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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅵ章.レベル51~60
80/138

80.覚醒値

 パルーデ教国の領域に入った。


 カクレガの地図上ではパルーデ教国だが、実際の境界線は曖昧だ。

 ケルピィに聞くところだと、ここはまだ王国の領土ではないかと話している。


 イベントストーリーの準備ため、デイリーはなくなったと思ったが普通にあった。

 ちゃんとカクレガが止まって、クエスト消化の時間を作ってくれる。

 ただし時間は朝から夕方までランダムで、場所もデタラメだ


 デイリーが出るのは、まだ正式なイベントストーリーが始まっていないからだろう。

 つい先日まで全クエスト解放ドロップマシマシ期間だったので、ドロップ量がガクッと減って物足りなく感じる。

 もういっそなくてもいいとすら木村は思えていた。


「あれ、どうするんですか?」


 本日のデイリーに挑む前、訓練室のウィルに声をかけに行ったところで尋ねられた。

 隅には歪んだオブジェが置かれている。


 竜人のなれの果てだ。

 イベント期間が終われば、消え去るからほっといたが消えない。


 理由は単純である。

 討滅クエストが恒常イベントになってしまったからだ。

 いつでも挑める超低報酬の新規ユーザー向けイベとなり、竜人は訓練室の歪みオブジェとなった。


 壊してしまいたいが、歪みが強すぎるためか木村とアコニト以外では手が出せない。

 人の形に戻すことはできるが、戻すと周囲のキャラを襲い始める。

 洗脳も状態異常無効で弾くので打つ手がない。


「もうしばらくあのままで」


 ゆえに先延ばしである。

 しばらくとは言うが、具体的にいつまでなのかもわからない。


 もしかしたら竜人がオブジェから解放される日は来ないかもしれないと木村は考えている。



 デイリーを消化していて、ようやくアコニトの出番がやってきた。


 訓練室にも来ないし、尻が重症だったのでしばらくは留守番組だった。

 せっかく覚醒値を上げたのに、成果が見られず木村としてはようやく活躍の機会が見られる楽しみな瞬間である。


 キャラの覚醒値は1から4に上がり、専用武器の覚醒値は0から2になった。

 キャラと専用武器でやや偏りがあるが、どちらも能力値は上がる。

 しかも☆5のため、上げ幅はかなり大きい。


 覚醒値の上昇で能力値は上がるのだが、何と言ってもメインはスキルの変化にある。

 アコニトもキャラ覚醒値が0から1に上がった段階で、毒の効果が倍になり大幅に強くなった。


 キャラ覚醒値が1から2になり、“毒”が“猛毒”になった。

 2から3で仲間キャラの状態異常付与率及び効果が1.5倍になり、3から4で自身の毒の効果がさらに倍と、わかりやすく強くなっている。

 最後の覚醒値5では、“猛毒”が“瘴気”とか言うあまり聞き慣れない状態異常に変化するようなので木村は楽しみにしている。

 毒が猛毒に変わると威力が上がるわけでなく、単に毒に耐性を持つ相手にも猛毒なら効くという、一種の戦闘システムに関係する話のようだ。


 専用武器の覚醒値は、戦闘スキルに対する変更路線である。

 0から1で“狐憑き”が、1から2で“狐の嫁入り”がそれぞれ強化されたようである。


 デイリーでも試してみたが、もはや別物と言える。

 装備でも数段飛ばしで強くなった印象だったが、今回もまた数段飛ばしで強くなっている。

 他のメインメンバーとの力量差が如実にわかってしまう。


「凄まじいですね」


 ウィルと一緒に離れたところから見ているが、感想は簡潔である。

 彼やフルゴウル、それにシエイは、それぞれの感覚で彼女が強くなったことをわかっていた。


 無凸なら間違いなくお荷物だが、凸ればちゃんと強くなる。

 今のアコニトは☆5の鑑だ。


 ちなみにゾルも☆が0から1になり、体力減少時の能力アップ効果が倍になった。

 物理最強枠として群を抜き、わかりやすくトップに立っている。


「力が戻ってきている気がするぞぉ」


 アコニトも自身の力が増したことを感じたらしい。

 他人よりも本人の方が遅れて気づくってどうなんだろう、と木村は考える。

 思えば出会った最初の時も、力を失っていることに攻撃してから気づいていたので、今さらと言えば今さらかもしれない。


 そもそもフルゴウルを除くカゲルギ=テイルズのキャラは、ウィルやシエイの持つ魔力や神力とも呼ばれる不思議な力への感覚器官が存在していない。

 例外であるフルゴウルですら特殊な目で見てわかるというだけで、目を瞑れば何も感じることができない。

 この点で相手の力量を見誤ることがたびたび見られた。


 他方で異世界の人たちは、魔力を感じることができるという点で優れているが、大きすぎる魔力を感じたときに体が萎縮してしまう欠点もある。

 ウィルが強敵相手に動きがとれないのを何度か見た。動けないどころか気を失ったことすらあった。


 木村も魔力に相当するものをまったく感じない。

 そもそも木村自身が魔力ゼロという、この世界では不思議な存在である。

 彼の特性に気づくことができる存在もまた、異常な存在なので注意が必要とはっきりわかる。


 たとえば、デイリーからの帰り道に、やや大きめの石に腰掛けていた老人がまさにそれである。

 周囲に街や何かがあるならまだわかるが、周囲には人っ子一人どころか生物の気配がまるでない。


 大きめの石に腰掛けてパイプをふかしている。

 ファンタジー世界で魔法使いがかぶるような、ツバの広いとんがった帽子をかぶり、髭はぼさぼさと顔の下半分を隠し、胸のあたりまでもふもふしている。

 槍のようにまっすぐな木の杖を石に立て掛けて、魔法使い風の老人は空を見ていた。

 空を見つめる目は一つ。片側は潰れているのか閉じられている。


 木村は念のためウィルを見た。

 木村が見た限り、この老人は明らかに強者である。

 アマ○ラの指○物語で見た、灰色から白になった魔法使いと雰囲気が似ている。

 杖を手にして大地を割っても然もありなんと納得できる。


「老人ですね」

「……うん」


 老人であることは木村でもわかる。


「どう? 強い?」

「いえ、特に何も感じませんね。風格のある老人です」


 風格のある老人らしい。

 しかし、そんなわけはないだろう。

 そもそもどこから現れたのかすらわからない。


「旅人ではないでしょうか?」


 もう一人の判定人――フルゴウルを木村とウィルは見た。

 彼女の眼なら老人が何者か判定できうる。


「キィムラァくんの言わんとしていることは理解できる。しかし、精気はやや多いが異常性は特にない。老魔法使いといったところではないかな」


 フルゴウルの目でも老人らしい。

 魔法を使うことは木村でもわかるが、いまだに彼は納得できない。


「おぉ、えぇ香りだぁ。儂にも分けてもらえるかぁ」


 普段ならぽっと出の他人に、まったく興味を持たないアコニトが前に出てきた。

 老人が咥えているパイプが気になったらしい。


 タバコっぽい臭いはするが、木村は初めて嗅ぐ匂いだった。

 どこか草のような印象を覚える。


「ただでやるわけにはいかん。そちらの葉と交換なら応じよう」


 老人が普通に応じた。

 アコニトが手にしている煙管を指でしめした。

 老人の声は落ち着きがあるが、どこか煙のようにくぐもったような印象がある。


「よぉしのったぞぉ。儂のお気にをやろう」


 アコニトが老人の提案に乗った。

 いきなり殺し合いにならなくて木村は一安心である。

 ヤニ愛好家は互いに通じあうようだ。


 二人がブレンドを交換し、準備をしている間に、ウィルたちはこっそりとカクレガに帰ってしまった。

 アコニト、おっさん、木村、それに謎の老人が荒野に残る。

 木村を除けば精神年齢が高そうな組み合わせだ。


 ウィルやフルゴウルですら何も感じていないようだが、木村はこの老人がただ者でないことを理解している。

 魔力量で強さを測ることに長けると、それ以外の要素で強さを測ることに疎くなるのかもしれない。


 先ほどからおっさんが無言で無表情、そして木村の側からまったく離れようとしない。

 この事実が魔法使い風の老人の強さを言葉もなく示している。


 アコニトは木村やおっさんの思いなど知ったことではないようで、地面によっこらせと尻を落ち着け、煙管に口を付けた。

 謎の老人もアコニトからもらった葉をパイプに入れて火を付けた。


 喫煙者二人が互いの葉が焦がれて生じる煙を味わっている。

 どちらも無言。煙と会話をしているようだった。


 ケモ耳女と魔法使い風の老人が、それぞれ座ってタバコをたしなむ。

 異世界ならではの光景と言えるが、木村はこんな光景を異世界で見たいわけではない。


「切り拓かれた山。斜面に段々と築かれた緑茂る木々。朝露が付く葉を人々が摘み取っている。色合いが豊かで穏やかだ」


 老人がいきなり語り始めた。

 その語り口は穏やかで、作業をしているおばさんやおじさんの姿が木村の脳裏に浮かんだ。


「乾いた地面が見えるなぁ。炎天下の中で働く農奴たち。色は茶色く面白みはないが、力強さがある。彼らの顔に疲れは見えるが、誰も下を向いて生きていないぞぉ。たくましさを感じるなぁ」


 アコニトも同様に口を開いた。

 こちらも老人ほどではないが、景色が木村の中でぼんやりと浮かんでくる。


 アコニトと老人が同時にゆっくりと目を開いた。

 互いに一瞬だけ視線が交錯したが、それ以上は何も口にしない。

 軽く口元を緩めて、またしても煙を味わい始めた。


「そこの無色の若人――お前さんがたはどこから来た?」


 老人が木村を見て尋ねた。

 無色の若人の“無色”の部分に木村は反応した。

 木村は何となくだがこの老人が、彼の性質に気づいていると感じた。


「王国の方から来ました」


 老人は煙をいったん吸って、また吐き出した。

 首を横に振り、そうではないと示す。


「その前だ。もっと前かもしれん。他の者は王国だろう、あるいは別の国かもしれん。だが、お前さんは違う。儂は、その色を見たことがない」


 色がどうかは木村にはわからない。

 しかし、やはり木村の特異性には気づいているようだ。


「その坊やはなぁ。この世界とは違う世界から来たんだぁ」


 アコニトが答えた。

 木村がアコニトを見るが、アコニトは木村を見ていない。老人すらも見ていない。

 空を見て、煙管をぼんやりと咥えている。


「おっと、儂らの世界でもないぞぉ」


 アコニトが思い出したように、言葉を足した。

 儂らと言うのが気になったのだが、木村が考える間もなく老人が尋ねてきた。


「ふむ……。無色の若人――お前さんはどこ行く?」


 どこに行くかは木村だって知りたいところだった。

 こちらには正直に答える。


「わかりません。カクレガが勝手に進みますから。おそらくパルーデ教国のどこかだと思います」


 木村は正直に答えたのだが、老人はまたしても首を横に振って否定した。


「儂が知りたいのはその先――終着点だ。お前さんはどこを目指している?」

「その坊やに目指しているところなぞないぞぉ。訳も勝手もわからず、この地に来させられ、風に乗って流されているだけだぁ」


 煙のようになぁ、と指で煙をくるくるとかき乱してアコニトは示す。

 老人はアコニトを見て、木村を見る。

 木村も肯定した。


「風に流される煙か。無色の煙。そうするとお主は風という訳か?」

「馬鹿を言うなぁ。儂はいつだって煙だぁ。坊やを儂色に染めて遊んどるわぁ」


 その後は互いに無言である。

 一人称儂の二人は同時にタバコを吸い終わり、同時に立った。


「汝は神だろぉ」

「然り。お主もだ」


 アコニトが「あぁ」と気だるげに返答した。

 どこで判断したのかわからないが、老人は神らしい。

 この世界にも神がいるのかわからないが、まだ見たことがない。


 そうなるとカゲルギ=テイルズの神という可能性が濃厚になる。

 イベントストーリーで出る可能性が高い。


「近いうちにまた会うことにことになるだろう。次は酒も飲み交わしたいものだ」

「そうだなぁ。稲の酒を振る舞いたいところだが、あいにくと持っておらんわぁ」

「儂もブドウ酒を注ぎたいところだが、果たしてあるかどうか」


 そう言って老人は立ち去っていく。

 アコニトも老人の背を目で追わず、カクレガに歩いて行く。


 二人には「さようなら」や「また今度」という別れの言葉が一切なかった。



 カクレガに戻り、おっさんを見る。

 彼の緊張が解けているとわかり、木村はさっそく尋ねた。


「さっきの人……人じゃなくて神だそうだけど、やっぱり強いの?」

「強いぞ。木村が今まで会った中でも、間違いなく五指に入るな。女狐やウィルでは戦いにすらならないぞ」

「えっ、そんなに?」


 木村が思った以上に強かった。

 あの場で聞かなくて正解だった。聞いていたら緊張して喋れなかったかもしれない。

 トップファイブということは冥府の導き手や冥府の王、歪んだ男たちとも肩を並べる強さということだ。

 知らないことは恐ろしいが、知ることもまた恐ろしい。

 果たしてどちらが幸せなのだろうか。


「そんなに強いのに、どうしてウィルやフルゴウルは気づかなかったんだろう」

「擬態が巧かったからだぞ。ただな。判断は付かなくとも、せめて違和感を覚えることはできるべきだったな」


 訓練が足りない、とおっさんはぼやいている。

 その察する力は筋トレでできるようになるのか、と木村は真面目に考えてしまった。


「アコニトはどうやって気づいたんだろう?」

「女狐は相手の力量に気づいていないぞ。緊張がまったくなかったからな。同類とは気づいていたようだが、……タバコからじゃないか?」


 おっさんもわからないようである。

 こういうことは本人に直接聞いてみた方が早い。



 喫煙室に行くと、アコニトの姿はなかった。


 酒だな、と確信して食堂に行ったがこれまた姿がない。

 異常事態だと思ったが、冷静に考えれば、まだ植物園という選択肢があった。


 アコニトは植物園で、彼女が育てているタバコの葉の前に立っていた。

 大きい葉っぱを指でつまんでいる。


 木村は歩いてアコニトの近くに寄るが、彼女は反応を示さない。

 しばらく彼女の隣に立って、彼女から口を開くのを待つ。


「久々に良い同類に会ったなぁ」


 葉っぱの様子を見つつ、アコニトが口を開いた。

 満足そうな顔をしている。ご機嫌だ。


「どうして神だってわかったの?」

「雰囲気だぁ」

「いや、雰囲気って……」


 しかし、確かに雰囲気はあった。

 どちらかと言えば風格のある魔法使いの雰囲気だが、あれが神の雰囲気なのか。


「覚悟をした澄んだ目をしとったなぁ。名のある同類に違いないぞぉ、儂のようになぁ」

「えっ、うん。そうだね」


 一気に老人の神としての品格が下がってしまった。

 どうして肩を並べようとするのか、なぜそこまで自意識過剰になれるのか木村にはわからない。


 老人はまた会うと言った。

 いつどこで会うかは現時点ではわからない。

 しかし、どのような形で会うかはなぜかわかってしまう。


 嫌な確信に満ちている。

 そして、この確信は次のイベントの核心でもあるはずだ。


 おそらくイベントのボス、あるいはそれに相当する者は――。


「キィムラァ。手紙が来たぞ」


 おっさんがやってきた。

 彼がここに来るとアコニトは碌な目に遭わない。

 殴られ、蹴られ、叩きつけられた挙句に埋められて植物の養分にされてしまう。


 アコニトは木村の背後に隠れておっさんを威嚇している。

 これが自称名のある神のすることだろうか。


 おっさんはアコニトを完全にいないものとして、木村に手紙を渡す。

 顔は老人と会ったときとは打って変わってにこやかだ。


「“イベント『ワイルドハントで連れてって』開催予定!”」


 やはり来た。

 イベントストーリーだ。

 開催時期が一週間後からなのはすぐにわかる。

 “ワイルドハント”という言葉が何なのかが木村にはわからない。



 ただ、底知れぬ悪意の前触れをうっすらと感じるだけだ。

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[一言] >「強いぞ。木村が今まで会った中でも、間違いなく五指に入るな。 木村の言う通りヘカテー、ハデス、アピロが入るとしてギリシア神話系のテュッポも格的に当該しそう、となるとこの爺さんが残り一枠だ…
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