83.イベント「ワイルドハントで連れてって」1
木村は穏やかな数日間を過ごした。
イベント準備のためかデイリーはおこなわれず、カクレガも移動できない。
行動範囲はカクレガ内と、ちょっと外に出たところまでに限られる。
ときどき外に出て様子を見るが、他の都市からラベクへ人の移動が見られた。
ブリッジと意識が繋がり、バックグラウンドで常に外を見ているケルピィも人の移動が増えていると話している。
ワイルドハントに備えて、ラベクが戦力の増強を図っているのだろう。
無駄なことだと木村は感じた。
死者数を増やすだけだ。彼らは彼我の戦力差をまるで理解していない。
あるいは理解していてなお戦力を集めているのなら、もはや彼らへの治療薬は死をもって他にないとも言える。
木村としては死にたい奴は勝手に死に、生きたい人だけ生き残るべきだと思う。
死にたい人が特攻して死ねば、後は無抵抗になり生き残るのではないか。
問題は死にたい人が、生きたい人に特攻を命じた場合だろう。
神々は、果たして彼らを助けてくれるだろうか?
この答えは明白なので、あっという間に頭の中で議論が終わる。
それでも毎日一度は考えてしまっていた。
ここ数日の思考は、そもそもこのイベントがどういうイベントかに飛ぶことが多い。
ゲーム内でおこなわれた場合、どのようなイベントになるかだ。
イベント名は「ワイルドハントで連れてって」だった。
ぱっと見、「あるキャラAがワイルドハントでどこかに連れていって欲しい」と受け取れる。
あるキャラAはワイルドハントの内部のキャラではないだろう。それなら「ワイルドハント終わり、今から帰る」みたいな文になる。
あるキャラAはワイルドハントの神々とは違うキャラだ。
ラベクであったカゲロウが現時点での第一候補だが、木村は彼にそんな気配は感じなかった。
もちろんそう演じていただけかもしれない。このあたりはまだ判断が付かない。
あるキャラAがカゲロウじゃないのなら、まだ他のキャラクターが現れることになるだろう。
そのキャラクターがキーになる可能性がある。この想像はすでにケルピィにも話しており、外で変な人物が見えたら伝えてくれと言っている。
ケルピィは観察と推論が得意だ。この地域の人物でなければ、すぐに気づくことができるだろう。
この国の人物ではないどころか、別の世界の住人になるのでなおさら違和感が出るはずである。
あるキャラAに関してはこれくらいだが、もう一つタイトルからわかるのはどこかへ連れていって欲しいという要望だ。
この点に関しては、フルゴウルやモルモーが話していたことからも推測ができる。
あるキャラAがつれていって欲しいのは「冥府」、もっと広く言えば「死後の世界」ということになる。
聞いたところでは死後の世界もいろいろとあるらしい。
基本的には冥府に行くが、ワルキューレに目を付けられると老人の語ったヴァルハラに連れて行かれるとか。
戦闘狂ばかりが集まるイカれた場所とモルモーは嫌そうな顔で話していた。
彼女は戦闘を嫌っているのでそういう意見だ。
とにかく死後の世界にもいろいろな種類があるらしい。
もしかしたら神話ごとに、別の死後の世界が用意されている可能性もある。
今回のイベントは「神ではないキャラが、ワイルドハントで死後の世界につれていって欲しい」というものではないかと木村は考えた。
しかし、この考えには大きな疑問が残ることにも気づいている。
死後の世界に行きたいなら普通に死ねば良い。
自害しろ――それだけの話だ。
あるいは死後の世界に種類があることを知っていて、希望の死後の世界に行きたいのかもしれない。
死後の世界ガチャの出目を確定させるために、ワイルドハントで狙いを絞っているのか。
なんにせよ、最期の最期でもガチャになるとは嫌な世界だなと感じた。
イベント開始当日になった。
開始時刻は深夜ではなく、正午ぴったりと通知があったので、木村たちはブリッジで悠々と待ち構えている。
ラベクの付近では前日の夜から、すでに兵を出して準備を終えている。
待ち構えてはいるが、ここにワイルドハントの一団が現れるとは限らない。
木村たちも、念のためにブリッジに集まっただけで、ここに出るとは実際のところでは考えていない。
今までのイベントの悪い流れからいくと、いきなりここに出るよりは他のところから潰していって最後にここを潰すといった流れが濃厚である。
ピッピコーン!
正午前に通知が来た。
すでにメインメンバーがブリッジに集まっていたので、全員がその音に震えた。
木村は時間がわかっていたので、震えこそあれどさほど驚きがない。
時間前に通知が来ると言うことは、往々にしてパターンが決まっている。
「“メンテナンス延長のお知らせ”、でしょうね」
要するに開始時間が延びた。
正午からの予定を、午後4時と変更していた。
おそらくもっと早く終わるのだろうが、長めに取ってあると木村は考えた。
木村たちはいったん解散とする。
緊張の糸がぷつりと切れて、みなが深く息を吐いた。
木村たちですらこれだ。
ラベクの人たちはもっと大変なのではないか。
彼らはイベントがいつ始まるかさっぱりわからない状態である。
すでに昨夜から緊張状態が続いている。開始時刻を伝えた方がいいかと木村は少しだけ迷った。
しかし、けっきょく迷うだけにとどめた。
どうせ伝えても同じだ。むしろ緊張で疲労した方が、後で諦めの可能性が増えて生き残る確率が上がる可能性が高まのではないかとも考えた。
午後4時まで残り5分となって、またもや木村たちはブリッジに集まった。
いったん切れた緊張の糸は結び直しても結び目のぶんだけ歪み、ややぎこちない緊張になる。
要するに最初の時よりも緊張がややほぐれている、と木村は感じた。
最初の時は話すこともなかったが、今はフルゴウルとモルモーが話をしている。
死後の世界のパターンについて話している。聞いている限りではやはり死後の世界の種類は多々あるようだ。
この話が出ると言うことは、やはりフルゴウルらもタイトルの意味を考えているのだろう。
けっきょく今のところ、キャラAは見つかっていない。
ピッピコーン!
午後4時ちょうどに手紙が届いた。
まるで寝ぼけた世界に目覚めを促す死のアラームだ。
「うあぁ!」
「ああぁ……」
悲鳴らしき声を漏らしたのは、魔力センサー持ちの二人だ。
ウィルが叫んだ後は顔面蒼白で震え、フルゴウルは目を閉じて自らの体を抱くように縮こまっている。
声こそなかったが、部屋の隅に立っていたシエイは尻餅をついて怯えている。
彼女の怯えた顔が木村には新鮮に見えた。
彼自身も気づき始めているが、彼はこの手のギャップが好きだ。
普段、強気だったり、平然としている女性が弱っている姿を見せると心がときめく。
自らの歪みから目を背けるように、木村はモニターで外の様子を見た。
その一団は唐突に現れた。
位置としてはちょうどカクレガとラベクの中間地点だろう。
数としては思ったほどではない。モルモーから聞いていた数百とかいう数よりも少なそうに見える。
モニター全体を埋め尽くす数では到底ない。
そう。数は問題ではない。
異常なのは質だ。
「ゲイルスコグルが、いっぱいいる」
木村は呆然と、彼が見たものをそのまま口から漏らした。
もちろん他の神々もいるのだろうが、彼の記憶と経験に鮮明に刻まれている半人半馬が特に際だって見えている。
しかも、その鮮烈な戦女神が一体ではなく複数体いるのだ。
木村ですら震えが出てくる。
「違いますよ。ゲイルスコグル様はお一人だけです」
ゾルが話に入ってきた。
モニターに近づいて、「こちらがゲイルスコグル様」と言わんばかりに指で示す。
「こちらはスコグル様。剣と斧を持っておられるでしょう。お二人が同時に出られることは滅多にないんです」
言われれば、確かに得物は違う。
鎧も細かく見ると違うのかもしれない。
二人が出ることは滅多にないから珍しいです、とゾルはやや興奮している。
だが木村は思う。そんなレアな場面に立ち会えたことは、きっと幸運ではなく災厄と呼ぶべきだろう。
「こちらはゴンドゥル様ですね。杖を持っておられます。彼女は戦いを起こさせる名手なんです。いくつもの戦争を引き起こされました」
そんなことは誇るように言うことではない。
だいたい木村の目には持っている武器が違うだけで、他は同じようにしか見えない。
ゾルの話を聞き、以前、モルモーが話していたワイルドハントの順序の逆という論は、実は違うとも言い切れないんじゃないかと木村は考えた。
戦争が起きる前に警告している、と話していたが、戦争を起こすよと触れ回っている可能性も捨てきれなくなった。
すでにウィルとシエイは気を失い、フルゴウルにも声を聴く余裕はない。
木村ももう聞きたくない。しかし、彼の思いは届かない。
かまわずゾルは続ける。見た目の近しいワルキューレが多すぎる。素人ではさっぱりわからない。
虫の採集以外で、ゾルのテンションが上がってるのを見るのは木村も初めてだ。
「――それで、こちらがエイル様。えっと、こちらは……、わ、もしかしてスクルド様でしょうか! すごい、ありえませんよ! 彼女が出てくるなんて!」
知らんがな、と木村はモニターを見つめる。
モニターに映るのは他のワルキューレとは違っていた。
見た目がかなり人に近い。なにより馬と人がちゃんと分かれている。
他のワルキューレ同様に鎧を纏っているが、見た目の威圧感は他のワルキューレよりもずっと少ない。
「スクルド様がおられるということは、近くに……、やはりおられました」
ゾルが片膝をついた。
盟主に命を捧げる戦乙女の姿である。
「――オーディン様です」
木村もオーディンの姿を認めた。
騎士の姿かと思いきや、道やラベクで会ったときと同様に魔法使い風の老人のままだ。
違うことと言えば馬に跨っていることくらいか。馬の各脚が二本に分かれている変わった馬だ。八本脚の馬である。
珍しい馬だが、老人同様に気概はさほど見えない。ゆっくりとロバのように老人という荷物を運んでいるかのようであった。
「スレイプニルは当然でしょうがおかしいですね。異常ですよ。ありえません。これはもはやワイルドハントではない。ワルキューレの騎行です。戦争をするつもりでしょうか」
モルモーも戦慄している。
あまりにもワルキューレの人員が多いことにおののいている。
木村でもわかる。これでは人間に注意を促すどころか、恐怖しか引き起こさないだろう。
これではもう、本来抵抗する気概のあるものですら――。
木村はここまで考えてふと何かに気づきかけた。
「何か話していますね」
モルモーが気づいた点を口にする。
老人と彼のすぐ隣にいたスクルドと呼ばれたワルキューレが話をしている。
その後、彼女たちは木村たちを見つめた。
間違いなくモニターを通して目が合った。
兜でスクルドの目は見えないはずだが、確実にこちらを見ていた。
「キィムラァ。カクレガの強化をするべきだぞ」
「……うん」
久々におっさんからの非常事態宣言である。
しかしながら、非常事態宣言はいきなりされても動きがつかない。
木村も足がすくんで動けない状態だ。冥府の王や歪み男のときは動いた体が今は動かない。
以前にゲイルスコグルを間近で見て、その恐ろしさが体に染みついている。
ましてやその恐怖が十よりも多くいるのだ。
老人がスクルドに何かを呟いた。
スクルドも小さく頷いて、こちらから視線を外した。
おそらく老人が無視しておけと言ってくれた、と木村は考える。
その後、一団の動きがピタリと止まり、老人が声を一つかけると彼らは一斉に動き出した。
移動方向は木村たちから見て右に整然と駆け抜けていく。
ラベク、カクレガの両方から遠ざかる。
彼らの姿が遠く、小さくなり、砂埃も落ち着いてきた。
そうして木村たちは、ようやくラベクの様子に目を向けることがかなった。
なんとなくわかってはいた。
彼らもウィルやシエイらと同様だ。
異世界人であり、戦闘力もそこそこにある。
すなわち、魔力を感知するセンサーが一般人よりも鋭敏だ。
その彼らが、神々の一団による魔力の暴力を浴びたことになる。
彼らはすでに腰砕けだ。
戦う前からラベクの軍は崩壊していた。
情けないなどと木村はまったく思わない。
モニター越しで見ていた木村ですら恐怖で動けなかったのだ。
もしも地上に立っていて、魔力を感じるセンサーもあり、戦おうとしているとくればもう無理だ。当然の反応と思える。
さらに前日からの緊張状態もある。木村でもわかった――彼らの緊張の糸は完全に切れた、と。
あまりにもラベクにすると絶望的な状況だった。
しかし、木村は同時に思うのである。
一団のメンバー選抜に、ある程度幅を効かせることができるなら――。
そして、出現位置も自由に設定できるとすれば、だ。
これは老人なりの慈悲ではないか、と。
近くではあるが、すぐさま近寄れない距離に現れて戦力の差を体感させる。
戦力も過剰と思えるほどに配置しておく。ゾルやモルモーですら「ありえない」と言っていた戦力だった。
さらに、一団は彼らを無視してどこかへ去ってしまった。
実力差を見せるだけのパフォーマンスだ。
信念やら信仰などを一瞬で消し飛ばすほどの戦力差を彼らに示し、被害を減らすのが狙いではないか。
実際に、一団が消え去った今もラベクの兵士の多くは立つことすらままならない。
立ち上がったは良いが、ラベクから離れるべく逃げ出す兵士すら見える。
木村もようやく足が動くようになったので、カクレガの改修をしに行く。
冥府の王の時も改修したのだが、どうやらまだ足りていないようだ。
キャラが大量に増えて部屋を増設したので、家具ポイントは減っているがまだある。
カクレガの能力を一段階ずつ上げておくことにした。
ブリッジに戻ると人数が減っていた。
ウィルとシエイ、それにフルゴウルは医務室へ連れて行かれたのだろう。
どうやらおっさんとモルモー、それにペイラーフが手を貸したようで、彼らの姿が見えない。
ゾルとボローの言葉数が少ないコンビが残っている。
「キィムラァくん。カゲルギ=テイルズのキャラが来たよ。ほら、見てみて」
ケルピィもいた。
彼の声に従いモニターを見れば、変な光景が映っている。
荒野の真ん中に三人の姿が見えた。
そのうち二人は知っている。
一人は特殊能力持ちのアフロことロゥである。
もう一人の女は、名前こそ忘れたがロゥを召喚した女だ。お偉いさんの娘だった。
彼女は半ば発狂しており、ロゥが彼女を後ろから抑えている。
残りの一人は初めて見た。
間違いなくカゲルギ=テイルズのキャラだろう。
この世界にはない機械風のバイクの横で、人に近い姿の獣人の女が困っている。
モチーフはリスだろうか。
細身だが人並みの身長はある。尻尾はやや大きい。
テイとは違うタイプだが種類としてはかなり似ている。
手には箱のようなものを大切そうに抱えていた。
お偉いさんの娘が暴れているのを、ロゥが止め、リスの女がバイクを盾に防いでいる構造である。
謎の馬ラクダ二頭は、三人の騒動を興味なさげにぼんやり眺めていた。
どうしようかと見ているとおっさんが部屋に入ってきた。
そして開口一番にこう言うのだ。
「キィムラァ。イベントミッションが出たぞ」
木村は嫌な予感を感じた。
過去にもこの手のミッションはあった。
しかも、その進行ミッションは最初からクライマックスのような内容だった。
「ミッションの内容は?」
「ファーストミッションは『ワルキューレの戦闘姿を一枚撮影する』だ」
地獄だ。
近づくことすらままならないのに、写真を一枚撮影しろ? しかも戦闘の?
第一、そのミッションにはそもそも大きな問題がある。
「撮影って言うけど、カメラは――あっ」
木村がモニターを見る。
偉そうな女が、リスの獣人を追い詰めているところだった。
木村はそのリス獣人の手元を見つめる。彼女の手元の箱らしきものはカメラに見えなくもない。
「蛮族! それを渡しなさい!」
「ダメです! このカメラは絶対に渡せません! あたしの命です!」
正解だった。
リス女が箱を守るようにうずくまった。
偉そうな女は、容赦なくリス女に襲いかかっていく。
「それでは命ごと奪い取ります! ロゥ! なぜ私を抑えるのですか! 早くこの蛮族を! この蛮族は先ほどの魔族どもの仲間です! 悪魔ですよ! 早く殺してしまいなさい!」
「馬※言ってんじゃな∮よ!」
ロゥが必死に、暴れる女を抑えている。
見た目がアレなロゥがもっとも思考ではまともかもしれない。
「あたしはワイルドハントを撮影するまでは死ねません! 死後の世界だって撮影しに行くんですから!」
リス女が叫んだ。
木村はタイトルの意味を不本意にも知ってしまった。
キーマンが勝手にやってきた。どちらかと言えばキーウーマンだが、どちらでもかまわない。
理解した。
死後の世界を撮影したいから、あたしを「ワイルドハントで(死後の世界まで)連れてって」だ。
この命知らずで愚かなリス女が、今回の無理難題を作り上げた戦犯に違いない。
「ロゥ! 早く! この悪魔を殺すのです! 死骸を晒し、我々の正義を示すのです!」
「あぁ……、ああああ∋ああああぁ!」
「なにを、ぁ――」
「ヒェェ」
ロゥが女の首を絞め、とうとう意識を刈り取ってしまった。
彼は白目を向いて倒れる女を見て頭を抱える。リス女も彼の姿を見て、恐怖で怯えていた。
「どうしておいらはこ#なところでこんなゞとをしてんだぁ。もう帰¢てぇよ」
ロゥがアフロをかきむしっている。
アフロはもっさもっさと揺れながら、彼の苦悩を現していた。
木村も頭を抱えている。
ファーストミッションに、特殊能力者に、マスゴミリスに、ワルキューレの騎行、それに現地の居丈高女。
混沌の様相を呈するイベントはまだ始まったばかりである。




