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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅵ章.レベル51~60
79/138

79.召喚者専用アイテム

 アコニトの尻が黒焦げになった。


「あぁぁ…………、ぁ……」


 彼女は顔に大きな玉となった汗をいくつも浮かばせ、床で身動きが取れない状態になっている。

 もはやまともに喋ることもままならない。木村が見たところでは自爆による確定死を、瀕死で生き残った状態よりもなおひどい。


 ペイラーフがアコニトの黒焦げの尻に回復魔法をかけている。

 普段なら痛がる姿を笑っている彼女も、今回は真顔で治療している。


「ふぇぁぁぁああ……」


 痛いのか気持ちいいのかわからない声がアコニトの口から漏れる。目から涙も流れていた。

 木村も普段なら緩めるはずの口元を今日は緩めなかった。


「これはいったい……。大丈夫ですか?」

「…………うん」


 呆然としつつも木村は応えた。

 駆けつけてきたウィルと話していると、木村も自らの意識が戻ってきていることを感じた。

 自分は大丈夫ではなかったのだ。ようやく大丈夫な状態に戻りつつあることを木村は自覚することができている。


「うん。大丈夫になってきた」

「何があったんですか?」


 ウィルが困惑した様子で木村に尋ねる。

 木村は口を開いた。


「まず、召喚者専用アイテムが使えることになったところから始まるんだけど――」


 木村は振り返る。

 なぜアコニトの尻がこんな有り様になったのか?


 その経緯を辿っていくことになった。




 問題の日の朝、すなわち今朝――木村は訓練室で軽めのトレーニングをしていた。


 昨日はガチャを引きまくり勝利した。もしもテレビなら上にテロップで速報が流れているくらいだ。

 そのため、ウキウキの気分で眠ることができ、体も心も充実している。


「キィムラァ。召喚者専用アイテムが使えるようになったぞ」


 謎の臭いと味と見た目のプロテインを木村に渡した後、おっさんがそう告げた。

 そういうことはプロテインを渡す前に言うべきだし、もっと言えば運動をする前に言うべきであろう。

 木村は順序について何も言わない。おっさんにとっての順序がまず第一に筋肉トレーニングにあることを彼は知っている。


「召喚者アイテム?」

「そうだぞ。キィムラァがアイテムを用いることで、戦闘を有利に進めることができるんだ」

「おぉ」


 普通に便利そうだ。

 どうして今までなかったのかが不思議なくらいである。


「どんなアイテムがあるの?」

「わからない。まずは作ってみるんだぞ」


 DIYだった。

 ありもので満足しない心意気を讃えるべきか。


「さっそく製作室に行ってみるんだぞ」



 そんなわけで製作室にやってきた。


 ボローが充電されている。

 木村は軽くボローに挨拶すると、彼も手を挙げた応じた。


「お、さっそく活動しているな。彼女にさっそく召喚者アイテムについて尋ねてみるんだ」


 おっさんが指で示したのは、昨日のガチャで手に入った新たな☆4である。

 名前はCP-T3であり、名前から察せられるとおりマシンだ。


 薬のような横長のカプセル状な体に、戦車のようなキャタピラがついている。

 大きさはかなりでかい。高さだけでも木村と同じくらいあり、横幅で言えばほぼ倍、奥行きは両手いっぱいに伸ばしたほどだ。

 はっきり言ってもはやゆるい軽戦車だった。


「えっと、CP-T3?」


 声をかけたところでキャタピラがギャラギャラとけたたましい音を立て、カプセルの向きがゆっくりと変わる。

 カプセルの球面に顔が表示されており、なぜか美少女キャラのような顔立ちだ。

 図体に比べて小顔でもある。


「ドウカサレマシタカ、マスター?」


 女の子の綺麗な声で、機械的に喋る。

 まったく調教されてないボーカロイドのようであった。ゆっ○りでももうちょっと上手に喋る。

 木村はこの機体になぜ美少女キャラの顔を表示されるようにしたか理解ができない。

 体や移動手段も謎だ。なぜカプセル状で、どうして履帯なんだろうか。

 そもそも製造室で何をしているのか。扉よりも明らかに大きいがどうやって入ったのか。

 ボローとは設定上でどういう関係があるのか。多くの疑問が湧いてくる。

 授業や講演ではまったく湧かない質問がどうしてこの状況だと湧き出てくるのだろうか。

 ひとまず今はあらゆる疑問を投げ捨て、召喚者アイテムについて尋ねる。


「召喚者アイテムについて聞きたいんだけど」


 カプセルに映っていた顔が消え“Now Loading”と文字が流れる。

 ずいぶんとロードが長いと木村は感じた。


 途中で浮かんでいた文字が止まり、ぷつりと文字が消えた。

 カプセルの横に浮かんでいた明かりも落ちる。


 その後、カプセルから大量の光が浮かび上がり、顔がまた現れる。


「サイキドウガカンリョウシマシタ。ゴヨウケンハナンデショウ」


 木村は不安を覚えた。

 学校に置かれていた数世代前のパソコンだ。もっとひどいかもしれない。


「召喚者専用アイテムについて聞きたいんだけど」


 とりあえずもう一度質問をぶつける。

 また浮かび上がる“Now Loading”という文字列。


「ショウカンシャアイテムトハ――」


 美少女の顔がまた浮かび上がり、説明をし始める。

 おっさんから聞いたようなことを詳しく機械的に喋っている。聞き取りづらい。


「どうやって作るの?」


 また“Now Loading”から再起動をして、同じ質問をしてようやく答えを得た。

 製造スキルキャラ持ちに頼めば作れるらしい。お前が作るんじゃないのかい、と木村は突っ込みたくなった。


「最初からモルモーに聞けば良かった……」


 時間を著しく無駄にした気分になる。

 部屋で惰眠を貪っていたモルモーを起こして、召喚者アイテムの話をする。

 製造室にやってきてCP-T3に手を当てた後で、モルモーは老鍛冶師の姿になってさっそくアイテムボックスに手を入れてナイフを取り出した。


 取り出したナイフを作業台に置き、手に持った槌で一回叩く。


「できました」

「早っ!」


 見た目は変わらず、ただのナイフである。

 見覚えのないナイフなので、さほど優秀なアイテムでもないはずだ。


「これで召喚者アイテムなの?」

「はい。効果が見えませんか」


 木村はアイテムに焦点を当ててジッと見る。

 確かに文字が浮かんでくる。


 “召喚者専用アイテム”と大きく表示され、名前と効果が現れる。


 “果物ナイフ:果実系タイプの魔物へのダメージがアップする。所持しているだけで有効”


「こういうのなんだ」


 水の館と同様のタイプだ。

 もっとアクティブに使っていくものを彼は考えていたが、思ったよりもシステム的だ。

 現状で一番気になっているのは“果実系タイプの魔物”という、まだ遭遇したこともない魔物の姿である。


「いくつか作ってみてよ」

「えぇ……。けっこう疲れるんですよ、コレ」


 本当だろうか。

 槌を一回叩いただけにしか木村には見えなかった。

 魔力的なものを消費するのかもしれないし、ただ単にリラクゼーションチケットが欲しいだけかもしれない。

 彼女は基本的に仕事には後ろ向きの姿勢である。ゆえに対策済みであった。


「ここにマッサージチケットが五枚あります」


 モルモーを呼びに行った時点で、この可能性はあったので用意はしておいた。

 装備や姿はこれで大抵やってくれている。


「チケットはもらいますが、実際、見た目よりもかなり大きな消費があります。あと二つが限度ですね」

「じゃあ、とりあえずやってみて。違うタイプのアイテムが良いな」

「はいはい」


 チケットを出しても、やや気だるげな様子のままだった。

 装備や変身くらいなら、わかりやすく喜んで行動してくれるのでどうやら本当に疲れるようだ。


 その後、老いた鍛冶師となったモルモーがアイテムに槌を一回ずつ叩くと、アイテムが二つできあがった。

 モルモーは姿を元に戻し、「それでは……」と本当に疲れた様子で立ち去っていく。

 次は半日チケットを渡して作ってもらおうと木村は考えた。


 さっそくできあがったアイテムを見る。

 一つ目は、変わった臭いのする丸い缶だった。


 “怪しい缶:不思議な臭いがする缶。特定の魔物をおびき寄せ、中の毒餌で動きを止められる。消耗アイテム”


 こういうタイプもあるのかと木村は頷いた。

 ゾルも採集の時に、虫を手に入れるため似たようなものを使っている。

 あれは蜜だが、魔物にはこれが使えるわけだ。特定の魔物を集中的に倒したいときは活用できるだろう。

 毒も入っているので、戦闘を有利に進められると考えられる。


 もう一つは、ふかふかのクッションだ。

 平べったいので座布団に近い。やや大きいので椅子にひくと良さそうである。

 防御系か回復系だろう。木村も座ってみたい。


“火――”


「あ! いた!」


 アイテム名と効果を見ようとしたところで、扉が開き、開閉音よりも大きな声が聞こえた。

 振り返るまでもなくペイラーフの声だとわかる。


「たいへん! たいへん! ちょっと来て!」

「……またアコニト?」

「違う! あいつとは無関係」


 それならたいへんなことではないんじゃないかと木村は思ったが、すぐにそんなことはないなと首を振る。

 カクレガの大問題の九割がアコニトなのだ。残りの一割が来てしまったようである。

 おっさんも一瞬だけ見せた厳しい顔を穏やかなものに戻した。


「何、この臭い?!」


 ペイラーフが部屋に入ってきて、臭いに顔をしかめる。

 どうやら怪しい缶からすでに臭いが漂っていたようであった。

 木村としてはちょっと不快くらいなのだが、個人差が大きいのかもしれない。


「アイテムを作ってたんだ。この変な臭いがするのが怪しい缶で、もう一個がこのクッション」

「そんなことはいいから! 早く来て! ほら、それは置いとく!」

「キィムラァ。一大事だ。急ぐんだぞ」


 怪しい缶とクッションを説明しようとしたが、ペイラーフは興味がなかったようである。

 おっさんも圧力で木村の背中を押してくる。


 缶とクッションを台の上に置き、一同は部屋から出た。



 ペイラーフ及びおっさんと向かった先は食堂である


 キャラたちがすでに集まっており、混雑している様子がわかる。


「どうしたの、これ」

「ほら、新しい子が来たでしょ! お菓子作りが得意だからって作らせたら、とってもおいしくてみんなが寄ってきて大混雑! さあたいへん! 人手が欲しいからリン・リーが呼んで来いって!」

「ああ、そういう」


 要するに雑用係だ。

 大変だと叫ぶから覚悟をしてきたが、空振ってしまった。

 とりあえず手伝いに入る。この大変さはむしろ心に良い大変さだ。心労がほぼない。


 ちなみに新しい子とは、☆3のクロエだろう。

 補助役で顔と体型も良く、性格も良いという素晴らしい子だ。

 なお、今のところ木村とは接点がほぼない。むしろ距離を置かれている。

 昨日のガチャの時に、はしゃいだ様子を見せたのがまずかったらしい。


 基本的にこのソシャゲのキャラ――☆3から☆5は、☆が増えるほど人格が破綻してくる。

 ☆3は人格が整っており、見本となるべきお手本のような人柄が多い。

 今回のクロエやメンタル最良のボロー、天真爛漫のテイと並ぶ。


 ☆4は一般的とも言える。

 どこか癖がある人格となっているが、こだわりともとれるので魅力にも繋がる。

 ペイラーフも植物園に関してはややズレていると言える。


 ☆5は見たとおりだ。

 アコニトは説明不要だし、ゾルもいろいろ壊れている。

 思えば遠征に出した☆5キャラもどこかおかしいところが見えていた。

 人格を犠牲にして力を得ているのかもしれない。


 なぜペイラーフが木村を呼びに来たのかわかった。

 彼女は木村を呼びに行くことで、スイーツをもう一つおまけでもらうことになっていたらしい。

 手伝っている最中の木村が、おいしそうに舌鼓を打つペイラーフをジッと見ていると、彼女も思うものがあったようで、食べた後で食器を洗うのを手伝いに来た。


「おいしかったね!」

「そうだね」

「カロリーが過ぎるな。体を動かすべきだぞ」


 手伝いが終わり、木村とペイラーフが食堂から並んで歩く。

 ちなみに木村にもちゃんと最後にスイーツが振る舞われた。ペイラーフも三つ目のスイーツを食べた。


 木村も文句なしでおいしいと感じた。

 日本ではさほどスイーツとかに興味はなかったが、世の女性たちが目を輝かせる理由がわかった気がする。


 鼻も、舌も、胃も満足したところで製造室に戻る。

 ペイラーフも帰り道なので、まだ隣にいた。


「うっ……。臭っ!」


 種族柄か鼻はペイラーフの方がずっと良い。

 木村も遅れて変な臭いに気づいた。


 製造室に近づくほど、その臭いは強くなっている。

 閉めたはずの扉は開かれ、中からガサガサと物音が聞こえてくる。


 木村が思い描く可能性は二つ。

 アコニトか、ゾルのペットの昆虫。


「アコニト?」


 可能性が高い方を口にして、製造室の様子を見る。

 そこには尻尾のない狐耳の背中があった。


「んあ?」


 口をもごもごと動かしたアコニトが振り返る。

 どうやら正解を引いたらしい。


 彼女は缶を開けて、中の団子みたいな物体を口に運んでいた。

 ごくんと飲み込み、笑顔を見せる。


「おぉ。なんかええ臭いがしたからもらっとるぞぉ。献上ご苦労」


 魔物用の餌である。

 毒もあったと木村は記憶しているが彼女には関係ない。

 汚れた手をペロペロとなめ回す。微妙に色っぽい仕草だが、獣感の方が遙かに強く、木村はいまいち興奮できずにいる。


「あんた……、そんな臭いのするもんまで食べるの!」

「なんだぁ、杏林。儂が良いもんをくっとるから妬んでおるのかぁ」


 へっへっと厭らしい顔をアコニトは見せる。

 妬みと言うより呆れなのだが、アコニトは気づいてない様子だ。

 尻尾に逃げられるのも得心がいくというものである。


 アコニトは缶の中にある魔物用団子をまた一つ手にして口に運ぶ。

 目を細め、口元を緩めているのでおいしいとわかる。

 それでも木村は言葉で確認した。


「おいしい?」

「美味だぁ」


 キノコでも毒がある方がおいしいと聞く。

 きっとおいしいんだろう。


「また作ってもらっとくよ」

「素晴らしい心がけだぁ」


 本人が満足そうなので、木村も余計なことは言わない。

 彼女が座っている床を見れば、もう一つのアイテムも使っていることに気づいた。


「あっ、クッション」


 木村が指を示すと、アコニトもニタリと笑った。


「これも心地が良いものだぁ。儂の部屋で使ってやるぞぉ」

「まあ、別にいいけどね」


 効果しだいだろう。

 リラックス効果がある程度のクッションなら別に要らない。

 木村はさほど期待もせず、念のための確認程度の軽い気持ちでアイテム説明を見る。


“火柱クッション:見るからに柔らかそうなクッション。座り心地は天国気分。しかし、罠である。座ったものが立ち上がった瞬間、火柱が生じる。尻は焼け、地獄の痛みを伴う。”


「ぅっ……」


 木村は唸り声が出た。

 アコニトはすでに座っている。


 なるほど座り心地は良さそうだ。彼女の顔も穏やかである。

 座り心地は天国気分という文に偽りはない。

 そうなると後半も偽りがなさそうだ。


「アコニト」

「んぁ?」

「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

「おぉ」


 やる気のない返事をしている。毒の餌をもごもごと口の中で噛んでいる様子だ。

 木村もどうかそのままの姿勢で聞いて欲しいと思った。


「あんた! 人の話を聞くときはせめて姿勢を正しなさいよ!」


 ペイラーフが怒りの表情を見せて、アコニトに近寄った。

 腕を上げつつあったので、アコニトをクッションから追い払うつもりらしい。


「待って! そのままで! そのままでいいから! 絶対に動かないで!」


 ペイラーフもギリギリのところで動きを止めた。

 木村の叫びに近い声に驚いているらしい。


 動くと大変なことになる。

 アコニトの尻に火が付くことは間違いない。

 座っている本人はそんなことを知らず、ペイラーフに向かって挑発するような顔を見せていた。


「そのクッションね」

「おお、素晴らしい柔らかさだぞぉ」

「……その素晴らしい柔らかさのクッションね。罠なんだって。立ち上がると火が付くらしい」

「は?」


 周囲が少なくとも三秒は止まった。

 ペイラーフが我に返り、距離を取ろうとしたところで、アコニトがその逃げる手を掴み引き寄せる。


 強化した成果が発揮された。

 アコニトは腰を浮かせることなく、腕の力だけでペイラーフを軽々と引き寄せて、自らの膝の上に載せたのだ。

 もしも一昨日までのアコニトなら、この時点で尻に火が付いていた。

 覚醒値を重ねた強化の成果がこんなところで見られた。


「触るな! 離せ! クソ狐!」

「動くなぁ! 動くと儂も動く! 一緒に火だるまだぁ!」

「二人とも落ち着いて! 大変なことになるから!」


 すでに大変なことになっている。

 先ほどのスイーツの盛り上がりの大変さとは違い、心が疲れるタイプの大変さだ。


「動くな! そこの中年! 絶対に動くなよぉ!」


 おっさんが足を動かしたところで、アコニトが叫んだ。

 この場を力づくで収められる唯一の存在に、アコニトは最大限の注意を払っている。


「部屋から出ろぉ! 坊や! うぬもだぁ! 全員部屋から出るんだぁ! いいか! 変な素振りをしてみろぉ。儂は全力で杏林を巻き添えにするぞぉ!」


 アコニトは部屋から人間を排出する。

 おっさん、木村、ボロー、CP-T3と部屋の外に一人ずつゆっくりと出ることになった。

 CP-T3は再起動がかかり、かなりの時間がかかった。しかも入口の扉を通れず、部屋の隅で待機状態だ。

 本当にどうやって入ったのかがわからない。


 現時刻を以て、カクレガ製造室内で起きた出来事に名称を付けることにする。

 カクレガ製造室――アコニト人質立てこもり事件だ。

 要するにアコニトは立てこもり犯になった。


 立てこもり犯はイライラしている。

 ストレスが溜まっており、緩和するものを欲し始める。


「儂の香を持ってこい! ここでは葉っぱが吸えんからなぁ!」


 喫煙室以外で吸ったら強制排出だ。

 むしろ強制排出して欲しいが、ペイラーフも排出されるだろう。


「中年! うぬが持ってくるんだぁ!」


 立てこもり犯からの要求に、おっさんがこめかみをひくつかせた。

 この二人を同じ場に居合わせると碌な結果にならないので、木村もおっさんに頼んで香を持ってきてもらうことにした。



 製造室に香が焚かれ、毒団子の臭いと香の臭いで頭がクラクラしてくる。


 比較的まともなやつだろうが、すでにペイラーフの意識はまともではなくなっているのが見て取れる。

 木村は扉から離れておっさんと協議した。


「どうしようか?」

「実力行使しかないぞ」

「話し合いとかは?」

「ありえないな」


 実力行使は最後の最後に回したい。

 ペイラーフの頭がどうにかなる前に救出しなければならない。


 木村は冷静に考える。

 地獄の痛みと説明文に書いてあったが、こういったものは誇大広告が多い。

 装飾多めの言葉で書かれているが、実際にはしょぼいものだ。


 大手の飲食チェーン店でも、参考写真と実物の違いがSNSに日々上がってくる。

 ソシャゲでも美麗のグラフィックと謳い、数世代前のポリゴンキャラが戦うものが溢れている。

 この火柱クッションとやらも書かれているほどたいしたことはないのではないか。


「アコニト。落ち着いてきたところで話があるんだけど、そのクッションはトラップに違いないけど、威力はさほどないと思う」


 アコニトからの返答はない。

 香の効果か、ペイラーフという人質をホールドしつつも、大人しく話を聞いている。


「冷静に考えてよ。今日の今日、機能が解放されたんだよ。それも初期アイテム。しかも槌を一回だけ叩いただけ」


 ただし、魔力の消費量は凄まじいということまでは言わない。

 モルモーの魔力量はカクレガトップ3に入る。


 だが実際、初期アイテムであることは間違いないだろう。

 こういったものは徐々に強くなるものだ。


「火が付くとは言ったけどたかがしれてるよ。ちょっと火がポッと付いて驚かすだけだって」


 不思議なもので、言っているとそうなる気がしてくる。

 どうしてこんな事態になってしまったのか。


「それにアコニトは特に強化してるんだよ。ピックアップで全チケットを使った。天井チケットでも選んだ。加えて、アコニトには火への耐性もある。そのアコニトが、まさかタバコの火を怖れることはないでしょ」


 アコニトは属性ダメージへの耐性をそこそこ得ている。

 物理にはあまり強くないが、属性魔法等には魔法系や魔法防御系のキャラほどの抵抗値がある。


「……まあ、おふざけが過ぎたなぁ。儂も、このクッションが罠だと言うことを見抜いておった。坊やたちの反応を試しておったのだぁ」


 嘘だ。

 一番動転していたのがこのアコニトである。


「中年を顎で使えたのも良い気晴らしになったわぁ」


 おっさんは不気味なほどの笑顔である。

 怖い。木村はなによりおっさんの笑顔が怖く感じた。


「おい。杏林」

「あー?」


 団子と香の臭いにやられ、ペイラーフは意識が怪しい。

 声が小さいのも良くないだろう。


 アコニトがペチペチ叩いて、ペイラーフの意識を戻した。


「おい。杏林。ちょっと火が付くようだが、無論、治療はしてくれるよなぁ」

「あんたの態度しだいだね!」


 お互い顔を同じ方向に向けた状態で話している。

 この二人は付き合いが割と長いためか、変な信頼関係があることを木村も知っていた。

 もしもペイラーフが他のキャラなら、木村も実力行使を選んだかもしれない。

 ペイラーフがアコニトを説得できる可能性も捨てきれなかった。


「怪我人は怪我人だ! たとえあんたの尻が四つに割れても医者として治療はしてやるよ!」

「東日向の国宝たる儂の美尻に、万が一にも疵が残るわけにはいかん。しっかり治せぇ。杏林としての手腕が問われているぞぉ」


 お互いが鼻で笑った。

 やはりこの二人はなんだかんだで気が合うのではないかと木村は思った。


 どうやら人質立てこもり事件は収束に向かいそうだ。


「実際のところ、あのトラップはどうなんだろう。爆風とかで吹き飛ばないかな。離れておいたほうがいい?」

「この位置なら大丈夫だぞ」


 おっさんはあっさりと「大丈夫」と言った。

 やはり大きな爆発にはならないのだろう。しょせん初期作成のアイテムだ。


「よし。それじゃあ離すぞぉ」

「早くして!」


 アコニトがペイラーフを抱えていた腕を解いた。

 ペイラーフもそれを確認してゆっくりと立ち上がる。


 このクッションを仮に地雷に例えるとする。

 地雷の起爆方法にはいくつか種類がある。


 踏んだ瞬間に爆発するもの。

 これが一般的なもので、重量が信管にかかって作動する。感圧起爆方式である。


 今回の場合は違う。

 引張式に近い、ワイヤでピンが抜かれることで作動する。

 すなわち、重量という名のワイヤが信管から抜かれる――ペイラーフが立ち上がった瞬間に起爆された。


 火柱が立ち上がった。


 名に違わぬ火柱がクッションからまっすぐ上に伸びた。

 製造室は猛炎により赤く照らされた。


 火はアコニトの尻を押し上げ、彼女を中腰に立たせている。

 近くにいたペイラーフは、おっさんがすぐさま引き寄せて距離を取らせた。


 アコニトの尻で勢いを逸らされた火は、そのまま上へと伸び天井を燃やす。

 それでも火の勢いはとどまらず、天井を伝って木村の位置ぎりぎりまでその手を伸ばしていた。


 木村は光と熱に晒され、恐怖で動けなかった。

 また、彼の恐怖をいっそう煽ったのはアコニトの顔である。


 彼女は最初、炎で焼かれても普通の顔をしていた。

 その炎を正しく認識していなかっただろう。木村だってそうだ。

 マッチはさすがになくとも、コンロの火くらいを予想していたら竜かと思うほどの火である。


「あああああああああ……」


 アコニトは、最初は呆けた顔と、同じく呆けた声で自身の現状を表していた。


「ああああ、ふああああああああああああああああああ!」


 火柱がいつまでも彼女の尻を焼いていると、顔は狂気に、声は絶叫へと変わった。

 すでにカクレガの火災報知システムが起動し、アラートが耳をつんざく音で鳴り続けている。

 スプリンクラーも作動しているが、焼け石に水であり、火柱はむしろその勢いを増していた。

 まるでここからが本番だと言わんばかりの火勢であった。


「あ、あ、あ、ああ、ああ、ああああ、ああああああ」


 長く狂うほどの叫びは、断続的な声に変わっていた。

 現状を理解し、痛みを認め、アコニトの顔は初めて見る種類の救いようがない顔となっている。


 声と表情に合わせて火の色もどす黒く変わり、まるで闇の炎とも思える色でアコニトの尻を焼いた。

 どうして逃げないのか、と木村は一瞬だけ意識を掠めた。


 アコニトはもはや足に力がかかっていない。

 逃げるにも体が動かない状態である。あまりに火と熱により意識や反射というものが灼かれ、熔け落ちている。

 彼女はただ体を上下に震わせて、自らの尻を灼かせることしかできなかった。


 見ている側もそうである。

 助けようという思いも灼かれてしまった。

 あまりの火の勢いにただただ見ていることしかできない。


 怖い。

 しかし、目を逸らすことも許されない。


 畏怖である。

 崇拝にも繋がる。


 生物が原初から抱く火への意識が、木村とペイラーフに引き起こされた。

 引き起こされたのもつかの間、火は一瞬で引いた。


 燃え上がるのも一瞬で、消えるのも一瞬である。

 しかし、火が消えても木村やペイラーフは動くことができなかった。

 地面に倒れたアコニトも、すでに声は出ず、動きも見せない。あまりにも壮絶である。


 一番速く動いたのはボローであり、ペイラーフの肩を揺らした。

 彼女が意識を取り戻し、アコニトに治癒魔法をかけ始めた。


 木村はただ呆然と火災現場を見つめている。



「――というわけなんだ」

「そんなことが」


 話をすると、ウィルも今回ばかりは哀れみの目でアコニトを見た。

 そのアコニトは治癒魔法でよくなりつつあるが、依然として予断を許さない状態だ。

 彼女の得意な毒は彼女自身に効かず、クスリによる痛み止めも近くにクスリがないためできていない。


「すごい火力ですね」

「うん。今までで一番怖い炎だったかもしれない」


 ウィルは微妙な表情である。

 火魔法を得意とする彼の炎よりも怖かったと捉えられてしまったようだ。


「いや、ウィルの火魔法が弱いって言ってるんじゃなくてね……。ウィルの火魔法は『強い』で、さっきの火は『怖い』というか」


 意識が戻ってくると、さほど強い火ではなかったとわかる。


 最初の竜の炎は、一瞬でアコニトを炭にした。

 ウィルの火魔法だって、金属ですら溶かしてしまうほどの熱がある。

 しかし、先ほどの炎はアコニトの尻を黒焦げにする程度だ。


「なんというか、素人目でも火の質が違ったんだ。――見ればわかる。とにかく怖い火なんだ。また作ってもらうから見てみて」

「それがいいだろうな」


 黙って聞いていたおっさんも横で賛同している。

 彼の意図はよくわからないが、木村もとにかく一度見てもらいたいほどの炎であることに違いはないので頷いて示した。


「楽しみにしておきます」




 さっそく翌日に、また同じものを作ってもらい試すことにした。


 もちろん今度はアコニトではなく、ダミーの物体を使う。

 しかもカクレガの内部では危険なので、外の燃え移るものがない開けた場所である。


 アコニトは昨日から意識が曖昧だ。

 医務室でペイラーフ指示のもと、正式に痛み止めとして麻薬が使われることになったと言えば彼女の状態がわかるだろう。


 木村としては殺してあげた方がリセットできて楽ではないかと思う。実際、口にした。

 ペイラーフは殺した方が楽ということは認めつつも、彼女に対し医者として「治療する」という言葉を放った責任を取ろうとしているらしい。

 殺して楽にするという選択は、医者として最後の最後にとっておくようである。

 木村もそれ以上は何も言えなかった。


「それでは、見てみましょう」


 ダミー物体が、クッションから遠隔操作で持ち上げられると一瞬で火柱が上がった。

 昨日とは距離や空間が違う。さらに焼かれているのも生物ではない。

 しかも二度目なので木村はこんなものだったかと首をかしげる。


 やはり、初めて目にしたときの意表を突かれた勢いと、狭い空間で押し寄せてくる炎の臨場感、加えて焼かれている人がいるという現実があの恐怖を作ったのだろう。


 燃え終わるとダミーの物体が黒くなって転がった。


「なんか見直すと、思ったよりも微妙だった。ウィルの炎の方が強いね」


 正直な思いを木村は述べる。

 ウィルの炎なら、あの物体も黒くこげでは済まないだろう。


「……いえ。ええ、はい」


 ウィルは思案している顔だった。

 恐怖とは違う。


「――参考になりました」


 一言だけ述べて、カクレガに戻っていく。

 考えごとをしているのがわかるので、木村も声をかけない。

 代わりにいろいろわかっていそうなおっさんに理由を尋ねてみることにした。


「炎の裏側を見つめたんだぞ。見事なものだ。対象があんなものでも察することができるんだからな」

「炎の裏?」

「属性としての炎から、力としての炎に意識が拡張できたんだぞ。あの炎には痛みを持たせる力が含まれていたからな」


 前半はよくわからないが、後半から察するに炎に効果を付与したのだろうと木村は考えた。

 漫画やらゲームでも似たようなものがある。


「属性を混ぜたってことだよね。あるいは付与したというか」

「違うぞ。木村にあの炎を言葉で説明するとだな……」


 おっさんはそこまで言って立ち止まった。

 よほど言葉で説明するのが難しいようでなかなか口を開かない。

 もとより言葉よりも力で示すことが多いので、そもそもチュートリアルに向いてないんじゃいかと木村は思いつつある。


「先ほどの炎は、昨日と違って見えなかったか?」

「見えたけど、場所や状況が違うからでしょ」

「そのとおりだ。それでは、なぜ場所や状況が違うと炎が違って見えるんだ?」

「えっと……、だってそれは判断する材料が変わるからじゃない。距離が違うと熱の感じ方も違うし」

「そのとおりだ。だがな、もっと別の考え方もできるんだぞ」

「例えば?」

「そもそも炎が違った。あの炎は別の炎だった。だから当然として見え方も変わった」

「違う炎ではないでしょ。同じアイテムだったんだから。……いや、でもアイテムによって差があるかもしれないのか」

「どちらもそのとおりだ。アイテム差はあるが、炎はほぼ同じだ」


 先ほどから“そのとおりだ”と肯定されてばかりだ。

 考えがうまく回らなくなりつつも、あれこれ肯定されて話に矛盾が起きている気がしてくる。


「けっきょくのところ、どういうことなの?」

「炎の違いは、ただの木村の感想ということだ」


 それはまとめすぎではないか。

 「それってあなたの感想ですよね」とか言い始めれば、なんだってそうなってしまうだろう。


「だがな。逆に感想を現実に近づけることもできるんだ。痛みという感想を抱くような、炎を作り上げることもな」


 続いた言葉で木村はなんとなくわかったが、きっと自分はわかっていないともわかっている。

 こういう意味のわからなくなってくる話になるときは、経験として彼の知り合いが出てくる話だ。


「もしかしてだけど、それが得意な知り合いがいたりする?」

「いたぞ」

「いた?」

「もういない。意識の裏側に消えてしまったからな」


 言葉だけ吟味すれば寂しそうだが、まったく寂しそうではない。

 むしろ精々したというような顔つきである。


 もちろん、これも木村の感想でしかない。




 数日後、ようやくアコニトの体調が平常に戻った。


 少なくなっていた苦情の件数も、彼女の復帰に従い増えてきた。

 そして、王都近辺でのイベントも終了し、カクレガは自由な移動が可能になった。


 当初の目的地である滅亡したグランツ神聖国も、遠回りをしつつもかなり近くなっている。

 東にまっすぐいけば、衰退しつつある帝国を通ってたどり着く。


 ようやく東に行けると思った翌日には、カクレガは強制的に南に舵を切った。

 毎日通っていたデイリーも音沙汰がなくなる。


 どうやらイベントストーリーが近づいていることを木村は悟った。

 カクレガの船首の延長線上にある国の名はパルーデ教国。


 ケルピィやメッセからも噂は聞いている。

 人間以外を認めず、そのためならあらゆるものを利用する国だと。


 もはや嫌な予感などを通り越して、明確に悪いことが起きると言える。

 おそらく人間以外のものが大量に溢れる。

 結果としてどちらかが滅びる。


 きっと人側だ、と木村は考えた。

 これは予想や予言などという曖昧なものではない。



 ある意味で約束された滅亡の未来である。


 異世界の歴史がまた一ページめくられ、古いページが一枚破られ燃やされる。



 アコニトの尻のように、痛みを込めて念入りに灼き尽くされるのだ。

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