呼び出しの真相
舞踏会会場で多くの人が私について尋ねたが、一様に突然アンソニー様のパートナーとして出席した私に驚き、興味はあれど私について情報を持っている様子ではなかった。
当たり前である、辺境の貧乏領主の次女など社交界には縁がなく、王宮に召されてからも白のお仕着せを着てアンソニー様の部屋と自分の部屋を朝晩ひそかに移動するだけ、あとは薬用植物園を散策する程度だ。目立つような行動はまったくしていない。
これまでの私の存在を知る機会があったのはアンソニー様と、エールリヒ様、宰相閣下、それにダンスの先生と口の堅い侍女ひとりのみだ。
なのにクメール国大使は私を『噂の』人物と表現し、私がどの部屋で暮らしているのかも把握していた。そしてあからさまにアンソニー様と私の関係が実際のところどうなのかを探ろうとしていた。
理由は簡単だ。私がアンソニー様のお手付きになり懐妊、出産などしたらクメール国にとってこの国を乗っ取る計画に支障が出るからだ。
現時点でアンソニー様を亡き者にすれば正当な王位継承者がいなくなり次の王位をめぐって内輪もめが始まる。他国にとっては非常に付け入りやすい。しかしもし私が懐妊して男の子を生めばたとえアンソニー様を暗殺しても内乱は回避される可能性が高くなる。
であれば私が妊娠する前にアンソニー様を暗殺するための次の一手を打ちたいところだ。
すべては宰相が私を呼び出した時からしくまれていたのだ。
膠着状態が続いている事態を打開するために、アンソニー様が特定の女性に入れあげていると見える状況を作りたい。そうすればクメール国が動かざるを得なくなるからだ。
ただしあの時点ではアンソニー様は重体だと見せかけていたので、不自然さがなく新たに近づける人間は医師ぐらいのものだ。
だがこの国で医師の職に就くのは男性に限られている。
そこで動物に医療行為を施しているという噂の私を召し出したのだ。
辺境の貧乏領主の次女という私の身分もちょうど良かったのだろう。
都の名のある貴族の子女ではクメール国に面が割れているし、たとえ表面上とはいえすべてが終わった後にアンソニー様との関係を清算するのが難しくなる。
私であればアンソニー様との関係が醜聞となったところで大きく問題にはならず、アンソニー様の一時の気の迷いで片づけることができると踏んだのだろう。
私は宰相によってアンソニー様に差し出された駒だったということだ。そしてアンソニー様はその駒を受け取り今日の舞踏会で私を最愛の恋人のように扱い、私が妊娠する可能性を匂わせて事態を動かすための罠をはったのだ。
次々とパズルのピースがはまるように自分の置かれている状況がクリアになった興奮と、次に待ち構える波乱の予感にベッドに入ってもいつまでも寝付けなかったので、気を落ち着かせるために庭に散歩に出た。
いつもの白いお仕着せの上にショールを纏って薬用植物園を抜けバラ園をゆっくりと歩く。
満月の綺麗な夜であたりを満たすバラの香りが興奮した心を落ち着かせてくれるような気がした。
そのままゆっくりと歩いていると後ろから足音が聞こえ、振り返ってみると普段の軍服に着替えたアンソニー様が濃紺のマントを纏って立っていた。
「いまから見回りですか。」アンソニー様が毎晩欠かさず黒の竜に乗って王都を上空から見廻っているのはエールリヒ様から聞いていた。舞踏会のあった夜でも行くのかと少し驚いたが最高司令官としての務めであれば、見かけより遥かに真面目なこの方なら欠かすことはないのだろう。
「ああ、だが出掛ける前に少しお前と話しをしようと思って部屋を訪ねたら居なかったので探していた。」そして一度口を噤んで視線をそらす。また思い直したように重々しい口調で再び口を開いた。
「パウルから聞いた。お前が気付いたことを。」
「はい。やっと目の前の靄が晴れた気がして非常に爽快な気分でおります。」そう答えた私にアンソニー様はあっけに取られたような顔をした。
「いま爽快と言ったか?」
「はい、申しました。誰だって自分の置かれている状況がよく分からなければもやもやいたしますし、分かればすっきりいたしますでしょう?」当たり前のことをなぜ説明させられているのがよく分からないといった風の私をしげしげと見つめたアンソニー様は、
「適わないなお前には。」とすこし安心したような顔をして力なく笑って言った。
「今日の舞踏会の出来は素晴らしかった。何か褒美を取らそうと思うのだが、欲しいものは無いか。」
「特に何もございませんが…。」
「そう言わずに何かないか。私は大抵の望みを叶えることができると思うぞ。」そこまで言ってくれるなら、今日ならもしかしたら許されるかと、ためらいながらもアンソニー様に初めて会った時から心に抱いていた願いを言ってみることにした。
「あの、黒い竜に乗って空を飛んでみたいのですが…。叶えていただけますでしょうか。」恐る恐る願いを口に出したがいっこうに返事がない。
そろそろと上目遣いにアンソニー様の顔を見ると、アンソニー様は口を押えて笑うのをこらえていたがこらえきれずについに笑い出した。
「お前は日頃は歳を偽っているのかと思うほど大人びているというのに、時々まるで子供のようなことを言うな。ああそうか、王宮に来たのもペガサスに乗りたかったからだと言っていたな。私と踊っているときも空を飛ぶようだと言っていた。お前はよほど空を飛びたいのだな。黒の竜が背にのせてくれるかどうかはあれに聞いてみないと分からないが、恐らくお前なら大丈夫だろう。」
そういってアンソニー様は鋭い口笛を吹くとどこからともなく黒の竜がアンソニー様の横に舞い降りてきた。
黒の竜は私を乗せて飛ぶことを許してくれたらしいので、さっそくいそいそと傍に近づくと首を下げて私が背に乗りやすいようにしてくれた。
先に乗ったアンソニー様が差し出してくれた手を握ると脇の下に手を入れて一気に持ち上げられ鞍の前に横向きに座らされる。手綱をもつアンソニー様の両手が私の体を囲い、体の側面をアンソニー様にくっつけて腰に手を回しておくように言われる。
ここにきて私は非常に焦った。竜に乗って空を飛びたいとそのことばかり考えていたので、具体的にどうするかということを全く考えていなかったのだ。
まさかこんな形でアンソニー様に抱きつくことになるとは予想していなかった。迂闊としか言いようがない。できれば今からやっぱりいいですと言いたい気もするが、竜に乗れるチャンスをみすみす逃すのも悔しいし、止めるにしても恥ずかしくて止める訳を正直に言えるわけもない。
しばらく自分の中で葛藤したけど、やっぱり憧れの竜に乗りたい気持ちが抑えられず、おずおずとアンソニー様の腰に手を回した。抱きついたアンソニー様は舞踏会の時の華やかな香水の香りではなく、干し草のようなかすかに甘い落ち着く匂いがしてどこか懐かしさを覚えた。




