90.召喚者スキル 2
イベントの正式な期間も残り数分で終わる。
ワイルドハントが終わってからは、デイリーを消化するだけの日々が続いた。
あまりにもデタラメな強さを見てしまったためか、デイリーの敵がひどく普通に見える。
こちら側の攻撃も常識的な範囲の強さだ。
これくらいで良い、と木村は思う。
惑星を飲み込んだり、世界を超越したりされるともう意味がわからない。
相手に炎がぶつかって、ダメージが目で見てとれればそれで十分なのだ。言葉一つで現象が消えるとか望んでない。
眼には見えないだろうが、あくまでHPゲージの中で戦って欲しい。世界や運命ごと壊さないと倒せない連中との戦いなんて求めていないのだ。
「キィムラァ、召喚者レベルの上限が解放されたぞ。レベルを上げることで、新たな召喚者スキルも手に入るぞ。さっそく見てみるんだ」
イベント終了と同時におっさんが告げてきた。
とうとう“自爆”以外の召喚者スキルが手に入るようだ。
自爆は基本的にアコニトしか使わないスキルだ。
しかも本人が強くなっているためか、高確率で他キャラを巻き込む。
街並みや閉鎖された空間でも極めて使いづらい。他の召喚者スキルの取得はありがたい。
「レベルも70まで上げられるのか」
現在のレベルは56である。
レベルは70まで上げられるようだが、前回は採集スポットがほぼなかったためかまだ60にすら届いていない。
レベルを上げれば手に入るとは聞いたが、いったいいくつで手に入るのだろうか。
レベル61ならきっとすぐだが、レベル70ならちょっと面倒くさい。
ひとまずメニューを開いて、スキル欄を見てみる。
使用はできないが、どんなスキルか見ることはできるようだ。
自爆の下あたりにスキル名が記載されていた。
“ジャンプ”
「ジャンプ。……普通だ」
普通というか平凡というか。
それ召喚者スキルにする必要あるの、というくらいノーマル。
本当にこのゲームのスキルかというほど捻りがない。
「お、ジャンプか。良いスキルを手に入れたな。戦略が広がるぞ」
そうだろうか。
ジャンプするとどう戦略が広がるのか木村には理解できない。
効果を見てみる。
見る前から移動系スキルとわかる。
防御系か強化系が欲しかったのだが、攻撃系でだぶるよりは幾分かマシと考えた。
“任意のキャラ一体を、指定した地点にジャンプさせる。移動中、キャラは無敵となる。――”
……あれ?
有用じゃないか、これ。
移動中無敵なら防御系も兼ねていると言える。欲しかった系統だ。
“ジャンプさせたキャラは、指定地点到達時に移動距離依存の防御不可・回避不可ダメージを受ける(軽減は可)。”
「あ、微妙」
どうして移動と無敵だけ終わらせないのか。
こんな技ばっかりだ。
それもそのはず。
このゲームのタイトル名――“カゲルギ=テイルズ”は“犠牲”という意味らしい。
メインストーリー内では明かされているかもしれないが、異世界のイベントストーリーでは明かされていない。
スキルもタイトルの意味するところを反映したものになっているのだろう。
初期スキルが自爆なのもようやく得心がいった。
よくよく考えるとイベントストーリーにも犠牲が含まれている。
最初の名前が長いイベントストーリーでも、街でテロとかテロの実行者が死ぬように設定されていたりだったはずだ。
泡列車は機関がもろに犠牲だし、サブイベでもキャラの大切なものが犠牲になった。
コラボはよくわからないが、ルーフォが犠牲と言えなくもない。
次の迷宮にて相まみえましょうもいまいち不明だ。本来のイベントストーリーなら明確だったのだろう。
水の館に出てきた用心棒の三体は、やはりイベントで犠牲になったキャラが本来のゲームでも使われていたのではないか。
ワイルドハントはわかりやすい。彼らの進行を邪魔をした兵士達が犠牲だ。あるいは魂を狩られた悪者か。
そして、間違いなくメインシナリオでも犠牲が多数出ているはずである。
「そりゃ、“サ終”になる……」
テーマが暗すぎる。シナリオもガバガバ。
☆5キャラがどこかおかしい理由も何かを犠牲にしているとわかってきた。
最後の最後――約半年後はプレイヤーのプレイ時間と課金を犠牲にして、サービス終了というわけなのか。
ある意味でリアルなストーリー性がある、嫌なストーリー性だ。なくていい。
一部のキャラがサ終に気づいて奔走している。
わざわざ異世界にまでやってきて、生き残る道を模索していた、と。
いちおうワイルドハントで、その道が見つかって「めでたしめでたし」だったが、まだこの細く険しい道がどうなるかはわからない。
木村としては特に何もできるわけではないので、異世界版“カゲルギ=テイルズ”を受け入れるしかない。
運命の女神が「受け入れろ」と言うならそうさせてもらうだけだ。
ただ、サ終の後は自らがどうなるかも気になっている。
元の世界に戻されるのか、それともこのままこちらの世界に在留なのか。
考えていても答えは出ないし、負の思考に引きずられてしまう。
とりあえず帝国を目指しつつ採集や魔物狩りをしていくことにする。
パルーデ教国も王国でも大きな問題はなく、順調に進むことができた。レベルも59になった。
まっすぐ突っ切ることもできたのだが、ウィルからの願いで寄り道をしている。
「穏やかですね」
「何にもないね」
ウィルと外に出て話をする。
話をしているのは、三年前に王国と帝国が大戦をおこなったアルフェン平原である。
途中で王国側が通行禁止の見張りや櫓を建てていたが、カクレガで地下を通ればまるで問題ない。
アルフェン大戦自体は直前で中止になった。
魔物が乱入し、王国・帝国の双方が横からの闖入者に被害を受けたためだ。
ちなみに、魔物を闖入させた主犯はパルーデ教国にいた。そして、スクルドによりあっけなく未来を断たれてこの世から消えている。
ウィルがここに来たいと話したのは、闖入した魔物を倒したのが彼の担当教官でもルルイエ教授だからである。
神聖国の人間だが、帝国の同盟として派遣された戦力だったらしい。
そして、神聖国で使用禁止された力をここで振るったようだ。
この地が立ち入り禁止されているのは、ここが実験跡地でルルイエ教授の魔法の痕跡があるからだとウィルは興奮していた。
木村は単純に王国と帝国の狭間にある緩衝地帯だからじゃないのかと思っていた。
実際に来てみると、ウィルの言葉が正しいように思える。
雰囲気も陰鬱としている。これは木村の感想で主観だ。暗い場所なら他にもまだある。
客観的な点で述べると、これだけ広く、人がほぼ管理していないなら、魔物が数体はいるはずであり、マップに表示されるはずだ。
しかし、広大なマップには魔物どころか、採集ポイントの一つも表示されない。
なによりも初めて見るアイコンがついている。
黒点が一つ平原の中心に置かれていた。
気持ち悪いほど真っ黒な点である。
それ以外の情報が何一つない。
明らかに危険だとわかる。
しかし、ここまであからさまに危険を知らせてくると、逆に安心じゃないかと思えてくる。
このマップのアイコンは危険なモノを可愛くデフォルメする傾向にある。
ワルキューレたちは可愛い馬さんマークだった。
逆なら案外安全じゃないかという理屈だ。
それでもいちおう確認しようということで、黒点から距離をおいて外に出た。
結論としては、最初の発言兼感想に戻る。何もなく穏やかだ。
「黒点の位置はあのあたりだけど何も見えないね。何か感じる?」
「いえ、何も感じませんね」
ウィルの魔力センサーも感知しない。
「ケルピィさんはどうです?」
「何もないね。マップも特に変化なし。……昔のままだね」
ちなみにケルピィとメッセ、シエイは魔物から逃げる際に合流して仲良くなったらしい。
魔物討伐にも貢献し、魔物討伐隊の初期メンバーにも入れられたと聞く。
「あっち側は王国の兵士がびっしりでねぇ。どうやって生き残るかとか、死ぬならせめて痛みもなく死にたいとか、逃げようかとかいろいろ考えてたなぁ」
ケルピィは感傷に浸っている。
ちなみにシエイとメッセはこの地は見たくないということで出てきていない。
今のメンバーに出会えた喜びよりも、苦い思い出の方が多いようだ。
実際、軍のものと見られる剣や兜がさび付いた状態で落ちていた。
当時の惨状というか混乱がところどころで見られる。
可能であればフルゴウルも連れてきたかった。
彼女の眼でどう見えるかが知りたい。しかし、彼女はアコニトのどぎつい香の煙を間近で嗅がされ倒れてしまった。
現在は医療室でペイラーフによって安静にさせられている状態だ。
普通の人間でも倒れる。元より体が弱い彼女には致命的である。
なお、アコニトは久々にオブジェと化した。
そりゃ食堂で葉っぱを焚けばそうなる。おっさんが正しい。
もう二度とあんなバカな真似をさせないよう、彼女の体で覚えてもらわなければならない。
「もうちょっと近づいてみる?」
「はい。痕跡を探ってみたいです」
穏やかな地点を見ていても何にもならない。
木村としても気になるので黒点にもう少し近づいてみたい。
魔力も感じず、姿も見えない。
仮に危険だとしてもオーディンやスクルドほどではないだろう。
いくらルルイエ教授の魔法でも彼らには及ぶまい。せいぜい周囲を消し飛ばす程度だろう。
「じゃあ、行こ――え?」
「――う?」
突如、木村とウィルの腕が引かれ、二人は声を漏らした。
おっさんが二人の腕を掴んだまま、振り向きも説明もせずにカクレガの入口に走り出している。
「今すぐ離れるべきだぞ」
「黒点が移動し始めた! こちらに向かってる!」
こちらに向かっている、と言われても木村は今ですら異常が見えない。
ウィルも同じであった。彼の場合は魔力すら感知できず、戸惑いはさらに大きい。
カクレガの入口が閉じ、おっさんは木村とウィルに「走れ」と言って自らは通路に残った。
木村とウィルは通路を走り抜け、一番近い地図部屋に付いた。
「入口が、こじ開けられたね」
地図を見ると、カクレガの上に真っ黒な印があった。
しかも、ケルピィが言うには入口が開けられたらしい。明確な異常事態だ。
アコニトはオブジェと化し、フルゴウルは安静中、ウィルはおっさんに逃げろと言われたからには戦力差が考えられる。
ボローやゾルでも同様だろう。そうなると――
「僕が! 僕が!」
呼んでもいないのに出てきた。
竜人である。オーディンにルーンを刻まれてから大人しくなったが、「僕」としか言えなくなっていた。
訓練室の片隅でずっと丸まっていたのだが、ついに動き出したようだ。
しかも、久々に叫んでいる。
叫ぶ竜人は、木村やウィルを見向きもしないで、おっさんのいる入口側に向かった。
竜人が扉に近づくと開き、その道の先を明らかにする。
扉の先は何もなかった。
見慣れた廊下は黒に塗りつぶされている。
おっさんの姿は見えない。見えないどころか何も聞こえない。
「僕が! 僕がーーーー!!!」
竜人は黒の中に突っ込んでいく。
黒に突っ込むと、竜人の姿は消え去った。
威勢の良い足音も、一つ覚えの叫びも聞こえてこない。
竜人が黒に飲み込まれてしまった。
扉が閉じない。一度、閉じようと動いたが、すぐにこじ開けられた。
黒がゆっくりと部屋に入り込んでくる。
木村とウィルは後ずさりをした。竜人が入ってきた扉から逃げようとするが扉は開かない。
二人を包囲するように黒が広がった。木村は恐怖を感じた。ワルキューレたちとはまた別の恐怖だ。
暴力に対する恐怖ではない。得体の知れない存在に対する恐怖である。
ウィルが魔法で対抗するが全てが黒に飲み込まれ効果はない。
訳がわからない。木村は声も出せなくなっている。
黒は――あと一歩で木村たちを飲み込むところでサッと引いた。
後ろの扉が開き、反対側の扉も再び開く。その先からおっさんが歩いてくる。
木村はおっさんの歩く姿を見てほっと安堵の息が出た。
彼の腕には竜人が抱えられている。
「無事だったか?」
「なんとか。そっちは?」
「俺は無事だが、こいつが良くないぞ」
竜人は眼を開いているが、ぐったりとしている。
口も半開きで声も出せない状態だ。
「今のは何だったんですか?」
「あれは――」
「たいへんだ!」
ケルピィが叫び、おっさんの声も止まった。
おっさんは周囲をにらみつけているように見える。
「黒点が周囲に現れた。一つ、二つ、増え続けてる……カクレガを包囲し始めてるよ!」
地図を見ると、カクレガの周囲に黒点が次々と現れている。
ぱっと見、六はいるだろう。今、また一つ増えた。
カクレガは包囲された。
逃げ場はない。




