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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅴ章.レベル41~50
63/138

63.イベント「迷宮にて相まみえましょう」2

 木村たちは迷宮を進んでいた。


 迷宮とは名ばかりの一本道である。

 木村も地図で、この道が直線的に王都へ伸びていることを知った。


「遠いなぁ」


 敵は弱く、道も迷う心配がない。

 唯一の問題は距離であった。


 とにかく遠い。

 本当に王都へ伸びているのなら、まだ半分にも達していないことになる。


「急ぐことはないぞ。ゆっくり着実に進んでいくんだ」

「危ないからね……」


 おっさんも急ぐなと言ってきている。

 道もさほど整備されていないので、けっこうでこぼこで転びそうだ。

 走っても楽しそうではない。前回のイベントもゆっくりめな進行だったが、今回もゆっくりになりそうだ。


 チェックポイントで休憩を二回ほど入れて、一本道のトンネルを進んだ。

 某有名シリーズの十三番目も、綺麗なトンネルと揶揄されていたが、ここは綺麗ですらない。

 音楽もほぼほぼ水のせせらぎだ。時々、魔物の叫びが入る。


「時間も遅い。無理をせず休息を取るんだぞ、キィムラァ」

「うん。さすがに飽きてきた。でも、明日には王都に入れそうだね」


 今日もかなり進むことができた。

 地図上で見ても、スタート地点から王都を結んだ直線の三分の二くらいまでは来ているはずだ。

 次のチェックポイントで今日は止めることにした。


「迷宮が直線じゃないと良いけど」


 冗談半分である。


 ちなみに某シリーズの十三番目のタイトルでも、長いトンネルの後は、いきなり自由度が高くなった。

 直線の先にある迷宮も自由度が高すぎないと助かる。落差が激しすぎると疲れる。



 しかし、木村が現在の迷宮を攻略することはない。


 木村の目の前に、金色の宝箱が現れた。


「キィムラァ。ボスが撃破されたようだぞ」


 木村はおっさんを見る。

 とっさのことで声を返すこともできない。


「報酬だ。よくやったな」

「……いや、え? 何もやってないんだけど」


 迷宮に入ってすらいない。

 木村がやったのは、暗い洞窟をひたすらまっすぐ歩いただけだ。

 迷宮はまっすぐでもしかして正解だったのか、と木村は頭の片隅で思ったほどである。


 二つ前のイベントでも似たようなことがあった。泡列車のときだ。

 あの時は本当に食っちゃ寝していただけだが、今回は中途半端に進めているぶん虚無感がすごい。


「心配するな。ミッションが追加されるぞ。しっかり準備するんだ」

「もっと急いで進むべきだった……」


 ウィルやフルゴウルから、魔法を使って一気に進んではどうか、という案は出ていた。

 おっさんが難色を示したこともあり木村は断った。お宝や隠し要素の見落としがあるかもしれなかったからだ。


 実際は何もなかった。

 岩肌と水、そして一本道だけ。


 あのとき、素直にウィルの声に従っていれば……。

 チュートリアルはしょせんチュートリアルだ。


 そうは言っても、おっさんのせいにしないくらいの分別は木村にもある。

 そうなると、おっさんの案を採用した木村が悪い、となり自分に嫌気がさすのであった。


 木村は完全にやる気をなくした。


 迷宮を勝手に攻略した奴にも腹は立つが、ボスの撃破報酬はこちらがもらっているので、あまり責める気にもならない。

 王都の地下に迷宮が出来たら、そりゃ国が解決のため人を送るのが当然というものか。

 せめて自分たちが入る以外の入口を塞いでくれていれば良かったのに。

 それでも――


「迷宮を攻略してみたかったな」


 このメンバーでだ。


「いえ……、ここにいて良かったかもしれませんよ」

「私もウィルくんに同感だ」


 木村がやや消沈状態で振り返ると、魔法組の二人が道の奥を見つめている。

 どちらも表情は良くない。おっさんも道の先を睨んでいた。

 いつぞやの冥府を思い出す。


「え、どうかしたの?」


 良くない状況ということだけはわかる。

 どう良くないかを知っておきたい。


「奥から感じたことのない異質さが溢れてきています。これは、――神聖術ではない」

「同感だ。奥から歪んだ景色が伝播してきた。ここもわずかに曲がっている。見たことがない現象が起きている」


 ウィルは震えているし、フルゴウルも開眼モードである。

 だが、木村は何も感じない。いつもどおりだ。


「キィムラァ。次のチェックポイントは近そうだ。今日はもう止めておくべきだぞ」


 おっさんも「言外に早く出ろ」と急かしている気がする。


 木村は急いでボスドロップの宝箱を開ける。


「……あれ?」


 中身は何もない。

 空っぽだ。


「空なんだけど?」


 ウィルも見てくるが、やっぱりない。


「検証は後にすべきだぞ」


 おっさんが急かしてくる。

 どうやら本当に良くない事態が起きているようだ。


 急いでその場を離れる。


 木村たちは恐る恐るチェックポイントまで進み、カクレガに戻った。


 地図上にあった「王都ムックリ」という文字が、ぐにゃりと捻られて読むことができなくなっている。

 これを見て、木村もとんでもないことが起きていると実感できた。


「……何が起きてるんだろう」

「わかりません。近づかない方が良いと思います」

「外で王都の方角を見たが、景色が捻れている。近づけるかどうかも怪しいね」


 イベントボスが倒されたと思ったら、想像もできないことが起きているようである。

 いつもどおりだな、と半ば思いつつも気にはなる。


 とりあえず今日は休み、明日の状況を見てから行動に移ろう。


 こうして木村たちは解散とした。



 ベッドで横になり、木村はふと思い出した。

 アコニトが帰ってきていない。


 彼女はまだ生きているようだが、果たして大丈夫だろうか?

 いるとイライラして消えて欲しくなるが、消えるとそれはそれで静かになりすぎて寂しい。

 まったくもって度しがたいほどに厄介な存在だ。


「無事だと良いけど……」


 木村は目を閉じ、深い眠りに入っていった。




 ―― ―― ――




 時刻はまたしても朝に戻る。


 王都の地下にいたケルピィたちに、迷宮の奥へ進む許可が下りた。

 許可が下りたというよりも、奥を調査する命令が下ったの方がより正確である。


「どうして僕まで。足でまといでしょうに……」

『隊長の観察眼に期待がかかっているのでしょう』

「メッセちゃん。安全なところにいるからって、……っわ! 今もおじさん、死にかけたんだけど! シエイがいなかったら絶対死んでた!」

『また、ちゃん付けで呼びましたね。ピヨヨ宰相にセクハラで報告します』

「世知辛いねぇ。でもね。おじさん、生きて帰れる気がしないなぁ」

『…………生存確率は4%ほどかと』

「そこは“生きて帰ってきてください”とか言ってもらえると嬉しいんだけど、真面目に生きて帰れる確率を計算されると怖いよぅ。しかも、ほとんど死んでるじゃないの」


 なんだかんだ言いつつ、軽口がたたけるだけの余裕があった。

 同行メンバーが優秀なことも要因の一つだ。


 とりあえずまだまだ入口付近なので魔物は弱い。

 獣人たちがあっさり倒すし、シエイも守ってくれている。


『昨夜、奥の魔物を倒した存在に関してですが』

「活動を始めた?」


 昨夜、奥の魔物を倒した存在との接触を図ることがケルピィにとっての重要課題だ。

 もしも、シエイが勝てないと判断すれば、その存在こそが救世主たり得る。

 メッセら探知班に最優先で探すよう伝えていた。


『対象は探査にかかりません。動きはあるのでしょうが、自分たちの力不足です』

「対象の力はこちらよりも遙かに上だろうからねぇ。探査対策をしている可能性は十分にあるよ。動きがあったら、すぐに連絡をちょうだい」

『了解です。隊長が亡くなっていた場合はシエイ隊員に報告します』

「いや、そこは“連絡するまで、隊長もちゃんと生きていてくださいね”だと思うなぁ」


 メッセから返答はない。

 ちゃんと仕事をしろということだろう。


 仕事をしろと言われたところで、現状、ケルピィにできることはない。

 見るべきものは他のメンバーが見ているし、倒すべき魔物もケルピィでは歯がたたない。


 ハッピートリガーが銃から放つ炎弾は魔物を確実に貫く。

 慚愧一閃の斬撃は目に見えないし、魔物を見事なほどに二分していた。

 福音の目に見えない攻撃は、魔物を破裂させ、時には圧し潰すことだってある。

 シエイはまだ存分に力を振るえず補佐に回っているが、この辺りの魔物なら彼女も片手で十分だ。


 ケルピィは彼らの力と癖、それに魔物の行動パターンを観察することにした。


 観察こそが彼に唯一できることだ。



 奥に進んで行くと、道は広がり、広さに比例して魔物は強大になった。


 魔物は強大になったが、道が広がったのでシエイも力を存分に振るうことができるようになる。


「下がっていてください」


 シエイが前に一歩進み、眼前に伸びる道とそこにいる魔物たちを見る。

 彼女は両手をかかげ、右手と左手に別々の神術を宿す。


 これこそが彼女の得意技である。

 二つの神術を並行して発動でき、さらにそれらを複合させることができる。

 単独では生じ得ない効果や反応が、複合させることで発生する。

 ただし、加減がとても難しいとは聞く。


「いきます」


 彼女が両の手の平をつけると、神術は発動された。

 雷が進路方向へと駆け抜けていく。魔物たちも雷を受けて、行動を停止させた。


「ハッピーの。遠くをやれい」

「わかってるさ! ウッサファイア!」


 動きの鈍った魔物たちを獣人たちが刈り取っていく。

 近くの魔物は慚愧一閃が斬り、仕留め損なったものを福音がトドメをさす。

 ハッピートリガーは遠くの魔物を重点的に、撃ち貫いていった。


 ケルピィは不思議に思っている。

 戦い方はそれぞれ別で、普段は一人で戦っているらしい彼らが、なぜこうも連携が取れるのか。

 国の兵士たちの教練を遠くから見ることもあるが、彼らは連携らしい連携を取るために、文字通り血が滲むほどの日々を過ごしている。


 獣人たちの連携は個々人に癖がありすぎるのが要因だろう。

 自分にできることとできないことが明確であり、他者からも認識できる。

 それに、彼らは現場慣れしており、その場その場での判断能力がずば抜けている。


 これらの要因を掛け合わせることで、日々の積み重ねという連携ではなく、その場に応じた柔軟な連携をつくり出しているとケルピィは見た。


 ただ、日々の積み重ねの賜物であれば、柔軟な対応はできないかもしれないが、体にしみこんだ動きが考えずともできる。

 一方、癖の強さと判断能力からの賜物であれば、柔軟な対応はできこそすれど、癖で解決できない問題や判断能力が落ちたときに一瞬で崩れ去る可能性がある。


 ただ、こんなことはわざわざ口で言わずとも彼らは理解しているだろう。


 ケルピィはやはり彼らの戦いを、黙って見るしかないのであった。




 ケルピィの懸念は、道の奥でやってきた。


 異様な感覚がケルピィの全身を襲う。


 異様な魔物が道を塞いでいる。

 頭は狼、胴体は鶏、足の部分はタコという魔物だ。

 この魔物は、以前ケルピィが見たものとは違うが報告が上がってきていたものだ。


 倒さずに進んでみたいが、広がった道を塞ぐほどの大きさが魔物にはある。


 あのときと同じだ。

 他の魔物が見境なしに襲ってくるのと違い、彼らはただケルピィらを見つめている。

 もしもこれ以上近づけば、あの魔物は動き出すのだろう。


「どう?」

「撤退を進言します」


 ケルピィが魔物から目を逸らさず、言葉短く尋ねれば、シエイはすぐさま返答した。

 どうやらケルピィの直感は当たっていたらしい。


「どうして戦ってもいないのに判断するのですか? 見た目倒しの可能性もあるでしょう」


 福音が声高に主張する。

 表情を変えないシエイもやや戸惑っている様子がうかがえた。


「感じませんか? 明らかに神力がこちらよりも遙かに上です」

「感じません。私は実践と実戦こそを第一とします」


 ケルピィも彼らの特徴を把握していた。

 彼にはうまく説明できないが、神術に長けているものは相手の神力が把握できるという。

 シエイはケルピィよりもずっと神力を把握できており、ケルピィが魔物から感じる圧よりもずっと脅威を鋭敏に感じているだろう。


 一方で、この獣人たちは神力を把握することができないようである。

 魔物の気配も彼らの五感で察知しており、シエイらのように神力の感覚で掴むということがない。

 あるいは彼らに、神力を察知しうる第六感とも言えるべき機能が備わっていないかだ。


「駄目そうならすぐに撤退でどうかな」


 どうにもケルピィたちでは、三人の獣人を止められそうにない。

 彼らはすでに前のめりであり、せめて全滅を防ぐために予防線を張っておく必要がある。妥協点とも言う。


 三人も頷き、魔物に歩いて行く。

 シエイが無機質な目で、ケルピィを見ている。


「無理だよね?」

「はい。倒せません」

「最初の一撃だけ付き合ってあげて。その後は、撤退戦と考えて戦闘を」

「了解」


 シエイも妥協した。

 彼女が十八番の神術を手に宿す。


「いきます」


 動きを見せなかった魔物がついに動き出した。

 攻撃をされるということがわかっているような反応である。


 シエイも魔物の反応に気づくが、止めることなくそのまま発動させた。

 今日一番の稲光が、洞窟内を駆け巡った。


 異様な魔物にも雷撃は効いているようで、動きが止まった。

 その隙を逃さず、三人の獣人たちが動く。


 すぐに撤退だろうとケルピィは考えていたのだが、なかなかどうして戦いになっている。

 少なくとも素人目には、すぐさま撤退を命じることができない戦況だ。


 タコの足を福音が障壁でガードし、慚愧一閃が足を切り落とす。

 さらに他の足や狼の目を、ハッピートリガーが攻撃することで注意を逸らせていた。

 ときどき隙間が空いたときに、シエイも援護するように神術を撃っている。


 倒せてしまうのではないかとケルピィは思った。

 戦っている彼らがどう思っているのかはわからないが、端から見ているぶんではこちらの方が優勢だ。


 タコのような足が、慚愧一閃により七本ほど地面に切り落とされたとき、変化は生じた。

 魔物の切り落とされた足が、断面からまた生えてきて、さらに狼の頭や胴体の鶏部分に見えていた傷痕がみるみるうちに回復していく。


 完全に魔物は元どおりだ。

 しかし、こちらは疲労が残っているし、傷も当然消えることはない。


「ずるくないかなぁ」


 狼の頭が吠え、鶏の羽を広げた。

 あまりの音量に全員が体を硬直させられた。

 その隙を見て、魔物は奥の方にと道を後退していく。


 逃げたと考えたがそうではない。

 周囲の魔物が復活し、ケルピィたちを囲んだ。

 さらに地面や壁を割って、タコの足がにょきにょきと生えてきている。


「……キチィ! 退くぜ!」

「うむ!」

「活路は背後にあります」


 獣人三体は撤退しようとするが、すでに退路は魔物により断たれている。

 進もうにも、たこ足と魔物が邪魔で進むこともできない。


「シエイ。後ろの魔物の動きを止められそう?」


 尋ねたときにはすでにシエイは神術の発動段階に入っていた。

 彼女が手をかかげると、奥から再び叫び声が上がり、全員が硬直する。


 シエイの神術もキャンセルされた。

 彼女が神術を再び展開させるが、すぐに叫び声があがり、また止められる。

 その間にも魔物たちは距離を詰めてきている。


「賢いね」


 明らかにシエイの神術発動を邪魔するように、叫びを使ってきている。

 こちらを包囲して数で圧殺するつもりのようだ。

 そして、その目論見は成功するだろう


「やっぱり戦っちゃいけない魔物だったか……。メッセちゃん、聞こえてる?」

『聞こえています。自分も連絡するところでした』

「最初にこちらから言わせてもらうよ。ここで全滅するから、隊長は他の誰かを選定し――」

『勝手に死亡宣告はしないでください。今、そちらに謎の勢力が移動しています。数は一。こちらは観測できますので、昨日の存在とは別と思われます。対象が何か呟きました。――“キツネノヨメイリ”?』


 ケルピィの頬にポトリと小さな触感が当たった。

 指で頬をなぞると水滴がついている。


 周囲を見ると、薄紫色の雨がぱらついている。

 ここは洞窟内であり雲はもちろんない。

 魔物も警戒して動きが止まっていた。


「やっべぇ! 一カ所に固まれ! 福音ちゃん、この雨を防いで! シエイも風か何かでこの雨を遮ってくれ! マジモンのウッサークレイジーフォックスがいる! 急ぐんだ!」


 ハッピートリガーが叫んだ。

 真面目なのかふざけているのかわからないが、銃を撃つこともやめている。

 薄紫色の雨は、人と魔物の区別なく全体に降りかかっていた。

 福音とシエイが障壁を張って、突然の雨を防ぐ。


 ただの水滴と判断し、動き始めた魔物たちがその場でもがき始めた。

 ある一体はふらついて倒れ、別の一体は喉を押さえ、たこ足はビタンビタンと地面を打って倒れる。


 周囲の魔物が全滅すると、ケルピィたちの後方から何ものかが歩いてきている。

 獣人だ。足は草履のようなものを履き、全身が濡れており、体中の毛がべったりとしなだれていた。


「おぉ、人がおったか。ん~? 坊やたちではないなぁ」


 気だるげな声が聞こえてきた。

 特に急ぐ素振りを見せず、ケルピィたちの横を通った。

 ハッピートリガーが、突如現れた存在に両手を合わせ静かに礼をする。

 彼に似つかわしくない行動に、側で見ていたものたちも驚いた。


「おぉ、東日向のもんかぁ。こんなところだぁ、礼はいいぞぉ」

「失礼致します。アコニト様」

「うむ。苦しゅうないぞぉ。その耳はあれかぁ? 兎んところのもんかぁ?」

「ツキトジ様の臣列に席しているおります。現在は『ハッピートリガー』と名乗っています」


 “様”付けで呼ばれたアコニトなる存在はさほど興味がなさそうである。


「あなたはなぜ――」


 シエイも声をあげた。

 彼女はハムポチョムキキ平野でこの存在を見た記憶がある。


「誰だぁ? まあ良い……」


 アコニトは濡れた尻尾をごそごそと漁り、煙管を手にする。

 すぐに舌打ちをした。


「しけっとるなぁ。誰ぞ、ハッパをもっとらんかぁ?」


 誰もが何を言っているのかと思った。

 異様な魔物はまだ生きている。葉っぱがどうとか言っている状況ではない。


 狼の頭が吠えると、また魔物が復活し、たこ足も生えてきた。

 先ほどよりも数は少ない。


「あぁ? うるさいのぉ。儂は野良犬が……、おぉい、なんだあれはぁ?」


 アコニトが道の奥に鎮座する魔物を見て、疑問の声をあげた。

 頭は狼で、それより下はいろいろと混ざっている。


「タコは醤油とわさびで食うとうまいぞぉ。鶏はモモが好きだぁ」


 アコニトが大きく息を吸った。

 それを見て、ハッピートリガーは「下がれ!」と叫ぶ。


 声に従い、全員がアコニトから距離を取る。

 ケルピィも、シエイに担がれて強制的に移動させられた。


 ケルピィたちが離れてから一拍遅れて、アコニトの口から紫色の煙が吐き出された。

 煙は周囲の魔物を巻き込み、先ほどの雨とは比較にならない速さで魔物たちを消滅させていく。


 このアコニトも普段はあんなだが、木村たちのメンバーの中で一番の力を持っている。

 しかも装備でさらに強くなっているのだ。活躍の機会は滅多にないが……。


 その毒の強さを、シエイに担がれた状態で、ケルピィは見ていて思った。


「シエイ。風の神術であの煙を奥の魔物に流せる?」


 尋ねられたシエイも、すぐにケルピィの意図に気づいた。

 ケルピィを地面に降ろし、片手で風の神術を発動させ紫色の煙を奥の魔物へと流していく。


「おぉ、いいぞぉ小娘。気が利くのぉ。尻尾がよく乾くぞぉ」


 アコニトは風に尻尾を向けて乾かしている。

 ついでに口から煙を吐いて、奥の魔物に毒を送っていた。

 煙の毒は奥の魔物にも効いていた。動きがにぶり、声も出せなくなっている。


「僕はチャンスに見える。あの毒煙が収まったら、一斉に攻撃をかけたらどうだろう」


 全員がケルピィの案に頷いた。

 アコニトの口から出る毒が止まり、シエイが三人に補助の魔法をかける。

 三人が魔物へと近づき一斉に攻撃を仕掛けた。シエイも両手に神術をかけていく。


 しかし、シエイが両手にかけた神術を発動させることはなかった。

 奥の魔物は断末魔をトンネルに響かせ消滅していった。

 金の筺だけがその場に残っている。


『魔物の消滅を感じましたが、生きていますか?』

「生きてるよぉ。五体無事だよぉ。はぁ、疲れたぁ」


 ケルピィは腰を下ろした。

 腰を下ろすというよりは力をなくして尻餅を付いたというのが正しい。


『それでは引き続き奥の調査をよろしくお願いします』

「鬼かな?」


 軽口を言いつつも、奥にあるものの調査は最重要だ。

 しかし、その前にやっておかなければならないことがある。


「お話しできますか?」

「おぉ。酒があるとなお良いなぁ」

「そうですね。お酒は後で出せますが、どうでしょう。今は一緒に奥に付いていってもらえませんかね」

「ん~。良いぞぉ。坊やも儂をおいてどこかへ行ってしまったようだからなぁ。まったく、儂をおいていくとは困った奴らよのぉ。迷子になっておらんとよいがなぁ」


 もしもおっさんがいたら、アコニトの首は90度に曲がっていただろう。

 聞かれてないことを良いことに好き勝手言っている。


 狐の獣人は、シエイに毛を乾かしてもらいながら道を突き進んでいく。

 途中で魔物がいようがお構いなしであった。


「知り合いだよね?」

「あぁ、まあ、そうなるウサァ」


 話しかけづらいので、ケルピィはターゲットを変えた。

 敬意をもって話していたハッピートリガーに尋ねる。

 こちらも話しづらそうだ。


「おいらの国には神と呼ばれる存在が六柱ほどいるんだ」

「もしかして彼女が?」


 ハッピートリガーが頷いた。

 先ほどから声が聞こえないように、ひそひそと話している。


「特に、絶対に関わったら駄目な二柱がいて、そのうちの一柱があのお方さ。おいらの親分も賭博場をやってたんだけど、ディーラーの不正があのお方にバレて場内で葉っぱを焚かれて阿鼻叫喚だったとか。六柱会議でも酒を飲んで、酔い潰れて追い出されとか。ラリって市中を全裸で駆け抜けたとか。とにかく、おいらの親分からも絶対に関わるなって厳命されてるウサ」


 駄目駄目な存在だ。

 しかし、疑問が残る。


「どうしてそんな存在がここに?」

「わっかんねぇ……。あれでも六柱の一。こんなところにいる存在じゃないウサ」


 ハッピートリガーも首を捻っている。

 実はケルピィは、彼女に関して情報を握っていた。

 彼女の尻尾を乾かしているシエイから聞いたものである。


 ハムポチョムキキ平野で、地面に潜った謎の勢力の一人が彼女のはずだ。

 シエイも出会ったときに声をかけていた。


 そうなると西から来ているらしき謎の勢力から、彼女だけが分かれて来たのだろうか。

 本人はおいていかれたと話しているが、実際のところは彼女だけが先走ったのではないだろうか。


「メッセちゃん。西にいる謎の勢力って今はどのあたりか情報来てる?」

『ブンブンポンで確認されています。それとちゃん付けはやめなさい。自分は怒っています』

「ごめんね。ありがとう」


 ブンブンポンなら、まだまだ王都からは遠い。

 やはり彼女が先走ったか、それとも別の勢力だったのか。



 ケルピィたちは道の奥にたどり着いた。

 そこにあるのは巨大な壁であり、行き止まりだ。

 壁は動きそうにない。壊せるか試そうとも思わない。

 ただし、行き止まりの壁の色は、他の壁とは異なり白い。

 見方によっては門のように見えなくもない。


 その白い壁には見たことのない文字が書かれている。

 ケルピィもこの手の文字は専門ではない。


「坊やなら読めたかもしれんなぁ」


 アコニトが呟いた。

 坊やというのが、彼女の仲間だとケルピィは考えている。


 けっきょく行き止まりで壁を壊せることもなく、いったん出発点に引き返した。




 ケルピィたちは作戦会議に入っている。


「今回は運良く倒せた。しかし――」

「あと二体は確実にいます」


 シエイが告げた。

 あれと同クラスのものがあと二体もいる。


「うぇーい!」

「やああああ!」

「せえええい!」

「のっめのっめ!」


 離れたところから声が聞こえてくる。

 どうやら獣人たちは酒宴をしているらしい。


 ケルピィらの救世主となったアコニトも一緒に酒を飲んでいる。

 飲んでいないときは、不機嫌なのか気だるげなのかわからなかったが、少なくとも気品があった。

 酒を飲むと気品どころか知性の欠片もなくなってしまった。

 さらに王国産のタバコまで吸い出して、完全に無礼講状態でハッピートリガーも親分とやらの厳命を無視して一緒に飲んでいる。


「楽しそうだねぇ」


 ケルピィもあちらに混ざりたい。

 どうして楽しげな声を聴きながら、無機質な表情の奴らと作戦会議をしないといけないのか。

 けっきょく、また魔物を倒しに行けと言われるのが明白だというのに……。


『生存確率4%をくぐり抜けたセクハラ隊長』

「トゲを感じるけど、どうかしたの?」

『昨日、魔物を倒したと思われる存在と念話ができました』

「教えて」


 どうやら本命と繋がったらしい。

 冗談をさっさと切り上げ、ケルピィは内容を聞くことにした。


『「竜がどこにいるかわかるか?」と尋ねられました』

「竜? 竜っておとぎ話か何かの話かな?」

『わからないと答えてよろしいですか?』

「うん。そこは正直に答えて。それより合流できないか尋ねてみて」

『了解しました』


 酒宴の声を聴きながら待つ。

 シエイにも尋ねたいことがあった。


「念のため聞いておくけど、シエイの見た謎の勢力の一人がアコニトで間違いないんだよね」

「はい。間違いありません」

「昨日の報告では、彼女は筋肉質の背の高い男に殺されていたとあった気がしたけど……」

「はい。筋肉質の大男から頸椎への手刀を受け、その場で消滅を確認しました」


 シエイも珍しく困惑している表情が見える。

 嘘ではない。彼女は確かに死んだようである。あるいは死んだふりだろうか。

 ハッピートリガーに神と呼ばれるような存在だ。彼も、彼に似つかわしくない敬意を払っていた。


 死という理から外れている存在なのか。これは考えすぎだとケルピィも首を振った。

 だが、彼女は魔物を前にしても恐れがなかった。死なないから死への恐怖が薄いことはありえるだろう。

 死んでみてください、とも言えるわけもない。


『隊長。申し訳ありません。交渉に失敗しました』

「仕方ないね。どういう会話のやりとりがあったのか教えて」

『はい』


 メッセから報告がきたが、残念な結果だった。

 竜は知らないと答えた時点で、「それなら興味はないね」と念話を切られてしまったようだ。

 とりつく島もないとはこのことか。竜以外に関心がない存在らしい。


 ハッピートリガーたちは、自分たちはトレジャーハンターだと話していた。

 彼らの生活地域には竜と呼ばれる生物がいて、それを狩っているドラゴンハンターが謎の存在なのではないかとケルピィは予測した。

 ドラゴンハンターなるものであれば、奥の魔物を倒す力があることも説明はできる。

 とりあえず出会い頭に戦闘とならないよう注意しなければならない。

 他の魔物もドラゴンハンターが倒してくれれば御の字だ。


 けっきょくケルピィ達にも他の魔物を討伐するように命令が下りてきた。


 少なくとも今日は、もう酒が入って無理そうなので、明日からケルピィは本気を出すことにする。


 正直、疲れ果てており休みたいが、明日からも貴重な戦力に動いてもらうため、ご機嫌を取りに行かなければならない。


 ああ、早く休みたい。


 ただそれだけを祈って、ケルピィは獣人たちの宴に足を向けた。




 ―― ―― ――




 アピロは、少女らしき声との会話を終えた。


 竜を知りもしないなら興味はない。

 彼らも迷宮で動いているようだが、手探り状態なことは明白だ。


「アピロ、どうしたんですか?」

「いや。空耳だね」


 またしても昼過ぎまで寝ていたウィッチと、迷宮を進んでいる。

 昨日の位置まで空間を歪めてたどり着き、奥へと向かう。


「行き止まりです。……行き止まりですよね」


 昨日は魔物を壁と見間違えたので、壁をつついて確かめていた。

 なかなか頑丈な壁のようで、歪曲の付与された剣で突いても変化は見られない。


「文字が書いてあります。……ははぁ、なるほど」

「何て書いてあるのかな?」

「さっぱり読めません!」

「……『なるほど』って言ったのは?」

「『なるほどさっぱりわからない』という意味でした」

「あぁ、そうなの」


 アピロも読めない。

 彼は壁に手を触れた。


 厚いが遮るほどではない。

 捻れば簡単に開けられる。さらに奥の感覚を掴む。

 開けた空間があり、中心には何かわからないものが設置されている。

 空間にはここを入れて四つの壁があった。


「ああ、なるほどね」

「どうでした? 読めましたか?」

「これは壁じゃなくて門だね。ここと同じ門が四枚あるみたいだ。それぞれの扉の前に大きい魔物が配置されて、四体全て倒せば開く仕組みだね」

「なるほど、そういうことが書かれているんですね」

「読めないけどたぶんそうだね」

「……読めてないのに、どうしてわかるんですか」

「空間把握はレベル3000以上に達するためには必須事項だよ。僕はあまり得意じゃないけど、これくらいはできる」


 また、アピロの発作が始まったとウィッチは考えた。

 とりあえず彼女は頷いておく。


「はぁ、わかりました。それではあと三体を倒せばいいわけですね」

「いや、残り二体だね。一体はさっき他の人たちが倒したよ」

「なんと! さすがは大先輩たちです!」


 もっとも六人がかりだったので、ほぼ一人で倒したウィッチの方がおかしい存在となっている。

 しかし、魔物の種類も違ったので人数で計るのは間違っているかもしれない。


「面倒だから、ここから魔物をねじ切ってしまおうか」

「それは駄目です!」

「どうして? 簡単に倒せる魔物を倒しに行くのも面倒じゃない?」

「トレジャーハンターの大先輩からうかがったのですが、『迷宮やダンジョン、遺跡に挑む際は作った人への敬意を忘れてはいけない』と言われました。知らずに破ったのならともかく、相手の意図がわかっていたなら、相手からの課題を達成するか裏をかくなりして挑まなければなりません。トレジャーハンタールールです」

「僕はトレジャーハンターではないし、離れたところから捻りきるのも裏をかくに当たらない?」


 ウィッチは首を横に振った。

 どうやら遠距離攻撃は認めない様子だ。


「それに遠距離からねじ切るってどうやるんですか?」

「空間ごと捻り千切るんだよ」


 よくわからないとウィッチは首を捻った。

 これは低レベルでは難しいかもしれないとアピロも考えた。


「せめてショートカットはしよう。遠回りは面倒だ」

「先ほどのアレですね。びゅーんって」

「びゅーんは行った位置じゃないと、微調整が難しいから中を通って行こう」

「中?」

「うん。門を開けて、内側から行った方がずっと早い」


 ウィッチはアピロの発言を吟味する。

 どうも彼女の渾身の台詞は、彼の心に届いていなかったらしい。

 相手への敬意を無視したぶっ飛んだやり方だ。それなら魔物を四体配置する必要もない。


 今の発言にはそもそもの問題がある。

 彼女は言葉の書かれた門を見る。幅は広く、背も高い、重くてびくともしない。


「これをどうやって開けるんですか?」

「こうやって――」


 アピロは門に手を付ける。

 手を付けた点を軸にして固定した。

 そして、軸を中心に門全体に右回りのモーメントを加える。

 中心向きの力を入れることも忘れない。


「――こう」


 ウィッチは信じられないものを見た。

 アピロが手を置いた点を中心に、門の壁が渦を巻いたのである。

 まるで広げたテーブルクロスが彼の手の平に吸い込まれるように、門は縮まってガンと音を立てて地面に落下した。

 地面に落ちた、捻られた門の残骸をウィッチは見つめる。

 その後、アピロを見た。


「わかった?」

「……わかりません」

「だよね。とりあえず魔物を倒すならこっちから行こう。早いよ」


 アピロはこじ開けた門を通る。

 ウィッチも門の瓦礫を横目に中へと入る。


「広い! 高い! 何これ!」


 アピロは空間に関しては知っていたので驚かない。

 しかし、中心の物体に関してはわからない。


 見たところ結晶だ。

 キラキラと色とりどりの光を周囲に乱反射している。


「お宝! お宝ですよ! どうやって持って帰りましょう!」


 ウィッチは大興奮している。

 何かアピロに言いたそうな顔つきだったが、もうその感情はどこかに吹き飛んでしまったようだ。


 もしも、この場にいたのが木村であっても大興奮していただろう。

 最高レアの召喚石だのと、周囲を呆れさせたに違いない。


 アピロは結晶に解析をかけた。

 内容は断片的だが、効果は理解した。


「そこの結晶は四体の大きな魔物を生け贄にして、新たな命を形成するようだね」

「えっ、そうなんですか? 新たな命とか要らなくないですか。このまま持って帰れませんかね」


 もはやウィッチも先輩の言葉とかどうでも良くなっていた。

 この結晶を持ち帰れば大金星だ。大金を手に入れて、もっと強力な武器を買って、もっともっと強くなって、もっともっともっと――。


「……やっぱり魔物を倒しに行きましょう」


 中心に浮いている結晶をアピロは動かそうとしたが、力の発露を止めた。

 ウィッチの熱が冷めているように見える。


「うん? 結晶は良いの?」

「はい。大金は手に入りそうですし、強力な武器もすでにあります。強くなるのも魔物を倒した方がずっと良いです」


 アピロはよくわからないと首をかしげた。

 そんな彼にウィッチは笑ってみせる。


「結晶を持って帰って手に入るものは、アピロと一緒にここを攻略していれば全て手に入りそうですから。急がないことにしました」


 アピロも、ウィッチが言わんとしていることに気づき、一度だけ頷いて返す。


 彼は、彼女のこういう純朴なところを気に入っている。

 同時にねじ曲げたみたいとも思うのだが、このままでいて欲しいとも心から思っていて難しいところであった。


「そうだね。僕も間違ってた。ウィッチが求めているものは、戦って、考えて、時には逃げるっていう汗臭いトレジャーハントだったね。――戻ろうか」

「はい」


 二人は来た道をそのまま戻った。


 今はただ、二人の道が重なっていることに、両者とも幸福感を抱いている。




 こうして二人は魔物を倒していった。

 主に倒すのはウィッチであり、アピロは道案内だけしている。


 アピロは竜の気配をうかがいつつ、先ほどの結晶について考えていた。

 ウィッチに告げた効果は一部分だけであり、全体としてはもっと複雑な効果を孕んでいる。

 上手く使えばより経験値が上がりそうなことができそうだ。

 昨日から考えてきたことともあわせて考えていく。


「倒しました! 何でしょうか。昨日よりもずっと体が素直に動きます!」


 道の奥で大型の魔物を倒したところだ。

 昨日に続いて二体目。全体では三体目の中ボスが倒された。


 ウィッチも絶好調である。

 昨日だけでも強くなっていたが、さらに動きが良くなっている。


「やはり休息を取ったことが大きいんでしょうね!」

「まあ、そうだね」


 あまり見ない現象だが、アピロは聞いたことがあった。

 レベルの急激な上昇による肉体能力の向上に、本人の意識が追いつかないことがある、と。


 一晩寝ることで、眠っている肉体に意識が追いついていき整合するとかだった。

 すなわち、休息により彼女の肉体と意識とのレベルが揃った。

 彼女の意図せぬ発言は正しいのである。


「スキルは手に入りませんでした」

「そんなに手に入るものでもないんじゃない」


 二つ目のスキルは手に入ったようだが、盾突撃(シールドチャージ)という技だった。

 盾を片手に相手に突っ込む文字通りの技だ。


 彼女の覚える技に知性のかけらが見えない。

 持っている剣を振るう、盾を構えてつっこむ。とにかく力任せだ。


 でも、強い。

 強いのは彼女ではなく、盾に付与した歪曲効果である。

 シールドチャージにも効果が乗る。ついでに相手の攻撃を無視してのカウンターにもなる。


 スキルが覚えられなかったのではなくて、もう覚えられるスキルがないのではないかとアピロは考えていた。

 覚えてもどうせ脳筋技だろう、とも考えている。


「見てください。すごく強いですよ!」

「うん。見てるよ」


 とりあえず本人が楽しそうにしているから良いことにした。

 何はともあれこれが一番だ。他者がどう思おうと、何を言おうが、本人が楽しいと思えることをやれるならそれで良い。

 雑音を気にせず突き進んで欲しいとアピロは思うのである。

 しかし、同時にその道を歪めれば――。


 アピロは首を振った。

 悪い癖である。どうして自分はこうなのかと思わざるを得ない。

 過去に何度同じ過ちを繰り返したのか、自分と他人の道を歪めたのか数え切れない。


「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない。何にもないさ」

「はい! 進みましょう! ――って何にもなかった駄目じゃないですか! 結晶を倒した後はお宝が出てくれないと!」

「そうだね」


 アピロも頷いた。

 彼にとってのお宝は竜だ。

 過去に倒した時も比類無いほどの経験値が入った。

 今回の討伐でも同様の経験値が入り、最高の値に到達すると踏んでいる。


「行こう」

「はい!」


 二人は進む。


 最後の中ボスの待ち構える地点へと。




 道中の魔物で手こずることもなくなってきた。


 慣れというのは感覚の麻痺だ。

 昨日まで怖がっていたものも倒せるようになってくると作業に変わる。

 能力も上がっており、魔物の動きが見えるようになり、躱せるようになったことも大きいだろう。


 最後の中ボスの前に立つ彼女が、ややつまらなさそうに見えたのはアピロの見間違いではないだろう。


「待って」


 魔物を前にしてアピロが声をかけたのは初めてである。

 他ではウィッチの質問に答えたり、道順を伝える以外では声をかけてこなかった。


「どうしましたか?」

「ちょっと試してみたいことがある」


 アピロが魔物の前に立った。

 魔物が反応を見せる。


 ウィッチは魔物が何かわかっていない。

 アピロはわかっているが、何なのかを解説することもない。

 サメの頭が複数ついた猫の胴体をした魔物を、そのまま説明するのも馬鹿らしい。


 彼は魔物を解析していく。

 魔物の生命の根本となる地点を見つめる。

 そして、見つけた。心臓のある位置からやや上だった。


 アピロを突き動かしたのは単純な興味だ。


 彼は魔物の生命の中心に自らの力を付与した。

 昔、人に使う実験をしたが、あっという間に死んでしまった。

 人の生命の根本を歪めることは死と同義であったのだ。


 だが、彼らは生け贄にされる。

 歪んだ生け贄から、誕生する新たな生命はいったいどんなものだろうか。



 やはり魔物は死んでしまう。

 端から見ていたウィッチにはアピロが何をしたのかわからなかった。


「すごい! どうやったんですか!」

「ちょっと曲げてみた」


 何を曲げたのかは言わなかった。


「……あれ? でも、お宝が出てきませんね」


 さっそく実験の結果が一つ現れた。

 今まで出ていた金色の立方体が現れなかった。


 これも生命の根元を歪ませた結果だろうか。


 奥から物音が響く。

 重いものが引きずられているような音だ。

 四体の魔物を倒したことで、中心への道が開いたようである。


「門が開いたようだよ」

「はい! 行きましょう! 竜が待ってますよ!」


 アピロは思い出した。

 そういえばウィッチは竜が奥にいると思い込んでいると。

 間違いなく奥で出てくる新たな生命は竜ではない。

 竜ではないが歪みを孕んだものである。


 彼は、彼の歪みの答えを見に行った。


 竜を倒すと息巻いているウィッチが、彼の前を意気揚々と歩いている。



 奥の部屋にあった結晶がぐにゃりぐにゃりと姿を変えていた。


 何かになろうとしているが、何ものにもなり得ず、ずっと変化を続けているようである。


 変化を続けた結晶は、答えが出せない。


「あの、これってどうするべきですか?」

「……もう倒してしまっていいよ」


 ウィッチも結晶の変化を見ていたが、とうとう待つことができなくなったようだ。

 彼女は剣を振るって、変化を続けた結晶を砕いた。


「む」


 アピロは手を伸ばした。


「え、なんですか?」


 急に手を伸ばした挙動不審な隣人にウィッチは尋ねた。


「倒した後の残滓が、どこかへ転移しようとしていたのを食い止めたんだ」

「残滓? ……あ、成長素材!」


 ボスがいた場所にヘンテコな物体が転がった。

 本来、木村たちが手に入れるはずの報酬の中身がここに現れた。

 ウィッチは楽しげに拾っているが、アピロとしてはよくもそんな何かわからないアイテムを解析もせずに拾えるなという思いである。


「竜はいませんでしたね」

「だろうね」


 それはわかっていたのでアピロは何とも思わない。

 次はどうやって探すべきだろうか。


「成長素材、私もさらに強くなりそうです」

「おめでとう」


 アピロはウィッチを見ることもなかった。

 反射的に祝いの言葉をかけた。


「スキルが手に入るかな。えい……。あ――」


 アピロは考える。

 竜はいる。気配もある。しかし姿は見せない。

 いったいどうやったら竜をおびき出すことができるのか。


 やはり、この迷宮全体を曲げて、竜ごと始末してしまわなければ駄目か。

 だが、そこまではしたくない。ウィッチがどんな顔をするかを考えると、彼は戸惑ってしまう。


「ウィッチ。もしも、ここが――」


 アピロはウィッチを見て、確実に動作を止めた。

 呼吸も止めた。彼に呼吸を止めさせた存在は、ここ数万年はいなかっただろう。


 ウィッチがいた場所に結晶が浮いていた。

 ふわふわと宙に浮き、彼女の髪と同じ、赤褐色の結晶だ。


「あ……、え……?」


 アピロの声に反応するように、結晶はピカピカと光る。

 声ではない。しかし、アピロには結晶が何を言っているかがわかった。


“どうしましたか、アピロ”である。


「何がどうして……、そうか、歪みが成長素材に伝播して、それを摂取したから――」


 歪みがウィッチに伝わった。

 しかし、ウィッチがなぜ結晶になったのか。直接の変更ではないからか。


「ちょっとごめんね」


 アピロはウィッチに解析をかけた。

 結晶の動きが鈍り、光も鈍り、地面に落ちかける。


「スキルが……見える」


 今までウィッチからスキルは見えなかった。

 それなのに今では、彼女からスキルが読み取れる。


「“浮遊”はともかく、“歪曲”に“迷宮構成”は聞いたこともないスキルだ。僕自身の歪みも伝わっているのか」


 ウィッチは自らの変化に気づいていないのか。

 驚いた様子もない。そこが余計に事態の異常性を示してくる。


「ウィッチ。この迷宮は僕と君によって攻略された。もうここは用なしだから、竜ごとねじ曲げて消し去ろうと思ったんだ」


 結晶体がピカピカと強く光った。

 まるでアピロを咎めるようである。


「でもね、僕はこの迷宮を残しておきたくなった。とても嬉しいことがあったんだ」


 ペカーと結晶が光る。

 喜んでいる、そして何が嬉しいのかを発光で尋ねた。


「僕という歪みを初めてその内部に受け入れてくれた存在が現れたんだ。ここは記念の地だ。――それでも僕は竜を殺さないといけない。大丈夫。迷宮の機能は残しておくよ。ここが侵されることがないようにね」


 結晶はペカペカ光る。

 私も一緒にやります、と言わんばかりだ。


「ありがとう。それじゃあ、――やろうか」


 アピロの手元の空間がぐにゃりと捻れていく。

 彼の手には歪みが握られていた。


 アピロはこの歪みを歪曲剣と呼んでいるが、普通の人が見たら剣とは呼べない。


 ただ、空間の歪んだ範囲が剣のように見えるだけだ。

 美術館に飾られていれば前衛的なアートと認識される可能性もある。


 彼は剣に関し、まっとうなスキルを一つも持っていない。すなわち剣の腕前は素人だ。

 そんな彼も剣士に憧れて、剣をがむしゃらに振るった時期がある。けっきょく何も得られなかった。

 彼はまっとうな剣士にはなれなかった。


 やがて彼は剣を捨て、彼に唯一与えられた力を使いこなすようになる。

 まっとうな剣士のスキルを一つも持っていない彼は、他の誰をも圧倒する剣を握った。


 誰も彼を剣士と認めない。

 彼自身も自分が剣士だと思ってはいない。

 だが、彼は武器として過去の理想を捨てず、剣を持ちたかった。


 故に、彼の歪曲剣は思い出と理想の産物である。

 ただし、剣士に憧れた思い出は歪み、剣を振るっていた頃の理想は曲がってしまっている。


 彼の歪さをただ詰め込んだだけの剣状の何かだ。

 ただ、曲げて歪めて重ねて捻ることを目的としており、斬ることすらも叶わない。


 つまるところ、歪曲剣は剣ですらなかった。



 アピロは歪曲剣を掲げる。

 その剣に力を込めていけば、周囲の景色がどんどん歪んでくる。


 結晶になり果てたウィッチもピカピカと光った。

 私も手伝います、と言っている。


「うん。スキルの使い方はわかる?」

“がんばります!”


 がんばっても結果が出るわけではないが、アピロも水を差すことなく頷いた。


 アピロの歪曲剣と、ウィッチの得た“迷宮構成”が合わさり、迷宮の最奥から歪みが生じる。


 道は曲がりくねり、魔物は歪み原型を留めず、入り組んだ道中は層をなしてより複雑になる。

 最後に全体をねじり上げていき、迷宮の異常性は周囲へと漏れ出ていく。


 塞がれていた地下水路の出入り口から歪みが漏れ出ていった。

 王城を、メインストリートを、兵士たちの教練場を、堂々たる王都の門扉を歪めていく。


 無論、暮らしている人たちも巻き込み、王都は変貌を遂げていった。

 迷宮とそれをねじ曲げた歪みが王都全域を包み込み、すでに迷宮と呼べるものは残っていない。


 アピロたちは迷宮を守るために手を加えたが、かえって迷宮をぼろぼろにした。

 そして、第二の目的であった竜はやはり出てこない。


 それでもアピロとウィッチはご機嫌だった。

 迷宮は消し去ったが、新たな空間を作ることができた。

 スキルも初めて使ったにしては、非常にうまく機能したと言える。

 アピロの力と、ここまで親和する力は他になかった。この点もアピロの気を良くした。


 後に、今の王都のような異常な空間は、別の名で呼ばれることになる。

 しかし、今はまだその名が生まれていない。


 木村たちと、ごく一部の存在は、やはりここをまだ『迷宮』と呼び、挑むことになる。


 イベントは歪んでしまったが、なおも終わることなく継続していく。


 ストーリーはいまだ骨子から外れていない。


 タイトルからも逸れてない。



 彼らはまだ、――迷宮で相まみえてはいない。

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― 新着の感想 ―
[一言] アピロは自分のレベル上げることが生き甲斐みたいなやつだけど他人を育てるのも好きだからウィッチに助力してたんだろうな 元の世界でも魔法学校とか作ってたし 後の話にはなるけどアピロの称号にある…
[一言] 関わってはいけない理由がいつもどおり過ぎて草
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