74.ローグ「水の館 ph7.0」3
イベント二日目は早くも夜だ。
昼はゾルで水の館に挑戦し、ウィルよりも奥へ進むことができた。
やはり魔法系よりも、戦士系で耐久力がある方が有利だとわかった。
さらに機械玉のケルピィがブリッジとアクセスして、今日までの攻略情報をまとめてくれている。
マッピングから選択肢のまとめ、アイテムの効果まで教えてくれるので助かる。
ケルペディアと木村は呼んでいるが、本人はわかっていない。
ドアハンドルの効果でゾルは剣を振り回さなくても、殴るだけで雑魚敵を倒すことができていた。
物理戦士と水の館の相性が良いことはわかったのだが、ゾルには欠点があった。
本気を出すと、鎧の影響でHPが減少する。そして、戦う前に死ぬ。
時間制限のない調査なので、あまり向いてない。
HPが高い物理系という条件で考えると適役がもう一人いた。
テュッポである。ここのところはデイリーでしか使ってなかったので久々の登場だ。
「吾輩が来た!」
おそらくテュッポは水の館に適していると木村は思う。
ゾルと比べれば防御よりだが、物理攻撃アップのアイテムがあるし、自動HP回復も持っている。
ただ、彼にも問題があった。
見た目が明らかに魔物なのだ。
彼の背中には翼が生えている。
さらに足は蛇であり、地面をにょろにょろ移動する。
今は人間の手にしているが、戦闘のときは鳥の爪や蛇の頭に変えることもできる。
ケルピィからも、「昼間は絶対王都に入れないで」と言われたので夜を待った。
本来はゾルでの攻略が終わったすぐ後からでも、テュッポで挑戦したかったのだが、獣人すら奇異の目で見る王都にテュッポを連れて行く勇気は木村にない。
唯一、顔だけは人間の少年だが、口調や行動が完全におっさんである。
木村はもうテュッポの顔を見ても、少年とは思えなくなってしまっている。
おっさん、ゴードン、テュッポ、最近ではケルピィも入れて、カクレガおっさん同盟ができつつある。
水の館は昼間に光を蓄えていたのか、ぼんやりと薄い光を出している。
暗闇の王都から、ぼんやりと光る館への階段を上っていく。
「ふむ! まこと水の館! ケルピィ殿、案内をよろしく頼むのである!」
「りょーかぁい。まだ調査してない方面で行くね」
「はい。それでお願いします」
ケルピィも気楽そうだ。
ウィルやゾルのときはやや緊張した雰囲気があったが、テュッポとは話しやすそうだ。
最初こそ魔物とあって壁があったようだが、互いに見た目は人外で心はおっさん同士なのでわかりあえる部分があったらしい。
おっさんとは見た目で定義されるものでなく、精神的な部分によるものが大きいと木村は感じた。
昨日もテュッポがカクレガ内でケルピィを案内しているのを見た。
テュッポに国という後ろ盾がないことも大きいかもしれない。
すでにケルピィは肉体を失っているが、王国の人間であるという自覚はまだある。
そのことが彼を、神聖国のウィルやカゲルギ=テイルズ出身のキャラたちと溝を作っているのではないだろうか。
木村たちは水の館を探索していく。
事前にブリッジでもテュッポたちと話はしている。
ゴールを目指しつつも、選択肢の結果を埋めていき情報を確かなものにしていこうという方向性だ。
ちなみにブリッジからフルゴウルが用心棒の位置を確認して、なるべく近寄らない方向で探索を進めている。
現在は一階にある屋上庭園にたどり着いたところである。
なぜ一階なのに屋上庭園が、とかいう疑問はもうない。地下のワイン庫が屋上にあったくらいだ。
二階の廊下に玄関だってあった。つまり、そういうところなのだ。
見たことのない水の花が大量に咲いている。
これに関する選択肢が並ぶ。
“花が邪魔だな……”
“お花に水を与えましょう”
“何もせずに進む”
出た、“何もせずに進む”だ。
選択肢を吟味していて、一つの法則に気づいた。
この“何もせずに進む”の選択肢が出た場合は、残りの二つの選択肢はデメリットがある。
直接ダメージがあったり、強敵が出たり、ゲージが異常に上下したりするが、代わりにアイテムか能力上昇が約束されている。
とりあえず今回は選択肢の効果を調べるのが目的なので、上のものを選ぶ。
「ふん」
おっさんが花壇に手を差し込んだ。
いまいち気合いのこもらない声を出すと、花壇の水の土が空に舞い上がった。
花壇はからっぽになり、花壇の周囲に水の花と水の土が散らばる。もはや水だらけで何がなんだかわからない状態だ。
「キィムラァ。人の家の花壇を荒らすものではないぞ。マナーが良くないな。phが上がったぞ。おっ、“土”が手に入ったな」
ゲージが大きく上がった。過去トップスリーに入る上昇幅だ。
どうやらゲージ上昇のデメリットである。
“土:栄養満点の水の土。育てる花はもうない。あなたが抜いた。土属性のダメージが大幅にアップ。”
説明文が木村の良心をチクチク刺して攻撃してくる。
土属性を使うキャラがいないので、このアイテムは無視していいだろう。
「アイテムはどう?」
「外れでした」
効果をケルピィに伝える。
すぐに彼が「記録したよ」と返答してきた。
ケルピィの内部的に、どう処理されているのか木村は気になった。
ブリッジと繋がっているのは聞いたが、体の認識が広がったようなものなのだろうか。
用心棒の動きを観察してもらってわかったのが、彼らは別々に行動しているということだ。
一緒にいるときもあるが、基本的に三人が別々で行動する。
水の館を攻略中は、木村たちが一部屋を移動したときに彼らも一部屋を移動する。
ターン制で動いているようである。廊下を移動中はやや挙動が異なるが、そこまで大きく移動することはない。
さらにゲージを上げると、木村たちへ移動してくる。
ゲージの初期値7.0付近ではランダムに動くようだが、上がってくると露骨に狙ってくる。
マックスの14に達すると、ターンによる行動制限も関係なく三人全員の襲撃がある。ゲームオーバーだ。
それではphを7.0から下げ続けるとどうなるか?
まだ試していない。上げるのは簡単だが、下げるのは地味に難しい。
選択肢で下がることは今のところない。基本的に青の魔物を倒したときだけ下げることができる状態だ。
「下がりづらいなぁ」
赤と青でそれぞれ魔物がいる。青が異様に多いようには見えない。
魔物の強さにより撃破時の上下の幅は変わるが、狙って青だけ倒すのはなかなか面倒である。
逃げることもできるが、追ってくる個体もあり、追うのを諦める個体との違いがまだわかっていない。
とにもかくにも、全体的に赤の方へ上がりやすいように設計されていることがわかる。
ゲージが大幅に上がってしまったので、青の魔物を狙って進んで行く。
進んではいるものの、あまり下がらない。赤の魔物を巻き込むことが多く、とんとんになってしまう。
選択肢イベントで上がる分だけ、ゲージが上へ上へと行き、用心棒たちがこちらにやってくる。
「キィムラァ。用心棒の一人がこちらに歩いてくるぞ」
進んでいくとおっさんが声を出した。
フルゴウルにも観察してもらっているので近づいていたことは知っている。
悪魔みたいな角をした用心棒だ。
福音と呼ばれていて、山羊の獣人だったらしい。
ハッピートリガーと呼ばれる兎の獣人は銃。
慚愧一閃なる猫か黒豹かわからない獣人は刀。
どちらも武器から地球産のキャラだとわかりやすい。
この山羊の獣人が何を武器にしているのかわからない。
アコニトは銃で撃ち貫かれ、刀で袈裟斬りにされ、最後は壁に挟まれるかのように圧し潰された。
ラストの圧し潰しが山羊の獣人の技なのは間違いない。ケルピィも弾を弾いていたという。
音ではないかと彼は言うが、音でアコニトが潰されたりするとは思えない。
本人に近いほど強い壁を作ることができていたとケルピィは話す。
周囲でわずかな振動を感じていたとも言うので、木村は気体操作ではないかと推測した。
何らかの気体――空気中だとすればおそらく窒素だろうか――の密度操作が可能なのではないか。
本人から近いところほど密度を厚く操作でき、遠くなると操作ができなくなる。
気体操作で空気が揺れたことで振動や音を感じたのだろう。
この説明にウィルはいまいちピンときていないようだった。
逆にフルゴウルはもっともらしいと頷いてくれた。
地球の文化に近いソシャゲ世界ならではの理解だと木村は考えている。
ともかく福音なる用心棒がやってきた。
水のシスター服で、やはりどうやっても角が目立つ。
選択肢は“戦う”で攻撃と防御が上がることも確認済みだ。
テュッポの能力を底上げしておく。
遠距離キャラとハッピートリガーが相性が悪いように、この福音は近距離キャラと相性が最悪だ。
こちらの近接攻撃が全て見えない壁に阻まれる。
火と風の力も☆のダウンとともに弱体化されてしまったテュッポでは有効な手段がない。
見た目はおしとやかそうな姿なのに、バリバリに近接戦闘を仕掛けてくるので正直見ていてギャップがすごい。
ちなみに慚愧一閃なる猫っぽいのは、近距離だろうが遠距離だろうが関係ない。
遠かったら一瞬で間合いを詰めてくるし、近距離なら一瞬で真っ二つにされる。会敵一閃、調査終了である。
夜の調査が終わって、カクレガに戻った。
ブリッジに行くと、本イベントの調査グループが集合していた。
先ほどぼこぼこにやられたばかりのテュッポもいる。
立ち直りの速さには驚きである。
ウィルはやられると、対策を必死に練るのでなかなか再挑戦できない。
テュッポは負けず嫌いなようですぐに再挑戦を所望してくる。
アコニトは死ぬと不機嫌になりクスリに走る。
死ななくてもラリってる。
アコニトはいないが、対策会議を始めた。
どうせ彼女はいたところで話を聞かないので、いないほうが他のキャラの精神が落ち着く。
「明日も引き続き調査をしていこう。三十個の選択肢も巡ったからアイテムが二つ選べるようになったのは大きいね」
攻略後におっさんから聞かされた。
どうやら永続効果らしい。アイテムを初期で二つ持てるようになった。
もちろん前回の攻略で手に入れたものに限られるが、有用なことに変わりはない。
「明日は選択肢を埋めるのと、ゲージを下げるよう意識して挑戦してみよう。僕の推測が正しいなら、それでもっと奥まで進めるようになると思うよぉ」
「ゲージを上げると用心棒が寄ってくる。それであれば、ゲージを下げればと遠ざかるということですか?」
「うん。それで道中の調査はテュッポに任せて、最終的な攻略はウィルくんに頼むことになるかな。予想が正しいなら、ゲージの上下を増幅させる“ソファーの部品”と、水属性無効の“バスタオル”を手に入れられればなんとかなると思うよぉ」
ソファーの部品は木村もそうだろうなと感じた。
青の増減ポイントは現状で魔物の討伐だけと少ない。
少しでも減らす方向にいかせるために、ソファーの部品は必要だ。
もちろん増やす行動を減らしていかなければならないのが前提条件になる。
もう一つのアイテムチョイスは木村の予想外だった。
攻撃力を上げることばかり考えていた。手に入るアイテムがそっち方面が多いからだ。
バスタオルというアイテムがあることは覚えている。
しかし、水の館で全て水なのに水属性の攻撃をしてくる奴がいない。
意味のないアイテムだと思っていた。
「ついでにウィルくんにはゲージを下げてから、用心棒の一体を倒せるかも試してもらいたいねぇ」
「難しいですね……。福音とは出会っていませんが、彼女なら倒せるかもしれません」
「いやぁ、どうだろう。彼女の神術はともかく、戦闘スタイルは相性が良くないと思うねぇ。近距離戦を強制してくるよ、彼女。僕が思うに慚愧一閃が一番倒しやすいと思うなぁ」
ウィルも意外そうだが、木村も意外だった。
用心棒の中では慚愧一閃が一番倒しづらいと考えていた。
遠距離でも近距離でも倒せないキャラだ。
「どうやって?」
ウィルを差し置いて木村が尋ねた。
フルゴウルがわかった様子で頷いている。そのまま彼女が答えた。
「“バスタオル”を選択するなら、相手への属性付与しかない。できるだろう?」
「属性付与はもちろんできますが……、あれを他人にですか。止まっているならまだしも動く相手に?」
「見てたけど、彼の攻撃パターンは決まってる。初手は必ず近寄ってからの一閃だ。属性付与を周囲に浮かせることとかはできない? モッフとかはそういうの得意だったはずだから、ウィルくんならできそうだけど、どうだろう?」
ウィルの顔が暗雲立ちこめた様子から、雲が消え光が差し込んだものに変わる。
どうやら道筋がついたことが木村でもわかる。
「――いけますね」
「赤の魔物にもかけられるよね?」
「そうだね。この用途は用心棒だけにとどまらないはずだね」
「うぅん。攻略中も使えるはずだよぉ」
「……あ! 赤の魔物に使うんだ!」
「そうだよー」
木村も理解が追いついて声をあげた。
大きな声を出してしまい、恥ずかしくなり席に縮こまる。
青の魔物は倒して、赤の魔物は水属性付与をかけて攻撃を無効化して無視する。
選択肢さえ大きく間違わなければ、ゲージを下げつつ進める。
ゲージを下げたときの用心棒たちの動きを観察でき、遠ざかるなら良し。
ランダムにせよ、慚愧一閃へのカウンターもできうる。
試したいことがいろいろと増えていく。
また明日になれば部屋順が入れ替わるだろう。
まずは、テュッポで配置のチェックと選択肢の網羅、ついでにゲージを下げたときの用心棒たちの動きの検証だ。
その後で、ウィルが奥へ進むか、慚愧一閃と戦うかを考える。
「ウィル殿! 吾輩の雪辱を果たしていただきたい!」
「わかりました。やりかえしておきます」
ウィルもやる気に満ちている。
さっそく解散後に、訓練室で属性付与の練習をすると言って立ち去った。
テュッポもウィルのトレーニングに付き合うようである。仲が良くて何よりである。
木村も明日こそ水の館をクリアするぞと意気込む。
イベントストーリーよりも、ずっとこっちの方が健全であり、面白いと感じていた。
それに楽しんでいるうちは、次のイベントストーリーという災厄を忘れることができる。
実際、彼は次回のイベントストーリーの存在を忘れることができていた。
しかし、彼は忘れてはいけないイベントを忘れている。
楽しんで攻略しているローグライクの水の館。
その水の館に巻き込まれて、消滅している討滅クエストⅡ。
そして、普通に全部回るのが面倒なデイリークエスト全開放とアイテム倍化。
現在、同時に開催されているイベントは、この三つだと木村は考えていた。
間違っている。
同時に開催されているイベントは四つ。
討滅クエストⅡの手紙にも、きちんと書かれている。
本題の討滅クエストⅡに目が行き、同時開催されているイベントを彼は完全に失念している。
そして、これは彼が自ら口にした言葉であり、彼の経験則だ。
そのイベントは「住民がたくさんいる場所で、安堵か油断したときに発生」する、と。
――討滅クエストである。




