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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅳ章.レベル31~40
51/138

51.コラボ「生きてた頃より美しく」5

 エリュシオンなる都市が見えてきた。


 多くの建物がぼんやりとした光に覆われている。

 遠くから見ると、都市の部分と周囲との明暗がはっきりとしすぎていて、衛星写真から撮影した夜の都市と地方の比較のようだ。


 ミッションで出てくるランパスは異常なほど弱くなってきている。光の強さが木村でもわかるほど弱々しい。

 野良ランパスらしいが、野良犬と同じレベルの扱いだ。出てきたのも実寸大の犬の魔物だった。


「私の知っているランパスはこれでした。外は怖いところですね」


 まさにランパスを倒した横でルーフォが告げた。

 地表に出てきたときは、ほとんど何も喋らないので珍しい。

 彼女が言う「外」というのが、「エリュシオンの外」ということは木村もわかった。


 今まで恐怖の対象と見ていたモノよりも、さらに危険度の高いモノを見ると、これまでに見ていたモノへの恐怖が薄れる。

 麻痺の一種だろうが、ゲームとかで自分が強くなるならまだしも、今回のルーフォのように自らが強くなったわけでもないのにこの麻痺が入ると危険だ。

 対象への正しい恐怖判定ができなくなってしまう。


「吾輩のようなものを、しっかり怖がってもらわなけば困るぞ!」


 テュッポが「ガハハ」と笑っている。

 ルーフォもテュッポの物言いに笑っていた。

 テュッポはいかにもな魔物なのだが、ルーフォは彼を怖がっていない。

 見た目とは裏腹に紳士的であるし、彼女をしっかりと守っていることが多いからだろう。


「早く元の生活に戻りたいです」

「――そうだね」


 同意はしたが、木村にはすでに諦めが混ざってきている。

 ついにルーフォ本人がフラグを立ててしまった。


「ルーフォさんは、戻ったら何がしたいですか?」

「思いっきり歌いたいです。朝までコースで喉を酷使したい」

「吾輩も一緒に歌ってしんぜよう!」

「歌うときは一人が……、いえ、でも――」


 趣味のヒトカラだろう。

 施設候補の中に音楽室があったことを木村は思い出した。

 もしも彼女のささやかな願いが潰え、自分たちに付いてくることになったときはポイントを最優先で投入しようと決めた。


 もちろん彼女の願いが潰えないよう、全力で支えなければならない。




 結論を言ってしまえば無理だった。


 ルーフォの願いは叶わなかった。エリュシオンは壊滅した。


 壊滅にあたり何が起きたのか、木村たちが行動を起こさなかったのかは説明する必要があるだろう。


 説明したところで木村の注意力不足、あるいは因果応報になってしまう点は否めない。

 ただ、注意したところで防げたかと言えば、そんなこともない。

 滅ぶものは、やはり滅ぶべくして滅ぶ。


 壊滅の主たる原因は、異世界における大半のものと同じだ。


 すなわち、討滅クエストである。



 木村たちは小さなミッションをこなしつつ、エリュシオンに近づいていった。


「キィムラァ。ミッションが更新されたぞ。“エリュシオンの守護獣を一体倒す”だ。強敵になる。しっかり準備するんだぞ」


 おっさんの口ぶりからするにどうやらボスらしい。

 タルタロスの門前で、ヘカトンケイルなる巨人を倒すミッションが出たときも同じことを言っていた。


 逆順で考えれば、エリュシオンステージでのボス戦だ。

 エレボス領域のボスがヘカトンケイルなら、それよりも弱いことが予想される。

 弱いからと言って油断するわけにはいかない。どんな敵なのか知っておくことは重要だろう。


「エリュシオンの守護獣ってどんなのか知ってますか?」


 知っているとしたらルーフォしかいない。

 彼女も都市の外のことはほとんど知らないので望み薄だ。


「聞いたことはあります。エリュシオンの周囲には、エリュシオンを守るためにエレボスから遣わされたランパスがいる、と」


 わかってはいたが情報は少ない。

 ルーフォが知らないことは、守護獣がしっかり働いている証だろうか。

 彼女が知らないところで、外敵からエリュシオンを守っている。そもそも外敵なんて現れるのか?

 木村が見た限りでは野良のランパスくらいしか記憶がない。


 この付近の野良ランパスはどれも雑魚ばかりだ。

 雑魚とは言っても、エリュシオンの住人からすれば脅威なので、守護獣は野良ランパスを倒すための存在とも考えられる。

 そう考えれば、守護獣の強さも知れている。



 カクレガが止まった地点から、ブリッジで外の景色を見る。


「いた。あそこだね。出よう」

「神気は多くありませんね。エレボスの官吏のほうが強いくらいでした」


 どうやらランパスではないようで、木村の目に守護獣とやらはまったく見えない。

 暗闇の中を闊歩しているらしい。むしろ、その方が木村には怖い。


 とりあえず魔力センサー持ちの二人の言葉を信じて外に出ることにする。


 メンバーは冥府に来てからお馴染みになった四人だ。


 アコニト神、いるだけルーフォ、頼れる前衛テュッポ、回復以外はなんでもOKのフルゴウルである。


 アコニトにも守護獣の姿が見えないようで、テュッポとフルゴウルがおびき寄せることになった。

 狐は夜行性だったはずなので、アコニトは夜目が利くと木村は思っていたがそんなことはなかったようだ。

 人と狐の悪いところを取ってきたのが、このアコニトと言える。


 戦力の話に戻ると、二人でも余裕そうである。

 フルゴウルとテュッポだけでもがんばれば倒せそうだ。


「――なんかおるぞぉ」


 アコニトは明後日の方向を向いて煙管を吸っていた。

 おっさんが注意するかと思ったが、おっさんもアコニトと同じ方を向いている。


 木村も何だろうかと見ればランパスがいた。


 赤紫色の灯火が宙をたゆたう。


「アコニトはランパスの対処をお願い」


 木村はすぐさま対処した。

 あからさまに面倒そうな顔でアコニトが頷きもせず歩いて行く。

 予想外の遭遇戦だが、ここらのランパスならアコニト一人でも余裕だろう。


「儂の葉っぱタイムを邪魔した代償は高く付くぞぉ」


 ボス戦とあってか、危険な葉っぱではないようでアコニトの意識も正常だ。

 これなら苦戦はしそうにない。正常時であれば、エースは間違いなくアコニトだ。


 アコニトがランパスへと歩いて行くと、カクレガの入口がせり上がった。

 戦闘メンバーじゃないため出てこられないようだが、入口部分からウィルが必死の形相で木村を見ている。


「逃げてください! 異常な神気反応があります!」


 叫びに似た声が、外に出ていた全員へ伝わる。

 アコニトは気だるげに振り返り、フルゴウルやテュッポも守護獣から距離を取った。


 赤紫色のランパスが形を為していく。


 赤紫色の光は浮いたままで、白い骨が現れてくる。

 蛇のような胴体に、腕と爪が生えているが、全てが骨である。

 頭の骨格がランパスの部分に出てきて、眼の部分からランパスの赤紫が灯り瞳となった。


「なんで、ここに……」


 木村やアコニト、ウィルにはお馴染みの姿である。

 討滅クエストで二回戦目に現れる屍竜だ。


「――あっ」


 木村は思い出した。

 前回の討滅クエストが終わった際にトロフィーが追加されていた。


 説明文の中に何か書いてあった。内容が頭に浮かんでくる。


“あなたは屍竜を倒した。屍竜は冥府の灯と成り果ててなお、生者を憎み探し求める。生者なき世界で――”


 読んだときは冥府なんて行かないと思って、軽く読み流していたので完全に忘れていた。


 木村が、屍竜がなぜここにいるのかわかったところで、屍竜の動きが止まるわけではない。



 屍竜は地上で現れた時と同様にうなりをあげる。


 地表であれば、お供の四体の竜が変化を始めるのだが、今回は屍竜本体が変化を始めた。



 骨がランパスのような光に包まれ消えていく。

 光の色は赤、青、黄、緑とお供の竜たちと同じ色だ。


 色がぐちゃぐちゃに混ざり合い、またしても形態変化をした。


 見た目は討滅クエストの最初に出てきた竜に似ている。

 ザ・ファンタジー世界の竜といった姿だが、肉体ではなく光で構成されていた。

 羽も大きな二枚ではなく、赤・青・黄・緑の四色である。

 体は初期の雷を使ってころの金色に光り、瞳は赤紫色が怪しく灯る。


「もはや屍竜でありませんね。冥竜とでも呼びましょうか。とにかく逃げましょう」


 形態変化を見つつ、木村たちはカクレガの入口に戻ってきていた。

 守護獣は木村たちよりも、冥竜をより危険度が高いとみてターゲットを変えている。


 カクレガに入った瞬間に戦闘は始まったらしい。


 戦闘音はたった一度しか聞こえなかった。


 一撃で葬り去ったのだろう。



 冥竜が現れ、ブリッジで様子を確認した。


 どうやら冥竜はカクレガを見失ったらしい。

 モニターを見ていても、相手から見つからないのは強化のおかげだろう。


「あれは倒せませんよ」

「同感だね」


 魔力センサー持ちの二人が勝てないと言うからには、こちらの戦力と隔絶した差があるのだろう。

 屍竜の魔力が当時のメンバーの四倍だったので、少なくともそれ以上ということだ。


「キィムラァ。ミッションが更新されたぞ」


 おっさんはマイペースだ。

 冥竜が守護獣を倒しても撃破にカウントされるらしい。ありがたい。


「次のミッションは“都市エリュシオンの指定座標へ行く”だ」


 木村はほっとした。

 まさか冥竜を倒せとかだったらどうしようかと思っていたところだ。


「……まずいですよ」


 木村はウィルがまずいというのが何かわからなかった。

 モニターを見て、ようやく意味がわかる。


 まるで蛾のように、暗闇に灯る光へと冥竜は進んでいく。

 光とは冥都エリュシオンに他ならない。


「冥竜の行き先は僕たちと同じです。しかも、僕たちよりずっと速い」


 討滅クエストの残滓が、冥府にまで達しようとしていた。




 やはりコラボイベントは逆順に進んでいたようだ。


 ミッションが簡単すぎる。


 どこどこを訪れよ、誰々のところへ行け、某を倒せばかりだ。

 しかも、それらは一瞬で達成されていく。カクレガから出る必要すらない。

 全て冥竜が破壊か殺すかして、目標を消しているからである。


「キィムラァ。次のミッションは“治安維持員の撃破”だ。ミッションが達成されたぞ。次のミッションは――」


 おっさんが次々にミッションとその達成を言っているのが不気味だ。


「フルゴウルさん。悪いんですけれど、ルーフォさんを部屋まで連れて行ってあげてもらってもいいですか」


 フルゴウルも頷いて、彼女をブリッジの外へ誘導した。

 ルーフォも最初の頃はエリュシオンが破壊される様を見ていたが、奇声を上げて、ついに黙りこくってしまったのだ。


 死んでも涙は流れることを木村は知った。

 セリーダの時と似ている。彼女もこうやって壊れていった。


 カクレガがエリュシオンにたどり着くと、すでに冥竜はエリュシオンを破壊しつくしていた。

 探しているのは木村たちだろうが、今さら外に出ても遅いだろう。


 冥竜を倒すべく、守護獣とやらが破壊されたエリュシオンに来るが焼け石に水だ。

 止めることすらできない。空に浮かぶ赤紫色の雲が雷光を発し、都市へ無差別に落ちていく。

 ゲイルスコグルにやられた経験から光の剣を覚えたようで、雷光が幾千の剣となって都市に降り注いでいた。

 それだけでなく、四枚の翼が光れば、炎・氷・地割れ・竜巻と災害がエリュシオンを無秩序に襲う。


 冥竜の破壊行為は執拗だった。

 都市の住人や建物を全て消し去るつもりだろう。


「不愉快だ」


 ルーフォを部屋に送り、戻ってきたフルゴウルが眼を開いたまま呪詛のようにこぼす。

 ただでさえ目を開けると怖いのに、怒っているとさらに怖さが倍になる。


「何がそんなに不愉快なんですか?」

「あの金色の体がだ」


 ……イメージカラーを奪われて怒っているのだろうか。

 小学生かな? 木村は笑うところか判断に迷う。


「黄金が力を示すのは良い。だが、あまりにも破壊的すぎる。美学を感じない」


 竜に美学を求めるのか。

 もしも体が黄金じゃなかったら言わなかっただろうに。


「吾輩も不愉快である」


 テュッポもなぜか怒っていた。


「テュッポさんはどうして不愉快なんですか?」

「あの蜥蜴は吾輩の宿敵と似た技を使いおる」


 それが怒るところなのか。

 木村は首をかしげる。


「体が金色のところも気にくわん。まさにあやつのようである。それでいて戦い方が美しくない。もはや汚物であろう」


 あやつが誰かは知らないが、フルゴウルと似たようなレベルである。

 汚物とは言うが、強い汚物は脅威だ。


「キィムラァ。最初のミッションが開示されたぞ。ミッションを達成してストーリーを進めていくんだ」


 おっさんも訳のわからないことを言っている。

 言っているおっさんも意味がわからないと首をかしげていた。

 どうやらシステム上の矛盾に悩まされているようだ。触れないようにする。


「ファーストミッションは――“冥府の導き手と会話をする”だ」


 その導き手がどこにいると言うのか。

 死んでいるのではないかと木村は思ったが違うとすぐに否定する。

 もしも死んでいるなら、ミッションがすぐさま達成されるから死んではいない。


 どこかにいる。

 しかし、出てくる気はないようだ。

 そりゃこの状況で出てきてくれるわけもない。


「やはりこの世界でも“冥府の導き手”がいるのであるか。それなら吾輩の旅程もここまでであろう」


 テュッポが組んでいた腕を解いた。


「みなのもの。世話になった。せめてもの礼である。あの汚物は吾輩が片付けよう。もはや我慢ならん」

「えっ?」


 木村は話の流れがまったくわからない。

 テュッポが自らの旅の終わりを告げたのも、冥竜を片付けるというのも理解できない。


「キィムラァどの。最後に一手間を頼みたい。真の力を引き出す『すぺしゃるすきる』というのは吾輩も使えるのであろう」

「いや、あれは――」

「使えるぞ」


 木村が否定しようとしたところで、おっさんが肯定した。

 おかしい。スペシャルスキルは☆4以上でないと使えないはずだ。

 ☆3以上でも使うようになるようだが、スキルテーブルをかなり進行しなければならない。

 ましてや☆2のテュッポが使えるはずがない。


「使えるのは一度きりだ。使った後にどうなるかはわかっているな。――本当に使うのか?」


 テュッポは無言で肯定する。

 議論も確認も言葉で語ることはすでにないようだ。


「少し待つんだぞ」


 おっさんがブリッジを出て行き、帰ってくると手に酒を持っていた。

 このおっさんは酒を集めるのが趣味のようで、あちこちのところで酒を集めている。

 死んだ住人の家から集めるのは良い趣味と言えないが、クスリよりはだいぶマシなので黙っている。

 ちなみに飲むのではなく集めることが楽しいらしい。アコニトが勝手に飲んだときは、激怒して空瓶で彼女の脳天をかち割っていた。


「持っていくんだ」

「かたじけない」


 以前も見た流れだ。

 遠征に行くメンバーの餞別に贈っていた。

 ずいぶんと昔のことのように思える。彼らは元気にやっているだろうか。


「征くか! 金ピカを潰すのは久方ぶりである!」


 テュッポは気合いを入れて、ブリッジから出て行く。

 話の流れが見えないながらも、木村たちは彼の後を追う。


 傷心のルーフォには悪いが、またすぐに外へ連れ出すことになる。

 彼女は抵抗もなく、ぽとぽとと歩いて付いてくる。




 テュッポはカクレガの入口が開くと、堂々と外に出た。

 冥竜も木村たちに気づいたようで、歓喜のうなりをあげている。


「フルゴウル殿」

「何かな?」


 テュッポがフルゴウルを呼ぶ。

 しかし、彼は振り向かない。まっすぐ冥竜を見据えていた。


「聞くところによれば、貴女は黄金の時代を築こうとしているようであるな」

「――そうですよ」


 フルゴウルが木村を目を薄く開いて見てくる。

 いかにもテュッポに話したのは木村で間違いない。

 テュッポがしつこく聞いてきたので、話してしまったのだ。

 フルゴウルも普段は明後日の方向を見ているのに、こういうときだけしっかり木村を睨んでくる。


「吾輩の宿敵もまた、黄金の時代を築いた。覚えておくと良い。黄金の時代を築くとき、吾輩のようなモノが立ち塞がることになる。されど立ち止まってはならん。世界が敵であろうとも黄金の輝きを持って打ち砕くのである!」


 木村にはよくわからない話だった。

 フルゴウルは何か思うところがあるようで黙って聞いている。


「貴女は知謀策略を得意とするようだ。それも良し。しかし、策略だけで世に輝きは満ちないのである。キィムラァ殿。黄金の輝きを確かなものとするに何が必要と思われるか?」


 いきなり質問が飛んできて木村は困惑する。

 少し考えて思い至った。こういうときの最善の答えである。


「――心、でしょうか?」


「否。必要なのは力。絶対的な力である」


 やはり暴力。

 暴力は全て解決する。

 おっさんと似ていると感じたのはこのあたりか。

 真面目に考えて損をした気分だ。


「ルーフォ殿。吾輩という怪物が、恐怖を持って貴女の悲しみや虚しさを追い払ってしんぜよう!」


 テュッポは「わはは」と笑っている。

 笑うところではない。ルーフォも意味がわからないという顔をしている。


「別れの時である。吾輩の失った力を今一度だけここに。キィムラァ殿、――いざ」


 木村は先頭コマンドからスペシャルスキルを選択した。

 たしかにテュッポが白く光っている。


 木村はテュッポを選択する。


 テュッポが緑色の炎となって燃え上がった。

 細い竜巻となって、緑の炎が暗い空に立ち昇っていく。


〈我が母ガイア、我が父タルタロスよ。その偉大なる御身らにを足降ろすことを許されたい〉


 冥竜の広げていた赤紫色の雲を突き破り、さらにその上へと緑色の炎は昇る。

 こちらを見ていた冥竜も、空へと頭を動かした。


〈大地母神の怒りすさまじく、されども黄金の輝きは止めることあたわず。いっそうの輝きを持って遍く星々を貫く〉


 広範囲に広がる赤紫色の雲の上に、緑色の雲が広がっていく。

 雲の広がりはすさまじく、地平線の彼方までもが緑の雲に包まれているようだ。


「異常な、あまりにも膨大な神気反応です。神気が吹き荒れている」


 ウィルも右に左にと落ち着かない。

 フルゴウルはただ上空をジッと見ていた。


〈しかれども幾億の雷霆も、大地母神が末子を貫き通すことかなわず。――母よ。誇られよ。かの黄金を破った、此の唯一無二を――〉


 地平の彼方に大きな蛇がにょきにょきと現れた。

 一匹や二匹ではない。数十、数百、数千の大蛇が見渡す限りの地平線から、炎の瞳で木村たちをねめつけている。


〈吾輩こそ、黄金を阻むもの――テュポーンである〉


 突如、風が吹き荒れる。

 木村たちは倒れ、冥竜の展開していた赤紫色の雲も吹き飛んでしまう。

 冥竜も風によりバランスを崩し、空をふらついていた。おっさんだけが揺れることもなく、立って空を見ている。


 空にテュッポがいた。


 ただ、顔の大きさが空の大半を占めている。

 さらに肩から大量の大蛇が湧いており、地平線に見える大蛇は全てその肩から出てきていたものだった。

 胴体から先は、地平線の彼方に消えていて見ることすらできない。


 ゲームなどで必殺技が過剰なエフェクトで描かれることがある。

 星を潰したり、山を砕いたり、海を割ったりだ。これもその一種だと木村は考えた。

 ゲームなら「はいはい、誇大表現乙」としらけるところだが、実際に目の当たりにすると言葉を失ってしまう。

 今まで見たアコニトやゾル、それに敵ながらゲイルスコグルといった敵の技とは規模が違いすぎる。これまでの戦闘がお遊びだと思えるほどだ。


「汚物がずいぶんと楽しそうに怪物の真似事をしていた。真の怪物と破壊、――恐怖を教えてやるのである」


 地平の果てから睨んでいた蛇が、一斉に木村たちの方へ這い寄ってくる。

 一匹の蛇が地面から出てきて、木村たちを頭の上に乗せ、冥竜から距離を取った。


 数千の蛇に睨まれ、さすがの冥竜も身動きが取れず固まっている。

 蛇に睨まれた竜であった。


 幾万の蛇たちの口が開き、喉の奥から緑色の炎が流れ出てくる。

 まるで溶岩のようにドロドロとした緑の炎が、冥竜を包み込んでいく。

 冥竜の叫び声は上がるが、なかなか死にきれないようでいつまでも叫び続けていた。


 強さの次元が違いすぎる。

 しかも、エフェクトがどちらかと言えば敵寄りだ。


 ここで木村はようやく理解した。

 今回のコラボイベントのラスボスが誰だったのかを――。


 緑色の炎が消えると、冥竜は跡形もなく消えていた。

 冥竜どころか大地すらぽっかりと穴が空いてなくなってしまっている。

 エリュシオンの跡地は完全に焼却されてなくなってしまった。


「吾輩は、常に一人で戦ってきたのである。それ故に、此度の旅程はなかなかに新鮮であった」


 周囲の大蛇が消えていく。

 木村たちを乗せていた蛇も、地上に木村たちを降ろすと消えてしまった。

 空に見えていたテュッポも薄くなってきている。


「かの黄金も、一人ではなかった。奴が再び立ち上がることができた所以も今ならわかる。フルゴウル殿、貴女の黄金の道を彩る、多様な光があらんことを――――」


 それだけ残して、テュッポは空の闇に消えてしまう。



 木村たち、空いた穴、暗い空、広がる大地だけがこの場に残った。


「終わったね」


 いや、もう一人いた。

 木村たちは背後から聞き覚えのない声を聞いた。


 木村たちが振り返ると、紫の髪の女がいた。

 女は場違いなほど楽しそうな笑みを浮かべて木村たちに対面している。



 真のボスはどこかへ消え去った。


 しかし、ファーストミッションは未だに達成されていない。

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