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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅶ章.レベル61~70
99/138

99.イベント「私のカツラを知らないか?」2

 アコニトを皮切りにドライゲン全域で脱毛が始まった。


 午前中までの静けさが嘘のように続々と報告が上がってくる。

 すでに現場に出てもどうしようもなく、木村たちは原因の検証にあたっている。


「食料品に脱毛を誘発する薬が混ぜられていたと推測される」


 フルゴウルが目下での結論を速やかに出した。

 あっという間に結論が出せたのもアコニトの犠牲によるところが大きい。


 慌ただしい対策室で禿げたのは唯一アコニトだけだ。

 なぜアコニトだけが禿げてしまったのか?

 これを突き詰めた結果である。


 繰り返すが、禿げたのはアコニトだけだ。

 部屋にはセンサー役がウィル、フルゴウル、グランド、モルモーと四人もいるが誰も反応できなかった。

 故にアコニトが禿げたのは魔法やそれに類する影響とは考えづらい。

 もちろんこちらのセンサーを上回る魔法の可能性もある。


 魔法ではないという前提を元に、十人以上が詰めている部屋でアコニトだけが脱毛したなら、当然として抜けた原因があるはずである。

 もしも他の人間が禿げたなら、結論は出せなかっただろう。


 今日初めてドライゲン、そのワイバーン城を訪れたアコニトが禿げたということが条件を絞る鍵となった。


 他の人間がせず、アコニトだけがおこなったこと。

 それがずばり出された軽食を平らげたことだ。


 他の兵士達は忙しさのあまり、まったく口にしていない。

 木村たちもリン・リーに提供された昼ご飯を優先したので食べていない。

 リン・リーから食事を提供されず、他人の分まで全て食べてしまったのが、唯一、アコニトだった。


 城内で脱毛被害にあった兵士たちも食事をしていたことがわかった。

 食べた品目も洗い出され、原材料に薬が混ぜられていたと判明。城下の都でも同様とわかり、卸した業者があっという間に事情聴取された。


「しかし、見事なものだね」


 落ち着いたところで、フルゴウルが禿げたアコニトを見て告げた。

 アコニトはあまりにもピィーピィー騒ぐので、おっさんに静かにさせられた。

 今は半目を開いて地面に胡座を組んだ状態で座らされている。まるでどこかの大仏のようである。


 修学旅行で行った奈良の大仏と雰囲気が近い。

 アコニト如来像と言えば聞こえは良いが、中身は世俗に塗れ、酒も薬もやる。如来からは遠くかけ離れた存在だ。

 また、仏の頭はもじゃもじゃしているが、このアコニト如来はつるっぱげだ。

 顔を映すまではテカテカしていないが、光を反射しややまぶしい。

 後でぜひヘルンに写真を撮ってもらいたい。


「頭の輝きがすごいですよね」


 フルゴウルが「ん」と口に含んでから木村を見る。


「誤解させてしまったようだね。私が『見事』と言うのは食事に混ぜられた薬に類するもののことだよ」

「あ、そっちでしたか」


 モルモーは笑いをかみ殺している。

 どうも彼女の笑いのツボがこのあたりにあるとわかった。


 一方、ウィルは真面目な表情だ。

 重々しく口を開く。


「アコニトさんは毒に抵抗があります。その彼女がこの有り様ですからね。どのような薬なんでしょうか? 人体への害も相当と考えられますね」


 木村は一瞬だけウィルの意見に頷きかけた。

 しかし、前半の意見はやや違う可能性が高いと考え直す。


 アコニトの毒への抵抗は確かにすごい。カクレガのキャラでもピカイチだろう。

 ただし、酒やハッパといった毒は効く。なんならアコニトの毒の全てに耐性がある木村だってアルコールは効く。

 システムと呼ぶのが正しいかは置いておいて、毒でもある程度の取捨選択がされていると考えられる。

 あるいはイベント効果による毒耐性無効が働いているかだ。

 薬を摂取すれば問答無用で脱毛する可能性がある。


 後半の人体への被害はもっともだ。

 髪がこれだけ見事に抜ける薬だ。他の弊害が人体にあってもおかしくない。


「現状で人体への被害は報告されていないね。脱毛によるショックと過呼吸くらいか。むしろ体のだるさがなくなった、頭痛・肩こり・腰痛等の痛みが軽減したといった快方側の報告が多い」


 木村は報告を聞いて安堵する。

 言っちゃ悪いが髪が抜けた程度で済むなら御の字だ。

 もしもこの薬が致死性のものだったなら、すでに最悪の事態になっていた。

 髪は抜けるが、元気になっているならさほど問題に感じない。


「現時点で報告が上がっている脱毛被害は53件だね。明日はもっと増えるだろう。抜けた髪に関しては、当該被害者の脱毛時刻と居住地域をタグ付けして保管室を設置して、そこに分類しておかれることになっている」


 後で検証ができるように、とフルゴウルは締めた。

 なお一部の髪は持ち主に残し、大部分が保管室に置かれることになるようだ。

 保管室を見てみたいが、見たら気持ち悪くなる気がした。あるいは笑ってしまうかだ。たぶん笑う。


 けっきょくこの日は脱毛被害が主でそれ以上のことは起きなかった。




 イベント二日目に入った。


 時刻が早いため、都の人はまばらだ。

 一部に髪の抜け落ちた人が見られる。兵士も同様だ。

 昨日の今日で、被害がかなり広がっている様子と木村たちも悟った。

 髪が抜け落ちた人が外出を控えているとわかる。あるいは外出を禁止しているのか。


 城に行くと、アルマーク一世も禿げていた。

 どうやら今朝は飲み水にも脱毛薬が混ぜられる事態に至ったらしい。

 最初は摂取を控えていたが、脱毛以外の害がないことは実証済みだったのでアルマークも水を飲んだようだ。

 職務に精励しているので、やはり脱毛以外に害はない。逆に疲れがとれたとも話している。


 昨日は「危険だから新しい食料品による食事を控えろ」と令を出したが、今日の早いうちに撤回するようだ。

 「脱毛以外の害はないので、飲食を控えて体を害するよりもきちんと食事をとれ」に変更するとのこと。

 また、捜査の状況を説明するともしている。


 ちなみに捜査は牛歩の進みだ。

 卸業者までは早かったが、業者の誰も犯人ではなく、犯人に心あたりがないとのこと。

 尋問系の精神を操作する魔法で確認したので間違いないようだ。


 そうなると流通の段階で混ぜられた可能性が高く、細かい捜査に入っている。

 ルートから納入日、運搬者までを洗い出し、そこからルートの異常を探すのですぐにはわからないだろう。


「愉快犯と見えるね」


 端的にフルゴウルが結論づけた。

 その顔は穏やかである。ウィルもほっとしている。


 薬を仕込んだ手口は鮮やかである。

 イベントの開始時点から薬が効力を発揮するように仕込んでいた。

 さらに、薬を仕込んだのがいつなのかもわからないし、どうやって仕込んだのかもわからない。


「髪が抜けることを除けば、人体に被害はない」


 被害どころか、疲労は回復し、病気すら快方に向かうという。

 温泉かな、と思うくらいの効用だ。


「言ってしまえば遊びだ。私が見る限り、人々が混乱するところを見て楽しむことが目的と受け取れる」


 木村たちの緊張感は欠けてきていた。

 犯人の手際や手口は率直に感嘆に値するが、やることがしょぼい。

 今までのイベントとは比較にならないほどスケールが小さい。

 都市全域を巻き込んでいるが禿げるだけだ。


「もちろん、これからより大きな災害が起きる可能性も捨てきれない」


 一同が頷いた。

 禿げることが第一段階で、次の段階があるのかもしれない。

 次は眉毛が全部抜け落ちたりするのだろうか、などと木村は変な方向に思考が走っていた。


 二日目はけっきょく脱毛の報告ばかりで終わってしまった。


 まさに不毛な一日である。




 三日目である。


 室内にいる帝国の人間は全員の頭部から毛が抜け落ちた。

 街を歩いている人たちも禿げが目立ち始めていた。


 禿げが増えて、帽子屋が大繁盛しているらしい。

 そりゃそうだろう。政府も帽子を購入する際の支援金を出しているとのことである。


 アコニトも帽子をかぶってパーティーメンバーに入っている。

 彼女にしては珍しくやる気だ。髪を奪われたのがよほど頭にきているらしい。

 クスリもやらず、まともなタバコを吸って、犯人が見つかるのを静かに待っている。静かすぎて怖い。


 新たな事実が判明した。

 この禿げは一種の状態変化だとわかった。

 髪が抜けるのではなく、禿げになるという状態変化だ。しかも、類を見ないほど強力だ。


 なぜ状態変化だとわかったかというと、これもアコニトによる功績である。

 カクレガメンバーが死亡した場合は、戦闘や事故による全状態異常及び欠損がリセットされて復活する。

 すなわち、リセット時に髪も復活する……はずだった。


 アコニトはデスリセットを狙って訓練室で香を焚いた。

 当然、おっさんがぶち切れて、アコニトは訓練室の床にゴキブリのごとく叩き潰された。

 木村はその場で見ていなかったのだが、あまりにも壮絶な一撃にウィルが震えていたとだけ伝え聞く。


 復活後、アコニトは禿げのままであった。

 神は復活するのに、髪は復活しない。

 禿げは死んでも治らない。

 死に損である。


「ああああああ!」


 アコニトは切れた。

 頭を掻きむしるが髪はない。

 爪が頭皮をダイレクトに傷つける。


 イベントの終了でおそらく戻る。あるいは元凶を倒すことで髪も戻ると推定される。

 そう伝えたので元凶を倒すべくアコニトは、部屋の隅でスタンバイしているわけである。

 坊主頭でタバコを吸って、目つきも怖いので、知らない人が見ればそっちの人かと思うほどだ。

 本当は本人が探しに行きたいようだが、彼女が外に出れば騒ぎは必至。

 それどころか犯人扱いされかねない事態になる。


 普段ならどうせアコニトが張り切ったところで、やられるフラグ立っただけと木村は思う。

 しかし、今回の彼女は目が据わっている。もしかしたら今回ばかりは相手の方が危ないかもしれないと考えていた。




 四日目に入り、木村は飽きつつあった。


 帝都全域で脱毛しきったためか、目新しい報告は上がってこない。

 犯人探しも情報がなく足踏み状態だ。


「ここにおっても埒があかんぞぉ!」


 パーティ唯一の禿げキャラが進捗のない現状に苛つき席を立った。

 誰も彼女と関わろうとしないので、仕方なく木村が彼女の側に寄る。


「アコニト、落ち着いて」

「ここで待ってもどうしようもないぞぉ。犯人を一刻も見つけ出してもがき苦しませて殺さんと儂の髪は成仏できんわぁ!」

「ほらほら、部屋でずっと座ってるから気が立ってるんだよ。ちょっと散歩でもしよう」


 キレやすい老人を介護する役に木村は徹した。

 とりあえず城内を散歩することになった。


 アコニトも帽子を被っており、お目付役にグランドもつく。

 彼も城下の見回りからいきなり側近にされ、業務も満足にこなせておらず、ほっと一息ついていた。

 偉い人の近くで静かに待機しているよりも、動き回っている方が落ち着く性分なのである。


 木村も部屋にずっといてつまらなさを感じていたので、アコニトの癇癪は渡りに船だった。



「こちらが飛龍の飛び口であります」


 グランドが彼のわかる範囲で城内を案内してくれる。

 アルマークのお墨付きが出ているので、あちこちに行ける。

 飛龍が実際に城壁から飛び立つ所も案内してくれているところだ。

 グランドも城内に詰めることは滅多にないようで、普段見ないところを見て楽しんでいた。


 飛龍とそのパートナーがいる。

 さらに彼らの近くの壁には、出入り口が設けられていた。

 実際に扉を開けてみせてもらうと、手すりのないバルコニーがあった。


「危ないからあまり近くに寄るんじゃないぞ」

「うん」


 おっさんの言葉に、木村も素直に頷く。

 木村は高所恐怖症というわけでもないが、シンプルに恐怖を感じた。


 足を滑らせでもすれば転落して死亡だ。

 開け放った飛び口からは、容赦ない風が木村の体を煽っている。

 街を一望できて景色は良いのだろうが、安全の保証があってこそ景色は楽しめるものである。


 アコニトもさすがに景色を見ようとしなかった。

 高さへの恐怖というよりも、後ろにいたおっさんを警戒しているためだ。

 木村も何となくわかる。「危ないぞ」と言いつつ、アコニトを蹴って落としそうである。

 以前もこの流れで川に蹴り落としたので、ないとは言い切れない。


 気づいてはいたが、城というより要塞に近い。

 アルマークも派手な装飾を好むタチではなく、絵画や骨董品といったものがほとんど飾られていない。

 機能性というべきか、あまりにも実務に寄っていて無駄がない。


 木村としてはカクレガの機能面向上に役立ちそうなことが見つかるので楽しめる。

 一方、機能面など興味がなく無駄こそを楽しむアコニトは真逆だった。


「つまらんところだぁ。城主の人間性をよぉく示しとるなぁ」


 機嫌が良くないためか、アコニトから歯に衣着せない言が飛び出す。

 無関係な位置にいれば木村も笑ってもいられるが、彼女の真横で兵士の睨みを一緒に受ける立場としては笑えない。

 グランドもたしなめるが、アコニトはまったく聞く耳を持たない。

 けっきょくおっさんに力づくで黙らされた。

 やはり暴力。力が全てを解決する。


 城を下へ下へと降りていく。

 下に降りれば降りるほど機能が一般的なものになっていく。

 普通に食堂とか兵士の訓練室だった。このあたりはさほど見映えするものでもない。


 ついに城から出た。

 このあたりは探索していない。

 さほど見ても面白いとは思えなかった。


「この先には講堂があります。見られますか?」


 ただの講堂なら木村もすぐに返答できただろう。

 しかしながら、現在、この講堂は髪の保管庫に使われている。


「いやぁ、うーん……」


 木村の胸の内に漂うのは何とも微妙な気持ちだ。

 初期の保管室がいっぱいになって、城内の講堂を急遽保管室にしたとは聞いた。

 一人当たりの保管量も減らしたと聞いたが、ドライゲン数万人の髪が一カ所に集まっているわけである。


 人ではないが、元々が人に付いていたモノなので気持ち悪さが拭えない。

 木村に霊感はまったくないのだが、それでも怨念というかそういったものを感じてしまいそうだ。

 だが、一カ所に数万人分の髪の毛が安置されている光景は、今を逃せば遠き将来にわたって見ることがかなわないだろう。

 これも異世界ならでは、と言えなくもない。


「……見ましょうか」


 消極的かつ積極的という矛盾した心理状態のまま木村は答えた。

 グランドもそのあたりの機微がわかっているようで、小さく頷いて木村たちを先導する。



 見張りの兵士にグランドが礼を示し、木村たちの紹介をする。

 紹介を受けた兵士達が、姿勢良く礼を示し、講堂の扉に手をかけた。


 大きな扉が開かれ、堂内に風が吹き込んでいく。

 吹き込んだ風が保管された髪を飛ばさないか木村は心配したが、無用な心配であった。


 机や棚が講堂中に置かれていることは木村でもわかる。

 しかし、木村が予想していた髪の雪崩ともいうべき全方位から襲い来る無言の圧力はない。


 講堂はがらんどう。

 吹き込んだ風は静謐な空気を揺らすだけだ。

 高い天井から床までを木村はゆっくり見つめたが、やはり髪の毛は見当たらない。


「……髪は?」


 当然の疑問が口から出る。

 講堂でも場所が足りず、移動させられてしまったのかと木村は考えた。


 グランドがハッとした様子できびすをかえしていった。

 入口前に立っていた兵士達がすぐに入ってきて、「馬鹿な」と騒ぎ立てている。

 その後も次々と兵士達が入ってきて様子を見ていた。


 彼らの言を借りれば、今朝は大量の髪があったようだ。

 夜を徹して気の遠くなるタグ付けを行い、一段落して帰ったところであった。

 タグ付けが終わってから、一番最初に入ったのが外部の人間が木村たちであるとのこと。


 イベントも四日目に入って、新たな事案が発生してしまった。

 抜けた髪がどこかへ消えた。無論、勝手に消えるわけがないので、誰かが持ち去ったが正確だ。


「儂の髪……」


 アコニトが力なく床に座り込んでいる。

 怒りもかいま見えるが、困惑と落胆が大きいように木村は見えた。

 尻尾にも頻繁に逃げられ、抜け落ちた髪も誰かに盗られて行方不明という始末だ。


 事情が城の上まで届いたのか、ウィルたちも降りてくる。

 フルゴウルやウィルが講堂を調査してもやはり痕跡は何もない。


 城同様にこの講堂にも感知魔法はかけられている。

 感知はされていない。城内の結界魔法もひっかかった履歴はない。

 講堂の全ての出入り口には兵士が二人以上で立っていた。誰も異常はないと言う。


 それなのに髪は全て消え去った。文字通り髪の毛一本も残っていない。

 犯人はどうやって入り込み、どうやって持ち去ったのか。

 また、持ち去った髪をどうするつもりなのか。


 イベントの行き先を誰も推し量れずにいる。


 ただ一つ事実として言えることはこれのみである。



 ――髪は消えた。

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