57.結晶強化
カクレガは東に進んでいる。
誰も住まなくなったデモナス地域を越え、ハムポチョムキキ平野に入った。
名付けた人の頭は緩そうだが、デモナス地域に隣接しているだけあって、普通に魔物が出てくる。
しかも地味に強い。一般人は間違いなく入れない。パーンライゼ区域に似た雰囲気の場所だ。
採集と魔物の討伐を並行して進めつつ、デイリーもこなしていく。
デモナス地域でおっさんが連れてきた謎の女は、やはり結晶合成装置と関わりがあったようだ。
ついに結晶合成装置が通常稼働をすることになった。
以前は希少度が5以上のもの同士しか合成できないワガママ仕様だったが、ついに何でもいけるクチになった。
採集素材部屋に溢れていた素材というのゴミをどんどん合成装置に投入していく。
レア度が高いと光るし、音の演出も出るようになった。
部屋の拡張もする必要がなくなった。
素晴らしいことだ。
合成された結晶を、さらに別の効果が微妙な結晶と合成することで一段上の結晶もできるらしい。
いくつか良さそうな結晶が完成したので、さっそくキャラに付与していく。
ゾルは砕いて飲み込んでいたが、他のキャラは真似できない。
ペイラーフが結晶を棒と鉢で細かく砕き、長い時間をかけて煎じることでようやく摂取できる。
一人分でこれだ。ペイラーフも暇ではないので、一日に二結晶分しか作ることができなさそうである。
「はい! できたよ! ぐいっといくんだね!」
ついに一人分ができた。
最初の一杯はウィルの分である。
見た目が土色で香りも土臭い飲みものが彼の前に置かれる。
「……ぅ」
ウィルは一口付けて、すぐに離す。
顔が歪み、見るからにまずそうである。
彼の初めて見る顔に木村とペイラーフは笑いをおさえきれない。
良薬は口に苦しというが、これは良薬なのだろうか。
結晶はまだわからんでもない。
スキルテーブルは謎だ。
あの素材でキャラが強くなる原理が意味不明である。
ゲームならそんなもんだと納得するが、どうして魔物の骨や臓物でキャラが強くなるのか。
ウィルも最初の頃は自分の中にあれらの素材が入ってくることに、抵抗が凄まじくあったと話していた。
しかし、煎じて飲む結晶と違い、スキルテーブルは一瞬で投入できるのであちらの方がキャラには優しいシステムだとも思う。
木村としてもこの結晶を煎じた飲みものは口を付けたくない。
「一緒に飲まれませんか?」
「…………じゃあ、ちょっとだけ」
口は付けたくないのは本心だが、怖いもの見たさというか、ウィルがそこまでひどい顔をされるとどんな味なのかは逆に気になった。
ペイラーフも興味深そうに見ているが、残念なことに結晶効果が出てしまうので、これは飲ませられない。
魔法が強くなるので、後で余った煎茶をフルゴウルにも飲ませる予定ではある。
「どうぞ! さあさあ、一献!」
ペイラーフが満面の笑みで結晶煎茶を出してくる。
飲みやすいように彼女が、園の花も入れて香りを出してくれているようだが、さらに混沌さが増した印象だ。
まず、顔を近づけて香りを楽しむ。
「くっさ」
楽しむってレベルじゃないぞ。
ペイラーフが入れてくれただろう花の香りはする。
やはり他の香りも混ざりすぎて、予想どおりにカオスだ。
比喩抜きにして、香りを嗅いだだけで頭がグラリと揺れるほどの威力を持つ。
これ、人間相手なら武器としても使えるんじゃないか。
煎茶なので本質は味にある。
ここまできたら、飲まないわけにはいかない。
正直、もう香りだけで満足なのだが、ウィルとペイラーフの視線がわくわくしている。
キャラたちに飲んでいってもらう手前、飲ませる本人は飲みませんじゃ納得されないものもあるだろう。
目を瞑り、口を付けて煎茶を流し込む。
液体が舌を通り、舌は電気信号として味を脳に伝える。
赤身を帯びた土、緑深き草木、葉っぱに止まる虫たち、おっさんとゾルの声が響き渡る。
青く広々とした空を筋状の雲が流れ、アコニトと緩やかな時を過ごしている。
「…………大丈夫ですか?」
どこからか声が聞こえてくる。
ウィルの声だ。彼はカクレガで留守番しているはずだ。
アコニトがポツポツと呟いた。いつもと違い静かな声である。木村も声に頷き、再び目を閉じる。
肌を撫でる風がどこまでも優しく――、
「起きて!」
「うわぁっ!」
目を開けると、ウィルとペイラーフが見えた。
「あれ? ここってカクレガ?」
「どうしたんです?」
「いや、あれ?」
木村が見ていたのは、紛れもなくポッポス地域での採集時間だった。
あの地で過ごした時を木村は確かに追体験していた。
「ポッポス地域の景色が見えた」
ウィルとペイラーフが顔を見合わせる。
「飲んでも大丈夫なのか」の議論が真面目に行われ始めた。
けっきょくウィルは飲んだ。
鼻をつまみ、ペイラーフの言葉どおりに一気飲みだ。
そして倒れた。
ウィルが目覚めたのは翌日で、ちゃんと結晶の効果は生じていた。
魔法攻撃上昇と速度アップがついている。
速度アップは他の効果の方が良かったのだが、どれも微妙な効果ばかりなので今はとりあえずこれである。
隠し効果は出なかったようだが、仕方ないだろう。
「体中を虫に這われる夢を見ました。もう二度と飲みたくないです」
本心から言っているに違いない。
案外、煎じて飲まずに結晶をそのまま飲み込んだ方が良いのかもしれない。
ゾルがそれをして効果を得ていたし、飲み込んだ後で倒れることもなかった。
「効果はどうなの? 感じる?」
「ええ、神気の巡りが良くなったと思います。しかし、それ以上に気持ち悪いですね」
さもありなん。
虫に這われる悪夢を見て手に入れた力だ。
良くない力に分類されるかもしれない。
「他に誰か飲まれたんですか?」
「フルゴウルとペイラーフが飲んだよ」
「大丈夫でしたか?」
「駄目だった」
フルゴウルはウィルと同じモノを飲んだ。
ウィルの飲んだ煎茶が余っていたので、そのままフルゴウルに飲ませたが彼女も駄目だった。
ペイラーフは彼女専用の煎茶を飲んだ。
回復力は十分なので、クールダウンタイムを減らす効果のある結晶にした。
二人はそれぞれの部屋に連れられていき眠っている。
ウィルも目覚めたので、彼女たちもそのうち起きてくるだろう。
メインキャラには一通り結晶効果を付けておきたいが、とても面倒な奴がいる。
アコニトである。彼女は絶対にこの煎茶を飲まないだろう。
そもそもアコニトにはどの結晶が良いのかいまいちわからない。
とりあえず魔法攻撃を上げておけば良いのだろうか。
継続ダメージアップの結晶があるのならそれが一番だが、どうもなさそうだ。
この平原で採集を行い、最後のあたりで良さそうな結晶を見繕って彼女に付与しようと木村は決めた。
次のイベント開催はヘイラード王国とやらになるだろう。
そこまでにキャラたちを強化をしておけば良い。
次のイベントこそは、大きな問題なく楽しみたいものだ。
―― ―― ―― ―― ―― ――
カクレガから大きく東に離れてヘイラード王国である。
木村の願いは叶わない。
王国では、すでに破局への事態が着実に進行している。
「準備は順調か?」
王城の一室でピヨヨ宰相が対面の男に問いかける。
問いかけられた人物は、王国神術省長官のモッフモフルドである。
二人の間にピリピリとした空気が張り詰めていた。
どちらも王都どころか王国において、上から数えた方がずっと早い地位にいる人物であった。
部屋には人払いに加えて、盗聴の対策もされている。
「滞りなく。明日には完成し、私も確認をしますが問題はないでしょう。細かい調整をするくらいです。予定どおり十日後には実施できます」
「素晴らしい。さすがは神術省長官。お見事」
「いえいえ。これも宰相のお力添えあってのこと」
二人は穏やかな笑みに変わり、剣呑な雰囲気も霧消した。
ピヨヨは隠して置いてあった酒とグラスを二つずつ取り出し、机の上に置き、グラスを琥珀色の液体で満たした。
一つをモッフモフルドに差し出す。
「ありがとうございます。本当に――我々だけで実行されますか?」
モッフモフルドはグラスを手に取って、ピヨヨに最終の確認をした。
ピヨヨもモッフモフルドの真意に気づいている。
「当然。我々でやり遂げなければならん」
「かしこまりました」
「残り十日。くれぐれも王や王子には知られることがないように」
「承知しております」
二人は数ヶ月に及び、秘密裏で準備を進めてきた。
「十日後が楽しみでございますな」
モッフモフルドが、ニタリと歪な笑みを浮かべた。
十日後は王の生誕五十周年式典が催される。
今年は王国の節目となるだろう。
「お喜びになるだろうな」
ピヨヨがククッとこすい笑いを見せた。
「王都が熱狂に包まれることに違いありません」
「貴族だけの特権とされていた神術が、身分を越える記念の日となるのだ」
「夢のようでございますな」
「夢ではない。我々の力によるものだ。もちろん王の御意志あってこそ。必ず成功させるぞ」
「はい。必ずや」
二人はグラスを手に持った。
同期だった。身分と職分こそ違えど同じ夢を抱いた二人である。
若い頃から二人で飲んでいる。器の中身は歳をとるにつれ変わっていったが、人の中身は変わっていない。
「王と民のために」
「王と民のために」
乾杯――と、グラスを軽くぶつける
二人は悪巧みをしているが、特に悪いことはしていない。
王と民のために、サプライズで神術――魔法の演出を企てているだけである。
「そういえばピヨヨ。噂で聞いたんだが、地下水路から魔物の鳴き声を聞いた奴がいるらしい」
酒も入りモッフモフルドも口調は公務から外れたものになっている。
ピヨヨは魔物という言葉にピクリと反応する。
「そんな報告は上がってきていないな。まったく何をやっているのか。すまんな。明朝にさっそく調査させる。位置を絞り込みたい。聞いた奴を教えてくれるか」
「ああ、もう探った。朝一で知らせるようにしておく」
式典の前でもあり、小さなことでも報告させるようにしていたが機能していない。
忙しいことはわかるのだが、そういった小さなほころびが大きな失敗に繋がることをピヨヨは経験から理解していた。
小さなこと、噂だろうが細かく拾い上げて対策をしておくことが何よりも重要だ。
この考えは現代で言うならハインリッヒの法則に繋がる。
別名は1:29:300の法則。重大な問題1件に対し、29件の軽い問題、300の異常があるというものだ。
しかし、この法則の本質は過去のもの――すなわち、すでに起きている問題に対して解析されたものということだ。
さらに、あくまで人が関係する事象に対してのみ有効な話ということである。
事態は地下から動き始めている。人の力によるものでもない。
要するに、不可抗力である。




