65.イベント「迷宮にて相まみえましょう」4
迷宮は歪んでしまったが、チェックポイントはまだ生きているらしい。
部屋の窓から外に出ると城の一室で、城の一室の衣装棚から迷宮の外に出ることができた。
カクレガに戻って、地図を見ると、チェックポイント一つ分しか東に行ってない。
とりあえずメッセも一緒である。
彼女の上司が結晶で見つかってからは一言も口を交わしていない。
口を交わすどころかメッセは自分で歩くこともせず、おっさんに抱えて運ばれていた。
アコニトが「怠惰な童だぁ」と馬鹿にしていたが、原因を作った本人が言うことではないし、本人の方がずっと怠惰である。
ブリッジにて“ケルピィの結晶”とやらを調べてみることにした。
金の筺から取り出すと、ソシャゲの召喚石のような綺麗な白の宝石が出てくる。
結晶と言われれば結晶だろうが、どちらかと言えば召喚石に見える。
白っぽい色からしてレア度は低いだろう。ただ、かなり大きい。腰くらいの高さはある。
しかもぷかぷか浮いており、神秘的なものを感じないこともない。
死んだケルピィが召喚できたりしないだろうか。
木村はなんだかわくわくした。
「この結晶は、生きているね」
結晶を見ていたフルゴウルが口を開いた。
全員が彼女を向く。
「え?」
「この結晶は生きている。精気の流れがある」
「意志もあるのでしょうか?」
「おそらくあるだろう。しかし、会話はできないようだ。口がないからね」
ごもっともだ。
もしかしたら喋っているのかもしれない。
ときおり光るのがシグナルの可能性もあるが読み取れない。
『隊長、なのですか?』
久々にメッセが喋った。
喋ったと言っても、頭に響くだけである。
メッセが声をかけると、白い結晶がピカッと光った。
『生きて、いるのですか?』
結晶がまた光る。
偶然の可能性もあるが、返答している可能性も捨てきれない。
生きていることはわかった。
それではどうするか。どうすることもできない。
木村には案が浮かばない。部屋を与えるべきなのか、それともブリッジに置いておいていいのか。
あまりにも過去に例がなく、如何とも決しがたかった。
「ダメもとで合成してみてはどうかな?」
「合成ですか?」
こういう例のない場面にフルゴウルは強い。
積極的に案を出してくれる。さすが秘密結社だかなんだかのトップをしていただけはある。
ただ、合成と言われると嫌な予感しかしない。
あの合成装置のことだろう。
「合成装置に入れて合成し、完全に結晶化させ、煎じて飲めということでしょうか?」
さすが元・闇の組織トップだ。
考えることがえげつない。木村は想像もしなかった。
確かにこれならケルピィの記憶が、煎じて飲んだ相手に伝授されるかもしれない。
「……そんなわけないよ。キィムラァくんは、なかなかえげつないことを考えるね」
予想から外れた。
普通に驚かれている。呆れられているのかもしれない。
「モルモー女史に、あのデモナス地域で会った混ぜ物の化物になってもらい、この結晶を喋ることのできる何かに合成する。そうすれば会話もできないかな?」
木村は考えもしなかった。
なかなか妙案だなぁと素直に思った。
『合成? 大丈夫なのですか?』
「わからない」
『わからない? 貴女は隊長を、なんだと思っているのです?』
「生きている結晶だね。この状況を打破できる情報を持つ可能性があるモノだ。利用価値がある」
木村もメッセに素直に告げた。
そして、ぶたれた。
しかし、フルゴウルは木村の一段上にいる気がする。
少なくとも木村にはわずかな罪悪感があった。彼女にはまったくない。
まったくヒト扱いしていない。
結晶を完全にモノ扱いしている。
どちらの気持ちも木村にはわかる。
メッセからすれば、隊長の形が変われども生きていたわけで、この結晶は隊長というヒトなのだろう。
フルゴウルからすれば、会ったこともない人間なわけで、意識のある結晶というモノだ。
メッセもさらりと言われて震えている。
一種の恐怖をフルゴウルから感じているのではないだろうか。
フルゴウルは過去にやらかした経歴がある。
たとえ、この結晶が人の形をしていても、同じことを同じ表情で告げたかもしれない。
「震えなくても大丈夫。無駄にはしない。コレは余すことなく有効活用したいと思っているよ」
いや、間違いなく告げたな、と木村は確信した。
メッセのフルゴウルを見る目が、木村を見る目と同じになった。よりひどいかもしれない。
『あなたたちは、人の心がないのですか?』
「ん? 質問の意味がわからないね。どういうことだろう?」
フルゴウルは本当にわかってなさそうだった。
ウィルが彼女に説明していたが、足りない部分――非人道的部分を木村が継ぎ足した。
「なるほど。そういうことか。メッセくんが怒っているのも得心がいった。それなら私に人の心はあると言えるね。メッセくんのように他人を慕えるのも人であり、私のように淡々と考えて実行できるのもまた人だろうからね」
いけない。
その発言は火に油を注ぐやつだ。
『あなたは――』
「――本人に! 本人に尋ねてはいかがでしょうか?」
慌ててウィルが仲裁に入った。見事なタイミングである。
もう一秒でも遅ければメッセの手が、今度はフルゴウルを襲っていた。
フルゴウルは木村のように甘くない。おそらく反撃でメッセは死んでいただろう。
「ケルピィさん。あなたは意志がありますか? 今の会話が聞き取れていましたか? 聞き取れていたのなら光を二回連続で出してください」
結晶が二回連続で光る。
偶然と言うにはあまりにもできすぎている。
「僕たちはあなたと会話をしたいと考えています。しかし、あなたは現状、そのような姿であり満足な意思疎通ができません」
結晶が二回光った。
ここまで来ると偶然とは言いづらそうだ。
「僕たちは、あなたを会話ができうる姿に変えたいと考えています。専門家を連れてきて、実際にできそうかの検証は必要となりますが、その方向で動いてよいでしょうか。良いなら二回、駄目なら一回で返答してください」
結晶は二回光る。
さっそく木村は動くことにした。
メッセを見るのが怖かったからでもある。
木村はモルモー女史を連れてきた。
彼女の今の姿は誰なのかさっぱりわからない。女性の姿だが見たことがない。
ひょっとしてこの姿が本来の姿なのだろうか。寂しげな横顔がとても綺麗で、木村はドキッとしてしまう。
「エリュシオンで人気のアイドルですよ。カラオケをこの姿で歌うとルーフォさんがとても喜ぶんです。発狂寸前です」
想像が容易にできる。
タンバリンをノリノリで叩いていそうだ。
木村も今度、見せてもらおうと思っている。
それよりも今は合成の話だ。
実現可能性を尋ねてみた。
「できなくはないと思います。完璧な模倣は無理ですが三割方の力は模倣できますし、三割あれば十分かと。結晶の人格を別のモノに合成するという話ですからね。合成と言うより移し替えが妥当でしょうか。それで、結晶内の人格を何に合成するんですか?」
「……何に合成するんだろう?」
まったく考えてなかった。
少なくとも、不都合なく喋ることができるものでなければならない。
すでにモルモーは、おっさんの知り合いである合成女に変化している。
能力の詳細を調べているようだ。
「合成すると、合成先の人格が消える可能性が高いようですね」
すなわち、ケルピィの人格を人に移せるが、移した先の人格は消える可能性大ということ。
人相手にはおいそれとできないということになる。
「女狐はどうだ?」
おっさんが口を開いた。
真顔で尋ねるのは判断に困るからやめて欲しい。
アコニトの人格が、他の人間のそれに塗りつぶされる。まともにはなるだろう。だが――
「アコニトの人格が、そう簡単に塗りつぶされるとは思えないよ」
「……それもそうだな」
納得してもらえたらしい。
これで納得されてもちょっと困るが、とりあえず触れないようにする。
「ブリッジの音声案内球体は駄目ですか?」
ウィルが指をさした。
地図の横に、小さな球体がつるされている。
本来は、ブリッジ機能のヘルプをしてくれるものだった。
おっさんが、完全にその役割を奪っているので、このヘルプ機械は最初の挨拶で役目を終えた。
今ではただの丸っこい飾りだ。
たしかに喋る。
移動はできないだろうが喋ることはできる。
なんだろう。これでいいのだろうか。
木村はもっと人らしいものを合成先に考えていたが、他の人間はそうではない。
「名案だ」、「さすがだな」とウィルを賞賛している。
ウィルも照れが混ざっていた。
不満なのは木村とメッセだろう。
――否。メッセもなぜか納得している。
「まあ、これならいいか」みたいな顔で頷いている。
いいのか? あんな球体に上司が移されて。少なくとも自分は嫌だぞ、と木村は思った。
「これなら素晴らしいと思いますよ。さっそく合成しましょう。ね?」
結晶は一回だけ光った。
どうやら木村と同意見なのは、物言えぬ結晶だけということになる。
遅れてもう一度だけ光る。
「良かった。気に入ってくれましたか。それではモルモーさん。お願いします」
木村には、Noを二回言っていたように見えたが、ウィルたちにはYesに見えたようだ。
結晶が抵抗するように点滅を繰り返す。
「見てください! 大喜びですよ!」
「早くしてあげよう。すぐに取りかかってくれ」
やはりウィルたちには結晶が喜んで興奮しているように見えるらしい。
「はーい、合成しますねー。じっとしてくださいねー」
動けないだろ。
けっきょく結晶は抵抗できるわけもなく、機械玉に合成された。
「どうも、みなさん。手を煩わせてしまったようで……。メッセちゃんは無事で良かった」
機械玉から、いかにもな機械的な声が響いた。
どうやら成功したらしい。しかも結晶と同様にぷかぷか浮いていた。
『……隊長』
メッセは目を潤ませて、浮かぶ機械玉を胸に抱いた。
一見、感動の再会のようだが、木村は機械玉の発言が皮肉と感じてしまった。
「クソ野郎ども。なんでこんな体に移したんだ。『メッセは』無事で良かったね。僕はこんななのに」と聞き取れてしまう。
たぶん気のせいだろう。
気のせいということにした。
ケルピィ(機械玉)との情報共有が始まった。
迷宮が歪んだとき、彼はアコニトや他の獣人といたらしい。
酒を飲んでいたと聞く。どこにいてもアコニトは酒か葉っぱをやってるなと木村は思った。
獣人たちの特徴を聞き、木村は彼らがカゲルギ=テイルズのキャラだとわかった。
特にハッピートリガーの使う銃や、慚愧一閃の刀はいかにもな特徴だ。
フルゴウルも慚愧一閃と福音という名に聞き覚えがあったらしい。
過去に依頼したことがあると話していた。依頼内容は聞かないことにする。
ウィルは、シエイという名を知っていると話した。神聖術の複合が得意と言っているが木村はよくわからない。
アコニトと獣人三名、それにシエイ、ケルピィは歪んだ空間から出ようと、右に左にと移動を繰り返したらしい。
なおアコニトは、禁断症状が出たようでどこかに走り去ってしまったようだ。
そのおかげで木村たちと合流できたので悪運が強い。
とにかくケルピィたちは、歪んだ迷宮を彷徨って、ある男と結晶に出会ったと聞く。
男の特徴は一般人のようだったとケルピィは話す。異常に気持ち悪い感覚だけがあった、と。
獣人三人が威勢良く、気持ち悪い男に攻撃を仕掛けたらしい。
ところがあっという間に返り討ちにされた。彼らの攻撃の一切が通用しなかった。
空間の捻れは彼によるもののようで、彼の前にはあらゆる攻撃・防御がねじ曲げられたようだ。
シエイは、最初からその男に抵抗しようとする気配がなかったと話す。
実力差をわかっていたのかもしれない。
その男も結晶に関しては手探りな状態だったようだ。
小さな結晶を獣人たちに埋め込んで、彼らが結晶化した様子を観察していたとケルピィは言う。
竜をおびき寄せる餌に使えるかもしれない、とも話していた。
彼がドラゴンハンターだと木村も繋がった。
その後は、ケルピィも結晶を埋め込まれ、気がつくとここにいたようだ。
けっきょくのところ、そのドラゴンハンターがこの歪みの根源だろう。
結晶に関しては木村もよくわからない。
そのドラゴンハンターもよくわかっていないのなら、迷宮に備わっていた機能なのかもしれない。
あるいはドラゴンハンターがボスを倒したのなら、ボスドロップで手に入れた謎のアイテムの可能性もある。
「そのドラゴンハンターは倒せそうかな?」
ドラゴンハンターなる謎の男を倒せば、今回の問題は解決しそうな話だ。
今の戦力で倒せるだろうか。
「無理ですね」
「無理だろうね」
「無理だぞ」
「無理でしょう」
ウィル、フルゴウル、おっさん、モルモー(合成女)が声を揃えた。
二人までなら、ギリギリいけるかもしれないが全員一致となると勝ち目はないだろう。
特におっさんとモルモーが無理と判断するレベルはお手上げの可能性が高い。
「私も外の様子を見ましたが、あの空間変動を一人でやっているのなら、主と同等クラスの使い手とお考えください」
モルモーの主は、冥府の導き手と呼ばれる神の一柱だ。
彼女の力の断片は冥府でも見た。都市が一瞬で復活していた。意味不明な力だ。
「戦いにならないでしょうね」
ウィルの言葉に、他のアドバイザーたちが頷く。
今回のイベントはこれにて終了ということで良いのではないだろうか。
なんとなくこの迷宮は大丈夫と判断していたが、まったく大丈夫じゃなかった。
想像していた難易度よりも、ずっと高いことがわかり木村は恐怖した。
知らぬが仏。もう入ろうとも思えないほどである。
「イベント終了まで待ってみようか」
「終了しても直らない可能性はありますね」
すでに、ドラゴンハンターにより迷宮が歪められている。
これが終了時にどうなるかが問題だ。
「ドラゴンハンターは、名の通り竜を探していると聞いた。竜を倒せばどこかへ消えるのではないかな」
木村はおっさんを見る。
その探している竜はおっさんの知り合いの可能性が高い。
「以前話したおっさんの知り合いは、強いの?」
木村は、竜と言わず知り合いと言った。竜と断定すれば彼は答えないだろう。
おっさんも、感情のわからない表情で返してくれる。
「強くないな」
駄目だった。
駄目ではないか。強くないなら弱いということだ。
さっさとやられてくれればなんとかなる。
「しかしな。探して見つかる奴じゃないぞ。前にも話したが、会うことはできないんだぞ。いくら空間全体をねじ曲げたところで何にもならないな。時間の無駄だぞ」
そういえば、前にもそんな話をした。
会うことができないとか、寂しいのが好きとか、不変がどうのこうとだったか。
探しても見つからないことをドラゴンハンターに伝えれば、帰ってくれるだろうか。
おそらく無理だろう。そもそも会いたいとも思えない。
とりあえず現状で為す術なしということで、いったん解散となった。
木村は、メッセの部屋を作って案内してから自分の部屋に戻る。
「おぉ。戻ったかぁ。遅いぞぉ」
アコニトが部屋にいた。
居城である喫煙室でヤニを吸ってると思いきや、こんなところにいた。
ここに来るのはかなり珍しい。
おっさんに使いにされるか、過去にあったように彼女自身が偽物かだ。
「どうかしたの?」
真偽の判断のため話をさせることにしてみた。
会話をすれば、アコニトの真偽の判定は割と簡単にできる。
「歪んだ迷宮を彷徨っておってなぁ。ふと感じたんだぁ」
「何を?」
「うまく言葉にできんのだがなぁ。クスリで意識がトンでるときになぁ。世界を一人で背負っている感覚に襲われることがあるんだぁ。儂が世界を歩くのではなくてなぁ、世界が儂一人の上を歩いてく感覚だぁ。わかるか?」
「わからない」
本当に何を言ってるのか、さっぱり微塵たりとも木村にはわからなかった。
しかしわかったこともある。このアコニトは本物だ。
偽物からこの台詞は出ない。
「かもしれんなぁ。この感覚はあまりわからんほうがよいぞぉ。儂は好きなんだがなぁ」
「……クスリをするなって話?」
「違うなぁ。儂はクスリをするなとは言わんぞぉ。一度もやったことのない人間が、周囲が駄目だと言うからという理由で、頑なにそのものを否定し、試すこともせんのはどうかと思っておるわぁ」
クスリ以外の話なら、木村も頷いたかもしれない。
スポーツや食べ物、趣味の話ならともかく、一度手を出して安易に退くことができないものは試すことすらするべきではないと木村は思う。
けっきょくアコニトが何を話しているのかわからない。
話している彼女自身も困っている様子だ。
「これをやる。ばれんようにこっそりやれぇ」
上品な紙の包みを渡してきた。
中にあるのは粉末状の怪しい物体だ。
これ絶対ダメなやつ。持ってるだけで捕まるやつ。
「用は済んだ。儂は部屋に帰るぞぉ」
木村はふと思い至って、部屋を出るアコニトのステータスを見た。
信頼度レベルが10になっている。これはレベルが10に達した報酬だったのだろう。
「……どうしようこれ」
もらったのは嬉しいのだが、もっと実用的なものが欲しかった。
そもそも使い方すらわからない。
飲み薬のように水と一緒に飲めばいいのだろうか。
それともテレビで見るように鼻で吸うのか、それとも火で炙って嗅ぐのか。
使い方がわかったところで木村は絶対に使わない。
普段のアコニトを見て、これを使ったらいけないと理解している。
彼女自身が素晴らしい反面教師である。他の何かに使えるかもしれないので、とりあえず保管箱にでも入れておくことにした。
信頼度報酬の処分を決めて、先ほどのアコニトとの会話を思い起こす。
アコニトは何かを感じたと言っていた。
彼女が自身の感情を話すことは滅多にないので、これもかなり珍しいことだ。
もしかして初めてだろうか。いや、前に彼女がそんなことを話していたのを聞いた記憶がある。
そのときの彼女の悲しそうな顔も覚えている。
泡電車に揺られているときだった、と木村は思い出した。
同郷のケリドが、怪しい機関の一端を担っている可能性があり悲しんでいた。
真偽判定に必死で、アコニトの発言にばかり気を取られていたが、彼女の表情は少しおかしかった気がする。
いったい何だったのだろうか、悲しいとは違っていた。
消えてしまってから、彼女の発言が気になってくる。
わざわざ会いに行って聞くのも恥ずかしい。どうしてあのとき真面目に考えなかったのかと自分が嫌になってくる。
自己嫌悪から逃げるべく、木村は本を手に取った。
迷宮になった王都で手に入れた本である。
見たことのない文字で書かれている。
意識すると日本語に置き換わる。
“ポルポル水源物語”
読む前からつまらなさそうだとわかる。
文字を追っていけば、じきに眠たくなって、嫌なことも忘れるだろう。
表紙を開き、最初の一行目を読んでいく。
読破してしまった。
短いこともあったが、内容がおもしろかった。なぜだか悔しい。
何年前のことかはわからないが、水不足の話から始まり、ポルポル氏とその周囲が苦心してあのトンネルを作り上げた話が書かれている。
あのトンネルは迷宮ではなく、ただの水の通り道で正しかったようだ。
その数十年後に川を近くまで引いたこともあり、ポルポル水源は用なしになったようである。
しかし、川を引くにもまずはポルポル水源があってこその話だ。
わかってはいたが竜の話なんてどこにも書いてなかった。
地下の道が入り組んでいるのは、脱出路にもなるからみたいな話はあった。
結末として、最初からもっと川の近くに都市を作りましょうで終わっているのも阿呆らしくて良かった。
そもそもどうして川の側に都市を作らなかったのかはどこにも書いてない。
わざわざ、地下を通して水を引いた理由が書かれてない。その後も川を引いているが、その理由も曖昧だ。
この地から移動できない理由でもあったのだろうか。
そこまで考えたとき、木村の中に閃きが訪れた。
今まで見聞きした単語が急激に繋がっていく感覚だ。
繋がってはいくが明確な形を持たない。
繋がりだけを感じて結論にまでたどり着かないのがもどかしい。
木村は部屋を出てブリッジに移動する。
ケルピィの玉がふよふよと浮いているだけで、他に誰もいない。
さすがのメッセも、上司を自室に持っていかないだけの感覚は備えていたようだ。
「尋ねたいことがあるんですけど」
「なにかな?」
よほど暇をしていたようで、すぐに応答してくれる。
後でスリープモードにしてあげよう。ずっと意識があると地獄だろう。
「地下の水路なんですけど、変なことはありませんでしたか? 本当に何でもいいんです。気になることがいくつかあるんですけど、それがうまく繋がらなくて」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、おじさんが見たことを話そうかな」
ケルピィの説明は詳細だった。
地下水路の地図の目印から、迷宮に移り変わるまでの変化の様子まで気持ち悪いくらい見ている。
「黒い檻ですか?」
木村が気になったのは黒い檻という単語だ。
地下水路の地図に載ってない場所に存在し、檻なのか何なのかすらわからなかったらしい。
どこか別の道に通じる入口かと思ったが、どこに通じているのか奥が見通せなかったようである。扉もなにもなかったらしい。
扉と聞き、木村は竜のマークを思い出した。
ただし、それだけではなにも言えない。
「後はそうだなぁ。怪我人が不思議と助かったねぇ」
「不思議と?」
死ぬはずの負傷者が助かったことがあるらしい。
明らかに致命傷で、時間経過もあり、さらに周囲は魔物だらけで生き残っていたようだ。
木村も似たような状況を思い出した。
メッセである。
木村たちが彼女を見つけたときも、彼女は一人でいた。
他のところでは、住民も兵士も魔物だって歪んでいたのに彼女は無事だった。
「おかしいねぇ」
「竜の力なのかもしれません」
ここまで異常があると、さすがに木村も何かの力だとわかる。
ドラゴンハンターが歪ませる力だというなら、その不思議な現象は竜の力ではないか。
「それにパーティーメンバーの枠が、一つ空いてるんです」
「パーティーメンバー?」
迷宮が歪んでから、入場するときにおっさんに止められた。
あのときに編成できるのが二人。一緒にいたウィルと、彷徨っていたアコニトの二人。
そして、後で加入したメッセ。全員で四人ならあと一人は誰だったのだろうか。
もう一人は迷宮の奥で仲間になるものだと思っていたが、もしかしたらもう仲間に入っているのではないか。
姿が見えてないだけではないのか。
しかし、姿も見えず、おっさん曰く干渉できない謎の存在が、仲間に入っていることをどうやって確認するのか。
おっさんに聞いたところで黙るだけだろう。そもそも干渉できないのに仲間に入っていたり、不思議な現象を起こせるものなのだろうか。
「あ……」
不思議な現象に関してはわからない。
もう一つの仲間になっているか――会っているのかの確認だけならできそうだ。
「すみません。確認することがありました。……そうだ、スリープモードにしておきましょう」
「スリープモード?」
「はい。睡眠状態と言いますか、起きるまで意識を停止しておくと言うんでしょうか。動けず喋れずの状態が続くと辛いでしょう。気がつかなくてすみません」
「……君は外に出てすぐ、戻ってきたんじゃないのかな? 僕は一瞬だったように感じたけど」
自動的にスリープモードになっていたのだろうか。
いや、そんなはずはない。中途半端に不便なのが、カクレガやブリッジのシステムだ。
木村の中で、繋がりがようやく形になって見え始める。
あのおっさんが迷宮の中で、メッセに変な質問をしていた。
「一つ質問なんですが、――ここに取り残されて寂しかったですか?」
「んー、まぁ、この歳になって言いづらいけど、そうかなぁ」
木村は思い出す。
おっさんが話していた。知り合いは「寂しいのが大好き」と。
自分が寂しいのは大好きで、他人が寂しがってるのを近くで見るのも好きだったりするのだろうか。
木村は、ケルピィをスリープモードにしてブリッジを出た。
自室に戻り、トロフィールームに入る。
迷わず竜関連の棚に向かう。
向かっている途中で、もう答えがわかってしまった。
トロフィーが新たに二つ増えている。
銅色と金色だ。
銅色のトロフィーを見る。
体育座りをしている少女がいた。メッセだろう。
題名:“闇竜といっしょ”
説明:“あなたの側に闇竜がいた。あなたは違和感に気づいた。”
効果:“自己変化とそれに伴う技の効果が上昇する”
やっぱり会っていた。会うというよりは、いたけど気づかないというべきだろうか。
どうやら謎の知り合いは闇竜と呼ばれる存在らしい。
闇の力とおっさんも言っていたことを思い出す。
自己変化というのはよくわからないが、後でおっさんに聞けばいいだろう。
このあたりの解説ならおっさんもしてくれる。
続いて金色のトロフィーを見た。
後ろ姿が描かれているが、明らかにアコニトだ。
ずぶ濡れで自慢の尻尾がべったりとなったアコニトが、トンネルを一人で歩いている姿である。
後ろ姿のため顔が見えず表情はわからない。ただ、木村には彼女の背中から不安や恐怖は感じられない。
彼女が落ち着いた表情で、やや楽しげに歩いているように感じた。
題名:“闇竜の加護”
説明:“あなたは闇竜の加護を得た。一人で寂しい? それが良いんだ。”
効果:“闇竜の加護を持つキャラが自己変化術式を使用したとき効果が変更される”
……もしかして、またアコニトが加護を手に入れたのか。
きっとそうだろう。そうでなければわざわざアコニトが彫られることはない。
説明文を読んで木村は、アコニトが何を感じたのかようやくわかった。
彼女は寂しさを感じていたようだ。そして、それが好きとも言っていた。
「え? ひょっとして寂しいのが好きってだけで加護をくれたの?」
ちょろい竜じゃないか。
でも、普通は会えないようだから全体でみればちょろくはないのか。
それに赤竜も一緒にご飯を食べて、機関に怒ってるだけで加護をくれていた。
竜の加護というやつは、実はそこまですごいものじゃないんじゃないかと木村は思えてきた。
何はともあれ確認すべきだろう。
木村はステータスを今一度確認すべく、アコニトの元へ向かった。




