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5.曜日クエスト

 帝都の最も標高が高い部屋でアセンドス三世は頭を抱えていた。


 王国との戦争が近く、頭を悩ませている中で、まさかまったく別の私的な案件が入ってくるとは想定外だった。


 帝都から保養に出した第四王女セリーダと連絡が取れない。

 正確を期すならば、セリーダに付けている宮廷魔法師三名と定時連絡が取れない。


 一昨日の夜の時点では連絡が取れていた。

 ハテノ鉱山近くにあるサイハテ村に到着し、翌日に鉱山を視察するという旨であった。

 セリーダも初めて見る光景に心を躍らせ、見るもの全てに感動し、歓喜の声を度々あげている、とアセンドスの聞きたかった話もきちんと連絡に含まれていた。


 昨日は視察だけでなく、周囲の散策もすると連絡に含まれていた。

 昨夜の連絡がないことは、セリーダのお守りで疲労があったのだろうと推測をしていた。

 あるいは、報告書をまとめるのに時間がかかっているのだ、と王の側近は判断し、アセンドスもこれを是とした。


 そして今日だ。

 朝にセリーダ側と連絡を取ろうとしたが、反応がまったくない。

 昼近くになっても、音沙汰がないため、何かに巻き込まれたと王と側近は判断した。

 どのような可能性があるかを一通り議論し、無駄に時間をかけた後、見に行かねばわからないという凡庸な結論に達した。


「飛龍騎士団に行かせよ。セリーダを救い出すのだ」


 王の言葉に、側近達は一瞬だけざわめいたが、すぐに落ち着き行動を開始する。

 すでに何かに巻き込まれたことは確実だ。


 王は祈る。


 ――セリーダ。どうか無事であってくれ、と。


 願いは叶わなかった。




 一方、時と場所は移って木村である。


 よくわからないことに巻き込まれたなぁと木村は考えている。


 異世界に行く話は、本やネットでも読んだことがあるし、アニメでも見たことがある。

 ただ、まさか自分が巻き込まれる側になるとは思ってもみなかった。


 しかも、カゲルギ=テイルズというゲームの中かと思っていたら、さらに別の世界だと菫狐アコニトは話す。

 最初からいた謎のおっさんもほぼ謎のままだ。


 とりあえず情報が欲しいと言うことで、アコニトの煙で催眠状態になった王女とともにナギカケ帝国の帝都を目指している。

 勝手に頂戴した馬車に揺られていたのは最初だけだった。


「キィムラァ、遅れているぞ。お前さんならできる」


 木村は馬車と並走している。

 魔法の練習ということで走らされているが、何のためなのかが木村にはわかっていない。

 おそらくスタミナが不足と見受けられての特訓なのだろう程度に考えていた。


 木村に補助の魔法をかけたのは王女セリーダである。

 この補助魔法のおかげで、影でもやしと評される木村でも馬車と並走できるほどになっている。

 しかし、補助魔法をかけてくれているセリーダはどこを見ているのかわからない目で手を叩いていた。


「キームラー、キームラー、走りさぁーい。あははは」


 控えめに言って、セリーダは催眠で精神が壊れていた。

 催眠を解いても精神が壊れると考えられるので、今の状態の方が幸せかもしれない。


 なぜかセリーダのスキルテーブルもいじることができたので、アコニトでは使わなかった素材をセリーダにつぎ込んだ。

 補助の魔法がいくつか使えるようになって、木村もその恩恵に浴している。


 主戦力のアコニトはどうか?


「空が落ちてくるぞぉ。見よ、卑小なる豚の子らよ。狸の尾が剣を持って月の湖で踊っておる。ふひぃ、ふひひっ、ひっひひひひ」


 葉っぱを吸って頭がぶっとんだアコニトは笑い続けていた。

 ときどきおっさんに首を絞められて幸せそうに眠る。


「二人の、笑い声で、頭が、どうにかなりそう」


 補助の魔法をかけているにもかかわらず、木村の息は絶え絶えで今にも倒れそうだ。

 しかし、おっさんがペースを絶妙に変え、なかなか倒れさせてくれない。


「キィムラァ、今日はスキルダンジョンに行くぞ!」

「は?」

「スキルダンジョンだ。今日は素材が落ちる日だ」

「そうなの?」


 うむ、とおっさんは頷く。

 ソシャゲでよくある曜日クエストというやつだ、と木村は理解した。


 この世界はカゲルギ=テイルズの世界ではないが、ゲームシステムとしてのカゲルギ=テイルズは適用されるらしい。

 木村にもよくわかっていないのだが、自らがプレイヤーとなっていることは、自身に与えられた力からもなんとなくわかる。


「そのスキルダンジョンは、どこにあるの?」

「そこだ」


 おっさんが指をさす。

 指の示す方向には湖があり、その中央の離れ島に祠がある。


「あの祠がスキルダンジョンだぞ」


 都合が良すぎではないかと木村は思ったが口には出さない。

 昨日も同じ流れがあった。


 ちなみに昨日は上限突破素材とやらを集めた。

 アコニトや他のキャラの成長限界値を上げるための素材だ。

 試練の塔とか言うのが、地上からタケノコのように生えていて、挑めるところまで挑んでみた。


「おい、女狐。スキルダンジョンへ行くぞ」

「よーしよし。いけ、飛ぶぞ、泳ぐぞ、負けないぞ、儂も行くのだ! ハイ、ヨーイドーン!」


 頭がトンでいるアコニトが、ブリッジをしたままの四足歩行で湖へ突っ走り、水の中へ迷いなく入っていった。


「セリーダは水魔法の特訓だ。水面と足の裏に魔法をかけて祠まで行くぞ」

「やっふー、いけますっ! おじさま! わたくしならできまぁす!」

「いいぞ。その意気だ。日々の積み重ねこそ力になるからな。しっかり挑むんだぞ」


 狂ったセリーダと謎のおっさんは相性が良い。

 プラス思考とプラス思考が掛け合わさり誰も止める人間がいない。

 少なくとも木村は止める側に回りたくなかったし、もう一柱は水の底から浮いてこない。



 途中で何度か沈みそうになったものの、何とか湖の中央の祠にやってきた。

 ちなみに何の魔法もかけられていないはずのおっさんは、木村とセリーダの横で水面を蹴って走っていた。

 昨日は試練の塔内部の壁や天井も走っていたので、もう驚きがなくなった。


 ちなみにこのおっさんの詳細なステータスは木村でも見ることができない。

 見ようとはしたのだが、「あまりジロジロと人のことをねめつけるものじゃないぞ」と諭され諦めた。

 なお、同じ口から「もっとよく見ろ。相手の力を意識するんだ。相手の体に穴を開けるつもりで見るんだぞ」という言も出ている。

 木村はもうわからなくなっていた。


 おっさんの詳しいステータスはわからないが、わずかにわかったことはある。


 ――レア度と名前だ。


 ガチャの演出でわかってはいたがおっさんは最低レアだった。

 ☆が一つという間違いなく最低レア。ちなみにアコニトは☆が五つである。

 正式な名前は「チュートリアルおじさん――プロトステラ」だが、呼びづらいので木村はおっさんで通している。

 アコニトは中年と呼び、セリーダはおじさまと呼んでいたが、本人はどうでも良さそうであった。


 おっさんが湖の底から女狐を網で引き上げ、四人は祠の中に入る。



 祠の入口から地下へ伸びる階段を降りていくと、扇状に広がる空間にたどり着いた。


 木村達の立つ地点から奥へ行くほど広がっている。

 奥の方から大小様々な魔物が現れた。


「ふむ。どうやら防衛戦のようだな。魔物がこちら側へ向かってくるから、防げるだけ防げという趣旨のようだ」


 おっさんが解説をおこなう。

 魔物達はおっさんの説明など無視してどんどんこちらに寄ってきている。

 昨日の塔は時間制限がある中で、魔物を倒すというものだったので、こちらの方が人数的に難しいそうだ、と木村は感じた。


「要は全て殺してしまえば良いのだろぉ」


 木村の考えなど知ることのないアコニトは、退屈そうに煙を口から吐いている。

 珍しく正気に戻り、セリーダの頭に自らの顎を乗せてつまらなさそうに魔物を見ていた。


 アコニトが息を吐けば、魔物達がすぐにバタバタと倒れていく。


 「どうだぁ、儂の技は」とドヤ顔でアコニトが木村を見る。

 もちろん木村もすごいと思うのだが、普段のトンでいる様子と、今も鼻から勢いよく煙を出している姿を見て素直にその力を認められないでいる。


「第二波が来るぞ。どんどん煙を吐いていけよ、女狐」


 加湿器扱いだな、と木村は思った。

 あるいは燻製機か。


 褒められ調子に乗ったアコニトが煙をどんどん吐いていき、魔物の波を次々に倒していく。

 セリーダの補助も受けており、アコニトの煙は魔物の波をさらに大きな煙の魔物と化して飲み込む。


 第六波目でようやく倒し切れない魔物がでてきた。

 木村はもちろん魔物と抑えきれず、セリーダも抑えることはできない。

 おっさんはと言えば、腕を組んで状況を見るだけだ。このおっさんはまったく戦いに参加しない。

 ときどき木村を襲おうとする魔物をにらみつけるだけで止めるので、絶対強いと木村は確信しているのだが戦う意志はないようである。

 基本的に、名前の通りチュートリアルというか案内役兼説明役に徹している。



 第六波目をなんとかクリアしたが第七波で魔物の通過を許し、スキル素材のデイリーは終わった。

 アコニトのスキルは運営(?)からの特典で強化しており、☆5もあって必要素材が多く、まだまだ次の強化はできないが、セリーダの強化はできる。


 セリーダは☆2の扱いらしい。

 ひとまずセリーダを強化して祠を出た。



 祠を出て、ご飯を食べて帝都へ進む。


 木村がふと空を見上げると、鳥とは別に十体近くの何か大きい影が見えた。


「飛び蜥蜴だな。よく訓練してある。たいしたものだ」


 おっさんが満足そうにうなずく。


「あれぇ! 飛龍騎士団じゃないですかぁ! おーい!」


 セリーダが楽しげな様子で、飛び蜥蜴に向かって手を振る。

 手を振られた方も気づき、木村達の方へと飛び蜥蜴が方向を変えた。


「でっか……」


 テレビで出てくるようなドデカい竜が木村達を囲むように下りてきた。

 竜の上にいる人間はみな鎧を着込み、手には杖や槍といった武器を備えている。


「動くな! 我らは飛龍騎士団! 勅命を受けてこの場にいる! 動けば王への叛逆とみなす!」

「ケインじゃないですかぁ!」


 動くな、と言われたばかりなのに、セリーダは名乗りをあげた騎士に大きく手を振った。


「姫様! ご無事で!」

「はぁい! わたくしはこのようにとぉっても元気です!」


 元気だが無事ではなかった。


「姫様……、何かご様子が」


 周囲の騎士達も安堵の様子から、怪訝な雰囲気を示し始める。


 木村は困っていた。

 何と説明すべきか言葉が見つからない。

 怪しい煙で頭がトンでますなどと言えば、そのまま殺されそうである。


「貴様ら、事情を説明してもらおうか」


 飛龍騎士団がセリーダを背後に匿うと、彼らは武器をかまえ、木村達を囲む。


「無礼者! ハテノ鉱山にて、数多の魔物に襲われ、命からがらとなった貴公らの姫を救ったのは誰か?! さらには、魔物まで討伐し、帝都まで姫を送り届けようとしたのは誰か?! 全てこのキィムラァである! 貴公らは、姫の命の恩人ともいうべき人物に武器を向けるのか! 騎士団の誇りはどこにあるか?!」


 おっさんがお得意の大音声で吠えた。

 あまりの声に騎士団員だけではなく、彼らの乗っていた飛龍すらも恐れおののいている。


「ほんとですよぉ~。送ってもらいましたぁ。楽しいですぅ~」


 セリーダもおっさんの言葉を援護する。

 騎士団の長が、武器を引くと周囲もそれに倣う。


「姫様のこの状態はどういうことか」


 それでも騎士団長は聞くべきことを再度口にした。


「後ろにいる女狐がやったぞ」

「えっ」


 木村が間抜けな声を出す。そんな声などお構いなしにおっさんは続ける。

 なお、女狐はあまりにも葉っぱ臭いので後ろの幌の中に隔離している。


「女狐?」

「うむ。ハテノ鉱山に住み着いていた魔物だろうな。人を誑かす不思議な妖術を用いる。我らでは手が付けられん。見てみよ」


 騎士団が馬車の後ろにあった幌をあげて覗くと、横になって葉っぱを吸う女狐が現れる。


 頭から上に伸びる耳、臀部から出ている無数の巨大な尻尾。

 怪しい臭いをただよわせ、焦点の合わない目がどこか別の世界を見つめている。


「動くなッ!」


 騎士団の行動は迅速だった。

 全員が再び武器を構え、馬車をすぐさま包囲する。

 女狐は体を起こしたが、意識が月あたりを旅行中のため状況を理解できてない。


「ふへっ、ふへへ、蜥蜴の臭いが凄まじいなぁ。ヤモリは炙って食うとうまいぞぉ! 持ってこぉい! 今日は黒焼きだぁ! ヘムジネの焔で炙るが良いぞぉ、ぞっぞっぞぞ」


 口から吐かれた煙で、周囲の騎士がぐらりと崩れた。

 この煙は有害じゃないかと木村は思っていたが、自分に効かないだけで相当やばい煙だったのだとわかり、冷たい汗が彼の背中を流れる。。


 おっさんが無言でアコニトの背後に回り、彼女の首を絞める。

 絞められるアコニトの顔は苦悶から恍惚に変わっていき、意識をそのまま宇宙の果てに持っていった。


「捕らえてくれ。危険な魔物だ、くれぐれも油断をするんじゃないぞ」

「協力に感謝する」


 こうして木村達は、飛龍騎士団とともに帝都へ向かうことになった。



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