50.コラボ「生きてた頃より美しく」4
門を越え、ミッションに従って中ボスを倒した。
ヘカトンケイルとかいう腕と顔がたくさんある巨人だ。
手数は多いものの、最初にいた巨人の方がまだずっと手強い。
「どんどん簡単になっていく」
最初のミッションが異常すぎた。
いまだにあの巨人より強い敵が出てこない。
すでにタルタロスを出て、エレボスとかいう地域に入っている。
深度で言えば、どんどん浅くなっているわけだ。
次のミッションも“裁定の場を通過する”と非常に簡単そうだ。
もしかして、このまま一気にイベントクリアできてしまうんじゃないか。
「キィムラァくん。君はこのミッションがとても簡単だと思っているんじゃないか?」
「まさに思っていたところです」
「正直な回答だ。君がそう思うのは無理もない。しかし、よく考えてみて欲しい。内側にいる勢力が団結すれば門を突破することも可能だろう。なぜ彼らはそうしないのか」
あの門が突破できるとは考えにくいが、タルタロスの奥にはさらに強い存在もいるかもしれない。
全員が力を集中すれば門も破壊できる可能性がある。
そもそもカクレガのように地面の下から潜ればあっさり突破できそうだ。
質問の意図と逸れてしまった。
聞かれているのは「突破できるとして、なぜ突破しないのか」だ。
「……なぜですか?」
考えるのが面倒だったのでそのまま尋ね返した。
「突破したところで意味がないからだよ。門はしょせんハードであり、最終的な防壁は人であるという原則による。視点を変えれば、門は巨人たちの行動を制限している。代わりに門は彼らを絶対的な力から守っている。門から出ない限りは手を出さない、とね」
そこまで言われると木村でもわかってくる。
「つまり、ここには巨人たちよりも強い存在がいるということでしょうか?」
正解のようでフルゴウルが頷いた。
あの巨人より強いと言われても木村にはピンとこない。
尻尾鎧のようなものが、うろついていると考えれば良いのだろうか。
「私も裁きを受けたときに目にした。はっきり言おう。勝てる相手ではない。だからこそ、私はこちら側ではなく、タルタロスの奥に希望を見いだし進んだ」
そういう理由があったのかと木村は相づちを打つ。
しかしながらこちらに戻ってきてしまっている。
「ルーフォも言ってたけど、その裁く人が強いってこと? 閻魔様なんですか?」
「エンマ様というのが何者か知らないが、ハデスという神の一柱だ」
聞いたことはある。
ゲームでもときどき耳にする名前だ。
たしかゼウスやポセイドンらの兄弟じゃなかっただろうか。
神話にはさほど詳しくないので、ゲーム内での関係性くらいでしかわからない。
ただ、彼らの強さは漫画でも目にすることはあるが、ハデスというとあまり強い印象がない。
しかし、木村でも知るくらいには有名な神である。
名前からして、カゲルギ=テイルズの出身に違いない。
そうなるとゲイルスコグルと似たような立ち位置だろうか。
どんどん嫌な予感がしてくる。
今回はゲイルスコグルよりもさらにメジャーな神だ。
ゲイルスコグルですら手が付けられないのに、さらにメジャーな神ってどうなるんだ。
木村の心配を余所に、カクレガはエレボスを突き進んでいる。
何もなかったタルタロスと比べれば地形が豊かだ。
丘や川、貧相ではあるが木だってある。
川には船だって浮かんでいる。ひょっとして三途の川だろうか。
エレボスに入ってもやはり太陽どころか月もない。空は真っ暗なままだ。
空は真っ暗でも良いのだが、真っ暗な川はなぜだか見ていてとても恐怖を感じる。
「ランパスが多いね」
「多すぎます。私が来たときはこんなにいなかったです」
ルーフォがブリッジから外を見てもらした。
この多さは異常らしい。
エレボスはとにかく明るい。
空は暗いが、地上はランパスにより照らされている。
ランパスの光が何十もの列を為している。
魔物や、羽の生えたランパス、犬っぽいが犬とは何か違う生物がランパスの列を管理していた。
行ったことはないが、コミケの会場はもしかしてこんな感じなのかと木村は思った。
「このごろ死者が増えたとは聞いていましたが、こんなに増えたんですか。エリュシオンでも仕事が増えたのはこれで……。ここまでの死者となると地上で戦争か流行病でもあったんですね」
「……そうなのかも」
木村はルーフォの言葉を聞き、死者が増えた原因に思い当たった。
まさかの自分たちである。
帝都、グランツ神聖国、獣人の郷、デモナス地域と多くの存在が死んできた。
それらの存在がここに殺到しているのではないか。
まだ確定したわけでもないので、木村はあやふやな回答でごまかしておいた。
「キィムラァ、カクレガの強化をしておくべきだぞ」
今日もおっさんが言ってきた。
ここのところカクレガの強化を勧められる。
なんでも障壁や隠密性能を高めておいた方が良いと言う。
ただ、今のところ強化をしなくても特に問題はない。
カクレガの拡張時に性能もアップするようなので、それで間に合っている。
アコニトの自爆が尻尾鎧の自爆くらいになれば、さすがに強化を考えるだろうが今は必要ない。
ただでさえルーフォやフルゴウルの部屋を作りポイントが減った。
しかも、あまり役に立たない橙色のガス発生装置も、ちゃっかりポイントを奪っていったようだ。
今はブリッジをさらに強化すべく、ポイントを溜める時期である。
「また今度ね」
そのため、今日も同じ回答を返した。
カクレガはランパスの列に沿って進んでいく。
列もいよいよランパスの先頭付近に来た。
ウィルも訓練が終わったようで、ブリッジにやってきている。
フルゴウルやルーフォとも一緒に外の光景を見る。
「まもなく裁決の場だ」
ミッションにある“裁決の場”に近づき、カクレガのスピードが緩やかになった。
法廷みたいな建物を木村は考えていたのだが、外で行われるらしい。
地面に間隔を大きく開けて椅子が三つ置かれている。
それぞれの椅子に魔物がどっしりと座っていた。そこそこ大きい。
彼らから見えるところにランパスが一体出てきて、「エレボス」と一体が声を出す。
残りの二体も同様に「エレボス」と声を出し、ランパスは別の魔物に連れて行かれてしまった。
すごいアナログな裁定だ。
まさかこれを何万もの魂でおこなうのだろうか。
いったい何日かかるかわからない。列で待つのもつらいだろう。
「人によるようだね。私は並ぶこともなく、すぐにタルタロスへ送られたよ」
「それは……」
どうなんだ?
木村も判断に困るところだった。
そんな存在がパーティーにいることをどう受け止めればいいのか。
「えっ、なに? 大丈夫?」
フルゴウルと話していると、ウィルが目に付いた。
彼は顔面を蒼白にして、汗がすごい勢いで流れている。
隣にいたルーフォもほぼ消えかけている状態だ。
「本当に、何も感じないんですね」
ウィルは声を抑えて話している。
まるで聞かれるとまずいと言わんばかりの小声だ。
「これが普通の反応だよ。実は私も先ほどから目を閉じている。開ければウィルくんたちと同じようになるだろうからね」
フルゴウルは普段から細目なので、閉じているときと区別が付かない。
それより何がそんなに問題なのかが木村にはわからなかった。
思いつくのは座っている三体の魔物だ。
「あの椅子に座ってる三体の魔物はそんなに強いの?」
「いえ……、奥に、いるでしょう」
椅子に座る三体の魔物。その奥を木村は見た。
やや高くなっている位置に、魔物と同様に座っている男がいる。
見た目は人だ。顔はイケメンだが、全体から陰気な雰囲気を感じさせる。
黒い髪に黒い衣装、葬儀屋かと思うほどだ。かなり疲れているようで眉間を揉んでいた。
「……強いの?」
木村にはまったく強そうに見えない。
どんな化物かと思ったが普通に人のようだ。
なんならテュッポや巨人のほうがずっと強そうである。
「神気の量はゲイルスコグルよりも少ないですが、神気の質が……」
「質?」
量の話は聞くが、質の話はあまり聞かない。
ゲイルスコグルのときはそびえ立つ柱のようなとか言っていたくらいか。
あれも量の話なのか、質の話なのかも木村には判断が付かない。
「密度が濃すぎます。粘性の強い真っ黒な液体に沈められ、身動きが取れないような。暗黒そのものです」
「暗黒――良い表現だ。実は私にも彼がよく見えなかった。あまりにも異質な存在だ」
さすがは神レベルといったところだろう。
幸いと言うべきか、こちらからあちらの魔力は感じ取れるが、あちらからは気づかれてない様子だ。
あのレベルからすると、こちらのレベルがあまりにも低すぎるということもあるのかもしれない。
もしくは裁定に気を取られ、こっちを見るどころではないかだろう。
この機に乗じ、静かに通り抜けさせてもらうことにしよう。
「HE-Y! 空を飛ぶ時ッ間だぞぉ! ふっふー! ふっふふー! ふえぇええい! アッコニト・タァーイム! フィーバー!」
最低の存在が最悪のタイミングでやってきた。
すでに頭は空へ吹っ飛んでいる。
「おっさん。黙らせて」
「くるなぁ! 儂の征く道を遮るなぁ! どけぇ! 許してなるモノかぁ! びゃああああ!」
アコニトはおっさんから逃げつつ毒煙をまき散らしていく。
暴れたが抵抗むなしくあっという間に絞められた。
アコニトタイムはただいまをもって終了である。
木村がウィルやフルゴウルに向き直ると、彼らは全員がモニターを見ている。
いつも余裕のあるフルゴウルですら唖然とした様子であった。
恐る恐る木村もモニターを見た。
ハデスをはじめ、他の魔物たちもモニターを見返している。
彼らの冷たい視線が確かに木村たちを捉えていた。
「気づかれたようだぞ」
「逃げよう」
おっさんが障壁を降ろしたようで、モニターの映像が消える。
移動を速めたのか、加速度が木村を襲った。
「キィムラァ。カクレガの強化をするべきだぞ。――今すぐに」
おっさんの声は真剣そのものである。
木村はブリッジを出て、家具のマシンに走った。
ときどき攻撃されているようで衝撃がおとずれ、床が大きく揺れる。
到着して、画面を操作し、カクレガの機能項目を急いで呼び出す。
外壁硬度や隠密性能、耐震性能に対し、溜めていたポイントを全てつぎ込んだ。
考える余裕すらなかった。
とにかく強化をしないとやられると感じた。
テュッポや怖い熊たちもカクレガには気づいていた。
相手の攻撃でカクレガが揺れるとなると、かなり久々だ。
魔力とやらは感じなくとも、恐怖を覚えるには十分な体験だった。
おっさんのチュートリアルは、もっと真剣に受け止めておくべきだったと木村は意識を改めた。
カクレガの強化を終えると、揺れはすぐさま弱まった。
しばらくすると揺れすらも感じなくなる。
「強化してきたけど……。これ、どうなってるの?」
ブリッジに戻ると、同様のメンツが残っている。
ただし、アコニトはまだ首を絞められたままだし、ウィルとルーフォも倒れていた。
「ウィルくんとルーフォさんは、ハデスの攻撃による魔力を身に受けてやられてしまったようだ。無理もない」
フルゴウルは余裕の面持ちだが、椅子から立つことはできない状態らしい。
魔力を感じたり、見ることができるのも考えものだ。
「今も攻撃は続いてる?」
「されていないぞ」
「私の眼で見たところでは配下が追ってきているだけだ。彼らはこちらの位置に気づいていない」
障壁が下りているためモニターは機能停止しているが、フルゴウルの眼だと見えるらしい。
「ハデスは?」
「最初に数回だけ攻撃してきたが、彼と側近の魔物はその場から動いている様子はない」
ありがたいことに、ハデスはカクレガの追撃は部下に任せたらしい。
彼は今も裁定の場で、ランパスの裁きをしているようだ。
裁定を続けることが現在の優先事項なのだろう。
どうかこのまま見逃して欲しいと木村は願った。
“裁定の場を通過する”という一見簡単そうな極悪ミッションをクリアした後は順調だ。
エレボスの魔物たちからもカクレガは発見されず、撃破型のミッションも奇襲をかけることで達成できている。
裁定の場から離れるほどに魔物の強さも弱くなってきて、タルタロスと同じく楽に進めている。
ランパスが光を灯す光景も終わりが見え始めた。
ぼんやりと光るものがあるが、ランパスのように動く光ではない。
木である。
生え際から葉っぱに覆われ、上に行くほど広がっている。
日本では見たことのない木だ。
「ワカメみたいな木が生えてるね」
「白ポプラの木です。エリュシオンにはこれがたくさん生えているんです」
久々にルーフォの声が明るい。
帰ってこれたという喜びと安堵が表情からもわかる。
どうやらエレボスも終わり、エリュシオンとやらに近づいてきたと推測できる。
ここにきて木村は今回のイベントがどういったものなのか考えるに至った。
おそらく――順序が逆になっている。
最初のランパス三体撃破の時点では、異世界だから巨人になると思っていたが今なら違うと思える。
あれは本当にイベント終盤の中ボスみたいな存在だったのではないか。
本当のストーリーはエリュシオンか地上の一部から始まり、徐々にタルタロスへ向かっていくはずだ。
そうしないとストーリーがつながらない。
いきなり地獄の底からでは物語どころではない。意味不明だ。
まず、カクレガがなぜか冥府に行く。
エリュシオンがあって、そこでルーフォに出会う。
ルーフォとともにエレボスへ行って、ハデスからタルタロス行きが決定される。
そうして門を越え、タルタロスをひたすら進み巨人たちを倒し、真のボスを倒すことになるはずだ。
ただし、この仮定で進んでも問題が残る。
タルタロス深部にいるべきボスはどこに消えたのかだ。
今の仮定であれば、木村たちはまず最初にボスと出会うはずである。
しかし、ミッションでもボスは出てきていない。
単純に全てのミッションを達成しないとボスが出てこない仕様なのかもしれない。
そもそもなぜ順序が逆になったのかすらもわからない。
三つの世界が混ざったことと関係があるのだろうか。
コラボイベントの場合、通常ボスとして出てくるのはコラボ先の敵であることが多い。
コラボ先本来の敵がソシャゲの存在の影響を受けて出てくる。
そうなるとボスはルーフォの世界のキャラだ。
なお、裁定の場にいたハデスはカゲルギ=テイルズのキャラで間違いなさそうだ。
ルーフォのいた「Beautiful Wraith」世界にもハデスはいたようだが、彼女が裁かれたときに見たハデスはもっと恐ろしい見た目だったと話す。
「ルーフォさんがいた世界で、タルタロスの奥には何がいるとされてたんですか?」
「極悪人です」
それは前にも聞いている。
木村は具体的な名前が知りたかった。
ルーフォも木村の心情がわかったようで謝ってくる。
「すみません。縁のないところなので……」
それもそうだ。
木村だって、地球の犯罪者を知っているわけでもない。
国際指名手配を受けている人物の一人だって名前を挙げられない。
平和なところで暮らしていると、あまりそういった地域や存在と関わらなくなってくる。
コラボイベントタイトルの「生きてた頃より美しく」も意味をなさないタイトルになった。
正規の流れでは、ルーフォが戦いに慣れて来て、最後のボス戦あたりでルーフォの美しい決意表明で終わる話だったんだろう。
ところが、逆順になったことで戦いに対する恐怖が埋め込まれ、見どころが一つもない。
それでもルーフォは何もしないのは悪いと思っているようで、できることをしてくれている。
ただ、できることがどうしてアコニトのマッサージなのかはわからない。
マッサージ士の資格を持っているとは聞いた。
アコニトもルーフォのマッサージはうまいと聞いている。
ぜひともマッサージのために、ここに残って欲しいとアコニトは言っていた。
言われているルーフォは乾いた笑顔で「ははは」だったので、さっさと帰してあげたいと思ったことを木村は覚えている。
「歌もめちゃんこうまいぞぉ。マッサージと歌、それに香が混ざり、もはや極楽だぁ。トブぞ」
――とはアコニトの言である。
香だけでもトんでるだろ、と心の中で木村は突っ込んだ。
アコニトから聞いたところ、ルーフォは生前は歌手を目指していたらしい。
夢破れて若くして死んでしまい、エリュシオンでは真面目に事務仕事に徹しているようだ。
もしかしてアコニトは、話を聞くことでルーフォの気を軽くしてあげてるのかと思ったが、「ないな」と判断した。
なお、今はカラオケで歌うくらいだとか。趣味はヒトカラらしい。人前で歌うと問題があるとかないとか。
歌手志望だったのに、あまりうまくないのが恥ずかしかったりするのだろうか。
きっと、このあたりの話が本来のコラボイベントでは出てきたのだろう……。
彼女は一刻も早くエリュシオンに帰ってもらい、事務の仕事をこなし、ヒトカラを楽しむ日々に戻ってもらいたいと木村は心から願っている。
だが、願ってから木村は思うのだ。
こうやって願ったことは実現されないことが多い、と。
自らが願ったから、種々の願いが実現されなかったのだとすれば――。
悪いのは、願ってしまった自分なのだろうか?
答えはいつも出てこない。
カクレガは進む。
冥府の都、エリュシオンへ。
木村の淡い願いを乗せて。




