60.カラオケ部屋
カクレガは多種多様な人種、あるいは人外が生活している。
初期の部屋三つと比べ、現在は大幅に拡張されたといえど、閉じた空間に数十名が暮らしていることになる。
そうすると、アコニトはもちろんとして他者の行動に対する不満が募り、苦情が出てくる。
木村は、大きな問題になる前に苦情を聞き、対応する役目も負っている。
無論彼だけでなく周囲のサポートもあり解決に導かれる。
さて、先ほど「夜に不気味な歌声が聞こえてくる」と木村に苦情が上がってきた。
本来は、おっさんやウィル、ペイラーフに相談するのだが、今回は話が明白だ。
木村はさっそく対応すべくアコニトのもとへ向かった。
「あぁ? 歌だぁ? 儂は知らんぞぉ」
苦情の元凶は否定する。
昼間でもまともなのは、イベント期間のためデイリーで外に出ることがないからだろう。
「危ないクスリやってるから覚えてないだけでしょ」
「酒だって呑んどるぞぉ」
「はぁ……。とにかく夜は静かにね」
「待てよ、坊やぁ。仮に儂としてだぞぉ、儂の美声が不気味になることはないだろぉ」
木村は笑ってしまった。
鼻水まで出そうになっている。
「だいたいなぁ、儂がトンでるときに歌っていたことがあったかぁ?」
「それは……ないかも」
言われてみればない気がする。
訳のわからない単語の羅列はあるが、まともな旋律にはなってない。
万人がアレを歌だとは思わないだろう。たとえ真夜中の扉越しであったにせよだ。
「それにだぞぉ。坊やの理屈でいけば、昼に苦情が出ても良いだろぉ。うん?」
要するに「私は昼間から薬で頭がトンでます」という最悪な主張である。
しかし、確かにそうだと木村も思った。わざわざ夜を待って歌う理由がアコニトにはない。
年中無休昼夜無視、常識倫理道徳に左右されないのがこの糞狐だ。
「あれ? 本当にアコニトじゃない?」
そもそも問題を起こしすぎて、カクレガの誰もが彼女の声や顔を知っている。
今回は誰の声かわからないけど、とにかく不気味という苦情だった。
もしもアコニトなら名指しで特定されるはずだろう。
「ようやくわかったかぁ。儂なら苦情じゃ済まんぞぉ」
「それもそうだね」
おっさんが出てきて、口にするのも憚られる状態にされる。
苦情からの原因解析、妥協点探しという正式かつ煩雑な問題解決手順にはならない。
間を省いて、発見即暴力による原因排除の強制執行コースだ。
「つまりどういうことかわかる坊やぁ? 儂に濡れ衣を着せようとしておる奴がおるということだぁ」
「そうはならないでしょ」
意味のわからない話の展開だ。
アコニトは木村の反論に聞く耳を持たない。
「坊や、今夜は張り込みだぁ。黒幕を見つけてしばき倒すぞ」
ちょっとおもしろくなってきたので、木村はもう何も言わないことにした。
とりあえず集合時間と地点を決めておく。葉っぱをキメないよう何度も釘をさした。
「待て。大切なものを忘れとったわぁ。坊やぁ。張り込みに一番必要なものがわかっとるか?」
「……わからないけど。気合いと忍耐力?」
「馬鹿を言うな。酒だ。忘れるなよ。樽じゃなくて、瓶で良いからな。ほどってものがあるぞぉ」
聞かなかったことにした。
酒の代わりに水を瓶に詰め、おっさんも連れて行くことにした。
夜になり約束の時間になったが、集合地点にアコニトは来なかった。
「わかってた」
そういう奴なんだ、あの狐は……。
「放っておくんだ。どうせあてにならないぞ」
「そうだね」
隣で腕組みをしていたおっさんの言葉に頷く。
木村もそれは思っていた。問題で問題を解決しても問題が残る。
残った問題を解消するために特効薬を連れてきたが、必要なかったかもしれない。
「そろそろ報告のあった時間だぞ。しっかり準備するんだ」
おっさんと薄暗い廊下を歩く。
娯楽がほぼないため、夜のカクレガは非常に静かである。
次の拡張はブリッジと、娯楽施設の拡充を図ることにしようかと考えている。
歩いているとおっさんが口に人差し指を当てて、静かにとジェスチャーしてきた。
木村は足を止め、耳に集中する。
微かに音が聞こえてくる。
音は徐々に大きくなってくる。女性の声だが誰の声かわからない。
件のアコニトはもちろん違うし、ルーフォでもない。カラオケ部屋に入り浸る誰かでもない。
不思議なことがまだある。
歌声は聞こえてくる。しかし、足音がしない。
声だけが近づいてきているようだ。本当に幽霊ではなかろうか。
木村も不気味さが増してくる。
しかし、曲がどこか聞き覚えがあった。
それに足音がなくとも、考えればカクレガに足音がしないキャラはそこそこいる。
「――あっ」
そして、木村はこの歌声の主が誰なのか思い至った。
おっさんの背中を軽く叩いて、自分に任せてくれとジェスチャーで伝える。
了承を得て、木村は声の主が近づいてくるのを待った。近くまで来たので、曲がり角から出る。
「声は、ペイラーフから借りたの?」
声の主――アコニトの尻尾は驚いたようで歌を止めてしまう。
予想どおりなので木村は驚かない。
先ほどの歌が、アコニトがときどき口ずさんでいるものだと木村は気づいた。
アコニトと同郷の存在で、女性の声、カラオケ部屋と連想していくと彼女の尻尾が思い至った。
声は謎だったが、サブイベの時は喋っていたし、ペイラーフは普段が大声なので、普通の歌声になると誰なのかまったくわからなくても不思議ではない。
「……彼女に借りたの。ちゃんと許可は取ってある。彼女が寝ている間だけね」
「そう。ここで歌ってるのはカラオケ部屋で一緒に歌いたかったから?」
「いきなりみんなの前で歌うのが恥ずかしいから練習をしてたの。声を控えてたつもりだったけど、もしかして迷惑だった?」
木村は事情を把握した。気持ちはなんとなくわかる。
迷惑をかけるところはアコニトの尻尾らしいが、礼節を弁えているところが違う。
「ちょっとだけね。もう、練習は良いと思うよ。上手だった」
お世辞は言ってない。
木村はカラオケに行かないのでわからないが、普通にうまい部類だろう。
公共放送の日曜昼に行われるものに出たとしたら、鐘が二回か合格かで迷うレベルだ。
「カラオケ部屋なら上手か下手かは、あまり関係ないんじゃないかな」
「わかってるの。けど……」
木村は尻尾の気持ちがわかった。
日本にいるときは木村もそれを持ち合わせていなかった。
上手下手よりも一緒に楽しめるかどうか。その輪に一歩踏み込むことができなかった。
しかし今ならどうだろう。
「僕も、歌はうまくないんだ。なにより人前で歌うのは恥ずかしいし。笑われたり、場を乱したりしたら悪いかなって思っちゃうから。でも、せっかくだから異世界でカラオケデビューしようかな、とも思う。ただ、いきなり一人で歌うのは恥ずかしいから、――どう、一緒に歌ってみない?」
木村は一歩踏み込んだ。物理的にではなく、精神的にである。
尻尾は迷っていたが、やがて決心をしたようで動きをピタリと止めた。
「行く」
尻尾も踏み込む決意をしたようだ。
木村と尻尾、あとおっさんがカラオケ部屋に進む。
夜の廊下に二つの足音が響いた。
扉前でわずかに躊躇ったものの、けっきょく木村は扉を押した。
ルーフォたちは温かく迎え入れてくれ、木村と尻尾はデュエットで歌った。
明らかに木村の歌が、尻尾の歌声の足を引っ張っていたのだが、尻尾は気にしてないし周囲も楽しんでいた。
おっさんも歌ったが、あまり歌はうまくなく「喉を鍛えるか」と言っていた。
喉用のプロテインでも出てくるかもしれない。
けっきょく明け方近くまでみんなで歌い、ベッドに突っ伏して昼まで寝た。
もう声が出ない。喉がガラガラだ。ペイラーフに診てもらった方がいいかもしれない段階に来ている。
たまにはこんな日があっても良いと木村は思う。
ただ、やはり喉が痛い。
ペイラーフのところに行ってみよう。
「昨゛夜゛は゛、ずい゛ぶん゛と゛楽し゛ん゛だみ゛た゛い゛だね゛!」
ペイラーフの声の方が、よりひどくガラガラに枯れていた。
彼女はまなじりをピクピクとひくつかせている。
詳しい事情を説明すると、彼女は怒りを収めてくれた。
次はほどほどにしておこうと木村は思った。
なお、アコニトは食堂で酒を呑んで、床で寝ていたらしい。
朝に生ゴミと一緒に、ゴミ捨て場へ持って行かれたとのことである。
―― ―― ――
木村たちがカラオケを楽しみ終わったころ、王都の地下は楽しくない状況になっていた。
「道が、広がってるねぇ」
ケルピィが地下に下りると、狭い水路は広い通路に変貌を遂げていた。いちおうまだ水は通っている。
朝に、神術省から変化の反応はなしと聞かされていたが、もはや王国の技術では対応できないと悟った。
彼はこの現象が人為的なものと考えていたが、さすがに考えを改めかけている。
今のところ情報省からも軍からも、これといって大きな情報はない。
平時ならまだしも催事直前の人が多い中で、動きづらいうえに、民衆もごった返して手が付けられない。
水路の変化は富んでいるが、今のところ外に影響がないことだけが救いだ。
しかし、それもいつまでかわからない。
仮にこの水路の異常が人為的なものであれば、外へ進出させるタイミングは明確だ。
――式典当日しかあり得ない。
それまでにこの異常を終わらせたい。
終わらせることが無理なら、せめて食い止める必要がある。
地上ではすでにピヨヨを始め、王国がこの異常に本格的に動き出している。
今も、魔物討伐隊に加え、軍が水路の調査に乗り出した状況だ。
「それでは、これより調査を開始する! 暇人どもは大人しくそこで見ていてもらおう」
軍の現地司令官が、魔物討伐隊の集まりに聞こえるように言う。
普段から仕事をしていないので、こういうとき魔物討伐隊は邪魔者扱いされる。
ケルピィは実際に働いてないので仕方ないと思っているが、部下たちは各地で真面目に仕事をしているので、腹立たしそうにしているのが目に見えてわかる。
「調査を開始せよ!」
正規軍の兵士たちが水路を進んでいく。
魔物討伐隊は入口付近で待機しているだけだ。
部下たちはともかく、ケルピィはこれで良いと考えている。
この水路はあまりにも異常が過ぎる。魔物討伐隊では手に余る状況だ。
先日も部下が油断して被害を受けた。
なんとか救出が間に合い、「良かったねぇ」と話していたがどう考えてもおかしい。
傷は深く、負傷から救出までの時間を考えれば、死んでいて当然だった。助かる道理がない。
彼の周囲には魔物が当然のようにいて、襲われてなかったのも説明がつかない。
さらに、助かった部下は気を失う直前に兎の獣人を見たと話している。
王都に獣人はいない。
遙か西に行かなければ獣人を目にすることもできないだろう。
その獣人が今回の黒幕と考えることもできるが、部下の口ぶりではそんなこともなさそうだったという。
真相はつかめない。
とにかく情報が足りていないのだ。
「悔しいです」
ケルピィの隣で、プーピーが声を出した。
負傷した男とペアで、水路を調査していた隊員である。
彼らで調査を完了するはずが、魔物に囲まれ仲間に助けられ、挙げ句の果てに軍に活躍を奪われた。
自らの力不足をプーピーは嘆いていた。
「隊長。軍にどうにかできますか?」
「昨夜まではできないと考えてた。今はいけるかもしれないと考えてるよ」
ケルピィも思っていたところを正直に述べる。
昨夜までの水路は狭い道であり、大人数での利点が散らばって地図を埋めるくらいしかなかった。
数という武器も狭い通路では逆効果になる。
しかし、今は――、
「広くなったからねぇ」
通路どころか神殿もかくやという広さだ。天井の高さが地上を超えているはずだ。
異質で異常ではあるが、この広さであれば数という武器は活きる。
神術も躊躇わず撃てるし、魔物を囲んでからの包囲殲滅も可能だ。
この変化は軍にとっては有利に働く。
「彼らの弱点は魔物を知らないことだったが、これに関しては君たちが作った魔物の調査票を渡したからある程度の克服は見られるだろう」
ケルピィの発言にプーピーは複雑な表情を見せる。
本来は、調査票を元にこの異変を解決するのは自分たちだったのだ。そんな表情である。
「自分たちが命がけで作り上げたものを……」
「言っておくけどね。軍とか討伐隊とか神術省とかね。そんな横の縛りは忘れた方が良いよ。これは明らかに異常な事態だ。自分たちだけでなんとかする――じゃなくて、国全体で解決できれば良しとするべきだよ」
「上の人たちはそれで良いかもしれませんが、けっきょく国も個人の集まりではないですか。最前線で戦ってる自分たちは納得できません」
「最前線ねぇ」
「違いますか?」
「視点をどこに置くかの話じゃないかなぁ」
けっきょく主観で見れば、各自の立ち位置が最前線だ。
国で考えれば、主導する最高位の王が最前線と言えなくもない。
ケルピィはそんな議論がしたいわけでもない。さっさと暇になりたい。
話すのも億劫になったので、話を合わせておくことにした。
「そうだね。負傷した彼のこともある。なんとか僕たちも活躍の機会が欲しいところだよねぇ。今は待とう」
「はい!」
プーピーは顔をほころばせた。
ケルピィは、活躍の機会なんて来なくて良いと考えている。
もしもそんな機会があるとすれば、相手は魔物ではなくきっと――。
残念ながらその日のうちに活躍の機会はやってきた。
兵士たちの詰め所は慌ただしくなっている。
“魔物とは違う存在がいるようだ”
“人型の魔物がいるらしい”
こんな話があちらこちらから聞こえてきている。
負傷した彼が話していた獣人だとケルピィは気づいた。
そして、活躍の機会が如実に近づいていることを悟ってしまう。
兎の獣人だけではなく、他の獣人や人間らしき姿もあるらしい。
軍の一部と戦闘状態になり、こちらがやられたと聞く。
「プーピーくん」
「はい。なんでしょうか?」
「そろそろ出番が来るよ。みんなを呼んできて」
「……はい!」
元気よく走っていくが、今後の方針を聞いてなお、あの元気を保てるだろうか。
状況は刻一刻と悪くなっている。
正規軍も人員を限界までかき集めて今の人数だ。
そこで負傷者が多数出てきてしまった。対応も柔軟性がない。
対応の遅さが上からも見られたようで、とうとう現場の指揮官が替えられてしまった。
上の首だけなら簡単にすげ替えることができるのだろう。
代わりの指揮官はケルピィの同期だった。
「ケルピィか。済まない。暇をさせてしまったな」
「いやいや、暇は好きだよ。ずっと暇でも良かったくらいだ」
ケルピィは本気で言ったのだが、相手は冗談と受け取ったようだ。ハハハと快活に笑っている。
優秀な同期を持つと苦労するのはケルピィなのである。
「情報を共有したい。来てくれ」
冗談は終わりのようで、指揮官は真剣な顔つきに戻す。
ケルピィも乗り気ではないものの、彼に付いていって説明を受けることになった。
情報はケルピィの予想の域を出ていない。
魔物に対して優勢だった正規軍だが、謎の勢力に対しては力を発揮できていない様子だ。
正規軍が対人用の装備をしていたなら彼らが優勢だろう。しかし、対魔物用に武器は硬く重く、鎧もまた同じだ。
謎の勢力は少人数だが身軽で、対人・対魔物両用の武器を使い、神術も用いて対抗してくるという。
神術で隊列をかき乱されて、そこに魔物も現れるとなると正規軍の不利は否めない。
「魔物討伐隊にも同行して欲しい。魔物の相手は正規軍が行う。謎の勢力の相手を頼みたい」
「言ってることがおかしくないかな。僕たちは『魔物』討伐隊だよ。謎の勢力は人型だって聞いてる。魔物ではないよねぇ」
「どこかから湧いて出てくる存在は、見た目が人なだけで魔物とみなしてかまわない。討伐対象だ」
もはや理論も何もない。
ただ、この流れは予想できていた。
実際、魔物討伐隊は人型の魔物の相手をすることもある。
「一大事だから仕方ないね。ただ、相手が降伏したときはこちらに扱いを任せてもらうよ。情報が欲しいからね」
「かまわない。無力化できるならそちらに任せよう」
「わかったさっそく行くとしよう」
ケルピィにとっての妥協点は確保できた。
正規軍は魔物こそが敵だと思っているようだが、ケルピィの見解は異なる。
あくまで人、あるいは獣人といった存在が黒幕にあると考えている。
「――ということになったから。チームで分かれて正規軍に付いていって」
「…………魔物が相手ではないんですか?」
「うん。魔物は正規軍が相手をするって。僕たちは謎の人たちが相手。なるべく殺さないで、生かして捕らえてね」
「自分たちは、魔物討伐隊でしょう」
「うん。そうだよ。でもね。ここの魔物はまだ弱い。正規軍でもいける。数で押せるくらいだからね。一方、僕たちの相手は魔物よりも厄介だ。正規軍では無理だろう。より専門的な僕たちの出番ってわけだね。期待されてるよ。……はぁ、面倒くさい」
思わず本音が漏れてしまう。
隊員たちも苦笑している様子だ。
「僕が思うに、魔物はますます強くなると思うんだ」
「なぜ、そう思うんですか?」
「通路が広くなったからかな」
隊員たちはよくわからないと首を捻っている。
わからなくても仕方がない。ケルピィだってただの憶測だ。
「先日も魔物たちは巨大化し、急激に強くなった。油断して負傷する隊員が出るくらいにね。もしも魔物の強さの限界が道幅によって制限されていたのなら、道が広くなることで、魔物も広さに対応した強さ、大きさになるんじゃないか――僕はそう思ってる」
あまり愉快な話ではない。
しかし、この場は今、何でも起こりえる状態になっている。
隊員たちも魔物の急激な変化を目の当たりにしたので、隊長の憶測を笑い飛ばすことはできない。
「もしも僕の予想が正しいなら、その時こそ僕たちの出番がやってくるだろう。先を見据えて、今は謎の獣人たちを相手にしておくべきだ。可能な限り彼らを生かして捕らえ――」
情報を抜き出しておく、と隊員たちは考えた。
しかし、ケルピィの考えは違う。
もしもケルピィの予想が当たれば、戦力は足りなくなる。
そうなった場合は少しでも戦力が欲しい。すなわち、彼らを捕らえ、味方に引き入れる。
それこそが彼らを生かして捕らえる狙いである。
何よりも彼自身が戦わなくなるので楽だ。
さっそくチームを分けて、正規軍と一緒に水路を進んでいく。
隊長だから入口でお茶でも飲んで待っていたかったのだが、許されなかった。
『タノニーチームが交戦。第三勢力を捕らえたようです』
頭の中に声が響いてくる。
念話が得意なメッセだ。彼女が一番安全な入口で待機し、情報を集め共有してくれている。
音も集めているから、彼女が情報の集積地点となり、正規軍の指揮官と情報を交換し、全体を統括的に進行させていた。
「良いねー。こっちも戦闘痕が見えたから、もうじき交戦になると思う。また声を拾って」
『了解です』
ふう、とケルピィは域を吐いた。
「話すだけで疲れるねぇ」
「交戦になるんですか?」
「うん。明らかだよ。これは魔物だろうね。餌を使ってくるんじゃないかな」
「餌、ですか?」
「先頭の人たちに伝えてきてくれる。人が倒れてるのが見えたら、絶対に近づくなって。全員止まれってね。じゃ、よろしく」
「あ、はい」
プーピーが走って行く。やはり元気だ。若さが違う。
しかし、ケルピィは自分がプーピーと同じ歳の頃も今とあまり変わってなかったと思う。
人間性によるところが大きいのかもしれない。
「メッセちゃん。僕だよ。聞こえる?」
『次にちゃん付けで呼んだら、宰相にセクハラを受けたと直訴します』
「厳しいねぇ……。歳の差を考えたら、ちゃん付けでもおかしくないでしょう」
『ライノア翁くらいの差になれば認めましょう。――ご用件は?』
「魔物に利口なのが増えてる。罠を使う奴だよ。正面から出てくる奴以外も警戒するように伝えて。堂々と出てきたら罠だと思うくらいが良いね。そこにいる暇そうな指揮官にも話してやって。その後は君の方から各チームに伝達をして。急いだ方が良さそうだ」
『了解しました。その調子でお願いします』
「この調子でいくとおじさん、過労死しちゃうよ。若い子に労ってもらいたいなぁ。…………あれ? 聞こえてない?」
「隊長、伝えてきました」
「あ、うん。ありがとう。それじゃあ、進もうか」
壁の崩れ、地面の瓦礫の飛び散り方をケルピィは見ている。
ところどころで兵士の死体があるが、壁にまで血が付いていた。
ケルピィに戦闘能力はさほどない。
正規軍の兵士には到底及ばないし、魔物討伐隊の隊員たちと比べることなどもってのほかだ。
しかし、観察力と推測がずば抜けていた。
「プーピーくんの硬質化は離れていても使えるんだっけ?」
「……突然ですね。使えますが、地面か壁に手を触れていないといけませんし、固めるのも地面や壁だけになりますよ」
「十分だよ。じゃあ、前の方に行こうか。魔物が近いよ」
ケルピィとプーピーが前の方に行くと、ちょうど先頭の兵士たちが足を止めたところだった。
「生存者を確認しました」
ケルピィにも見える。
壁の近くで、ケガだらけの獣人が呻いていた。
「全員静かに」
ケルピィは指を口につけて静かにと示す。
ここまでの進行で、彼の言に従った方が良いと兵士たちも理解しているので口を閉じた。
「あれは罠。近づいたところで壁か地面……壁だな。壁から魔物が出てくるんだ。こちらでおびき出すから、動きを止めたところで一斉に攻撃をしてもらえるかな」
「わかりました」
「プーピーくん。僕と途中まで一緒に行こう」
ケルピィとプーピーが負傷者へと足を進める。
音が響くように、ケルピィはわざと足音を強めにした。
「プーピーくんはここで地面に手を付けて待機。魔物が出てきたら固めて。身動きを取れなくしよう」
プーピーは声を出さずに頷いた。
別に返事くらい声を出しても良いのにとケルピィは思っているがわざわざ口にはしない。
一人で負傷者の近くまで寄り、壁の瓦礫が動くのを見てすぐに背を向けて逃げた。
彼は背後から大きな音がしたことを確認する。近寄りすぎたかなとやや後悔している。
「土よ、固まれ! ――今だ! 攻撃を!」
プーピーが魔法を使った。
ケルピィが振り向くと、大型のワームが何本もの鋭い歯を見せていた。
もしも、あと一歩近づいていたら死んでたなぁ、とケルピィは嫌な汗を全身に感じている。
何はともあれワームは出てくる途中で地面を固められて身動きが取れなくなった。
そこを正規軍たちが一気に仕掛けることで撃破したのである。
餌とされた負傷者は、壁から出てくるワームに食いちぎられてしまった。
「やりましたね!」
プーピーも兵士たちも喜んでいる。
ケルピィは顔こそ喜びを表したが、素直には喜べない。
ケルピィの予想は嫌な方に当たってきている。
今のワームも、先日までは出てこなかった大きさだ。
魔物が大きくなっている。
謎の勢力も魔物にやられ始めた。
彼らとの接触を急がなければならない。そして、手を取り合う必要がある。
このままでは両者ともに、魔物にやられることになるだろう。
あるいは、手をとりあったところで――。
焦りがケルピィを支配し始めていた。




