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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅶ章.レベル61~70
94/138

94.キャラエピソード:アコニト 前編

 木村は夏空の下にいる。


 先ほどまでは訓練室の人工照明の下にいたはずである。

 石畳に灯篭、鳥居、本殿らしき建物があり、神社の境内に見えなくもない。


「ここは?」

「女狐の記憶の中だぞ」


 おっさんがいた。

 ウィルや黒竜、それに竜人がいる。

 その中に顔面蒼白のアコニトが硬直した状態で立つ。


 アコニトの記憶の中と聞き、木村もそんな感覚はした。

 日本っぽい景色と神社の境内というのが、彼女の雰囲気とうっすら紐付いている。

 なお、木村たちは温度を感じていないが、アコニトだけは日射しを受けているかのように汗が流れっぱなしだ。


「アコニト? 大丈夫?」


 木村が声をかけるが、彼女はまったく反応しない。

 本殿とは逆側の鳥居を見つめている。


「待つんだぁ!」


 アコニトが向いている鳥居の方から声が聞こえた。

 その声が彼女と同じだった。


「待たない!」

「待てない!」


 アコニトの声に、別の二人の声が返ってくる。

 どちらも女性の声である。


 鳥居の先は階段で下り坂になっているらしい。

 木村が気づけたのは、二人の姿が頭から現れたからだった。獣人のようだ。


 一人は鳥のような翼を持ち、もう一人は黒っぽい小さな二本のツノを頭に生やしている。

 二人は階段を上りきると、木村たちの方へと走ってきた。

 猛烈なスピードである。


 木村は避け損ねたが、彼を透過して獣人の二人は本殿へ走って行く。

 二人は木村にもまったく気づいていない。


「記憶の中だからな。人には触れないし、話をすることもできないぞ」


 そんなものなのかと木村も理解する。

 二人よりもかなり遅れて、見覚えのある姿が現れた。


 アコニトである。

 見た目は今とほぼ同じはずだが、顔にけだるさがない。

 擦れてない顔つきだ。どことなく若さを感じた。


「ん?」


 よく見ると、尻尾の数も少ない。

 普段なら正面からでも溢れている尻尾がわずかしか見えない。

 ぱっと見で四、五本しかないのではないか。


「ここまで来れば、あの婆から、逃げ切れただろぉ」

「婆とは誰のことか?」

「ひぃ」


 肩で息をしたアコニトの顔に絶望が貼り付いた。

 本殿の方から赤い髪の女性が現れる。巫女のような姿だ。

 上が白で、下が赤。俗に言う巫女装束だが、正式な装束名を木村は知らない。


 人物だけ見れば、儚げな顔で体も細く、今にも崩れそうな雰囲気である。

 ただし、彼女が両手に持っているモノを見ると印象が変わる。

 先ほど通り過ぎた獣人二人の顔面をそれぞれ掴んでいた。

 二人はすでに意識がないようでうなだれている。


「アコニトよぉ。わっちは汝に告げたな。逃げたら斬る、と」


 巫女は二人を境内に投げ捨てた。

 そして、空いた手から炎が湧き上がり、刀の形状を取った。


「ひっ」


 怯えていたアコニトが逃げようと巫女に背中を向ける。

 なお、実体のあるアコニトもずっと巫女に背中を向けて硬直していた。


「咲き乱れろ。曼珠沙華(ラジアータ)


 巫女が呟くと、境内中の地面から炎の刃が無数に湧き上がった。


「わ!」

「く!」


 木村とウィルが突き出てきた炎刃に驚くが、実体はないので体を突き抜けるだけである。

 一方で、記憶の中のアコニトは普通に突き刺さっている。逃げようとした彼女の足を突き刺して、動きを封じた。


「ぐぁああああ! 足がッ! 儂の足がああああっ!」


 巫女は炎刃の合間にできた道を歩いてくる。

 まるで咲き乱れる赤い花の間を歩いているような光景だった。

 巫女が実物のアコニトに並び、アコニトが彼女を横目で見る。巫女は彼女を見返しはしない。


「リコリス」


 アコニトが名前を呼ぶが、記憶の中なのでやはり巫女は振り向かない。

 記憶の中のアコニトへと歩を進めていく。


「で――婆とは誰のことか?」

「うぬだろぉがぁ! リコリスゥ! くたばれやぁ、クソ婆ッ!」


 巫女の炎に包まれた拳が、容赦なくアコニトの顔面を殴りつけた。

 どこでも殴られてるな、と木村は思う。

 景色が急に暗くなってくる。


「えっ?」

「記憶の中だぞ。本人の記憶がない部分も補正はされるが、ほぼ映らないと思っていいな」

「ああ。なるほど」


 意識を失えば記憶もないということか。

 記憶がないなら、この映像も途切れてしまう、と。


 景色が真っ暗になっていった。



 そうして、また周囲に光が見え始めた。

 光は現れたが、夜なのだろうか。月明かりくらいの薄暗闇だ。


 場所は先ほどと同じ神社に見える。ちょっと古くなり始めた様子だ。

 登場人物はやはりアコニトとクソ婆ことリコリスだった。


 二人は本殿の木の板に腰掛けて、月を見ながらタバコを吸っている。

 先ほどのようなグロテスクな場面ではない。


「狐。あんたはどんな神になりたいんだ?」

「おぉい、婆ぁ。その質問は何度目だぁ。これだから老いぼれと話すのは疲れるんだぁ」

「わっちは真剣に聞いておる。そろそろ真面目に答えな。線香花火にするぞ」


 アコニトを見れば尻尾が増えている。

 言葉にも余裕が見えてきた。先ほどよりも時間が経ったのかもしれない。


「なんだい。まだ理想の姿が見えてないのかい。トリキルティスとウィステリアはもう答えを出してるよ」

「おおかた刀がどうとか、焔がどうとかだろぉ。人の道を切り拓くだか、照らすだかだぁ。聞かなくてもわかるぞぉ」

「で、あんたは?」

「儂はなぁ。膨大な力を持ち、みなの労苦の上に腰掛け、酒を飲んで葉っぱを吸い、ただ笑って見下ろす。そんな偉大な神になりたいぞぉ」


 今とほぼほぼ変わらない。

 冗談を言ってるのか、本気で言っているのか木村は測りかねた。


 巫女の赤い髪が逆立ち、手が炎に包まれる。

 そりゃ、真面目に尋ねてこの回答が来たら怒る。

 怒りに血走った目がアコニトを向くが、アコニトは月を見たままだ。


「儂は人を見るのが好きだぁ。弱いながらも団結しあう姿も、欲に溺れ力に沈む姿も、人同士で阿呆みたいに殺し合う姿も、稲の穂を嬉しそうに刈る姿も、どれも好きだなぁ。儂は――人に神の力が常日頃からいるとは思えんぞぉ。人は人で生活し、神は上からただ見下ろす。どうしようもない状況になったときだけ偉そうに手を貸す。神なんてそれでえぇと思っとるんだぁ」


 巫女の手から炎が消え、赤く発光していた髪も収まった。

 彼女もアコニトと同様に月を見上げる。


「そうかい」

「そうだぁ」


 互いが月を見上げている。


「あんたの理想はわかった。励むんだね」


 巫女の返答には記憶の中のアコニトも意外だったようで、月から眼を話して巫女を見た。


「不真面目な神が一柱はいてもいいだろ」

「だろぉ」

「図に乗るんじゃない。まだ力不足だ。その理想がまかり通るまでの力を持ってからにしな」

「厳しい婆だぁ」


 記憶の中のアコニトはやれやれと木の板からひょいと飛び降りて、歩いてどこかへ去って行く。

 場がまたしてもゆっくりと暗転していく中で、巫女が木村の隣にいた実物のアコニトを見つめた。


「で、あんたは理想の神になれたのか?」


 アコニトが驚いた様子で口を開いたが、完全に暗転してしまい喋ることはできなかった。

 記憶の中の巫女は、最後にこのアコニトを見て尋ねていた。


「おぉぉい、坊やぁ! 今のは何だぁ? 目が覚めたらいきなり記憶を漁られてるぞぉ。気分がいっとう悪いなぁ。あぁ? どういうことだぁ? 前々から趣味が悪いとは思っとったが、此度の趣味の悪さはさすがの儂も看過できんぞぉ。ん~?」


 アコニトの顔は笑っているが、ぶち切れ寸前だということが木村はわかる。

 とりあえず状況を説明する。説明すればするほど、悪いのはアコニト本人だとわかる。そもそもゾルに使うつもりだった。


 今はゾルに使わなくて良かったと木村も安堵している。

 秘めた力を得るという文言に酔っていたが、効果の趣味の悪さが木村もようやく追いついてきた。

 これは好感度かあるいは信頼度を上げた状態で使わないと、修復が不可能な関係になりかねない危険な代物だ。

 人に見せたくないものや、自分自身が見たくないものを共に見る覚悟があって然るべきものだった。


「記憶を見るだけぇ? 最後のアレはなんだぁ? あの婆はしかと儂に尋ねてきたぞぉ」


 木村にもわからないが、アコニトの言うことはもっともだ。

 巫女は記憶の中にいないはずの、現実のアコニトに問いを投げかけていた。


「ここって記憶の中なんだよね?」

「そうだぞ」


 困ったときのおっさんだ。

 何かしらの答えを出してくれるだろう。


「でも、赤い髪の人ってアコニトに話しかけてたよね」

「そうだな。彼女が異常な力を持っているか。過去の閲覧以上の現象が起きているかになるぞ」


 それはまあそうだろう、と木村も納得するところだ。

 おっさんもわかっていないようで黒竜を見る。


『どちらも正しい。彼女はただ者ではない。そして、ここもただの過去ではない。――もう良いだろう。吾らを観察する存在。姿を現せ』


 暗転した真っ暗闇で、キャラだけがくっきりと姿が見える謎空間だったのだが、そこに新たな姿が現れた。

 背中に白い羽を携え、金髪碧眼の見るからに美形のまるで――いや、まさに女神である。

 彼女の周囲だけ白い光に包まれており明るい。


「ごきげんよー」

「なぁにがごきげんよぅだぁあ。うぬの見せつけた過去で、儂の機嫌は過去一で最悪だぁ」


 女神の丁寧で綺麗な挨拶に、アコニトはヤンキー張りの巻き舌で返す。

 木村も彼女が怒る気持ちはわかるのだが、そもそも自業自得である。クスリのせいでこうなった。クスリ、駄目、絶対。


「初めましてー、木村くーん。それにお仲間のかたがたー」


 女神はアコニトを黙殺した。

 うふふ、と余裕の面持ちで微笑んでいる。

 この女神はやはり女神で間違いない。木村を「木村」と呼んだ。


「『初めまして』ということは、運命の三女神の残り一柱でしょうか?」

「ええー。ラケシスやスクルドには会ったようですので話は早いと思いますー。私が長姉のクロートー。ウルズ、デキマ、レゲアと呼ぶ方もいますねー。とにかく私が一番お姉さんなんですよー」


 えへんと誇っている。

 なんだか思ったよりもずっと空気が緩い。

 水の館で会った水女の押しつけがましさや、スクルドにあった殺伐感といったものがない。

 空気が彼女だけで完結している。こちらに何も求めていない気配を木村は感じた。


「えっと、それでいったいどういうことでしょうか?」

「何がでしょうかー?」

「……え? いや、だから、この状況を作ったのはあなたじゃないんですか?」

「ああ! そのことですねー。そうでもないですねー。木村くんたちがどうやってか過去()の領域に入ったので、挨拶に出向こうと思ったのですがー、タイミングがなかなか合わないので、顔が出せませんでしたー。声をかけて頂いてありがとうございますー」


 クロートーが黒竜にお礼を告げた。

 黒竜は興味を失っている。どうやら彼の求める戦士ではなかったらしい。

 とりあえず木村は話を進める。


「先ほどの巫女の人が、アコニトに話しかけたのはあなたのせいではないのですか?」

「私のせいでもありますがー、違うとも言えますねー。過去に干渉することは私の得意とするところですがー、ここは記憶ですよー。私が干渉しても記憶の存在が動き出すことは滅多にないですー」


 たまにはあるのか、と木村は思った。

 実際に動き出していたのだから、さもありなん。


「記憶が動き出すのはどういうときなんですか?」

「記憶がよほど鮮烈かー、動く対象が只ならぬ力を持った神であるときですー。両方みたいですねー」


 強そうだとは思ったが、やはりあの巫女は相当強いらしい。

 暗闇の世界がグラリと揺れ始めた。


「あー! まずいですよー! 記憶が封鎖されましたー!」

「記憶が封鎖?」

「記憶の中の神が一人でに動き出した状態ですね。あらぁ、記憶をぐちゃぐちゃにしていってます。早く止めたほうがいいですねー」

「止めないとどうなりますか?」

「ここから出られませんねー。私も出られなくなって困りますー。それとアコニトさんの記憶が消し飛びます」

「はぁ?」

「木村くん。あの神を倒してください。お姉さんのお願い、聞いてくれますか?」


 お願いを聞くとか聞かない以前に倒すしかないじゃないか。

 木村は女神に対する警戒心を一段階上げた。ほのぼのしているが、どうにもずるくさい女神だ。


「おぉい、意味がわからんぞぉ。いきなり過去の記憶を見させられて、しかもリコリスを倒せぇ? 倒さんと儂の記憶が消えるぅ?」

「ですねー」

「らしいよ」

「……リコリスを、倒すぅ? そいつは、無理な相談だぞぉ」


 暗闇に光が射した。

 月明かりの下に現れたのは神社の境内である。


 リコリスの他にアコニトと他二人の獣人の姿があった。

 アコニトや他二人の獣人はボロボロであり、すでに誰かと戦い負けている様子だ。


「さがってな。あんたたちじゃあ、遠く力が及ばん。わっちがゆく」


 リコリスがアコニトを含めた三人を下げた。

 巫女の手に炎が宿り、相手と戦うべく境内を一人で進む。

 問題は彼女の相手がいないことである。


「私はまともに戦えませんのでー。後はお願いしますーよしなにー。木村くんはお姉さんと一緒に見ましょうねー」

『吾が行く。楽しめそうだ』


 黒竜が境内を進み、リコリスと対峙した。

 女神にはまったく興味はなさそうだが、巫女に対しては木村でもわかるほど興味を持っているようである。


「記憶の中だけど戦えるの?」

「もうあの神は記憶を逸脱していますからねー」


 うふーと笑っているが、木村として笑うところはない。

 ウィルも状況を掴めたようで戦闘態勢に入ったが、黒竜に腕を向けられ止められた。


『見ておけ。足手まといだ。あの術者は無意識制限の解放と術統一の良い参考になる』

「……はい」


 ウィルも大人しく引き下がった。

 喋らない竜人も、震えながらリコリスを見つめていた。


「強そうだけど、やっぱりあの巫女は強いの?」

「十日ほど前の僕でしたら、もう気を失っていると思います」


 ウィルも顔に汗が滲んでいた。

 どうやらすでに自らへの属性付与をしていると見える。

 やはりあの巫女はとても強いらしい。木村はおっさんの評価が気になり、彼の顔も見た。

 彼の顔つきも真剣だ。木村は巫女に対する評価をさらに一段階上げる。


「俺が知らない術もあるぞ。見えているのか?」

『否。吾にも見えない術がある。いざ、試合といこう』


 こうして黒と赤の決戦が始まった。

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