56.メインストーリー 4
夜中にも関わらず、主なメンバーがブリッジにそろった。
「……僕に化けていた人ですか?」
ウィルが、偽アコニトを見るなり口にした。
普段と明らかに違う顔つきだ。騙す気がないようなのですぐにわかる。
「昼は失礼いたしました。ヘカテー様の配下が一人。モルモーでございます」
とても丁寧な所作だった。
だが、アコニトの顔と声、それに服装でやられると心底気持ち悪い。
ウィルも木村と同じ気持ちらしい。「ああ、いえ」とやんわり応えつつ、偽物から一番遠い席に座った。
そういえば本物の方と今日はまだ会ってない。
足なら見たが、地面から生えた足を見て、「会った」とカウントするのもおかしな話だ。
尻尾は、ケアされてさらっさらのきらっきらになった状態で見かけた。よほど気に入ったのかルーフォにべったりしていた。
そのうちケモ耳も単体で移動を始めるんじゃないかと不安に駆られる。
「状況を説明させていただきます」
きれいな偽アコニトが現状の説明を始める。
精神を追い込まれている上司からの無理難題を説明していた。
あなたたちも追い込まれているが、一緒にいる私も殺されるのでなんとかして欲しいと締めくくった。
「応急的な延命措置として、私の筺に収納するという手がある」
カゲルギ=テイルズの悪役で、どこかの社長だか会長をしていたフルゴウルが初手で良い案を出してくる。
このあたりはマネージメント能力が欠けている木村には助かる話だ。
「延命はできる。しかし、私も力が上がっているとは言え、あの数を全て収納することは難しい。加えて、彼らの精気吸引もやっかいだ。筺に入れたとしても長くは保たない」
彼らの魔力消費は大きい。
とにかく燃費が悪く、しかも魔力が切れると死んでしまう。
延命措置はできそうだが、その後が続かない。
この地に再び魔力を呼び込むことができればいいが、もちろんそんな手段はない。
彼らの燃費を効率化する、カクレガの仲間に加えて死ななくさせるといった案は出たが実行は出来そうにない。
「石化ができる知り合いがここにいればなんとかなったかもしれないが……。彼女の配下にそういったものはいないのかな?」
フルゴウルが偽アコニトに尋ねた。
「いるにはいますが……」
石化は魔力抵抗が大きいと通じないらしい。
この地の住人を石化させることは難しいと偽アコニトは話す。
そもそも石化させたらセーフってどうなの、と木村は思った。
いや、確かに死なないから課題の解決はできている。課題は解決するけど、いろいろと別の問題が残らないだろうか。
思考パターンが自分とは違いすぎることに木村は戸惑っている。
「この地で生かすことは難しい。それでは、別の場所へ移動させることを考えよう。移動手段は転移になるだろうが、枝を持っていた彼女の力を借りることはできるのかな」
「可能です。三姉妹も喜んで力を貸すでしょう」
「そうなると移動先か」
またしても難題である。
魔力が少なくともここよりも多い場所だ。
ダ・グマガ渓谷しか思い浮かばない。連れて行けば間違いなく殺し合いが始まる。
「そういった場所は二カ所ほど心あたりがあります。まず一つがダ・グマガ渓谷です」
ウィルが木村と同じ提案をした。
フルゴウルがどのような場所か尋ねたので、ウィルが説明し、すぐさま却下された。
あそこの住人がどういう存在かは泡列車の中でフルゴウルも体験しただろう。
木村もふと考えた。
あのときのフルゴウルとケリド、さらに黒いおっさんを相手にごり押しできる熊の彼はどこにいったのだろう。
ついでに彼と一緒にいた若そうな男性の行方も気になる。赤竜の爆発に巻き込まれたはずだ。
「もう一つはここですね」
そう言って、ウィルはブリッジの簡易地図でグランツ神聖国の南東を示した。
まだ、行ったことがないため真っ黒である。
「ここは神気が溢れています。人も入れません。条件は良いはずです。彼らなら大丈夫かもしれません」
「距離がやや遠いですね。ひとまず可能かどうか聞いてみます」
偽アコニトが目を閉じる。
ときどき口をパクパク開いて、何かと話をしているようだった。
「可能のようです」
どよめきが生じた。良いどよめきだ。
偽アコニトも安堵の表情を隠すことができないようである。
「三姉妹が現地を実際に視察してみるようです」
全員がほっと息を吐いて、背もたれに体重を預けたところで、偽アコニトがまた目を瞑って会話を始めた。
途中で問題が起きたようで、慌ただしく会話を交わしていた。
良くないことが起きたことは間違いない。
会話が終わったようで、偽アコニトが目を開いてウィルを見た。
静かにジッとウィルを見つめる。両者間で緊張の糸が張り詰めている雰囲気だ。
「念のため確認しますが――、その地に何があるか知っていて言われましたか?」
「何があるのか……? その地は、五年前にルルイエ教授――僕の神聖術の師ですね――がおこなった実験で人が立ち入れなくなった、くらいしか聞いてません。神気の濃度については僕も近くまで行って見たので間違いないです」
「そうですか。嘘ではないようですね。その地は却下です」
「何があるんですか?」
ウィルはすぐさま尋ねかえした。
木村も気になる。途中で偽アコニトの雰囲気が変わった。
そこに何かがあったことは明白だ。ただの実験跡地の更地とは思えない。
「大きな石柱があったようです。三姉妹が近寄ることを躊躇うほどの禍々しい石柱が五本――。主からも立ち入りを禁じられました」
淡々と偽アコニトは話す。
ウィルは心あたりがあったようで「ああ」と一言もらしていた。
「知ってるの?」
「ええ、まあ……、石柱と言えば教授の作られたオリジナルの神聖術ですね。見たことはありませんが、話だけなら聞いたことがあります。五本の石柱で空間を仕切り、囲まれた領域に歪みのない空間を構築する、と」
木村も教授と話したことを思い出した。
歪んだ世界を正そうとしたが、歪みきった自分にはできなかった、と。
「結果として場が歪んだとは聞きました。歪みというのがどういうものかはわかりません。神気に溢れて人が入れなくなってしまった、と理解しています」
「神気に溢れているくらいでしたら、エリニュス三姉妹が躊躇うことも、主が立ち入りを止めることもありませんが……。それよりも、今はこちらの問題に当たりましょう」
偽アコニトが脱線した話を戻した。
木村としても気になるところではあるが、住人の死を止めることが先決だろう。
その後も案は出した。そして意見は出尽くした。
沈黙が覆った。
「――ん? ちょっと待つんだぞ」
おっさんが席を離れた。
ブリッジから出て行って、すぐまた戻ってくる。
「モルモー女史。ここに転移はできるか?」
珍しくおっさんが喋った。
こういう場面で口を開くのはかなり珍しい。
普段ならご機嫌そうな顔でニコニコ眺めているだけだ。
地図の真っ黒の部分を指して、偽アコニトの返答を待っている。
「この距離なら可能でしょう」
「俺を転移させてくれ」
偽アコニトがすぐに目を閉じて、冥府側の誰かと会話を始める。
木村も気になったのでおっさんに近づいて尋ねた。
「あてがあるの?」
「渡りに船だ」
「どういうこと?」
おっさんは説明しなかった。
偽アコニトの側に、初日に戦った三姉妹が現れ、すぐにおっさんとどこかへ消え去ってしまう。
ウィルとフルゴウルが非常に警戒していたので、初日のときよりも強い状態なのだろう。
彼らが消えて雑談をしていると、すぐに戻ってきた。
しかも一人増えていた。
「ついたぞ」
「おっ! ここがカクレガだねっ!」
ぼっさぼさの赤茶色の髪に、つなぎを着ているずぼらそうな女性である。
顔にそばかすがあり、そばかすどころか汚れもついていた。
片腕に何かケースを抱えている。
彼女は楽しそうに周囲を見渡していた。
ひととおり見渡した後で、ようやく木村たちを見る。
顔の汚れもトレードマークになるような明るい笑みを浮かべている。
「やあやあ! よろしくね!」
女が近づいて、手を差し出してくる。握手だろう。
日本では一般的でないが、そういった文化があることを木村は知っている。
異世界では初めてだったが、こっちにも同じ文化があるようだ。
ひとまず握り返そうと木村が手を伸ばしかけたところで、おっさんに手首をつかまれた。
おっさんは木村ではなく、女の方を見ている。木村からおっさんの表情は見えない。
「手は出すな、と言ったはずだぞ」
「やだなぁ! 挨拶だよっ! あたしは挨拶は大切だと思ってるんだ!」
女はやかましい声でおっさんに説明している。
おっさんがどういう表情をしているかはわからないが無言である。
根負けしたようで、女は「困ったもんだ」と手を引いた。
「時間もない。さっそく外に出るぞ」
「よっしゃあ! どんどんやるよぉ!」
女もやる気満々である。
おっさんと女が出て行き、偽アコニトも続く。
木村も続こうとしたところで、二人から制止がかかった。
「ちょっと……」
「君、待て」
ウィルとフルゴウルである。
フルゴウルが目を開いているし、ウィルも顔色が良くなかった。
良くない話だと木村は察する。
「さっきの存在に近寄らない方が良いです」
「同感だ。混ざりすぎている」
魔力感知持ちの二人が危険を示している。
おっさんも手を出すなと言っていたはずだ。
それよりも意味のわからない言葉がでてきた。
「混ざりすぎているってどういうこと?」
「言葉どおりだ。どう見えているのかはわからないが、私には、先ほどのモノは数多の生物を混ぜ合わせた多様な色を持っていた。一つの生命体として見ることは到底できない」
「やはりそうなのですか。僕も気持ち悪くて仕方なかったです。見えているのは一個体なのに、何百という神気の質が混ざっているように感じました」
思った以上におぞましい回答が返ってきた。
木村が見た目で判断するに作業着姿のお姉さんという感じだったが、実質はかなり違っているらしい。
「先ほどの感覚に心あたりがあります。採集素材部屋の合成装置と関係があるのではないでしょうか」
ウィルに発言に木村も合点がいった。
おっさんの知り合いのようだし、さらにウィルも合成装置を混ぜるとか何とか言っていた。
あのときはおっさんが合成装置の仕様を変更するのに、無理難題を押しつけられたと話していたが内容は何だっただろうか。
もしかして今回のことが、それと関係があるのかもしれない。
カクレガに関することなら、おっさんが積極的に動くことも説明が付く。
カクレガの外に出たのは良いが真っ暗だ。
フルゴウルや冥府組は見えるのだろうが、木村には何も見えない。
ウィルが光の魔法で周囲を照らしてくれた。
倒れている住民が目と鼻の先にいて木村は驚いてしまった。
「どんどん回収するよぉ!」
女が魔物に手を触れる。
魔物が消えた。
「えっ?」
あまりにも一瞬で、木村は理解が追いつかない。
本当にただ女が手を触れただけで、木村の数倍の図体をもつ魔物が消えた。
驚いているうちにも、女は次から次へと魔物に触れて消し去っていく。
あまりにも迅速かつ作業的で声がかけづらい。
「よっしゃあ! 次いってみよう!」
あっという間に見える範囲の魔物が消え去った。
いつの間にか現れていた翼の三人組が、転移の魔法を行使し、別の場所に移る。
そこでも先ほどと同様に女はサクサクと魔物を消してしまう。
デスクトップ画面に置いてある要らないファイルを、ゴミ箱にいれるような気軽さである。
魔物の数が増えてきて、女が手を増やした。
比喩でも何でもなく、女の背中や腕から別の腕が生えてきたのだ。
それが倒れている魔物や逃げようとする魔物に触れて、姿を消し去っていく。
ここにきて、ようやく木村もウィルたちの言葉どおり、この謎の女がやばい存在だと認識できた。
木村はもちろんとして、ウィルやフルゴウルも女から距離を置いているし、偽アコニトや三人組も女から距離を取っている。
作業が場所を変え何度も行われ、夜も明けぬうちに全てが終わった。
カクレガに戻って、女は一仕事やり終えたとほっと息を吐きつつ、ルーフォの入れたお茶を飲んでいる。
「あの……」
「ん? どうかしたかい?」
「えっと、外で消した人たちって、どうなったんですか?」
「ここにいるよ!」
地面に無造作に置かれたケースを女は指さす。
特に特徴のないケースだ。スーツケースに近い無機質さを感じる。
この世界で、ここまで角張ったケースを見るのは初めてかもしれない。
「この中に?」
「うん!」
無邪気な表情で女は頷いた。
木村は「あの数をこの中に? どうやって?」と追及したかった。
だが、にっこり顔であっさり肯定されると木村も追及できない。
とりあえず木村としては彼らの今後を聞いておきたい。
「彼らは、この後、どうなるんですか?」
とても……とてつもなく嫌な未来を木村は感じていた。
漫画やアニメではこうやって連れ去られていったキャラは、実験されてむごい状態になる。
ケースに詰められた時点で、もうすでにむごい状態とも言える。
女はぽけーと木村を見て、その後でおっさんを見た。
おっさんは女を見ずに木村を見ている。
「言ってないのかい?」
「ああ。木村は彼らの今後を気にしているようだぞ」
「なるほどね! 大丈夫! 心配しないでいいさ! この子たちは、別のところで穏やかに生きていってもらうよ!」
「別のところ? でも大丈夫でしょうか。魔力の量とか、他の人との折り合いとか」
ここの住人は魔力がないと生きていけない。
しかも人との折り合いが悪い。人と言わずとも別の生き物がいるところでは、原住民と争いが起きるのではないだろうか。
「大丈夫! そのあたりはちゃんと聞いてるから! この子たちがこれから行くところは、魔力もたくさん手に入るし、争いになる他の住民もいないからね! 心配しないで!」
女は問題ないと自信満々に頷いている。
不安になりおっさんを見るが、彼も「嘘はついてないぞ」と肯定した。
木村もそれならと、これ以上は追及しなかった。ただ、なんだろうか。おっさんの言い方が気になる。
女はお茶も飲み終え、席を立った。
「お茶、ごちそうさま! おいしかったよ!」
女はルーフォに礼を言い、ルーフォも満足そうに頷いた。
尻尾もルーフォと一緒に頭を下げている。たぶん頭だが尻尾なので正解かはわからない。
「それじゃあ、帰るよ! 転移をよろしく!」
「ちゃんとアレを直すんだぞ」
「当然さ! 約束は守るよ!」
「納期も守れるんだぞ」
「……がんばるよ」
「おい、待て」
謎の女は最後の一言だけ明後日の方向を見ていた。
おっさんと女が言葉を交わすと、翼の三人組と一緒に女が消えた。
おっさんも一緒に消えてしまっている。
いなくなると一気に静かになってしまう。
けっきょく彼らはどこに連れて行かれるのだろうか。
ひとまず全員がほっと息を吐き、椅子に腰掛けた。
偽アコニトにも疲れが見える。
実は全員が特に何もしていない。
ちゃんと働いたのは消えた謎の女と、冥府の三人組くらいだ。あとおっさん。
しかし、黙って付いていくだけでもけっこう疲れたし、夜も遅い。
何より問題が一つ片付いたことで、緊張が消え去ったのは大きいと言える。
待ってみるが、おっさんは戻ってこないし封筒も届かない。
偽アコニトが何度か会話をしていたが、さらに別の問題があったようだ。
「すみません。『まだ帰ってくるな』と言われまして……」
偽アコニトが申し訳なさそうに告げてくる。
問題はあったようだが、こちらには影響がないのでもう解散して良いとのことだ。
おっさんは帰ってこないが、特に気にせず全員が部屋に帰っていく。
偽アコニトもここで待たせるのは可哀相だったので、空き部屋を提供した。
椅子とベッドもつけ、必要なものがあれば提供するとも加える。
彼女はすごく丁寧に礼を述べ、大人しく部屋に入った。
アコニトもあれくらい丁寧だったらいいのに。そう思いつつ木村は自室へ向かう。
「おっ、坊やぁ。儂の尻尾を知らんかぁ?」
「……あれ? 本物?」
「あぁ? 高貴で神性豊かなこの儂が二人もいるものかぁ。そうか、来たるべき日が来れば儂の分け身を見せてやるぞぉ。かぁー、まったく贅沢な奴よぉ」
「本物だ」
この発言はきっと偽物にはできない。
顔芸がもうおかしいし、体中が土まみれで汚い。
汚れをまったく気にせず、廊下をぺたぺた歩いているのも異常だ。
認知症を患った老人のような行動をしている。
「尻尾ならルーフォにケアされてキラキラになってた。今も一緒にカラオケ部屋にいるのかな」
お茶を入れてもらう前は、カラオケ部屋で熱唱していた。
尻尾がタンバリンを叩いて、盛り上げていたのはあまり見たくない光景だった。
「は? 儂を差し置いてケアだぁ?」
どこに腹を立てたのかわからないが、怒った様子でカラオケ部屋に進んでいった。
追いかけようかと思ったが、今夜は疲れたのでもう寝ることにした。
ルーフォには迷惑をかけるが明日にでも謝ろう。
翌朝になって、偽アコニトはまだいた。
そろそろ姿を別人に変えてもらいたいのだが、わざわざ口にするほどでもない。
問題は片付いたようでおっさんは帰ってきており、木村が起きたときにはすでに日課のトレーニングをしていた。
偽アコニトから招集を依頼され、主要メンバーをブリッジに集める。
いつものメンバーなのだが、本物のアコニトがいない。ルーフォや尻尾はいる。
「あれ? アコニトって知らない?」
木村はけしかけたことを言わず、知らない顔をしてルーフォに尋ねた。
ルーフォはちょっと言いにくそうな表情である。
「実は、昨夜、いろいろありまして、ゴミ捨て場に尻尾さんが連れて行きました」
木村は察した。
察してなお疑問が頭に浮かぶ。
……負けたのか?
尻尾に? 本体が?
やはり本体は尻尾じゃないのか。
「良いことをしたな」
おっさんは尻尾へグッジョブと親指を立てて示した。
尻尾も二本を腕組みさせて、どんなもんだと誇らしげだ。
「主からこちらを渡すようにと預かっています。これが最後になるようです」
偽アコニトが差し出したのは封筒である。
どうやら最後の手紙は顔の上に落としてこないらしい。
だいぶ余裕が出来てきたのかもしれない。
追加ミッションも終わりだろう。
木村は手紙を広げる。
そして、一同に聞こえるよう声に出して読む。
「“まずはおつかれさま。
冥府との大きな道も、今日の昼には閉じることになります。
君は追加ミッションを全て達成しました。死者数ゼロ! 素晴らしい!
特別報酬として、そこにいる私の部下を貸し与えます。
好きに使ってください。
それと――」「失礼」
読んでいる途中で、偽アコニトが席を立って木村の手から手紙を奪った。
手紙を食い入るように見ている。
「上司と話をしますので離席します」
「あ、はい」
何も聞かされてなかったようだ。
偽アコニトは焦った顔つきで部屋から出て行ってしまった。
「続きを読むね。
“それと君たちは東に進み、ヘイラード王国にたどり着きます。
不可抗力もあるでしょうが、可能な限り死者が出ないよう、
慎んで行動することを冥府から祈らせていただきます。”」
慎んで、が太字で書かれていた。
「ヘイラードですか。大国ですね」
ウィルは知っているようだ。
かなり大きな国らしい。
偽アコニトもしょんぼりした顔つきで戻ってきた。
帰れなかったことが一目でわかる。
「しばらくお世話になります」
「あ、はい。部屋は昨日のところをそのまま使ってください」
「ありがとうございます」
すごいしょんぼりしている。
アコニトの顔でしょんぼりしていると可愛いと木村は思ってしまう。
「おぉ! ここにおったか尻尾ぉ! ――お? おおっ?」
扉を開けてアコニトがやってきた。
本物である。
ゴミ捨て場に追いやられたのは事実だったようだ。
体に土とゴミが付いているし、匂いがひどい。フルゴウルが顔を背けている。
どうやら彼女は体が丈夫ではないらしい。泡列車でも酔っていたし、アコニトのタバコも近くで嗅ぐと咳をしていた。
本物のゴミアコニトが、偽物のしょんぼりアコニトを見て固まっている。
……そういえば、本物がこの偽物と会うのは初めてだったかもしれない。
出会ってはいけない二人が出会ってしまった。
「見ろぉ、坊やぁ。儂が増えたぞぉ!」
うひゃひゃひゃ笑って木村を見てくる。
木村は、昨日の話で流れがわかるが他の人は間違いなくわかってない。
素面でこの反応ができるってのが、素直にすごいと思う。
「喜べよぉ! ほれぇ、ほ――」
「うるさいぞ」
おっさんが本物の首に指を二本当てた。
木村からは首の皮をつまんだように見えた。
それだけで、アコニトは意識がぷっつり切れて崩れ落ちる。
「それではモルモー女史もこれからよろしく頼むぞ。見た目は変えておいた方が良いな」
本物を見捨てたまま、集まった人員はブリッジから出て行く。
さすがに不憫に木村も思ったが、偽アコニトの家具を揃えてあげないといけない。
新たな仲間を増やし、カクレガはヘイラード王国へと進んでいく。
王国と言えば、どの物語でも出てくる典型的な統治形態だ。
しかも、後からウィルから聞くには帝国と肩を並べるほどの大国らしい。
また、滅びるんじゃないか。
木村は楽しみよりも不安が心に浮かんだ。
決して根拠のない不安ではない。
現に今まで通過した地点はだいたい滅んでいる。
昨夜もデモナス地域を実質的に壊滅させた。
他の物語でも、だいたい王国はモンスターの襲撃があったりする。
特に王都は良くない。テロ行為のメッカだ。何でも起こる。
これは滅ぶ。
木村はもう諦めた。
しかし、木村のこの不安は当たらなかった。
ヘイラード王国はすぐさま滅ぶことはなかったのである。
あるいは――滅んだ方が幸せだったのかもしれない。




