89.追加ミッション
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ロゥがワルキューレに対峙する。
「イーさん! ワルキューレの軍勢が来るぜ!」
『んなもん、見りゃわかっから! あーし死にたくないから! さっさとあーしを投げ捨てな! 詞の文律を知ってても相手が悪すぎっから! あのご老体はなんなんよ! バケモン中のバケモンっしょ。隣もヤバヤバ! さっさとメンゴしとき。こっから謝んの見といてやっから。あーし様、やさしーわぁ』
彼の腕には小さな壺が抱えられていた。
しかも、この壺は喋る。とても良く喋る。半分は無駄口だ。
「キィムラァ。強敵の攻撃をよく受けきったな。報酬が出たぞ」
ボスを突破できたようだ。宝箱である結晶が現れる。
しかし、いくら木村でもこの場面で宝に手を伸ばすことはない。
ワルキューレの集団が目前に迫っているのだから。
ロゥによってアコニトと竜人も木村たちの側に移された。
アコニトは使い物にならない。焦点の合ってない目でどこか遠くを見ている。
竜人はアコニトのスペシャルスキルを受けた影響か歪みが消えている。また歪み始めたので木村は彼の手を握った。
キャラを前にしているが、今のところ暴れる様子はない。ロゥに警戒しているようだ。
ロゥは一人で壺を片手にワルキューレの軍勢に立ち向かう。
たとえ謎の壺を持ったのが一人でもワルキューレの行進は止まらない。全身全霊だ。
〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ!〉
まず叫んだのが、だいぶ顔なじみになったゲイルスコグルである。
一番槍という言葉に相応しく、防御が必要な時以外は常に彼女が先頭だ。
空に光が集まっていく。容赦のない一撃がすぐに訪れるだろう。
『うっせ! ンであいつらあんなに叫んでんの! ウケるんだけどー!』
ごもっともではある。
木村としてはこの壺のしゃべり方も似たようなものだ。
「それよりイーさん。あれは何て言ってるの?」
『は? んなの聞けば一発っしょ。“光にて我らの敵を滅ぼさん 五本の槍、空より現れ、我が敵を刺し貫け”。あーたらを串刺しにするつもりみたいねー。怖いわー。んで、あーた、消し方はわかんの?』
「前にイーさんから、ダンジョンで教えてもらった」
『だんじょんとか、教えたとか、あーしは知らんけどさー。とりまやってみ。吐いた詞は飲み込めねっぞ。それくらいできんかったら、あーしソッコーで帰っからね』
何かを喋っているが、木村は理解できない。
ピンチなのは変わってないと思われる。このまま死んでも疑問には思わない。
「光が天から消える」
空の光が消えた。
ゲイルスコグルも勢いを落とし、空を見上げている。
「え、あれだけで消せるの?」
すごい。すごいけど怖い。おそらく魔法ではない。
意味のわからない力だ。暴力的ですらなく、ただただ意味がわからない現象である。
歪み男と同質の不可思議な力であることくらいしかわからない。
『あーた……。なにそれ?』
女の声も驚いている。
やはりあれはすごい技らしい。
『はぁ~~、ダッメダメ! あーたの詞、意志がまったく乗ってない、重さゼロ。持ち前のイミフな力だけで何とかしようとしてんのバレバレだかんね!』
壺がキレ始めた。
驚きの声ではなく、怒りの混じった呆れの声だったようだ。
「いや、意志を乗せるのって難しくて」
『“難しい”は逃げの現れ。考えんのをやめんな。意味を、感情を、状況を、全て考えて詞に乗せんの。あーた、詞なめてっしょ』
「――ごめん」
木村はすごいと思ったのだが、壺は不満らしい。
ロゥに反省を促している。
〈サイクワール! メッラ! ゲッド。エッ、レイ!〉
〈カルガラース! サラムダーク! リュード、サイ!〉
〈カイ! シーハーク! メルセイグラード!〉
〈ゼンラァース! ハルメドラーノヤス!〉
お叱り中だが、他のワルキューレがかまわず叫び始めた。
火と水の竜巻が、数々の武具が、土の杭が、殺意とともにロゥに向かっていく。
さすがのロゥもこれにはどうすればいいかわからない様子だ。
「えっと、これはどうすりゃ良いの?」
『ほれ。もっかいやってみ。実戦実践!』
ロゥが魔法の嵐を前に口を開いた。
「消えろ!」
現象の一部が消えたが、一部だけだ。
すぐに勢いを取り戻して彼らへと襲いかかる。
『ハ? え? え? マジでやって、それなん? ……しょっぼ。一回だけだかんね。あーしの声、よーく聞いときな』
「うん」
ロゥが素直に頷いた。
まるで大人に叱られる子供のようである。
「現象は収束する。足はその場で止まる。口はもう開かない。」
壺が呟いた。
木村にはそれ以上何かをしたようには見えない。
竜巻はその場で立ち消え、武具は崩れ落ちる。
盛り上がった土も元に戻っていく。
それどころかワルキューレの行進は止まり、魔法の追撃も来ない。
「さすが、イーさん!」
壺はわざとらしくため息をついている。
喋ったのは「消えろ、来んな、黙れ」であった。
ロゥは手を叩いて喜んでいるが、端で見ている木村としては恐怖しかない。
なぜあれだけの言葉だけで現象が全て消えるのか。しかも、ワルキューレどもが動こうとピクピク痙攣している状態だ。
「あれは……何なの?」
「意志の力だぞ。言葉に意志を込めて発することで、現象を現実に生じさせているんだ」
『おいマッスル。その解説は、やっぱアンタっしょ。なに後ろでペラペラ喋ってんの。手伝えや、マジありえん。あーし、キレてんからな。オニギレよ。ツノ生えるわー』
おっさんはニコニコしている。
ハッと何かに気づいたように木村を見た。
異変が起きたようだ。木村も姿勢を正して彼を見返す
「キィムラァ。複数の追加ミッションが現れたぞ。できるものから挑戦するんだ」
『あーし様の話、ムシか?』
親指を立てて示すが、複数ミッションのようで詳細な発言はない。構えて損をした。
ただ、後で確認すると手遅れのものもあるので、内容はぜひ知っておきたい。
ミッション内容で、何が起きるのかも大雑把ではあるがわかる。
心の緩衝材だ。
「ケルピィさん。追加ミッションの内容がわかりますか?」
ブリッジと接続されている彼ならわかりそうだ。
機械玉がペカペカ点滅した。通信中らしい。
「見事であった」
老人が動けないワルキューレらの横を通ってくる。
スクルドも一緒だ。どうやらこの二人は他のワルキューレと格が違うらしい。
「言葉を武器に戦う若人――ロゥよ。儂はお主を戦士と認めよう。お主のような戦士が見つかったのは僥倖である」
老人がロゥを見て告げた。
やっと戦士が見つかったらしい。見た目は戦士ではないが力は確かだった。
運命切断の一撃を堪え、他の戦士の命も助け、ゲイルスコグルの槍も消し去ったのだから。
「無色の若人、お主もお主なりによく死力を尽くしてくれたな。礼を言おう」
老人が木村にわずかだが頭を下げた。
やっと終わった。長かったワイルドハントもようやく終了だ。
木村は長く長く息を吐き続けた。足から力が抜けていくのを自覚する。
「終わったんですね」
「ようやっとな」
老人も満足そうな笑みを見せた。
一つ気がかりがある。
「ラベクの兵達はどうなりますか。あそこまで行進をしますか?」
イベントボス――スクルドの運命切断攻撃は止めた。
止めたと言うよりは受けてから復活させた流れだが、死人がないからシステム的にはセーフらしい。
問題はワイルドハントがどうなるかだ。
一般的な目的の「悪人を殺し尽くす」であればラベクにいるサナはやはり死ぬことになる。
「ワイルドハントの法に照らせば死罪だ」
駄目じゃん。
木村は抜けかけた力を戻していく。
一度抜けた力というのは、なかなか元どおりには戻らない。
「だが、その法は適用されんだろう。出自がわからんのは気に入らんが、戦士ロゥを呼び出した奴らの功績は大きい。その功績をもって、此度のワイルドハントは現地点をもって終了とする」
ワイルドハントが終われば、法は適用されない。
彼らは見逃されることになる。正直、老人にとって悪人の裁きはどうでもいいんだろう。
老人にとってのワイルドハントはあくまで戦士の選抜だ。
老人なりの温情を示した形となった。
「――追加ミッションがわかったよ」
ケルピィの通信が終わったらしい。。
イベントも終了しそうなので、簡単なものになるだろう。
また、集合写真あたりか。今度はラベクの兵士達も一緒に撮影かもしれない。
「まず、一番上にあるミッションが――“戦乙女スクルドの攻撃を凌ぐ”だね」
「…………はい?」
木村は隣に浮かぶケルピィに問い返す。
同時に、老人も隣にいたスクルドを見て告げた。
「スクルドよ。ロゥを儂の戦列に加える。戦乙女としての奴の魂を刈り取れ」
「全力にて責務を果たします」
「うむ」
:ᚺ:
老人がスクルドの持つ円形の楯に文字を刻んだ。
Hらしき文字が、白い光を帯びている。
今まで馬から降りて、剣だけを佩いていた彼女が今回は馬から下りない。
しかも、片手には運命切断の剣を、もう片方の手には別のルーンが刻まれた楯を持っている。
両手にルーン、馬にもルーン、鎧にもルーン。贅沢すぎる。殺意が全身から溢れていた。止められる気がしない。
イベントは終わっていなかった。
木村も忘れていた。戦士として認められると言うことは、すなわち、殺され死後の世界に連れて行かれると言うこと。
死者の数がラベク全員からロゥ一人に減った形ではある。
「おいらが死ねばラベクの人たちは助かるんだな」
「儂が保証しよう。お主の魂はスクルドが導き、儂が責任をもって受け入れる」
オーディンのお墨付きだ。
ロゥは死ぬ。そして、彼の魂がオーディンの戦列に加わるわけだ。
理解が正しいかわからないがフルゴウルみたいに霊体となって、形を変えて生き続けると木村は考えた。
『やったねー、超ハッピーじゃん! あーた一人が死にゃ、みんな助かるって! 短い付き合いだったけど、楽しくもなかったけど、あーし、あーたのことは忘れんからね。今夜くらいまではおぼえとっから! ほな、死んでらっしゃい!』
「そちらの壺も一緒に連れて行く」
一瞬だけ時が止まった。
『……ハ? ハアアアァ! あり得んっしょ! ンであーしも! あーしは絶対行かねぇかんな!』
壺の声が焦りを帯びてきた。
帯びては来ているが、真剣味は感じない。
おっさんがとっても良い笑顔でロゥ達を見守っている。
「ふざけたことを言わないでいただきたいですね」
これに異を唱えたのがカリーフである。
彼女がロゥの近くへと歩み寄る。
『いっぞー、お嬢! もっと言ったれ!』
壺の声はカリーフを援護している。
「ロゥ。あなたは一人で死ぬつもりですか」
カリーフの問いにロゥは沈黙で答えた。
「認めません」
「俺一人が死ねば、ラベクのみんなは助かるんだ。これは俺達が掴んだ勝利だろ」
『そーだ! あーたは死んで、あーしは生きて消える。これで、みんなハッピーよ! 死んじゃえ、死んじゃえ! 人間、生まれるときと死ぬときはみんな一人よ!』
壺がノリノリである。
この世界の竜にはロクなのがいないな、と木村は思う。
無竜から始まり、地雷を踏むとぶち切れる赤竜、手が伸びる気持ち悪い女、干渉しないオレンジ、寂しいのが好きな闇、それによく喋る壺。
奇人の寄せ集めだ。そう考えるとこの筋トレおっさんも十分にラインナップされるだろう。
「あなたは誤解しています。私たちの勝利は生き残ることではありません。あのような悪魔どものをこの世界から余すことなく排除することです。あなた一人が死んで終わらせようとするなど甘えも同然」
「わかってくれ。俺がここで一人死ぬことでみんなが助かるんだ」
「忘れましたか? あなたと私は運命共同体です。あなたが死ぬときは私も死ぬとき。あなた一人が死ぬことはあり得ません」
カリーフの発言にロゥがたじろいだ。
木村も彼女の正気を疑った。嘘を言っているようには聞こえない。
カクレガで以前聞いてはいた。だが命に関わる状況だと意見も曲げると思ったが、本当に曲がらない。
そのかたい決意は見習うべき点がある。しかしながら、見習うべきはかたいという点であり、死の決意ではない。
「ロゥ。戦いなさい。悪魔どもはあなたを狩ろうとしています。狩られるのはどちらか教えてさしあげなさい」
カリーフは老人達を見て告げた。
異世界人のはずなので彼らの魔力を感じるはずだ。
背後の戦士達ですら声を出せないのに、ここまでの啖呵が切れるのは一種の力だろう。
ヘルンも、今はカリーフの宣言をパシャパシャ撮っている。ある種の無謀な力に惹かれたと見える。
:ᛇ:
「娘よ。お主にᛇの力を見た」
老人が宙にSを右回りにしたような文字を記した。
『はーん。つまり彼女は――“対立を促す存在。死を示す毒。自らを弱き火と認めつつ、決して消えることのない不滅の火。不屈の精神。彼女自身が状況を変える力を持つのではない。彼女はただ小さく燃える。肝心なのはそれが燃え移るかどうか。終わりを受け入れるか、新たな始まりか。”――だと。あーしの見解とも一致するね』
あの一文字だけでそこまで読み取れるの?
木村は胡散臭さを感じたが、老人は不敵に笑って壺を見た。合ってるらしい。
「スクルドよ。まとめて刈り取れ」
「御意」
すぐさまスクルドが動いた。
剣を天に指し示す。
「待ってくれ! 死ぬのはおいらだけで良いだろ!」
『そっだ! あーしは見逃して!』
老人とスクルドは聞く耳を持たない。スクルドは無言で詰め寄ってくる。
すでに運命は動き始めたのだ。
「さあ、ロゥ。敵を打ち倒しなさい」
『ほれほれ、どしたぁ? 早く魂を込めて詞を発しな。ツレも一緒に死んじゃうぞー! あーしは絶対逃げッからなぁ』
壺がめっちゃ楽しそう。
もしも顔があったら歪んだ笑顔になっているだろう。
「ああああああ!」
ロゥが頭をかきむしった。
前にも見た光景だ。彼の精神が追い詰められつつある。
めっちゃ揺れとる~、と壺がロゥのアフロを見て笑っていた。
木村は笑えない。
ロゥの追い詰められた精神もだが、状況がまったく笑えない。
スクルドが剣を掲げたので運命切断の一撃が来ると木村は思っていたが違った。
空から赤く燃える何かがこちらに近づいてきていた。
それは徐々に大きくなっている。
「まさか……隕石?」
彼女が剣を空に掲げたことと無関係だと思えない。
「イーさん。どゆこと?」
『あーたさぁ、それくらい……、ま、これは難しっか。まず、楯に刻んだᚺっしょ。“予測不能の災厄”を示してんの。ンで、彼女が備えるᚾとᛈで“数少ない存在確率”を“引き当ててる”ってとこ』
「……どゆこと?」
『あーた、バカぁ? 天変地異を無理矢理引き起こしてんのぉ。ずいぶんまどろっこしい真似スンねぇ。未来を切れば一発っしょ』
「それなら、さっき防いだよ」
『キャハ、そりゃ強がりが過ぎるっしょ! ……ほぉーん。嘘はなさそね、ンなら、これも防げるっしょ! ガンバガンバ! できるできる! ほれ、やんな! みんな死ぬよ! うわべだけの言葉だけなら死んじゃうゾー』
壺はキャハハと笑っている。かなり良い性格をしていた。
運命切断の一撃も相当だが、これも攻撃としてはおかしいだろう。
隕石はかなり大きく見え始めている。
落ちたらここら一帯が消し飛びそうだが、本当にラベクの兵士達を生かすつもりがあるのだろうか。
「ロゥ。なんとかしなさい」
カリーフも空を見つつロゥに告げた。
あなたならできます、という言葉が続きそうだが声にはならない。
木村としてもなんとかして欲しい。これはカクレガもただでは済まない。
可能ならもう避難したい。おっさんはカクレガの入口を開けて待機状態に入っていた。
「もううんざりだ! どうしてこんなことに巻き込まれるんだ! こんなことなら――」
『“全部消えてしまえばいい”とか叫んだら、ホントみんな消えっぞー。ほれ、詞をいったん飲み込みなぁ』
ロゥは喉元まで出かけた言葉を必死に飲み込んだ。
爆発しそうな感情を内部にため込んでいく。
『良い具合だね。消えろってのは良い。でも、対象をちゃんと選びな。あれはただのデカい石ころ。飲み込んだものを吟味してゆっくり吐き出す。ホレ』
「空の石は消滅する」
ロゥが感情を必死に押し殺したような声で呟いた。
同時に空を飛んでいた隕石がじわりと消えていった。
『その感覚を忘れんなー。次が来っぞ! ポンポンに感情をため込めぇ!』
スクルドが掲げていた剣を振り下ろした。
地面を引き裂くような仕草である。
大地が揺れた。
木村は立つことができず、尻餅をつく。
大きな揺れとともに、地面に裂け目が生じ始めた。
裂け目は徐々に大きくなり、ロゥや木村たちを飲み込もうとする。
『地割れ。簡単っしょ。くっつけな』
「大地の裂け目を修復」
地面の揺れが止まった。
大地の裂け目拡大も止まったが、元に戻るまではしない。
『拮抗してんなぁー。いっぞー。ほれ、次だぁ! ……うわ、キッチィーことすんなぁ!』
スクルドが振り下ろした剣をゆっくりと上げた。
掲げた楯に剣を当ててから、こちらを全力で引き裂くように斬りつけた。
もちろん距離があるので斬りつけたところで、斬撃が飛んでくるわけではない。
『無闇に喋んな。声を伝える媒体を消し去ってんぞー。あーたとか一呼吸で死ぬかんねー』
声を伝える媒体を消す?
すなわち空気を消したと木村は理解した。
これは詞を武器にするロゥにとっての天敵ではないか。
喋ることを封じたのであれば、彼にできることはなくなってしまう。
隣にいたカリーフが倒れた。さらに後ろの兵士たちもバタバタと倒れていく。
ロゥもその様子を見て口を開き、そのままもがき白目を向いた。酸素欠乏による昏倒、呼吸停止、心臓停止、死亡のコースだ。
『死ぬな。ほれ。いつまで黙ってんの。はよ叫べ。あーたが紡ぐのは音としての言葉じゃねぇぞー。意志を込めた詞。違いがちゃんとわかってっかぁ? 音になるかは重要じゃねっからー。運命切られても生き抜いたことを思い出せ。ホレ』
「おいらたちは死なない」
ロゥが口をパクパクとさせたが、音として認識はできなかった。
ただ、彼は倒れる直前で運命切断の時と同様になんとか踏みとどまる。
空気が元に戻ったようで、流入する風が周囲を吹き荒れる。
その中でカリーフたちも眼を覚ました。
ロゥは立っているがギリギリだ。
もう保たないだろう。
スクルドは剣をロゥに向けた。
まだあるのかと木村は唖然とする。
全力でやるとは言っていたが、あまりにも全力過ぎる。
もしも木村たちのパーティならそれぞれの攻撃で全滅間違いない。
『あ、コレやっべぇわ』
ロゥの眼前に黒い点が現れた。
今までの攻撃と比べるといささか地味に見えた。
地味さで言えば、先ほどの空気消去も地味だが効果的な攻撃ではあった。
「これは――」
「あれ、なに――」
一瞬だった。
ロゥが黒い点に吸い込まれた。
まるで大きなゴミが掃除機に吸い込まれるようにしてロゥだけが消え去った。
そして、黒い点も消える。
「直に魂が抽出されます」
スクルドが剣と楯を下ろし、老人に告げた。
老人は無言でロゥのいた地点を見ている。
「あれは何だったの?」
「極めて限定的な重力崩壊だな」
おっさんがサラッと答えた。
いやいや、そんなことサラッと言って良いことじゃないぞと木村も思ったが口に出ない。
中学の授業でチラッと先生が言っていた気がする。ブラックホールの一歩手前だ。
わずかでも誤ればこの星ごと潰れて消えていた。
「ロゥ。何をしているのですか。早く出てきなさい」
無理だろう。
そもそも「魂を抽出」と言っていたが、ブラックホールから魂は出てこられるのか?
あまりにも一瞬で、静かすぎる終わらせ方だ。
「スクルド。儂はまとめて刈り取れと命じた」
「御意」
スクルドが馬を歩かせてカリーフに近づく。
もはや大技を使うこともない。近づいて剣で斬るなり突くなりで終わりだ。
「詞には力がある」
スクルドがカリーフに近づき、剣を軽く振り上げたタイミングでその声は聞こえた。
「たとえ躯が圧し潰されようと、引き千切られようと詞は残り続ける」
カリーフの後ろの空間がぐにゃりと渦巻いている。
スクルドが渦巻いた空間を斬りつけるべく、剣を振るった。
「詞は剣に勝る」
渦から現れたロゥの手前でスクルドの剣が止まった。
見えない壁によって止められている。
「私たちは勝ちます」
「おいらたちは、生き残るんだ!」
『あーしもいっからね』
ロゥとカリーフがスクルドに告げた。人が運命に抗う姿がここにあった。
ただ、手に持った壺がやや真剣味を損なわせている
「スクルド。命令を撤回する。さがれ」
「――御意」
老人の命であっさりとスクルドは剣を納めた。
くるりと背を向け、老人の隣に戻る。
「キィムラァ。ミッションを達成したな。報酬が出たぞ」
どうやらスクルドの攻撃は今度こそ終わったらしい。
「キィムラァくん。その、言いづらいんだけど……」
「わかってます。別の追加ミッションですよね」
老人はスクルドをさげた。
しかし、それは二人の命を刈り取ることを諦めたわけではない。
「ᚢのルーンを宿すロゥよ、そしてᛇのルーンを宿すカリーフよ。見事であった」
この言葉は決して虚言や皮肉ではない。
スクルドの攻撃を全て耐えて生き残る存在などまずいないだろう。
「お主の詞は儂にも届いた。儂はお主をヴァルハラに招かねばならん。勝利のためにはお主が必要だ。それ故に――儂自らがお主を導くとしよう」
:ᚨ:
老人が囁くと文字が浮かぶ。
アルファベットにはない記号だ。
天気図で風向、風力を示す記号がこんなだった。
『文字がそのまんま神を示してんねー。全ての始まりでもある』
「キィムラァくん。追加ミッションの二つ目がね。“大神オーディンと戦闘をおこなう”だよ」
馬に乗った老人の姿が変わっていく。ローブが消え去り、黒い鎧を纏っている。
パイプの代わりに兜を手に抱え、ぼさぼさだった長い髪と髭が艶を取り戻していた。
手に持った杖はそのままのように見えるが、穂先が尖っている気がする。微妙に変化して槍になったのだろうか。
「スレイプニルよ。真の姿を取り戻す時が来たぞ」
:ᛖ:
Mのような文字が浮かび上がる。
『共生関係を示してんねー。二神一柱とも言えっかも』
首をもたげていた老馬に生気が戻る。
毛並みも艶やかとなり、大きさも変わったように見える。
身動きのとれなかったワルキューレ達が、オーディンとスレイプニルを向き、全員が武器を立てた。
他のワイルドハントのメンバーも大神に敬意を示している。
木村でもわかる。今までのボスとは格が違う。
明らかに強い。彼は魔力とやらは感じないが、オーディンの纏う空気の重みが違う。
ワルキューレのような大きさによる迫力ではない。いるだけで肌がひりついてくる感覚を覚えた。
これと、戦え……?
今回のミッションはひどいものが多いと思っていたが、あまりにもひどすぎる。
勝利しろと書いてないだけ温情があると考えるべきなのか。
スクルド相手に一歩も引かなかったロゥとカリーフもオーディンを前に動くことができなかった。
立っているだけで褒め讃えられるべきである。後方の兵士達はすでに倒れ、意識を失っている。
それどころかラベクやカクレガ当然として、パルーデ教国全域をオーディンの魔力が包んでいる。
「アアアアアア! ボクガ! ボクガコロス!」
木村と手を繋いでいた竜人が奇声を上げた。
木村の手を振り払い、竜人は脇目も振らず全力疾走でオーディンに襲いかかる。
近距離からオーディンの魔力に当てられ、完全に平常心を失っていた。
竜人はオーディンの正面で飛び上がり、歪みのブレスをオーディンに放った。
対するオーディンは槍をわずかに動かしただけである。
歪みのブレスは槍の穂先で弾かれる。
雨滴を傘で弾いているくらいの感覚だ。
その証拠にオーディンは悠々と前進している。
やがて竜人のブレス止まり地上に落ちた。
歪みにとらわれ、身動きもとれず、叫び声だけをあげている。
「多様の存在を引き受け、自我を見失いつつあるか。余の戦士としては使えんな。――オーディンが刻む」
:ᛁ:
オーディンはその槍の穂先で、竜人の心臓付近に記号を記した。
歪みが収まり、叫び声も止まった。意識を失ったようだ。
アコニトはイビキをかいて寝ているし、ヘルンはオーディンの回りをくるくると移動し写真を撮っている。
木村は、この二人への認識が大きく変わりつつある。ある意味で最強じゃないか。
精神的な図太さだけなら他の追従を許さないだろう。
本当に死後の世界にだって行きそうだ。
「キィムラァ。全てのルーンを集めたな。よくがんばったぞ」
「オーディンとの戦闘、スレイプニルの確認も達成。最後のミッションだね。――“神槍グングニルの発動を見る”」
木村でも知っている武器だ。
ソシャゲだけでなく一般ゲームでも良く出てくる武器である。
オーディンの代表武器。もはや武器名が必殺技になっていると言っても良いだろう。
効果もまた有名だ。
決して的を外さない。敵を打ち倒した後は持ち主の手に戻る。
それだけならまだ良い。この槍は投げた瞬間に勝敗がただちに決すると言われている。
すなわち投げた瞬間に勝利が確定し、それを持ち主の手元に戻す。
勝利を強制的にもぎ取る一撃になる。
「この世界で使うにはやや心もとないな。スレイプニル、跳ぶぞ」
老人が馬の手綱を引くと、スレイプニルが高い音で鳴いた。
声量は大きく、長めの音だ。
木村の頭に響く感覚だ。
この感覚に覚えがある。ヒルドのタイムスリップと同じ感覚だ。
まばたきをすれば景色が変わっていた。
荒野ではあるが、後ろの戦士達は消えている。
時は夕暮れに近いだろうか。何もない景色だと思ったが遠くに大きな柱があった。
上を見れば、小さく部分的に分かれている。木村は見上げてからその柱が大きな一本の木だとわかった。
「世界を跳んだ?」
回答はない。
オーディンはただ槍を構えた。
杖のような槍から、ほのかに白い光が湧き上がる。
「世界樹の枝に全てのルーンを懸け、余はただ一つの結末を誓う」
ᚠᚢᚦᚨᚱᚲᚷᚹᚺᛁᛃᚾᛇᛈᛉᛊᛏᛒᛖᛗᛚᛜᛟᛞ
オーディンの持つ槍の穂先に記号が次々と浮かび上がっては消えていく。
同時に、遠くに見えていた木も白く発光し始め、オーディンの槍と大樹がリンクしているようだった。
「――グングニル」
オーディンは槍を投げた。
その投擲は必殺技と呼ぶにはあまりにも静かで地味な一投である。
ゲームで見るような直線的な勢いも保たない。陸上のやり投げのように放物線を描くほどの緩やかさだ。
槍の向かう先はロゥである。その隣のカリーフも対象に入っているかも知れない。
木村は反射的に戦闘コマンドを呼び出した。
スペシャルスキルゲージが回復している。そして、オーディンとロゥの間にはアコニトが寝ている。
木村はアコニトのスペシャルスキルを発動した。
アコニトの姿が消え、同時に槍も見えなくなるが、それも一瞬。
アコニトが一瞬で死亡し、槍が現れ、ロゥを狙う。
「重力の崩壊に消えろ!」
『あーた、そりゃ、無駄だわぁ。投げた瞬間にバケもんの勝利が決まったんだわ』
ロゥが叫ぶと、彼の前に小さな黒点が浮かんだ。
スクルドが放った重力崩壊を真似したらしい。
壺の言うように意味はなかった。
緩やかな弧を描く槍は、黒点を染みのように弾いて突き進んだ。
『諦めな。お悔やみの詞くらいは送ってやっからさ。な?』
「おいらは――諦めない!」
「そのとおりです。ロゥ。私たちに勝利をもたらしなさい」
むちゃくちゃだが、どうにもならないだろう。
木村でもわかる。あの槍は止められない。
「絶対に生き残るんだ!」
叫びも虚しく、容赦なく槍はロゥを貫いた。
グングニルはロゥを貫通した後で、自動的にオーディンの手元に戻った。
馬が勝利を宣告するように再び長く鳴く。
景色は元の荒野に戻り、ロゥはゆっくりと地面に倒れる。
その結果を全員が見届けている。
異常が起きていた。
グングニルはロゥを貫いたが、貫通位置は右肩だ。
ロゥは倒れてはいるが、死んではいない。
カリーフがロゥに「起きなさい」と声をかけている。
ロゥも意識は朦朧としているが、カリーフの肩を借りてなんとか起き上がった。
彼へのダメージも大きいが、それ以上にオーディンの受けた衝撃の方が大きい。
オーディン以外の実力者もこの結果をどう受け止めれば良いかを考えた。
木村はロゥがオーディンのグングニルを何とか凌いだと考えている。
これは大きな間違いだ。彼の力はいまだ神槍に遠く及ばず、凌ぐことなどできていない。
グングニルは間違いなく発動されたのだ。
オーディンが勝利を誓って投げた槍は、途中で阻害されたがそんなものは障害にならない。
この結末こそがオーディンにとっての勝利であることは絶対だ。
それでいてロゥは死んでおらず、オーディンの戦列に加わっていないという矛盾が生じている。
オーディンはここまでの知識と経験を、再度並べるところから始めた。
要素を一つ一つ重ねていき、この結末が勝利の光景となる可能性にたどり着いた。
「余は――勝ったか」
木村は呟きの意味がわからず首を捻った。
この場で彼の発言の意図を把握したのは、わずか三人。
彼の側近のスクルド、黙って聞いていたおっさん、詞から察してしまう壺である。
「御意にござります。我らの勝利が運命づけられました」
スクルドがオーディンに告げた。
オーディンも満足そうに「うむ」と頷く。
「ワイルドハントの諸兄ら! 此度の行進はここまでとする! 貴公らの未来に輝かしい勝利があらんことを!」
オーディンが叫び、ロゥの脇を駆け抜けた。
そのまま姿が虚空に消えていく。
他のワルキューレや神々も彼の姿を追うように慌ただしく駆け抜けていった。
神々の姿が荒野から漏れなく消え去る。
最後に残ったのは疑問と沈黙である。
ラベクでは都市をあげて酒宴がおこなわれていた。
オーディンらの討伐こそできていないが、都市は残り続けている。
これはいちおう人間の勝利と言うことになるようだ。
勝利を喧伝することが目的なのかもしれない。
木村も功ありということで、いちおう中に入れてもらえた。
ラベクに初めて来て飲んだときと同じ場所で、ぼんやりと酒宴を見つめいる。
彼らは生き残れて満足だろうが、木村は消化不良だ。
けっきょく最後の状況がどういうことだったのかがわからない。
ロゥやカリーフは最奥の神殿に呼び戻されたのでここにはいない。
尻尾に逃げられたアコニトが楽しげに酒を飲んでいる姿を見つめる。
今回は狐耳を隠していない。いちおう大勢の前でワルキューレを止めてみせたので、彼女は人の味方として今は見逃されている。
まあ、殺そうと思っても力量差で殺せないし、仮に殺せたところで復活する。
それなら気にせず楽しんだ方が得というものだ。
おっさんも木村の隣で飲んでいる。
「食わないのか? うまそうだろ」
木村の前に料理が差し出された。
スパイスの香りが彼の鼻孔をくすぐる。
過去にもこんなことがあったので木村は一瞬ビクリと止まった。
差し出した人間を見ると若い兄ちゃんだ。老人ではない。
隣に彼女らしき綺麗な女性も連れている。
「ありがとうございます」
木村は料理の盛られた器を手に取った。
もぐもぐと口にしつつ、青年と今回の戦いについて話をする。
彼女らしき綺麗な女性はまったく会話に入ってこない。
「おお。飲んどるかぁ?」
アコニトが千鳥足で酔ってきた。
戦闘中はほぼ意識が飛び、戦闘後も酒で意識が不安定だ。
もっと言えば、戦闘前もクスリで意識はないに等しかった。だいたい不安定だ。
「飲んでる。そっちは大活躍だったな」
青年がアコニトの活躍を労った。
「儂にかかればあんなもんだぁ」
本当に記憶が残ってるのか木村は甚だ疑問である。
最後に至っては寝ていたはずだ。
「おお。そういえば、またあの葉巻が吸いたいぞぉ。交換してもらえるかぁ」
アコニトが尻尾から葉巻を差し出した。
青年は戸惑っている様子だ。そりゃいきなり葉巻を差し出されても困るだろう。
「アコニト。酔いすぎじゃない?」
「まだほろ酔いだぁ」
嘘っぽい。
ラベクに入る前から飲んでいたはずだ。
「どこでわかった?」
青年がアコニトから葉巻を受け取り、逆に小さな包みをアコニトに渡した。
手元にパイプを出して、葉巻の粉末をパイプに移している。
「眼が変わってないぞぉ。覚悟がガンギマりだぁ。それに隣の物騒なのもおったらなぁ」
美女がアコニトを見た。
眼が動いただけで剣呑さが伝わってくる。
ガンギマリの使い方が違っている気がするが無視する。
正しく使われた方が嬉しくない珍しい言葉だ。
それよりも気になる言葉が出てきた。
「……えっ、もしかして?」
木村は名前を口にしない。
二人は肯定も否定もしなかった。
言われれば確かに二人の系統がこの都市らしからぬ雰囲気だ。特に隣のスクルドらしき人物がわかりやすい。
色白だし、目つきも鋭い。そのまま戦乙女の絵画から出てきたような気配がある。
「お主に用がある」
「ワイルドハントは終わったんでしょう? よくわかりませんでしたけど『勝利だ』と颯爽と走り去ったじゃないですか」
青年は頷いた。
そうして彼は隣の美女を見た。
「用があるのは私です。助言と忠告を」
初めて喋った。
普段は兜の中から聞こえる声が、生身の状態からノーフィルターで聞こえてくる。
オーディンと話をするときは相手がこちらに合わせてくれるが、このスクルドは女神らしさがあるので話しづらい。
「運命が更新されました」
しばらく待ったが続きはない。
老人も気遣ってくれたようで、スクルドに続きを促すよう視線を送ってくれた。
「はっきりと形をもって見えませんが、運命は途切れず継続されることが確定されました」
「すみません。意味がさっぱりわかりません」
黙って聞いておこうと思ったが、あまりにも事務的かつ抽象的すぎて理解できない。
もうスクルドとの会話を放棄して、青年から話を聞くことにした。
「余が“神々の終末に生き残る”ことを勝利として掲げていたことは話したな」
「あ、はい。そのためには戦力が足りないから、今回のワイルドハントでかき集める、と」
「さよう。戦力だけでなく、時間もなかった。儂らの世界に残された猶予は二百日を切っておったからな。この世界も儂らの世界の崩壊に巻き込まれ消滅する」
「二百、日?」
時間がないとは木村も聞いていたが、あまりにも時間がない。
年単位ですらないではないか。
「それがどうしてあの結末に繋がるんですか? ロゥは生きていますよ。あ、殺して欲しいわけではないですからね」
「グングニルの発動により、あの男がどこから来たかわかったからだ」
そういえば、ここで最初にロゥたち会ったときもその話をした。
彼はルビソウルなるところから来たと言った。
「あやつは未来から来ておる。ラグナロクの遙か先の世界だ」
「えっ、ロゥは未来人なんですか」
「さよう」
青年は頷いた。
「余と同じカゲルギ=テイルズの世界ではない。他の世界のどこの、どの過去時間軸にも奴と言霊宿す街の痕跡はなかった」
そんなことまで見えるのか。
大神は伊達じゃないということだろう。
「そして、グングニルが奴の命を刈り取ることはなかった。あやつがこの時間軸に生きて存在していることこそ、儂らがラグナロクを勝利するための未来から垂れた細き糸であったということだ」
消滅するはずの世界の延長線上にいる存在が、今ここにいるということが崩壊をどうにか免れた証明になる、と。
彼がもしもここで死ねば未来は完全に見えなくなり、そのまま潰えることになる。
「消滅を避けた未来は決定された。問題はその先とそこまでの行程になる。スクルドがお主に新たなルーンを見いだした。それを伝えに来たというわけだ」
スクルドがそうですと頷いた。
最初から説明しないとわからないでしょうと言いたい気持ちを木村はグッと押さえた。
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「文字が見えませんが?」
「このルーンに形はない。だが、確かに存在はする」
「御意。ここから約二百日の期間で、あなたの周辺に大きな変化が生じます。その変化が神々の終末に影響を及ぼします」
そんな曖昧なことを言われても困る。
大きな変化なら、すでに何度も起きている。
「それで、僕は具体的にどうすればいいんですか?」
「受け入れなさい。あなたに必要なのはᚢを宿すロゥのような困難を切り拓く力強さでも、ᛇを宿すカリーフのように火を燃え移させる種火としての役割でもありません。生じることをあるがままに全て受け入れる強さです」
それなら得意だ。
一種の諦めとも言える。
「それと忠告になりますが、姉たちもあなたに興味を抱いています。彼女たちの話は毒のように甘美ですが受け入れなさい。また、私と違い、やり口も回りくどいものが多いですが最後まで受け入れなさい。受け入れた後で実行するかどうかあなたに任せます」
「……実行しなくても良いんですか?」
スクルドは生真面目な顔で頷いた。
「何を今さら言っているのです。あなたはすでに一度、姉の助言を蹴ったでしょう。その決定がこのか細く、しかし勝ち残る運命を決定づけました。――あなたに重要なのは受け入れることまでです。実行の有無は求めていません」
木村は思い起こす。
自分がすでに運命の女神の姉に会い、助言を蹴ったとスクルドは言う。
「え、もしかして王都で水の館で会ったのは?」
「姉です。竜人を殺すよう迫ったようですが、あなたが拒否したことでこの可能性を導きました。運命の定まっていない存在の行動は未来を変動させます。姉たちには望ましい存在とは言えません。未来の変動は、過去と現在の在り方を否定し、意味のないものに変えますから」
スクルドは言いたいことは言ったと黙った。
とりあえず話はちゃんと聞き、聞いた後はやりたいようにやれと木村は理解した。
「二百日後にいったい何が起こるんですか? 神々の終末と言われていましたが、あなたがたにどうにかできないことを僕ができると思えません」
素直な思いだ。
受け入れるにも限度がある。
「余は神々の終末と呼ぶが、他の名で呼ぶ者もおる」
オーディンがスクルドを見た。
スクルドが口を開く。
「姉たちはこう呼ぶこともあります――“サ終”と」
神の二人の空気は重い。
一方で、木村は全てを察した。来たるべき終わりだ。
「世界の終焉だ」
「私たちの逃れられぬ運命でした」
「かんぱーい!」
二人の神が作り出した重圧をアコニトが消し飛ばした。
すごい静かだと思ったが、やっぱり酔ってるなと木村はベロンベロンのアコニトを見る。
彼女はオーディンに殴られ、スクルドに蹴られ、どさくさに紛れておっさんに手刀も入れられた。
今の流れでそんなこと言ったら、そりゃそうなると木村も黙って彼女の成り行きを見守る。
こうしてラベクでの夜が過ぎていった。
カクレガはラベクを離れた。
ロゥもラベクを離れたかったようだが、残念なことに残留が決まった。
木村たちと一緒だと危険が盛りだくさんだ。オーディンとスクルドか、彼は絶対に殺させるわけにはいかないということで、ルーンが刻み込まれたラベクに半ば軟禁となる。
サ終の後は解放してもらえるようだが、それまでは絶対的な力の保護を受けることになる。
壺もなんだかんだで手元に残ってうるさく喋っていた。
彼女の声をおっさんは最後まで無視した。
ラベクを離れ、カクレガはパルーデ教国を北東に進む。
ヘイラード王国を通り、そこから東へ進んで帝国に入ることになるだろう。
地図の最北西端からの旅程もようやく終わりが見えてきた。
帝国東部には懐かしの×印が付いている。
今のところ西部はまだ活動しているようだ。
帝国は衰退していると話は聞くが、いったいどんな現状なのだろうか。
「サ終ねぇ」
食堂で甘さ控えめのクッキーをかじっているとアコニトがやってきた。
まだ昼間であるが、酒と肴を手に持っている。
やりたい放題だ。
「言いたいことがあるなら聞くぞぉ」
木村の顔色を見て、口にした。
「クスリよりはずっと健全。今日は控えめだね」
「だろぉ」
アコニトはご機嫌である。
木村が辛めの肉をアコニトの器から一切れもらうと、彼女は代わりにと木村のクッキーをつまんだ。
「おぉい……。なんだぁ、この土菓子は甘すぎて酒が進まんぞぉ」
どうやら口に合わなかったらしい。舌を出してまずいと伝えてくる。
たしかにアコニトが甘いものを口にしている印象がない。しかも酒を飲んでいるからなおさらだろう。
酒とクスリとタバコは種類をえらばないのに、酒の肴は気にするようだ。
「あの小僧、家名を与えられておったなぁ」
いきなり話が飛んだ。
きっとロゥのことだろう。
此度の働きが認められ、エニアの姓をもらっていた。
もらった本人はまったく嬉しそうに見えなかった。
「なんか名前に執着があるね。羨ましいの?」
「羨ましくないと言えば嘘になるなぁ」
「じゃあ、木村の姓をあげるよ」とまでは、とてもじゃないが木村には言えない。
アコニトもこんな名前をもらっても喜ばないだろう。
「エニアにはどんな意味があったんだぁ?」
「意味? 家名に意味がいるの?」
「当然だろぉ。意味のない名などゴミ同然だぁ」
木村は自らの名字である“木村”を考えた。
考えたこともなかったが、おそらく木と村がある田舎っぽい光景から付いたものだろう。
あるいは大昔に木村という姓の有名な人物がいたか、どこかの地名かだ。
「アコニトにはどんな由来があるの?」
「儂は花の名だなぁ」
どんな花なんだろうか。
紫色で、毒がある花に違いない。……もしかしてトリカブト?
人の名に花の名前を付けるのは良くないと聞いたことがある。
すぐに枯れてしまうことから、死を連想させる、と。
ゲームのキャラだからいいのかと納得させた。
実際、すぐに死んでいる。
そこでふと思う。
ゲームのタイトル名は“カゲルギ=テイルズ”で世界の名にもなっているが、意味や由来があるのだろうか、と。
「当然だろぉ。あぁ? 杏林や霊体から聞いとらんのかぁ?」
アコニトに尋ねると、呆れた顔で聞き返された。
聞いたかもしれないが、少なくとも木村は覚えていない。
「由来はいろいろあるが、意味は子供でも知っとるぞぉ」
「そうなんだ。どういう意味なの?」
アコニトは酒を一口つけて唇を潤した。
そして告げる。
「――犠牲だぁ」
おまけ
ルーンミッション達成状況(兼 筆者の備忘録)
前回からの追加のみ。
04.ᚨ アンスズ A
「彼の神は九夜の死を越え、力と知識を掴んだ。彼こそがルーン文字の始まりである。彼の者の名はオーディン」
09.ᚺ ハガラズ H
「戦乙女スクルドの楯に刻まれた。運と命は切り離せない。自らに幸運を、敵には死と滅びを」
10.ᛁ イーサ I
「竜人に刻まれた。システムから解放され、彼は自らの道を歩み始めた。その道に祝福はない」
13.ᛇ エイワズ EI
「カリーフに見いだされた。彼女が何かできるわけではない。彼女は無力だが、そこにいて周囲の人間の頼りとなる」
19.ᛖ エワズ E
「十の足、三の目、一の尾の二神があなたの前に現れた。神馬は駆ける。あらゆる世界を主と共に」
-. ウィルド
「運命の女神があなたに見いだした。あなたの運命は未知である。彼女はあなたにありのままを受け入れることを求めた」




