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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅴ章.レベル41~50
58/138

58.シーズン

 王都の地下にある水路は、単に地下水路と呼ばれることが多い。


 正式名称はちゃんとあり、“ポルポル水源”である。

 百年も前の、まだ上水道が整備されてないころに、地方の一都市だったヘイラーを治めていた君主ポルポルの名から来ている。

 まだ治水も行われず、乾期になり水不足を嘆いていたころに、歩いて半日はかかるハトポポ川から地下をひたすら掘りすすめ水を引き入れたのがポルポルだ。

 地下を通すことで水の蒸発が減り、乾期でも安定して水を得られることになったのだった。

 水路というよりは、資源としての水を保管するためだったので水源という名が付いた。


 しかし、今では歴史のテストにしか出てこない名前である。

 すでに水源はもちろん、水路としての役目も終えているし、閉鎖されているのもむやみやたらに入られても困るためだ。

 他にもいくつか理由はあるのだが、正確な理由を知っている人間はすでにこの世にいない。


「あることは知っていましたが……、初めて入りました」


 王国の兵士たちが、光の神術で照らしながら水路脇の道を進んでいる。

 灯りと足音に驚いて、数匹の鼠たちが遠ざかっていくのを兵士たちは見た。

 年配間近の男を中心に、五人の兵士たちであった。


「僕もだよ。祖父がここを作ったとは聞いていたが、まだ水があるとはね。あまり飲みたくはないな」


 年配の長が笑って応えた。

 おもしろくもないが、周囲の兵士たちは笑みが浮かんだ。

 愛想笑いというわけではない。暗く、不気味な道のりを少しでも明るくしてくれようとした隊長の心遣いに触れたためである。


 九日後に迫る式典準備の中で、各地域から急遽集められた五人の混成隊である。


「魔物がいるようですが、本当でしょうか……?」

「それを確かめるのが僕たちの任務だよ。いて欲しくはないね。いたら全力で逃げよう」


 隊長の言葉に兵士たちはまたもや笑う。

 なお、隊長のケルピィは本気で言っている。決して冗談ではない。

 彼らに与えられた任務は、「魔物がいるかいないかを探ること」だ。戦闘は含まれていない。


 隊員を見繕ったのもケルピィだ。

 この忙しい中でも仕事を早く片付けて、上手にサボっている奴を選んだ。

 彼自身もサボるのがうまいので、そういう奴はよくわかる。死ぬ気で戦わない連中である。

 生きて帰って状況を伝えることが任務だ。死なれては困る。ただし、最悪よろしくないことが起きてもさほど面倒にならない人員でもある。


 隊員には言っていないが、同期であるモッフモフルドとピヨヨから直に受けた臨時の任務である。

 二人が頼んできたということは、なんらかの確証があるとケルピィも受け取った。

 事情と人員の話だけを聞かされてさっそく水路に入った次第だ。


 ちなみに頼んだ二人は別に確証があったわけではない。

 暇そうにしている奴で、現場での問題対応に長けているということでケルピィを選んだ。

 ケルピィもそのあたりは把握しているが、属している部隊への直接の命令ではないのでそこそこに調べて帰るつもりでいる。


 魔物がいるかいないかを正確に判断し、種類と数、行動範囲を把握することが目的だ。

 この点に関してのみ、依頼者と被依頼者の認識が一致している。


 魔物がいないにこしたことはない。

 だが残念なことに、すでにケルピィは魔物の痕跡を見つけている。

 鳴き声は聞いていないが、足跡をいくつか見つけた。濡れた足で歩き、水が乾き、足の裏に付いていた汚れが足跡として残っていた。


 数は三。

 大きさは鼠よりもやや大きい。

 足跡の状態から見て、十日以上は前のものだろう。

 近くに普通の鼠もいた。彼らは臆病だ。魔物がいるなら遠くに逃げる。

 よって、魔物はすぐ近くにはいない。


「うん。このあたりにはいないね。もうちょっと進んでみようか。アルくん、地図はどうなってる?」

「はい。この先で二手に分かれるようです」


 来た道も含めれば、T字路ということになる。


 しかし、ケルピィたちが道を進めば、通路は四つに分かれていた。

 地図を持つアルを四人が見つめる。


「待ってください……。やはり地図とは違ってます。ほら」


 アルが、地図を四人に見せる。

 下りてきた位置と、歩いてきた道のりを示した。


「本当だ。地図が間違ってるんじゃないか?」


 百年も前の水路だ。

 地図だって古い。


「そうかもしれないね」


 ケルピィは口では肯定しておいた。

 彼は、頭の中でこの状況を整理している。


 地図は間違いない。

 あの真面目な同期の二人が偽の地図を渡すとは考えづらい。

 ときどき壁にわかりづらく書かれている記号と、地図上の記号が一致していることもケルピィは確認済みだ。


 しかし、地図にない道があることは事実。

 ケルピィが地下水路に関して聞いているのは、太い主水路が数本と、それに枝水路がいくつかあるということだ。

 実際にアルが持っている地図には主水路と、枝水路がきちんと描かれている。


 来た道に加え、本来あるべき二本の道とは別に、もう一つ謎の道がある。

 描き忘れということもあり得ない話ではない。しかし、もっと現実的な案が浮かぶ。


 この水路は、水路の役割の他に、脱出路としての役割も備えていたという話があった。

 そういった道は地図にあえて載せていない可能性が高い。


 ただ、道が地図にある・ないは、さほど大きな問題ではない。

 ケルピィたちの任務はゴールにたどり着くことではなく、魔物の存在を確認することだからだ。


「せっかくだから、こっちの道がどこに続くか見てみよう」


 ケルピィは魔物の足跡が、地図にない道の方に残っていることを確認した。

 さらに残りの道は鼠が見えるが、この道には糞も残っていない。


 何もわかっていない隊員たちはケルピィの案に従う。



 兵士たちが謎の道を進むと別の道に繋がった。

 壁に記してある記号と、地図上の記号を符合させて別の位置に移動していることがわかった。


「記入漏れだったようですね」

「うん……。そうだね。まったくー、こんな中途半端な地図を渡されたら迷惑だよねぇ」


 やれやれというケルピィの声に、周囲の兵士もほんとですよと愚痴を漏らす。

 若い兵士たちは気づいていないが、ケルピィは先ほどの道が予想どおり脱出路だと気づいた。

 先ほどの分岐点から現在地までを地図上でたどる線と、謎の通路をたどった場合の線では、謎の通路をたどった線の方がずっと早い。


 重要なのは都市の中心からの距離が短縮されることだ。

 間違いなく、この先の道でも記されていない逃げ道がいくつかあるだろう。



 ケルピィの予想は正しかった。

 三本目の地図に記されていない通路を彼らは通っている。


 若い兵士たちも謎の通路に慣れてきて、やや足取りが軽くなってきた。

 その中でケルピィの足取りだけが重くなりつつある。


 魔物の痕跡はあるのに、姿がいまだに見えない。

 さらに謎の通路こと逃げ道を通っているということは、王都の中心部に近づいているということ。

 地下水路の地図と、地上の地形を照合すれば、王城へと近づいている。


「あれ? 隊長。壁に何かがあります」


 先頭を進んでいたイッチーが報告した。

 隠し通路の途中の壁が四角く切り抜かれ、そこには黒い格子が張り巡らされている。


「檻でしょうか?」


 本当に檻のようだ。

 中に猛獣か魔物、あるいは人間でも入っていれば、誰もが檻と納得する。

 格子の間隔も手が入るかどうかで、全体の大きさも人よりやや大きいほどのサイズだった。


 これにはケルピィも首を捻った。

 もちろん地図には載ってないし、何の話も聞いてない。


 地下水路で、しかも隠し通路の途中で檻があるとは考えづらい。

 そうすると考えられるのは、この檻は鍵のかかる扉であり、この中にさらなる隠し通路があると考えるべきだ。


「どうやって開けるんでしょうか?」


 イッチーが疑問を口にした。


 ケルピィの推測はもっともだが、鍵穴どころか取っ手すらない。

 そもそも隠し通路の中にさらに隠し通路を作るにしては、あまりにも目立ちすぎている。

 本当に隠すつもりがあるなら扉の存在自体を、壁と一体化させるなどしてわかりづらくするべきだろう。


 シッシが光の魔法で檻の中を照らしたが、奥はどこまでも闇であり先が見通せない。

 押しても引いても斬っても燃やしても手応えが感じられない。


 力圧しは諦めて、中の様子をみるだけにした。

 ケルピィも全力で観察をしたが、人どころか鼠の一匹すら確認できなかった。


「ほんと、なんなんだろうね」


 ケルピィがこの日、初めて本心からの言葉を繰り出した。

 周囲の兵士たちはそんなこと知ることもなく、「なんなんでしょう」と一緒に首を捻っている。


 けっきょく檻を無視して彼らは先に進んだ。

 鼠の魔物と遭遇し、光に驚き逃げた魔物をほっと息を吐いて見送った。


「襲われるかと思いました」


 先頭で硬直していたイッチーがようやく緊張から解放されて地面にへたりこんだ。

 鼠型の魔物は光と音に敏感なので、光源さえ出しておけば襲われることなどないと教練で教わらなかったのだろうか。

 最悪、叫べば魔物が驚いて逃げていく。声だけは出せるように和やかな雰囲気を作っておいたのだが、意味はなかったようである。

 今の時代は教わらないかもしれないな、とケルピィは考えた。


「はは……、よかったね。魔物の方から逃げてくれたよ。地図に位置を記録して帰ろう」

「はい。魔物のことは働かないエリートたちに任せましょう」


 シッシも心から頷いた。

 王国には魔物退治を専門とする部隊がある。シッシの言うエリートとは彼らのことだ。

 試験的に作られた「魔物討伐隊」なる組織であり、宰相直属なのだが、表に出てくることは滅多にない。


 しかも普段は、王国のあちらこちらにバラバラで飛ばされている。

 式典開催のため要所以外のメンバーは帰るよう命令が出たが、メンバー同士で初めて会う顔がいることも多い。


 王都にも数名配属されているのだが、基本的に魔物が王都で出ることはない。

 加えて、他の部隊の本隊がいるため、彼らが出張ってやはり出番はなく、閑職の最たるものとなっている。

 少なくとも仕事をしているとは思われてないし、実際してない。


「うん。そうだね。後は専門家に任せよう。……はぁ」


 その閑職のトップが、何を隠そうケルピィなのである。

 隊員たちはまさか彼がトップだとは思ってないし、本人もさほど要職にあると思ってない。

 ただ、報告はちゃんとするし、今度こそ魔物討伐隊の隊長として正式に仕事が回されてしまうことは避けられそうにない。


 面倒そうな仕事が増えてしまい、思わず彼はため息を付いてしまった。


 他者が忙しく動き回っているのを、遠くから暇そうに眺めるのが彼の趣味なのである。




 ―― ―― ―― ―― ―― ――




 場所は大きく西へと移動してカクレガである。


 メインシナリオが終了し、今はサブイベがひっそりと進行している。


 今回のサブイベは、シーズンと呼ばれていた。

 昨今は多くのソシャゲで見られるが、パスだの期間ミッションだのとあまり統一的な呼ばれ方をしていない。


 小さなミッションがたくさんあり、達成するとポイントがもらえ、ポイントが一定段階までたまるとアイテムがもらえる。

 もしもソシャゲなら、課金することで各段階におまけのアイテムがもらえるのだろう。

 やることはシンプルなので前回のように変な問題は起こらない。


 ソシャゲなら退屈なイベント期間だが、異世界なら大歓迎だ。心が安らぐ。

 尻尾が暴れたりしないし、住民が大量に死んだりもしない。最高か。


 こういったイベントは追課金すると段階が一気に進み、コーデをもらえることが多い。

 異世界でもコーデはもらえるが、あまり意味がない。

 各自がそれぞれで好きなものを着ている。


 能力が上がったり、技の演出が変わるなら木村も着て欲しいが、そうではなさそうなので木村は特に何も言わない。

 女キャラで露出が多い服を着てくれると木村はとてもハッピーである。


 ちなみにキャラとの信頼度を上げるところまで上げれば、やることがやれるのだが、木村はそこまで考えが至ってない。

 能力がわずかに上がることがわかったので、メインキャラの信頼度は優先的に上げているが、メインの異性キャラはどうも性的な目で見ることができない。


 アコニトは距離を開けて見る分にはエッチだが、中身がアレなので近くに寄りたくない。

 ゾルは鎧を脱ぐと違和感がすごい。なにより金のクワガタがセットで付いてくるし、力がやばすぎて捕まったら潰される。ハンバーグが食べられない。

 ペイラーフはそう言った目で見てはいけない神聖不可侵的なものを感じる。

 陽キャラ組はどうも話し方がわからなくて近寄りがたい。


 つまるところ、木村は適度な距離感を持ち、各キャラと仲間として上手に付き合っている。


 今もペイラーフと一緒に、園で植物の世話をしているところだ。

 拡張を考え、鉢の移動を手伝っている。


 足音が聞こえ、そちらを見るとおっさんが見えた。

 先ほどはアコニトが呂律の回ってない様子で来たが、今度はその天敵だ。


「大馬鹿狐はここにいたか?!」


 おっさんは怒りを隠さない状態である。周囲の景色が比喩抜きに歪んでいるのはどういうことか。

 どうやらまたアコニトが何かやらかしたらしいが、ここまで怒っているのも珍しい。


「さっき慌てて走っていった」

「どこにいった?!」

「カラオケ部屋に隠れたらってアドバイスはしたよ」


 木村はアコニトを売った。

 代価は情報である。


「なにをやったの?」

「訓練室で葉っぱを焚き、ゲロをまき散らし、脱糞もしたあげく、掃除も何もせず逃げた。廊下にも汚物が散っている」

「あっらぁ……」


 最悪すぎる。

 同情の余地がひとかけらもない。

 磔にされ、見せしめにされても「仕方ないね」の一言で済むレベルだ。


「クソ狐が本当に糞狐になったんだね!」


 ペイラーフは笑って、霧吹きで水をやっている。

 もしかしたら水ではなく養分なのかもしれないが、木村は判断がつかない。


 とにかくペイラーフはとても楽しそうだ。

 昨日、結晶煎茶で倒れていたためか、今日は元気が良い。

 なお、彼女は小さくなって植物の蔦に絡め取られ、養分にされる夢を見たらしい。


「ゴードンが肥料を欲しがってたから、粉々にするなら彼にあげて!」

「考えておく」


 おっさんはそれだけ告げて去った。

 決意をしている男の背だ。


 アコニトは死ぬ。


「よく、育ちそうだね!」


 彼女の血肉を養分として作物が育つに違いない。


 最終的に作物を口にするのは自分たちなのだが、それは良いのだろうか?


 そろそろ現実に戻って考えるべきことを考えねばならない。


 誰が汚物を片付けるのか、これが問題だ。



 やはりというべきか、処理は木村に回ってきた。


 臭いも見た目も最悪だった。吐きかけたし、触感を思い出すと肌が今でもぞわぞわする。


 糞狐を見たら、怒ろうと思っていたのだが、通行の一番多い廊下の真ん中にアコニトだったものが設置されていた。

 廊下が汚れないよう、丁寧に台の上にオブジェが置かれている。


 ここまで人体は曲がるのかと一種の感動を覚えるほどに捻られていた。

 腕と足で固結びができることを木村は初めて知った。


 糞狐が殺されることなくグニャグニャの見せしめにされているとわかり、木村は怒りが収まった。

 収まると言うよりは、恐怖で怒りがどこかへ消え去ってしまった。


「ぼう、や……たす……け……」


 彼女の途切れ途切れの声を、木村は聞かなかったことにした。

 そのまま黙ってペイラーフの手伝いに戻る。


「ころ……し、……くれぇ……」


 背後からか細い声が聞こえる。

 夜になって、まだ設置されていたらウィルかゾルに頼んで楽にしてあげよう。



 木村は気持ちを新たにして園への道を進んでいく。


 汚いものから目を逸らし、綺麗なものを目に入れて今日を生きぬくことにした。

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