55.コラボ:追加ミッション3
追加ミッションも三日目である。
本日は朝から手紙が来た。
来たというよりは顔面に落ちてきた。
二度寝しようかとうとうとしていたら、天井に封筒が現れてそのままストンと落ちて額に刺さった。
寝転んで見ていたスマホを、鼻に落としたときの痛みと比べれば可愛いものだが、びっくりするのでやめてほしい。
寝転んだまま封筒から手紙を取り出して読む。
ぱっと見、文面はますます短くなっている。
“『周辺の調査』
そちらの周辺地域からの死者が増えていると、列の調査係から連絡がありました。
配下を同行させますので調査しなさい。”
もはや、「おはよう」という挨拶すら書く余裕もないようである。
用件だけの寂しい文になってしまった。しかもミッションではなく、命令になっている。
内容は周辺の調査とある。
この辺りで急激に死者が増えたのは十日ほど前のことだ。
それとは別の話なのだろうか。配下も送ってくるようなのでそちらにも聞いてみよう。
ようやく体を起こし、ベッドからも足を下ろす。
何かぞわりとしたものを踏んだ。謎の物体はむぎゅっと動いた。
「うえぁっ!」
変な声が出てしまった。
ベッドの上を後ずさりすると、踏まれた何かが動き出した。
むくりと起き上がり、目の高さで動きを止める。
見覚えがあった。
薄紫色の毛がもふもふしている。
「えぇ、なんで……?」
アコニトの尻尾がいた。尻尾だけだ。
まさかこれが冥府の導き手の配下というわけではないだろう。
見つめていたが、喋ってはくれない。鎧も着けてない。どうやら尻尾だけのようである。
「……えっと、どうしたの?」
本当にどうしたのか。
本体から離れようと思って、離れられるものなのだろうか。
そもそも本体こそどうしたのか。
尻尾の一本を扉の外に向け、ぬるぬると歩き出す。
付いてきてと言わんばかりに、尻尾をおいでおいでとくねくね曲げてみせてくる。器用だ。
ようやくベッドから下り、尻尾の後に続き部屋を出る。
尻尾はよどみなく廊下を歩いて行く。途中ですれ違ったルーフォが三度見していた。
「なんですか、あれ?」
「アコニトの尻尾」
「ぇ、ああ。……はい?」
木村も気持ちはわかる。
『言われてみればアコニトの尻尾だな。でも、尻尾だけで動けるの?』という反応だろう。
彼女は、尻尾が楽しそうに動いているのを見るのが初めてだからなおさらだ。
「どうしてですか?」
「わからない。付いてこいってジェスチャーしてきた。一緒に来る? ……というか来て」
嫌な予感しかしない。
どうせなら誰かを巻き込みたい。
ルーフォには悪いが、犠牲になってもらうとしよう。
尻尾はずいずいと我が物顔で廊下を進み、階段もするする上がっていく。
ルーフォも歩くことなく、わずかに浮かんでの水平移動なので木村の足音だけが響く。
最上層の農園にたどり着き、畝の間を歩いて行くと農園の隅に足が生えていた。
白い足が地面から上に伸びて、膝の部分でぐにゃっと曲がり横を向いている。
「えっと、あれはアコニトだよね」
尻尾の一本が縦に動いたので正解のようだ。
違っていたら大ごとである。
昨夜、食堂を襲撃し、逆にやられたといったところだろう。
相手もタイミングも悪かった。薬もやっていたであろうので彼女も悪い。悪いことだらけだ。
良いことが一つもない。尻尾が無事だったことくらいか。
「助けてやってくれって話なのかな?」
尻尾は「No!」と言うように、数本を激しく横に振って主張する。
それならどうしてここに案内したのだろうか。
木村はよくわからない。
「おそらく。アコニトさんがここにいることは知ってもらいつつも、助ける必要はないと伝えたかったのではないでしょうか。報連相ですね」
尻尾が「正解!」と示すようにルーフォへ一本を突きつける。
ホウレンソウ……。大切だとは聞いたことがある。本体と違って出来た尻尾だ。
「それで尻尾さんはどうするの? 予定があるの?」
迷うように細かく動いているので特に予定はないらしい。
いきなり自由になっても困る状況なのだろう。
「気になったのですが、かなりボサボサになっています。汚れもひどい」
言われてみれば毛に艶がない。
土は当然として埃もあっちこっちに付いている。
焦げ痕すらあるのはどういうことなのか。
「よろしければケアしましょうか?」
「できるの?」
「はい。時間をいただければ」
「それじゃあしてあげて」
尻尾は大喜びだ。るんるんな様子でルーフォについていく。
声が出なくても気持ちはよくわかった。
けっきょく、どうやって尻尾だけ分離したのかはわからずじまいだった。
一つの問題が解決をみたところで、訓練室にいるであろうおっさんに会いに行く。
今日の追加ミッションを説明しなければならない。
着けば訓練室もまた異様な雰囲気に包まれている。
とある二人の前に、他のキャラたちが集まっていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
問題の二人は困った顔で、木村に挨拶してきた。
挨拶された木村も困惑する。二人ともウィルだった。
同じ顔、同じ服、同じ声に同じ仕草で二人は歩いてくる。
この時点で木村が事情を察したのは、導き手からの手紙があったからだろう。
相手の姿を真似る配下が送られてきたに違いない。
むしろ尻尾の方がずっと驚いた。
そのため冗談も言える。
「分裂したの?」
「わかりません。ここで眠ってしまい起きたら、このとおりです」
「わかりません。ここで眠ってしまい起きたら、このとおりです」
そういえば夜もここに一人でいた。
魔法の特訓に疲れて眠ってしまったと推測される。
そこでいたずら好きな配下のおもちゃにされてしまったわけだ。
「実は――」
木村は、冥府の導き手からの手紙について話した。
ドッペルゲンガーが配下だとわかったが、どちらが配下なのかがわからない。
「おっさんはどっちが偽物かわかる?」
「ああ。ちゃんと見分けられるようになるんだぞ」
わかっている様子だ。
わかっていなければカクレガ内の侵入は許さないか。
木村の話もすでに知っている様子だったし、配下から直に話を聞いていたのかもしれない。
しかし、二人のウィルはまったく見分けがつかない。
試しに魔法を使ってもらったが、どちらも同レベルで実行している。
これはこれですごい。ウィルが二人いれば単純に火力は倍だ。
ステータスを見ればわかるのではないかと気づいた。
二人を視界に捉え意識したところで、おっさんの手に遮られる。
「行動や言葉で見分けられるようになるんだ」
ステータスを見るのは反則らしい。
ウィルをどれくらい理解しているかが課題だが自信はない。
試しに過去の経験を尋ねたが、どちらも普通に答えてきた。
記憶までコピー済みということだろう。かなり優秀な能力を持っているようである。
「このまま調査に行こうか」
外で二人の動きを見ていた方がわかるかもしれないと木村は考えた。
カクレガの外に出た。
メンバーはウィル二人に、フルゴウルである。
ゾルが出たそうにしていたが、ウィルに止められてしまった。
あの鎧はこの地域で虐殺をしていたから、刺激してしまう可能性があるとのこと。
ごもっともなので、住民を刺激しないメンバーである。
ちなみにフルゴウルの目には、どちらがウィルの偽物か一目瞭然らしい。
ウィルと同じ魔法を使う変な存在に見えるようだが、どちらが偽物かは教えてくれない。
「住人が死んでいるということですが、神気の量が減少しているからかもしれません」
二人のウィルが同時に可能性を告げた。
左右から声がかかってくるので、木村は立体音響を味わっている気分だ。
どうせなら可愛い女の声でやってもらいたい。それならリアルASMRとなりハッピーである。
「冥府に行く前と比べて、地域の神気が減っています。冥府と繋がったときに流れてしまったのかもしれません」
さもありなん。
多い方から少ない方に流れるイメージなので、冥府からこちら側に流れると考えていたが感覚とは逆なようだ。
「見たところ、ここ二日でも精気層の高度が下がっている。溜まっていた精気が発散しているようだ。竜脈が移動した可能性はないか?」
「竜脈?」
「神気が溜まりやすい地や、その経路のことですね。竜脈が変わるという話は聞いたことがありません」
温泉のスポットみたいなものだろう。
地下から噴き出していた熱湯がなくなったイメージをする。
源泉がなくなったか、あるいはフルゴウルの言うように流れが変わったのか。
その原因は、やはり冥府と繋がったことではないだろうか。
地下に冥府が出たのでそっちに移動したとか。
「冥府に竜脈が持って行かれた?」
木村は思ったことを口にしてみる。
素人発言だが「冥府が出現すると竜脈がどうなるか」に答えられる玄人などここにはいない。
ありえるかもしれない――全員がそう思ってしまった。
「原因はひとまず冥府の出現として、住人がどうなっているかを調べてみましょう」
すでに地図で集落の位置は確認済みだ。
近くに来てから、外に出てきている。
「いますね」
木村も見えた。
多くの魔物が地面に横たわっていた。
魔物というより獣に近い。鹿のようにも見える。
異様に大きな四本の足と、頭から生える幾何学的な角が特徴的だ。
近づいていくと数頭が起き上がろうとしたが、力が入らないのかそのまま地面に倒れ込んでしまった。
獣のような深い黒の感情が読めない目が、木村たちを見つめている。
数多くの目に見つめられ木村は非常に居心地が悪い。
「人間。これは、お前らの仕業か?」
不意に声をかけられてた。
喋れるのかと驚いたが、聞き取れたのは間違いない。
このあたりが獣じゃなくて、魔物としての特性なのかもしれない。
ウィルやおっさんが答えないので木村が答えることにする。
最近はこういう役回りが多くなってきた。これは成長と言えるのだろうか。
「判断に迷うところです」
木村が答えるとウィルとフルゴウルが意外そうに木村を見た。
木村もなんだろうと見返す。
「お前らが来たから、こうなったのではないか?」
ウィルらと話す前に魔物が声をかけてくる。
「それは、否定できません」
「西部や中部の奴らも死んでいった。お前らの仕業か」
「西部は違います。中部はそうなります」
ようやく否定できたが、肯定もできてしまった。
西部はゲイルスコグルが皆殺しにしたから違うと言える。
中部はイベントと言えど、こちらに責があるかもしれない。主にアコニト。
「こちらも聞きたいのですが、あなた方がそうなっているのは魔力が減っているからですか?」
「魔力こそ我らの生きる源。こうなっては、もはや我らは生きられぬ」
「引っ越しとかを考えたりは?」
「この地より外は人の地。出れば争いとなる。我々は争いを好まない。人とは違う」
「でも、このままでは死んでしまうのではないですか?」
答えは返ってこない。
そもそも移動する力もなさそうである。
移動したところで争いになるくらいなら、ここで死ぬという心構えだ。
潔いとは思う。どうせ死ぬならせめて素材として死んでいってもらえないか、と思った自分を諫めた。
「驚きました。そんなこともできたのですね」
「……なにが?」
「魔族と話をしていたではないですか」
「そりゃ言葉が通じるから、話くらいできるよ」
コミュ障だから会話はできないと馬鹿にしてるのか。
これは裏の読み過ぎだろう。単純に人外と話す勇気を褒めてくれたのだ。
「彼らは何と言ったのです?」
「…………え? 聞き取れてないの?」
思っていたことと、まったくの別方向だった。
今さら言葉の問題が出るとは予想外だ。
異世界だろうが、ソシャゲの世界だろうが、今まで普通に日本語で話していた。
ソシャゲはまだ日本産のゲームだからわかる。
異世界で日本語が通じるのはおかしいと思ったのも早三ヶ月ほど前の話である。
もはや異世界生活に慣らされてしまい、そんなものだと思い込んでいた。
互いに驚ろいたところで、彼らとの会話を振り返る。
住民たちの言葉をウィルたちに伝えた。
「外には行けないでしょう。神気が減ったとは言え、ここよりも濃い地などそうはありません」
「珍しい種族だ。精気をそのまま取り込んでいるのか。このままでは間違いなく死ぬ。すでに取り込み量よりも消費量の方が多い状態だ。明日には崩壊するだろう」
燃費が悪すぎる。
死へのカウントダウンがすでに一日を切っているようだ。
「やっぱり他の住人たちもそんな様子なのかな」
「そうなるだろうね。この付近の住人たちがこれらと同じ特徴を持つなら、あと五日もすれば、ここから彼らは一人もいなくなるだろう。人の時代の始まりだ」
そして、住民たちは仲良く冥府へ行くことになる。
冥府の列はさらに長くなることだろう。
その後も、他の住人たちを巡っていったがやはり同様であった。
木村たちを敵として力を行使し、魔力不足に陥り、そのまま体が崩れ落ちたものも目にした。
崩壊と聞いていたが、体が砂のように朽ち果てていくのは、そのまま死体として残るよりも残酷さを感じた。
日も暮れたので今日の調査を終了する。
カクレガに戻ると、いつの間にかウィルが一人に戻っていた。
調査ミッションが完了し、偽物は帰ってしまったようである。
けっきょくどちらが偽物なのかはわからずじまいだ。
夜になって、自室でぐだぐだしているとアコニトがやってきた。
「坊やぁ。邪魔するぞぉ」
尻尾がない。
戻ってきてもらえてないらしい。
「どうかしたの?」
「どうかせんと来ちゃいかんのかぁ? ん~?」
面倒くせぇな、この尾無し狐と木村は思った。
しかし、用もないのに部屋へ来ることは滅多にない。
だいたいヤニを吸ってるか、酒を呑んでるか、その両方だ。
彼女は近くにいるとうざいくらい絡んでくるが、離れるとまったく絡まなくなる。
尻尾がないと本当にケモ耳のコスプレをしているお姉さんだ。
服も扇情的なので、男子高校生には目の毒である。胸の膨らみに目が行ってしまう。
「ん~? どこを見てるんだぁ?」
こういうときばかり目ざとい。
本当に何をしに来たのか。尻尾の代わりに自分で遊びに来たのかと木村は思った。
そして、ぼんやりとアコニトを見ていて違和感を覚える。
「……誰?」
「おぉい、坊やぁ、尻尾がないと儂の判別もできんのかぁ?」
「声も顔もアコニトだけど……、なんだろう、なんか違う」
「あぁ?」
「なんだろう、漂ってくる素のキチ○イ感がない。まともな人がアコニトの真似をしてる感じがする。――ウィルの真似をしてた人?」
アコニトの顔つきが変わった。
彼女が絶対にしないであろう混じりけ無しの微笑みである。
やはり何者かがアコニトの真似をしていたようだ。昼の人と同じだろうか。
「ずいぶん、この狐娘を愛してるんだね」
「愛しているとは違いますが、付き合いが長いですからね」
異世界に来た初期からのお付き合いだ。
おっさんとほぼ同時である。
そろそろ異世界に来て100日になる。
運営から100日記念プレゼントがあるかもしれない。
「狂人の真似は難しい。昼の彼は簡単だったんだけど」
「最後までわかりませんでした。お見事です」
アコニトは満足そうに微笑んでいる。
こんな顔もアコニトはできるんだと木村は意外に思った。
人の顔を形成するのは、顔面の筋肉だけでなく中の人間性が大きいと知った。
「主からの届け物だよ」
胸の谷間から封筒を取って、差し出してくる。
躊躇しつつも木村は封筒を手に取って、中を開けて読んだ。
“調査お疲れ様。
最後のミッションです。
『周辺の住民を助ける』
絶対に助けなさい。
一人たりとも死なせてはいけません。
手段は選びません。
配下の貸し出しもします。
全員を救いなさい。
これ以上の裁定は私も気が狂います。
松明で殴られたくなければなんとかしなさい。以上”
無茶振りだ。
文章は長くなったが、嬉しくない。
「導き手さんは、けっこう心がやばい状況ですか?」
「怖くて誰も近寄れませんね。私も、自分からこちらを志願したくらいです」
「相当じゃないですか……。でも、松明で殴るなんて書くくらいの余裕はありそうですね」
松明で殴られたところでさほど痛くもないだろう。
魔法で消し飛ばすとかじゃない。緊張感がやや薄れてきた。
「……え、なんですか?」
アコニトの顔が凍り付いている。
真っ青だ。薬でトリップ失敗したとき並に顔色が悪い。
「松明で殴る――本当にそう書いてあるんですか?」
「はい。最後のところに」
アコニトは固まっている。
真剣に困っている様子である。
この顔もなかなか新鮮なので黙って観賞する。
普段はさっさと薬に逃げるので、ここまで真面目に困らない。
「主は魔法が得意なんです……」
「はい。見ました。すごかったですね」
都市を一つ元どおりにするのが簡単だと言っていた。
ウィルは驚愕していたし、どれくらいすごいのか説明もできない様子だった。
「教授よりもすごい」と言いかけたが、「それは、でも……」と躊躇っている様子も見られた。
「しかし、主が本気の本気で戦うときは、松明を片手に持ってぶん殴るんです」
「……魔法は?」
「もちろん魔法も使っています。魔法をサブにした肉弾戦スタイルが強いんです。強すぎて加減ができないから、普段は制御のできる魔法をメインで使っていると言われているくらいですから」
「つまり、松明で殴るっていうのは――」
「『跡形もなく叩き潰すぞ』と捉えていただければよろしいかと」
無茶振りに脅しまで加わった。最悪だ。
ビジョンがないまま部屋を出る。
とりあえず集まって話をする必要がある。
時はすでに夜である。
異世界に来て、一番長い夜になりそうな気配を木村は感じた。




