88.メインストーリー 6
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ワイルドハントの終わりがようやく見えてきた。
十日ほどかけてパルーデ教国をぐるっと回り、国の中心かつ出発点に戻りつつある。
どうやら今回の行進は総本山のラベクで始まり、ラベクで終わると見える。
カリーフの姉が二人ともやられた。
それ以外の被害は少ない。ときどき盗賊らしきアジトを潰していたくらいか。
最後のラベクで起きることは想像がつく。
サウィフらは王国で戦乱を引き起こし、その行為を悪とされ未来を断たれた。
カリーフは知らされていなかったようだが、もしも他国で動乱を引き起こすのがパルーデ教国の方針なら彼女の母であるサナが知らないわけがない。
そして、母親のサナはラベクにいる。どうなるかは明白だ。
イベントミッションも達成しつつある。
日数が経過するごとにミッションが増えるタイプだったが、それ以前に達成済みなら改めて実行する必要はない。
ワルキューレ達と食事とか、一緒にお昼寝とかクソみたいなミッションが多すぎた。
現在の進行中ミッションは二つ。
“ルーン文字24字の確認”は相変わらずだが、気づけば半分以上埋まっている。
もう一つの未達成ミッションは“ワルキューレ全員のスキルを撮影する”であり、こちらがまだ埋まっていない。
ゾルに聞いたところ、フリストとヒルドいう二体のワルキューレがまだスキルを使ってないようだ。
どうして使ってないのかと尋ねたが、必要ないからと話していた。
フリストは角笛で全状態異常無効化とバフをマシマシに付与するらしい。
そりゃ、あのワルキューレが人間相手にバフを使えばさすがにオーバーキルにもほどがあるだろう。
ヒルドはワルキューレの中で比較的穏健派であり、滅多に戦闘はしないようだ。
ただし、戦場での戦力分析がずば抜けており、まるで何度も彼らの戦いを見たように戦力を見極める。
かなり特殊な力を持つと言うことは知られているが、ゾルもその力を知らない。
アナライズか何かかなと木村は考えた。
どちらにしても見る機会が訪れることはないかもしれない。
ミッションもさることながら、やはりラベクの行く末が木村は気になっている。
サウィフのいた都市は、ロゥの働きによりわずかな被害で突破された。
ワイルドハントの面々は関係者以外には手を出していない。
あのときだけの例外だ。
老人も「今回だけ」と強調していた。
もしもサナが、ラベクで徹底抗戦をおこなえばどうなるか。
抗戦の意味はない。彼女を守ろうとする人が、例外なく死んでいくだろう。
もちろん彼女も死んで今回のストーリーは終わる。
木村の中に暗い考えが渦巻いている。
サナ達を捕らえて、引き渡すことが被害を最小限に抑える術ではないか、と。
馬鹿なことだとも思う。どうして木村がそこまで部外者の人間に気を揉む必要があるのか。
今までも多くの人たちが死ぬのを見てきた。今回も黙って見ておけば良い。相手が相手だ。下手に手を出すべからず。
ただ……、本当にそれでいいのか。
正しい道がわからず、堂々巡りの日々を彼は過ごしていた。
木村は食堂にいる。
クロエの作った甘いクッキーをつまんでいた。
彼女のお菓子のファンのために食堂の調理場を拡張し、クロエのお菓子作りスペースを作った。
彼女もお菓子作りが好きなため、積極的においしいスイーツを作ってくれている。
周囲もわいわいガヤガヤと賑やかだ。
ブリッジや自室で考えごとをすることが多いが、たまにはこういうところで考えるのも良い。
暗い思考が明るい方へ移るのを木村は期待している。
「ここ、い∪か」
アフロ頭がやってきた。
ロゥである。彼もやつれているのが見て取れる。
隣には召喚者であるカリーフもいた。
ロゥが彼女の分のスイーツも持っているようで、彼女は手ぶらである。
木村一人でもキャラはあまり近寄らないが、この二人が来てしまいさらに周囲のキャラ達が遠のく。
ロゥが喋り、木村が軽く受け答えをするくらいだ。
普段ならそれで良い。だが、今は気になることがあったので木村はカリーフを見た。
アコニトから木村は彼女とよく似ていると言われた。
要は、「話をしてみろ」ということだったが、先延ばしにしていた。
木村がカリーフを見る。
話しかけるなオーラが見て取れる。
彼も教室で似たような状態だったのでよくわかる。
「カリーフさんに話があります」
「私はありません」
にべもないとはこのことだ。
木村も話を打ち切ってしまいたいが、いつまでももやもやの中で過ごしたくはない。
この話でダメなら全てを見極めるられる。いや、見極めるというよりは見切る、見捨てる決心がつくというのが正しいか。
木村はカリーフに言葉の矢を射かけた。
「カリーフさんは召喚という力をどうお考えですか?」
カリーフのクッキーをかじる手が止まる。
彼女はラベクの行く末を問われると考えていたのだろう。
顔がやや驚いている。どうやら想定していなかった質問だったようだ。
「僕にも召喚という力があります。この力がどうして自分に与えられたのかをときどき考えます。しかし、いまだに答えは出ません」
ソシャゲの主人公だからという解は出せるが、これはシステム上の仕様というだけだ。
自分で考え抜いた後の結論ではない。きっと間違っている。
「つまらない問いです。私に『やるべきことをやれ』ということでしょう」
「やるべきこととは?」
「人の世界を作ることです」
これはなんとなく予想していた答えだ。
サナも同じようなことをダラダラと述べていた。
「そのやるべきことに疑問を持つことはありませんか?」
「ありません。あなたはあるのですか?」
「どちらとも言えません。僕にはやるべきことが何かがまだわかっていませんから。ときどきこれをやるんだみたいな状況に出くわしますが、迷ったあげく見過ごすことが多いです」
「優柔不断。意志薄弱。私は『やるべきこと』に疑問を持つことはありません」
むかつくが、強く否定もできない。
やっぱり全然似てないんじゃないか。どちらかといえばロゥの方がまだ似ていると感じる。
この考えはアコニトにも示した。しかし、彼女は鼻で笑って否定した。木村とロゥはまるで似ていない、と断言もした。
それに木村と彼女を迷っていると言っていたが、彼女はまったく迷っているように見えない。
「やるべきことに対し、自らの無力さを感じませんか?」
カリーフの眉がピクリと動いた。
わかりやすいのは助かる。無力さは思うところがあるらしい。
「あなたの考えを先に聞かせなさい」
「僕はこの力を手に入れてから、自らの無力さを感じなかった日はありません。強くなるのは仲間になったキャラたちばかりで、自分はまるで強くなってない。いつまで経っても変わってないように思います。しかも、キャラ達が強くなっても立ち向かうべき相手がそれ以上に強大でどうしようもなく無力さを感じています」
正直に思っているところを木村は吐いた。
カリーフもやや意外そうに木村を見つめている。
「前半と後半で力の担い手が異なります。私は自らの無力さを感じますが、あなたのような無力さは感じません」
「それではカリーフさんの感じる無力さはなんなんです?」
「私の腕力で悪魔どもを倒せないというもどかしさです」
「それは……、そうでしょう」
「私自ら悪魔を倒せればどれだけ良いでしょうか。しかし、それではロゥの出番を奪ってしまう。倒す役目は彼に任せています」
「でも、彼だって倒せない相手が――」
「いません。私が召喚したのです。ロゥなら必ずどのような蛮族、悪魔、異教徒の狂神を打ち倒せます」
カリーフは断言した。
発言だけを見れば冗談のようだが、彼女の顔や姿勢に強がりは感じられない。
隣のロゥは迷惑そうな顔でカリーフを見たが、まんざらでもないような顔つきに変わった。
「あなたは信が足りていない。自らの召喚した者たちへの信頼が欠けている。何よりも自らへの信頼がない」
まっすぐに言われて、木村もしばらくカリーフから目がそらせなかった。
それについてはときどき彼も思う。だが、彼は力への疑問と疑念ばかりで信用することはできない。
話を逸らすように最後の質問を投げる。
「召喚したキャ……ロゥとの関係性はどう考えていますか?」
「質問が漠然としています」
それもそうだ。
木村も質問されたら、「主人公とキャラ」と答えてしまいそうだ。
「漠然としていても答えは同じ。我々は――運命共同体です」
木村は想像よりも数十倍重い答えが返ってきて、比喩抜きで言葉を失った。
隣にいるロゥも、「えっ」という表情でカリーフを見ている。
「これは我々の教祖――導師エニア・カルンと剣聖スィーミッツの時から変わりません。サナ母様とゴート殿、ラビア姉様とウェール殿、サウィフ姉様とヴィラ殿、シターとカゲロウ殿も然り。そして、当然、私とロゥも命運を共にしています」
本当か?
ロゥはカリーフと木村を交互に見てきている。
初耳と言わんばかりだ。彼自身も依頼で来たとか、早く帰りたいと話していた気がする。
「サナさんからは協力依頼だと聞きましたが?」
ロゥも木村の発言に頷いてカリーフを見た。
彼女はぶれない。
「崇高なる使命を遂行するための協力依頼ですよ。私たちは彼らに自らの命をかけています。彼らが死ぬときは私も死ぬときです」
覚悟が違った。
悪く言えば命を投げ捨てるという主張だが、覚悟は覚悟だ。
「あなたは違うのですか?」
木村は違う。
キャラは死んでも復活する。
仮に全滅しても、自分だけは助かると心のどこかで考えている。
カリーフの声が木村の中で反響している。
覚悟が違いすぎる。命知らずで愚かな覚悟だが笑うことはできない。
思えば、彼女の二人の姉とその被召喚者も最期まで一緒だった。彼女たちにもその覚悟があったのだ。
「……あれ? この話は前にもしませんでしたか?」
カリーフの顔が曇った。
頭を押さえているように見える。
「アコ≠トのねえ▽んと同じよ@な話をし▽な。あ♭ときは酔って∬から」
「狐の蛮族と? この私が? 話を?」
ロゥは頷いた。
カリーフは記憶が曖昧なようだ。
どうやらアコニトにアルコールを混ぜられたらしい。
もしかしたら彼女の毒も入っていたかもしれない。
木村はようやく話の流れがわかった。
木村とカリーフは、まったくもって似ていない。
アコニトに騙されたのだ。
木村がカリーフに興味を持って、話をするようけしかけられた。
まんまとはまってしまったわけである。
召喚という同じ力を持つという点では同族だが、考えがまったく違う。
嫌悪の理由もなんとなくわかった。彼女たちの覚悟が、木村の希薄な覚悟を刺激している。
……やはり、これは同族嫌悪であってるのか。
似ていないだけだ。
木村の迷いはむしろ深まった。
彼女たちとどう接すれば良いのかが余計にわからなくなる。アコニトを殴ってやりたい。
そんな気持ちで通路を歩いていると、ほげほげクスリで飛んだアコニトがおっさんに殴られる瞬間に出くわした。
痛みを感じないのかへらへら笑って、ひっくり返っている。
彼女への苛つきが阿呆らしく感じた。
そうして数日が経ち、カクレガはラベクの目前に迫るに至ったのである。
ラベクの前には兵が集結している。
最初の時よりもずっと少ない。
死を覚悟した戦士達だけが残ったのだろう。
ワイルドハントも最後の休憩をしている。
やがて彼女たちは立ち上がった。
「ロゥたちはどうなるかな?」
「助からないぞ」
すでにカリーフとロゥはカクレガを離れている。
ラベクに集結し、ワイルドハントを迎え撃つと主張したのだ。
木村は彼女たちを止めた。
意味のないことだと、無駄死にだと、彼の思うところを正直に告げた。
ロゥには死んで欲しくなかったし、カリーフも好きにはなれないが召喚者としては嫌いになれない点もある。
木村たちはカクレガから出てワルキューレ達を車で追う。
ワルキューレの一人が角笛を鳴らした。彼女がフリストだろうか。
最後の最後でようやくバフをかけていく。オーバーキル待ったなしである。
ラベク追悼の音にしてはややけたたましすぎる。
衝突と呼べるものではなかった。
紙くずのように防衛戦は踏み崩され、ラベクの大門は暴力の嵐で消し飛んだ。
街からは土煙が舞い上がり、舗装された道は砂に戻っていく。
権威を示した荘厳な神殿は遺跡になった。
わかりきっていたことだ。
木村たちは廃墟と化したラベクに入る。
十日ほど前に見た景色はもはや見ることはかなわない。
最奥の神殿跡地は、跡地に相応しく土台以外が残っていない。
果たして戦闘と呼べるものがあったのだろうか。
ラベクが滅び、ワイルドハントは終了した。
ワルキューレ達や他の神々の姿が消えている。
老人がただ一人、遺跡の跡地でパイプをたしなんでいた。
最初に出会ったときと似た雰囲気を感じる。
木村が車から降りて、老人に近寄る。
老人の顔は帽子のツバに隠れて表情が読めない。
「終わりましたね」
「さよう。終わった」
木村は振り返る。
すでに避難していたのか人は少ない。
瓦礫ばかりが散らばっている。
「満足ですか?」
木村は尋ねてみたかった。
圧倒的戦力差で都市を粉々にして、そこを守らんとする戦士達もくびり殺した。
神の力、恐怖を見せつけるというのなら完璧だろう。
悪人を葬るという目的も達成したはずだ。
「選別はできたんですか?」
老人の目的はこれだったはず。
来たるべき戦いに勝つのために戦力を集めるというのが、彼にとってのワイルドハントと聞いた。他ならぬ本人からだ。
答えはない。
沈黙が最良の答えとも言える。
実はモルモーから選別がうまくいってないことは知っているので、老人を皮肉った質問だ。
ワイルドハントの途中で選別された戦士の魂は、ワイルドハント中は戦列に加われるらしいが、メンバーは増えた様子がなかった。
「駄目でしたか。また他の地で同じように繰り返すんですか?」
「そのような時は儂らに残されておらん。まさか戦士が一人もおらんとは……」
ようやく返答があったものの、続く言葉はなかった。
時間はないらしい。なんだか老人が絶望しているようにも見え始めた。
一国をぐるっと回ってまさか戦士の魂が一つもないとはオーディンですら思ってなかったとみえる。
「お話し中に失礼するでござる」
「うおぅ!」
いきなり木村の横から人影が現れて、思わず彼は変な声を出した。
何だと思えば、今回のゲストキャラであるカゲロウだ。
「頼みがござる」
「はぁ、言ってみるでござる」
いきなりすぎて理解が追いつかない。
思わず木村もヘンテコな語尾がうつってしまった。
「某とシター様を、その方らの土舟に乗せてはもらえんでござるか?」
よく見ると、Ninjaキャラの足下に見覚えのある幼女がいた。
顔をNinjaの足に押しつけている。わずかに見えたが涙を隠していたらしい。
土舟とはカクレガのことだろう。一緒に行きたいらしい。
Ninjaと召喚師が仲間になりたそうにこちらを見ている状況だ。
「良いですけど……」
木村としては別に問題ない。ただ、問題はここにいる老人がどう考えるかである。
彼は何も言わない。そもそも生きて出てこられる時点で彼女とNinjaキャラは見逃されたと考えられる。
なぜ、老人がいる前でわざわざNinjaが出てきたのかも木村には何となくわかった。
本当に見逃されるかどうかを試した。自らがどうするかも述べて、それを認めてもらおうという流れだ。
そして、彼らは無事に見逃された。悪事にはまだ関わらず、抵抗もしていないので興味がないだけかもしれない。
「シター様。ご挨拶を。これからお世話になるキィムラァ殿でござるよ」
ニンニンとわざとらしすぎて木村はこのNinjaキャラが好きになれそうないと感じた。
いかにもなキャラ作りは彼の趣味ではない。
「どうして助けにきてくれなかったの?」
シターが顔を上げて、木村に開口一番尋ねてきた。
木村は言葉に詰まった。
「どうして母様や姉様達は死ななきゃならなかったの? あなたたちはいったい何がしたかったの?」
次に老人に尋ねた。
幼女の目頭に涙が溢れてきている。
木村は彼女たちと一緒には行けないと感じた。
問われた側の老人も手に持ったパイプがピクリと震えたのが見えた。
おそらく最後の「何がしたかったの?」が効いている。
これでは本当にただの虐殺巡礼だ。
「私も一緒に死ななきゃいけなかったのに。どうして私だけ助かったの?」
シターがNinjaを見上げた。
木村もふと疑問が湧いた。どうして助かったんだろう。
このNinjaは他が全滅するまで戦っている中でいったいどこにいたのか。
答えはもちろんシターと安全圏に隠れていた――になるのだろう。
木村は賢い判断だと思うが、召喚主のシターはそれを良しと見ていない。
ここで家族や住民らと討ち死にすることを望んでいそうだ。
男三人が幼女一人に誰も返答できない状況が生まれた。
幼女の見た目だが、カリーフと一つしか離れていないはずである。
あっちが大人びていて、こちらが子供っぽいのだろう。
「私も母様や姉様と同じところに連れて行ってよ」
ワイルドハントで(私も家族の元へ)連れてって――嫌な流れでイベント名の回収ができてしまった。
おそらく異世界版だけの特別仕様だろう。
これまた男三人は沈黙である。
現実逃避的に木村は考える。
どうして助けなかったんだろうか?
助けられないとわかっていたからだ。敗北が明確に見えていた。
「もしも僕たちが助けに来たからといって、何かが大きく変わったのかな」
木村は変わらないと思う。
「助けに来てもやっぱり、サナさんやカリーフさん達は死んでたと思うんだ」
きっと結末は変わらない。
それならこれからどうするかを考えるべきだ。
「生き残ったのは、きっとやるべきことがあるんだと思う」
「お母様も同じことを言ってたよ。でも……」
やるべきこと……、カリーフも同じことを言っていた。
彼女はどうやって死んだんだろうか。ロゥはどうやって戦ったのか。
「きっと互いに信じていたんだろうなぁ」
倒せない敵などいないと彼女は信じきっていた。
ロゥもなんだかんだでカリーフを信頼していたように見える。
「僕もキャラ達を信じて、そして自分を信じることができていたら……一つでも結末を変えることができたのかなぁ」
意味のない問いだとわかっている。
こういう疑問を投げるときはけっきょく同じ状況を繰り返し、また同じ台詞を吐く。
同じループを何度も繰り返す。
木村は自分がますます嫌になってきた。
「――試してみんか?」
木村が自らに嫌気がさしていると、老人が木村を見てそう言った。
老人の瞳が木村を見つめる。
今まで恐怖を感じなかった老人が、初めて不気味に見えた。
老人が木村の全てを見つめているようだ。
「試せるのなら試したいですが、もう全てが終わってしまっています。でしょう?」
「さよう。儂らに新たな出発は許されておらん」
次はないのだ。
木村は助けず、ロゥ達は死に、ラベクは滅びた。
「だが、巻き戻すことはできる。――ヒルド」
老人が名を呼ぶと、どこからともなく足音が聞こえ、ワルキューレが現れた。
シターが叫び声をあげてカゲロウに抱きつく。
「どこまで戻せるか?」
ワルキューレが何かを話した。
独自の言語らしく木村はうまく聞き取れない。
集中すれば聞き取れることがわかったのだが、彼らの言語はなかなか難しい。
「突撃の直前までだ。一度きりになろう。死力を尽くせよ、無色の若人。――始めよ」
ヒルドと呼ばれたワルキューレが手に持った鐘を鳴らす。
大きさはさほどでもないが、鳴り響く音は異様に大きい。目覚まし時計でもここまでうるさくはない。
:ᛒ:
鐘にはアルファベットのBのような文字が刻まれている。
ルーンの一覧にこの文字があったと木村は記憶していた。
鐘の音が光として周囲を伝播していくのが見えるようである。
ヒルドは何度も鐘を鳴らす。木村もあまりの音声に思わず顔をしかめた。
頭にもガンガン響く、眼を閉じても耳を塞いでも音が響き渡り、立っている感覚も薄れてくる。
やがて音がどこか遠くへ行って、ようやく耳を押さえる手を離すことができた。
そして、ゆっくりと眼を開く。
そこには黒い球体が浮かんでいた。
「お? ℃うして±こにいるん⊆?」
視線を降ろせば顔がある。
聞き取りづらい声も聞き覚えがあった。
「ロゥ?」
「ああ、おい▽だ」
ロゥがいる。
普通に足で立っていた。
幽霊でもない。触ってみたが実体はある。
周囲には人の姿が見える。
神殿もまだ跡地になっていない。
人こそ少ないが建物も健在なままだ。
「死んでないの?」
「生きて∞ぜ。これから*うかはわからねぇ◆どな」
ロゥは少し哀愁の感じる顔を見せた。
彼の中ですでに死を受け入れる姿勢が感じられる。
「悪魔どもが動き出したぞ!」
遠くからそんな声が聞こえた。
「きなすっ〃!」
「行きますよ。あら、あなた……」
いつのまにかカリーフも現れた。
彼女は木村を見たが、かける言葉も途中で切れた。
カリーフは門へと歩く、その横をロゥも一緒に歩いて行く。
その後ろ姿には死の決意を感じられる。
「……えっ? 巻き戻すってそういうことなの?」
冗談抜きのタイムスリップだ。
こんなこともできるのか。
呆けている場合ではない。
悪魔どもが動き出したということは、ワルキューレの突撃が来る。
角笛の重くのしかかる音が響いてきた。
これは本当にまずい。
「キィムラァ。門の近くまで走るんだ。カクレガに戻るぞ」
おっさんと車もある。
車内にはヘルンもいた。疑問の顔を浮かべている。
「あたしはカクレガの中にいたはずです。どうしてここに。意味がわかりません」
「記憶がないんですね。僕たちは滅んだラベクに行きました。そして、おそらく――時を戻されました」
木村は確認するようにおっさんを見た。
おっさんも肯定するように頷いた。
「珍しい力だな。強力だが発動条件がかなり限定されているようだぞ」
「意味がわかりません」
木村も記憶があるから受け入れられる。
もしも記憶がなくタイムスリップという知識もなければければヘルンと同じ反応をしただろう。あまりにも荒唐無稽だ。
「キィムラァ。遅れたが“ワルキューレ全員のスキルを撮影する”が達成されたぞ。新たなミッションが追加されたな」
「それは後で聞かせてもらおうかな。運転ミスりそうだから」
ひとまず門の近くまで車を走らせるとカクレガの入口が開いた。
そのまま中に車ごと乗り入れる。
一安心ではある。
「キィムラァ。ボス戦だ。戦闘メンバーを選ぶんだぞ」
木村はおっさんを見た。
おっさんも渋い顔をしていた。
戦いたくはないが強制戦闘といったところだ、と木村は推測できた。
「あっ」
ヘルンが声を上げた。
何だろうと彼女の視線を追えば、車のフロントパネルで冊子が燃えている。
老人からもらった冊子だ。間違えて襲われることがないように、車の前面に外から見えるように置いていたのだ。
冊子が燃えるということは、見逃さないという老人の意思表示とも言える。
老人の「死力を尽くせ」という言葉が実感を持ち始めた。
木村もようやく当事者として思考し始める。
戦闘メンバーは四人だが、ここにいるのは――、
「戦闘メンバーにはヘルンも入るの?」
「ロゥとヘルンは固定だぞ」
「えっ! あたしは戦えませんよ!」
「ドンパチしあうだけが戦いとは限りません。死ぬ気で撮ってください」
二人はゲストキャラだろう。
CP-T3はさすがにカウントされないようだ。
そうなると実質戦えるメンバーは二人になる。
一人はアコニト神で確定だ。念のためクスリを控えるよう伝えてはいるが大丈夫だろうか。
もう一人は誰が良いのか。
まず魔力探知組は無理である。ウィルとフルゴウルは戦力外だ。
次にゾルを思い描いたが、知り合いだから手を抜いてくれるとは限らない。
むしろゾルが恐縮して力を弱めるとも考えられる。
ボローの挑発は効くかもしれないが、間違いなく瞬殺だ。時間稼ぎにもならない。
ペイラーフ……無駄か。一撃死する相手に回復は無意味である。回復は生きているものに与えられる。
駄目だ。
やはり木村はキャラを信じることができない。
戦闘においてロゥやカリーフのような信頼関係は築けない。あくまで数値や能力に対する信用である。
ステータスが見えるのも大きいだろう。キャラが何が得意で、何ができるのかがおおよそわかる。隠れた潜在能力などは期待していない。
故に、この場面で信用して送り出せる戦闘メンバーが選べない。
ただ、木村のこの考えには矛盾があった。
彼自身の選んだ一人目――アコニトがこの矛盾を体現している。
彼女もステータスだけで判断するなら、ワルキューレの前に立たせても無意味だ。
一瞬で消し飛ばされる存在である。時間稼ぎと自爆はできるが戦力としてはワルキューレの前ではカウントされない。
彼はまだ自らの中に矛盾があることに気づいていない。
木村は隠れた潜在能力に期待はしていないと思いつつも、彼は隠れた潜在能力に助けられている。
竜のトロフィー効果やアコニトの狂った行動で助かっている。
木村がアコニトを選んだのは一種の信頼だが、やはり彼は自らの信頼に無自覚だった。
「誰もいない」
あと一人が選べない。
彼は実力面でなく、パーティー面で考えてみる。
アコニトやロゥと相性が良いキャラだ。……さらにわからなくなってきた。
そもそもアコニトとロゥも意味のわからない力が多すぎる。
アコニトはトロフィー効果を受けすぎて、元のスキルから外れた技になる。
さらに周囲を巻き込むので基本的にボローが安定なのだが、今回は彼では戦力にならない。
もう一人のロゥもステータスが正しく読めない。
ゲストなのでステータスがわかると思ったが、☆2ということ以外は特殊能力持ちということくらいしかわからない。
特殊能力らしき力も最初の頃に一度見たきりでそれ以降は発動がされない。
特殊能力以外にもスキルが一つあることはわかる。
それが何かが読み取れない。
文字化けが――、
「文字化け……? あ、いた」
木村は思い至った。
もはや相性も何もない。
力だけならメインメンバーにも引けを取らない。
是非もない。完全に直感だが、考えたところでこれ以外には選べないだろう。
「よし。カクレガは戦線まで移動させて。その間に、おっさんはアコニトを連れてきて」
「キィムラァはどうするんだ?」
移動しかけた木村におっさんが問いを投げてきた。
木村も自分がどうするかを説明していないと気づいた。
「こっちは――竜人を連れてくる」
相手が超常の神の力でぶつかってくるなら、こちらも歪な竜の力をぶつけるまでだ。
戦闘メンバーがそろった。
そろったのは良いが、戦う前に崩壊しつつある。
久々に歪みが収まった竜人は暴れて手が付けられないのでおっさんが抑えている。
アコニトもおクスリで頭がパーになり、ほげほげ言うだけの置物だ。竜人の歪みを取ってくれただけマシか。
ヘルンはカメラを握っているが完全に戦力外であった。
「開けるぞ」
すでにカクレガは戦線に出ている。
ワルキューレらの足音も響いてきていて怖い。
入口が開くと光が射し込んできた。
同時に乾いた風が、木村たちにひりついた空気を運ぶ。
さらにワルキューレたちの足音が、振動の壁となって木村たちを襲った。
外に出ると、すでにワルキューレが叫ぶ寸前である。
横から見ていたときや、撮影で近くにいたときとはまるで違う雰囲気を木村は感じる。
今までのようにこちらへ手心や配慮がまったく感じられない。殺す気の力を容赦なく過剰に振りまいている。
カメラのシャッターを切る音が響いてきた。
木村が隣を見れば、ヘルンががむしゃらに撮影している。
顔色は良くないが体は仕事を果たしていた。彼女の姿を見て、木村も頭が回転し始める。
ロゥたちがやや後方にいた。
彼らは戦いの意志こそあるが、実際のところ何もできないだろう。
中途半端な魔法などワルキューレには効かない。ましてや武器を手に持っても間合いに入る前に粉にされる。
「おっさん。竜人から手を離して。薬中はそのままで」
おっさんが歪竜から手を離した。
「ボク、コロス」
「殺すならあっちでお願い」
片言の竜人に、木村はワルキューレを指で示す。
竜人はワルキューレを見た。その後、背後の戦士たちと見て、次にアコニトを見る。
竜人が口を開いた。
彼の喉の辺りが赤く光り始める。
彼の顔はワルキューレではなく、アコニトを向いている。
ターゲットの優先順位が、まず仲間キャラとはどういうことなのか。
「そっちじゃない! おっさん!」
「キィムラァくん。戦闘コマンドを開いて。ターゲットを変更」
おっさんは動かない。
戦闘に関しては基本的にノータッチなのは変わらないらしい。
ケルピィの声に従い、竜人のターゲットをワルキューレに変更した。
木村も歪みを防止するために握っていた竜人の手を、力一杯引いて向きを変える。
ギリギリだった。
熱線が戦士達の戦列を掠めながら、荒野をぐるんと半回転してワルキューレたちに向かう。
木村はワルキューレたちが脳筋だと考えていた。
彼女たちは考え無しに魔法を叫び、敵陣へ突っ込んでいくだけだと。
どうやら違っていたらしい。
大盾を持ったワルキューレ――グンがいつの間にか最前列に来ており、竜人の熱線を防いでいる。
竜人のターゲットをボローと同様に取っているようで、他のワルキューレに対象変更ができない。
熱線が大盾を焼き続け、吐き終わった後は何事もないように盾を下ろした。
訓練室の天井を焼いた熱線は、グンのレフ板にもなった大盾に焦げ跡一つ残すことすらできない。
「……硬すぎるでしょ」
間違いなくスキル的な何かが発動されている。
角笛でのバフが彼女の盾にも乗っている可能性も充分ある。
彼女をどうにかしないことには、他のワルキューレにも攻撃ができない。
「ハナセ」
竜人が木村の手を振りほどいた。
木村が手を掴んでいたのは歪みを抑えるためである。
竜人もそれがわかっていたので、手を掴まれてるのを許していた。
それを振りほどくということは、彼はまた歪みに捕らわれることになる。
同時に、彼が歪みの性質を帯びるということでもあった。
竜人がまた口を開く。
彼の体がみるみるうちに歪み始めるが、その歪みが彼の全身から喉を通り、口へと向かっていく。
熱線が歪んだ。
ねじ曲がり、捻りが入りつつグンの盾に当たる。
先ほどのような拮抗はない。グンの大盾が渦を巻くようにぐにゃりと捻られた。
「つっよ……」
盾だけでなく、持っていたグンの両腕もねじ曲げた。
さすがというべきか、グンは体を逸らし直撃を免れたが、行進の勢いは完全に止まる。
一方で竜人はチャンスと見たのか、歪んだブレスをそのまま他のワルキューレに向けていく。
数体が直撃し、その鎧をねじ曲げていく。
:ᛟ:
後ろにいた老人が、杖で宙に文字を描いた。
ただそれだけで、竜人の歪みブレスが空中で止まってしまう。
ワルキューレたちからやや離れたところで、何かの障壁にぶつかっているようで霧散していく。バリアだろうか。
「スキルとバフマシマシの大盾よりも一文字で作ったバリアの方が強いっておかしいでしょ……」
木村も本音が漏れる。
ルーン文字が一つ回収できたのは良いが、あまりにも反則過ぎる。
歪竜のブレスもすぐに限界が来た。
彼自身が歪みに捕らわれて、グニャグニャになってしまっている。
ここまで来るとアコニトで無効化してから、木村の手で歪みを抑えないと元には戻らない。
「アコニト」
「お空がキラキラ、とっても綺麗ね。今日は虹の上でお散歩。るんるん、わくわく、ぞーりぞり」
駄目だ。
アコニトは完全にトンでいる。
見えもしない空の虹を瞳孔の開いた眼で見つめ、ふへふへ笑ってキマっていた。
木村としては最後の「ぞーりぞり」がいったいどういう状態なのか気になるが、きっとわかることはないのだろう。
「キィムラァくん。ワルキューレが突撃してくるよ。スペシャルスキルを使って」
頭が飛んでいてもスペシャルスキルは強制で使える。
ワルキューレの突撃から逃げるように、背後の兵士たちへ木村たちは駆けた。
歪竜とアコニトは動かせないのでそのまま放置だ。
猛烈な勢いでワルキューレが来ているのが音と振動でわかる。
振り向いたら恐怖で足が止まる、と木村は感じた。
「今だよ」
木村はコマンドからスペシャルスキルを選択する。
緩やかになった時の中で、ようやく背後を見て、白く光っていたアコニトを選択した。
本当にギリギリだった。木村たちが駆け抜けた距離の数倍の距離をワルキューレ達はわずか数歩であっという間に詰めてくる。
だが、その勢いは凄まじく、彼女たち自身ですら止めることは難しいだろう。
アコニトのスペシャルスキルには闇竜のトロフィー効果が仕込んである。
攻撃力は皆無だが、時間稼ぎには使える。
迫ってきていたワルキューレ達がアコニトのいた位置で消える。
アコニトも消えたがワルキューレも次から次へと、見えない何かに飲み込まれてしまった。
歪み男ですらこの闇から復帰はすれど、防御はできなかった。ワルキューレたちもやはりこの闇には飲まれるらしい。
ついでに竜人も飲み込んでしまっているが、特に問題はない。
ワルキューレが飲み込まれ、彼女たち以外の神もいくらか消えていなくなる。
木村たちと飲み込まれなかった神々は互いにはっきり見えているが、両者は動こうとしない。間に見えない何かがあるのはあちらも理解できたらしい。
「儂もその力は知っている。不完全とは言え、戦乙女の行進を止めたのは見事であった」
「キィムラァ。“ワルキューレの行進を止める”が達成されたぞ。次のミッションが解放されたな」
何となく嫌な予感がした。
褒め言葉と同時にミッションの達成。次に来る言葉は――、
「これで終わりではなかろう。さらに死力を尽くせよ。――スクルド」
「お、最後のミッションが現れたぞ。“イベントをクリアする(ボスの攻撃を全て耐える)”だ。がんばるんだぞ」
老人の横にいたスクルドが馬から下り、腰に下がる剣に手をかける。
周囲の存在が淡い光を灯した。
木村も前にも見た。
あの時は背後からだったが、今度は正面からだ。
木村たちとスクルドとの間にはアコニトの闇空間が広がっているが、あの剣の前には関係ない。
……というか今回のイベントボスはこの戦乙女兼運命の女神だったのかという気持ちである。
どうやら倒さなくても堪えるだけでクリア判定になるらしい。
だが、どうやって堪えるのかがわからない。
木村が考えているうちに、ボス――スクルドは剣を抜いた。
キャラや敵に灯っていた光から、線が上に伸び、時に分かれ無数に広がっていく。
木村も彼女の攻撃がどういうものか、ルーンの説明を読んでわかった。
この灯りは生物の持つ生命力のようなもので、上に伸びる木の根は彼らの未来だ、と。
スクルドが彼女の剣で切るのは命ではなく、生物に存在している未来である。
木の根のように広がり、また伸びようとする生物の未来を根元からぶった切る無慈悲な一撃だ。
距離も関係なければ、防御もできない。彼女が剣を振るうだけで、任意の対象生物の未来は断たれ、例外なく現在で終わる。すなわち死だ。
生物に存在する隠しようのない、あり得るべき未来という弱点を彼女は切り落とす。
「――スクルドが責務を果たす」
果たさないで欲しい。
もうこれ以上は要らないでしょ。
ワルキューレの行進を止めたんだから満足してよ。
木村は心からそう思う。そんなことを思う余裕あるのは、彼に光が灯っていないからだろう。
老人も言っていたはずだ。“運命の女神の剣は、軽々に抜いて良いものではない”と。
ついでに“死すべき者の命運を断つときだ”とも言った。……タイムスリップがなければ死んでいるからある意味で死すべき者でもあるのだろうか。
スクルドは剣を振った。
幸いこちらのキャラに被害はない。
おっさんやヘルンは無事で、姿こそ見えないがアコニトや竜人も効果を受けてなさそうだ。
影響を受けたのは木村の背後だ。
バタリバタリと重いものが地面に倒れる音が聞こえてくる。
木村は振り返ることができない。振り返ったらきっと彼は立てなくなってしまう。
「ま◎だ! まだお◆らは死ねない!」
その声は後ろから聞こえた。
ロゥの声だ。まだ死んでいないのか、と木村は振り返った。
ロゥは倒れる寸前で足を踏み出してとどまっている。
しかし、彼の未来の木の根はすでに切り落とされているのもわかった。
「おいらたちは――生きるんだ! 今日を! そして明日を!」
ロゥに灯っていた光が再び伸び、切り落とされ崩れかけていた光の根に再び繋がった。
「みんな! 起き上がるんだ! まだ戦ってすらいないだろ!」
倒れていた人たちの消えかけていた灯りが再び灯り始める。
そして、彼らの灯はゆっくりと上に伸びていった。
「ロゥくんの声が、ちゃんと聞き取れるねぇ」
ケルピィの発言に木村も頷く。
前にも彼の声がきちんと聞き取れたことがあった。
そのときも、彼の台詞に対応した結果が訪れていたことを木村は思い出す。
スクルドもロゥを見ている。
彼女は兜の中でやや驚いたが、すぐに表情を戻す。
この可能性は考えていた。彼に見いだしたᚢのルーンがこの結果を導いた。
ᚢは意志を形にする力。それは弱点を乗り越える生命の力とも言える。
たとえ未来を断たれても、また新たに未来を創り出す意志の強さであった。
老人がスクルドをけしかけたのは彼の力を見るためだとスクルドも気づいた。
その証拠に彼女が老人の横顔を見ても、彼は驚きもせず品定めするように冷たい眼でロゥを見つめている。
「おいらはまだ諦めちゃいない! 頼む! イーさん! おいらに力を!」
イーさんって誰だ?
この場にいた誰もが思った。老人もこの点に関しては同様である。
「む。……うっ」
おっさんが何かに気づき、そして変な声を出した。
木村はちらりとおっさんの横顔を見たが、露骨に嫌そうな表情をしている。
苦虫をかみつぶす顔とはこういう顔を言うのだろう。アコニトを見るときでももうちょっと表情は柔らかい。
彼の視線を追うと、現在の流れの中心であるロゥがいる。
ロゥのすぐ近くに物体が現れ、地面にガッと硬い音を出して転がった。
タブレットくらいの大きさの壺である。流線型がステキだ。
もしかすると花瓶かもしれないが、花瓶にしてはやや胴回りが太いし、入口も広い。
色は茶色くくすんでいる。なんで壺が出てきたのだろうか、と誰しもが思った。
絶対必死の攻撃を耐えきり、燃え上がった状況が壺の登場で一気に冷めた。
冷めたというか熱の持って行き場を見失ってしまった状況である。
「イーさん! 来て∞れたんだ◆!」
『は? あーただれ? どしてあーしがここに? ねぇねぇねぇねぇ、おかしいっしょ。あーしは意識の裏側にいたんですよ。こんな世界には呼ばれてないの。ほら、忙しいから、あーし様ちょー忙しいから。こんなつまらない世界に興味ないの。帰っからね』
早口で女性っぽい声がひたすら喋り続ける。
たくさん喋るが、いまいち内容が頭に残らない。
内容はともかく、肝心なのは声が頭の中に響いて来たことだろう。
この感覚には覚えがある。この世界の竜だ。
「久±にイーさんの独∥言が聞け*よ」
ロゥは喜ばしそうに壺を拾い上げた。
もちろん壺は動かない。
『ちょ! さわんなし! あーしの淫靡なボデーに許可なく触るとか信じられんわー! まじありえん! そもそもあーたほんと誰よ、どして頭爆発してんの? そも、あーしをイーさんなんて呼ぶ知り合いはいねぇー。まず人の知り合いとかほんといねぇわ!』
「おいら@よ。ロゥだっ∠!」
『誰だし……。あーし様はテンションがローよ。何よ、この状況。明らかにやばいのが何体もいるわー、絶対死ぬわこれー、一人で死んでどうぞー。あーしは説明を求めるわー。話がわかりそうなのいな――あ、いるじゃん! おい、そこの筋肉! 中にいるのはアンタでしょ。黙っててもわかんかんなぁー。説明説明! あーし様に説明しろし』
木村はおっさんを見る。
筋肉と言っていたし、中がどうこう言ったのでおっさんに間違いないだろう。
当の本人は知らぬ存ぜぬでニコニコと気持ち悪い笑顔を貫いている。
『無視とかないわー。ありえんわー。ひくわー』
「それ@りイーさん! 力を貸∪てくれ」
『なしてあーしがあーたを助けんとならん? おせーて?』
「おいら#ちの仲∈ろ」
『どんな仲だし。あーしら初対面! あーしとあーた、初顔合わせ! おk? なして! あーしが! こんなところに呼び出されたあげく! 力を! ……あっれっれー? あーた、もうあーしの力持ってね? なしてあーしの加護をあんたが持ってんの? いいや! 説明いらね! 回収すっから、はい没収没収! ほれ! 今日から無力! おつかれさん!』
「お、やった! 喋れるようになった。ありがとう、イーさん!」
『どいたまー……って、あーた。声、いや言葉に変な力があんね。んんんーー! もしか、あーしの加護が縛りとして機能してた? あーたなにもんよ?』
「ロゥだよ。いつも言ってるだろ。未来の極限級冒険者だって」
『あーし初耳なんだわぁ』
ロゥが普通に喋り始める。
ちょうど逆方向から音が聞こえ始める
アコニトの闇の力が解除されたようで、消えていたワルキューレが現れ始めた。
「よし。これで力が振るえる。みんなさがれ!」
ロゥが声を出した。
同時に彼の姿が消えたように木村は見えた。
すぐに違うとわかった。木村たちの位置が変わったのだ。
木村の近くにはラベクの兵士達がいる。木村が振り返るとロゥが最前線に立っている。
彼以外の全員が、彼の言葉どおりに位置をさげられてしまったようであった。
口にしたことを実現する力と木村も理解が追いついてきた。
ワルキューレたちも体勢を整え、再度の突撃の構えを見せる。
対するロゥは壺を片手に持っているだけだ。
「よっしゃ、行こうぜ。イーさん!」
『いかないから! あーし帰るから! もう帰してくれるー! 死にたくないのー! 聞こえてますー? いったいなんなのあーたは!』
ロゥは壺の言葉を黙殺している。
そして、歌うような調子で意味のわからない単語を口にする。
「言葉に意志を込め――」
『世界を変容させる! ってなんであーたがこの言葉を知ってるのかなー! 不思議だなー! ……んで続く言葉は知ってんの?』
ロゥが軽く笑ったのが木村もわかった。
ワルキューレの軍勢を前にしてどうして余裕が保てるのかわからない。
ロゥは小さく呟いた。
「――詞に力を」
おまけ
ルーンミッション達成状況(兼 筆者の備忘録)
前回からの追加のみ。
08.ᚹ ウンジョー W
「フリストの角笛に刻まれた。彼女の角笛は戦場で力をもたらす。朝に鳴らすのはやめろと苦情も多い」
18.ᛒ ベルカノ B
「ヒルドの号鐘に刻まれた。彼女は戦場を何度も繰り返す。連れ帰る戦士を見繕うために」
23.ᛟ オシラ O
「オーディンはこのルーンで歪みを防いだ。神聖な囲いに立ち入れるのは彼が認めたものだけである」
残り
04.ᚨ アンスズ A
09.ᚺ ハガラズ H
10.ᛁ イーサ I
13.ᛇ エイワズ EI
19.ᛖ エワズ E




