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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅳ章.レベル31~40
52/138

52.コラボ「生きてた頃より美しく」ED

 木村たちの前に紫色の髪をした女が立っている。


 どこからともなく現れ、緊張感のない笑顔を携えたまま木村に近寄ってくる。

 彼女が手に持っている松明が周囲をぼんやりと照らしていた。


「長旅、お疲れさま」


 労いの言葉をかけてくれるが、そもそも何者かわからない。

 敵か味方かはわからないものの会話はできる存在だ。

 誰も尋ねる気配がないので、木村が口火を切った。


「えっと、すみません。その、どなたでしょうか?」

「“冥府の導き手”って言えばわかるかな」

「あぁ、あなたが……」


 ファーストミッションの“冥府の導き手と会話をする”の対象がようやく現れた。

 冥府の導き手なのに、ミッションもほぼ終わった今になって現れても困るというのが、偽らざる木村の思いである。


「あっ」


 後ろで声がしたと思ったらルーフォが、女の方を見ていた。

 知り合いだったろうかと木村は期待する。


「もしかして受付の……」

「うん。そうそう。――エレベータを降りられたら、右手へまっすぐお進みください。左手、一番手前の部屋で皆様がお待ちになっております。『そのままお入り頂いてけっこう』とのことです――覚えててくれて良かった」


 ルーフォがカクレガへ迷い込んだときに、受付の人から案内されたと言っていた。

 この冥府の導き手がその受付だったようだ。


「あの、どうしてこんなことをされたんですか?」


 口がうまくきけていないルーフォに代わり、木村が質問をした。

 どうやって飛ばしたのかはわからないが、なぜルーフォを飛ばしたのかはわからない。


「ルーフォさんもいきなりタルタロスに飛ばされて困惑されていましたよ」

「そうだよね。実は彼女だけじゃなくて、君たちもタルタロスに飛ばしたんだけど反応が薄くてつまらなかった。面倒ごとになれてるでしょ」


 やれやれと導き手は両手を挙げた。

 なんかとんでもないことをさらりと告げられた。

 カクレガをあそこに飛ばしたのが自分だと告白している。

 そんなことができるのかはともかく、ひとまずやってたとして話を進める。


「どうしてそんなことを?」

「私と最初に出会ってたら、あなたたちが死ぬから。何通りもの未来を見たけど、最初に私と出会ったら貴方たちは死んでた。君は見えないからはっきりしないけど、たぶん死んでた。アレと戦うことになるけど、あなたたちじゃ無理でしょ」


 導き手は手に持った松明で、テュッポの空けた大穴を照らす。

 照らしたところで底が見えるわけでもない。


「――だからね。アレが敵じゃなくて仲間になる未来に変えて、自分から消えてもらうように仕向けたの。転移させる場所の調整が大変だったんだから」


 仕向けたの、と笑顔で言われても困る。

 そもそも未来が見えるというところから突っ込みたい。

 ただ、見えるものは見えるのだろう。そこを言っても仕方ないかもしれない。


 木村も見えないものならわかる。

 例えば、ボスと化したテュッポと戦って勝てるヴィジョンだ。

 戦っても、カクレガごと底の見えない穴に落とされる未来しか浮かばない。


 仮にこの女が、未来が見えるとしても疑問は残る。


「……未来が見えて、貴方がカクレガをタルタロスに飛ばしたとして、どうして自分たちを助けてくれたんでしょうか?」


 かなり手間のかかることをやってくれている。

 そこまでして彼女が自分たちを助ける理由がわからない。

 聞かれた女性もやや困った顔を見せている。


「うーん。三つの世界が混ざったって話したら信じてくれる?」

「信じます。一つは、ルーフォやテュッポの世界――、」


 即答したことに導き手はやや驚いている。

 木村の話を黙って聞く姿勢だ。


 ルーフォとテュッポは同じ世界だろう。

 コラボイベントの仲間キャラとボスの組み合わせだ。


「それに裁定場にいた魔物たちの世界――、」


 彼らはカゲルギ=テイルズからやってきたキャラだろう。

 キャラ名が神話そのものでゲームっぽいし、テュッポとは雰囲気が違う。

 特にハデスが人間に近すぎる。ああいった擬人化はジャパニーズソシャゲのお家芸だ。


「最後は、迷い込む前の世界」


 最後の一つが、木村も迷い込んでしまった名も知らぬ異世界。

 この導き手はどこだろうか。どちらかというとカゲルギ=テイルズに出てきそうだ。


「すごいすごい! 大正解!」


 手を猛烈な勢いで叩いて感動していた。

 ずいぶんと気が抜ける存在である。


「でも、それが観測できるってことはもしかして――君は、それ以外の世界も知ってるんじゃないかな」


 急に笑いを止めないで欲しい。

 木村も出自を暴かれたようでドキリとした。

 ただ、暴かれたところでどうしようもないだろう。


「ふんふん。なるほど、なるほど。私もわかったからスッキリした。そういうことね」


 導き手は木村の反応を観察し、納得した様子である。

 特にそれ以上は追及してこない。


「とにかく三つの世界の冥府が混ざっちゃったの。冥府にいた存在はそのまま残ったままでね。起きるのは三つの世界の存続争いってわけ」


 単純に人口密度が三倍になったのだろうか。

 広いから分けて住めば良さそうな気がするがどうなのだろう。


「特にカゲルギ=テイルズと、彼女のいた世界は重なるところが多かったんだよね。どちらかに消えてもらいたかった。私も主人は二人もいらないからさ。どちらでも良かったんだけど、真面目に仕事をする側の主人に残ってもらいたかったんだよね。それで、仕事をほっぽり出して存続争いを始めたご主人には消えてもらうことにしたの。怖い方ね」


 消えてもらうことにしたの、とさらりと告げた。

 それは、つまりルーフォを裁いたという怖い見た目のハデスを殺したということだろうか。


「でも都合上、私じゃご主人には手を出せない。そこで君が迷い込んだ世界の存在に手を結ぶことにしたの。知ってるでしょ。オレンジくん」


 木村は知らなかった。誰? オレンジ?

 おっさんが「ああ」と頷いたので知り合いのようだ。


「手を組む条件で出たのが君たち二人の安全確保と、その仲間たちの地上への見送りってわけ。それだけしてくれたら、あとは好きにしてくれて良いって言うんだから変わってるよね。本当にご主人も倒したし、それ以外のことは一切口出ししてこないんだから。助かるんだけど助かりすぎて不気味。未来でも本当に何も干渉してこないし」


 おっさんも頷いている。

 木村も気になるが、知ってはいけない気配を感じた。

 少なくともルーフォのいた世界のハデスを倒すだけの力を持った存在ということになる。

 知らぬが仏。虎の尾を自ら踏みにいくこともない。


「どうして……、どうして私なんですか?」


 黙っていたルーフォが尋ねた。

 コラボイベントの主人公だから、と木村は考える。

 そうなると自分も異世界転移物語の主人公ではないだろうか。


「私も最初はわからなかった。君はわかる。私が未来を見通せない存在だからね」


 自分はそういう理由か、と木村も納得した。

 フルゴウルや教授と同じ基準だ。


「どうして貴女を彼らにくっつける必要があったのか、私も途中でわかった。――大変だろうけど、救われる日が必ず来るから」


 軽薄な笑顔を消して、慈しみを感じさせる顔つきで導き手がルーフォを諭した。

 わずかな同情か哀れみの口調を感じたのは気のせいだろうか。


「とりあえず、地上に帰れるってことで良いんですか?」

「そうだね。この話が終わればすぐに帰ることになるよ。ここは生者がいる場所じゃないから」


 木村はほっと一息ついた。

 イベント期間中はずっと冥府になるんじゃないかと心配だった。


「ただね。死者が地上に戻るのは例外中の例外なの。――特にそこの貴女は注意しなさい」


 導き手の目線の先にいたのはフルゴウルである。

 そういえば彼女は死人だった。


「貴女とルーフォを地上に帰すために、ご主人の説得に狂うほど精神を削ったんだからね。もしも地上で大きな問題を起こしたら、私が直接回収に行くから」


 松明の先端をぐるぐる回して、フルゴウルを威嚇している。

 あまり怖さを感じない忠告だと木村は思った。


「……翼の生えた三体の魔物を、私の迎えによこしたのは貴女かな?」

「鋭いね。そのとおり。貴女には二人を助けるために、タルタロスへ早めに入ってもらった。彼らと知り合いの上に力もあるようだからね」


 どうやらフルゴウルがあまりにもひどい極悪人だから、裁定無しのタルタロス直行ではなかったようだ。

 そう考えると彼女も被害者なのかもしれない。


 被害者と言えば、木村にはもっと心に残ることがあった。

 今回の話での、一番の被害者たちだ。


「エリュシオンはこうなる必要があったのでしょうか?」


 冥竜の攻撃に巻き込まれ、壊滅した都市や人たちだ。

 この犠牲は必要だったのか木村には疑問である。


「そりゃ、アレを消せるなら安い犠牲でしょ」


 何でもないことのようにさらりと告げる。


「でも、たくさんの人が死んでしまいました。それに都市も再建に時間がかかるでしょう」


 すでにエリュシオンの人たちはすでに死んでいるので、死んだとは違うかもしれない。

 言われた導き手は、きょとんとした顔で木村を見ていた。不思議そうな様子である。


「あれ? 知らないの? タルタロスでやられたなら『さよなら』だけど、エリュシオンやエレボスでやられちゃった場合は、いったんエレボスで止められるから大丈夫。壊れた都市は別の次元から持ってくればいいだけだからね。簡単簡単」


 こんなふうに、と導き手は呟く。

 彼女はいつの間に手に持っていた石を、真っ暗闇の穴に投げ込んだ。


「見てて」


 大穴が急激な勢いで埋まっていき、地面が生じた。

 しかも、その地面から建物群が動画でも見ているかのように、にょきにょきと生えてくる。


 あっという間に、元と同じような建物群ができあがってしまった。

 広いわりに人はいないためやや寂しさを感じる。


「簡単でしょう」

「どこが?」


 木村は思わず口にしてしまった。

 これは魔法としてどれくらいの難易度なのだろう。

 ウィルの反応を見ようと後ろを向けば、彼は愕然としていた。

 フルゴウルも目を見開いているので、どれくらい恐ろしいことをしているのかわかる。


 なお、アコニトは話に飽きたのか離れて煙管を吸っていた。

 この図太さは見習うべきかもしれない。普通はこの状況で吸えないだろう。

 話もまったく聞いている様子がない。


「あのぅ。私は、エリュシオンに帰れないのですか?」


 エリュシオンが再建したのと、人……死人も復帰することを知り、やや元気が出たルーフォが問いかけた。

 先ほどの話を聞く限りでは、彼女は地上に付いてくることになる。


「ごめんね。契約しちゃったから、今は諦めて」


 今は、ということはそのうち帰れるのだろう。

 あっさり諦めるよう告げたが、同情する顔は見せている。


「戦闘に出ないよう、派遣契約を切り替えておくから。できることをやってくれればそれで良いよ。もちろんお給金もちゃんと出る。貴女の部屋のモノもそっちの部屋に移動させる。カラオケ部屋も作る、でしょ?」

「はい。最優先で」

「最新の曲も随時更新するようしておくから遠慮なく歌ってね。生きていた頃よりも美しい歌声を世界に響かせてきて。――全てが終わったら裁定なしでエリュシオンに戻れるよう、私の加護も付けておくから」


 いたせり尽くせりだ。

 加護というのがどれほどかわからないが、あれほどの魔法が使えるのだから、加護も相当のものだと推測できる。

 ルーフォもしぶしぶといった様子ではあるが頷いている。

 ……諦め半分かもしれない。


「それと、貴女にはこれ」


 導き手は赤い小さな粒々をフルゴウルに渡した。

 何かの実のように見える。


「私が導くからには、これも付けてあげる」

「これは?」

「ザクロの実。口にしたらタルタロス行きが決定だけど、どうせ貴女はタルタロス直行だから気にしなくて良い。――貴女の未来は見えてる。貴女は、自分の野望のためにこの子たちを裏切る。しかし、裏切ったとてアレが気にしていたわりに夢は成就しない」


 導き手はずばり言い切った。

 フルゴウルが裏切るのは、木村もなんとなく思っていた。

 どう考えても木村たちの側にいる存在じゃない。明確に敵側だし、思考も同様だ。


「貴女の眼でそこの少年が見えないように、私もそこの少年の未来は見えない。何が言いたいかわかる? 夢を叶えたいなら、そこの少年から離れないようにしなさい。もしも裏切りとは別に、どうしても離れなければならないことになったときは、その実を口にしなさい」

「口にするとどうなるのかな?」

「わからない。私は未来が見えても、運命を操るわけではないからね。貴女の夢はどうやっても叶わないかもしれない。ただ、彼といたときの未来が私には見えない。見えない未来は可能性でもある。私は貴女に可能性を提示しているだけ。助言はした。一縷の可能性も渡した。後は、貴女の好きにしなさい」


 突き放した言い方だった。

 これが彼女本来の口調なのかもしれない。

 フルゴウルも礼を言って、赤い実を黄金の筺に入れていた。


「これで私の話は終わり」

「キィムラァ。ミッションが達成されたぞ。最後のミッションになるな。“タルタロスの最奥にいるものの撃破”だ。強敵になる。しっかり準備するんだぞ。ミッションが達成されたな。――やったな。全てのミッションが達成されたぞ。カクレガに戻るんだ」


 ミッションの提示と達成をおっさんが同時に告げる。

 おっさんがカクレガの出入り口を示した。


 ウィルやフルゴウルがさっさと入る。まるで導き手から逃げるようだ。

 続いてルーフォが、何度か導き手を振り向きつつ、カクレガの中に入っていった。

 引き留めて欲しかったのだろうか、残念ながら呼び止められることすらない。導き手は手を振って別れを言外に示している。


 木村もさっさと中に入りたかったが、問題が一つ残っている。

 喫煙中のアコニトである。


「アコニト。戻るよ」

「星が綺麗だぁ。星塵のハナタレも見てみよぉ。一等星が我々に謝辞を示しておるぞぉ」


 木村はため息をついた。

 大人しく吸っているからまともなやつかと思ったが違った。

 静かにぶっ飛んでいる。星の話をしだしたらもう駄目だ。力尽くしかない。


「一等星は何て言ってるの?」


 導き手が、薬中の言葉にのっかった。

 悪乗りしているようである。けっこうノリが良いのだろうか。


「星々の彼方まで響く歌を、地の底の果てまで届けさせよう、となぁ」


 まともっぽい会話だが、まったくまともじゃない。

 なぜか恥ずかしくなり木村がアコニトの手を引けば、彼女は認知症の老人のようにひょこひょこと付いてくる。

 これはなかなか珍しいことだ。狐の散歩をしている気分になる。


「すみません。ちょっと、いや、かなり頭がおかしくなってて」

「わかってるよ。――気をつけてね」

「ありがとうございます」


 簡単に別れを告げてカクレガに入った。

 おっさんもカクレガに入り、入口が閉まる。


 一番近くの部屋に入り、地図を見る。

 地図はまだ変わっていない。冥府のままだ。


「……ん?」


 ミッションを制覇したためか、暗かった地図が徐々に埋まってきている。


 中心よりやや右よりに縦線が一本、全体を分断するように引かれている。

 この線は、タルタロスとエレボスを分けた門と壁だとすぐにわかった。


「もしかして、このマップって――」


 冥府全体のマップはシンプルだった。

 横長の長方形だ。


 それを横二つに分断するように縦線が一本。門と壁だ。

 細かい地名を無視すれば、これの地図の形は窓、あるいは扉に見える。


 これが扉なら、冥府にいるオレンジというのは竜なのか?



 答えを知ることもなく地図は変わった。


 ×印のたくさん付いたデモナス地域が表示される。


 冥府の冒険は終了し、無事に地上へ戻ってこられた。


 これでしばらくは穏やかな日々が続くと木村は考えた。


「全ての進行ミッションが達成されたな。導き手からの追加ミッションが出たぞ。しっかり取り組むんだ」


 しかし、コラボイベントは地上に戻ってもまだ終わっていなかったのである。



 地図部屋の中心に金の筺が現れた。

 木村はフルゴウルを見るが、彼女の仕業ではないようだ。


 そうなるとイベントボス撃破の報酬だろう。


 さっそく開けてみる。

 ガチャチケットの他にも、様々な素材がたくさん出てくる。

 カラオケ部屋もすぐに建設することができそうだ。


「……成長素材が多いな」


 素材は多いが、特にスキルテーブルを進める素材が目に付く。

 前衛を鍛えるために使う素材が中心だ。


「あ――」


 木村は、ようやくこの素材が何なのかに思い至った。


 テュッポに投資した素材がそのまま返ってきているのである。

 それはつまり永久離脱だ。テュッポはもうパーティーに帰ってこないとシステムが示している。


 ちゃんと別れの言葉も告げてない。

 苦しい状況でずっと助けてもらって、お礼も言えてない。

 最後までガハハ、わははと笑っていた。彼の奇妙な笑い声を聴くことはもうできないとわかった。


 木村は自らの目元が潤んでいると感じた。

 ここ最近では珍しいことだ。多くの人が死んでも「はいはい」くらいだったのに。

 数日しか一緒にいなかった人でもない存在との別れが、なぜこんなにも目に来てしまうのか。


 彼と同様に他のキャラもいつか消えてしまう日が来るのだろうか。

 想像するだけで、なぜか目元が潤んできてしまう。


 溢れ出るモノを抑えようとすればするほど、かえってこみ上げてくる。


 木村は黙って部屋に歩き、目から流れ出るものを隠すように枕に突っ伏した。


 





 翌日になり、気を取り直すため単発ガチャを引いた。


「吾輩はテュッポである。人よ、神よ、この怪物を怖れるが良いぞ」


 腕組みをした魔物がボロボロの木の扉から出てきた。


「涙を返して」


 魔物はガハハと笑うだけだ。

 木村もつられて笑う。


 こうしてコラボイベントのストーリー部分は終わった。

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