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8.詫び石


 帝都ガラハティーンは壊滅した。


 順々に現れた三匹の竜により、帝国は為す術なく蹂躙された。


 荘厳さで名高いアレクトマール中央広場は、赤竜の炎で灰と瓦礫に埋もれた。

 帝都を二百年以上も見下ろしていたカレドア城は、青竜により中央から崩され、その後、氷に覆われた。

 都を囲う高く頑強な城壁は、黄竜が起こした突発的かつ局地的な地震により崩れ、周囲の建物や守るべき人民を押しつぶした。


 崩壊した帝都の中心に木村達はいた。

 異世界に来てから人の死に慣れつつあった木村であったが、あまりの惨状に言葉がでない。


 木村から距離を取って、アコニトが葉っぱを吸い始めた。

 普段ならわずかに見咎めるが、木村は今の彼女を直視できない。


 アコニトは三度も悲惨な死に様を晒した。

 一度目は、赤竜の炎で炭になるまで燃やされた。

 二度目は、青竜により氷漬けにされ、爪で割られバラバラに砕かれた。

 三度目は、黄竜が起こした地割れに飲み込まれ、地下深くの断層に圧し潰された。


 彼女の目はまだ葉っぱが回っていないのにどこか焦点が合っていない。

 仕事帰りのサラリーマンが、電車の座席で今の彼女と同じような顔で座っていたなぁ、と木村は感じた。

 彼らもまた死地を潜ってきたのかもしれない。あるいは生への実感が薄れているのか。


 おっさんはどこかへ行って、なかなか戻ってこない。

 追う気力も木村にはなかった。


「仲間を連れてきたぞ」


 しばらくして、元気な声でおっさんが帰ってきた。

 背中に担がれているのは、一昨日まで一緒にいたセリーダである。

 目を閉じ、ピクリとも動かないところを見るに、眠っているか意識を失っているかだ。


「城でただ一人生き残っていたぞ。凍死した後で復活したようだ。木村の戦闘メンバーだったのが幸いした。良かったな」


 木村は後半の話より、前半の「城でただ一人生き残っていた」という部分が重く心にのしかかった。

 真偽を確かめることはしないがおそらく事実なのだろう。

 つまりセリーダ以外は全滅だ。


 そして、セリーダが生き残ったことを「幸い」とおっさんは言った。

 あの城で家族や見知った人とともに死なせてやる方が、セリーダにとって幸せだったのではないか。


 ピッピコーン!


 木村とアコニトの体がびくりと震えた。

 間違いなく二人のトラウマとして刻まれた音である。


 なお、この音はプッシュ通知でありオフにもできるのだが、設定画面は開けないので実質消せない。

 ただし、深夜や戦闘状態の時は、音がなくなるサイレンスモードになる。


「お、また手紙が来たぞ」


 おっさんがまたしても封筒を差し出してきた。しかも二通。

 木村は読みたくなかった。しかし、おそらく読まなくても起こるべくことは起こる。


 彼は決心して手紙を受け取り、目を通した。

 文面はいつもよりも長い。手紙の題名でまずは安堵の息が漏れる。


“討滅クエストのお詫び”

“ガチャ排出率のお詫び”


 二通ともだらだらと文が書いてあるが、要は件名どおり二点のことに書かれていた。


 1.討滅クエストの難易度調整をミスって難しくしすぎちゃった。ごめんね

 2.ガチャの排出率がおかしくて、一部キャラが異常に出やすくなってたみたい。ごめんね


 1はごめんで済まない惨状なのだが、過ぎたことを言っても仕方がない。

 2については対応が遅いと言うしかない。優良誤認で消費者庁コラボ待ったなしだ。


 お詫びとして大量のガチャチケットやら、有料アイテム、素材アイテムやらが付いてきていた。

 もちろん最初に引いた分のチケットも返ってきている。

 一点目のお詫びは、本来、木村ではなく生き残った帝都の人に配られるべきであろうが、木村はそんなことを思う余裕はなかった。


 木村はまっさきにガチャチケットを取り出し、“10連召喚!”の枠を押した。

 結果をじっくり見る気力も、扉を押す気力もわかないので、前回から視界の端に見えていた“演出スキップ”を指で押す。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

 「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

  「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

   「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

    「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

     「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

      「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

       「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

        「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


 ボロボロの木の扉が自動で開き、タイミングをじゃっかんずらしておっさんが九回現れる。

 おっさんの声と顔が9.1chでトッカータとフーガだった。


「あああああぁぁ!」


 悪夢だった。

 大量のおっさんが同時に現れ、最後の声が終わると同時に一人に戻る。


「あああぁ。ああぁ……」


 運営は何も学習していない。

 お詫びのお詫びが約束された。長期メンテも視野に入れるべきだろう。


 心をやられた木村の前で、最後の扉が開かれる。

 色は純白。虹が☆5で、金がおそらく☆4、それならこの純白の扉は☆3か☆2。外れだ。

 10連召喚なら最後だけ☆4以上が確定なのかと思ったが☆3もあるようだ。

 糞ガチャである。逆光から覗く影を木村は見ようともしなかった。


 しばらくして何かが出てきたが何も喋らない。

 無口キャラか、と木村が見上げると、そこにはロボットがいた。

 失敗作と断言して良いロボットだ。細い骨格というかフレームが丸見えで装甲がまったくない。

 顔とか、顔文字もびっくりの○二つの目に、△の口だ。

 ○ ○

  △ 

 これである。


 木村は唸る。

 ひたすら唸る。


「キャラデザ、どうにかしろよ。小学生の夏休みの自由工作じゃないんだから」


 はて……?

 前に木村はこのロボと似たものをネットの海で見たことがある気がした。

 名前はなんだったか……? 先行者(?)だったろうか。


「やったな。新しい仲間だぞ。……新しい仲間だな。……ああ、木村の新たな仲間だ」


 おっさんも珍しく言葉の語彙が少ない。

 何かを褒めようとした気配を感じたが、すぐに同じ言葉を繰り返すだけだった。

 おっさんをして褒める点が何もなかったということだ。


 とりあえずお詫びのお詫びは間違いなさそうなので、返金があると考え、今のうちにガチャを引けるだけ引くことにした。

 “10連召喚!”をまたしてもポチッと押す。すぐさま演出スキップ。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

 「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

  「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

   「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

    「よう。フィルクだ。盾でみんなを守るぜ」

     「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

      「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

       「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

        「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


「はいはい」


 知ってた、と木村は頷く。

 見慣れてきた景色をもはやほぼ意識せず、木村は10連目の扉を期待する。


「…………えっ!」


 10連目の白い外れの扉を前にして、彼は遅れて気づいた。

 途中でおっさんの声に紛れて別の男性の声が聞こえた気がしたのだ。

 10連目の扉を無視して、振り返るとその盾をもった男がいた。気のせいではなかった。

 盾を持った男の背後には金の扉がある。☆4だった。


 背は高い。おっさんよりも高い。横幅もずっとデカい。デブというわけではない。

 盾を持っているから間違いなく戦士タイプ。しかも割と欲しかった防御系で間違いないだろう。


「初めましてだな。よろしく頼むぜ、大将」


 大きな図体の割に、その笑顔は朗らかだ。

 常識的な挨拶に柔らかそうな物腰、これだけでも大当たり。しかも☆4。


 辛いことばかりの異世界生活に光が射した気がした。

 後は可愛いくて優しい女の子キャラが欲しい。できれば直接攻撃系か回復系だ。

 セリーダも可愛いのだが、一緒にいたいキャラではない。元が姫で、今は薬中なので近寄りがたい。


 そういえば10連目の白の扉をまだ確認してなかったと木村は振り返る。


 見覚えのある手抜きデザインのロボが背後に立っていた。

 無言で木村に手を振ってくる。


 木村は現実から目を逸らして、再び“10連召喚!”のボタンを押した。

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