82.特殊能力者
走り続けたカクレガがついに止まった。
すぐ近くにはパルーデ教国の総本山たるラベクなる都市がある。
デイリーが出てこないので、やはりここが今回のイベント地点となるのだろう。
ラベクは開けた平らな地にあった。
今までの都が、だいたい山やら丘の上にあったことに加え、総本山とも言われたので、木村は勝手に山の中にあると思っていたが山でも丘でもない。
神聖国と似た雰囲気だが、より砂っぽいところだ。
あまりの何もなさが冥府のタルタロスに近いのかもしれない。
都市と言うにはこぢんまりしている印象だ。
聞いたところによると、都市というよりも教えの発祥地という位置づけにあるらしい。
要するに人が大量に住むには適した地点ではなく、それとは別の重要な役割があるため、この地にあるというわけである。
近くに扉があったことも間違いなく関係しているだろう。
「どうやって行こうか?」
木村はブリッジに集まっていた一同に尋ねた。
移動手段を尋ねたわけではない。馬車も飛行機も当然ないので、歩いて行くのは確定である。
誰を連れていって、どうやって都市側とファーストコンタクトを取るかという話だ。
アコニトやボロー、テュッポを連れていけば、ワイルドハントを待つことなくその場で開戦となる。
木村の興味としては、CP-T3を連れていき、相手の反応がどうなるか見たい気持ちがある。
「僕は確定でしょうね。ケルピィさんも浮かんでいなければ問題ないでしょう。フルゴウルさんは、やめた方が良いかもしれませんね」
「そうだろうね」
見慣れてしまっているが、彼女はいちおう冥府から出てきた霊体だ。
人と言いきることは難しいだろう。
「モルモーさんは?」
「……おそらく大丈夫ではないかと。人の姿をしていれば僕でも人外とわかりませんから」
「えっ、私は留守番で良いですよ。ほら、私、吸血鬼ですから。人外ですから」
名前が出た当の本人は行きたくないようである。
木村としても別に来てもらわなくても良いのだが、暴力的事態になった時のために戦力は欲しい。
それにしても、モルモーは自らを吸血鬼と言うが、まったく吸血鬼らしくない。
血を吸っているところを見たことがない。食堂で普通にご飯を食べている。
変身と読心が得意だ。そもそも本当の顔を誰も知らない。
木村の考える吸血鬼とは違っていた。
「ウィルとモルモーさんと、あとは……、そうだ、ペイラーフは?」
ペイラーフは背こそ低いが、姿はほぼ人間だ。
声は大きく、元気も良い。
「やめた方が賢明でしょう」
ダメだった。意外と難しい。
そうなると本当に二人しかいない。
ラリッたセリーダ姫を連れていっても仕方ない。
戦力になりそうな、まとな人の姿のキャラが少なすぎる。
あと一人くらいは戦える存在が欲しい。
「シエイは?」
「あ、そうか!」
ケルピィの言葉に木村も反応した。
最近、仲間になったばかりで完全に忘れていた。
ちょっと強化して、装備を付ければ充分な戦力になるだろう。
ちなみに木村はシエイを割と好いている。ラブとかじゃなくライクだ。
彼女は表情こそ乏しく、真面目だが、そういうキャラだとわかっているので話しやすい。
なんというか陽キャ相手だと何か話さないといけない雰囲気だし、相手の言葉にどう反応していいかわからない。
その点でシエイは無駄話も少なく、話こそ弾まないが、緊張もさほどなくて居心地は悪くない。
なお、シエイは木村のガチャ姿を見ているので、木村とは一緒にいたくないと考えている。
「おぉ。ここにおったかぁ。ん~? 尻尾はおらんなぁ。どこにいったんだぁ?」
アコニトがやってきた。
また尻尾に逃げられてしまったらしい。
「……あ」
木村は情けない尾無しケモ耳コスプレ女を見てふと気づいた。
「尻尾のないアコニトは? 耳を隠したらどうにかなる?」
「いけますね。神気も尻尾に持って行かれていますし」
「あぁ?」
こうしてラベク行きの人選が決まった。
カクレガを出て、ウィルやモルモー、シエイ、それに帽子を被ったアコニトとラベクへ向かう。
ラベクへ向かうと、すぐさま馬なのかラクダなのかわからない動物に乗った、武器を持つ集団がやってきて木村たちを取り囲んだ。
「お前たちは巡礼者ではないな。何者だ?!」
夜盗ではない。
ラベクから向かってきたので、明らかに正規の兵士だろう。
久々の職務質問だ。
お偉いさんと話すことに慣れつつあった木村だが、さすがに武器を構えられての質問は緊張する。
緊張はしつつも彼らの乗っている謎生物が気になっている。
顔は馬だ。胴体はラクダのようにコブがある。脚は馬に近いがラクダの脚がわからない。
尻尾が猫のように細く長い。これは馬ではないだろう。果たしてラクダもこんな尻尾なのだろうか。
この生物がもはや魔物ではないかと木村は真面目に考えている。
考えているとおっさんが叫んだ。
「無礼者ども! 武器をおろさんか! キィムラァは貴公らに危機が迫っていることを伝えに来たのだぞ! 貴公らが武器を突きつける相手は、まさに自らの命に他ならん!」
久々に聞いた喝である。
ウィルやモルモーはビクリと震え、兵士達もおののいた。
謎の生物の一匹が、声に驚いて兵士を落として逃げ去ってしまう。
この声を出すために普段から鍛えているのだろうか。
木村は冗談抜きでそんなことを思った。
しかしながら、彼らも不審者を捕らえることが仕事だ。
距離をさきほどよりも開けはしたが、また武器を構えなおしている。
「えっと、特に抵抗する気はありませんから、あなたたちのトップ、あるいは、」
「勝手に口を開くな! 聞かれたことだけに――」
「女狐、やれ」
「あぁー、めんどうだぁ」
おっさんの合図でアコニトが口から煙を吹き出した。
仲はとても悪いのにこういうときだけ連携する。思考回路が実力行使なのである。
「なんだ! 毒……」
兵士たちが騒いだのも一瞬だった。
目がうつろになり、全員がシンと黙りこくる。
「案内せい」
アコニトの得意技の一つである。
いちおう“狐憑き”という精神攻撃になる。
相手を催眠状態にすることができるが、格上にはまず通用しない。
武器の覚醒値を上げたときにパワーアップしたが、単体から複数体へ変化しただけだ。
ゲーム内ではそうだろうが、現実で使うと普通に複数体扱いだったので実際に大きな変化は見られない。
本人もさほど好きではないのかあまり使わないので、死にスキルと化していたがときどき役立つ。
アコニトは兵士を謎の生物から降ろさせ、自らが謎の生物の上に乗っている。
木村たちには乗ることを勧めないのが彼女らしい。
ラベクの門に着いたが、当然、開けてくれるわけがなかった。
明らかに操られている兵士を見て、門を開けることはないというのは木村でもわかる。
別に開けてくれる必要はない。
木村としてはただ話ができればそれでいい。
もっと言えば話じゃなくても、伝言ができるならそれでも良い。
今さらながら、わざわざ口で伝えなくても文字で伝えれば良かったな、とすら思い始めている。
しかし、せっかくここまで来てしまったのだから、口で伝えて帰りたい。
とりあえず用件を門の上にいた人たちに伝える。
彼らは武器を構え、魔法の行使をできるようにしていた。
もしも、木村たちが兵士たちと一緒にいなかったら、すでに戦闘になっていただろう。
「ここの人たちは強いの?」
暇つぶしがてら、木村はウィルにこっそり尋ねた。
異世界をあちこち行ってみて、木村の中の常識と異なることがいくつもあった。
一つとして、いろいろなコンテンツで門番は下っ端がやっている印象だったが、実際のところは大きく違う。
門番は、街と外の境界線を守る超重要な位置であり、門に立つ人間は相当の腕前がある。
その都市にいる兵士の力を測る基準にもなる。
門は立派でもそこを守る兵士がへぼの場合は、都市全体の兵力が微妙のことも多い。
逆に、門がぼろくても守る兵士が良ければ、馬鹿にできないものがある。
「一般的な基準でいくと、弱くはないでしょうね。外に出た僕たちをすぐに見つけてきたでしょう。あれだけでもたいしたものではないでしょうか」
「ああ、そういえばたしかに」
兵士達はカクレガを出て、すぐにやってきた。
察知能力と察知後の行動力は優れていると木村も理解した。
同時に、ウィルが“一般的な基準”と付けたことで、こちらの相手ではないとわかった。
木村たちはすでに異世界の標準的な強さの枠から逸脱し始めている。
ケルピィやメッセから聞いたので間違いない。
成長を喜ぶべきだろう。
しばらく待つと、門の上が騒がしくなった。
木村は門の上に偉い人が来るかと思ったが、門の上の兵士は増えたがどうも偉い人が来る様子はない。
逆に動きは下にあった。
白い門がゆっくりと動き始めた。
じれったいほどの速さで隙間が開き、そこから人が現れる。
兵士達が先に現れ、その間を通るように男女二人が出てきた。
男はその大きな体型からいかにもな武人とわかり、もう一人は目つきの鋭いやや年配の女性である。
「我々の兵士を返しなさい」
女性が声をかけてきた。
気の強さは目つきどころか声や台詞にも表れていた。
木村たちが頷いて、アコニトに合図を送る。
しかし合図は伝わらない。アコニトは謎の生物の上で、空を見てタバコを吸っていた。
おっさんがアコニトの横腹に手刀を入れると、彼女はうめき声を上げて生物から落ちる。
頭から落ちて、帽子がズレてケモ耳が出ないか木村は心配になった。
首は曲がったが、帽子はずれてないようで安堵の息が漏れる。
アコニトが地面で悶えていると、操られている兵士達が目を覚ました。
兵士達は周囲を見渡し、女性を見て驚きの声をあげた。
「サ、サナ様!」
「早くこちらに来なさい」
ぴしゃりと告げると、兵士達は慌てて木村たちから離れていく。
他の兵士が彼らを守るように立った。
「我々に伝えたいことがある、と聞きました」
中に入れる気はないようで、サナと様付けで呼ばれた女はそのまま本題に入ろうとする。
木村もそうしてくれる方が助かる。さっさと用件を終わらせたい。
「はい。六日後の朝から魔物の集団がここら一帯を通過します。抵抗すると殺されますので建物に入っておとなしくしていてください。そうすれば甚大な被害は出ないと考えられます。周囲の街にも、どうかこのことを周知してあげてください」
木村は本当に言うべきことだけを言った。
挑発に受け取られると困るが、困ったところでどうしようもない。
「それでは伝えるべきことは伝えたので帰ります。その……、こんなことを言うのもなんですが、どうかご無事で」
「待ちなさい」
本当にもう振り向いて帰ろうと思ったところで止められた。
「なんでしょうか?」
「詳しく聞かせなさい」
知りたいというのなら、木村は知る限りを話すつもりである。
木村たちの話を話を聞いて、教えを曲げるか、例外として認めるかして抵抗しない選択肢をとってもらえればなによりだ。
特等席で蹂躙されるのを見るくらいなら、詳しく話を聞いてからの無抵抗をぜひ検討して欲しい。
一番無駄なのが、詳しく話したけど抵抗してあっけなく滅びるパターンである。
思ったよりも食いつきが良く、かなり話を深掘りして聞いてきた。
ワイルドハントという言葉から、木村たちが過去に滅んだ場所を見てきたことも話した。
ウィルやシエイが、実体験をもとに力量差を説明している。
「カゲルギ=テイルズを知っていますか?」
サナの口から不思議な単語が出た。
その単語は今の会話で出していないはずである。
なぜ彼女がカゲルギ=テイルズという言葉を知っているのか。
「知っていますが、なぜその言葉を――」
木村は聞き返そうとする途中で、一つの可能性に気づいた。
すでにイベントの準備が始まっているなら、イベントで出演するキャラが現れたのではないか。
そのキャラが、兵士達に捕まったと考えられる。
「誰かが、この世界に来たんですね」
「どちらの話も嘘はないようですね。来なさい。歓待まではしませんが、我々の隣人として迎え入れましょう」
「いえ、別に隣人扱いしなくてもいいです。もう帰りますから」
「来なさい」
有無を言わせなかった。
サナは木村たちが付いてくるものとして、さっさと門の方へ歩き出してしまう。
木村としては、逆に有無を言わずに帰りたい。
だいたいカゲルギ=テイルズのキャラが出てきそうな話は碌なことにならない。
無関係を突き通せるならそのほうがずっとマシだ。
帰ろうとしたところで、「付き合ってやってくれ」と武人が身振りで伝えてきた。
先ほどまで冗談一つ知らない雰囲気だった顔つきを、柔和なものに変えて、木村たちに「帰らないで」と知らせてくる。
先ほどまでは偉そうにふんぞり返っていたが、サナの視線が外れると、途端にゴツい顔に人なつっこい笑みを浮かべてみせてくる。
人なつっこい笑みではあるが、おそらく十人中九人はまずこの武人に可愛さを感じないだろう。
「良い笑みだ。鍛えられているな」
「頬が?」
「キィムラァ。笑みというのは人格を表すものだぞ」
おかしな話だ。
にっこり笑って、虐殺レターを渡してくる存在の台詞とは思えない。
木村が反応に困っていると、サナが怒りを含んだ顔で振り返った。
「早くしなさい」
どうも木村の苦手な雰囲気だ。
中学校時代の怖い女校長とどこか似ている。
男社会でのし上がってきた強さを全身から醸し出しているようであった。
周囲を見れば、特に反対するものもいないので、サナに従ってラベクに入った。
門の白を見て思っていたが、石がとても綺麗だ。
空間を広く使い、艶のある白い柱や壁の建物が並んでいる。
まるで神殿の中を歩いている気分であった。
特徴として二階がない。天井こそ高いがどこも一階だ。
サナが通ると、周囲の人たちが頭に手の平を付けて挨拶をする。
彼らの上位存在に対する礼なのだと木村もわかった。真似をする気にはならない。
広い道をひたすら進み、奥にあったひときわ大きな建物に進む。
ここだけは階段が取り付けられ、周囲よりやや高い位置に入口が設けられていた。
これこそまさに神殿だ。
神殿の前に膝をついて、礼拝する人たちの姿も見える。
サナが現れると、彼らはますます礼を深くする。疲れないのだろうか。
神殿の奥に進むと、またもや教徒たちが礼拝をしていた。
その最奥に像が備えられている。
二人の像だ。
一人の男と一人の女が並んで立っている。
像のつま先が木村の身長よりもやや高い位置にあり、そこから立っているので顔を見るだけで首が痛くなる。
首が痛いついでに、木村は頭も痛くなってきた。
像の女性は、もちろん木村の知らない顔だ。
サナとどこか近い雰囲気があるので、彼女の親族にあたる人物かもしれない。
問題は男の方である。
平坦な顔で、顔の各パーツも小さい、鼻は低く、唇が薄い。
木村が見るところ日本人のように思える。
もちろん木村とは別の顔なのだが、人種としての特徴は木村にも通じる。
「キィムラァに雰囲気が似ていますね」
ウィルが素直な感想を述べた。
木村も「うん」と顔を引き攣らせて肯定する。
「こちらの像は?」
木村が尋ねる。
杖を持っている女性はどうでも良い。
隣で刀を持っている日本人青年だけが気になる。
「我々の教祖。導師エニア・カルンと剣聖スィーミッツ」
原型が失われつつあるが、清水だろうと木村は想像した。
どうやら清水青年も異世界にやってきて、刀を片手に暴れたらしい。
その結果が剣聖なる称号だ。たぶん木村とは違って直接戦うタイプだったんだろう。
その後は、サナが軽く歴史を語った。
二百年ほど前に現れた清水くんがカルンちゃんと結ばれて、エッチして子供がたくさん生まれたとか。
カルンちゃんがスィーミッツくんを呼んだ召喚術を元にして、子孫である彼女たちも強者を呼び寄せているとのことだ。
茶化して良い話ではないことに木村も途中で気づいた。
「召喚してるんですか?」
地球人を、とは木村は続けなかった。
この世界にも召喚術があることは、すでにウィルやフルゴウルから聞いている。
ただ、カゲルギ=テイルズならまだしも、この異世界でまともな召喚術を使うことは極めて難しいとも聞いた。
理屈はよくわからないが座標の設定が鬼門で、運良く何かを呼び寄せることくらいはできるらしい。
しかし、神聖国では召喚術は絶対禁忌とされていたようである。
過去に召喚術で変な生物を呼び、クライシスを起こしてしまったようだ。
これだけなら禁術扱いだったのだが、ルルイエ教授がアレンジして何かを呼び寄せて研究自体が絶対禁止の禁忌になったとか。
「神聖国のおこなう乱雑な召喚ではありません。崇高なる使命を遂行するための協力依頼です」
「……何が違うんです?」
「ありとあらゆるなにもかもが異なります。我々は彼らに無理強いをしません。彼らの方から望んできてもらうのです。我々が説諭し、彼らが改心する。そして、両者並び立ち、手を取り合って使命を果たすのです」
宗教臭さが鼻についた。
使命だの、説諭だの、改心だのと宗教とは一線を画して過ごしてきた木村には、どうにも胡散臭さが先に立ってしまう。
ふと木村は思う。
やってることだけ切り抜けばまともではないだろうか、と
少なくともガチャで召喚するより友好的だろう。ガチャは強制召喚だ。
アコニトとか扉から出てこようともせず、逃げようとして強制排出されたのを過去に何度か見ている。
木村には気になる点がもう一つあった。
今回の話に関して言えば、召喚やら日本人がいたことは新しい発見だがさほど本筋にある話ではない。
「崇高なる使命とは何ですか?」
「人の人による人のための世界作りです」
木村は目を瞑った。リンカーンかよ。
おそらくウィルやモルモーも同じように目を瞑ったのではないか。
「……もしもですよ。このラベクのすぐ近くを、あなたたちよりもずっと強大な魔物の集団が走り抜けるとしたらどうします? 彼らは別に貴方たちの使命を阻むものではないとして、です」
「魔物という存在自体が我々の使命を阻むものです。到底、認められるものではありません。排除することになります」
「あ、そうですか。がんばってください」
木村は諦めた。
わずかながらも説得しようと思っていた心は溶けて消えた。
彼が「命を大切に」とか言ったところで、彼女たちが聞いてくれるとは思えない。
木村はさっさと帰ることに決めた。
カクレガに戻って、リン・リーの料理が食べたいと思えた。
「さて、カゲルギ=テイルズの話になります」
木村はようやくここに来た理由を思い出した。
清水青年の像と、彼らの固い決意を前に本題をすっかり忘れてしまっていた。
「紹介します。シターです」
少女がとてとてと歩いてくる。
実は先ほどから存在には気づいていた。
風貌から判断するに、カゲルギ=テイルズのキャラではない。
「私の娘です。四姉妹の四女です。先日、彼女が十二の歳を刻み、共闘の儀をおこないました」
共闘の儀というのが、召喚なのだろう。
召喚は十二になってからというのが、このラベクのルールらしい。
もしかしたら導師カルンとやらが清水青年を呼んだのが十二歳のことだったからかもしれない。
「シターが共闘を依頼し、共に歩むと降臨したのが彼になります」
男が現れた。
あまりにもいきなりスッと現れたので木村は驚いた。
その姿を見て、木村はさらに驚きが増す。
全身が黒尽くめの服に覆われ、顔も目元しか出していない。
腰には短い刀を帯びており、たびを履いた忍者がシターの側に寄り添っている。
「カゲロウでござる」
「ござるって……」
キャラ作りが過ぎる。
シター少女のすぐ側に立っているが、ボディーガードというより変質者だ。
日本なら警報アラームを鳴らされても仕方ない。夕方のニュースに出て、SNSで「ロリコンNinja!」と馬鹿にされそうである。
サナに視線を戻し、またシターをみるとすでにカゲロウは消えていた。
「消えたでござる」
「カゲロウは姿を晒すのを好みません」
照れ屋なだけではないか、と木村は思った。
ますますやばい変質者になっていく。
「カゲロウさんがカゲルギ=テイルズの世界から来たんですね」
「全てを信じていたわけではありませんでした。今は信じても良いと考えています」
木村を見てしまったからだろう。
彼らの教祖の片割れと同じような顔立ちで、カゲルギ=テイルズなる異世界人もやってきた。
「さらに長女と次女をラベクに呼び戻せば戦力は整います。崇高なる使命を頂く我々が、魔物の一団などに負けるわけがありません」
「ご健闘をお祈りします」
これは滅んだ。
もうダメだ。トップがこれじゃあ存続の希望は薄い。
Ninjaキャラは興味があるが、ここで主と命運を共にするようなので関係しないことにした。
その後も崇高なる話をサナは続けていたが、木村はもはや興味がない。
倒れていたアコニトが復活したところで、お開きとなった。
帰り道にサナはついてこなかった。
最後の最後に復帰したアコニトに、鼻で笑われたのがよほど頭にきたらしい。
木村としては長く不毛な話に辟易していたので、よくやったとアコニトを褒め称えたいくらいだった。
「おぉ! えぇ、匂いがするぞぉ!」
そのアコニトが匂いにつられて道を逸れていく。
木村は止めようかと思ったが、たしかにスパイスの効いた良い匂いだったの止める力も弱まった。
木村も一緒に匂いの方へ歩いて行ってしまう。
「おぉ!」
アコニトが喜びの声をあげた。
人がたくさんいる。料理もバーベキューよろしくその場で作られ振る舞われている。
「巡礼者向けのもてなしです」
案内を仰せつかった兵士が説明してくれた。
アコニトはすでに走って料理を漁りに行っていた。
モルモーも匂いに負けてしまったようで、アコニトの後を追う。
酒もあるようで、場は盛り上がっている。
楽しそうな雰囲気だ。
知らない人同士のはずだが、一緒に歌って踊っている。
木村は獣人の郷を思い出してしまう。
もはやフラグだ。滅びが迫っていることを木村は肌で感じた。
木村の思いなど露知らずアコニトやモルモーも楽しそうにしている。
この二人は仕事さえなければだいたい楽しそうだ。
ウィルやシエイも雑踏に紛れた。
木村は離れた位置でぽつんと座っている。
彼の定位置とも言える。あの雰囲気に混ざりに行く気がしない。
おっさんも木村の隣に座っている。
てっきり酒を飲みにいくか収拾すると思っていたので意外だ。
意外さはありつつも特に何かを言うことはしない。
木村は楽しげな光景を見つめる。
「食わんのか? うまそうだぞ」
串に刺さった焼きたてらしき肉が、木村の横から出された。
匂いがすぐ近くから鼻孔をくすぐる。
気を遣われたようだ。
「ありが……」
礼を言おうと、木村は隣を見た。
そして、言葉が止まる。
ツバの広い帽子に、片眼だけ開き、パイプを吸う髭の老人がいた。
この都市を滅ぼそうとしている者が、酒を片手に、賑やかな集まりを見ている。
「おぉ! この前の! 飲んどるかぁ?」
アコニトもやってきた。
彼女は会議の時にいなかったので、この老人の正体を知らないはずだ。
知らないから平気な様子で話しているのか、あるいは知っていてなお同様に話しているのか。
とにかく木村としてはありがたい。緊張でどうにかなってしまいそうだった。
「飲んでおる。この乳の酒も悪くない。臭いこそ最初はきつかったが飲めば気にならん」
「おぉ。なかなかいけるぞぉ」
このアコニトはなんだっていける口だ。
タバコとクスリと酒は、好みこそあれど種類を選ばないらしい。
ちなみに彼女たちが飲んでいる酒は、あの謎の生物からとった乳から作った物らしい。
アコニトと老人が他愛もない話をし、会話が落ち着いたところで木村は決心した。
冷めつつあった肉をほおばるが、いまいち味がわからない。
「あの! えっと、その、どうしてここにいるんです……か?」
第一声が大きくなったことに気づき、声のトーンが落ちていく。
とりあえず聞きたかったことを尋ねることはできた。
「近いうちにここを通るのでな。見て回っておるのだ」
敵情視察だろうか。
戦力差をもってすれば、見る必要もないだろう。
聞かなくても良いことだが、木村はどうしてか聞いておきたかった。
「もしも……もしもの話ですが、彼らがあなたの通行を阻止するなら、あなたはどうされますか?」
木村が老人を向いて尋ねると、老人も木村を見返した。
老人の瞳は人間のものと変わらないようにしか木村には見えない。
恐怖も威圧も木村は特に感じなかった。やや興味深そうに老人が木村を見ている。
「儂は、ただそのときのために今ここにおるのだ」
老人は返答してくれた。
怒りも侮蔑もない。ただし木村には意味がわからなかった。
さらに追及する雰囲気でもないので、木村はもう少し老人の回答を考えることにする。
そもそも最初の質問の回答と堂々巡りになる気がした。
その後もアコニトと老人が話を続ける。
おっさんも特に変なことにはならないと考えたのか、位置はそのままで酒を飲み始めた。
「……変なのがおるな」
老人がポツリと漏らしたのは、アコニトがちょうどふらふらと歩いて行った時のことだ。
気になったので、彼の視線を木村も追いかけてみる。
木村もすぐにわかった。
いや、もしかしたら違うかもしれないが、少なくとも見た目は異常だ。
まず間違いなくこの世界の住人には見えない。。
まず髪型がアフロだ。
地球でもここまで立派なアフロは見られない。
頭の上に大きな地球儀が乗っているかのような不安定さがある。
さらに服がこの地域のものとは明らかに違う。
ゆったりとした長めの衣服ではなく、どちらかと言えば木村たちよりだ。
しかも黄色をメインにやたら目立つ色合いである。見た目の自己主張が激しすぎる。
木村と老人の視線を感じたのか、その異常人が木村たちを見る。
顔つきはまだ若そうだ。異世界なのではっきりしないが、まだ二十代ではないか。
異世界というか、もしかしてカゲルギ=テイルズのキャラかもしれない。
「……いや、違うかな」
可能性を自ら否定した。
カゲルギ=テイルズのキャラにしても主張が激しすぎる。
こんなキャラを出したら他の個性が消滅する。
青年はニカッと明るい笑みを見せて木村たちの側へやってくる。
老人の隣に遠慮なく座り、両手に抱えていた酒を木村や老人に分け与える。
肉やナンらしきものも配ったが、老人は軽く断り、代わりに木村が二つとももらった。
「初◇て■る顔だな。巡礼○って雰囲△でもないけど、どっからやって☆たんだい」
木村は青年の声がところどころで良く聞き取れなかった。
「えっと、すみません。なんだか声がうまく聞き取れなくて」
「ああ、わ⊃ぃな。おいら〒声は聞き取※づらいんだ。どっか→やってき◆んだい?」
聞き取りづらいというレベルを超えている。
異世界で変な言葉はいろいろと聞いてきたが、このパターンは初めてだ。
魔族の声でも聞き取れたのに、彼の声は聞き取れない。
「僕は、……王国の方からですね」
木村は答えた。
嘘はついていない。
「王仝かぁー、いい∃。おいらも行って★てぇなぁ」
言葉はところどころでうまく聞き取れないが、王都に憧れを持っているらしい。
言葉の代わりに表情が多彩なので、気持ちは伝わってくる。
「爺さ§は?」
「儂はヴァルハラからだ」
聞いたことのある単語だ。これはもしかしてオーディンなりのジョークじゃないか。
木村はそう思ったのだが、老人は真面目な表情だった。
「ヴァル♪ラ。初め*聞いた。どんなと#ろなんだい?」
青年が興味深そうに掘り下げていく。
老人もヴァルハラを語る。
語り口はまるで詩人のように流ちょうで、聞いているだけでその有り様が浮かんでくる。
ただ、荘厳さを表面に出して老人は語っているが、木村はヴァルハラがどんなところかはわずかに知っているつもりである。
もっと血なまぐさいところのはずだ。余計なことを言う必要もないので黙っておいた。
青年はヴァルハラを想像しているのか、とても楽しそうな顔をしている。
「若いの。色も見慣れぬお主は、いったいどこから来た? ここのものではあるまい」
木村もつい先日に問われた質問だ。
どうやらこのアフロの青年も出自不明のようであった。
「おい♂の故♭、おっと紹&がまだだった。∥いらの名前はロゥ。将来、極¶級冒険者に±る男さ」
「冒険者ですか」
聞き慣れないが、見慣れた単語だ。
異世界アニメとかだと、なぜか冒険者がよく出てくる。
この世界には冒険者という存在はいなかった。カゲルギ=テイルズにはあると聞いている。
それなら彼の出身は明らかだ。
「ロゥさんはカゲルギ=テイルズの方ですか?」
「違うぞ」、「違うな」
「カゲル∵? ≒んだって?」
老人とおっさんが即座に否定し、ロゥも聞き慣れない単語を聞いたようで、木村に聞き返している。
意外な反応だった。そうなると、この世界にこの髪型が存在することになる。
「ここの人たちに召喚されたわけじゃないんですか?」
「お! 物知≠だな! そうよ、『良い依♀がある。ー緒に∞らないか』って綺麗な声に誘わ∩たら、ここだ。参っ∈ゃうぜ!」
ロゥはうんざりだという表情だった。
どうやら呼ばれても協調しない人もいるようだ。
それもそうだ。木村の召喚だって、さほど協調しない奴がいる。
「おい∠の相_とも、一年▲話ができねぇ√らよぉ! 相棒‰なにしてっかなぁ」
やれやれ困ったと首を振る。
話から察するに一年前に呼ばれたらしい。相棒も、突然ロゥがいなくなり困っているだろう。
先ほどのちっさい妹の、姉に呼ばれたのだろうか。
「それで、けっきょくお主はどこから来た?」
「あぁ、お∑らはよぉ。⊆霊宿す街ってところから来たんだ」
「ん? もう一回お願いします」
「言霊∬す街。どうだ?」
木村は聞き取れたと返事をする。
実際は聞き取れていないが、前の言葉と照合すれば「ルビソウル」だろう。
木村は知らない。
おっさんも記憶を辿るように目を瞑るが、答えが出てこないようだ。
隣の老人も、手で軽く目を伏せた。何をしているのかわからないが、おそらく意味のない動作ではない。
「“俺”は知らないな。どこだ?」
「“儂”が見えんか。どこにある?」
しばらくして、どちらも一人称を強調させて詳細を尋ねた。
「どこって、――あ」
「あ?」
ロゥの視線が一カ所に止まった。
木村がその方角を見ると、まなじりをつり上げた少女がこちらを見ていた。
「今日は訓練があると言いました」
少女は挨拶も何もなく、ズカズカとロゥに歩み寄ってくる。
その一歩一歩に怒りが込められているのか、果てしない力を不思議と感じる。
「カリーフ⊆これ食℃か?」
「食べません」
ぴしゃりと拒絶。
名前はカリーフというらしい。
雰囲気から間違いなくサナの娘であると木村は察した。
「来なさい」
台詞までも一致している。
きちんと親の背を見て育っているようだ。
つまり、彼女もまた滅びの道を進むことに他ならない。
「いや、〆も。まだ、話が途㊥で」
「いいから来なさい」
有無を言わさず、ロゥのアフロを鷲掴みして引っ張っていく。
ロゥは申し訳なさそうにこちらへと手を振ってくる。
木村も気にしないでと手を振り返した。
異変が起きたのはその時である。
周囲の景色が暗くなり、時の流れも緩やかになった。
王都では見慣れた光景だ。あのときは選択肢が出てきたが今は出てこない。
なんだろうと周囲を見れば、ロゥだけが明るい状態になっている。
さらに彼のすぐ近くに、“調べる”とコマンドついていた。
木村は恐る恐るボタンを押す。
ボタンが消えて、ただ一行だけ文字が浮かんでくる。
“特殊能力名称:詞”
嫌な文字列が見えた。
初めての現象だが、出てきた文字の意味は最後を除いてわかる。
王都をズタボロに歪めたアピロの力が、魔法とかではなく、この特殊能力だった。
そして、トロフィーの効果で特殊能力者の能力名称が開示されるともあった。
すなわち、このアフロの青年ロゥは特殊能力者ということになる。
しかしだ。その能力名称があまりに短い。
「……詞? 詞とだけ書かれても」
「青年に詞を見たか?」
老人が、緩やかに流れる時間の中で普通に尋ねてくる。
隣のおっさんもどうなんだと木村を見る。
「うん。特殊能力名が見えた。能力名は“詞”とだけ。どんな力かはわからない。えっと、特殊能力って言うのは、魔法とかとは違って――」
「すでに見ている。都や隣界を歪めている力と同等のものということか」
「見ている? りんかい?」
木村の疑問に老人は答えなかった。
酒に口をつけるだけである。
時が通常の速さで流れだし、老人は席を立った。
杖を片手に持ち、木村を見下ろす。
「話しすぎる口は嫌われる、だが正直に話すことは美点にもなる。時には黙ることも覚えるべきだ。特に自他の力に関しては、な」
木村は、相手を見る力があって、さらにロゥの特殊な力を見つけてしまった。
口にしたことで、老人が木村の性質に理解を深めた。
老人が一冊の本をマントから取り出して渡す。
本と言うにはやや薄い。同人誌か学校の会報のような薄さだ。
タイトルは書かれていない。大きさも学校のプリントより小さく、メモ書きみたいに見えなくもない。
「この地にとどまるなら、それを持っておけ。特に外に出るときはな」
そう言うと、老人は歩いて去っていく。
やはり別れの言葉はない。
木村は渡された冊子をパラパラと捲る。
言葉がずらずらと書かれているが余白も多い。
なにやら説教のような文がところどころで目に付く。
「おぉ? あやつは消えたかぁ?」
アコニトが戻ってきた。
すでにできあがっているが、悪い酔い方ではない。
非常に稀なことだが、かなりほんわかと心地よさそうな酔い方だ。
おっさんは一瞬だけ彼女を見咎めたが、老人もいなくなって緊張が解けたようで酒の方へ歩いて行く。
木村はただただ暴力沙汰にならなくてほっとするだけだ。
「けっきょく、どうしてここにいたんだろう?」
老人は答えてくれなかった。
いや、答えてくれたが意味がわからなかった。
「おぉ? わからんかぁ。覚悟をした目をしておっただろぉ」
「そんなのわかんないよ」
アコニトが木村の肩に腕を回して絡んでくる。
息は酒臭いが悪酔いではないので、まだ親しみを感じる絡み方だ。
最悪になってくると、ベロベロとなめてくるし、叫びながら頭を押しつけてくる。
「忘れないためだろぉ。ここにどんな奴がいて、どんな風にすごしているか、――実際に目で見て、話をしてみんとわからんこともあるからなぁ」
アコニトは目を細めて、騒いでいる人たちを見ていた。
彼女も、まさに今、彼らのことを記憶に深く刻み込んでいるのだ、と木村は感じた。
同時に、オーディンの答えがようやく理解できた気がした。
この都市の人たちが神々の行進を邪魔し、都市はほぼ確実に滅ぶ。
もし滅んでも、ここに確かにいた人たちのことを忘れないために、彼はここへ赴いていた。
これは果たして優しさなのか。
それとも滅ぼす際に一切の慈悲や容赦はないということか。
これが正解なのかすらも木村にはわからない。
戦争の神とも呼ばれるオーディンの心は、戦争を知らない木村の及ぶところではないのだ。
ただ、この雰囲気がなくなって欲しくはないなぁ、と漠然と思うだけだった。




