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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅶ章.レベル61~70
98/138

98.イベント「私のカツラを知らないか?」1

 とうとうイベントの当日になってしまった。


 正午からのイベントに備え、木村たちもワイバーン城に朝から入った。

 昨日からドライゲンの兵士達も動いているが、けっきょく何も手がかりを見つけられていない。


 メンバーはウィル、フルゴウル、モルモーまでは同じだが、シエイはアコニトに替えた。

 もしも魔力が莫大な相手ならフルゴウルとシエイが使い物にならなくなる。ウィルも抵抗できるようになったがまだ怪しい。

 アコニトは今のところクスリをやっていないので、使い物にならないということはないはずだ。


 アコニトはモルモーと一緒に部屋の隅っこでお茶を飲んでいた。

 二人は割と仲が良い。基本的に働こうとしないもの同士であり、波長が合うのかもしれない。

 仲が良いと言っても楽しくおしゃべりをしているわけではない。互いに干渉せず、静かにリラックスしている。

 老人と疲れたOLのような組み合わせだ。ちなみに両者ともカクレガ高年齢組でもある。


 木村としても騒がずハッパも吸わず大人しくしているなら文句はない。

 打って変わってウィルとフルゴウルは忙しそうだ。次から次へと上がってくる報告を聞いている。

 さらには彼ら自身も塔の上から都に異常がないか見ていた。調査のため飛龍にも乗せてもらえていたのは素直に羨ましい。

 CP-T3にも飛行形態があるようだが、残念ながらスキルテーブルを最終版まで進めないといけない。素材も特殊なので空を飛ぶ日はまだ遠い。


「本当に始まるんですか?」

「前回みたいに延期するかもしれないけど、中止のお知らせはきてないね」


 作業の合間を縫ってウィルが尋ねてくるが、木村としてもこう答える他ない。

 イベントがないならないでありがたい。


 慌ただしく動く城の兵士や官吏を見ながら、木村は今までのイベントとの違いを感じていた。

 なによりも最大の特徴は予兆がないことだろう。

 キャラも場所への変化が何もない。


 第一回目ではキャラが出てきた。

 第二回目では線路が現れ、列車も走り始めた。


 最悪なのは第三回目のコラボイベントと似たパターンになったときだ。

 あの時も予兆は少なかった。前日になり場所が冥府へ移動した。

 それでも前日だ。コラボキャラも現れた。


 王都の迷宮やラベクのワイルドハントでもキャラや場所の変化は出ている。

 もちろん出て欲しいわけではない。しかし、ここまで何もないと逆に不安は募るばかりである。


 気になっているのはイベント通知の文言だ。

 明確に14日間と記されていた。今回のイベントは日程に沿ってシナリオが進むタイプのものという推測もできる。

 そうなると日数が経たないとキャラや変化が出ない可能性はある。


 ただ、根拠としては弱いので身内だけの話にとどまっている。



 イベント開始まで残り30分を切った。


 木村はアコニトやモルモーたちと一緒にいる。

 彼にできることはもはやない。手伝いたい気持ちはあるが、無能な働き者は邪魔なだけとわかっているので隅でウィルや兵士達の働きを見るに留める。


「……ふごごっ」


 奇妙な声がした方を木村は見た。

 舟を漕いでいたアコニトが自らのイビキで目を覚ましていた。

 彼女はゆっくりとした動作でお茶に口をつけ、もごもごと頬を動かしている。

 軽く伸びをした後で、眠そうな顔のまま木村を視界に入れた。


「おぉ、もう始まったかぁ?」

「もうちょっとだね。まだ何も起きてない」

「此度はどういった催しなんだぁ?」

「え、いまさら?」


 木村もそういえば彼女に話してないことに気づいた。

 いつも頭がおかしいので話ができてなかった。ここ一週間も、帝都調査でカクレガに戻ってからはすぐに寝ていたから会った記憶すらない。


「今回は――」


 木村はイベントの内容を話した。

 内容に関しては手紙通りに説明し、ここ数日の調査も伝える。


「ふぁーん、ご苦労さんだぁ」


 アコニトは小馬鹿にした顔で一言こぼす。

 もしも寝起きじゃなかったら、もう一つ二つ言葉が追加されていただろう。

 話している途中でモルモーも目が覚めており、アコニトの一言を見咎めていた。


「カスィミウ神都かぁ」


 アコニトはカスィミウ神都という単語に興味を持ったようである。

 カクレガにはカスィミウ神都の出身者はいなかった。出身者はいないが、噂は聞く。あまり良い評判はない。


「行ったことがあるの?」

「ないぞぉ。だがなぁ、神の界隈ではとりわけ有名だぁ。よく聞くぞぉ」


 さすが神都と呼ばれるだけはある。

 神業界で有名のようだ。


 木村は嫌な予感が働いた。

 今回もまた、手に負えない神がやってくるのではないか。

 欲しかった情報が、まさか一番身近なところから手に入ろうとしている。


「カスィミウ神都には、どんな神様がいるの?」


 恐る恐る木村は尋ねる。

 アコニトのことだからサラッと超メジャーな神の名を言いそうで怖い。


「おらん」

「……え?」

「おらんぞぉ。カスィミウ神都に神はおらん」

「え、でも、神都って」


 『神』都なのに神がいない。

 詐欺みたいな話である。


「昔はいくらかおったそうだぁ。ところがなぁ、信奉する神の派閥が人間にできてなぁ。紛争や政争が勃発して、神の方が嫌がってみぃんな立ち去ったんだぁ。争いだけが残ったと聞くぞぉ」

「えぇ……」


 木村は人を責めるべきか、神を責めるべきか悩んだ。

 元々の原因は神にありそうだが、神が消えても争いを続けているのは人である。

 神も人の戦いを止めるべきだったと思いつつも、止めてなお争い続けたのが人ということもありそうだ。


 要するにカスィミウ神都は悪い例として有名だった。

 良い噂を聞かない理由もわかった。


「あのカスィミウ神都で連日満員御礼かぁ。ヅラウィ曲芸団、聞いたこともないぞぉ。儂も見てみたいもんだぁ」


 アコニトはイベントにまるで興味を持ってない。

 むしろカスィミウ神都から立ち去ったヅラウィ曲芸団に興味を向けている様子である。


 木村も小さなときにサーカスを見に行ったことがある。

 本当に小さな時すぎてほとんど何も覚えていない。記憶があまりにも朧気だ。

 ショッピングモールの隣にあった無駄に広い敷地に大きな幕のドームが建てられて、そこでおこなわれたような気がする。

 両親とではなく、母親とその祖父母と一緒だった。円形の会場で、中心で芸が披露されていたはずだ。


 地方によっては大道芸がおこなわれているところもあるとテレビで見た。

 不安定な玉に乗って、ジャグリングをしていた光景を覚えている。



 木村がそんな話をするとアコニトやモルモーも興味深そうに聞いていた。


 話し終わると、今度は彼女たちが曲芸団に関して話をしてくれる。

 モルモーは地獄にも曲芸団があると話したが、殺伐とした内容であり木村の考えるところではホラーかスプラッタに該当するものだった。

 アコニトが話す曲芸団もどちらかと言えば音楽隊か劇団に近いものだ。


 どうやら曲芸団といっても文化によって違いがあるということがわかってきた。

 今回のイベントはおそらく日本地域での曲芸団だろう。

 サーカスに近いものになるはずだ。


 違いこそあれど、どの曲芸団も見た人々をハラハラさせたり、笑わせたり楽しい気持ちにさせることを目的にするものだ。

 曲芸団の種類の違いは、見る側の感性の地域性を示したものだと木村も理解が及んだ。



 時は満ちた。


「12時です。始まりました」


 木村がカウントダウンから開幕を告げる。

 今回は前回と違い、メンテ延長もなく定時どおりに始まった。

 開始の前後1分で木村のカウントダウン以外の言葉を誰も発さず、来たるべき災厄とその観測を沈黙で待ち構えている。


「…………何もおきんぞぉ」


 ややつまらなさそうにアコニトが沈黙を破る。

 その後は、それぞれが活動を開始した。


 報告も上がってきたが、イベントとは関係なさそうだ。

 フルゴウルやウィルも調査を再開したが、今のところで大きな報告は木村まで来ていない。


 イベントが始まったが、やはり何も起きない。

 起きているのかもしれないが、観測することはできていない。

 ウィルやフルゴウルが何も気づいていないので、起きていない可能性の方が高いと木村は見ている。


 木村にできることはやはりなく、アコニト達とお茶を飲んで談笑していた。

 イベントにかこつけて、アコニトやモルモーとそれぞれの出身地のイベントを話している。


 アコニトの出身地は日本に近いので、イベントは木村にも通じるところはあった。

 意外だったのは冥府である。地獄にイベントがそもそもあるのかと思ったが意外とイベントは大切にされているらしい。


 冥府には季節の変化がない。

 変化がないので年という単位も本来は必要ない。

 しかし、地上のある一点の季節を参考に、年と同様の一周期を導入しているらしい。

 周期単位を導入することで、人の生き死にの多い少ないの変化周期も明らかになり、誰でも今がどういう時期なのかわかりやすくなるとのこと。

 そして、その周期の時期を知らせるカレンダー的な役割がイベントにはあるとのことだ。

 イベントとして運動会のようなものもしているようで木村も意外だった。

 年に一回、冥府の王も休息を取る日があるとのことである。

 すなわち年休一日。ブラックすぎる。



 王やウィルたちは忙しそうだが、木村の一角は暇である。

 慌ただしい昼になると思いきや、穏やかな昼になってしまった。


 軽食が出されているが、兵士達は食べる余裕がない。

 暇組の木村たちはカクレガからリン・リーが作ってくれたご飯を食べている。

 アコニトだけが持たされていなかったので、帝国側の軽食を全て一人で食いあさってしまった。

 酒を飲んでいる時は小食だが、飲んでいないと馬鹿みたいに食べるのがアコニトである。


 軽食も取り、お茶も飲み、談笑を楽しみ、お昼寝タイムに突入した。

 お腹も満たされ、喉も潤い、気温も上がっている。

 絶好の昼寝日和と言える。


 アコニトではないが、忙しそうにしている人たちの横で寝るのは意外と気持ちが良い。




「……ん」


 木村が目を覚ますと、まだ夕方にもなってない。

 誰も木村たちを起こさないということは、イベントの問題が起きていないということだ。

 果たして過去にこんな平和なイベント初日が今まであっただろうか。

 かえって怖さすらあるが、眠れるときに寝ておくべきだろう。


 モルモーやアコニトもすやすやと寝ている。

 アコニトも口から涎を垂らして、椅子に体重を預けていた。

 彼女の場合は尻尾があるので、背もたれを横にして、そこに寄りかかって寝ている。


 アコニトの首がカクンと揺れると、彼女の頭からポサリと落ちた。

 何か落ちたぞ、と木村が床を見れば彼女の薄紫色の髪がごっそりと床に落ちていた。

 寝ぼけた眼で落ちた髪を見続けて、しばらく経ってから木村は見ているものが何を意味するのか理解が追いついた。


「…………えっ?」


 木村が恐る恐るアコニトの頭を見上げれば、そこにあるはずの髪がない。

 顔はアコニトのままだが、つるっぱげのケモ耳という謎の存在がそこにいる。キャラメイクに失敗した謎のモデリング体だ。

 人間でいうところの耳部分に何もないというのは、なるほど確かにケモ耳キャラだと思わなくもないがそれどころではない。


「……え、え?」


 木村は周囲を見るが、誰もアコニトの異変に気づいた様子はない。

 彼らは彼らの仕事で忙しいのだ。部屋の一角で寝ている暇人集団を相手にしていられない。

 ただでさえ人外に厳しい地域なのでアコニトは魔物扱いである。霊体のフルゴウルがギリギリ許容される範囲だ。

 部屋の一角にずっと立っていたおっさんが、いつにもまして良い笑顔で木村を見てきた。

 あまりにも良い笑顔であり、木村も目の前の光景が事実と理解した。


 木村は声を出さず、モルモーの腕を揺らす。

 モルモーが「何です」と木村を不機嫌そうに見るが、木村は彼女の顔を見ていない。

 木村の視線はアコニトの頭に注がれている。全ての髪が抜け落ちた光輝く頭皮に夢中だ。


 モルモーも木村の視線に続いて、アコニトを見た。

 しばらくポカンとアコニトを見て、さらに床に落ちた髪を見る。

 その後でもう一度、視線をアコニトの頭に戻す。モルモーもアコニトの頭皮に夢中になった。


「よくわからないけど、たぶん、イベントが始まったみたい」

「その、ようですね」


 互いに震える言葉で会話をする。

 木村とモルモーがようやく互いを見合って、自身の髪の毛を触り、そこにあることを確認しあった。

 間違いなくアコニトの髪が抜けおちたのはイベントの影響だ。そうであるなら他の人間も髪が抜け落ちる可能性もある。

 現状で、抜け落ちているのはアコニトだけと判断できる。


「静かに行動しましょう。起こすとまずいです」


 モルモーの言葉に木村も頷いた。

 彼は席を静かに立ち、ウィルや王達に近づき、人差し指をそっと口に当てる。


 そして、木村はアコニトを指さした。

 慌ただしく動いていた全員が足を止め、隅で寝ている暇人達を見る。

 そこにはケモ耳の丸坊主と、抜け落ちた髪を床から拾い上げまとめているモルモーがいた。


 全員が唖然とした。

 凝視している者も多いが、ウィルはまさかと自らの頭を触って髪があるか確かめていた。


 一人、また一人とアコニトに近寄り、何が起きているのかを近くで確かめようとする。

 モルモーがスーッと移動して、全員がアコニトににじり寄った。


「……ふごっ。…………ふぁ?」


 アコニトが自らのイビキで目を覚ました。

 そうして、人が大量に押し寄せている現状に気がついた。


「んぁ? なんだぁ? ついにイベントが始まったかぁ」

「…………うん」


 木村も遅れて肯定する。

 まさかイベントの始まりが彼女自らの頭からとは思うまい。


「みなが儂に寄っておるということは、儂の力が必要な状況というわけだぁ。くるしゅうないぞぉ、儂を崇めよぉ。さすれば力を与えん」


 アコニトが寝ぼけた顔つきでフハハハと笑っている。

 もしかしてまだ寝ているんじゃないかと木村は疑ってしまった。

 しばらく両者ともに何も言わなかった。木村は事実を告げる役が自らに回って来たと自覚する。

 こういう嫌な役回りばかりが来ていると彼は考えたが、すぐにそんなこともないなと目の前の存在を見て感じた。


「アコニト。その、言いにくいんだけど……」

「おぉ、言うてみぃ」

「何というか、その、なんだろう……。頭が涼しくなったとか思わない?」


 モルモーが噴き出した。

 彼女が束ねて抱えていた髪が、腕からすり抜けて地面に落ちる。

 アコニトはその落ちた物を目で追って、顔色がみるみるうちに変わっていった。


 アコニトが理解をし始めた。

 床に落ちた髪一式が、誰のものなのかを彼女はよく理解している。

 彼女の手が彼女の頭の横を通る。あるべき位置にあるべきものを触れるためだ。

 彼女の手は素通りした。その後、彼女は両の手の平で自らの頭を前後左右上下からペタペタと確認する。


 そうして頭を触りながら、彼女は木村を見た。

 木村もアコニトを見て、ただ頷くだけだ。


「わ、儂の髪は?」

「そこだね」


 床に落ちた薄紫色の髪を木村は示す。

 全ての髪が床に力なくしなだれて、ほうぼうと散っている。

 むごい有り様だ。まるで何千、何万という生命体が折り重なって死んでいるようだった。


 坊主頭の謎キャラが膝をついた。

 幾万の髪達をひたひたと触り、手で掬っていくがどれも反応はない。


「あぁ。あぁぁぁ……」


 アコニトの口から嗚咽が漏れ出した。嗚咽は大きくなりやがて慟哭となる。

 無意識からの声であろう。あまりにも悲しげな声の響きに木村も自然と目頭が熱くなる。

 まるで長年連れ添った友人をなくしたかのようである。


 あながち間違ってはいない。

 髪という漢字をバラせば、長い毛の友となる。

 髪の右上の彡部はずばりそのまま毛髪を意味している。

 三本で毛を表すのも寂しいものがあるが、毛は毛髄質、毛皮質、毛小皮の三重構造なのでこちらもあながち間違ってない。


 イベントが開幕した。

 最初の犠牲はアコニトと長年連れそった友からである。


 尻尾は消えても戻ってくるが、こちらはもう戻ってきそうにない。



 ――髪は死んだ。



 長い十四日間が始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 極限状態から絞り出したというイベント名から何が起こるのかと思いながら準備編を読んだら過去一マトモな進行しててすわシリアス回かと思っていたら [気になる点] アコニトの頭頂部 [一言] そう…
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