出会い
これは経験。
これは運命。
と、ぼくはふと昔のことを思い出した。
「わたしはあなたに会えてよかったよ」
唐突に言うのは明美だった。冷夏堂明美、彼女は何の変哲もない女子だ。読書が趣味で、大人っぽくて、高嶺の花だった。何の変哲もない女子だ――たぶん、ぼくは明美だけを女の子として見ていたんだ。
今の明美はぼくの何なのか……友達という訳でもないし、連絡を取り合う間柄でもない。ただ、幼稚園と小学校と中学校が同じだった。ただそれだけの間柄だ。
「ぼくは出会っていなければよかったと、今頃になってそう思うよ」
最近になって気が付いたのは、明美とは幼稚園の頃から中学までずっと両想いだったということだ。お互い同級生に覚られないようにしていたんだ。ぼくは明美を見て見ぬふりをして、明美はぼくを見て見ぬふりをしていた。自分のこころを嘘で塗り固めて、忘れようとして、今こうしてぼくだけは忘れられないんだ。
初めて明美の家に行ったのは小学生になった頃だ。
その時、自転車で競争したのを憶えている。明美と明美の弟とぼくの三人で競争したんだ。そのレースで明美の弟が転んでしまって、泣いたんだ。
明美は泣いた弟の手を引いて家に戻ったんだ。長女の明美は責任感の強いヒトだった。ぼくは末っ子だから長女と長男というのはそういうものなのだと思っていた。
「わたしは、恋できていたんだと思う」
「ぼくは愛のない恋をしていたんだと思う」
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
「明美を幸せには出来ないと思っていた。現にぼくは明美を幸せに出来ていないから」
「バカじゃないの」
明美は泣いていた。
将来のことを考えると、ぼくは誰も幸せに出来ない人間だと思ったんだ。
頭は悪い、運動神経も悪い、何も達成したことがない。こんなぼくが明美を幸せにすることなんてできない。出来ないことばかりで、出来ないことばかりやろうとする。
ぼくはぼくを憎んでいた。
「ごめん、ぼくはバカだ。」
「どうしていつも謝るの?」
「ごめん」
「だからなんで謝るの!」
どうして謝るのか。自分でも分からない。どうしてぼくは謝っているんだろう。
「もういい!」
明美はそう言って歩き出した。
ぼくに何かできるのか? 彼女を追ってまた謝るのか?
ぼくには分からない。ぼくにできることは無い。
今日は晴れだ……なのに少し寒い。