62.イベント「迷宮にて相まみえましょう」1
ついにイベント当日である。
木村の足取りは軽い。
うきうきしている。
迷宮の入口は相変わらずのままだ。
いきなり変形したり、魔物がぞろぞろ出てきたり、あの世に繋がったりもしていなさそうだ。
ウィルの魔法で見張りの兵士たちを眠らせて、さっそく木村たちは中に入った。
洞穴というよりは人工のトンネルだ。石のブロックや、ところどころで落盤を防ぐ柱も見える。
見た目よりも音に特徴がある。
水の流れる音がどこかから聞こえてくる。
近くにハトポポ川の支流があったので、引き込んでいるのだろうか。
この迷宮はダムか、貯留用の洞窟なのかと木村は考えた。
この予想は間違っているのだが、木村は貯留の方向で可能性を広げていく。
水の中での戦闘になったらどうしようか、とやや不安になりつつ道を進んでいった。
道を進んでいくと、とうとう水が現れた。
洞窟の中に小さな川があるという光景を木村は不思議な様子で眺めている。
川と並行して道が続くので、行き先もわからないまま進む。
「ワンワン! ワン! グルルル!」
途中で魔物も現れるようになった。
スライムっぽい魔物やカバのような魔物である。
まだ序盤のためかとても弱い。一撃で倒せてしまう。
道中も、敵も今のところ問題はない。
問題があるとすれば味方だ。主にアコニトである。
「ガウ! ガウ!」
今日からイベントだからクスリをやるなと言ったのにやりやがった。
本人は犬になっているつもりらしく、入ってからずっと四足歩行で犬の鳴き声までしている。
「バウゥ! グルゥ!」
せっかく初期ころのメンバーで楽しくやれると思っていたのに台無しである。
異世界に来たころの雰囲気を取り戻そうとしたのに、こんな状態ではどうしようもない。
……思い返すと異世界に来た頃からアコニトはあんなのだ。
いつもラリってた。
「あれ? もしかして変わってない?」
変わっていなかった。
アコニトは最初からああだったので、笑うセリーダがブリッジにいるだけである。
他の三人は慣れっこなので、アコニトはいないものとして考えいる。
地形が洞窟なので、アコニト自慢の自爆は危険すぎて使えない。
そうなると彼女は邪魔になる。フルゴウルにすれば良かったと木村は後悔している。
鳴き声の真似がうるさいし、四足歩行を見ているとこちらまで情けなくなる。
そんなラリッた彼女は川に近づき、水面を見て吠えていた。
水面に映った自分を威嚇しているようだ。
おっさんが背後から近づく。
「おっと、水辺に近寄ると危ないぞ」
おっさんがアコニトの背中を蹴った。
木村は目が点になる。
「ワゥ! ワッ、ガゥ……、ガ…………」
アコニトがドボンと川にダイブし、もがもがともがいている。
尻尾が浮き輪代わりになっているようで、沈まない状態でそのまま流れていった。
「上手に泳いでいるな」
泳いでいるのだろうか?
尻尾は浮いているが、顔は沈んでいたように木村には見えた。
この迷宮で死んだ場合は、どうなるのだろうかと木村は考える。
死んだその場で復活するのか、それともカクレガで復活するのか。
カクレガで復活する場合は、全滅時は入口まで戻らないといけないのか。
戻るとなると厄介だが、気軽に試すこともできない。
アコニトがどうなるかを注視しておこう。
一番先に死ぬのは経験上彼女だ。
「水の音が心地よいね!」
「癒やされるな」
アコニトがいなくなり、静かになった。アコニト追放組はにこやかである。
木村はウィルと顔を見合わせて、仕方ないと首を振った。
ボローは相変わらずのままだ。
戦闘メンバー三人の状態で進む。
アコニトは川を流れていったきり帰ってこない。
まだ死んでいないのか、それとも死んでカクレガに戻っているのかもわからない。
はっきりと言えることは三人でも安定して進めているということだ。
ボローが注意を引きつけ、ウィルが魔法で攻撃する。
ペイラーフは回復してない。ダメージがほぼない。それくらい余裕だ。
やはり装備を作製できたのは大きい。この調子だと中ボスかボスまでは、三人で余裕そうである。
「キィムラァ。チェックポイントに到達したぞ」
「チェックポイント?」
「ああ。ここから外に出られるぞ。カクレガもこっちに向かってきているからな。休むときはここから出て休むんだ。休息を忘れるなよ」
要するにセーブポイントだと木村は理解した。
おそらく全滅したら、このチェックポイントから再開ということになる。
全滅したら戻らないといけないのは面倒だが、途中で休めたり、復帰できるのはありがたいことだ。
木村はいったん外に出てみた。
最初と同様に、兵士が数人ではあるが配置されている。
こんなところで警備する任務はさぞ大変だろう。イベント以外だと何もないのではないか。
誤解である。
通常であれば彼らはここに配置されていない。
迷宮に変化が起きてから、ここに急遽配置されたのである。
眠らされた兵士たちは目を覚ました後に、彼らの仕事を全うする。
パーティーメンバーを入れ替え、またすぐに迷宮に戻った。
ペイラーフはまだまだ活躍の機会がなさそうなので、フルゴウルと交代させた。
アコニトは変更できない。彼女は死んでないようで、今もなお迷宮内の川かどこかを彷徨っているらしい。
「たくましく生きてるでしょ!」
ペイラーフは笑って、花の世話に消えてしまった。
彼女にとっての優先順位は、イベントよりも花の方が遙かに高いのだ。
アコニトには困る。枠が一つ潰れた状態だ。
死んで欲しくないときにはすぐ死に、死んで欲しいときには生き残るという厄介な存在――それがアコニトだ。
どうこう言っても仕方ないので、またしても三人で迷宮を進んでいく。
出番のない回復役が、攻撃できるキャラに替わったのでますます楽に攻略できている。
「キィムラァくん、気づいているかな?」
フルゴウルが尋ねてきたが、木村はさっぱりわからない。
もうちょっと言葉をたしてほしい。会話には言葉の足し算が重要なのだ。
「何にですか?」
「この道がどこに続いているかだよ」
「いえ、全然」
「王都ムックリに続いているよ」
「え?」
木村は驚いて、フルゴウルを見た。
フルゴウルは頷くだけだ。
「地図を見ていたらすぐにわかった。この道は王都へ伸びている。灌水用として引いているのではないかと推測したが、灌水用にしては水量が少ないかもしれない。都市用の飲料水だろうか。それにしてもかなり古い。管理も禄にされてない様子だ。もう飲み水としてはほとんど使われていないかもしれないな」
木村も授業で聞いたことがある。
中東かどこかでは、地下水を引き込む水路があるとか、カナートだったか。
ここは地下水ではなく、川の水なのでまた別のものかもしれないが似たようなものだろう。
「そうすると、ここの終着点は王都になるわけですか」
「その近辺だろうね」
そうなるとボスがいるのも、終着点となる王都の近くだろう。
ウィルも話を聞いていたので渋い顔をしている。
木村も同じ顔になっているはずだ。
急激に嫌な予感がしてきた。
穏やかで迷惑をかけないはずのイベントが、災厄をもたらすイベントにかわりつつある。
「……いつもどおりか」
迷惑をかけなかったイベントなんてない。
討滅クエストは帝都を滅ぼすし、最初のイベントストーリーは国を消した。
その次は街に電車が強制突入して、さらにその後は地上どころか冥府でも混乱騒ぎだ。
せめて、できる範囲で死者数を減らすようにがんばろう、とゆるい決意を木村は立てるのであった。
―― ―― ――
王都では、式典が一見つつがなく進行している。
トンタタ王の生誕五十年を多くの人が祝っていた。
地上はそうだが、地下は様相が異なる。
魔物が朝から活発に動き始めた。
まるで地上の式典に、自分たちも参加すると言わんばかりである。
入口付近の魔物は基本的に弱いが、ときどき思い出したように強めの魔物もやってくる。
「このままではキリがない。座して魔物の侵攻を許すことはありません。こちらから仕掛けるべきではありませんか?」
ヤギの獣人が声高に主張する。
他の獣人二人も動きたい気持ちはある。
ハッピートリガーにせよ、慚愧一閃にせよ、大人しく待てる性分でもない。
奥に何かがあるのは明白で、戦力もそろっているなら、合図など待たずに攻め込みたい思いであった。
「今日だけはなんとかここで凌いでくれ、とのことでね。そこをなんとか」
上でも攻めこむという意見はあるが、今日に限れば少数派だ。
現時点で地下水路の出入り口はここだけであり、ここが手薄になると魔物が地上に出てくる。
魔物の地上への進出は絶対阻止せねばというわけで、今日は徹底防戦を命じられている。
もしも地上に出てきて、国内外からの来賓に何かがあれば洒落にならない。
言っていることはわかるが、苦労するのは上層部と獣人たちとの間に入るケルピィである。
「全てを投げ捨てて、ゆっくり休みたいねぇ」
「諦めてください」
ケルピィの背後に立っている女性が、無機質な声でケルピィの要望を一蹴した。
彼女はハムポチョムキキ平野から、王都に招集された隊員である。
名前はシエイ。目つきの怖さは隊員一だ。
「シエイもたいへんだったね。急に呼び出されるなんて」
「暇を持て余していましたので問題ありません」
「暇? ハムポチョムキキ平野は、魔物が異常に増えたって聞くけど?」
「それは二十日ほど前の話になります」
「そうなの」
デモナス地域にいた魔族の一部が、冥府騒動で東に移動したときのことである。
ハムポチョムキキ平野の西部で生活していた魔物が、魔族から逃げて同平野の東部に移動し、東部で縄張り争いが活発化した。
魔物たちのに争いに巻き込まれたのがシエイだった。
「聞いてるだろうけど、奥に手強いのが数匹いてね。明日以降、彼らと一緒に倒してもらいたいんだ」
「私は他者との協力が苦手です」
「知ってるよ」
広範囲殲滅がシエイの得意とするところだ。
この狭い領域かつ他者がいるところでは巻き込む恐れがある。
「彼らは、……まあ、大丈夫だろう。僕も見たけど、なかなかのものだよ」
ハッピートリガーと慚愧一閃は、ケルピィも戦うところを実際に見た。
どちらも戦闘能力はこちらの能力よりずっと上だ。
経験もこちら以上にあるだろう。
福音と呼ばれるヤギの獣人も同様だろう。
最初は力の正体がわからなかったが、周囲の物体が小さく揺れるところを見るに音だとケルピィは推測している。
力を使っているときは喋っていないことからも、推測が正しいと結びつけられる。
音で炎弾をどう防ぐかはわからない。他にも何かがあるのかもしれない。
「状況によっては、彼らを巻き込むことになりますが?」
「僕は現場の判断を尊重するよ」
「責任の所在は?」
「僕になるだろうねぇ、嫌なことだ。責任ばかりが増えてくる」
実際のところ、彼らを巻き込んだところで厄介払いができたということでおとがめはないだろう。
考えられるとすれば彼らからの報復だが、生きて帰れるとは考えづらい。
「とりあえず、倒せるかどうかを見てきてもらうのが一番かな。僕は近づくだけで過呼吸になりそうだったんだけど、シエイからあの魔物がどう見えるかが気になるところだね」
巻き込む云々の前に、そもそもあの魔物と戦って倒せるとケルピィは思ってない。
ケルピィとしては触らぬ神に祟りなしという言葉に従い、手を出さずに見守っておく方が良いと考えている。
この考えを上に伝えているが、彼らは見ていないので「なんとかして倒せ」と言ってくるだけだ。
超現場派のシエイから見て、あの魔物が戦っても良い存在かどうかがケルピィは気になっている。
倒せるならそれに越したことはないが、倒せないと判断するなら討伐はさっさと諦め、如何に被害を減らすかに注力すべきだ。
「それと一つ報告が遅れました」
シエイが声をかけてきた。
あまり良い報告ではなさそうである。
「ハムポチョムキキ平野に謎の勢力がいました」
「…………見間違いじゃなくて?」
ハムポチョムキキ平野は立ち入りが禁止されている。
実は立ち入っても良いのだが、命の保証ができないし、帰ってきても手に入れたものは全て国に取り上げられる。
密猟して一攫千金を狙う奴はいるにはいるが大抵死ぬ。
ちょっと強いくらいでは一日も保たない地だ。
「殺したの?」
「いえ、力量差がありすぎて近寄ることもできませんでした」
「……シエイが近寄れなかったの?」
「はい。私よりもずっと強いです。仕掛けていたらこちらが殺されていました」
シエイに悔しそうな素振りはない。
単純に事実を告げているだけのようである。
それほどの勢力がいるとは、情報省からも神術省からも聞いたことがない。
「彼らは、今も平野にいるのかな?」
「不明です。彼らは魔物との戦闘後、地面へと消えてしまいました。その後の消息は掴んでいません」
「地面に――、その話、詳しく聞かせてくれる」
まさかここでピヨヨから聞いた話に繋がるとはケルピィも思わなかった。
シエイを呼び寄せたのは戦力としても情報としても間違っていなかったようである。
詳しく聞いて、上に伝える必要がある。
ただ、その後の展開は目に見えている。
けっきょく地下水路の奥に進み、魔物を倒せと言われることになるだろう。
ケルピィはため息まじりにシエイから詳しい話を聞くことになった。
すぐにピヨヨへ伝言を送り、夜には地上へ呼び出された。
「西の地下水路取水口で侵入者があった」と報告を聞かされる。侵入者は王都へ向けて移動している。
侵入者の詳細な特徴は判明しないが、ケルピィはシエイの見た人物と同一のものと考える。
点と点が繋がったと思う反面、腑に落ちない点もある。
地下に潜る勢力が地下水路をこうしたと思っていたが、時系列が合わない。
地下水路が変化を始めたとき、彼らはまだハムポチョムキキ平野にいたことになる。
加えて、今になって王都へ向かっているのも時機が遅すぎる。
王都で事をしでかすなら今日がベストなはずだ。
その勢力が今さら、この地下水路に何の用があって来たのか。
この変容は彼らが原因ではないのか、あるいはこの地下水路にはまだ何かがあるのか。
さらに、報告が続いた。良い報告だ。
地下からでメッセとシエイの両名によるものである。
強大な魔物の一体が討伐されたようである。奥から感じていた異様な気配が消え去ったらしい。
誰が倒してくれたのかはわからないが、ケルピィは気が一つ軽くなった。
歯車のかみ合わない気持ち悪さを感じつつも、ケルピィは式典の日をやりすごしたのである。
―― ―― ――
時間は昼に戻る。
地下水路の内部で一夜を明かした、駆け出しトレジャーハンターのウィッチは状況が掴めていない。
場所は、アピロとの出発点である黒格子付近に戻っている。
一度、奥に進みかけたのだが、アピロが「戻られると面倒だな」と言ってここへ戻った。
アピロは黒格子を通行不可になるほどねじ曲げた。
その後、また水路を進んだがまたしても黒格子の付近に戻った。
そして、いったん休もうということで夜を明かした。
夜を明かすと言っても外が見えないので、一眠りしただけである。
危険な場所でも眠れたのは不思議だとウィッチは思っている。それでも疲れはまだ残っている。
時間はわからないが早朝だろうと彼女は考えた。
そこまで眠りは深くなかったはずである。
この予測と感覚は間違っている。
眠りは深くイビキもかいていたし、時刻は先も書いたように昼を過ぎている。
アピロは手を出してこなかった。
それどころか彼女にまったく興味を見せていない。
実は「よくこの状況でここまで眠れるな」と感心していたのだが彼女は気づいていない。
「ここは異常だ」
アピロが呟いた。
「異常しかないように見えますよ」
ウィッチとしては言葉どおり異常しかない。
突然出てきた謎の入口に、大量の魔物、金色に輝くお宝、一般人の身なりでめちゃくちゃに強い男。どこにまともなことがあるのか。
彼女がここにいることも、まだ生きていることすら異常の一つと言える。
「はっきりと気持ち悪い。異常特有の歪みが感じられない。世界がここまで混ざり合って、自然に存在するなんてあり得ない。歪みを重ね合わせて正常になっている。なんだここは……」
昨日からウィッチは、この手の発言をアピロから聞いていた。
彼女は彼が病気だと思っている。
トレジャーハンターでも、精神をやられた人が同様の発言をしていた。
力が強くても心は保てないのか、とウィッチは感じた。彼女はアピロを哀れんでいる。
世界を何度かねじ曲げたとか、レベルが9998で1足りないのやら、経験値が欲しいとか、竜を二匹殺したなどというアピロの妄想にウィッチも優しく頷く。
命を助けてもらい、お宝も分けてもらっている手前、それくらいはしてあげてもおつりが来る。
「竜は、どこにいるんだ?」
「竜がいるとすれば、やはり遺跡の最奥でしょう! お宝の中に埋もれて眠っているに違いありません。『侵入者よ。これは私の宝だ。誰にもわたさんぞ!』と火を噴いて襲いかかってくるんです」
アピロはジッとウィッチを見て、その後で噴き出した。
ウィッチも冗談半分で言ったので、笑ってもらえてうれしいがここまで嵌まるとは思わなかった。
「ウィッチの世界の竜はお宝を守って火を噴くんだ。おもしろいね」
昨日までの空々しいリアクションではない。
心からおもしろがっている様子だ。
「いいね。遺跡の最奥に行ってみよう」
「はい! 行きましょう! お宝が待ってます!」
「うん、僕は考えすぎていた。この感覚はずいぶんと懐かしい。感覚に従うことも大切だね。竜がいればそれで良し、いないなら――全てねじ曲げれば出てくる」
ウィッチもアピロの妄言は笑って流す。
とりあえず彼女としては竜よりも、奥にあるお宝のがよほど気になる。
二人は地下水路を歩いて行く。
魔物が大量に出てくる。昨日も多かったが、今日は昨日の比ではない。
見渡す限りに魔物がいる。
「すごい多いですね。どうしたんでしょう」
「昨日までは未完成で、今日になって完成したってところだろう」
「どういうことです?」
「えぇ……? そのとおりだよ。昨日まで、この水路は不完全だった。少し歪な感じがしてたから。あの歪な感じが心地よかったんだけどなぁ。今はすごく綺麗だ」
「どこがですか? 歪ですよ?」
「そこがおかしい。歪に歪を掛け合わせても正常にはならない。さらに歪みを増すはずだ。それなのに、ここはこんなにも正常な状態なんだ。おかしいなぁ」
「ほんとおかしいですねぇ」
会話はかみ合っていないが、とりあえず互いにおかしいと思ってるから「ヨシ!」となった。
魔物は襲ってくるが、アピロはまったく真面目に対応していない。
ウィッチにも容赦なく襲いかかってきているのだが、魔物は彼女に触れる直前でねじ曲がる。
最初こそアピロの礼を言ったが、特に彼が積極的に動いている様子も見えない。
そのため彼女は彼にどうなっているのかを尋ねた。
「ウィッチの周囲に歪曲場を展開してる。僕もそうだね。楽だよ、これ。すごい便利」
「あ、そうなんですね。なるほどぉ」
もちろんウィッチはさっぱりわかっていない。
聞いてもわからなさそうなので、そういうものだと納得した。
すごいことをしていることには納得したが、これは彼女が求めたトレジャーハントとは違う。
「――って違うんです!」
「え、何が?」
アピロはわかっていない。
わかるわけがない。
「私の求めているのはこういうのじゃないんです。もっと剣を全力で振ったり、知識を総動員して魔物を倒したり、時には逃げたりするものなんです!」
「……まあ、いろいろした方が経験値はたくさん入るね」
「そうでしょう。私は経験を積みたいんです。これじゃあ私、歩いてるだけじゃないですか!」
「お宝が手に入るならどっちでも良いんじゃないの」
「駄目なんですよ! 私はここで死んでしまった仲間のぶんも、経験を積み、強くならないといけないんです」
「そんなことないと思うけど」
本当にそんなことはない。
一人だけ生きるために逃げてる時点で、そんなことはまったくない。
「仲間を犠牲にしてでも得るべきものが私にはあったんです」
命とお宝である。
この言葉はアピロにも効いた。
「それは、わからなくもないなぁ。僕もレベルのために仲間も世界も曲げちゃったからなぁ。はは……。――わかった」
途中で沈んだ顔で笑っていたが、最終的にアピロは顔を上げてわかったと頷いた。
「僕の武器を貸してもいいけど扱いきれないだろうし、何か手頃な武器がないかなぁ」
「あります。さっき拾ったんですよ。ほら、これ」
ウィッチは、魔物が落とした金の筺を開き、そこそこ上等そうな剣を出した。
アピロは素直に驚いて、その光景を見ている。
「えっ? ええっ? 今のなに? なんで金色の立方体から剣が出てくるの?」
「なんでって、宝箱なんですから剣だって入っていることはありますよ。ほら、これは盾ですね」
「いや、僕には金の立方体にしか見えない」
「また冗談言って~」
ウィッチは笑って、金の筺から盾を取り出した。
アピロは、倒した魔物が落とした金の筺を掴んで開けようとしているが、まったくびくともしない。
「すごいね。いや、ほんと……。ここって、そういう世界なの?」
「そりゃ、世界はそういうものですよ。こうやってみんな強くなっていくでしょう」
カゲルギ=テイルズの世界での話である。
彼女はまだここがどういう場所なのかわかっていない。
アピロも彼女の世界がどういう場所かをわかっていなかった。
「あぁ、そう……。へぇ、ほぉ」
「わぁ、すごい! ほら、これ! 成長材料ですよ!」
ウィッチが金の立方体をアピロにぐいぐいと見せつける。
アピロは先ほどの立方体と同じに見える。何が違うのかさっぱりわからない。
そんなに目元まで持ってこられても、金色だねとしか言えない。
「成長材料?」
「これ、本当に私がもらってもいいんですか!」
「えっ、あ、うん。どうぞどうぞ。どうするの、それ?」
「もう。ほら、こうやって取り込めばさらに強くなれるでしょう」
ウィッチが金の立方体を両手で抱え、彼女の胸元に近づける。
筺がするすると彼女の胸に吸い込まれていく。
「強くなりました! どうです!」
「……えぇ」
アピロはドン引きである。
本当に理解できない表情でウィッチを見ていた。
顔をわずかに戻してから、アピロがウィッチを見つめる。
ウィッチはその視線に当てられ、平衡感覚がおかしくなってくる。膝もついてしまった。
「あ、大丈夫?」
「え、あれ? 急にめまいがして……」
「うん。ごめんね、見過ぎた。――ほんとだねぇ。ステータスの理論計算値が上がってる。レベルはないけど、そうやって強くなるんだ。おもしろいなぁ。僕も作れないかなぁ。……待てよ。これでレベルが上がるなら、より効率的に経験値稼ぎが――」
ぶつぶつとアピロが自分の世界に入り始めた。
これはよくない状態だと、ウィッチは彼の意識を現実に戻していく。
「それよりこの剣はどうするんですか?」
「えっ、ああ、これね」
アピロがウィッチの手から剣を取る。
刃を手で摘まんでから、柄の方をウィッチに向けて返した。
盾も同様に手を当ててから、ウィッチに手渡す。
「歪曲効果を付けておいたから。これでウィッチが望むような魔物との戦いができるよ」
「えっ、本当ですか!」
「でも――」
ウィッチは最後まで聴かず、魔物に走って行く。
全てをねじ切る剣と、全てを歪み止める盾という、矛盾も斯くやの装備を両手に魔物と楽しそうに戦っている。
「材料で身体強化ができるなら、わざわざ直接戦う意味ってあるの?」
アピロの声が誰にも聞かれず闇に溶けていく。
とりあえず彼も先ほど考えた構想を頭の中で描いていった。
二人が進んでいくと、道はより広く高くなっていく。
道の規模に合わせて魔物もより大きく、より強靱になっていった。
魔物が強くなろうと関係ない。ウィッチは魔物を問答無用でねじ曲げていく。
いちいち全ての魔物に対応しているため進みは遅い。
アピロも考えごとをしているので、進みが遅くてむしろ都合が良かった。
「また成長素材! すごいです! こんなに手に入ることなんて外では考えられないですよ!」
ウィッチは成長材料をあり得ないスピードで獲得しているためか、目に見えて強くなっている。
ちなみに、この素材は木村たちが魔物をたくさん倒した時に本来手に入れるボーナスアイテムなので、木村たちの取り分が減っている形である。
「あ――」
ウィッチが固まったのは、彼女が新たな材料素材を取り込んだときである。
彼女は急に足を止めて、焦点もあっていない。
「どうかしたの?」
動かないウィッチを不審に思って、アピロが声をかけた。
「……え、よくわからないんですけど、頭の中が急に煌めいて、なんなんだろう。星のまたたきのような、小さな光でつかめないはずなのにつかめてしまったというか。……よくわからないんです」
「あぁ。僕はないんだけどその感覚は聞いたことがある」
ウィッチは絶対にわからないと馬鹿にされると思っていたが、アピロは「はいはい」と相づちを打った。
「ウィッチは、スキルを手に入れたんじゃないかな」
「スキル……。スキルってもしかして、あのスキルですか! 実力者が使えるっていう、特殊な力!」
「まぁ、そうなるね。おそらく、レベルアップ取得型に近いのかな、直感的に使い方はわかるって聞くけど、とりあえず頭の中で光ったやつとかいうのをやってみたら?」
「――はい」
ウィッチは頭の中で煌めいた光を、手に持ってくるように意識した。
口から無意識に名前が出てくる。
「強斬撃!」
ちょっとした衝撃波の出る斬撃だ。
モブキャラが使ってくる、よくある凡スキルである。
ダメージに倍率がかかるシンプルスキルで、言っちゃ悪いが外れスキルだった。
ただし、この攻撃には武器の付与属性が乗る。
アピロの付与した『歪曲』が衝撃波として周囲を襲う。
「す、すごい! 見ましたか! 何か出ましたよ! ぶぉーーーんって!」
ウィッチは大興奮している。
ただでさえスキルなど関わりがない人生だっただろう。
アピロの付与のおかげとは言え、周囲の魔物が一振りで全滅すれば興奮もひとしおだ。
「ぶぉーん。ぶぉーんね」
「違います! ぶぉーーーーん! です!」
「ぶぉーーん」
「ノー! ぶぉーーーーーん!」
二人はそこで声を止めて笑い合った。
今回のイベントを一番楽しんでいるのは間違いなくこの二人である。
「実力者のみなさんはこの感覚を何度も体験しているんですね」
「そうだろうねぇ。他にも何度も使って覚えるものや、まったく関係ないことからヒントを得て覚えるものもあると聞くね」
「アピロもそうやってこの力を覚えたんじゃないですか?」
「僕は違うね」
「でも、この曲げるやつは」
ウィッチが手近な魔物を斬って、歪曲の力の正体を尋ねた。
「これはそんなまっとうな力じゃないんだよ。僕にはこれしかなかったんだ。まともに得られる力なんて僕にはなかった。得られるものはただねじ曲げていった結果の称号だけ」
「そうなんですね。では、アピロは自分の力をひたすら工夫していったわけですか」
「……うん? うん、そうかな」
「すごい! こんなに工夫できるなんて! ほら、私は力押しばかりだから! もっと賢くならないと! 成長素材で賢くなれるといいけど」
「…………ああ。うん。君は、その、なんだろう。この感覚は、久々で、うまく言えない。やはり僕は歪んでいる。ただね。君は、そのままの方が良いと思う」
「力押しのままってことですか!」
「そうじゃないよ。……そうじゃないんだ」
わからないとウィッチはすねている。
二人は、さらに大きくなる道を進んでいった。
魔物はより強くなっていく。
より大きく、より凶暴、よりずる賢くなるが、比類できない凶悪な力の前には無力である。
あらゆる攻撃は歪曲の前に無力化され、あらゆる防御も内部まで捻転されてはひとたまりもない。
ただ、凶悪な力は手に入れても、持ち主の精神が追いついていっていない。
「でかい、でかい! 大きすぎ!」
ヘドロのスライム相手に泣いていた人間が、翌日に力を得たとは言え、自らの数倍以上の体格の魔物を相手にはできない。
完全に腰は引け、剣は何もないところを斬りつけて、回避できてない回避をしている。
もしも歪曲場がなければ今日だけ百回は死んでいるだろう。
筆者の操るエルデン○ングの主人公のように。
それでもなんとか倒していき、奥に進むと行き止まりであった。
ウィッチは足を止めて、壁を見上げる。
「行き止まり……。分かれ道がありましたっけ?」
スタートの黒格子近くは分かれ道だらけだったが、進むほど分かれ道は減っていた。
この近くに他の道はなかったとウィッチは思ったが、隅々まで見る余裕はなくなってきている。
精神と技能の不足を武器とスキルに頼りすぎており、すでに疲労困憊だ。
「行き止まりではないね。これが壁に見えるなら、そろそろ休むべきだよ」
疲労はウィッチも感じているが、魔物を簡単に倒せるのが楽しすぎて夢中になっている。
壁の表面が動き出した。よく見ると壁には白い毛が生えている。
表面が回転していき、左から顔が現れる。
目が三つに、口は二つ、鼻は一つだ。
しかも、配置のバランスが悪くて見ていて気持ちが悪い。
「でっか……」
あまりにも大きく、ウィッチは足を退かせてしまう。
毛の壁がもぞもぞと近くに寄ってきて、ウィッチを圧し潰そうとする。
「大きくなっただけだよ。自信を持ってスキルを使えば良い。ウィッチなら倒せる」
「……はい!」
アピロは魔物の大きさにまったく動揺していない。
彼のあまりにも落ち着いた対応に、ウィッチも自らを鼓舞するように声を出した。
なお、アピロは「大きくなっただけ」と言ったが、そんなことはない。
仕様上は中ボスであり、大きくもなったし、力は増し、やっかいなスキルも持っている。
仮にハッピートリガーたちがこの中ボスに挑んでいたら、壮絶な戦いの上で全滅するほどの力量がこの中ボスにはあった。
「強斬撃!」
馬鹿の一つ覚えという言葉どおり、ウィッチは彼女が覚えた唯一のスキルを使った。
中ボスが中ボスらしかったのは、死ぬまでの演出の長さだけである。捻られて消滅するまでの時間がわずかに長かった。
すなわち一撃だった。
金の筺をウィッチは手に取り、微笑んでアピロを見る。
「成長素材です」
「うん。使ってみなよ」
彼女は、自らの胸に金の筺を沈み込ませていく。
彼女の頭の中に、またしても光が煌めいた。その名がぼんやりと浮かんでくる。
「――アピロ! また、新しいス……あぇ?」
彼女の景色の中でアピロが勝手に上へと動いていく。
違う。地面が近づいてきている。
「どうし……」
「がんばりすぎたんだ。おやすみ」
倒れる寸前でアピロが彼女の体を支えた。
ウィッチも、あがいても抗いきれない瞼の重さに負け、そのまま眠ってしまう。
「……うーん。感じるんだけどなぁ」
アピロは周囲を見渡す。
竜の気配はする。ここに入ったときからずっと気配だけはしている。
しかし、姿がまったく見えないし、彼の解析もまったくヒットしない。
この歪んだ解析から逃れられるものなど、今まで存在しなかった。
強く解析をかけるだけで相手にプレッシャーを与えるほどだ。
なんとなくの想像はあるが、まだ実行に移すことはない。最後の手段だ。
ウィッチが楽しんでいるのを見ると、アピロも忘れかけていたことを思い出してくる。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
ただ、最終的に竜を仕留めることができれば、善し悪しは重要ではない。
あと1。
あと1で9999に達する。
急げば回れという言葉をアピロは知っている。
時に寄り道が近道に繋がることもある。自分の道は間違っていない。
「ここは休むのに適してないか」
アピロは空間をねじ曲げて、黒格子の前に移動した。
ウィッチを横にさせ、今日見たことで利用できそうなこと、活用できそうなことを構築していく。
アピロにできることは、彼に唯一与えられたこの歪んだ力をどう使うかだ。
あと1のため、彼は考え続けている。
イベント一日目の夜は、こうして終わっていった。




