48.コラボ「生きてた頃より美しく」2
まさか最初のイベントミッションで詰まるとは、木村も予想していなかった。
ランパスを三体撃破とあるが、一体も倒すことができていない。
戦闘メンバーが限定されるのがつらい。
外に出られるのはアコニトとルーフォだけだ。
他のキャラを全て試したわけではないが、やはり外に出た瞬間に死ぬ。
ルーフォはイベント限定参入キャラらしく、ステータスが固定され強化できない。
さらに戦闘もできない。総務・経理業務以外は難しいらしい。
本来ならブリッジによる後方支援がメインだろう。
しかし、後方に置くこともできない。
強制戦闘メンバー入りである。
彼女はミッションを全部クリアすることで正式に仲間になるらしい。
逆に言えば、ミッションを全てクリアするまでは強化すらできない状態だ。
正直、戦えないなら、仲間にならなくても良い。カクレガ内のスキルも期待できない。
はっきり言って邪魔なのだが、木村としては同情の方が大きかった。
もしも自分がいきなりどこかの戦場、しかも最前線に立たされ、銃を持って相手の精鋭と戦え、とか言われてもどうしようもない。
彼女の場合は銃すらない。仲間も協調性のないアコニト一人だ。
最初の最初だけはできるキャリアウーマンみたいな印象だったが、今は「あわあわ」言って逃げ回るだけである。
キィムラァとしてもブラック過ぎる派遣先で申し訳なく思う次第であった。
せめて、彼女が死なないようにフォローするのが木村としては精一杯だ。
そうなると戦闘は完全にアコニト神に頼る他ない。
クスリ無しで戦うが、相手は完全に格上。ウィルの魔力センサーだと約三倍である。
後方からセリーダで強化しても、巨人たちのHPの多さと自己回復により毒のダメージが相殺されてしまっている。
さらにHPの多さのためか自爆でも倒しきれない。
意識放出を食らっても、ギリギリで生き残ってしまう。
木村もルーフォを意識して、気軽にアコニトを自爆させられない。
「どうすんだこれ?」
明らかに戦力不足だ。
もしも全員がまともに戦えるならまだやりようがある。
シンプルにHPを削ってからの自爆でいけるだろう。
いつもの必勝法が潰された形だ。
ガチャを引いて、イベント専用キャラを手に入れるしかないのか。
おそらく専用キャラなら冥府でも戦えるだろう。
しかし、練度に問題がある。
アコニトと同様、キャラにひたすら死んでもらえば外に出られるんじゃないか!
――と思いはしたものの、実行しないほどの良識は木村にも残っていた。
仮に実行しても、他の条件でアコニトが除外されている可能性もある。
赤竜の加護が怪しいと木村は思うが、トロフィー効果は外せるが、加護のみを外して試すこともできない。
「やっぱりガチャ。ガチャは大抵のことを解決する……」
他のイベント限定キャラが使えるかも知れない。
運が良ければアコニトが被って、さらに強くなることもあり得る。
なによりイベント限定という文字が良くない。引きたいという木村の欲を刺激する。
問題は外したときのダメージが大きいことだ。
おそらくコラボイベント期間中は立ち直れないだろう。
初期の頃より仕様は良くなったが、天井が実装されているわけでもない。
外すことはあり得るし、専用武器だけ出るという悲劇のパターンだってあり得る。
今回のイベントを見送ることも考えられるが、二週間近くもここにいたくない。
ただ、イベントが終わったからと言って、必ずしもここから出られるとは限らない。
ランパスの超強化は異世界ならではだろう。
コラボイベント初日の第一ミッションでここまで難しかったらユーザーが絶対に離れる。
ゲーム内では、ランパスがただの火の玉の雑魚敵として出てくるに違いない。火の玉の巨人化設定を付けた馬鹿を殴りたい。
考えても碌なアイデアが出てこない。文句ばかりが出てきている。
これは良くない、と木村は一度休憩を取ることにした。
軽く運動してプロテインでも飲めば、アイデアが出てくるかもしれない。
「……あれ?」
立ち上がってモニターをふと見ると、外が真っ暗になっていた。
ランパスがまったく見えない。
障壁を降ろしたのか、単純にランパスがいないだけなのか。
誰かに尋ねようにも他のキャラたちは、いったん解散にしたのでブリッジには木村しかいない。
ほっといて後でまた見に来ることにした。
軽く運動してプロテインを飲んだところで、良いアイデアなんて出なかった。
出てきたのは汗に、乳酸、それとホエイなのかソイなのかよくわからない飲みものだけだ。
ブリッジに戻ると、景色が戻っている。
ただランパスが異常なほどすぐ近くに映っている。
暗緑色の明かりが、モニターいっぱいに広がっていた。
いったん無視したが、時間が経っても動かない。
もしかしなくても、こちらに気づいている可能性がある。
動いていないから気づかれていてもおかしくはない。
ひとまず相談ということでキャラたちを呼ぶ。
「どう? こっちに気づいてる?」
「気づいているかはわかりませんが、神気量が他と比べて少ないです。こちらとほぼ同等かそれ以下ですね」
これはありがたい話だ。
どうやらランパスにも個体差があったらしい。
強さが神気量に比例するとすれば、勝てそうな相手ということになる。
「記念すべき一体目になりそうだな」
すぐさまアコニトたちを連れて討伐に出ることにする。
無理そうならすぐさま撤退で良いだろう。
外に出ると、暗緑色の明かりが広がり、形を為してきた。
両足が片足ずつ蛇になっており、上半身が人間、ただし背中には鳥の翼という魔物が現れた。
大きさも巨人たちよりずっと小さい。巨人どころか木村たちよりも小さいではないか。
顔立ちもまだ子供のようである。暗緑色の髪でやや大人びて見える。
「おお。やはり! 生者か! 生者だろ! 生者だよな!」
少年のような子供が木村たちを見て騒いでいる。見た目は少年だが言葉使いはおじさんくさい。
魔物は翼をバッタバッタと羽ばたかせ、木村たちを観察するようにくるくる回り始めた。
魔物版のアコニトか何かかなと木村は考えてしまう。
「なんだぁ、うぬは?」
「おお! 話せるか! 生者と話せるとは来た甲斐があった。吾輩のことはテュッポと呼ぶがいい。お主たちは何者だ? どこから来たのだ? 話をしようではないか!」
ふはははと笑っているが、別に笑うところはない。
倒してしまっても良いのだが、話すことができる現地の存在は貴重だ。
「えっと、テュッポさんはなぜこちらに?」
「話せば長くなるのだがな。ここに来る前の吾輩はやんちゃでな。使命などというものに突き動かされ、金ピカの――」
「あ、いえ。なぜ自分たちの前に現れたのかなんですが」
「おお、そっちか。珍しい風を感じたのでな。ひとっ飛びしてきたみたのだ。そうすれば奇妙な風がここから漏れ出ているではないか。そうして待っていたところでお主たちが出てきたのである。力を使い果たした甲斐があったというものだ」
わっはっはとテュッポは笑っている。
風というのが、何なのか木村にはわからない。
ウィルが言うところの神気のようなものだろうか。
「キィムラァ、外で話すのも何だ。中に入ってもらったらどうだ」
「お、それは良い。是非ともお邪魔しよう」
おっさんと、おっさんみたいな少年は何かが通じ合っている。
二人で仲良く中に入っていった。
ルーフォも戦闘がなくて良かったとほっと一息ついていた。
木村はまだ理解が追いついていないが、仲間になってくれそうな雰囲気である。
倒さなくて良かった、木村もルーフォと同じく安堵の息を吐いた。
アコニトは暗い中で煙管をたしなんでいる。
煙を口からぽくぽく出して、星も月もない空をぼんやり見ていた。
「真っ暗だぁ」
アコニトが暗闇に向かって煙を吹きかけるが、すぐに闇に溶けて見えなくなってしまう。
カクレガの入口から漏れ出る光だけが周囲を照らしている。
「暗すぎて怖いかも」
あまりにも真っ暗だ。
ここまで暗い景色は日本ではあまりないのではないか。
少し歩けば、暗闇に飲み込まれてしまい消えるんじゃないかと錯覚するほどである。
「あれ?」
木村は暗すぎることに違和感を覚えた。
そして、気づく。周囲に何体もいたはずのランパスが一体も見えない。
「戻るかぁ。暗すぎて、開放感がないぞぉ」
アコニトも珍しく喫煙を途中でやめてしまう。
喫煙に開放感が必要なのかと木村は首を捻ってしまった。
お茶と菓子を平らげたテュッポは、木村たちの事情を聞くなり、お礼にと仲間になってくれた。
餌を与えて、魔物が仲間になる……。
まるで桃太郎か、ドラ○エの世界に来てしまったようだ。
むしろ、あれらの世界が冥府だったのか。
見た目は明らかに魔物なのだが、話は通じるしおっさんとも意気投合している。
話が長い点はマイナスだが、性能で見れば普通に強い。
異世界人枠のためかレア度は☆2だが、そのぶん強化はしやすい。
魔物として出てくる巨人たちと同様に、HPが高く自己回復を持っている。
攻撃力や防御力も平均的に高く、火属性と風属性の技も使える。
通常攻撃に相手の全ステータスをやや下げるデバフが付くのもありがたい。
どちらかと言えば戦士型だが、ゾルとは逆の長期戦向けだろう。
物理が効きづらい相手にも使えるのは利点だ。
テュッポが仲間になって三日が経った。
いまだにランパスは一体も倒すことができていない。
ランパスとの戦闘はテュッポが入った分だけ有利になった。
テュッポが前衛となり、ターゲットが分散されたので安定性は増したと言える。
しかし、連携はまったく取れていない。
特にアコニトは普段から連携をとらず、好き勝手に戦うタイプだ。
もう片方のテュッポも、アコニトなどいっさい気にせず自由気ままに戦っている。
互いが好き勝手に戦って、これだけ戦えるなら木村も文句は言わない。
無理に連携を取ろうとすると、この手のキャラは変な意識をして弱くなる恐れがある。
そもそも木村も連携を取らせるほどの指揮能力はない。
戦闘中に細かく命令コマンドを出せるのは理解しているが、下手に指揮して戦列が乱れることを彼は怖れている。
現場のことは現場に任せれば良いというスタンスであった。
唯一、彼が自信を持って戦闘に手が出せるのは、自爆コマンドのみである。
それに、仮に連携を取ったところでランパスに勝てないこともわかった。
この巨人どもは「たえる」系の技を持っていることが判明した。あるいは形態変化と言っても良い。
一度だけ戦闘が非常にうまく進み、HPを削ったところでアコニトを自爆させた。
その後、巨人は地に倒れ、勝ったと思ったが巨人に変な紋様が出て凶暴化してしまった。
テュッポが言うには“ティターン状態”とか言うようで、この凶暴化状態こそが本来の彼らの姿だったらしい。
タルタロスに長くいたことで、この姿を忘れかけているとテュッポは話す。
そんな謎仕様まで持ち込まれ、本イベントはすでに詰み状態の一歩手前だ。
あとはもう仕様変更か、ガチャしかない。
仕様変更は運営によるものなので当てにしづらい。
四日目だが、ログインボーナスのアイテム以外に何の音沙汰もないので、ソシャゲ内ではまともに進んでいるのだろう。
異世界とコラボ世界とで訳のわからない混ざり方をしてしまい、もはや手が付けられない。
カオスな冥府に成り果ててしまっている。
残るはガチャなのだが、どうしても手が出ずにいた。
引きたい気持ちは狂うほどにあるが、爆死したときと、仮にキャラを手に入れても使えなかったときが怖い。
特に二つ目の地上で使えなかったときが大問題だ。
生者が冥府では使い物にならないように、死者であるキャラが地上に出たときどうなるかが、ふと気になってしまった。
イベント終了後。地上に出たとして、イベントキャラが使い物にならなくなったら、と考えると、木村の手は引く直前で止まってしまうのだった。
「テュッポさん。他に戦ってくれそうな知り合いはいませんか?」
「ふーむ。心あたりがないな」
戦力が欲しいのだ。
別にガチャである必要はないな、と木村が気づいたのは四日目のことだ。
現地のことは現地の人に聞いてみれば良い、とテュッポに尋ねたが駄目そうである。
ただし、古参では心あたりがないというだけで、最近入ったばかりの存在ならいるかもしれないという。
問題はカクレガが入口近くまで移動ができないため、そのような希有な存在が木村たちに気づき、なおかつ訪ねてきてくれるのを待つしかないということだ。
ついでに仲間になってくれるかどうかもわからない。
問題だらけだ。
五日目の朝になり、おっさんが活路を見いだした。
「キィムラァ。この付近の知り合いと連絡が取れたぞ。短時間なら外で戦えるようカクレガに機能をつけてくれたぞ。向こうもこんな状況で今まで時間がかかってしまったらしい」
「それは助かる」
本当に助かる。
この付近の知り合いがナニカは気になるがどうせ教えてくれない。
それに冥府が混ざったとか訳のわからない状況で、対応してもらっただけで感謝が尽きない。
最初の難関を突破できる可能性が一気に高まる。
さっそく四人を引き連れて準備をする。
試しにゾルを入れてみた。
カクレガの入口付近にシャワーのようなノズルが付いていた。
「これ?」
「そうだぞ。近寄ってみるんだ」
ヘッドから橙色のガスが出た。
絵面が非常に良くない。
「なんだぁ!」
アコニトがすごいびっくりしている。
他のキャラも影響され、小さな騒ぎになった。
狭い入口付近で、キャラが密集したところにガスが噴出される。しかも色つき。
どこかの国が行ったという、ガス虐殺の場面はこんなのだったのかもしれないと嫌な気分になった。
色こそ良くないが、無臭であり霧を潜ったキャラたちも特に変化はない。
これで外でも戦えるようになったのだろうか。
「よし。じゃあ、行ってみよう」
「キィムラァ。残念だが、連れて行けるのは三人までだぞ」
「……はい?」
まさかの三人制限という出端くじき。
しかもそのうち一人はルーフォ固定なので自由枠は二人。
アコニトとテュッポが替えられるが、それでも実質戦闘員は二人。
勝てる気がまったくしない。
先に言えよ、と木村はこめかみがピクピクしたことを自覚した。
「あと一人は? 誰か来るの? いつ来るの?」
「現時点では何とも言えないぞ」
駄目だこりゃ。
木村は謎の四人目の言及を諦めた。
とりあえずガスの効果があるかどうか、外に出て確かめることにする。
確かにアコニト以外も外に出られるようになった。
出られても短時間であり、戦闘すればするほど外に出られる時間は減っていくようだ。
短期決戦以外で外に出ることはやはり難しい。すなわち、状況が好転するほどの活路にはならない。
「今回のイベントは諦めようか」
カクレガの中にいても、気が重いため外に出てきていた。
キャラを連れていくと襲われるのだが、おっさんと二人ならなぜか襲われない。
初期からのこの仕様は冥府でも通用するらしい。
見渡す限りの真っ暗闇の中に、ぽつりぽつりと明かりが灯っている。
まるで今の木村の心境をそのまま表したかのようだ。
行き詰まり先が見えない中で、ガチャという淡い期待が光として灯っている。
仮に引いたとしても、おそらくここにある光のような低レアばかりが出て、虹色という希望が出てこない。
「……駄目だな」
外に出ても気が滅入ってくる。
頭の中がガチャでいっぱいになってきている。
他に手立てがありそうだが、「もうガチャを引くしかない」と思いつつある。
この状態でガチャに手をつけ、何度涙を流したかわからない。
しかし、――引けたこともあったのだ。
だからやめられない。
「引くか」
引きたいと思ったときに引く。何をだらだら言い訳ばかり並べているのか。
爆死したらトロフィー部屋で泣き叫べば良い。
いや、でもとりあえず単発チケを数回やるか。
いやいや、一気に10連を回すのも良い。
引くと決めれば一気にウキウキしてきた。
どうやって引くかを悩み始めるが、これは陰鬱な悩みではない。
ガチャから出てくるキャラを想像しているだけで、木村の心はストレスから解放されていく。
「戻ろうか」
木村は虹色や金色の扉を意識して、おっさんに声をかけた。
かけた声も明らかに軽くなっている自覚がある。
ふと、視界の端に――金色の光が見えた。
ガチャの妄想がついに変なものを見せつけたのだと木村は錯覚した。
木村はおっさんから焦点をずらし、金色の光に目を向ける。
やはり錯覚ではない。金の光が浮かんでいる。
「キィムラァ。どうやら四人目のメンバーがやってきたようだぞ」
「あの光が四人目なの?」
「ああ、そうだぞ」
目映いほどの金の光が木村たちへと徐々に近づいてくる。
ついに、希望の四人目がやってきた。
これでガチャは回さなくても済む。
引かなくて済む?
「――でも、10連だけなら」
希望の色が金なら、いったい虹色は何を表すのか。
木村はその答えを知りたかった。
……木村はただ、ガチャが引きたいのだ。




