9.拠点
ガチャでの収穫は多かった。
キャラだけでなく、専用武器もそこそこ出た。
新たなキャラが十体近く増えた。もしかしたら排出率は正常だったのかも知れないと木村は嫌な汗をだらだらと流している。
☆5が出なかったのは残念だが、☆4も出たので育成の素材コストを考えると現状では妥協すべきだろう。
またチャンスはある。しかもおそらく近いうちにある。詫びの詫びが来るだろう……。
それまで素材を溜めておくべきだと木村は割り切った。
「仲間が増えたな」
「増えたんだけど……」
増えたのはいいが、急激に増えすぎたことは問題である。
災禍の残滓が甚だしい帝国の中心に、種族も性別もバラバラの訳のわからない集団がいる。
ちなみに召喚したキャラもご飯を食べる。これらのキャラの食事も木村は考えなくてはならない。
この廃墟寸前の帝都でだ。
「キィムラァ、仲間が増えたことでカクレガが解放されたぞ」
「隠れ家?」
「違う。カクレガだ」
発音が微妙に違うという話だろう。
迷い家とマヨヒガの違いくらいのものなのか。
ひとまず発音のことはおき、木村はカクレガが何かを尋ねる。
「カクレガとは?」
「一言で言えば俺達みんなの秘密基地だな」
「……隠れ家じゃん」
「カクレガだ」
どうも発音はおっさんにとって譲れないポイントらしい。
「もうカクレガでいいよ」
木村も呼び方に特にこだわりがあるわけではない。
これはソシャゲでもよくある。
名前はともあれ、要は主人公達の拠点とする建物周辺のことだろう。
他のソシャゲであれば母港、基地、戦艦にいろいろな個別名が付いている。
今回の場合は「カクレガ」というだけの話だ。
呼び方や場所はさほど重要ではない。
拠点は機能こそが重要だ。
「それで、カクレガはどこにあるの?」
さすがに「ここ」――帝都の中心にはないだろう。
一刻も早くこの場を立ち去りたかった。早く場所を教えて欲しい。
「ここだ」
「ここ!? ここ? ……どこ?」
おっさんはしゃがみ、手を地面に突き刺す。
突き刺した手が地面をガシッと握って地面を引っ張り上げた。
地面が板のようにパカリと開き、地下へと伸びる階段が現れる。地面の裏側には「カクレガ」と大きく書かれていた。
「ここだ。さあ、入れ入れ。遠慮なんていらないぞ。俺達のカクレガだからな」
木村は一瞬だけ驚いたが、すぐに順応した。
討滅クエストの後では驚くには値しなかったし、ソシャゲで似たようなのがあるのでそんなものだと理解した。
周囲のキャラは驚きや感動、恐れ、無言と三者三様のリアクションで木村の後に続いた。
最後におっさんが続き、入口の扉は閉まった。
中は広いが殺風景だ。
教室ほど狭くはなく、体育館ほど大きくはない。
セミナー室や、体育で選択授業の柔道でしか入ったことがない武道館がこれくらいだったか。
何もない部屋の奥に、見たことのないマシンが置かれている。
「侘しいところだぁ」
木村も同感であるが、最初はこういったものだ。
家具を購入してどんどん賑やかにしていく。置けば置くほどキャラの疲労度が回復しやすくなったり、好感度が上がりやすくなるという仕組みだろう。
おそらく、武器の強化やアイテムの製造といった部屋も拡張できると木村は考えていた。
おっさんがまさにそのあたりの説明を、奥にある謎の装置の前でしていた。
木村も話半分に装置の説明を聞き、意識の半分は新しく増えたキャラ達を見ている。
「せめて何か欲しいぞぉ……。そうだなぁ、香でも焚くかぁ」
「わあ、良いですねぇ。素敵だと思います」
アコニトの言に☆3のテイが同意した。
テイはリスの獣人らしい。小柄で無垢な笑みを見せている。
さっそくキャラ同士が仲良くできているようで木村もほっと安堵した。
「よっこいせい」
アコニトは腰を落とし、尻尾から取り出した上品な壺に、粒の細かい粉を入れていく。
線香のような細い棒に、専用の道具で火を付け、手慣れた動作で火だけを消し、煙だけをくぐもらせる。
壺に短く折った火付棒を入れ、静かに蓋を閉めた。
あまりにも一連の所作が美しく、木村は見惚れてしまっていた。
おっさんが「聞いているのか」と木村を見て、その後、木村が見ている方向を見た。
見てのち、すぐさまおっさんは説明を放棄し、アコニトへと駆けていく。
駆けるというより滑空、縮地、瞬間移動に近いものだった。
「馬鹿狐ッ! 密室で葉っぱを炙るな!」
「んゴォア!」
おっさんの容赦のない膝蹴りが、アコニトの顔面にめり込んだ。
アコニトの顔が、漫画のようにぐしゃりと潰れたのを木村はたしかに見た。
「ガああああァ! んぎょおおお!」
アコニトが地面を叫びながら転げ回る。
その間にも壺から出る薄紫色の煙は周囲のキャラを毒す。
近くにいた☆3のテイが真っ先に座り込んだ。苦しむアコニトを見てヘラヘラと笑っている。
先ほどまで見せていた純粋な笑顔ではない。どこか大事な芯が一本なくなってしまったような崩れた笑みだ。
木村はクスリの怖さを改めて理解した。
「クスリやめますか? 人間やめますか?」――過去にどこかで聞いたそんな標語の意味を今ようやく実感できた気がする
ちなみにこのキャッチコピーのオリジナルは「依存症患者の人格を否定する」として人権問題になり、今では使われていないのだが、木村はそんなことを知るよしもない。
アコニトを除く全員がただちに外へ出ることになった。
おっさんが避難行動を主導し、木村が指示を受けつつ避難の補佐に回る。
避難した全員を外で待機させた状態で、おくすりの影響を受けない木村とおっさんがカクレガに突入する。
アコニトはすでに痛みから復帰し、硬い床の上で大の字になりトリップしつつある。
おっさんが問題の壺を、どこかから取り出した箱に投げ入れ、堅く封をした。
「キィムラァ、先ほどの説明を続けるぞ」
おっさんが奥のマシンに近づき、木村もその横に並ぶ。
説明するに、このマシンでカクレガの内部構造やインテリアを変えることができるようだ。
「触ってみろ。お前さんならできる」
できると言われても、木村は自信がなかった。
見るからに意味不明なマシンだ。まずどこを触ればいいのかすらわからない。
もしも変なところを押したら大変なことになるのではないか……。
「心配するな。失敗しても、馬鹿狐がどこか別の空間に飛ばされるだけだ。気を楽にするんだぞ」
不思議と気が軽くなってくるのを木村は感じた。
木村がマシンにおそるおそる手を伸ばすと、手の先にモニターが現れた。
ソシャゲによくある編集画面であり、カクレガの拡張、部屋の改装、インテリアの編集といった項目が出てくる。
なんだろうか……、項目が大きく出てきてわかりやすくはあるが、パワーポ○ントで作ったかのような手抜きデザインだと木村は感じた。
手抜きではあるがわかりやすいと言えばわかりやすいのでありがたい。
シニア向けのらく○らくスマホがこんな感じなのかと木村は納得するところである。
リリース記念やお詫びでもらった大量の建築素材を投入し、カクレガの拡張を行い、新たな休憩室、製造室、訓練室といった施設を難なく配置していく。
殺風景だった部屋も、安上がりではあるが最低限の家具が整えられた。
「たいしたものだな。あっという間にカクレガが刷新されたぞ」
木村も褒められて悪い気はしない。
「他に何か必要なものはある?」
「換気システムがいるな」
おっさんの言葉に木村も頷いた。
間違いなく必要だ。そのために他のキャラを隔離していた。
木村はソシャゲとの違いを新鮮に感じた。
換気システムなどを考える必要があるソシャゲなどほぼない。
ウイルスを次から次へと駆逐するゲームでちらりと見た気がする程度だ。
空気清浄機もあった方が良さそうだな、と木村はそのあたりの設備も導入していく。
「他には?」
「わしのへあぁ! わしのへやがぁ、欲っしいのじゃああ! なぁぁよいじゃろ、ぼーや。儂のへぁで二人っきり、あぁんなことやこぉんなこともできうぞぉ! 坊やも溜まっておるんじゃろぉ。ぎへ、ぎへへへ。――ギィィ!」
呂律の回っていないアコニトの首に、おっさんの五本貫手がストンと刺さった。
アコニトの顔が見ていられないものとなり、すぐさま倒れ、ビクンビクン痙攣し始める。
「ゴミ捨て場を作ったらどうだ。生活する上でどうしてもゴミは出るものだ。ゴミ捨て場から直で外部へ排出できる機構があるとなお良いな」
おっさんがアコニトの首を鷲掴みしつつリクエストを出した。
木村は一理あると考え、モニターを操作してゴミ捨て場を作った。
「できた」
「よし。キィムラァは外の仲間を、この生まれ変わった新生カクレガに案内してやってくれ」
わかった、と木村はうなずく。
おっさんはアコニトの首根っこを掴んだまま廊下へ出た。
木村は、おっさんとは別にカクレガの外に出て、仲間達をカクレガの中に導く。
彼らとカクレガの内部を見て回って、ところどころで設備の説明も軽く加え、解散にしようとした。
「大将。そこの部屋だけ説明されてないぞ」
「ゴミ捨て場だね。何か捨てるモノがあったらそこに捨てて。ある程度ゴミがまとまったら、カクレガの外に排出されるようになってるから気をつけてね」
他のキャラもうなずき、中を見なかった。
「他に何かある?」
「各部屋・各施設の責任者を決めておくべきだな。持ち回りで良いだろう」
おっさんの案に木村も賛同し、おっさんがキャラを各部屋に責任者として割り当てていく。
誰もその割り当てに反対することはない。
ただ、数人のキャラは気づいた。
一通り案内されたどの部屋にも、煙テロの実行犯がいなかったということに。
唯一、内部を見ることも、責任者を決めることもなかったゴミ捨て場の主は――。