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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅴ章.レベル41~50
64/138

64.イベント「迷宮にて相まみえましょう」3

 朝になり木村が目覚めても、王都は変わらずおかしなままらしい。


「待ってても良くならないだろうし、ちょっと入ってみようか」


 木村が提案を出したのは昼前になってからである。

 いくつかの案は各自から出てきたが、この異常もイベントの一部ということもありえる。

 カクレガも現在のチェックポイントから動きが取れないので、追加ミッションが迷宮の内部で行われているのではないか。


 危険そうなら退けばいいだろう。

 木村はさほど危険だとは思っていない。

 よく死ぬアコニトがまだ戻ってきていないのだ。

 彼女が生き残れる程度の危険性であり、敵もさほど強くないのではないかと木村は考えている。



 メンバーは昨日までの三人と同じである。

 防御役のボロー、攻撃役のウィル、回復以外ならたいていこなせるフルゴウル。

 物理攻撃にややかけるので、フルゴウルをゾルに替えようかとも思ったが、最初の様子見役は彼女の特殊な眼のこともあり適任と判断した。


 さっそくカクレガを出て、地下迷宮の出入り口へと向かう。

 昨日までは、兵士たちが守っていたが、今はどこかに消えて姿がない。

 どうせ眠らせることになるので、手間が減ってありがたい。


 開きっぱなしになっている重い石の扉を通ろうとするときに、おっさんの手が木村の肩にかかった。

 驚く以前にまったく体が動かない。


「キィムラァ。パーティーは二人までだぞ」

「えぇ?」


 おっさんはにこやかである。

 ついにパーティー人数規制がかかった。

 人数規制がかかるとイベントに入ったという気分がする。

 あまり嬉しくない気分だ。


「待って。二人の中にはアコニトも入ってるの?」

「遺憾なことにな」


 頬をひくつかせて、眉間に皺を作り、心から遺憾の意を示すようにおっさんが告げる。

 アコニトを入れて二人。すなわち、連れて行けるのは実質一人ということだ。


 ボローは攻撃ができないからまず無理。

 ウィルかフルゴウルだが、回復以外は万能という点でフルゴウルだろうか。

 しかし、神聖術という点ではウィルに一日の長があるし、この世界――王国についても少なからず知識はある。

 適合する性能かメタ的要素の二択という話に帰結する。


「私は辞退させてもらおうかな」


 フルゴウルが告げた。

 目を開けて、扉の奥を見ている。


「見えるのは良いんだがね。ああも捻れていると私は酔ってくるんだ。まともな戦力になると思えない」


 昨日もフルゴウルは捻れていると話していた。

 木村にはまっすぐにしか見えないが、彼女の眼からは捻れて見えるのだろう。

 それに、彼女が酔いやすいというのもよく知っている。


「ブリッジからサポートさせてもうよ」

「わかりました。よろしく頼みます」


 フルゴウルとボローがカクレガに戻っていく。

 その背中を木村は、最後まで見送った。


「行きましょうか」

「うん」


 木村とおっさん、それにアコニトが行方不明のため、唯一の戦闘メンバーとなったウィルが迷宮へ入る。



 扉を潜り、三人は迷宮に足を踏み入れる。

 木村が踏んだのは石や地面ではない。柔らかな感触。まるで草かクッションか。


 来たるべき暗闇もない。

 周囲は明るく、見たことのない景色が広がっている。

 右手の遙か先には、ファンタジー世界で見るような城が見えていた。


「転移……違いますね。神気反応は……」


 ウィルがぶつぶつと呟く。

 聞こえた範囲から察するにどこかへ飛ばされたらしい。


「ここは王都ムックリですね。あそこに見えるのがトルタテム城になるのでしょう」

「そんな気はしてた。転移ではないの?」

「神聖術の反応がありませんでした。どうやってか空間がねじ曲げられています。先ほどの出入り口とここが結びついていますね。異常なことが起きています」


 異常なことが起きていることは木村でもわかる。


 転移したことだけでない。

 草むらに人が横になって日向ぼっこをしているし、座って話をしている人たちも見える。

 しかし、彼らの顔や首、それに足に至るまで、ぐにゃぐにゃとエフェクトがかかってまともに見ることができない。


「神聖術の痕跡はごく一部です。それで、ここまで大規模な変化はありえません。そうすると、僕たちは敵の精神支配にかかっている可能性があります」

「そうなの?」


 もしかしてこれは幻覚なのか。

 なるほど、それなら納得もできる。状況としては困るが……。

 幻覚なら、せめて美少女にでもならないかと期待しておっさんを見る。


「キィムラァにその手の精神攻撃は効かないな。幻影をつくり出すなら別だぞ」

「それなら、この場は僕に言わせれば正常ですね。神聖術を使うこともなく、正常にねじ曲がってしまったことになるのですから」

「でも、どう見ても異常だよ」

「はい。そのとおりです。あまりにも正常に歪んでいる。謂わば、正常な異常です」


 周囲の歪みエフェクトを受けた人たちが、ゆっくりと立ち上がり木村たちへ向かってくる。

 話をしたい雰囲気には見えない。ゾンビ映画に出てくるゾンビのようだった。

 ところが彼らは近づいて口を開いたのである。


「今日は良い天気だな。君も一緒に雨を浴びて空に行かないか」

「ご存じ? アルター夫人。今度、アルン聖堂で叙勲を受けて騎士団に入られるそうよ。なんでも司書になりたいとか」


 駄目だ。木村は会話を諦めた。

 クスリが効き始めたアコニトと話すようなものだ。


「攻撃はできる?」

「反応としては一般人です。手にかけるべきでないかと」


 それなら逃げることしかできない。捕まったらどうなるかわからない。

 木村たちは草原を颯爽と駆け抜ける。



 幸い、歪み住民たちの足は遅く逃げ切るのは容易だった。

 駆け抜けた先は本が大量に置かれた室内だ。

 扉は一度も潜っていない。


「図書館かな」


 ウィルが近くにあった本を一冊抜き取る。

 パラパラと古くさい紙をパラパラと捲ってから元に戻す。


「図書館なら管理コードを本に付けるでしょう。本には何もついていません。貴族かどこかの蔵書と見るべきでしょう」


 なるほどと木村も頷く。

 しかし、見渡す限りが本の背表紙だ。

 これらを個人で持つことができるというのは難しいのではないか。

 場所にしろ、状態管理にせよ、相当な手間がかかるだろう。


「本は好きか? 儂は嫌いだ。臭いが嫌いだ。手触りが嫌いだ。文字の羅列を見るのも嫌いだ」


 見上げると、二階部分に歪んだ人間が立っていた。

 男性だが、歪んだ人間たちに性別はもはや関係あるまい。

 とりあえず、近寄ってこずに両手を本に向けて万歳してるので様子を見る。


「どんな本を読む? どんな本が読みたい? 言ってみろ? どんな本が好きだ? 食べられる本はなしだ」

「……漫画とかですか」

「マンガ。知らないな。ここにはない。聞き方を変える。何が知りたい?」


 木村は特に知りたいこともない。

 歪み人間が言ったように、木村も本が好きな人間ではない。

 気になっていたことを考える。王都の地図を知りたいが、知ったところで歪んでいては、地図の意味もない。

 無言も嫌なので、ちょうど最近挑んだばかりのところを尋ねてみた。


「ハトポポ川から、川の水がこの王都に向かって流れていましたが、あれは何なんでしょうか?」

「よろしい。ポルポル水源だな。奥へ進め、奥から二番目、右手の棚。下から二段目、右から四番目の『ポルボル水源物語』だ」


 木村はまともな会話が成立しているように感じる。

 会話ではなく応答に近いが、敵対して襲ってこないだけマシだ。


 木村たちが奥へ足を進め、該当の本棚を見つける。

 別に本自体には興味がないのだが、先ほどから歪んだ人間が早く手に取れとうるさい。


「ありましたよ」

「おお、ようやく見つけたか。誰が手に取って良いと言った。それは儂の本だ。勝手に触るな。本の波に埋もれ、文字に沈むのだ。意味は後から浮かび上がる」


 周囲の本棚が揺れ始め、本がバサバサ落ちていく。


「逃げますよ!」


 木村は本を手に持ったまま、ウィルと通路を逃げていった。



 たどり着いたのは暗い通路であった。

 道の中心を水が通っている。


 すぐさまウィルが灯りで照らす。

 道の先に体育座りをしている少女がいた。

 少女と判定したのは小さい体格と長い髪の毛からだ。

 ウィルの付けた灯りに驚き、体をびくりと動かすのを木村も見た。


「子供に見えるけど、あれも歪んだ人間かな」


 大丈夫ですか、と近づいたところで逆に襲いかかられるのは鉄板シチュだ。

 あるいは近づくと囲むように敵が現れるとか、ここなら水の中から出てくるパターンもある。


「そこの人、大丈夫ですか?」


 離れたところから声をかけてみる。

 少女はびくりと体を震わせて、また固まってしまった。

 怪しい。絶対に怪しい。近づかせて襲いかかってくるに違いないと木村は判断した。


「魔物かな?」

「魔物の気配はありませんね」

「あ、そうなの?」


 ウィルは魔物の気配を感じないとのこと。

 木村はおっさんを見る。


「普通の子供だぞ。キィムラァはどう見えるんだ?」

「普通の子供と……、怪しい状況かな」


 三人で少女に近づいた。

 うずくまる少女は、顔を見せない。


「あの、大丈夫? ケガしてるとか?」


 木村が声をかけるとおずおずと顔を上げる。

 見たところ顔にもどこにも歪みエフェクトはかかってない。


 亜麻色の髪に、怯えきった顔。怯えがなかったら綺麗な顔立ちだろう。

 服装は可愛げがない。どこかの制服だろうか。

 返事はない。目に見えて震えている。


「王国軍の制服でしょうか。僕の知っているものと違いますね」

「軍の制服? そうなの? この歳で?」

「神聖術の素養を感じます。神術省ならありえるでしょう」


 少女は首を横に振った。

 ウィルの推理は外れたらしい。


 少女は否定こそするが、解説はしてくれない。

 名前もわからない。そもそもこちらも名前を明かしていないことに木村は気づいた。


「僕は木村。こっちのお兄さんはウィル。このおじさんはおっさん」


 少女はおっさんを二度見した。

 そりゃ、紹介になってないから仕方ない。


「君の名前はなに?」

『あなたたちは何者?』


 ……ん?

 今、声が頭に響いた気がする。

 ウィルが顔をしかめていた。おっさんはにこやかである。


 嫌な予感がビンビンしてくる。

 木村とウィルが同時に少女から距離を取った。


「もしかして……、彼女、竜なの?」


 ありえる話だ。

 こんなところに少女が一人でいるのがおかしい。

 見た目は少女で、気配もないが、実は竜ってこともありえる。


「違うぞ。言ったとおりだ。彼女はただの人間だ。念話が得意なんだな。上手だぞ」


 おっさんは親指をグッと出して、少女に見せた。

 そういえば、おっさんが最初に「普通の子供」と言っていたことを木村も思い出した。


 木村は自らが何ものかを紹介をしようとしたが、どう紹介すれば良いのかがわからない。

 地球から来ましたは余計だし、地域を破壊して回ってますもいらない話だろう。


「僕たちはあっちこっちを回ってるんだ。こういう異変を可能な限り食い止めてる」


 嘘は言ってない。

 異変を起こす原因でもあるがそこは黙っておく。


『西の方から来てたのはあなたたちですか?』

「ん、そうだね。知ってたの?」

『隊長が気にしてたから。アコニトの仲間ですか?』

「えっ、アコニトを知ってるの?」


 一人で先走って、イベントを攻略してたのだろうか。

 まさか彼女で繋がるとは思ってなかった。


「アコニトが、またなんかやらかした?」

『彼女は隊長を助けてくれた』


 おお、と木村は声をあげた。

 木村は彼女を見直した。偶然だとは思うが、良いこともしたらしい。


「アコニトはどこに?」


 彼女の姿はいまだに発見されてない。

 無事なのかどうかもわからない。


『酒を飲んで、酔い潰れて四足歩行でどこかに走って行きました』


 木村たちはため息をついた。

 どこでもやることが変わってないようだ。

 安心と安定のアコニト。クスリをやってないだけまだマシか。


『――その直後にあの歪みが来ました』


 離れていたところでもウィルたちは異変を感じていたが、現地はやはり大変なことになっていたらしい。


 初めは大きな地震を感じたらしい。

 実際に揺れているわけではなく、空間変動を神気がそう認識するとウィルが説明した。

 彼女はひどい頭痛と吐き気に襲われ、気づくと周囲に誰もおらず、彼女の念話や集音も繋がらず、動けずここに一人でいたらしい。


「よく一人で耐え抜いたな。立派だぞ」


 少女はグスグス泣いている。

 安堵感からくるものだろうかそれとも――。


「寂しかったか?」

『……うん』


 変な質問だと木村は感じた。

 そりゃ、こんなところに一人でいれば寂しいだろう。

 わざわざ口にして聞くことだろうか。


「ところで名前をそろそろ聞いても良いかな」

『メッセです』


 ようやく名前を聞くことができた。

 名前を聞いたところで、君と呼ばずに済むだけだが……。


 その後は、ゆっくりと情報共有をしていった。

 共有とは言っても、メッセからの情報が遙かに多い。


 数日前からの地下水路の異変、謎の訪問者たち、ドラゴンハンター、西から来る謎の勢力(木村たち)、それに王都を巻き込んだ異常現象。


「情報量が多すぎますね」

「そうだね。謎の訪問者はイベントキャラだろうけど、気になるのが一人いるね。ドラゴンハンターってのは、どんな人なの?」

『私も会ったわけではありません。「ここに竜がいる。場所を知ってるか」と言っていた方です。おそらくこの方が奥にいた魔物を討伐したと思われています。魔物には興味がなく、竜にのみ興味を持たれていたので、我々は彼をドラゴンハンターと呼ぶことにしました』


 謎の訪問者たちはカゲルギ=テイルズのキャラだろう。

 ドラゴンハンターもカゲルギ=テイルズのキャラだろうが、ここに確実に竜がいるように話していたと言う。

 突如、現れた迷宮に竜がいるとどうしてわかるのか。


 とりあえずメッセの調子はかなり上がってきている。

 最初の頃の怯えていた様子が嘘のようによく喋る。ただし、頭の中にだ。

 ウィルはこの感覚があまり好きじゃないようで、顔をやや引き攣らせていた。


「今さらだけど、普通に話すことはできない?」

『無理です。自分は口がきけませんので』

「あっと、ごめん。軽率だった」

『いえ。隊長たちを助けて頂ければ許しましょう』

「……けっこうしたたかだね」

『はい。隊長からもお褒め頂いております』


 隊長とやらが、彼女の発言に振り回されているのが目に見えた。

 苦労はしているようだが、果たしてこの状況で無事にいられるのだろうか。

 かなり慕われているのがわかる。よい人なんだろう。


「とりあえず進もうか。助けられるかはわからないけど……」


 メンバーが増え、迷宮を進むことにした。

 進んだところでどこに続くかはわからないが、止まっていても仕方がない。

 どこかを彷徨うアコニトとも合流しなければならないだろう。



 パーティーメンバーにメッセが増えた。

 ただし、戦力にはならない。戦闘能力ほぼゼロである。

 ステータスを見ても、戦闘用の魔法がほぼない。ゲストのためかステータスも上げられない。


 念話と音の魔法を使えるのはかなり珍しいようで、ウィルからも一目置かれていた。

 褒められてまんざらでもないようで、メッセはご機嫌だ。

 こういった会話は聞いていて楽しい。


『ウィルはグランツ神聖国の出身ですね。名のある研究室に在籍していたのでは?』


 異世界同士で出身地の話をしている。

 あるいは、情報収集合戦というか腹の探り合いなのかもしれない。

 ウィルは王国のことなどどうでも良さそうだが、メッセはかなり力を入れているのが木村でもわかる。


「そうですね。研究室の名はいろいろと知れ渡っていました」

『やはりですか。ここまで神術が使える人は、神術省にもいません。どちらの研究室だったのでしょうか』

「ルルイエ研究室に所属していました」

『……ルルイエってあのルルイエですか。そう、なのですか』


 陰りを見せたのは、ウィルの出自の話になったときだ。

 メッセの顔色がはっきりと悪い。


「もしかしてですが、メッセはアルフェン会戦に参加していたのですか?」

『はい。まだ若い頃の話です』


 今も十分若いだろ。

 木村は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


「そうですか。僕は参加を許されませんでした。――災難でしたね」

『いえ、おかげで隊長たちとも出会うきっかけになりましたので……』


 それ以降は会話がない。

 戦闘がないところで、木村はウィルに声をかけた。


「メッセと話してたアルフェン会戦って何だったの?」

「三年前に王国と帝国が、アルフェン平原で大戦を行ったんです。友好の証として帝国側に、グランツ神聖国も同盟国として戦力を送りました。ルルイエ教授とアルダノーリス教授ですね。ルルイエ教授は一人でしたが、アルダノーリス教授は研究室のほぼ全員が参加しました」


 もうこの時点で嫌な予感がする。

 どこかのアンデッド王の話のように、大虐殺があったんじゃないだろうか。


「後にアルフェン会戦は『アルフェン会戦の悲劇』と呼ばれます」


 もう、嫌な予感を隠すこともない。

 ある意味でイベントストーリー並の悪寒を感じさせる。

 ルルイエ教授はいったいどれくらいの人間を殺してしまったのだろうか。


「誤解しないでください。このときのルルイエ教授は悲劇を解決した側です」

「え、……あ、そうなの。てっきりどっちもの人員も実験で巻き込んだのかと思った」

「実験もしました」

「駄目じゃん」


 かいつまんで聞くと、会戦の直前で強い魔物が群れで現れたらしい。

 双方ともに被害甚大で、会戦そのものはなくなったが魔物退治になり、そこで活躍したのがルルイエ教授だったとか。

 ちなみにアルダノーリス教授は死亡し、研究室も解体されたようだ。

 噂では、ルルイエ教授がアルダノーリス教授以下の研究室員を実験に巻き込んで殺したという話もあるとか。


「ひどい噂だ」

「いえ、噂ではなく事実だと思います。ルルイエ教授はアルダノーリス教授を神気量を褒められていました。せっかくの大規模実験の機会に、アルダノーリス教授の神気量を逃すはずもなく、神聖術の行使に利用したと僕は考えています。見たかったなぁ」


 誇らしげに話しているが、このあたりはやはりウィルもネジが飛んでいる。

 教授関連以外では常識があるのだが、ここに関してはリミッターが存在していないようだ。


「『アルフェン会戦の悲劇』まで魔物の討伐を専門とする機関が王国・帝国ともにありませんでした。あの悲劇より後で、両国に魔物討伐を専門とする新たな部隊を創設しようという動きがあったようです。王国の、対魔物討伐の実験部隊に参入されたのがメッセではないでしょうか」


 木村としてはふーんとしか言えない。

 まっとうにつまらない話であった。疑問がいくつか湧き上がる。


「それまで魔物討伐を専門にする戦力がないってのは不思議だね。あっちこっちを回ったけど、けっこう魔物っているでしょ。強い魔物も普通にいるし、正規の部隊では倒せないと思うけど」

「はい。その点に関してはグランツ神聖国でも指摘されていました。あのタイミングで、教授が実験を行うほどの強さの魔物が出ることは異常です。魔物をあの場におびき寄せた第三者がいるのではないかと議題に上がりました。パルーデ教国や西のデモナス地域ですね。けっきょく何もわかっていません」


 デモナス地域はすでにない。

 パルーデ教国は聞いたことがある。

 魔物の存在を絶対に許さないとしている国らしい。


「パルーデ教国って、魔物を討伐する側だって聞いたけど。呼び出す側ではないんじゃない?」

「パルーデが疑われているのは、魔物に対する危機感を帝国・王国の両国に示すためだったのではないかという説があるからです。あそこは魔物どころか獣人すら存在を許さず、過激な思想が強いところです。人間以外を殲滅するためなら、あえて魔物を使うこともないとは言えません。もしも、ルルイエ教授が倒さなければ、遅れてきたパルーデが魔物を倒し、彼らの思想がより強固なものになっていたでしょうから」


 そう聞くと、たしかにそうかもしれないと考える。

 SNSでも見られた。人気を取るためにわざとアンチを使うということだろうか。……違う気がする。


 国や世界レベルだとどうなのかはわからないが、とりあえず関係するようになってから考えよう。

 今は、目の前の異常を片付けるのが先だろう。


「ウィルも強くなったね」


 歪んだ魔物は出てくるが、ウィルはものともしていない。

 一人でも余裕な様子で魔物を倒している。


『あの強さはいったいなんなんですか? おかしいでしょう』

「そうなの?」

『当然です。シエイの全力の神術を、彼は無詠唱で何十も撃ち放っています。ルルイエは化物でしたが、彼も立派に化物です』


 メッセの声色というか、頭に響いてくる声は一本調子だ。

 どうも念話には感情が反映されないらしい。

 代わりに、顔は引き攣っている。


『私たちが馬鹿にされている気さえします。どうしてあなたたちはもっと早く来てくれなかったのですか? どうして力のある者は、いつも遅れてやってくるのですか?』


 メッセが木村を睨んでいる。

 その怒りを木村に向けるのは筋違いな気もするが、彼は彼なりに真面目に考えた。


 王国がひどい状況になる可能性はあった。

 ウィルやフルゴウルが急げと言ったのも覚えている。


 しかし、木村は急がなかった。

 アイテムを見落とすことを恐れ、ゆっくり攻略することを選んだのである。


 なぜだろうか?


 それはきっと――、


「僕は、根本のところで、他人の命や生活に興味がないからじゃないかなぁ」


 最初に感じたのは音だった。

 次に衝撃、その次にようやくメッセの手を見た。

 木村は頬をぶたれたに気づいた。ウィルやおっさんが見てくる。


 おっさんが動いたところで、木村は手で彼を止める。

 ウィルも何事かと寄ってきたが、今度はおっさんがウィルの接近を止めた。


「メッセが怒るのは当然だと思う。でもね。僕は異世界をソシャゲ感覚で過ごしてる、そんな人間なんだ。変わる気はないし、変わろうとしたらきっと彼女は止めるだろう」


 木村は、結果的に急がなくて良かったと思っている。

 仮に急いだところでこの王都の変化を止められたとは思わない。

 巻き込まれてよりひどい状態になっていた気がする。変わらないことで救われた。


 ここまで素直に言わなくても良かったかも知れないが、後で騙されたとかそんな人とは思ってなかったなどと言われるよりはマシだ。

 木村は自分がどんな人間かを知ってもらい、自分との関わり方を彼女に選ばせることにした。

 今回のイベントが終わるまでの短い付き合いかもしれないないが、それならなおのこと良い顔をしておくのも阿呆らしいというものだ。


「ふええええええい!」


 馬鹿な声で四足歩行するキチ○イが、曲がりくねった空間を超えてやってきた。

 空気を読まない代名詞が、とびきりのタイミングで現れた。


「ウィル、魔物だぞ」


 おっさんの声に、ウィルは顔を引き攣らせている。

 木村は久々の再会にちょっとだけ嬉しく思っているが、タイミングはもうちょっとずらして欲しかった。


「おおっ! 坊やじゃないか! お、若造もおるな。んあぁ? 誰だぁ、この小娘は? またがちゃを引いたかぁ……」


 おっさんを完全に無視している。

 メッセのことは知らない様子だ。出会ったはずだが興味がなかったのだろう。


「なんじゃあ、雰囲気が悪いのぉ。よぉし、儂がとびきりのやつをやろう。坊やのご機嫌もぶっ飛んで良くなるやつだぞぉ」


 アコニトは尻尾をごそごそと漁る。

 大丈夫だろうか。機嫌どころか意識も飛ぶやつじゃないか……?


 彼女は尻尾から金色の筺を取り出した。

 思ったよりも普通だ。魔物を倒したのだろう。


「儂が! この儂が! ちょっと強めの魔物を倒したおいたのだぁ。結晶状のなぁ。魔物をうまく操る難敵だったぞぉ。良い働きだろぉ。褒めても良いぞぉ」


 なんかやたら機嫌が良い。

 久しく会えず寂しかったのだろうか。

 そんなわけはないな。どうせクスリが切れ、一時的にハイになってるだけだろう。

 そのうち鬱状態になる。これの繰り返しだ。


 その証拠が四足歩行だ。

 やめて欲しいが、言っても無駄だろう。


 木村は黙ってアイテムを受け取る。


 そして、アイテム名を見た。

 しばらくどうしていいかわからず木村は固まった。


 言うべきかどうか迷ってしまう。


「…………メッセ」


 木村は言うことに決めた。

 先ほども素直に話した。このことも素直に話すべきだ。


 木村は声をかけたがメッセは返事をしない。

 闖入者に、場の雰囲気は良くも悪くもほぐされたが、彼女の機嫌は直らない。


「君の上司の名前って、ケルピィだったっけ」


 メッセは返答をしないが反応は見せた。

 木村を見返したのだ。


「彼、魔物になったようだよ。そしてもう、倒されて死んだみたいだ」


 木村が手に持つ金の筺――そのアイテム名は“ケルピィの結晶”である。


 メッセの顔の変化は、予想の範囲内だった。

 ウィルは呆れた顔つきで、アコニトと木村を見つめている。


「お、あやつ、魔物になっておったのかぁ。他の奴らもみな魔物になっとるかもしれんなぁ。よぉし、儂が倒すぞぉ!」


 威勢良く口にするアコニトを、おっさんの蹴りが襲った。痛烈だ。


 木村たちの沈黙と、メッセの嗚咽が歪んだ王都に響く。


 今回のイベントストーリーが、今まででぶっちぎりに最悪なことが現時点で約束された。


 何が“迷宮で相まみえましょう”だ。

 死んだ上司の結晶と相まみえさせてどうするのか。


 攻略する意欲が、ガリガリに削られている。

 今回のイベントの先にある結末を、木村は予測できないでいた。


 しかし一つだけはっきりとわかる。


 間違いなくまともな結末にはならない、と。

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