75.ローグ「水の館 ph7.0」4
ローグライクを中心としたイベント群も三日目に入った。
三日目は、朝から討滅クエストⅡの様子を見て、デイリーを消化していく。
二日目と同様にいったんカクレガに帰って休んで、昼はゾルと一緒に、水の館で本日の部屋配置調査と選択肢埋めをしていった。
「遠ざかってるって」
ゲージを下げる方向で行動していくとどうなるかを検証していると、ケルピィが報告してくる。
良い報告だ。
どうやら考えどおり、用心棒たちが離れていっている。
探索する範囲が広がり、時間も増える。
そんなことはなかった。
選択肢を埋めながら進めると、ゲージがあっという間に上がる。
さらに選択肢によってモンスターハウスやダメージを受けることであっけなく退場となった。
「夜になったらテュッポで攻略して、その後でウィルくんで行けそうだよぉ」
ケルピィはそう言うが、木村はそんなにうまくいくか怪しいと考えている。
選択肢がおおかた埋まったからと言っても、ローグライクはランダム性があるので難しいのだろう。
そもそもこれはローグライクなのかと木村は疑問を抱いている。
選択肢や変なイベントが多いのはそれらしいが、ランダム性は用心棒の動きくらいだ。
部屋の選択肢は固定されており、一日だけなら部屋の配置も固定される。
ミニゲームだとすればそこそこの出来だろう。
本格的なローグライクとまでは言えない。
あるいは何かのテストなのか。
夜になり、予定どおりテュッポで水の館に挑んだ。
昼にゾルでもう一回挑んだので、配置もほぼわかっている。
ケルピィの案内に従って移動した。
選択肢もほぼ自動だ。
ケルピィが試したいと言うことで、用心棒の一人――慚愧一閃と戦うことになった。
「“逃げる”、でね」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
木村はケルピィの指示に従い、“逃げる”を選択する。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
前回と違い、おっさんは逃げようとしない。
テュッポがすでに臨戦態勢に入っているからだろう。
逃げるは選んだが、素早さを上げるために選んだだけとわかっている。
木村としては、あまりキャラがやられるところを見たくない。
ゲージも下がっているので、このまま奥の部屋へ行ってみたいところだ。
しかしながら、ウィルによる次の本格攻略に備えて、戦いに備えることも重要と言える。
「参るのである!」
テュッポと水の刀使いの戦闘が始まった。
今回は戦う場所を考えている。
相手は長物で、こちらは形態が変わると言え徒手空拳だ。
狭い位置で戦闘を引き起こし、相手が出てくる扉のぎりぎりに移動している。
距離を瞬間移動で潰され、その際に相手を見失うのを防ぐためだ。
作戦が功を奏した。
瞬間移動はなくなり、相手は一瞬で構えを作る。
そして、木村が気づけばすでに抜刀していた。あまりにも速すぎる。
「ふんぬっ!」
抜刀からの居合い斬りをテュッポは受けたが倒れていない。
アイテムの効果が発動している。
“ロケット:大切な人の写真が入ったロケット。相手の攻撃を一度だけ無効化。一戦闘中に一度だけ発動する。”
ハッピートリガーや福音といった多段攻撃系には意味のないアイテムだが、慚愧一閃には効果があった。
おそらく慚愧一閃の初撃あるいは抜刀からの一撃は何かのスキルが付いている。
あまりにも一撃のダメージが大きい。
これはケルピィが話していたことだ。
彼がまだ水でなかったとき、地下の迷宮を攻略しているときもそうだったらしい。
刀をぬくときだけ、魔物に異常なダメージを与え、抜いてからは普通に振り回していたとか。
「ぬぅん! せい!」
予想は正しかったようである。
ドアハンドル付きの物理アップ打撃が慚愧一閃を襲っている。
相手に超接近することで、慚愧一閃に刀を振り回す隙も鞘に収める隙も与えない。
猛ラッシュだ。
木村はふと考える。
これはリハーサルのはずだ。
次のウィルの挑戦こそが本番である。
「あれ……? これ、倒せちゃうんじゃない?」
そう言っている間にもテュッポの打撃は止まらない。
ゲージを下げることで相手の動きも鈍っているようで、慚愧一閃の動きも良くない。
そして、テュッポの拳が慚愧一閃の胴体を貫いた。
慚愧一閃の体が水となって、地面に吸い込まれていく。
「雪辱を果たしたのである!」
倒せてしまった。
どうせ倒せないと諦めていたので、結果をぼんやりと見ていた。
ソシャゲでも諦め半分の何となくな気持ちで挑み、なぜか倒せてしまったときはこんな意識だった。
感情が現実に追いついてこない。
「キィムラァ。やったな。用心棒の一人倒したぞ。おっ、“一文字咲影”を手に入れたぞ」
水の刀をおっさんが拾い上げて渡してきた。
どうやら用心棒もアイテムをくれるらしい。ゲージの上限はないようだ。
“一文字咲影:其の一閃、避けること能わず。最初の一撃の威力が大幅に上昇し、回避不可が付与される。一戦闘中に一度だけ発動する。”
ロケットと同じように一戦闘中に一度だけ発動するタイプである。
どれくらい初撃が強くなるのか試してみたいところだ。回避不可はおまけ程度だろう。
さっそく次のフロアにいた青の魔物で試すことにした。
「やるのである!」
そう言ったテュッポの姿が消え、気づけば魔物の上半身が消し飛んでおり、溶ける魔物の前にテュッポがいた――木村に見えたのがこれである。
木村も驚いたが、テュッポも驚いている。
テュッポ本人が言うところでは、「魔物を殴ると決めた瞬間」に、すでに相手を殴っていたとのこと。
木村には意味がわからない。
「“因果律の収斂”だな。『回避できない』という結果にたどり着くよう『殴打』が引き起こされたぞ」
おっさんが説明してくれたが、木村はやはりわからない。
どうやらおまけと考えていた回避不可がメイン効果だった、と考えを改めることくらいだ。
ケルピィに効果を説明する。
彼はしばらく黙っていた後に、次の目標を告げた。
「ゲージを下げつつ、ハッピートリガーを狙ってみよっか」
勢いに乗ってこのまま兎耳の銃使いを倒すつもりのようだ。
木村もこの考えに同意する。彼の特徴は遠距離からの息もつかせぬ連続銃撃だ。
相手との間合いを詰めて攻撃ができる、このアイテムがあればいけるのではないか。
ゲージを下げることはうまくいっているが、今度は用心棒が遠ざかるのが問題になる。
倒したいのに遠くへ行ってしまい、途中で魔物との戦闘や選択肢に巻き込まれる。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
ようやく追いついた。
まったくこちらには歩いてきてくれてない。
袋小路に追い詰めてようやく戦闘ができる状態だ。
「今回も“逃げる”、で」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
木村はケルピィの指示に従い、またしても“逃げる”を選択する。
前回の選択の効果は切れていない。さらに重なるかを試すといったところだろう。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
「……どう?」
「さらに速く動ける気がするのである!」
テュッポが早口になっている。
どうやら素早さアップの効果は重なっているようだ。
部屋の中に入ると、兎耳の銃使いと戦闘になる。
今は無口だが、生前はとてもよく喋るキャラだったらしい。
「セイッ!」
テュッポの初撃が入った。
相手が銃を抜くよりも速い一撃だ。
ハッピートリガーの心臓部にテュッポの貫手が刺さっている。
テュッポは拳を抜き、さらにハッピートリガーの両手を潰すように攻撃を加える。
今回はあっという間だ。耐久力が少ないのか、それとも初撃が強すぎたのか。
あるいはテュッポの場合、素早さがダメージに反映されているかだ。
ハッピートリガーが完全な水となって床に消えていく。
「油断しないでね」
まだ勝利ではない。
ケルピィからも事前に告げられていた。
ハッピートリガーの異常性は銃ではなく、生存能力だと。
最初に出会ったときも魔物に殺されていたのに復活を遂げたらしい。
「むっ!」
どうやら話は本当のようだった。
一度は床に散らばった水が、またハッピートリガーの形を為していく。
しかし、事前に話を聞かされていたので対応はできる。
復活した際に一撃だけ攻撃されたが、テュッポがあっという間に撃破した。
「キィムラァ。やったぞ。用心棒の一人倒したな。おっ、“ツキトジ製首飾り”を手に入れたぞ」
おっさんが水の輪っかを渡してきた。
首飾りと言うより、あやとりの糸のようである。
ドロップは銃だと思っていたが、どうやら首飾りのようだ。
“ツキトジ製首飾り:飾り気のない首飾り。ツキトジの配下の証。探索中に一度だけ、戦闘不能になっても復活する。復活の際は先制行動が可能になる。”
効果はすごい。
ただ、復活できても先ほどのハッピートリガーと同様な場面もありえる。
力量差がありすぎると、復活したところで倒せないだろう。先制行動が可能のようなので逃げることもできるのだろうか。
「用心棒はあと一体だけど、どうする?」
木村としてはここが一番気になるところだ。
正直、ウィルを待たずしてボス部屋に突入できそうな状況になった。
しかし、用心棒も残り一体――福音だけなので、倒すことができればさらに状況が良くなる。
「ゲージの減少で相手の力が下がってることも確認済みだから、もしかしたら倒せるかもしれないねぇ。でも、情報収集をメインにするなら――」
「倒すのである!」
テュッポはやる気満々だ。
昨日、フルぼっこにされたのを根に持っているらしい。
木村が頷くと、ケルピィもわかったという様子で、ナビを始める。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
福音はハッピートリガーよりも楽に遭遇することができた。
どうやら、この福音とやらは道に迷う傾向がある。
こちらから逃げているはずだが、変な道に入ったり近づいたりしてきた。
元の遭遇率が低かったのは、おそらく道を間違えて進んでいるからだったのだろう。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
選択肢は出てきたが、今回は指示されていない。
攻撃と防御を取るか、さらなる素早さを取るかだ。
木村は素早さ全振りが見たくなり“逃げる”を選択した。
相手は防御力が高いので、攻撃の方が重要かもしれないがもう遅い。
「逃げるんだな。素早さが上がったぞ」
「また素早さだけど、どう?」
テュッポは言葉を出さず、拳を空中に打ちつけてみせた。
パンッと破裂する音がした。
「えっ! 今の音って?」
「仕上がっているな。存分にやるんだぞ!」
「無論である!」
おっさん同士で謎の理解をしあって、福音のフロアにテュッポが入った。
けっきょく木村は今の音が何なのかわからない。
入った瞬間に破裂音が響いた。
テュッポはすでに福音の前にいて、福音がテュッポの拳の前に手を掲げている。
どうやら最初の一撃を防いだらしい。確かに回避は不可だが防御は不可と書いてなかった。
実際、木村たちも攻撃を無効化して防いだ。
木村は二人の戦闘を見ているが、正直、何が起きているのかまったくわからない。
テュッポが福音の回りを高速で動いて殴りつけ、福音はテュッポを目で追うのに必死そうだ。
とりあえずテュッポの攻撃が見えない障壁に防がれ、福音の攻撃らしきものもテュッポを掠めるに留めている。
「硬すぎでしょ……」
攻撃力アップに素早さも全振りした状態のテュッポの攻撃を、福音は全て防いでいる。
しかも、見えない位置からの攻撃も完全に受け止めるチート性能だ。
こいつだけ性能が高すぎないだろうか。
もはや絶対防御だろう。
あるいは相性が悪すぎるだけかもしれない。
ウィルが戦えば、遠距離から一方的に攻撃できたのだろう。
福音の防御性能が近づくほど上がっているので、超接近戦は互いの有利範囲だ。
互いに技術を捨て去り、力と力をぶつけあっている。
見えない壁をテュッポが猛連打で殴りつけ、相手に防御を強制させる。
ときどき隙を突いて、福音が攻撃するがどうやってかテュッポは避けてさらに連打を加える。
「持久戦だね。どっちのスタミナが先に尽きるかみたいな」
「その戦いに持ち込むと分が悪いぞ」
おっさんが返答してくれた。
どうやらスタミナは福音の方が上のようだ。
「ちなみに、同じインファイターのおっさんならあれとどう戦う?」
「弱点を突くだろうな」
「え、あの絶対防御に弱点なんてあるの?」
「あるぞ。よく観察するんだ」
木村は二人の戦いを見てみるがさっぱりわからない。
テュッポは全方位から攻撃を仕掛けているように見えるし、どう攻撃しても防がれているようにしか木村には見えない。
フェイントで防御地点をずらしても、やはり本命もきちんと防いでくる。
特殊な技を使って倒すのかと木村は一瞬だけ考えたがすぐ否定した。
「インファイターとして」と前置きして尋ねたので、魔法を使うなんてインチキはなしのはずだ。
「――わかった。掴むんだ。掴んで投げろ!」
ケルピィが声をあげた。
そもそも触れられないから掴めないのでは、と木村は疑問を抱く。
ケルピィの声が聞こえたのであろう。
テュッポは壁を殴った後で、手を開き、そこにあった壁を掴んで捻る。
不思議な光景だった。テュッポが捻ったのは見えない壁のはずなのに、福音の腕が捻られていた。
福音の体勢が崩れのを見逃さず、テュッポは追撃をかける。
見えない障壁に阻まれたが、その障壁をうまく掴み横に振り回した。
福音の体がよじれ、地面に倒れた。
「好機であるっ!」
テュッポは倒れた福音にのしかかり、馬乗りになって殴りつける。
絵面はたいへん良くない。魔物が修道女を襲っているようにしか見えない。
障壁を捻りつつではあったが、徐々に攻撃が通り始めた。
その後も、殴り続けてようやく倒すことができた。
「勝ったのである!」
見映えはともかく勝利には違いない。
「キィムラァ。やったな。用心棒の一人を倒したぞ。おっ、“福音の修道服”を手に入れたぞ」
“福音の修道服:ポケットたくさんの特注修道服。迷ったとき用の地図が入っているが開かれることはない。彼女は迷っている自覚がないのだ。直接攻撃のダメージを九割カットし、直接攻撃のダメージを倍加させる。ただし、遠距離攻撃ができなくなる。”
効果がすごい。デメリットもすごい。
近距離キャラ優遇アイテムだ……というか遠距離攻撃キャラでこれを手に入れたらどうなるんだろうか。
周回ありきとはいえ、一種の罠じゃないか。
ともかくテュッポなら問題ない。
遠距離攻撃がないのだから。
「キィムラァ。見事だぞ。用心棒を全て倒したな。次回の探索から出発時に能力アップが付けられるぞ」
素直に嬉しい効果だ。
しかし、できれば次回はなしにしたい。
「このまま奥に行ってみない?」
すでに一番奥の部屋へ進むための鍵は手に入れている。
部屋を開けると、ボス戦になるはずだ。
「行くのである!」
ノリノリだ。
この勢いは大切にしたいと木村は思った。
どっちみちここで探索をやめるという選択肢はない。
調査なのだから、ボス部屋の様子を見る。そして、倒すべきだ。
今のテュッポなら、ボスであろうと充分に倒せる力がある――木村はそう確信している。
奥の部屋には鍵がかかっており、他の部屋の扉よりもやや大きい。
両開きのようになっており、片方に鍵穴がある。
書斎で手に入れた“主の部屋のスペアキー”を使って挑める。
挑めることは知っているが、まだ開けたことはない。
“開ける”
“鍵穴を調べる”
“立ち去る”
選択肢が出てきた。
木村は“開ける”を選んだ。
過去は選んでも「鍵がないぞ」と言われたが、今回は鍵があるためか台詞が変わった。
「キィムラァ。部屋の鍵を開けると、もう引き返すことはできないぞ。――本当に扉を開けるのか?」
ラスボスに挑む前の注意文みたいな台詞だ。
開けたら他の探索はできなくなる、というアテンションだと木村は考えた。
「テュッポは準備できてる?」
「無論である!」
「じゃあ、開けよう」
“開ける”
“いったん離れる”
“立ち去る”
木村は再び“開ける”を選ぶ。
おっさんが水の鍵をシリンダーに差し込み、ぐるりと回す。
カシャンと良い音がしてロックは解除された。
「さあ、扉を開けるんだ。後戻りはできないぞ」
木村がドアノブに手をかけると、軽く回すことができた。
そのまま押して扉を開く。
外から見えていたが、やや広めの部屋だ。
教室と同じくらいだろうか。
だだっ広い部屋には椅子が二つだけ置かれていた。
その一つの前に、水が満ちて現れる。
木村は緊張した。
隣にいたテュッポも構える。
「シエイだ」
ケルピィが現れた水の人型を呼んだ。
どうやら彼女がシエイと呼ばれる存在のようである。
細身で背筋は伸びている。髪は肩口で切りそろえられており厳格さが垣間見える。
水のため表情は見えないが、堅苦しそうと感じた。
水のシエイは椅子の前に立ったままだ。
テュッポと違い、戦おうという意志は見えない。
彼女はおもむろにもう一方の椅子を水の手で示した。
「キィムラァ。椅子を勧められているぞ。座るんだ」
「え? あ、うん」
木村が椅子に座ると同時に、水のシエイも椅子に座った。
完全な対峙ではなく、やや斜めに向かい合っている状態である。
すぐにボス戦だと思っていたので、なぜ椅子に座ることになったか木村はよくわかっていない。
シエイとやらがこちらを見ており、木村の両脇にはおっさん二人がいる。
極めて謎の状況だ。
「緊張が見て取れます」
「……喋った」
シエイの口が動いたと思ったら声が聞こえた。
簡潔に木村の状態を告げた。
「君はシエイかな?」
「そうでもありますし、違うとも言えます」
「ふーん」
木村では感情が読み取れないケルピィの「ふーん」だった。
無感情ではないと思うが、どんな含みがあるのかがわからない。
「木村くんに質問しましょう」
「はい」
木村がこの世界に来て、初めて正しく「木村」と呼ばれた。
なぜかみながみな「キィムラァ」と呼ぶ。
「木村くんは、自身に課せられた役割を理解していますか?」
「役割? いや、理解してないですけど」
話が変な方にいった。
木村はいつもどおり正直に答えた。
「あなたはカゲルギ=テイルズの主人公としての自覚が足りていません」
「あ、はい。……え?」
木村は叱られて返答したが、ありえない台詞を聞いたことに遅れて気づいた。
なぜ、その単語を知っているのか。そして、なぜ木村が主人公だとわかっているのか。
「あなたに主人公としての自覚を持たせるため、あの子に働いてもらうことにします」
「自覚? あの子? もう少しわかるように話してもらえませんか?」
「説明は不要です。認識は己の中から克明に浮かび上がるものです。自覚しなさい」
「はい?」
話せるなら理解しあえると期待した木村が愚かだったのだろうか。
まったく話が通じない。
「大事なお話し中にすみませんねぇ。あなたのその――シエイの体を返してもらうことはできないものですかねぇ?」
意味のわからない会話にケルピィが割って入った。
木村は助かったと感じる。
「無意味な要望です。この体はしょせんかりそめ。求むは彼女の意識でしょう。……まだ彼女の運命の糸は切れていませんね。この歪みが彼女の糸をもつれ合わせているのでしょう」
少なくとも木村は、水の女が言っていることを微塵も理解できない。
ケルピィは前半こそ理解したが、後半は木村と同様だ。
「よろしい。――ならば、これは必然。今宵、一つの掟を定めましょう。明朝までにあなたが為すべきことを思い出しなさい。さすれば、シエイの糸は地上に降りましょう」
言うべきことは言ったという体で、水の女は床に溶けて消えた。
しばらく床を見ていたが、もう出てこないようだ。
「キィムラァ。水の館の主が現れたぞ」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
また選択肢が出てきた。
意味のわからないイベントが生じてボス戦に移ったようだ。
これなら最初からボス戦にしてくれた方がまだマシだ、木村はそう思いつつ“逃げる”を選択する。
「キィムラァ。逃げられないぞ。どうするんだ」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
少し気になって“様子を見る”を押してみる。
「キィムラァ。様子を見ている場合じゃないぞ。どうするんだ?」
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
無限ループみたいなものだ。
実質、選択肢は一つだけということだろう。
あるいは“逃げる”を選び続けると別の未来が引き当てられるかもしれない。
しかし、木村もそこまで試そうとは思わない。
大人しく“戦う”を選択した。
「キィムラァ。戦うんだな。闘志が隠しきれていないぞ。キャラの能力値が上昇したな」
もはやお約束みたいな流れで能力が上がった。
闘志は意味不明な会話で削がれて、もうゼロだ。それに戦うというが、敵の姿が見えない。
どこだろうと見渡していると、景色が動き始めた。
ゲームオーバーの時のように周囲の水が動き始めていく。
水の館が床部分を残して消え去った。
代わりに水が一カ所に集まり、グニャグニャと変形し、ある姿を為していく。
「あ……」
見覚えのある姿だ。
帝都で最初に出た、強すぎた竜と同じだ。
ただし、体は水で出来ており、体のあちらこちらがぐにゃぐにゃと歪んでいる。
歪んだ水の竜だった。
水の竜は、大きく口を開け、咆哮を上げるポーズをするが声は出ない。
やがて口を閉じて、木村たちを認識し襲いかかってくる。
テュッポが殴りかかり、歪水竜の首を消し飛ばした。
だが、水製ということもあってか、水が動くだけで首が元に戻っていく。
歪水竜は体当たりや水のブレスをしてくるが、福音を倒して手に入れたアイテムが功を奏している。
九割カットのおかげでダメージはほぼない。問題はこちらのダメージもまったくない。
戦っているのを見ているのは楽しいが、あまり意味のない戦いだ。
負ける気もしないが、勝ち目がない。時間ばかりが過ぎていく。無益である。
歪水竜も同じ結論に至ったらしい。
ブレスの構えだが、先ほどまでと比べてずっと溜めが長い。
テュッポも大きな一撃が来ると察してか、距離を取り、避ける姿勢だ。
歪水竜が口を開くが、口から出てきたのは水ではない。
火でも雷でも死の霧でもなかった。
木村にはそれが何かわからない。
ただ、周囲の景色が曲がったように見えた。
「む……」
景色が曲がったのと同様に、前に立っていたテュッポも曲がる。
ぐにゃりと曲がり、引き千切られた。
あまりにも一瞬の決着である。
さらにテュッポが復活しても周囲の歪みが残っているためか、彼はまたねじ曲げられて死んだ。
「キィムラァ。今回の挑戦はここまでだぞ。入口まで戻るぞ」
水のエレベーターで地上に降りていく。
昨日は暗かった地上が今日は明るく見えた。
どうやら上の様子が気になり、住民が灯りを手に外に出てきたらしい。
木村が見上げると、歪水竜が水の天井の上にいた。
水の天井がぐにゃりと曲がり、大きな穴が生じる。
歪水竜はその穴へ、自身の身を投げた。
ゆっくりと降りていく木村たちを横目に、歪水竜は暗い地上に降りたった。
物音と大きな揺れのためか王都が軽くどよめいた。
歪水竜が口を開くと、水の奔流が王都を襲った。
破壊音から始まり、叫び声、泣き声と続き、兵士たちの声も聞こえてくる。
木村はようやく地上に降り立ち、平和な水の館の調査が終わったことを悟る。
そして、討滅クエストが開始されたと否が応でもわからされる。
王都を照らす三日月がやや傾いて、歪な口元に見える夜のことであった。




