表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅵ章.レベル51~60
84/138

84.イベント「ワイルドハントで連れてって」2

 イベント「ワイルドハントで連れてって」が始まった。

 ……始まってしまった。早急に終わって欲しい。


 イベント開始五分も経たず、木村の頭はすでにパンクしかけている。

 彼も、自身がいっぱいいっぱいになっていることに気づき、ひとまず深呼吸をした。


「状況を整理しよう」


 まず、一体ですら持て余すゲイルスコグルとその愉快な仲間たちが十体以上出てきた。

 この時点でもう手に負えない。


 次だ。

 モニターを見る。

 ラベクで会った特殊能力者と偉そうな現地代表の娘。

 ちなみに現地代表の娘は発狂し、特殊能力者に首を絞められて気絶中。

 首を絞めた特殊能力者のアフロは、倒れた女を見て、「ああぁ」と呻いている。

 彼とはなんとなく話が合う気がした。木村もよくアコニトの首を絞めてやりたいと思うことがある。


 次にカゲルギ=テイルズのキャラであろうリス女。

 さきほどまでは背が高く見えたが、今はかなり小さく見えている。

 テイと同様に、追い詰められたときは背を伸ばして、自身を大きく見せる習性があるのかもしれない。

 バイクらしき乗り物に跨がり、エンジンをかけようとしているが、どこかが故障してしまったようで動かず、「ハワワ、ハワワ」と焦り、涙目になりつつある。

 そして、彼女の肩にはカメラと思われる箱が斜めに掛けられていた。


 最後にミッションだ。

 ――ワルキューレの戦闘姿を一枚撮影しろ、とおっさんは言った。

 この撮影には、リス女の持っているカメラが必要になることは容易に想像がつく。


 ミッションと外の様子はわかった。

 続いて木村たちの状況だ。


 異世界組は壊滅と考えて良い。

 ウィルとシエイは震えるを超えて気を失った。

 どこかから聞こえていたセリーダの笑い声も、いつの間にか聞こえなくなっている。

 フルゴウルも、一人で立ち上がることができず、モルモーにより部屋に連れて行かれてしまった。


 ゾルとモルモーもあのワルキューレを相手に戦えるとは、実力的にも関係性的にも思えない。

 本来は彼女たちがあちらのメンバーに入っていてもおかしくないのだ。

 一人は実際過去に入っていたようである。


 すなわちメインメンバーで戦力としてカウントできるのは片手で足りる。

 アコニト、ボロー、テュッポ、ペイラーフくらいだろう。


 バランスは悪くない。

 攻撃、防御、防御兼攻撃、回復と安定した攻略が期待できる。

 もちろん相手が普通の魔物の場合だ。


 木村でも明確にわかる。

 今回の相手は、絶対に戦いにすらならない。

 戦わせようとすら思わないし、思えない。希望皆無の状況だ。

 人、これを絶望と言う。しかし、木村は現状にさほど絶望していない。


「よし」


 方針が決まった。

 状況を整理したことで、木村は己が何をすべきかわかった。


「今回のイベントは見送ろう」


 声に出して諦めを宣言した。聞き手は無言のキャラだけだ。反応もない。

 とにかく何もしないことが最善だと判断した。


 イベントを進めないことへのデメリットが今回は少ない。

 冥府と違い、脱出ができるかできないかや、食料問題がないのだ。


 だいたい、だ。

 まず、最初の課題からして無理難題が過ぎる。

 ワルキューレが戦う姿を撮影しろとかどんな無理ゲーだと。

 光の槍が何本も落ちるところで「はい、ピース」と撮影できるか?


 ――無理だ。


 しかも、それをしでかす存在が軽く十体以上だ。

 空を光の槍が覆い尽くす可能性だってありえる。カクレガでも近寄りたくない。


 モニターに映る影三つも相手にしない。

 関わると間違いなく碌なことにならないだろう。スルー推奨だ。


「やめやめ、解散」


 ボローやゾルはさっさと部屋から出て行った。

 木村も倒れた椅子を元に戻し、ウィルらの様子を見てから、自室に戻ることにした。


 木村はブリッジの扉に向かう。

 やや後ろめたさはあるが、木村は勇者ではない。

 彼らを救う優しさも、ワルキューレを撮影する勇気も、イベントを進める根気もない。


 ないないづくしだ。

 気が向いたら、ラベクにもう一度様子を見に行くくらいにしよう。

 Ninjaキャラが妹と亡命を希望するなら、受け入れるくらいはせめてしてあげよう、と木村は考えた。


 ブリッジの扉が開いたところでロゥの叫びが聞こえてきた。


「頼▲! だ@か! おいらを助けてくれぇ!」


 木村は振り向きかけたが、動きを止めた。

 ロゥの顔を見れば、助けようと彼の体は動くかもしれない。

 彼の決めた選択肢は無視である。あっさり決定を変えれば意志の軽さを笑われる。


 手を握りしめ、歯をグッとかみしめた。

 うん、と一つ頷いて木村は目を開ける。見つめる方向は廊下だ。


「キィムラァくん」


 ブリッジからケルピィの声が聞こえた。

 やや困惑している気配を感じる。


「カクレガの入口が開いたけど、キィムラァくんじゃないよね?」

「え?」


 振り返らないと決めたのに、あっさり振り返ってしまった。

 モニターを見つめると、様子が変わっている。


 ロゥとリス女がこちらを見ていた。

 さらにリス女の故障したはずのバイクが動きだし、モニターの方へ近づいてくる。


「カクレガの出入り口が開いたって言うのは?」


 モニターの映像からでは、出入り口が開いたことは確認できない。

 ただ、彼らがモニターの撮影部を見ているので、何か変化が起きていることはわかる。


「映像では見えないけど、出入り口が勝手に開いたよ」

「勝手に? おっさんじゃなくて?」

「彼は訓練室にいるね。入口の変化に気づいたようで向かってる」


 おっさんではない。

 そうなるとあり得るのはいつもの迷惑神である。


「アコニトが酔っ払ってるのかな?」

「彼女は喫煙室で首を吊ってるみたいだね」


 どうやら入口を開けたのは酔っ払いの仕業でもなさそうだ。

 そうなるといったい誰が開けた?

 何が起きているのか?


「気づいた? キィムラァくんの話だとアフロの彼はうまく言葉が聞き取れないんだよね。僕も最初の声は聞き取れなかったよ。でもねぇ、最後の『誰か助けてくれ』って言葉は聞き取れたんだ。もしかして、彼の特殊な力はそのあたりにあるかもしれないよ」


 あいかわらずケルピィは冷静に分析をしている。

 言われてみれば木村も、ロゥの「助けてくれ」という叫びはきちんと聞き取れた気がした。


「リスの子がカクレガに入ってきたね」

「……ちょっと行ってみます」


 木村の決意はあっさりとひっくり返された。

 彼自身も自らの決意なんてその程度のものなんだと自虐で笑ってしまう。


 せめて深入りすることを避ければいいだろう。


「…………ん?」


 木村が出入り口に向かう途中で、一つの異常に気づいた。


「アコニトが、喫煙室で首を吊ってる? どういうこと?」



 アコニトの話の真偽が気になりつつも、木村は出入り口にたどり着いた。


 奇妙な光景だった。

 おっさんが腕を組んで、バイクに乗るリス女を見下ろしている。

 バイクはまた動かなくなったようで、リス女も固まっておっさんを見つめていた。

 どうやら背を大きく見せたのは敵に対する行為のようで、怯えているときは動作をやめて固まるようである。

 リス女はまばたきどころか、目さえもまったく動かさない。

 見ている木村の方が大丈夫かなと不安になった。


「あああああぁぁああゞああ。おっ∑い!」


 アフロ頭もカクレガに入ってきた。

 現地人女を連れてきたようで、中に入ると女を地面に転がした。


 カクレガの入口がパタリとしまり、木村はわずかな加速度を体に感じた。

 どうやらキーキャラクターが乗船したため、カクレガ号は出港してしまったらしい。目的地はワルキューレ部隊だ。

 止まって欲しいと切実に木村は感じた。


「あっ、こ/前の。も≡かして、ここすみ?」


 緊張感が一気に失われた。

 木村もいろいろと諦めて、すぐ近くの地図部屋に案内することにする。



 地図部屋の椅子でロゥ及びリス女と机を囲む。

 ルーフォが気を利かして飲みものを持ってきてくれる。

 しかし、彼女の姿がむしろ彼らを余計に緊張させた。霊体を見るのは初めてらしい。

 なおバイクはおっさんが部屋まで、担いで持ってきた。押せば良いのに……。筋肉を試す良い機会と思ったのだろうか。


 軽く自己紹介したところ、リス女はヘルンというらしい。

 フリーのジャーナリストをしており、今は神々の住人と死後の世界をおいかけているとか。


 ロゥはすでに知っているのだが、気絶させた女はカリーフという名前だと聞かせられた。

 やはりサナの娘であり、四姉妹の三女らしい。


「ひょっとすると、ここはすでに死後の世界ですか?」


 ヘルンが問いを投げてきた。

 先ほどのルーフォを見たためだろう。

 もしも木村が逆の立場でも同じ問いをするかもしれない。


 ヘルンはサッとメモ帳とペンを取り出して、聞き取る態勢である。

 一言一句聞き漏らさないという心意気を木村は感じた。


「違います。ただ、カゲルギ=テイルズの世界から見ると、ここは異世界になりますね。異世界を死後の世界とするなら同じものかと」

「異世界? カゲルギ=テイルズとは違う世界だと? 証拠がありますか?」


 ヘルンは木村が無害だと判断するとグイグイと質問をしてくる。

 木村の言葉を聞き、あまりに突飛な話に少し馬鹿にしている印象が見られる。

 木村としても彼女の態度はおかしなものではないと考えている。

 いきなりここは異世界ですと言われても納得できないだろう。


 なお、このヘルンは大きな人間が怖いらしい。

 おっさんが近寄ってくると、固まるのは見ていておもしろいと木村は思った。

 ちなみにおっさんは距離を取って、こちらを見ている。彼の地獄耳ならこの程度の距離は、離れていると言えない。


 木村はヘルンの質問内容を吟味する。

 異世界の証拠を出せ、と言われても彼はすぐに思いつかなかった。

 地球人に言われたなら、誰かに魔法でも使ってもらえば何となく納得する。

 それに獣人を見せても良い。だが、それらが備わった異世界の住人に異世界の証明はどうやるのか……。


 異世界の住人であるウィルやシエイならまだ案があるのだろうが、木村自身もまた異世界人なのである。

 木村は何かないかと見渡して、ちょうどこの部屋を象徴するものを見つけた


「質問を返してすみません。ヘルンさんはどちらから来られたんですか?」

「……アンカスタです」

「そうですか」


 そうですか、と言いつつ木村はさっぱりわからない。

 別にわからなくても良い。


「この周辺の地図はご存じですか?」

「もちろん。持っています」

「それはちょうど良かった。後ろの壁にも周辺の地図がありますので、ヘルンさんの地図と見比べてみてください」


 ヘルンは振り返って地図を見た。

 その後、たくさん付いたポケットの一つから紙切れを取り出して見比べる。


「どこですか、ここは?」

「パルーデ教国の中心からやや東にいった場所みたいですね」

「パルーデ教国?」


 木村は地図を見たままで答える。

 ワルキューレたちのマークが可愛い馬の印で描かれているのは卑怯だ。

 デフォルメと現実の差がありすぎる。優良誤認と言われてもおそらく誰一人として反論できない。


 ワルキューレたちは思ったよりも移動スピードが遅い。

 混成集団だから、一番遅い人物に合わせるのかもしれない。

 カクレガが集団に近づきつつあることが地図でもわかる。もっとゆっくりで良いのに。


 異世界の証明にはならなかったが、何かに巻き込まれていることは理解してもらえた。

 その後は、ヘルンがやや驚きつつもメモを必死に取っているのを見て、木村はたくましさを感じた。

 これだけでも帰ったときに特大の記事になると、顔は喜びを隠せていない。


「ヘルンさんは――どうしてワイルドハントを追うことになったんですか?」


 木村は本題を尋ねた。

 今の今まで彼女の質問に懇切丁寧に答えていたのは、全てこの質問に関して嘘偽りなく答えて欲しかったためだ。

 もしも気に入らない回答なら、カメラだけ奪って彼女は外に捨てて行こうと真面目に考えている。


「取材の依頼があったんですよ」


 ヘルンもニコニコとご機嫌な様子で答えている。

 このあたりの顔がテイとよく似ている邪気がなくて可愛いと素直に木村は感じた。

 個人的には怯えて固まっているときの顔の方が趣味なのだが、これはこれで自らの黒さが払われる笑顔だ。


 カクレガの中を写真で撮っていいか聞かれたので、ヒト以外なら別にかまわないと返事をした。

 スマホのシャッター音とは違うアナログの機械音が聞こえてくる。


 祖父がカメラが好きだったなぁと木村は思い出す。

 高いレンズを黙って買って、祖母にホウキで叩かれていた。


 なんでもヘルンは元は大手企業の記者だったが独立したらしい。

 ところがなかなかスクープが見つからず、困窮しつつあったところで特ダネの取材依頼が来たらしい。

 特ダネどころか、取材の依頼料、準備資金まで出すとのことでホイホイ乗っかってしまったようだ。

 ヘルン本人は「自らの実力に気づいてくれている人がいるのだ」と誇っていた。


 残念ながら、木村はヘルンの考えが間違いだとわかる。

 彼女は捨て駒にされている。おそらく彼女の依頼者こそが黒幕だ。

 王都で会ったシエイの姿をした三流女神が、木村の脳裏にちらついた。

 ヘルンがいなくなっても困らない存在であり、彼女に払われた依頼料は、そのまま彼女の命の値段となる。

 そもそも依頼がそれだ。死後の世界を撮ってこいとは、死ねと同義だろう。


「すごいですね。地下にある移動施設とは思えません」

「そうだろう」


 気づけばおっさんと意気投合している。

 カクレガを褒められておっさんも悪い気はしないようだ。

 なお、ヘルンはやはりおっさんが怖いのか、両者の距離は木村を挟んで軽く三人分ある。


 彼女もまた被害者だとわかり、木村は彼女への怒りが薄らいだ。

 持って帰るためカメラでたくさん写しているが、きっとその写真がカゲルギ=テイルズの世界に出回ることはない。

 きっと彼女自身が生きてカゲルギ=テイルズの世界に帰ることはないな、と木村は考えた。

 考えるだけで彼女には伝えない。きっとその方が幸せだろう。

 せめて安らかに死ねることを祈るだけだ。


「それでロゥさんは……」


 木村が話をようやくロゥに振る。

 しかし、彼は椅子に深く腰掛けたまま眠っていた。


 アフロが前後に揺れている。

 木村は彼を起こさないようにした。

 お茶は軽く飲まれた痕跡がある。睡眠剤はもちろん混入していない。

 どうやらここが安全な場所とわかり、安心したためか疲れが一気に出て眠ってしまったのだろう。


 木村は彼の気持ちがなんとなくだがわかる。

 どこか変な場所にいきなり召喚で連れてこられ、木村のような不可思議な力も、チュートリアルおっさんも与えられていない。

 相棒から引き離され、頼りになる仲間どころか、ブラック領主の娘にこき使われ一年を過ごした。


 そして、ワルキューレの騎行だ。

 昨夜からの緊張状態で、あのワルキューレたちを見て、腰を抜く暇も与えられず、馬鹿娘が追いかけ、それを止める立場だ。

 おそらく昨日からまともに寝ることができなかったんだろう。


 木村はヘルンやおっさんに、口元に指を当てて示し、彼を起こさないよう伝えた。

 両者とも察して、ヘルンはロゥの寝顔を一枚撮影する。


 そんなもんを撮影してどうするんだと木村は思うが、確かに見た目はインパクトがある存在だ。

 異界の地の住人としては、わかりやすい一枚になるかもしれない。

 ヘルンはついでに気絶したままのカリーフも撮影した。


 ふと木村は疑問に思った。

 カリーフたちはなぜあの場にいたのだろう。

 ラベクから離れ、ワルキューレがいた場所でヘルンと揉めていた。


 カリーフらがあそこまで移動したことになる。

 見た目の割に常識的なロゥが、わざわざ動いたとは思えない。

 そうなると当然として、この気絶女があそこまで移動したということだ。

 誰もが恐れおののき立ち尽くすか逃げ惑う中で、実力はともかく戦う意志をまだ持っていた。


 これはある意味ですごいことだろう。木村ですら恐怖で動けなかった。

 あるいは恐怖を払う洗脳教育こそが褒め称えられるべきだろうか。


 もしも彼女の姉妹も同じことをするのなら、その先にあるものは――。



 木村の案ずる答えはすぐに出た。


 カクレガはワルキューレ部隊と並行して移動している。

 彼らは休憩もなく走り続けるかと思ったが、普通に休憩もするようだ。

 神々や魑魅魍魎達が外で一群となって休む光景は、ここが地獄と呼ばれてもおかしくない光景である。


 カクレガもいちおう配慮があるようで、戦闘になりそうな距離では止まらなかった。

 しかし、外に出たいとは思えない。ブリッジのモニターから見るのが精一杯だ。


「まずいよね」


 ケルピィの声は、言葉とは裏腹にさほどまずいとは感じていない口調だ。

 彼らが進むであろう道の近くに都市がある。


 ナドバの都らしい。

 パルーデ教国でも一、二を競う規模の都市だ。

 ちなみにラサの娘四姉妹の長女がこの都にいるとロゥは話した。


 話してくれたロゥやカリーフは、今は部屋を与えて休んでもらっている。

 ロゥは間違いなく休んでいるのだが、カリーフはペイラーフに支給してもらった薬で眠っている。

 最初、彼女は目を覚まし、ルーフォを見て侮蔑的な発言が飛び出した。そのため、木村としても彼女にはずっと眠ってもらいたかった。

 木村を侮蔑するなら聞き入れるが、アコニト以外のキャラを悪く言うなら彼としても厚く遇することはできない。


 ロゥは、とりあえず今後の動きや状況がわかれば伝えることで納得してくれた。

 納得というよりは、カリーフの面倒をみなくて済むだけだけで大助かりとのことである。


 ヘルンはブリッジにいる。

 あれこれと写真を撮って、物珍しそうにしていた。

 モニターに映るワルキューレを写真で撮っているが、さすがに外に出る勇気はないようだ。


「部隊を展開してるよ」


 モニターの映像が右に右にと動いていく。

 レンズが望遠になり、荒野の中に大きな建築物が見えた。

 距離はまだまだあるが、すでに建造物の周囲で豆粒のような人がいくらか陣を敷いている様子だ。


「まずいね」

「実力差がありすぎるって気づいてくれればいいけど」


 ラベクでの距離は理想的だった。

 弱い人間でも実力がはっきりと伝わり、かつ攻撃も進路妨害もできないものだ。

 しかし、今回のナドバは違う。かなり広範に渡り人を配置し、魔物の進行に合わせて阻止すべく集結する段取りだろう。


 この距離ではまだ魔力をはっきりと感知できていないのだろう。

 木村の見たところでは、まだナドバの兵士達に余裕が見えている。


 現代であればラベクからナドバに連絡がすぐ送れる。

 「敵極めて強し、軍を退かれたい」と送れば情報が伝わる。

 そういった連絡手段が異世界にもあるのだろうが、今回の場合は伝わっていない。

 あるいは伝わっていてなお配置しているのか。


 ちなみに、木村たちもただ手をこまねいているわけでもない。

 メッセに頼み、彼らに伝言を送ってもらった。

 危険性を正確に伝えたのだ。


 しかし、ナドバ側からの返信は一笑である。

 「我々は恐れを知らん。彼らは止められる。黙って見ていろ」と言う。


 津波の恐怖を知らない人間と同じ原理ではないか。

 距離があるから小さく見え、魔物の大きさと規模、脅威がきちんと理解されてない。

 さらに、魔物討伐が彼らも得意なようだから危険とはわかっていても、他の小さな魔物と同じ気持ちで考えている。

 野次馬気分で彼らの実力を見てみたいと思っている一面もあるのかもしれない。


 甘すぎる。

 彼らに必要なのは一刻も早い避難だ。

 津波と違って、家の中に引きこもるだけの簡単な避難である。

 来てから退けば良いなどと思っているに違いない。ワルキューレたちの進む道の上に立つことの危険性がまるでわかってない。



 そして、時は来た。


 ワイルドハントの休息は終了し、彼らが列をなす。

 先陣を切るゲイルスコグルが走り出すと、他の神々も後に続く。


 カクレガも彼らと並行して進み出した。

 地図を見れば、人々の部隊配置までちゃんと表記されている。


 兵士らの指揮官は戦術論では有能なのだろう。

 ワルキューレの進行方向をすぐに見極め、人々のマークがワイルドハントを遮るように動く。


 もはや止めることはできない。

 ウィルがまともならば、魔法で危険を知らせるくらいはできた。

 ワルキューレにやられる前にウィルの魔法で彼らをどかすことも選択肢にあった。


「メッセ」

『ダメです。返答をしてくれません』


 彼女は首を振った。

 木村たちにできることはもはや何もない。


「……ヘルンさん」

「はい」

「写真を撮りに行きませんか?」


 彼らを助けることができないなら、せめて利用するしかない。

 最初のミッションである「ワルキューレの戦闘姿の撮影」を達成する良い機会だ。

 別に木村たちとの戦闘とは言われていないので、原住民との戦闘でも映せば達成されるだろう。


「あたしは、……モニターでも良いですよ」


 安全だからだろう。

 それに魔力は感じずとも、彼らの一団に気圧されているようだ。


「写真の撮影は、モニター越しでもいいの?」

「ダメだぞ」


 おっさんに尋ねる。

 やはり生で撮らないとダメらしい。

 生で撮るとモニター越しと違い、画に臨場感が出るだろう。


 それこそが木村のもう一つの狙いだ。

 犠牲にするならせめて彼らの行く末を生々しく伝えたい。

 彼らの犠牲になった写真こそ、次の犠牲を減らすために必要なものだ。

 良くも悪くもではあるが、口頭だけでは伝えられないものが写真にはあるはずだろう。


「カクレガはある程度の位置取りはできるの?」

「近づきすぎなければ可能だぞ」


 おっさんが指で地図をさす。

 危険域と思われる領域が赤で表示され、カクレガが移動できる範囲を示した。


「ヘルンさん。あなたがワルキューレの脅威を伝える写真を撮るとすれば、どこで撮影しますか?」


 ヘルンは最初こそ怯えた目つきだったが、意を決したのか腰を据えて地図を見る。

 実際にモニターと地図を交互に見た。


「高低差をマップに映し出せませんか?」


 ヘルンから要望が出た。

 おっさんを見たが無理そうだ。


「ケルピィさん、可能ですか?」

「やってみるよ。あれ? マップじゃなくて立体でもできそう」


 ケルピィが処理を始めた。

 ブリッジの机の上に、3Dのようなマップが浮かび上がる。

 ワルキューレに模した可愛げな馬と、人を模した駒がちょこちょこ動いている。

 カクレガの位置も表示され、三者の位置、それに戦闘想定区域の付近での高低差が目で見えるようになった。


「すごいですね。こんなこともできたんですか」

「僕も驚いた。たぶん、ヘルンさんが効果を及ぼしてるのかも」


 ヘルンは名前が挙がったが、もはや聞こえていない。

 机の横をあちこちと移動して、指で枠を作り、どういう構造で撮るか吟味している。


「彼女のキャラ効果ですか?」

「そうだねぇ。僕だとこんな発想がないし、地図に高低差の色を付ければ良いくらいに考えてたから」


 木村としては、正直に言ってヘルンを馬鹿にしていたのだが、切り捨てられるには惜しい存在な気がした。

 勝手にどこかでのたれ死んでくれれば良いという思いが薄れてきていると感じた。

 こんなことを思う自分は何様なのかとやや自らへの嫌悪感も出てきている。


「ここにしましょう」


 ヘルンが示したのは、ナドバ防衛線の真後ろだ。

 木村も彼女の意図が理解できる。迫り来るワルキューレを正面から撮るのだろう。


「ここは――」

「わかってます。最初だけです」


 言われることは想定済みだったようだ。

 真正面で撮るのはわかるが、間違いなく進路上だ。巻き込まれる。


「次にここへ移動します」

 真正面からややずれて、低い位置を示す。


「神々を見上げるように映します」


 その後もいろいろと案を示す。

 木村も聞いていたが、途中からは彼女のイメージと自らのイメージが一致しなくなってきた。

 とりあえず実際に撮影してもらうことにする。



 カクレガはワルキューレたちを追い越して、ナドバ防衛線の後ろへ回り込んだ。


 モニターからは、ワルキューレの迫り来る様子が見える。

 兵士達も彼女たちの大きさや魔力を感じ取ったのか。慌てている様子がわかる。


「早く出ましょう。彼らが逃げ初めてからでは遅いです」


 彼女はさっさとブリッジを出て行く。

 スイッチが入るタイプのようだ。怯えている様子が今はまったくない。

 撮りたい画を撮るためなら、周囲が見えなくなるタイプだ。おそらく迷惑も考えないタイプだろう。撮り鉄かな。


 さっそく彼女たちと外に出る。

 防衛線からも距離があり、彼らの意識がワルキューレに向かっているためか木村たちは気づかれていない。

 いちおうおっさんに頼んでロゥも連れてきてもらっている。

 彼も生き証人としてナドバ兵の最後を見てもらう。


「正面から見ると、横で見るよりもずっと怖いね」


 ワルキューレも縦長から横長に陣を変えている。

 十体以上の巨体が横に広がり、ローラー作戦のごとく兵士らを潰そうと迫っていた。


「無/だ。逃げ◆! 逃≒るんだ!」


 ロゥが叫ぶ。

 しかし、彼の声は届かない。

 ワルキューレたちの作り上げる地響きに消されている。


「撮れました」

「キィムラァ、急ぐんだ」

「ロゥさん。行きましょう」


 ロゥの腕を木村は引くが、彼はまだナドバの兵達に逃げろと叫び続けている。

 木村はおっさんに頼んでロゥをカクレガに移してもらった。


 さらにカクレガで移動し、ワルキューレの進路方向から位置をずらす。予定の位置とはやや違う気がした。

 木村たちがカクレガから出ると、まさに戦闘が始まるところだった。


「良かった」


 木村は安堵の言葉が出た。

 戦闘が始まる前で「良かった」という意味ではない。

 被害が想定より抑えられそうで良かったという意味の「良かった」だ。


 絶対に勝てないとようやくナドバ側も理解したらしい。

 兵達もかなり逃げている。なにより都市からズレて移動していることに気づいたことが大きいのではないか。

 もしもまっすぐ都市に向かっていたら防がざるを得なかったが、進路がずれていたのでナドバの兵達も死に物狂いで守る必要がなくなった。

 それでも幾分かの被害は出るだろうが、全滅の可能性は間違いなく消滅した。

 これだけでも御の字というものだろう。


「……あぁ!」


 ロゥが叫んだ。

 彼が見ている先を、木村も見るがロゥが何を見ているのかわからない。


 ただ、ナドバの兵達の防衛戦にひときわ大きな人が立っていたのが見えた。

 その近くにはカリーフと似た服を纏った女性が見える。

 木村も二人が何者かを想像することができた。

 カリーフの姉と彼女が召喚した人だろう。


 二人は逃げ遅れた人に命令を下している。

 一人でも多くの兵を逃がそうと尽力していた。


 もう遅い。

 ワルキューレは止まらない。


 二人は兵達に命令し、逃げるよう指示した。

 指示した二人は逃げない。ワルキューレの前に立つ。

 兵士達が逃げる時間を稼ぐつもりのようである。


「ダ×だ。早◆、早く逃げ∮!」


〈ヒリィ! セコォメッラシー! リューゲッド。エッド、ゼッ!〉


 懐かしの叫びが聞こえた。

 不思議だ。兵士達の叫び声は聞こえないのに、ワルキューレの叫びだけは聞こえてくる。


〈サイクワール! メッラ! ゲッド。エッ、レイ!〉

〈カルガラース! サラムダーク! リュード、サイ!〉

〈カイ! シーハーク! メルセイグラード!〉

〈ゼンラァース! ハルメドラーノヤス!〉


 様々な声色でワルキューレが叫ぶ。もはや合唱だ。

 合唱と同時に光の槍が、炎の竜巻が、無数の剣と斧が、地面から突き上がる杭が彼女たちの進路を阻む兵達に襲いかかった。


 まるで容赦がない。

 屍竜をあっさりと倒す彼女たちの攻撃が兵士達に向けられている。

 ある意味で優しさなのかもしれない。中途半端な攻撃ではない。進路上のあらゆる存在が消えて跡形もなくなった。


 木村とロゥは絶句している。

 あまりにも凄絶だ。強いとかそういうレベルじゃない。無理だ。

 空を流れる雲にむかって、「俺が雲を食い止める!」と叫ぶ馬鹿がいないように、この光景を見て彼女たちの行進を止めるという奴がいるとは思えない。


 ヘルンの持つカメラだけがカシャカシャと、腹が立つほど小気味良い音を出している。

 彼女はカメラのシャッターを押し続けていた。移動することも忘れてワルキューレが立ち去るときまで言葉を発することはない。


 木村もヘルンに撮ってくれと言った手前で、こういうことを言うのはなんだが、果たして写真で伝わるか不安になった。

 生で撮ることの重要性はあると思ったが、生でその場にいる重要性が勝りすぎると感じた。

 先も感じたとおり、今なら絶対に彼女たちの前に立ちたくない。


 だが、写真だけ見せられて伝わるだろうか。

 極論すれば写真はただの画だ。叫び声と音と空気の振動が伝わらない。この世界なら魔力もだ。

 木村はそここそが重要だと思う。ただ、撮り方しだいでは、恐怖もきちんと伝わる可能性もある。

 必死にシャッターを押し続けたヘルンの腕前に期待することにした。


「キィムラァ。ミッションが達成されたぞ」


 おっさんが沈黙を破った。

 どうやら無理だと考えられたクソミッションが完遂されたらしい。

 経験上、最初のミッションが特にきつく、徐々に簡単になる印象がある。きっと次は簡単だ。


「次のミッションは“ワルキューレの任意の一体とツーショットを撮る”だ」


 木村は耳を疑った。


「ごめん。もう一回言ってもらっていい?」

「ああ。次のミッションは“ワルキューレの任意の一体とツーショットを撮る”だ」

「……ゾルでもいいの?」

「ダメだぞ」


 木村は思わず笑いが出る。心からの笑いだ。

 確信した。普段からクソイベばかり作っているが、今回のイベントは輪をかけてクソイベントだ、と。

 いったい今回のミッションを作った奴は何を考えてるのか。

 このミッションを作ったのは誰だ。


「どうなってんだよ、カゲルギ=テイルズゥ!」


 木村は思いの丈を叫んだ。

 しかし、誰も反応を示さない。


 ヘルンは凄惨な戦場跡地を撮影し、ロゥは唖然と戦場跡地を見ている。

 おっさんはにこやかに木村を見つめ、木村は天を仰ぎ見る。

 空はどこまでも続き大地と繋がる。



 まるでイベントに終わりがないことを示しているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ