68.あとかたづけ 前編
今回のイベントを歪ませた大きな問題は消えた。
闇竜とイベントボスという、無視できない大きな問題もまとめて消え去ってくれた。
イベント期間をまだ一週間以上も残して、諸処の問題発生源が消えてくれたことになる。
木村は異世界に来るまで、問題というのは大抵一つであり、それを片付ければ良いものだと思っていた。
異世界に来て、問題というのは複雑に絡み合っているものだ、と身を以て知った。
今回の件もまさにそれである。
大きな問題が引き起こした(木村から見て)小さな問題が王都に残っている。
「わかってはいましたが、歪みが消えませんね」
カクレガの外に出て、ウィルが王都を遠目に見て呟いた。
歪みが消えていないことは木村でもわかる。
「そうだね」
城壁の側面から斜め上に向かって城の先端部分が生えている。
放置して消え去りたいが、イベント期間はまだ残っており動けない。
仕方ないので、できることはしていくことにした。
「イベント期間が終わったら消えそうかな?」
「無理だと思います。歪めた本人はどこかへいなくなりましたが、彼の行使した力はご覧のとおり残っています。ボスの結晶に行使していた力とは比べものにならない大きな歪みです。簡単に消せるとは思えません」
木村は、黙って王都を見ていたフルゴウルを見る。
彼女も同感のようで軽く頷く。
「ウィルくんの発言に付け加えるとすれば、都の迷宮化と歪みは別物だね。迷宮化の方はボスがいなくなってから進展が見られない。期間終了で消える、ないしは弱まることは考えられる」
「どういうことですか?」
「歪みだけが残る可能性があるということだよ」
それがつまりどういうことなのか、と木村は尋ねたつもりだった。
フルゴウルも木村の質問の根幹はわかっている。
しかし、彼女も「歪みだけが残る」ということがどういうことかを説明できるほど、現象に通じているわけではない。
少なくとも彼女はこのような現象を過去に見たことも聞いたことはなかった。
可能性は頭の中にあるがまだ口に出す段階ではない。
『もう元には戻らないのですか?』
頭の中に声が響く。
今まで黙って歪んだ王都を見ていたメッセが口を開いた。
口は閉じたままなのだが、抑揚のない声で疑問が頭に直通で届いてきた。
彼女の顔は、抑揚のない声の割に不安そうである。
「戻らないね」
木村とウィルが返答を躊躇う隙も与えず、フルゴウルがメッセの問いに返答した。
無慈悲な返答ではあったが、メッセもその答えに怒りは示さない。
むしろ中途半端な回答よりも潔いとしたようだ。
「歪みきっている。完全には戻らないが、ある程度なら戻せるかもしれない」
「可能性はありますね」
『本当ですか?』
「まずは現地を実際に見てみましょう。歪曲人とボスがいなくなって変化があるかもしれませんから」
そういうわけで、また迷宮化した王都に入ることになった。
歪んだ王都に入るが、木村の見る限りで変化はない。
空間があちらこちらに繋がっているし、歪曲した住民はそのままだ。
戦闘メンバーはウィルとフルゴウルのアドバイザー二人。
それにゾルとボローという、攻略中はほぼ無言の二人を入れての合計四人である。
全員の会話量の平均を取ると、ちょうど良い値になる。
ちなみに探索をするときは、喋る方と無口な方が逆転する。
戦闘になるとゾルは極めて機械的であり、ボローと区別ができない。
探索ではあんなに笑顔で草むらを駆け回り、はしゃいでいるのにどうして……。
いや、でも魔物を笑顔ではしゃぎながら殺し回るのを見るのも嫌だな、と木村は冷静になった。
なお戦力は過剰すぎる。
歪んだ魔物を倒すのにウィルの魔法だけ余裕でいける。
ゾルとボローの役目がまったくない。フルゴウルもほぼ見ているだけだ。
メッセは戦闘の邪魔なのでブリッジに移ってもらった。
機械玉になったケルピィが、ブリッジの機能にアクセスできるようなので、施設の拡充を図った。
ちょうどボスから建設素材がたくさんドロップしたのも後押しになっている。
ブリッジの拡充は要求素材が多いのだ。
拡充した結果、機能がいろいろと増えた。
まずブリッジからの支援要員が二人になったのがとても効果が大きい。
バフ要因と回復要因、すなわちセリーダとペイラーフを同時におくことができる。
ペイラーフは王都よりも花の世話が忙しいようで、ブリッジにはいない。
代わりにメッセが支援要員入っている。
「すごい歪んでるねぇ」
『隊長。もっと真剣に見てください』
機械玉になったケルピィとメッセの声が聞こえる。
メッセの後方支援効果が、ブリッジにいるメンバーとの会話ができることだった。
地味に悪くない効果である。実地戦力にはならないが、ブリッジにいるメンバーとのリアルタイムでの情報交換が可能だ。
幅広い視点と気づきが求められる調査では、メッセをおいた方が役に立つかもしれない。
そして、拡充機能のその二が映像の遠隔通信だ。
今まではブリッジにいるメンバーは、カクレガから見える光景しか見えなかった。
拡充により、今のようにカクレガから離れた位置の映像がブリッジから見えるようになった。
ただし、神目線ではない。
木村の横にふわふわと目が浮いている。
比喩抜きで眼球が浮いていて、これの見る光景がブリッジのモニターに飛ぶらしい。
眼球も完全な球体ならまだ良いが、視神経らしき紐もついており、地味にリアリティがあって木村は気持ち悪いと感じている。
「歪んだ住民を倒してみようか」
木村が浮かぶ眼球を見ていると、フルゴウルがアイデアを口にした。
パーティーメンバーの誰もが考えていて、躊躇していたことがついに議題に上がった。
『彼らは罪のない王国民です。あなたは無辜の命に手をかけようと言うのですか』
「そうなるね。倒したら歪みが解消する可能性もある。試しておいて損はないと思うが、どうだろうか」
『損はない? 命が損なわれるでしょう』
空気は険悪である。だが、実は木村も気になっていた。
前の攻略時は倒さない方が良いと言われたので、歪んだ住民たちに手を出していない。
もしも倒してアイテムが手に入るなら倒したい。
歪んでしまって戻せないなら、倒してもかまわないのではないか。
あるいはフルゴウルが言うように、倒すことで彼らの歪みが解消する可能性もなくはない。
ウィルとケルピィが間に入り、犯罪者らしき人で試そうということで落ち着いた。
ケルピィがその住民を判断して、ウィルが苦しみもなく一瞬で燃やし尽くすという処置だ。
「ウィルくん。右の奥にいる、ナイフを持った女性を倒してもらってもいいかなぁ」
ケルピィが声をかけてきたのは、王都のどこかの路地裏だった。
牢屋かどこかで罪人を倒すという話だったが、倒せという人間は歪んでこそいるが普通の女性だ。
地味そうな服で、小さな鞄まで手に持っている。
「……一般的な女性に見えますが、本当に良いのですか?」
「うん。やっちゃって」
『隊長。説明を』
ウィルも躊躇っている。
メッセが、ケルピィに説明を求めた。木村も聞いておきたい。
「めんどくさいよぉ。どれくらい説明すればいいの?」
『自分が納得するまでです』
木村は、メッセとケルピィの会話を聞いているとどちらが偉いのかわからなくなる。
公的な立場ではケルピィの方が上のはずだが、普通に会話をしているとメッセの方が上に感じる。
「うーん。ウィルくんは一般的な女性と言ったけど、王都の一般的な女の子はナイフを持ってないんだよねぇ」
それはそうかもしれないと木村も思った。
しかも女性が手に持ってるナイフは木村の目から見ても果物ナイフと言った可愛いものには見えない。
刃は細身で長く、彼女の持ち方も様になっている。刺されたら普通に死にそうだ。
『……それだけですか。護身用の可能性もあります。殺す理由としては少なすぎます。却下です』
「それじゃあ、もう少しだけ。彼女はどうしてここにいるの?」
薄暗い裏路地だ。
細かい服装は歪んでいるが、あまりこの暗い雰囲気に似つかわしくない。
『通りかかっただけではないですか』
「考えづらいねぇ。ここはウィシュミット通り東の外れだ。王都が歪んだ時間帯は夕刻だよ。このあたりはすでに店じまいしてる。彼女、このあたりへのお出かけにしてはお洒落をしすぎてないかな。靴のかかとも減ってないし、履き慣れているようには見えない。鞄も持ってるようだけど、何が入ってるんだろう。気になるね」
右手にナイフ。左手に鞄。
靴は見ても木村にはよくわからない。地味な靴だ程度である。
「メッセちゃん、知ってる? この辺りは兵士の巡回時間が日によって決まってて、この時間帯は通らないんだよ。僕はサボってよく来てるから詳しいんだ」
『そんなことを自慢しないでください。隊長が言いたいのは、彼女はスパイということですか』
「スパイならもっと場所を選ぶんじゃないかな。こんないかにもなところで会う必要もないでしょう。ほら、お祭りのときにいろいろなところから人が来てたじゃない。彼女の顔立ちはウィルメック地方に良くいる、顎が長くて目尻が鋭いタイプの典型だ。あそこはウィラニ宝石の原産地だよね。あの宝石は正規の手続きで入れると、時間もお金もかかるよねぇ。ところで、この通りには取り扱いのある店があったね」
『……密売人だと?』
「うん。あっ、ほら、手首のここ。アユーラ蛇のタトゥー。密売組織『サバンダの蛇』の一員だよ」
『最初からそこだけ説明すれば良かったんですよ。まったく』
「えぇー。いま、見えたから仕方ないでしょう。捕まえられるなら、その方が良いけどね。けっきょく処刑は免れないでしょう」
『わかりました』
会話だけしか聞こえないが、メッセは納得したらしい。
話を聞いていたウィルも心なしか、顔に安心が見えている。
フルゴウルはやや呆れ気味だが、木村も今回は彼女の心境に近い。
そこまで確認しないと殺してはダメなのか。あるいは、その理由なら殺していいのか、である。
やります、と言ってウィルは炎を歪んだ女性に飛ばす。
炎が女性に着弾し、女性ははあっという間に燃え尽きた。
そして、金色の筺を残して消えた。
「アイテムは出るんだ。魔物と同じ扱いだ」
地下水路の本来の迷宮に出てくる歪んだ魔物は倒したことがある。
彼らは普通にアイテムをくれることは検証済みだ。
アイテムの中身はそのままだった。
歪んでいない。
木村は金色の筺の前に屈み、中身を読み上げる。
“『サバンダの蛇』幹部ミルドレアの血吸いナイフ”
名前は立派だ。
強そなナイフに見えるが、ただの素材である。
加工しないと装備すらできないし、経験から言って大層な名前の素材はしょぼい。
『――ミルドレア。自分の間違いでなければ、あの“ミルドレア”ですか』
「だろうねぇ。まさかこんなところにいるなんてねぇ。殺すのはもったいなかったかもしれないなぁ」
ブリッジの二人は驚いている。有名人だったようだ。
王都で歪まされて、魔物になって倒される。彼女も被害者かもしれない。
木村は拾わずにアドバイザー二人を見る。
ボス結晶のアイテムは歪んでいた。これも歪みがある可能性がある。
「こちらのアイテムには歪みが伝播していませんね」
「そのようだ。拾っても大丈夫だよ」
木村は金の筺を拾う。
どうやらこちらも歪んだ魔物と同様にアイテムまで歪みは伝わっていないようだ。
ところで、そろそろアイテムの見た目を変えて欲しいと木村は思っている。
フルゴウルの筺とほぼほぼ同じなので、爆発するんじゃないかと不安になるときがある。
トロフィーの効果をオフにすれば、すぐに戻るのだが、普通の宝箱になると持ち運びが不便で仕方ない。
「アイテムは歪みなし。アイテムから人に戻すことは不可だろうね。……様子がおかしい」
振り返れば目を開けたフルゴウルがいた。
慣れてはきているが、やはり目を開けた状態はまだ怖い印象がある。
「何かおかしいことがありましたか?」
「精気が戻り始めている。離れるべきだ」
木村たちは歪んだ魔物を倒した地点から距離を取った。
離れて見ていると、歪んだ人間が復活した。
「復活した……」
「倒しても復活する、と。王都の住民に元から復活する力があったわけではないね?」
『あるわけないでしょう』
「それでしたら迷宮の雑魚モンスターと同じ扱いになってるかもしれません」
一歩前進だ。
倒しても復活するなら遠慮なく倒せる。
素材もざくざく稼ぎつつ、歪んだ王都を回れることになる。
「これは……、まずいかもしれません」
「どうして?」
ウィルは困った顔をしている。
フルゴウルは困ってこそいないが、どうしたものかと考えている様子だ。
「一度戻らないかな。このまま見て回っても良いが、目的の共有もできていなければ時間と労力の無駄になりそうだからね。――時間が惜しい」
時間が惜しい、とはどういうことか木村は尋ねたかったが、アドバイザー二人はすでに帰途につこうとしている。
アドバイザー二人に逆らえることもなく、木村たちはカクレガに戻った。
ブリッジにはアドバイザー二人と、メッセ、機械玉ケルピィ、それにモルモーがいる。
モルモーはまた冥府のアイドルの姿になっていた。
儚げな横顔を見せて、椅子に佇んでいる。
木村も彼女を見ていて幸せなので何も文句はない。
むしろ、ずっとその姿でいて欲しいくらいだ。
「それでまずいっていうのは? 倒しても復活するなら安全でしょ」
木村は尋ねる。
同時に彼の思っていることを述べた。
木村の言う安全というのは、『倒しても住民は死なない』のが安全ということだ。
冥府の導き手からは、『慎んで』行動しろと釘を刺されている。
死なないなら彼女の怒りには触れないだろう。
モルモーもほっと息を吐いていた。
「今はそうです」
ウィルが短く答えた。
木村とモルモーがウィルを見た。
「今は?」
「はい。あと七日ほどでイベントが終わり、迷宮はなくなるのでしょう」
「たぶんそう。でも、残るかもしれない」
「迷宮が残るなら問題ありません。このままですからね。ただ、フルゴウルさんが今朝言われたように、迷宮と歪曲は別物です。問題は――迷宮だけがなくなり、歪みが残る場合です」
「……どうなるの?」
「魔物は迷宮と一緒に消えるかもしれません。それでは、住民はどうでしょう? おそらく消えないでしょう。元からここにいた人たちですからね。こちらも迷宮とともに消えてくれるなら問題ありません」
『大問題です』
メッセは冷たくウィルを睨んだ。
ウィルは「失礼しました」と自分の失言をわびる。
「住民が消えても問題です。しかしながら――」と続ける。
「迷宮だけが消え、歪曲が解消されない場合はより大きな惨事が生じます。そもそも今の彼らがあの歪みを受けても生きているように見えるのは、迷宮という場の影響を受けて半ば魔物になっているからです。これは間違いありません。普通なら歪みに堪えきれず死にます。僕でも死にます。間違いなく堪えきれる人間なんていません」
ウィルはここで言葉を切って木村を見た。
木村はモルモーを見る。彼女は顔色が明確に悪くなっている。
「つまり、迷宮が消えるとき――イベント終了時に王都の住民が全滅するって理解でオーケー?」
「そうなると考えてもらっていいです。これは僕の考えですが、どうでしょうか?」
ウィルがフルゴウルを見た。
彼女は頷く。
「私も同じ結論に至った。そのため対策を考えている。死者が多数出ることは私の望むところではない」
メッセがフルゴウルの言葉を意外そうに捉えている。
勘違いである。これは「助けたい」という慈愛による言葉ではない。
「助けないと、私が冥府の導き手に殺される」という焦りの籠もった言葉である。
わざわざ口にする必要もないので木村は黙っている。勘違いでも喧嘩腰にならないことは良いことだ。
それに喧嘩をしている場合でもない。
タイムリミットがある。
「キィムラァくん。この迷宮はいつまであるんだったか?」
「一週間――だいたい七日ほどですね」
「正確に言ってくれ」
「えっと、八日と半日です。えっと、ですから……九日後の朝早くに終了しますね」
「八日と考えていいだろう。王都は現在、迷宮と歪曲が混在し、八日後に迷宮が消失する。迷宮が消滅することで、王都の住民は高確率で全滅すると考えられる。全滅を避けることを最重要課題と位置づけ、残りの日程を進めていきたい」
期限を確認し、フルゴウルは現在の状況と問題をまとめる。
それに全員が今後考えるべきことを意識させる。
この手際には木村も舌を巻いた。
スピード感が違う。
「二つの戦略を考えた。一つは迷宮を残す戦略。もう一つは迷宮が消えるとして、歪曲も解消する戦略だ」
一つ目は、歪曲が残るとして、迷宮も残すことで住民を死なないようにするのだろう。
もう片方は、迷宮が消えた際に残る歪曲を消し、住民が死なないようにするというものだ。
どちらも住民が死なない方向であることは変わりない。
ここが大目的である。この目的を達成するための戦略なのだ。
モルモーがブリッジの黒板にフルゴウルの発言をメモし始めた。
まともそうな会議になりつつある。木村も文字にしてもらえるとわかりやすくて助かる。
イベントも四回目の中盤を迎え、初めて黒板が使われた。
今まで飾りだったので強化もしなかったが、とうとう日の目を見るときが来たのだ。
明らかに不便そうだ。
書きづらそうだし、消すのも手間だし、チョークが折れる。
今後を考えると拡充しなければならないだろう。
……今でもいいな。
席を外して素材を投入してこよう。木村は思い立った。
「ちょっと黒板を拡張してくる。議論は続けてて」
家具マシンにいき、黒板を強化する。
あっさりと四段階ほどで拡張限界を迎えた。
他の部分は強化するたびに、コストが数倍以上になるが黒板は安い。
戦力にほとんど関係しないからかもしれない。他は大小さまざまだが、戦力に関わる物ばかりだ。
戻ると黒板が変化していた。
机の真ん中に透けるホワイトボードのような物が浮かび上がり、文字が浮かんでいる。
どうやってか文字も出ている。モルモーが見慣れないペンを持っていた。
もしかしたらあれを持っていると考えるだけで文字が起こされるのか。
木村は便利だと思う反面で、会議の限界を見た気がする。
どうあがいても、これが便利の最終段階と言われているような気がした。
とりあえず書き起こす手間は大幅に減ったのでそこは満足だ。
文字の色や強調点を付けることで、何をしなければいけないかや期限も伝わる。
さらに日程表や、役割分担がチャートとなっており一目で全体像を把握できるのもBIツールらしくて良い。
王都の地図が出てきたが、かなりあやふやだ。
聞いたところ、ケルピィの記憶を頼りに構築されたらしい。
記憶だけでここまで構築できるならすごいな、と木村も感心した。
黒板の強化は短時間だったはずだが、議論は迅速に進んでいたようだ。
二つの戦略のうち一つ目――迷宮を残すに×印が付いていた。
詳しくみていくと、迷宮を残す方法が「?」で記されている。
さらに、“王都の住民が歪んだまま残る”と確かな問題も残されていた。
死なないのは良いが、歪んだまま生き続けるのはそれはそれで問題に違いないだろう。
「さて、もう一方の歪みを消す方法だが、何か案があるかな?」
もちろん誰も何もない。
迷宮を残す方法か、歪みを解消する方法のどちらかを見つけ出さないといけない。
前者はすでに消されているが、難しいのは明らかだ。
まずどうやって迷宮化したのかが、さっぱりわからない。
木村たちがいる世界よりも一段上の存在によって、作られたと言っても過言ではない。
一方で、後者は、原因の根本がわかっているし、実際に力の行使も見た。
倒すことはできなくとも、問題を作り出した原因そのものを消すことはできた。
「アコニトの不完全な闇の同化で包んでもらうってのはどうなの?」
「無理だぞ。女狐はそこまで広範囲にできない」
今まで無言だったおっさんが否定する。
「すぐに効果も切れるからなぁ」
木村も自らの発言の問題点に気づく。
消し続けることができたのは、あくまで訓練室だったからだ。
外なら使い続けることはできないし、範囲もやはり狭すぎる。王都をまるごとなんてもってのほかだ。
パネルの作戦欄に、“アコニト×”と示された。
何も知らずにパネルを見たら、アコニトがダメみたいに見えるなと木村はクスッと笑った。
けっきょく、まともな案は出ない。
さらに詳しく王都を見て回らなければならないということで初回の対策会議を終えた。
王都を夕方まで巡り、成果を得られずカクレガに戻る。
木村もシャワーを浴びて、ベッドに突っ伏した。
どうしてこうも問題ばかり起きるのかと、ややうんざりな気持ちだ。
イベントのたびに問題が起きている。
最初はより大きな存在が問題を片付けてくれていた。
木村たちはその問題に巻き込まれて見ているだけで済んでいたのだ。
今ではより大きな存在も出てきてはいるが、木村たちの力も行使しないと解決しなくなっている。
指をくわえてみているだけでは、問題が解決しなくなった。
地味に成長はしているが、これはこれで辛いと考える。
特に木村自身にさして力がないのが辛い、と彼は思っていた。
仲間をこき使うことはできるがそれだけだ。
彼自身には強敵を倒す力も、素晴らしいアイデアが湧き出ることもない。
仲間が増え、さらに彼らの力が高まるにつれ、木村は自身の無力さを感じるようになる。
これはあまりにも自己否定が過ぎるというものだが、この悩みを自動で解決してくれる存在はいない。
木村がおっさんやアコニトに相談すれば、自己肯定に転じることもできるのだが、彼の浅くつまらないプライドがそれをしなかった。
これは別に大きな問題ではない。
よくある思春期の、よくいる少年が持つ、どこにでもある思いだ。
ほっとけば時間が勝手に解決する。解決はするが、下手に時間に任せると変な方向に転がる。
「……あっ!」
木村は彼にできることがまだあったと思い出す。
顔を横に向けて、その扉を見た。
彼にしか入れない領域が、彼の部屋にはあるのだ。
ベッドからすぐさま起きて、トロフィールームへと足を踏み入れた。
「良かった。増えてる」
目に映る範囲でトロフィーが増えていた。
トロフィーどころか部屋自体が広くなっている。
棚も追加で増えていた。どこまで広くなるのだろうか。
増えて悪いことはない。トロフィーで入手出来る効果は唯一無二のものが多い。
現状を打破できる可能性もある。
金トロフィーは増えてなさそうだが、銀トロフィーでも現状に刺さる効果があれば御の字だ。
近くから見ていくことにする。
イベント棚にあるのは銀色のトロフィーだった。
銀色のボス結晶が浮いている様子だ。
題名:“迷宮にて相まみえましょう”
説明:“あなたは結晶となったボスを倒した。手強かった?”
効果:“ドロップの宝箱が結晶に変更される。”
題名からして間違いなく、本イベのボス撃破によるものだろう。
説明欄の「手強かった?」の意図がよくわからない。
手強かったですよ、としか言えない。
銅トロフィーがないのは残念だ。
効果が地味に嬉しい。
ちょうど今日も宝箱の見た目を変えたかったところだ。
さっそく下に見えるチェックボックスをオンに切り替える。
切り替えると、さらに選択肢がたくさんでてきた。
赤、赤褐色、金、白……と色も選ぶことができるらしい。
黒が格好良さそうだったが、暗いと視認性が悪そうなので、ひとまず白にしておいた。
都市・国等の破壊シリーズ棚にトロフィーが増えていた。
案の定というべきか、歪んだ王都がそのままトロフィーとして現れている。
題名:“歪みの王都”
説明:“あなたは歪んだ王都ムックリを訪れた。”
効果:“王都ムックリに属するキャラのステータスアップ”
これはまあ、今までの経験からで察した。
ケルピィがあの状態なので、効果がかかるのは実質メッセのみだろう。
既存の棚には増えた物はなかった。
一般人A関連で増えると思っていたが、ハデスや冥府の導き手と同じ棚は変化がない。
この棚は、強敵ではなく神に関する棚なのかもしれない。
新しく増えた棚を見る。
二つの棚に、それぞれ二つのトロフィーが載せられている。
一つ目の棚にあった銅トロフィーを見る。
何も描かれていないトロフィーだ。板だけがおかれている。
題名:“特殊能力者との出会い”
説明:“あなたは特殊能力者に初めて出会った。”
効果:“特殊能力者の能力名称が開示される”
説明や効果はシンプルだ。
特殊能力者というのは隣の銀トロフィーを見ればわかる。
一般人Aのことだろう。アピロという名前だったらしいがどうもしっくりこない。
ウィルが魔法ではないと言っていたが、どうも魔法のくくりではない特殊な能力だったようだ。
ゲームとかではユニーク能力と呼ばれる分類かもしれない。
今後は、特殊能力者の能力名がわかるらしい。
普通だとわからないのだろうか。名称がわかったところでどうしろと……。
改めて隣の銀トロフィーを見る。
一般人Aが立っている。手には空間の歪みを持っていた。
題名:“歪”
説明:“あなたは「歪」のアピロに出会った。曲げて歪めて重ねて捻る。”
効果:“歪みへの抗力と歪みトラッカー機能を得る(※どちらもあなたに限る)”
「歪みトラッカー機能?」
歪みに対する抗力はまだわかる。
おそらく歪みづらくなるのだろう。
歪みのトラッカー機能というのがわからない。
下にチェックボックスがあり、機能はオフの状態だ。
現状を打破できる可能性があるのですぐにオンにしてみる。
……変化はない。
明日にでもオンにした結果が出るだろう。
もう一つの新たな棚を見た。
銅トロフィーだ。
アピロと、彼の前に見覚えのない少女がいた。
少女は剣と盾を持って魔物と戦い、アピロはそれを眺めている。
題名:“アピロの襲撃”
説明:“あなたはアピロに襲撃され、無事に生き延びることができた。”
効果:“アピロに対峙したキャラの歪曲の理解が増す”
これ、どうなんだろうか。
もしかしてウィルやフルゴウルが、王都の現状に関する理解が早かったのはこれのせいか。
歪みは、迷宮と別とか、歪んだのが魔物か住民か、それにアイテム……アイテムは以前から気づいていたな。
とにかく理解があって悪いことは何もない。
一番わからないのはトロフィーの絵柄だ。
この剣と盾を持つ少女は誰だ? もしかしてあのボス結晶か?
この少女がもともとアピロの仲間で、結晶化してあのボスになったのか。
憶測はできるが、詳しくはわからない。木村は次のトロフィーに移ることにした。
銀色のトロフィーだ。
アピロと尻尾のないアコニトが向かいあっていた。
アピロはアコニトを見下ろしているが、アコニトは胡座をくんでアピロを見上げている。
実力差は明らかだが、余裕が見えるのはアコニトだ。逆に、アピロはどういうわけか顔が引き攣っていた。
題名:“到達者”
説明:“あなたは一つの世界の頂点と渡り合った。”
効果:“到達者と渡り合ったキャラに、対象の力を一時的に無効化する力が備わる”
あった。
喜びと嘆息が半々だ。
効果を見て、元凶を打開する道が開けた反面で、道を開いたのがまたこいつかという想いだ。
あのアコニトはなんだかんだで重要局面の中心的位置づけになっている。
昨日、アピロが闇から出てきて、アコニトが死ぬまでに時間があったのを木村は覚えている。
おそらく二人は何らかの話をした。そしてアコニトがアピロを言い負かしたのだろう。
詳細は違うかもだが、それらしきことが起きたのを窺わせる説明文だ。
明日はアコニトも連れて、王都を回らないといけないだろう。
間違いなくアドバイザー二人は嫌がる。木村だって嫌だ。
とりあえず効果の説明を、明日の朝一でアドバイザー二人にしよう。
その後は、歪に理解を増した二人が何らかの対応策を考えてくれるはずだ。
彼らの打ち立てた対応策に従い、木村も彼にできることをしていこうと決めた。




