69.あとかたづけ 中編
翌朝、ブリッジに昨日のメンバーが集まる。
今日はゾルが抜けた代わりに、アコニトが新たに増えた。
「ふごぉー。んごっ。すぴー」
アコニトはイビキをかいて寝ている。
基本的に夜型なので、朝になると眠くなるらしい。
しかし、寝ていても起きていてもうるさいことに変わりはない。
集まっている全員が苛立っている。
アコニトを連れてきた理由をまだおっさんにしか話してない。
どうしてこんなものを連れてきたのか、もっともな批難の目が木村にも向く。
おっさんが動いた。
その腕を大きく回し、アコニトの死が腕の回転で現れている。
木村はすぐさまおっさんに向けて声を発する。朝から叫び声と惨い死を見たくはない。
「優しくね。くれぐれも優しく。優しくだよ」
「……わかったぞ」
おっさんが不承不承ではあるが頷いた。
「女狐。朝だぞ」
小声でおっさんがアコニトに声をかける。本当に優しくて木村も安心した。
おっさんは右手でアコニトの鼻をつまみ、左手で口を塞いだ。その動作はなおも優しい。
「ぅ……。ぁ………………」
アコニトの体が細かくぷるぷる震えた後でピタリと止まる。
そして、彼女は光になって消えた。
おそらく今までで一番静かな死に方だったと思われる。
木村としては、優しく“殺して”ではなく、優しく“起こして”と伝えたつもりだったのだが、伝え方が良くなかったかもしれない。
「起きるどころか死んじゃったけど?」
「あいつに話はいらないだろう。クスリも混ざっていた。復活した正常な女狐を連れていくべきだぞ」
よく考えるとおっさんの言うとおりだ。
彼女は力を行使できれば良い。
復活するときはクスリが抜けるとわかっている。
復活時を狙って連れていけば良いか。
「それでは始めようか」
見慣れているメンバーは平然としているが、初めてアコニトの死を目の当たりにしたメッセがめちゃくちゃ怖がっている。
どうして周囲が落ち着いているのか理解できない様子だ。
初々しい姿だ、微笑ましい。
まず、昨日の探索結果をフルゴウルが振り返った。
その後で、木村がトロフィールームで見たことを話す。
なぜアコニトがここに呼ばれたのかを、ようやく全員が理解した。
ウィルとフルゴウルも自らの理解がトロフィーから得られたものと把握し納得した様子だ。
木村の歪みトラッカー機能については、現地でやってみる必要があるだろう。
それとアコニトの歪み無効化の力も見てみる必要がある。
木村の抗力は見られるかどうかわからない。
話が終わり、すぐさま外に出る。
「どうして儂も行かんとならんのだぁ」
復活したアコニトが、おっさんに首根っこをつかまれ引きずられている。
途中で尻尾が離脱して逃げたので、今は狐耳のコスプレモードだ。
木村はこの状態の彼女が割と好きだったりする。
「もう眠いぞぉ」
窒息死は眠りに入らなかったようで、眠さは取れてない様子だ。
アコニトは魔物に投げつけられて、ようやく自らの足で歩き出すようになった。
「キィムラァくぅん。歪みのとらくたー機能だっけ? 効果がわかったよ」
ケルピィがさっそく伝えてきた。
隣からセリーダの笑い声が聞こえてきてやや怖い。
それにケルピィの名前の呼び方がうざったくて仕方ない。
メッセが彼に対して、一見冷たそうな態度を取る理由がわかった気がした。
「王都の地図に君たちの位置が表示されている。どことどこが繋がったのかも線で繋がってるね」
なるほど、歪みのトラッカー機能とはそういう機能だったのか。
自らが発信器になり、ブリッジに位置情報が送られ、地図で動きが把握できるらしい。
「おぉ、便利だねぇ。今の君たちがいるブロックがどこに繋がるかが点線で現れているよぉ。すごいねぇ。地図も勝手に補完さ、あえ、あたま、中、ぐにゃっ……」
『隊長? …………隊長の意識がなくなりました。少々お待ちください』
何かまずいことが起きているようである。
メッセの声は平常だったが、聞こえてくる物音は尋常ではない。
地図が勝手に補完されていくのは良いが、問題は内部的には地図がケルピィとも繋がっていることだ。
ケルピィの頭の中にも補完された地図が混ざり込んで来たようで、彼は点滅して意識を失ったらしい。
ありがたいことにケルピィはすぐに意識を取り戻した。
再起動したら良くなったようだ。
パソコンかな?
「いやぁ、おじさんの頭には情報量が多すぎてパンクしちゃったよぉ」
「大丈夫なようでなによりです」
『……大丈夫なのですか?』
「どうかなぁ」
大丈夫じゃないかもしれない。
しかし、現場の人間にとってケルピィの安否はどうでも良いようだ。
意識が戻るとすぐさま探索を再開する。
足を止めたのはアコニトが歪曲した住民を倒したときのことである。
一瞬だけしか見えなかったが、住民から歪みが消えて消滅した。
アイテムは出たので、ウィルがほっと息を吐く。
「一瞬ですが、戻りましたね」
「うん。撃破後はアイテムも出てる。復活まで待ってみよう」
魔物となった住民は、復活後、またしても歪んだ状態で現れた。
元に戻った状態で復活はしてくれないようだ。
「一瞬だが歪みは解消している。いや、無効化か」
解消と無効化がどう違うかはわからない。
フルゴウルは思いついたことがあるようで、アコニトと話をしている。
アコニトが何もない空間に向かって毒霧を吐いた。
「どうかな?」
「トラッカーが消滅したねぇ。空間の歪みも無効化できるってのは便利だねぇ」
どうやら王都内の歪みも範囲攻撃で消せるようだ。
移動してみようかと思ったが、フルゴウルに止められた。
「トラッカーが戻ったよ」
「――無効化の有効時間は十秒といったところか。他にも試してみよう」
アコニトは毒霧をあちこちで吐かされている。
毒霧の範囲や強度により、有効時間がどう変わるかを試してるようだ。
「有効時間はほぼ一律で十秒のようだね」
十秒だけ空間の歪みを無効化できる。
無効化した空間は、歪みを無視して移動できることは確認した。
十秒は移動するには充分な時間だが、問題を解決するには短すぎる時間だ。
一方、魔物に対しても同じ時間で有効そうだが、十秒を待たずに魔物が毒で死んでしまう。
強すぎるのも考えものだ。ただ、こちらに関しては攻撃手段を変えれば良いだけの話かもしれない。手で叩くなどで無効化できるだろう。
やはり問題は十秒だけ戻ったところでどうしようもないということだ。
すぐに歪んだ状態に元どおりである。
「これにキィムラァくんに付与された、歪みへの抗力を合わせればどうなるだろうか?」
歪みが消えたところで、木村が触れることで歪みの再出現が抑えられるかもしれないということだ。
危険なので歪みの規模が小さいところで試してみている。
「素晴らしい! 十秒経っても歪みが出現していない!」
「これは大発見ですよ!」
二人は珍しく大はしゃぎ、アコニトは風下でつまらなさそうにタバコを吸っている。
木村は歪みに手を突っ込んでいた。歪みが元に戻ろうとしているのか、手首辺りがくすぐったい。
ちなみにアイテムはトロフィー効果に従い、金の筺から白い結晶に変わった。
こっちの方がずっと良い。小さいから嵩張らないし、フルゴウルの筺爆弾と見間違えない。
「手を抜いてみてくれ」
木村は歪みから手を抜いた。
フルゴウルがその様子を見ている。
木村が手を抜いた後も、そのまま歪みを見つめていた。
「……ほう。これは活路が開けたかもしれない」
「どうなっていたのでしょうか?」
「キィムラァくんの手を抜いた後も歪みはしばらく戻らなかった」
「歪みへの抗力が場に残っている、と」
「あるいは、世界が歪みに拮抗しているかだ」
楽しそうである。
二人は検証しているので、木村はアコニトのところに行く。
「歪んだ人と何を話したの?」
トロフィーを見るに、アコニトとアピロが会話をしたことは歴然だ。
どんな会話を交わしたのか木村は気になっていた。
「なんだったかなぁ……」
はぐらかしている様子はない。
本当に忘れている雰囲気だ。
思いだそうと口をぽけーと開けている。
開いた口から漏れる煙が、宙を漂い消えていく。
「……到達者とかって称号があったけど、それに関してとか?」
「ああ! それだぁ!」
どうやら思い出したらしい。
彼女はボケ老人の一歩手前なので、ときどき頭を回転させてあげないといけない。
「笑いの頂点に達しとったようでなぁ。手に持った結晶で一人芝居をしとった。意味のないことをぺちゃくちゃとかなわんから、隅でやれと言ってやったんだぁ」
「…………え、本当に?」
「儂の記憶に間違いがなければそのはずだぁ」
間違いがありそうである。
その流れからアピロが、消えた理由がわからない。
隅で遊んでいて寂しくなったから、闇竜に連れて行かれたのだろうか。
その後は、昨日よりも広範囲を調査し、昼過ぎにはカクレガに戻った。
ブリッジでフルゴウルとウィルが考え込んでいる。
今は話しかけてはいけないな、と木村も黙って地図をぼんやり見つめていた。
アコニトとボローはそれぞれ部屋に戻っている。
メッセもケルピィを机の上で転がして遊んでいた。隊長の扱いがそれでいいのだろうか。
「問題解決の活路は見えた、が、決定打に欠ける」
「手段が厳しいですね」
二人の中で光明は生じたようだが、まだ手が届くには遠い距離のようだ。
こういった話は、かえって素人の方が自由奔放な意見が出るので、彼らの道の一石になりやすい。
それに木村としても、どういう方向性で進んでいるのか進捗を聞いてみたい。
「どうしようとしてるの?」
フルゴウルは考え続けているので、ウィルが解説に回る。
彼も喋っている途中で、思いつくことがあるとわかっている人間だ。
「今日の調査で戦略はほぼ確定しました。歪みの無効化です」
「アコニトの無効化と自分の抗力で食い止めるってこと?」
「そのとおりです。しかし、現時点で大きく三つの問題があります」
「無効化はアコニトだけど、抗力ってのは自分でしょ。歪みを食い止めるのは時間制限があるはずだけど」
「それが一つ目ですね」
今日の調査で歪みを消した後に手を突っ込んで、歪みの復活を止めようとした。
時間差はあったものの歪みはけっきょく元に戻ってしまっている。
これが一つ目の問題のようだ。
「実はこちらは何とか解決の兆しがあるんです」
「えっ、そうなの?」
「無効化の時間は一律十秒でしたが、歪みの修復は場所によって時間差がありました。歪みの中心に近くなるほど歪みの復活は速まります」
「歪みに中心なんてあるの?」
「あります。軸と言っても良いでしょう。ここで歪みを無効化してから抗力を発揮することで、歪みの発生を抑えられる可能性があるんです」
回っているタイヤで考えると、地面や車輪のどこかにブレーキを当てて回転を緩めるのではなく、軸そのものを止めてしまうということだろうか。
あまり手を突っ込みたいと思う例ではないなと木村は嫌な気分になる。
「歪みの中心はどこにあるの?」
「おそらく本来の迷宮の最奥でしょう。ケルピィさんやメッセさんの話から、歪曲人が最奥にたどり着いた時に歪みが発生したと報告にありますから」
木村はなるほどと納得した。
ボスはすでに倒してしまったが、倒してからようやく迷宮に挑戦するわけだ。順序が逆転してしまっている。
「他の二つの問題は?」
「二つ目は歪みの無効化問題ですね」
「ああ、アコニトがまともに働かないってことか……」
木村は察した。
しかし、木村の察しは早計だったようだ。
「いえ、キィムラァに軸を止めてもらう際に、軸だけでなく王都の歪みを可能な限り広範囲で無効化してもらう必要があるんです」
「え……、そんなことできるの? 理解が正しいかわからないけど、アコニトが王都全域の歪みを無効化するってこと?」
「はい。それもできるだけ一度の攻撃でほぼ同時にです」
「王都の全域を?」
木村にもこれは難しいとわかる。
難しいというか無理だろう。
王都は広い。
調査で歩き回っているが、嫌になるくらいあちらこちらを回った。
それでもまだ半分も踏破していないという。さらに地下の迷宮を含めれば三分の一も踏破してないだろう。
その広範囲な王都の全てを攻撃射程に入れて、しかも同時に攻撃する。
もちろん破壊してはダメなのだろう。無理そうだ。
「最後の問題は?」
「先の二つの問題を迷宮が消えるタイミング中にやらなければなりません。すなわち、イベント最終日の終了間際で、アコニトさんが王都全域の歪みを、一人も殺すことなく無効化し、あなたが歪みの軸を抑える。抑えている間にイベントが終了し、迷宮が消え去って、歪みのない王都が戻る――この流れです」
無理でしょ、という言葉が喉まで上がった。
ぎりぎり口にすることなく飲み込めた。
この無理を通そうと、フルゴウルとウィルが考え込んでいるわけだ。
彼らが考えた案をフォローすると木村は決めたのだ。頭ごなしに無理と拒絶するのは良くないだろう。
前向きな意見を出さなければならない。
……前向きな意見を出すことについては、無理と言い切れるなと木村は思った。
「まず、歪みの中心を見に行かない? アコニトが無効化する策は途中で見つけられるかもしれないよ」
「そうですね。ここで考えこんでいても案が出そうになさそうです」
フルゴウルも長い息を吐いて、静かに立ち上がる。
彼女も同じ意見のようだ。
こうして探索の午後の部が再開された。
アコニトの歪み無効化を利用して、迷宮を攻略していく。
元がどんな迷宮だったのかようやくわかってきた。
ケルピィたちから話は聞いていたが、本当に迷宮らしいシステムがある。
道が奥に行くほど広くなり、敵も強くなる。そして中ボスだ。
中ボスを全て倒して奥のボス部屋の扉が開く。
「倒せましたね」
「これで奥の扉が開くね」
中ボスは四体いた。
カゲルギ=テイルズの獣人三人と、ケルピィの部下のシエイという人である。
もっともこの四人は結晶にされ、魔物を操って木村たちを襲ってきた。
アイテムは拾えたが、四人は復活しない様子だ。
それどころかケルピィのように、生きた結晶のまま現れることもない。
歪みが抑えられれば、迷宮のシステムだけが残り、中ボス扱いの四人は復活もなく普通に死んだということだろう。
これはウィルとフルゴウルの考えが正しそうということを裏付けるもののようだ。
歪みを消した状態で、迷宮だけ残すと人が魔物化するか、普通に死ぬ。
歪みと迷宮の消去はやはり同時に行わなければならない。
二人の悩みはさらに増してしまった。
一方で、ケルピィとメッセも落ち込んでいる。
シエイという二人の知り合いが帰ってこないことが大きい。
ケルピィは歳のせいかまだ悲しみは見せようとしないが、メッセが悲しんでいる。
抑揚のない声からも、寂しさが伝わってくるようだ。
「やはり、歪みの中心地はここだね」
木村は拍子抜けだ。
歪みの中心というから、景色が曲がりくねっているかと思ったらまったくもって何もない。
ただの広い場所というだけである。途中の通路の方がすごかった。上下が180度逆に捻れているところもあったのだから。
「それ以上は近寄らない方が良い」
木村が進もうとしたら、朝と同様、フルゴウルに止められた。
今回はウィルとおっさんも腕と肩をそれぞれ持って、絶対に進むなと行動で伝えてくる。
「普通に見えるけど、そんなにやばいの?」
「すぐに立ち去りたいくらいには。おそらくこの歪みに入ればもう戻れないでしょう。ここが歪みの軸で間違いありません。王都全域に繋がっているのでしょう」
「その感覚を信じることにしよう。私は見ることができない。正気を失いそうだ」
フルゴウルが大部屋から目を背けている。
ウィルの発言からも察するに、木村の目には見えない大きな歪みがあるようだ。
「ここから王都全域に繋がるってことは、ここでアコニトが攻撃をしたら王都全域の歪みが無効化されるんじゃない」
「いえ、無効化が先です。軸は消えますが、攻撃は全域に広がりません。全域から軸に向かう攻撃が必要です」
またしても木村は「無理だ」と言いかけた。
ウィルとフルゴウルがまた悩み始める。
歪みの良い点は、帰るときに楽ということだ。
うまく歪みを利用すると、帰り道が大幅に短縮できる。
外はすでに暗く、今日の探索はこれで終了になった。
そこから四日が経過し、事態は進展を見ない。
残りの期限も三日となった。
調査が日を跨ぐごとにダレてきて、とうとう今日は自由行動にした。
自由行動ではあるが、木村とウィルは王都にいる。
ついでにメッセとケルピィも一緒だ。
どうせ暇だろうからと歪み無効化役のアコニトも連れてきた。
もちろんおっさんも一緒だ。
完全に諦めたわけではないが、諦めざるをえない雰囲気になりつつある。
メッセとケルピィも、その雰囲気を感じていた。
今日は休憩というより、メッセとケルピィに王都を肌で感じさせる日だ。
別れを覚悟させる時間という位置づけである。
『外に人がいましたね』
「うーん。各地から様子を見に来てるねぇ」
王都が歪んでから一週間が経っているわけだ。
翌日や翌々日にも人はいたのだが、今では調査団として王都に入る人たちもいる。
メッセやケルピィと、彼らに事態の成り行きを話すべきかを相談したが却下された。
二人とも話したくないようである。
『ここのパンは絶品です。王都一なんです』
「おいしかったよねぇ……。僕もよくここで買って、高台で景色を見ながら食べてたよ」
二人がおいしいというパン屋はもちろん歪んでおり、捻れたパンが地面に転がっている。
焼きたてだったであろうパンには蝿が止まり、色もおかしくなっていた。
『ここが魔物討伐隊の詰所ですね』
「なんか、言っちゃ悪いけどみすぼらしいね」
『厄介者扱いでしたから』
詰所は城の中どころか、外にある。
聞いてはいたが活躍を期待されてないことがよくわかった。
『あそこが自分の机です』
整理整頓がされており、きれいだ。
一方、一番大きな机は物置状態になっている。
「あそこは僕だね」
『隊長が机で仕事をしているところを見たことがありませんね』
「メッセちゃんの物が置けるように、デスクの上は開けておいたんだ」
木村でも嘘だとわかった。
メッセはこの貧相な詰所から離れるときに二度は振り返っただろう。
その後もメッセとケルピィがあちらこちらに向かう。
実際はメッセが一人で歩いている。
『ここには来ておきたかったです。隊長、ここがわかりますか?』
見張り塔かと木村は思った。
景色が良い。王都が一望できる場所だ、と思われる。
今は景色が歪んでいるため、空から銅像が生えたりしているので変な風景だ。
木村は、帝都で似たような景色を見たことを思い出す。
あのときは、小さく竜が見え街をズタボロにしていたなぁとどこか意識が遠くなった。
「うん。ここは僕のお気に入りだ。働く人間を上から眺めるのが大好きでね」
アコニトもわかると頷いていた。
しかし、メッセは首を横に振って否定する。求めた答えではないらしい。
『違います。自分と隊長が初めて出会ったのがここです』
「……うそ? アルフェン平野じゃないの」
『信じられません』
メッセの目が過去一で冷たくなっていた。
温度が下がったように木村は感じる。
『小さいときにここへ来て、サボっている隊長に会いました』
「……覚えてないなぁ」
ダメな大人だと木村は思った。
アコニトは当然ダメだが、この機械玉も大概ダメダメだ。
『隊長は寝ていましたね。自分の足音で目を覚ましました』
「思い出せないなぁ。寝ぼけてたんだろうねぇ」
『はい。寝ぼけ眼で、ここから見える王都の裏事情を話してくれましたよ』
「……もしかして手紙を持ってここに上がってきてなかった?」
『気づいていましたか。手紙は、必要なくなりました』
「ああ、うん。少しだけ思い出したよ」
二人に沈黙が入った。
木村は二人の話す内容がよくわかっていない。
手紙が何なのだろうか。ウィルもわかっておらず首を捻って示した。
「自殺だぁ。鈍感な男は嫌われるぞぉ」
後ろから小声でアコニトが伝えてくる。
なるほど飛び降り自殺にはとびきりのスポットだ。
それなら手紙とは遺書のことかと、木村とウィルが把握した。
『その後はアルフェン平野で出会いました。隊長はそちらでも自分を助けてくれました』
「何度も言ってるけど、僕はそんな殊勝な意識で行動してないよ。近くにいたから一緒に走って逃げただけだからね」
『それでも隊長の見識がなければ、自分は死んでいました。隊長には何度も助けてもらっています』
「気にしなくて良いよ」
『ありがとうございます』
「どういたしまして」
二人は、景色を見つめている。
ケルピィはよくわからないがたぶん見つめているはずだ。
『もう、ここに戻ることはできないのでしょうか?』
「……無理なんだろうねぇ」
木村は二人を連れてきたことを後悔し始めた。
この予感はあったが、急激に足下がおぼつかなくなり始めている。
ウィルも似たような心情らしい。
つらい。
この会話を聞き続けるのがとにかくつらい。
彼らを巻き込んだという現実が、彼らの会話から重みを増している。
今まではぼんやりと他人事だと思っていたことが、急激に輪郭を浮かばせのしかかってくる。
それでも王都を元に戻す手立てがあればいいが、それすらも見つからず、もはや諦めが混じっている状態だ。
残り二日で逆転の手を見つけられるとは思えない。
アコニトが木村の背を軽く叩いた。
振り返れば、彼女はちょっと来いと手で示す。
離れたいのはやまやまだが、メッセをあそこに残して大丈夫だろうか。
「おい、若造。そのガキが飛び降りんよう見張っとれ。中年もだぁ。坊やはちょっと来い。連れヤニだぁ」
そんな嫌な単語聞きたくなかった。
まさか自分がそんな連れション感覚で呼ばれることになろうとは……。
木村とアコニトは場所を少し移動する。
あの場から離れることで、重い足取りが軽くなったことを木村は明確に自覚した。
「ん」
アコニトが葉巻をよこしてくる。
普段なら咥えないが、なぜだか今は咥えたい気分であり、咎める人間も近くにいない。
木村が咥えるとアコニトがすかさず火を付けてくる。
なぜこのような動作だけ馬鹿みたいに速いのか。戦闘時はその場を動かず煙を吐くだけの燻製機と化しているくせに。
……葉巻に赤い光が灯り、懐かしい臭いを感じた。
煙はまだ木村の喉と肺には重く、咳き込む。
「坊やよぉ。こうなることはわかりきっておっただろぉ」
「……うん。でも、せめて二人には最後に見せてあげたい、って思ったから」
「はぁあああああああああああ」
すごいため息を吐かれた。
タバコの煙だけでなく、毒の煙も出ているようで石の床が溶けている。
「アホかぁ。奴らに付き合うなら覚悟を決めんといかんぞぉ。坊やにその覚悟があるとは思えんなぁ」
「ある、と思ってたけど、やっぱりなさそう。『メッセたちの大切な場所や人を失うこと』を背負うのは、今の自分にはきついかも……」
木村は思いの丈を正直に述べた。
弱音を吐くと、少しだけ気分が軽くなる。
「……は? うつけか、大うつけかぁ。いいか、坊や。そんなくだらん決意は今すぐ捨てろぉ」
「え? でも、覚悟を決めるって」
「儂が言う覚悟はなぁ。『奴らのことなど、どうなっても良いわぁ』と気にしない覚悟だぞぉ。坊やのうつけな決意は、煙と一緒にここで吐き出せぇ」
彼女は煙を鼻から噴き出す。
想像よりずっと斜め下のアドバイスである。
久しく彼女からまともな言葉を聞いていなかったが、こういうキャラだった。
以前にも似たようなアドバイスをもらったことを、木村は思い出す。
「人はすぐに死ぬから気にするなだっけ?」
「そうだぁ」
「でも、彼らのことはちゃんと覚えておけだったよね」
「そのとおりだぁ」
以前、アコニトから教わった教訓を繰り返す。
「『他人の失うものを背負う覚悟』かぁ」
ハンッとアコニトは鼻で笑った。
「訳のわからん覚悟は重石になる。実体はないのに重みだけが増す。そんなものはタバコの煙だけ充分だろぉ。喉と肺にガツンとくればいいんだぁ」
「前にも聞いたよ、それ」
「大切なことだからなぁ」
「自分は狙われてるんでしょ」
なんでもアコニトによると、木村は力を与えた謎の存在から狙われているとか。
手駒なのか、手の上で踊ってくれる道化か、そんなところだと言っていた。
下手に思い込まず、出来ることを淡々とやれと言われたはずだ。
「あのときはそうだぁ。今はちと違うなぁ」
「違うの?」
「あぁ。坊やの周囲にターゲットが移っておる。金髪や若造が危ういなぁ」
金髪はフルゴウルで、若造はウィルだ。
二人が狙われているのだろうか。
「身に余る力を得させて、夢だか理想が手に届くよう見せとるぞぉ。要注意だぁ」
「どうすればいい?」
「今までどおり接しろぉ。どうせ防ぐことはできんぞぉ。前にも言ったが、淡々と坊やのやれることをやれぇ。間違っても『自らの背負う使命はこれだ!』と馬鹿げたことを考えるなよぉ」
「……うん」
間違いなくクズではあるが、ある意味で安定しているのがこのアコニトである。
彼女なりの処世訓を木村に教えているようだ。
処世訓は教わったが、そう簡単にメッセらを切り捨てられるものではない。
方法はある。あとは手段が揃えば良いのだ。その手段が目下どうしようもなさそうではあるが……。
「王都は、どうにかなるかな?」
「諦めろぉ」
即答。
「儂の話を聞いておったかぁ? ん~?」
ふざけた顔で煙を吐き出している。
ふざけてはいるが、ちょっと怒りを言葉に滲ませていた。
「いや……、でもね」
「儂は、坊やがなぜそんなに躍起なのかわからんなぁ。冥府の同類にも言われたんだろぉ。『慎んで』行動しろ、と」
……同類?
まさか有名な神と、アコニト神とが同類と言っているのか。
とりあえず木村はそこは無視した。
今は“慎んで”行動しろという話だろう。
「いや、だからそれは死者が出ないよう『慎んで』行動しろってことだよ」
「まことかぁ? 儂が見るに、坊やたちのやっていることは、慎んで行動していることとは思えんなぁ。歪みを認め、堪えて見守ることこそ『慎んで』行動することにならんかぁ?」
木村はアコニトの発言の可能性をまったく考えてなかった。
彼は、彼が口にしたとおり、「ウィルやフルゴウルらと一緒に歪みを消し、住民たちを助けること」こそが正しいと思っていた。
「いや、でも…………。どうなんだろう……」
アコニトの先ほどの言葉がようやく浸透してきた。
ウィルやフルゴウルらが危うい――その言葉の意味が、少しだけ理解できる。
彼らが、何ものかにもてあそばれているように見えてくる。
助けようと抗う彼らの姿を見て楽しんでいる。
「ふぅむ、からかいすぎたなぁ。これはどちらにも取れるから気にせんでええぞぉ。ただなぁ、そっちの道を選ぶなら、もう一つ覚悟がいるぞぉ。わかるかぁ?」
「一つは『他人のことなんて、どうなっても良い』って覚悟でしょ」
「そうだぁ」
「それならもう一つは……」
間違いなくまともなアドバイスではない。
普通なら何と答えるだろうか。それの逆を言えば良さそうだ。
諦めず最後までやりきること、あたりが通常だろう。
これの逆。すなわち――、
「途中で諦めて放り出すこと?」
「……良いことを言うなぁ。見直したぞぉ」
感心した様子でアコニトが頷いている。今までで一番感心されているかもしれない。
間違いではないようだが、間違って欲しい気もした。
「それでも良いがなぁ。今回はちと違うぞぉ。『“そうなるってわかってた”、だから驚かんわ、ボケがぁ』という覚悟だぁ」
よくわからない。
木村は首を捻った。それが覚悟なのだろうか。
「坊やたちは、どうにかして王都を戻すんだろぉ」
「うん。そのつもり。最後までやってみる」
「……ふん。まあ、いい。――成功するぞ。間違いない。ぎりぎりになるが成功する。王都は戻るだろうなぁ」
木村はアコニトがそんなことを言うとは思わなかった。
彼女はその口で「諦めろ」と即答した存在である。失敗するからやめとけ、くらいは言うと考えていた。
「どうしてそう思うの? 失敗するから止めとけって言うと思ってた」
「正直だなぁ。簡単だろぉ。儂ならそうするからだぁ」
最悪だ。
前にも聞いたぞ、このパターン。
「坊やたちが諦めたなら、王都の人たちを無残に殺して坊やたちの反応を楽しむ。逆に、坊やたちがあがくなら、やり方を変えるなぁ。がんばってもダメだったなんて反応はありきたりだぁ。ぎりぎりで成功するように仕向ける。そして坊やたちが無事に成功させてなぁ、『やったぞ! たくさんの人を助けられた! 王都が元に戻ったんだ! 僕達はやり遂げたんだ!』と喝采と感動が絶頂を迎えたとき、一気に盤面をひっくり返す」
アコニトが顔を崩してニタニタ笑う。
とても楽しそうである。
「覚えがあるだろぉ。――討滅クエストだぁ。今の時期は、ちょうどそれじゃないかぁ」
木村は手に急激な肌寒さを感じた。
手を見ると、ぷるぷると震えが混じっている。
忘れていた。
ここのところ、討滅クエストは行われていない。
イベントの終了と同時に、討滅クエストに入ることは充分に考えられる。
過去に似た例があった。木村の苦い経験だ。
もしもアコニトが言うように、王都を助けることができたとして、その先に何があるか。
王都の人々は、木村たちを救国の英雄みたいに扱うかもしれない。あるいはその逆だろうか。
そして、感情のピークに達したとき、メッセージの通知音が響く。
おっさんが笑顔で手紙を渡す。王都のどこかに竜が現れる。そして――。
流れが完全に頭の中で再現できてしまった。
「神託だぁ。心して聞けぇ。――坊やたちがどう行動するにせよだぁ。王都はきっと滅びるぞぉ。救ってから死ぬところを見るつもりならなぁ。儂の言った、もう一つの覚悟をしておけぇ」
そう言って、アコニトは葉巻をポイ捨てした。
木村はほとんど吸っていないが、葉巻はすでに指の近くまで灰になっている。
「“討滅クエストがくるのはわかってた。わかってたんだから驚かない”。その覚悟がいる」
「そうだぁ」
「その後は? 竜を倒せるかもしれないよ」
以前ならいざ知らず、今は討滅クエストの竜を倒せる強さがある。
帝都の時と違い、一方的な虐殺と破壊にはならないはずだ。
アコニトは、口にしない。ただ首を横に振った。
彼女はすでに諦めているようである。
そこで、最初に教わったもう一つの覚悟がいるのだろう。
「他人のことなど、どうなっても良い」――そう心しておくことだ、と。
木村もウィルたちのところへ戻る。
ウィルは気が沈んでいるのが、傍目でもわかった。
おっさんがアコニトを睨んだ後で、黙って木村を見てくる。
「聞こえてた?」
「ああ」
このおっさんはめちゃくちゃ耳が良い。
カクレガの中で喋ったことが全て聞こえるんじゃないかと思うくらいの地獄耳だ。
もっと言えば、耳だけでなく目も鼻も利く。
鍛えているからなと言っているが、冗談なのか本気なのか判断に迷うところである。
「おっさんはどう思う?」
「俺はやりたいようにやるべきだと思うぞ」
にこやかである。
このおっさんも大概サイコパスである。
住民や王都の人が虐殺されても眉一つ動かさないと木村は確信している。
ある意味でこのおっさんの逆鱗に常に触れていくアコニトはすごいのではないか。
その強くなっているはずのアコニトを、軽くなぶり殺すこのおっさんは、いったい何者なのだろうか。
初めの頃は強いなぁと思っていたが、今は強すぎないかと疑問を抱くほどだ。
アコニトとの力量差がいつまで経っても埋まらない。
もしも先日、カクレガでアピロの襲撃があったときにアコニトが入ってこなかったらどうなっていただろうか。
このおっさんがアピロを何とかしていたのか。
答えは出ない。
おっさんのアドバイスはある意味でもっともだった。
どうなるにせよやりたいようにやってみるべきだ。
しない後悔よりする後悔とも言う。
いったいどちらが正しいのか。
やはり答えは出ないのである。




