78.ピックアップ
待ちかねたアコニトのピックアップガチャが始まった。
初期のころにもやっていたが、そちらは見送っていた。
当時はアコニトがここまで強くなるとは思ってもみなかった。
攻略ページがあれば引くべきキャラもわかるのだが、そんな便利なものはない。
本来のソシャゲと違い、異世界独自のトロフィーシステムもあるので、想定外の強化パターンもある。
そのため、仮に攻略ページがあったとしてもおすすめキャラが異世界でもおすすめとは限らない。
カクレガでの共同生活や性格といったソシャゲにない要素もまた然りだ。
ただ、アコニトでも生活できているので大抵のキャラなら受け入れることは可能だろう。
現状で一番よく使い、今後も世話になるであろうアコニトの覚醒値を上げておきたい。
1凸でも大幅に強くなったので、完凸にすれば別次元の強さになると思われる。
ついでに言うと溜まってきたガチャチケットを使いたかったのもある。
るんるんとスキップ混じりで木村は自室に戻った。
ガチャもいつの間にか天井機能が搭載されており、200連でキャラ交換できるようになった。
ガチャチケット数は151枚しかないが、天井交換用の引き換えアイテムが50個だけ補填されて配られているので、現枚数でも天井ができる。
引き抜けば確実にアコニトが来るのだ。
木村は覚悟を決めた。
――ここで全てを出し切る。
ボス戦でも水の館でも決めなかった覚悟を木村はガチャで決めた。
あれらはキャラや異世界の住人たちにとっての戦いだが、ガチャは木村にとっての聖戦だ。
覚悟を決めると世界が晴れやかに見えた。
いつもと変わらぬはずの面白みのない部屋が、普段よりも輝かしく彼には見えている。
無論、錯覚である。
チケット10枚払えば無料で10連まわせるんだからほんと凄い。
しかも200枚払えば、欲しいキャラが無償でもらえる。実質ボーナスだ。
脳内麻薬が分泌され、すでにおかしくなった頭で木村はガチャを引く。
木村には習慣がある。
全てのリソースをガチャに回すとき、10連ぴったしで終わるようにする。
すなわち今回持っている151枚のうち、端数の1枚を一番最初に単発ガチャで処理する。
これは運試しでもある。
もしもこの1枚で☆5が来たらどうだろうか?
単発で来た! と気分が上がっていく。残りの10連ガチャにも期待がかかる。
なお他人の「単発で来た!」とかの報告は要らない。あれはゴミだ。スマホを床か壁に投げつけたくなる。
木村は深呼吸をした。
両腕を横に伸ばし、胸を大きく広げ呼吸を通す。
そして、ガチャボタンをポチッとな。
すぐさま扉が現れる。
「……まあ、何となく予想はしてた。」
扉の色は☆3の白でも、☆4の金色でもない。
ましてや虹色でもなかった。
ボロボロの木の扉だ。
だいたいイベント後の扉はこのパターンが多いので予想はしていた。
ささくれだった木の扉を注意深く押すと、蝶番のイカれた音とともに、傾きつつ扉が開いていく。
差し込む光だけは☆5と同じで眩しい。
むしろ扉がしょぼいぶんだけ、より眩しく感じる。
光りが収まると姿が見える。
そのシルエットを認識して、木村は思わず身構えた。
水の館の最奥で見たシルエットと同じだ。
女性の体型で、肩口で切りそろえられた髪、伸びた背筋。水の女である。
しかし、今回は水ではないので表情が付いている。
真剣そのものの表情で目つきは鋭い。
「シエイです」
事務的かつハキハキと女が告げた。
木村は彼女の名前と性能はケルピィやメッセから聞いていた。
彼女のシルエットも水の女で知っていた。
実際に会うと、聞いていたとおりの人だ。
いかにも硬そうな雰囲気で、笑いを知らない表情をしている。
泡列車で会ったケリドと似た雰囲気だが、こちらの方が冷たく、研ぎ澄まされている印象がある。
木村は困惑している。
ケルピィたちもいるのですぐ案内すべきだろうか。
また、初っぱなが☆1だが、ガチャの流れを止めるべきかどうか。
木村は頭を振った。
ガチャの流れはすでにできている。
ここで立ち止まってはならない。最後までやり遂げるのだ。
視界端にあった10連ガチャを押す。
扉が順々に現れる。9連まで白い扉だ。そして――、
「や、やった! やったーーーー!」
木村は両手でガッツポーズを作る。
10連目で虹色の扉が出た。
幸先が良い。
九つの白い扉を心のこもらない手で押していき、虹色の前に立つ。
木村は知っている。ピックアップというものは往々にして仕事をしない。
すり抜けなんて日常茶飯事。どうでも良いときだけ仕事をして、本当に欲しいときはすり抜ける。
「まあ、最初だから……」
すり抜けたときの落胆を保険として自らの心にかけつつ、虹色の扉を彼は押した。
もはや扉の触感が違う。虹色の扉は触れただけで力がみなぎってくる。
「儂を呼び寄せるとは愚かな人の子がいたものよ」
懐かしの台詞である。
異世界に来た頃を思い出してしまう。
そして、願ったとおりのキャラがすり抜けず無事に来た。
二つが重なり、木村は思わず視界が潤んだ。
「やったぁ……。やった! やったんだ! 大勝利!」
「……なんだぁ?」
このアコニトは外での記憶がまだない。
いきなり呼ばれたら、大喜びのガキがいたので不審がっている。
「アコニトだ!」
「いかにも。儂だぁ」
「アッコニト神! アッコニト神! ようこそカクレガへ!」
木村はあまりの喜びに思わず手拍子を打った。
アコニトも最初は怪訝だったが、自らを呼んだ存在が心から喜んでいることを察し、嬉しくなっている。
神として招聘されることは彼女としても決して悪いことではない。
それが心からのものであればなおさらである。
「儂もすてたもんじゃないなぁ。さすが儂だぁ」
アコニトが煙管をふかし、表情の緩みを抑えようとするがなかなかうまくいってない。
木村は喜び、アコニトも喜ぶ。Win-Winである。
アコニトが扉へ向かってくるのを、木村は引き続き手拍子を打って出迎えている。
木村の隣では無表情のシエイも流れを読んで一緒に手拍子を打った。
通常であればキャラの時間は止まるのだが、初召喚で前回召喚画面からの連続召喚だったのでシエイも動けている。
この場で一番困惑しているのは間違いなくシエイである。
木村はシエイを知っているが、彼女は木村をわずかしか知らない。
ハムポチョムキキ平野で見た化物たちを従えていた謎の少年である。
彼女の最後の記憶は、謎の男に、ハッピートリガーやケルピィらが結晶化されるところまでである。
なぜ、自らがここにいるのかがまったくシエイには理解できない。
さらに目の前の少年は説明もなく、不思議な儀式を始めた。
シエイもアコニトを見ているが、彼女が地下の迷宮で見たときよりも神力がずっと大きい。
もはや本当に神のような神力を纏っている。
ひとまず少年と同様に、手拍子を打って彼女は難を逃れることにした。
「どんどん引こう!」
アコニトが扉から出てくると光になって消えた。
木村は勢いに乗って続けて10連召喚をポチる。
扉がまたしても現れる。
途中の扉にはまったく期待してなかったが、まさかの三つ目で虹色の扉が現れた。
しかも、最後の扉がまたしても虹色の扉である。
「うっそぉ……」
木村の記憶にある限り、初めて見る現象だ。
もちろん他のソシャゲならある。
このカゲルギ=テイルズはかなりガチャが渋い印象なので、正直10連目の確定☆4以上以外では虹色の扉は出ないと彼は考えていた。
しかも、10連で二回も☆5が来るとはまるで考えていない。
「来てるな……」
ビッグウェーブだ。
神がかっているほどの引きである。
もちろん両方ともすり抜けの可能性は捨てきれない。
しかし、すり抜けたとしてもこの☆5二枚引きだけで感情的にはおつりが来る。
「乗るしかない!」
木村は二つの白い扉を無造作に押し、三つ目の扉を注意深く押した。
「儂を呼び寄せるとは愚かな人の子がいたものよ」
「嘘だろ」
来ちゃった。
「おいおい。まさか今さら後悔し――」
「アコニトだああああ! やったああああああ!」
「……なんだぁ?」
木村は飛び上がった。
両手を頭上で叩き、隣にいたシエイの手を掴んでクルクル回る。
「良かったですね」
「やったよおおおおお! ようこそ! アコニト!」
木村はまたしても手拍子を打って、アコニトを出迎える。
シエイも彼に倣って手を打った。
アコニトも最初は怪訝だったが(ry。
「かぁああー。儂もすてたもんじゃないなぁ。さすが儂だぁ」
アコニトは先ほどよりも喜ばしそうである。
もはや照れもせず満面の笑みを浮かべている。
まさかここまで歓迎されて、自爆で殺されているなどとは思ってもいない。
「儂が来たからにゴッ――」
「えっ」
アコニトが扉から出る直前に見えない壁で阻まれた。
完全に油断していた状態で顔面を強く打ちつけ、アコニトは仰向けに倒れる。
彼女の専用武器である煙管だけが転がって木村の足下にきた。
そして、煙管は光に消えていく。
扉も閉まる。
「……そういや専用武器があったんだ」
木村も失念していた。
必ずしもキャラという訳ではない。
それでもアコニトが強くなることに間違いない。
まだ、虹色の扉はもう一つある。
木村は白の扉を押していく。
そして最後の虹色の扉だ。
さすがに三連続アコニトが来るとは考えづらい。
「儂を呼び寄せるとは愚かな……さっきの小僧じゃないかぁ。儂の煙管を返せぇ」
「……しゅごい」
語彙力がもはやなくなってしまった。
アコニト三連続。どれだけ木村のことが好きなのかと疑ってしまう確率だ。
木村は黙って拍手で出迎える。
シエイも同様だ。木村は泣いているが、シエイは無表情である。
アコニトは警戒している。彼らにではない。
見えない壁があるんじゃないかと、手で確認しつつゆっくり扉に近寄る。
アコニトが扉から手を出したところで、木村が手を差し出して彼女を力強く引いた。
今度こそキャラだったようで、アコニトも苦しゅうないという顔で光に消えた。
次からの30連は金色の扉しか出てこない。
60連目で虹色の扉は出てきたが、遠征に出したキャラだったので意味がない。
さらに30連を引くが金色の扉ばかりだ。
覚悟はしていたが、さすがに木村も焦りが出てくる。
100連目も白9に、金色1だ。
ため息まじりに、ぐるりと扉を開けていく。
最後の金色の扉に手をかけると、扉から抵抗を感じた。
「ん?」と違和感を覚えると、扉の色が金色から虹色に変わる。
「お、おお!」
木村の不安と焦りが消し飛んだ。
すり抜けはあるだろうが、虹色の扉というだけで精神が安定する。
しかも金色からの虹色への変化は劇的だ。
そのうち癌にも効くようになる。
「儂を呼び寄せるとは……まぁた、小僧かぁ」
アコニトの口調は呆れが多分に含まれているが、顔はまんざらでもなさそうである。
木村は大喜びでシエイの腕を掴んでブンブン振っている。
シエイも半ばやけになり、一緒に腕を振った。
なお、新キャラがいくつか出ており、彼らも一緒にアコニトの出現を見届けていた。
彼らと一緒に拍手でアコニトを迎える。
まるでとあるアニメの最終回のようだったが、誰も「おめでとう」とは言わない。
迎えられるアコニトも顎を上げてドヤ顔で一同を見渡す。
念のため、見えない壁がないか確かめ、ないことを確認してほっと一息ついた。
「出迎えご苦ふぉ――」
アコニトが一同に声をかけると同時に、彼女の立っていた床が消えた。
彼女はそのまま落ちていく。穴が塞がり、その中から吐き出されるように煙管が転がって出てきた。
「そんなパターンもあるのかぁ」
キャラだと思っていたので木村はやや落胆する。
多かったチケットもついに残り50枚だ。
ぶっちゃけアコニトのキャラ2、専用武器2なので、この時点ですでに悪い成果ではない。
すでにキャラが1凸状態なので3凸だ。
残りの50枚も引くことにした。
運が良ければ完凸も目指せるだろう。
ところが運は使い切ってしまったようである。
そこからの40連は金色ばかりだ。
最後の10連も希望を込めて引くが、残念ながら白9と金色1の定番パターンだ。
金色がアップすることも願うが、今回は普通に開くだけだった。
「私を呼んだのは貴殿か。よろしい。ともに進もうではないか」
「……あ」
なんだかんだで縁がない金色の騎士さんが出てきた。
名前は覚えていないが、ゾルと同じ陣営のキャラらしい。
木村の顔に滲んだ落胆が消えていく。
希望はまだあった。
このパターンは前にもあった。
木村は期待に満ちた顔で、扉の中を見つめる。
「そこまで喜んでくれるとは、騎士冥利に尽きるというものだな」
金髪の騎士が、木村の顔を見て喜んでいる様子だが残念ながら違う。
「来い。頼む。来てくれ」
「ん? もう来ているぞ」
「おやぁ。もしかして儂のことかぁ?」
「きたぁああああああ!」
木村はガッツポーズからの空中への喜びパンチである。
「おぼこは寝ておれぇ」
アコニトが金髪騎士に煙を吹きかける。
崩れ落ちる騎士を支える素振りさえない。
倒れた騎士を踏みつけ、一段高い位置で木村たちを見渡す。
これがアコニトだ!
木村の待っていたクソアコニトがやってきた!
YA -! YA -! YA -!
「アコニト has come! アコニト has come!」
木村は一人で拍手する。
他のキャラはアコニトの行いが目に留まり手は動いていない。
呼ぶ方が呼ぶ方なら、呼ばれる方も呼ばれる方である。二人はどこかダメなところが似ている。
「アコニト has ……あ」
木村が「しまった」と思ったのは、アコニトの後ろから来る黒いキャラが見えたからだ。
金髪の騎士が倒されるところを見たのなら、さらにこの可能性も考えるべきだった。
フルアーマー状態のゾルが徐々に近づいている。
アコニトは拍手と連呼が止まったことに違和感を覚え、後ろを見た。
そして、その存在を認識した。来たるべき黒い鎧は自らの敵である、と彼女は正しく認識した。
アコニトは果敢に戦ったと言えるだろう。
しかし、扉の外はトロフィーの効果がないようで、相性差が如実に現れている。
毒は効かず、専用武器も持っていないアコニトでは、完全装備のゾルに勝てる道理がまるでない。
最後はアコニトが鉄骨で潰された。
アコニト has gone。
フルアーマー状態のゾルが無言で扉の前に立つ。
アコニトが来なかったのは残念ではあるが、ゾルもまた主力の一人。
「ようこそ、ゾル。金色のクワガタが待ってるよ」
彼女は無言で頷き、扉をくぐり光となって消えた。
これにて151連のガチャが終わった。
終わってみるとあっという間だ。花火大会が終わった後の虚しさと似ている。
もっと続いて欲しい気持ちと、続きがないとわかっている儚い気持ちだ。
時間が動き出し、キャラたちをそれぞれ案内していく。
新キャラも多かったので、かなりの時間を取られた。
同陣営のキャラを紹介して、部屋も増築した。
さらに、ケルピィやメッセに復活したシエイを連れていった。
二人……一人と一機も喜んでいた様子だ。
聞いたところでは、同じ隊員というだけでなく、過去の戦争時代からの付き合いらしい。
シエイもどこか緊張が抜けていたように木村からも見える。
今さらだが、出てきていきなりガチャに付き合わせたのは悪かったなと彼も思った。
全員を案内し終えて、彼は最後の楽しみを実行すべく部屋に帰る。
「……待てよ」
木村はふと思いつき、途中で寄り道をしてから自室に戻った。
部屋の真ん中に立って、引換券の201枚を見た後で、メニューからアイテム使用へ移る。
引き換え対象からアコニトを迷わず選んだ。
虹色の扉が目の前に現れる。
木村は軽く一呼吸をして、その扉を押した。
「儂を呼び寄せたのは、やはり小僧、お前かぁ」
「うん。いろいろと不憫だとは思うけど、謝らないよ」
「……まあ、いいわぁ。でぇ、儂の煙管はあるんだろうなぁ」
「もちろん。持ってきた」
木村は扉の向こう側にいるアコニトに煙管を差し出した。
自室に帰る前、アコニトの部屋に寄って、クスリでヘロヘロになっていた彼女の足下に転がっていた煙管を拝借してきた。
アコニトは扉越しに、木村の差し出した煙管を受け取り、その場で一服する。
木村も余計な言葉をかけず、その姿を見ている。
「儂をここまで呼んだ奴はおらんぞぉ。いったい何がおきとるんだぁ?」
「うーん。正直に言うと、よくわからない」
「なんだ、それはぁ?」
「アコニトの言葉を借りれば、三流の女神に目を付けられて、いろいろ迷惑を被ってる状態かな」
「困った神だぁ。これだから三下はダメなんだぁ」
その言葉はそっくりそのまま返してやりたいが、木村は堪えた。
「どぉれ。熱心な信仰に応えて、一流の神の姿を三流女神に示してやるかぁ。――いいかぁ、儂がこんな雑多な役務をすることなぞ滅多にないぞぉ。心しろぉ」
木村も思わず笑ってしまう。
酒を飲むために、対価としてトイレ掃除をしているとはとても言えない空気だ。
彼が手を差し出すと、アコニトもその手を取った。
彼女が扉から出てきて光に消える。
こうしてアコニトピックアップは終わった。




