71. 討滅クエストⅡ & ローグライク & デイリー全開放
木村は目を覚まして、訓練室に向かった。
目覚めたときに意識が深くまで沈んだ感覚があったので、夜だと思ったが二時間しか経っていない。
まだまだ昼まっ盛りだ。ちょっと得をした気がするが、時間の感覚がバグって困る。
訓練室では、おっさんが相変わらず筋トレをしていた。
これ以上どこを鍛えるのかわからない。彼が言うには鍛えるだけでなく維持する必要があるらしい。
つまり、筋トレに終わりはないようだ。長い旅路である。
「ケルピィから連絡が来ていたぞ」
どうやら寝ている二時間で、さっそく進展があったようだ。
あの機械玉はブリッジと繋がっているので、逆にこちらの情報を送ることもできる。
「なんだって?」
「内容は聞いていないな。操作がわからなくてな」
「そっか。行ってみる」
このおっさんは割と機械に疎い。
ただ、訓練室の操作だけは、み○りの窓口にいる職員並に爆速で端末を扱っている。
興味がないことにはとことん関心がないだけなのかもしれない。
「討滅クエストとかのメッセージは来た?」
「来ていないぞ」
一安心である。
とりあえずブリッジに行ってみることにした。
ブリッジには誰もいない。
照明すらついていなかった。
戦闘中でも臨戦態勢でもないならこんなものだ。
モニターの一部がピカピカ光っているので、タッチすると“遠隔モード”の文字が出た。
タッチしてみると、モニターの画面が切り替わった。
見覚えのある部屋に、見覚えのない男が映っている。
視点が動いていくとメッセが映った。
「ケルピィさん。聞こえてます?」
「あ、キィムラァくんの声だ。こっちの声は聞こえてる?」
「聞こえていますよ。姿も見えてます。そこは宰相さんの執務室ですか?」
「そうそう。こいつが前に話した宰相のピヨヨ」
映像がぐるっと動き、またメッセから男に変わった。
細身の男で、顎髭を生やしどこぞの立派な貴族のように見える。
ちなみに彼は貴族ではないとケルピィが説明していたが、木村から見ると偉い人はみんな貴族である。
「あ、初めましてキィムラァです」
こちらの姿が映ってないが、頭を下げてしまうのは日本人らしい習性だろう。
相手の方は、機械玉から声が出てきて驚いている印象だ。
「これは何だ? 念話の一種か?」
ピヨヨの反応は、コロナが流行り始めたころ、Web会議になれてない年配のおっさんたちが見せた反応に似ている。
目の前に人がいない状態の会話に戸惑っている様子だ。
「頼みがあるんだけど、僕だとこの状態のこともあって、うまく説明ができないから、ちょぉと来てもらえないかなぁ」
それは、まあ、そうだろうなと木村も思った。
ピヨヨ宰相としては、知り合いの人間が浮かぶ玉となって現れた形だ。
木村は事情と一連の流れを見聞きしているからわかるが、知らない人間からすれば絶句もあり得る。
「行きますが、執務室に行けば良いですか?」
「ちょっと待ってね――」
あちらでも話がされている。
けっきょく正門の兵士を訪ねて、その兵士に案内してもらうことになった。
木村はさっそく城を訪ねる人員を集める。
ウィルとフルゴウル、それにアコニトもである。
念のためモルモーも一緒だ。もちろんおっさんはデフォでついてくる。
「行く前に一つ話しておきたいんだけど」
ブリッジではなく、最近はご無沙汰になっている地図部屋である。
地図がブリッジでも見られるようになり、出撃前の待機室という位置づけになりつつあった。
初期メンバーは今でもここに集まることはあるが、頻度は間違いなく減っている。
「討滅クエストが発生する可能性が高い」
ウィルが、彼には珍しくとても嫌そうな顔を見せた。
フルゴウルは、まだ討滅クエストを経験していないのでよくわかっていない。
アコニトはクスリで頭がトンでおり、おっさんに静かにさせられている。
「冥府のエリュシオンをめちゃくちゃにした金色の竜は覚えてる?」
「当然だよ」
「あれの前身というか、五色の竜と戦うイベントだったんだ。エリュシオンの前にも帝都と獣人の郷をめちゃくちゃにした。そういうイベント」
実際はそういうイベントではないはずだが、異世界においては竜の襲撃イベントだ。
人が多い場所で始まり、竜か助っ人が壊滅的な被害をもたらす。
「だいたいこっちが浮かれてるときにやってくる。そこの薬中がまともなときに、王都が修復できたら次は討滅クエストが起きるって警告してた」
「ああ、それで……、様子がおかしかったのはそのせいですか?」
「うん。とりあえず歪みを消してから話そうと思ってた。歪みが消えなかったら住民が死んでて、ただの戦闘イベントだからね」
ウィルはわかってくれたようである。
フルゴウルも眉を小さく顰めたが理解はしてくれたようだ。
「冥府での冥竜が出てくれば倒せませんが、いつもの五体であれば、今の僕たちならすぐに倒せると思いますよ。もっともいくらかの犠牲はでるでしょうが……」
冥竜はおそらく来ない。
あれは異世界限定の特別変異魔物だろう。
いつもの討滅クエストであれば、連続戦闘にすることで一体ずつ撃破できる。
キャラの育成も進んでおり、装備や結晶も付けているので当初の竜くらいであればウィルの言うとおり余裕だろう。
もちろんこちらが攻撃する前に、竜が暴れれば被害は出る。
混乱からの二次災害も考えられると伝える。
「微々たるものだ。それくらいの犠牲で済むなら安いものではないかな?」
「そうなんだけどね……」
「何か気がかりがあるのですか?」
「おそらくだけど、どうしようもないのが出てくる気がする」
木村はレベルが51になった。
新たな召喚者スキルも手に入れた。
レベルが最大でいくつか知らないが、100と仮定すれば見かけの数値上は折り返し地点だ。
実際は後半の方が要求経験値が増えるので、経験値の累計値でいくと四分の一に行っているかも怪しい。
だいたいのソシャゲでプレイヤーレベルの初期最大値は100にいかない。
アップデートを繰り返して、100に到達するか超えていく。
もしかしたら70くらいもありえる。
ただ、後半戦に足を突っ込んだ気配は間違いなくある。
敵の強さもグッと上がってきており、解決すべき問題の大きさも増してきた。
この状況で、今までどおりの討滅クエストが来るだろうか?
実際のソシャゲでもこの手のイベントは数回ほど実施されると、パワーアップや拡張が入る。
それに、トロフィーで見た説明文も気になっている。
金トロフィーの説明に「また会おうね」とカタカナで書かれていた。
木村はこのあたりの話をしていった。
「カクレガを移動させてはどうかな? もう王都に用はないだろう。その討滅クエストが別の地点で行われるんじゃないか」
「それも考えてたんだけど、動かないんだって」
おっさんがにっこり頷く。
にっこりする要素はまったくないはずだが、言っても仕方ない。
「嫌な――とてつもなく嫌な気配がしますね」
「うん。討滅クエストがまず発生すると考えて、戦う準備はしておいて。被害が減るようクエストを終わらせるしかない」
ウィルとフルゴウルは死者数を減らすよう頭を回しているが、木村はもうそこは割り切っている。
死者数を減らすとかまで考え始めたら木村はパンクする。
彼に出来るのはクエストをさっさと終わらせるよう、淡々と行動することだけだ。
王都に再び入ったのだが、居心地が良くない。
正門前というのは城の正門ではなく、王都の正門だった。
都の正門前で兵士に発見され、街の中を兵士に案内されて歩んでいく。
扱いは極めて丁重だ。
かつて帝国で槍を向けられたがそんなことはない。
あのときは悪者扱いだったし、実際に悪者と変わりなかったので仕方ないだろう。
兵士に案内はされるがどうしても目立つ。
特におっさんとアコニト、それにフルゴウルだ。
おっさんは背が高いし、筋肉がもはや鎧である。加えて、アコニトを引きずっている。
引きずられるアコニトは、王都にはいない獣人の姿で、意識を失い、地面で顔を削られていた。
フルゴウルは何よりもその金髪だ。生前から美しかったが、霊体となってからは実際に金色の光を発しているので夜でも目立つ。
モルモーも冥府のアイドルの姿をしているためか、その美貌……というよりどこか哀愁を感じさせる顔つきに観衆は息を止めている。
この四人と比べれば木村やウィルなんて従者も同様だ。
木村は以前おっさんから習ったとおり、胸を張って堂々とするようにしているが、さすがにこれだけ視線を浴びると気後れしてしまう。
ウィルも得意ではなく、魔物に囲まれたときよりも緊張しているように見える。
ただ、やはり前の四人に注目がいくので、緊張こそあるが少し気楽でもある。
「……まだ残ってますね」
「何が?」
ウィルが空をぼんやりと見て告げたので、木村は尋ねる。
「歪みです。上空まではさすがに消せませんでした」
「まだあるの? 全然わからないけど」
「ええ。よほど神気に対する感覚がないと気づかない程度です。鳥が巻き込まれる可能性があるかもしれません」
「そのくらいならかわいいものでしょ」
「そうですね。時間が経てば消えることもあり得ます」
歪みが残っているようだが、上空であり弱いものらしい。
ウィルの言うように鳥はひっかかるかもしれないが、大きな問題にはならないのではないか。
王城からピヨヨの執務室へ、と思ったが連れて行かれたのは別の部屋だ。
会議室だろうか。縦長で部屋に合わせた長机が設置されている。
この部屋は探索時にも来たことがない。
ここまで長い机は木村も初めて見た。
長机には多くの人が席に着いており、先に見たピヨヨの姿もある。
さらに席の後ろには、彼らを補佐するような形でまた別の人間たちが立っている。
ピヨヨの後ろにメッセと機械玉のケルピィも見えた。
兵に案内された席の一端に座る。
アコニトは床に無造作に転がされた。
相手は気にしているが、こちらは誰も気にしない。
「ご足労いただき感謝する」
「こちらこそ丁重なお招きに感謝する」
ピヨヨが社交辞令を述べた。
フルゴウルが慣れた様子で返礼をした。
その後は、それぞれがとても簡易的な自己紹介をした。
木村たちはアコニトを除く全員が軽く紹介をしたが、王国側は席に座っている人たちだけだ。
どれも何とか省やら何とか庁の長官とか会長、院長と長が付く人間ばかりである。
全員からそれぞれ独自の風格・気品というものを木村は感じた。
「彼らをここに招いたのは、今回の事変に関し、魔物討伐隊のケルピィ隊長より重要参考人として名があがったことによるものだ」
ピヨヨ宰相が説明する。
説明はするが、全員がそんなことはすでにわかっている雰囲気だ。
どちらかといえば、隅に座っている議事録係に明確に会議録を残すための言葉だろう。
「彼らはわずか六人であっても王都を制圧するに足りる戦力であることを忘れず話をしていただきたい。無論、我らが礼節を持つ限り、彼らはそのようなことを考えもしないだろう」
これは双方に向けた牽制だろうか。
フルゴウルも軽く頷く、おっさんがにこやかなのが不気味だ。
タイミングが悪くアコニトが眼を覚まして「ふえあああぁ!」と叫びだした。これには木村も驚いた。
「すまない。発作が起きたようだ。――落ち着くんだぞ」
おっさんがアコニトの顔を殴りつけ、その後は首を片手でコキッと曲げれば、あっという間に静かになる。最初の殴打はいらなかったのではないだろうか。
彼女は部屋の隅に投げ捨てられ、尻尾だけが分離してサッサッと移動し、空いた椅子にファサァと座った。
各長の多くが一連の流れを見て、言葉を失った様子である。
木村たち……主にアコニトが人の枠に囚われないことを、わずか一分足らずで伝えるデモンストレーションであった。
さすがアコニト神は格が違った。
「ピヨヨ宰相。我々はどこから話をすれば良いかな」
フルゴウルが笑顔で問いかける。
完全に場の主導権を彼女が握り始めていた。
「あ、ああ……。それでは――」
事態の発端から現在までの出来事を確認していく。
迷宮の起こり、謎の獣人たちの出現、アピロの介入、王都の歪曲化、アピロの消失、王都の調査、迷宮と歪曲の解消、その後の混乱。
振り返って見れば盛りだくさんなイベントだった。
カゲルギ=テイルズの話はぼやかして概ね正直に話している。
「ひとまず異変の解決を見たと考えて良いのか?」
「残念ながら、解決とするのは早計だ。さらなる異変が起きるとキィムラァは考えている。キィムラァ、説明をしてくれ」
一同がざわついた。
木村も急に話が振られて焦る。
「あ、どうも。迷宮と歪曲はほぼほぼなくなったと思います。しかし、この後、討滅クエストと呼ばれるイベントが発生すると考えています。討滅クエストと言うのは、帝都を滅ぼしたイベントです。竜――とてもでかい魔物が出現すると考えていただければわかりやすいかと」
一同はさらにざわつく。
一人が手を挙げた。
「討滅クエストが起こると考える根拠は何か?」
木村はふと考える。
よくよく考えれば物的根拠は何もない。
そういう流れがあるから、という経験的な予測に過ぎない状態だ。
「経験論ですね。住民がたくさんいる場所で、安堵か油断したときに発生します」
「明確な根拠はないということか?」
「……そう、ですね」
彼らの中でも反応は分かれた。
不安そうに押し黙るものと、意識をしっかり持っている者だ。
「了解した」
根拠がないのに安易に発言するな、とまでは言わなかった。
単に彼の中で、確たる根拠がない不確かなものを王都の復旧計画から外しただけだ。
「待ちたまえ。根拠ならあるだろう。カクレガが移動できていない」
「あ、そうでした。カクレガ――自分たちの移動手段なんですが、その移動が現在できません」
木村は完全に忘れていた。
フルゴウルが、言葉の続きを述べていく。
緊張して頭から抜け落ちていた、自分にしては発言できた方だが、まだ甘い。
「起きるとすれば竜の出現だと。竜というのは、王都の地下にいる闇竜やらとは別物なのか?」
「別物ですね。地下の闇竜はもう忘れてください。あれはあなた方の守り神くらいに思ってもらった方が良いです。討滅クエストの竜というのは、空を飛ぶ巨大な蜥蜴を想像してもらえば良いと思います」
「それが五体出てくると?」
「過去の例ではそうなります」
帝都以東のことを知っている一部の人間からは「竜は三体ではないのか」や「神聖国と竜の関係はどうなのか」と問われた。
前半に対しては最低でも五体に増えましたと言うに留めた。
後半は説明が面倒なのであれも竜ですと伝える。
「その討滅クエストが発生するかどうかはいつわかるのか?」
それは木村だって知りたい。
しかし、そんなに遅くはないだろう。
明日か明後日、あるいは明明後日だが、そこまで遅くなるだろうか。
ひとまずマージンを取って、説明することにした。
「遅くとも三日くらいでわかると思います。早ければ――」
ピッピコーン!
「……今ですね」
おっさんが笑顔で木村に手紙を渡してくる。
木村は顔を引き攣らせつつ手紙を手にし、開いて中身を読み上げる。
「“討滅クエストⅡ開催”」
文字が増えていると木村は感じた。
ささやかな文字だが、意味合いはささやかではない。
「“本日より討滅クエストⅡを開催いたします。
前回よりパワーアップした強敵に挑戦しましょう。
前回までの討滅クエストも開催されます。
クリア報酬をまだ手に入れてない方は挑戦して報酬を手に入れましょう。
※クリア済みの方も挑戦できますが、報酬は出ませんのでご注意ください。”」
シンプルな文面だ。
その後は報酬が増えていることの説明が書かれている。
こちらは読む必要もない。
木村はおっさんを見る。
そろそろ彼が、敵が出たぞとか言い出す頃だ。
どうやらおっさんが口に出すよりもウィルとフルゴウルの方が早かった。
彼らは上を見ている。今回は空を飛ぶタイプなのか。厄介だ。
ピッピコーン!
久々の連チャンだ。
おっさんが手紙をまた差し出してきた。
木村は受け取る。受け取ったが手が開こうとしない。
深呼吸をしてから、その手を無理矢理動かした。
「“ローグライク『水の館 ph7.0』開催”」
イベントの同時開催である。
ローグライクという単語は木村も知っている。
アプリでもあった“風○の~”と“ダンジョン○ーカー”は木村もプレイした。
しかし、時間がかなり奪われる上に、考えるのが苦手だったのですぐに飽きてしまった。
頭を空っぽにしてポチポチダラダラプレイできるものが木村の好みだ。
死んだら全て失うのも彼好みではない。
レベルくらい引き継がせて欲しい。
好みはそうだが今は好き嫌いを言える状況ではない。
イベント告知の続きを読んでいく。
「“本日よりローグライク『水の館 ph7.0』を開催いたします。
天空都市に現れた水の館に挑みましょう。
倒す敵の種類や貴方の行動によって、水の館のphが変わります。
phが中性になるよう維持しつつ、水の館を踏破していきましょう!
※水の館は一日ごとにリセットされます。”」
その後は討滅クエストⅡと同様に報酬のことが書かれている。
今回は挑戦すれば全員にアイテムが配られるとのこと。
どれか一つのEDを達成すると良いことがあるとか。
ガチャチケットだろうな、と木村は推測した。
ピッピコーン!
嘘だと思った。
おっさんがにっこりと手紙を渡してくる。
「もういらないんだけど」
「困難こそが人を成長させるんだぞ」
木村は本音を告げたが、おっさんはそれっぽい言葉を返してくる。
困難にも忍耐にも限度がある。
「“成長応援キャンペーン!”……これは普通だ」
デイリークエストが全て開放されるらしい。
さらに報酬が倍になるという。これに関しては頭を悩ませることはない。
……いや、塔と祠と要塞が全て王都周辺に現れるのか。混乱は生じそうだ。
ある意味厄介とも言える。それでも、前の二つと比べればずっとかわいい。
木村は再びおっさんを見た。
おっさんは何も言わない。仕方ないので木村から尋ねる。
「討滅クエストⅡの敵は出てきてるよね」
「出ているぞ」
木村も実はわかっている。
ウィルとフルゴウルが先ほどからずっと上を見ている。
「……聞きたくないけど、どこにいるの?」
「真上だな」
最悪だった。
このまま城を圧し潰すつもりだろうか。
「強大な神気反応はありますが、動いてないですね。いえ、動けないようです。それ以上に恐ろしいことが起きています」
「……なんだろうね、これは? 液体が動いているように見えるが」
木村はもう勘弁してもらいたかった。
討滅クエストだけなら、覚悟を決めて一プレイヤーとしてプレイするつもりだった。
討滅クエストがⅡになっただけでも覚悟がマシマシでいるのに、ローグライクまで同時開催とか限界だ。
もはや楽しめる域を遙かに超えている。苦行だ。
悪い意味で、自分たちを踊らせている奴はこちらの想像を上回っている。
絶対にこちらの様子を見て笑っているのだろう。
部屋の扉が、猛烈な勢いでノックされ慌てた様子の兵士が姿を見せた。
木村はこの光景に見覚えがあった。帝国の討滅クエストがこの流れだった。
「申し上げます! 王都上空に水が浮かび上がっています!」
通常であれば、怒声を浴びせられる場面なのだろうが誰も兵士を叱らない。
ウィルとフルゴウルがさっさと部屋から出ていく。
木村も続こうと席を立つ
「ん? ……え?」
席を立つと周囲がうっすらと暗くなった。
この景色には見覚えがある。
自爆のキャラ選択時がこれだ。
周囲の時間が非常に緩やかに流れていく状態だ。
それは今も同じだ。周囲に座っていた人たちがやたらゆっくり動いている。
「え、なにこれ?」
「キィムラァ。イベントが始まったぞ。行動を選ぶんだ」
おっさんが急に説明を始めた。
この空間でもおっさんには関係ないらしい。
それもそうだろう。ガチャの時間停止でも動いているくらいだ。
「行動を選ぶっていうのはどういうこと?」
「今はこちらのターンだ。行動が終了すると、相手のターンになるぞ」
間違いなくイベント……おそらくローグライクイベントによるものだと思われる。
しかし、行動しろと言うがどうすればいいのかがわからない。
「選択肢とかないの?」
「規定の選択肢もあるようだぞ。まず、メニューを開くんだ。ローグライクイベントからコマンド選択ができるぞ。選択肢以外の行動も可能のようだな。まずは規定の選択肢からやってみるんだぞ」
メニューを開くと、視界の半分を隠す大きさで、ローグライクイベントのウインドウが浮き出てくる。
選択すると、急に小さくなって“コマンド選択”が浮かび上がる。選択してみる。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
選択肢はたったの三つ。わかりやすいといえばわかりやすい。
しかし、戦うと逃げるはいったい何と戦い、何から逃げるのかがわからない。
とりあえず“様子を見る”を選択してみた。
「よし。キィムラァ。部屋の外へ様子を見に行くんだ」
そのまんまだった。
すごい雑なイベントじゃないか、これ。いちいち聞いてくるのだろうか。
木村はウィルとフルゴウルを追って外に出る。
彼らの背中に追いつくと時間がようやく動き出した。
外が見えるところから、上空を見上げた。
本当に水が空に浮いていた。水が光を屈折するためか、透明ではなく輪郭をもって見える。
かなり大きい。
王都の上空をぽっかり占領している。
水の内部で赤や青っぽい魔物が動いているのも見えた。
さらに館の中には、かつてないほど大きな影もあった。
大きな敵影が館の中でもがくように暴れている。
そして、消えた。
同時に木村の目の前に結晶がコロリと現れる。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
「……はい?」
さすがに意味がわからない。
説明を求めてアドバイザー二人を見る。
「おそらくですが、上空に討滅クエストⅡの強敵が現れたのです。しかし、あの空に浮かぶ液体に巻き込まれて溺死したのではないかと」
「私にもそう見えたね」
……えっ、本当に?
強敵が溺れて死んじゃったの?
「結晶を開いてみると、討滅クエストⅡボス①撃破記念の10連ガチャチケットが出てきた」
間違いない。
アイテムは嘘をつかない。ボスは死んだ。
どういうことだろうか。
これは木村も想像していなかった展開だ。
イベント二つでこちらを絶望させようとさせてきたのはわかる。
木村の想像ではイベント二つの挟み撃ちで、王都を蹂躙し、惨い有り様になるはずだった。
しかし、結果は大きく異なる。
討滅クエストⅡのボスが溺死して、ローグライクは異様さを醸し出しているが実害はない。
二つのイベントが競合して、片方が勝手に消滅してしまったのか?
「二体目が現れました!」
ウィルが叫ぶ。
「……液体の中にね」
フルゴウルが冷静に外を見つめて呟いた。
木村にも見える。空の水の中で何かがもがいている。
もがく何かは徐々に大きくなり……消えた。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
本日二回目の強敵撃破である。
討滅クエストⅡボス②撃破記念の☆4二体確定ガチャチケットが出てくる。
「……また現れました」
「液体の中だ」
木村にも見える。
先ほどと似たような流れだ。
敵がどんどん増えていっているのが見える。
増殖系の敵だとわかる。しかし、とうとう消滅した。
「キィムラァ。やったな、強敵を撃破したぞ」
三回目である。
討滅クエストⅡボス③撃破記念の専用武器確定ガチャチケットが出てくる。
しばらく待ったが、次のボスは出てこない。
討滅クエストⅡの一日目が終了したということで良いのだろうか。
そうだとすれば、優良イベントでなかろうか。ただし、明日も同じ流れとは限らないだろう。
「……どうしましょうか?」
ウィルが困ったように呟いた。
木村も困惑はしているが、むしろ喜ばしい困惑だ。
「状況を観察しよう。ウィルくんはあの液体をどう見る?」
「ただの水ではないですね。奇妙な神気を感じます」
「そうだね。浮かんでいるくらいだ。それ以外の混ざり物もある。――わかっているね?」
「はい。空中に残っていた歪みに触れたようですね」
どうやらただの水ではないらしい。
フルゴウルが言うように、普通の水は浮かばない。
朝に消しきれなかった空中の歪みが、空を浮かぶ水に混入してしまったようだ。
あるいは歪みに水が混入してしまったのか。
おそらくその歪みによって、本来とは違う結果が導かれたのではないだろうか。
アピロの歪みに助けられた形とも言えるだろう。
何にせよ、見ているだけではどうしようもない。
「まずはピヨヨ宰相たちに連絡をしよう。歪みと異質さはあるが、状態としては落ち着いている。すぐさま外の状況は変化しないのではないだろうか」
フルゴウルとウィルが会議室に歩いて行く。
景色が薄暗くなり、また時間の流れが緩やかになった。
メニューから、イベント画面を経てコマンド選択に移る。
“戦う”
“逃げる”
“様子を見る”
また同じ選択肢だ。
先ほどと同様に“様子を見る”を押す。
特に何かが起きることもない。
「キィムラァ。ウィルたちに遅れず付いていくんだぞ」
「うん」
その後は会議室に戻り、人がまた集まってから外の現状を説明した。
討滅クエストⅡのボスが死んだことや、空に浮かぶ液体は危険だから近づかないこと、現状で液体は空に固定されているので、無闇に刺激しないことなどを話した。
「事態の沈静化を第一として、各位行動をしていただきたい。事態に変化が見られればまた招集をかけさせていただく」
集まって話していても仕方ないので解散となる。
木村は今後の話をすべく、ケルピィの執務室を訪れることとなった。




