


ここでまたエールリヒ様に向き直る。

「エールリヒ様、私を黒の竜の背に縛り付けてください。」

以前はアンソニー様が支えてくれたから何とか乗れたけど、今回は一人でしかも最速の速さで飛んでもらわなきゃいけない。

竜の頂まで自力で落ちずに乗っている自信は無い。

診療鞄と自分を黒の竜の鞍にしっかり固定してもらって、出掛ける準備は出来た。


「黒の竜、竜の頂まで全速力でお願い。私の事は気にせずに飛んで。」

そう言うと黒の竜は放たれた矢のように一気にバルコニーから上空に向けて斜めに飛び出した。

前に乗せてもらった時とは比べ物にならない。

翼以外の全身を一直線にして、可能な限り空気抵抗を少なくする姿勢をとっていることから、本気で飛んでいるのが分かった。


私は風圧で振り落とされないように目を閉じて竜の背に必死でしがみ付いて、黒の竜が飛ぶ邪魔にならないように耐えるしかなかった。

時々薄く目を開けて前方を見ても、黒の竜は雲の上を飛んでいるので今どこなのかは分からない。

雲の上の美しい景色を楽しむ余裕はなく、ひたすら自分の恐怖心との闘いだった。


私の精神力の限界が近づいてきたころ、黒の竜が一気に下降し始めたのが分かった。

下降の瞬間は今までの人生で味わったどんな瞬間よりも死の恐怖を身近に感じる。

指一本動かしたらそのまま体ごと黒の竜の背から滑り落ちてしまいそうな錯覚を覚える。

さっきまであり得ないレベルで更新されていた精神力の限界は下降を始めた瞬間にとっくに突破し、正直に言って発狂していない自分を褒めてあげたい。


永遠には続かない。

いつかは下降が終わるという事実のみが今の私の唯一の支えだ。


意識を失わないために眼を閉じて必死で数字を数えていると十数えたところで少し下降のスピードが緩んだ気がした。

怖すぎて感覚がマヒしてきたのかと思ったけど、確かに速度が遅くなっている。

意を決して薄く目を開けると、インスラ山脈が眼下に迫っている。

その頂にその部分だけ隆起したような、取り残されたような巨大な台地が見え、その台地の真ん中にぽっかり空いた直径数キロはありそうな大きな穴があった。

穴の底には小さな湖がありその湖畔に向かって一直線に黒の竜が下りていくところだった。


何とか無事についた安堵感で恐怖心が和らげられ、これから着陸する場所を観察する余裕が出てきた。

伝承によると竜の頂はインスラ山脈のどこかにあり、周囲が高い崖に囲まれていて、その崖を登る以外に人が入り込むことは出来ないと聞いていた。

万が一登り切ったとしても竜の頂にはそこにしか生息していない毒蛇や危険な動物が居て、足を踏み入れた人が生きて出ることは出来ないと伝えられている。


空を飛ぶことの出来るペガサスやグリフォンは人をその背に乗せているときは決してインスラ山脈に近づかないことから、上空から観察したことがある人も居なかった。

この台地の形は前世で訪れた事がある南米のギアナ高地にある有名なテーブルマウンテンに似ている。


なるほど、ここは巨大な天然の要塞だ。

かろうじて切り立ったテーブルマウンテンの外側を数百メートル登ったとしても、今度は穴の底にある湖まで数百メートル降りなければいけない。

そしておそらくテーブルマウンテンの上や穴の底の生態系はこの大陸の他の地域の生態系と何万年も前に隔絶されたせいで他では絶滅した毒蛇がまだ生き残っているのだ。


黒の竜が湖の湖畔に降りると、上空からは見えなかったけれど対岸の森の中に小さな神殿があるのが見えた。


「黒の竜、この竜の頂を守っているという原始の竜にお願いがあるんだけど、どこにいるか知ってる?会えるかな?」

そう言いながら震える指でなんとか結び目をほどいて黒の竜の背から滑り降りる。

怖すぎて腰が抜けているけど、黒の竜につかまってなんとか体を支えると、黒の竜が私を支えたままその場で方向転換して頭で神殿の方を指し示した。


神殿の入り口を見るとさっきは何もいなかったところに忽然と竜が現れこちらをじっと見ていた。

その竜はクリスタルのような透明で硬質な鱗を体に纏って日の光をキラキラと受けて静かに佇んでいる。


その姿を見た瞬間、強烈な既視感が私を襲った。

なぜだろう、ひどく懐かしい。


理由もわからず滲んできた涙を指の背で拭って原始の竜に向き直る。

対岸まで歩いていく体力は無い。

気が付けば魔力もギリギリの状態だ。

気力を振り絞って声を張り上げる。

なぜか声が届く気がした。


「原始の竜。ゴア王国の王子が毒蛇の毒で刺されて瀕死の状態です。王子を救うには、毒蛇に咬まれたことがある山岳ヤギの血液が必要です。この竜の頂に住む山岳ヤギから血を分けてもらえないでしょうか。ヤギを必要上に傷つけることはしません。痛みも与えません。どうかお願いします。」


そういってその場で膝を折って頭を下げる。

そのまま頭を下げているとかすかに対岸が明るくなった気がして、顔を上げた。

見ると原始の竜の前に直径1mほどの明るい光の玉が浮かび上がりそれが湖の上を静かに移動してきていた。


茫然としながら見つめていると光の玉はそのまま私のところまできて音もなく私の体を覆った。

不思議な暖かさに満ちた光が体全体に染み込み、体中に力が満ちてくるのが分かる。

枯渇しかかっていた魔力すらも溢れんばかりに戻っている。

びっくりして対岸をみると原始の竜は変わらずそこに佇んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ