47.コラボ「生きてた頃より美しく」1
コラボイベント「生きてた頃より美しく」における重要キャラがやってきた。
レイノーパートナー社から派遣されたレイスのルーフォである。
「得意なことは事務一般です。接客対応も可能です。イラストも描けます。マッサージ士の資格も持っています」
キリッとした顔つきで、やや透けつつ自己紹介を始めた。
緊張している様子はさほどない。こういった挨拶になれている、と木村は感じた。
「キィムラァ。彼女は…………たいへんな戦力になりそうだぞ」
おっさんの反応も途中で長い間があった。
戦力は戦力でも、木村たちの求めている戦力とはかけ離れている気がする。
「お言葉ありがとうございます。ご期待に沿わせていただくよう励みますので、よろしくお願い致します」
「ああ、よろしく頼むぞ」
丁寧な物言いである。
おっさんも解説を諦め、普通に話し始めた。
話ができそうな存在だとわかったので、「ヨシ!」としたようだ。
おっさんが自己紹介をして、木村たちもぐるりと紹介をおこなった。
ルーフォは顔と名前を何度か確認して覚えようとしている。
「ルーフォさん。質問なんですが、こちらには何をされに来られたんでしょうか?」
「ケイリーマネージャーから、こちらから直接指示されるとうかがっています。私の力が役に立つ職場だと」
言葉とは裏腹に、ルーフォには明らかな戸惑いが見えた。
木村たちの姿を見て、何かが絶対的におかしいと感じている様子だ。
その感覚を大切にして欲しいと木村は思った。思ったところでどうしようもない。
「ちなみになんですが、ここにはどうやって入られました?」
「入口からです。受付の方にこちらへ行くよう案内されたのですが、……問題があったでしょうか?」
木村がおっさんを見る。
「知らないぞ」と彼は首を横に振った。
おっさんがわからないなら他の誰もわかるわけがない。
「えっと、すみません。部屋の外から受付に戻れますか?」
ルーフォは困惑の表情だ。
木村とおっさんが部屋の外に出て、ルーフォも後に従う。
ロングスカートのため足がよく見えないのだが、おそらく歩いていない。
宙に浮いているのかどうかはわからないが、上下に動かず地面をすーっと平行移動してみせる。
「あっ、そちらではなくこちら側から来ました」
木村がブリッジを出て、左に歩いたところでルーフォが彼を止めた。右の通路を指している。
はい、アウト。右の通路は行き止まりだ。
将来的に何かの施設は作れるだろうが、現時点ではまだ建設不可能領域である。
ルーフォもすぐに行き止まりを知った。
壁すらすり抜けられる彼女が、行き止まりの壁を透過して進むことができない。
「……どういうことですか? 私はたしかにこちらから来ました」
嘘は言っていないだろう。
彼女もまたソシャゲイベントの被害者なのだ。
「申し上げづらいんですが、ルーフォさんは派遣という形で、ここに転移させられたかと思われます」
「転移、ですか?」
木村は頷いて見せた。
周囲のキャラたちも同情の眼差しを向ける。
「ここがどこかわかりますか? いえ、わかるならむしろ教えて欲しいんですが」
「ヘルストリート四番通りの四。デストービル四号棟の四階です……よね?」
四が並びすぎて不吉だった。
ひとまず四は置くとして、ここがヘルストリートなるところとは考えづらい。
ましてやビルなんてどこにも見えない。建物どころか丘すらもない殺風景な荒れ地だ。
過去に転移したパーンライゼ区域の方が、草なり魔物なりとみるべきところがあった。ここは精霊が浮いているだけである。
木村たちは無言でブリッジへきびすを返す。
不安そうに付いてきたルーフォに外の現実を見せた。
「この景色が、今の外の様子です。ここがヘルストリートなんでしょうか?」
「いえ……、違います。……嘘、冗談ですよね」
「本当です」
「建物はどこに行ったんですか。それにこの光って――」
彼女は笑い出した。
笑いながら周囲をジロジロと見ている。
「ケイリーさん! もう出てきてください! ドッキリでしょう! もう! ランパスがこんなにいたら、さすがの私でも気づきますよ!」
ランパスとは精霊のことだろうか。
これがこんなにいることが異常なのかと木村は不安になった。
ケイリーなる人物は出てくる気配がない。本当に出てきたら木村たちこそドッキリである。
「もうケイリーさん! 早く出てきてくださいよ! じゅうぶん騙されましたから。あなたたちも、彼のいたずらに付き合わなくていいんですよ。ほら、彼を出して」
ルーフォの笑いが徐々に収まっていく。
ウィルやペイラーフもいたたまれない様子だ。
ゾルはルーフォに興味をなくし、金クワガタと戯れている。
「……ドッキリじゃ、ないんですか?」
「残念ながら」
沈黙が場を支配した。
「キィムラァ。召喚者レベルの上限が解放されたぞ」
それ、今言う必要があるのか。
とりあえず沈黙が続くよりは良かったので、おっさんの言葉を聞いておく。
「カクレガの拡張も可能になったぞ」
「……そう」
「泊まり込みの仕事になる。ルーフォの部屋を作ってやるべきだぞ。福利厚生が充実していることを示すんだ」
「そうだね」
拡張された領域に、ルーフォの部屋を作り彼女を案内する。
とりあえず今夜は部屋で休んでもらうことにした。
おっさんやウィルとも話をしたが、今の状態では何もわからないということで、今夜はお開きになった。
翌日になっても、空は暗いままである。
太陽は昇ることもなく、精霊がポツポツと浮かんでいる。
月明かりも、地形的な目印も見当たらず、カクレガはどこかへ移動を続けていた。
ルーフォも落ち着いたので、昨日のメンバーを集めて状況を整理することにした。
まず一つ目。
ここは地上ではなさそうだ。
地図はいまだに真っ白なままだし、太陽も月もない暗闇である。
ところどころ精霊がぽつりぽつりと、ほのかに周囲を照らしている。
「あれはランパスです。冥府に灯る光です」
そのまんまな説明だった。
ひとまず、ここが冥府であるのは認めよう。
もう少しランパスとやらの解説が欲しいところだ。
「ランパスが多いと良くないのでしょうか?」
ウィルも気になったようで尋ねてくれた。
「それはもう。彼らの光は私たちには眩しすぎます」
この部屋だって明るいのだが、眩しくはないのだろうか。
それともウィルの言う神気量が問題なのか。
「今さらな質問で恐縮ですが、もしかしてみなさんは生者では?」
木村はもちろん頷いた。
ウィルやゾルはたびたび死んでいるせいか、やや自信が持てない様子だ。
「いえ、ウィルさんやペイラーフさんは見るからに生者とわかります。昨日、初めて見たときは驚きました。どちらかと言えば、キィムラァさんと相談役が判断しかねます」
まさかの木村とおっさんが生者認定から外れた。
なお、おっさんのことは相談役ということで彼女の中で落ち着いたらしい。
「キィムラァさんは、輪郭があまりにもぼやけすぎて、幽霊よりも幽霊のようです」
幽霊よりも幽霊らしいと言われても木村は困るだけだ。
それはつまり、幽霊ではないということになるのだが、それなら木村は何なのだろうか。地球人?
「おっさんは?」
「死者が生者のフリをしているような……。逆ですかね、生者が死者のフリをしている? どちらつかずな印象です」
前にもどこかで聞いた話だった。
フルゴウルらが「中に別のモノがいる」とか話していた。
おっさんが何も言わないところを見るに、当たっていそうだが答える気はない様子だ。
「興味深いですね。生者はどう見えるんでしょうか?」
「輪郭ははっきりしているんですが、姿がぼやけて見えます」
生者がルーフォを見ると透けているのだが、その逆みたいなものだろうか。
とりあえず見え方の話はここまでにして、今後の話に移る。
「やっぱり、ここがどこかだよね」
「冥府なのは間違いありません。ただ詳しい位置は……。どうしてこんなことに」
間違いなくコラボイベントのせいなのだが、これはどちらに文句を言うべきだろうか。
ソシャゲの運営か、あるいは彼女を送り出した死生DO(株)なのか。
文句を言ったところで帰してくれることはない。
冥府は広さこそあれど、ルーフォなどの存在が住む地域はごくごく一部に限られているらしい。
冥都エリュシオンなる都市の一区画で暮らしていたという。
「もしかして……、エレボス域に入っていませんか?」
ルーフォの顔色は元から青白いので判断が付かないが、透明度が増している。
どうやら良くないことのようだ。
「エレボス域とはどういったところでしょうか?」
「エレボスは死んだばかりのものたちの行き先が裁かれる地です。私も遠い昔に一度しか訪れたことがありません」
すなわち死んですぐの頃だろう。
裁決を受けた後は、冥都エリュシオンでずっと暮らしているらしい。
木村たちも冥都とやらに行きたい。
さらに言えば、冥都よりも地上に戻りたい。
カクレガは木村たちの意志など関係なくどこかへ走っている。
「見てください! 地図が表示されました!」
ウィルが声をあげた。
声につられて全員が地図を見つめる。
地図の白抜き部分が埋まっていくが、特に何も出てこない。
走っていてわかってはいたが、本当に何もない場所のようである。
ただ、大きな文字で、ここがどこかだけ簡潔に記されていた。
「……タルタロス?」
木村が思い浮かべたのはエビフライにつけるソースである。
あれはタルタルだが、どこか近い印象を覚える。
語感から悪い雰囲気と思えない。
「知ってます?」
ルーフォを見ると、ほぼ空気と同化していた。
あまりにも希薄になっており、存在消失が危ぶまれる。
尋ねるまでもなく良くない場所だとわかる。木村の語感は信用ならない。
「冥府の最奥。極悪の魂が送られる最果ての流刑地。地獄の中の地獄。どうして私が?」
もはや敬語とか何もない。
完全に説明だけ残し、ルーフォは倒れた。
ウィルが支えようとしたが、彼女はウィルの腕をすり抜けて床にめり込んでしまう。
誰も起き上がらせることができない。木村は触ることができたが、見た目以上に重く持ち上げられない。
おっさんですらうまくつかめず難儀している。
仕方ないので、しばらくこのまま寝かせておこうということになった。
それでも部屋の隅に移動させようと、木村が四苦八苦していたところで面倒なキャラが来た。
「おー、こんなところにおったかぁ。日課はどうしたぁ。一服の時間だぞぉ」
アコニトである。
だいたい事態から遅れてくるのだが、今回もやっぱり遅れて来た。
外でのヤバイ類いの吸引を許す代わりに、デイリー要員として真面目に戦ってもらっている。
残念ながらイベント中なのと冥府のためデイリーはないと思われる。
「なんだぁ? ずいぶんとまた影の薄い奴がおるなぁ。また、がちゃとかいうのを引いたか。懲りんのぁ。ちょうどよいわぁ。こやつも連れて行くぞぉ。儂の力を見て、序列というモノを知ってもらわんとなぁ」
アコニトが笑いながら、ルーフォの腕を軽く引っ張って起こした。
満足に動かすことのできなかった木村の二の腕を、「もっと鍛えろぉ」とぺちぺち叩いてくる。
「うぬもいつまで寝とるかぁ。ほれ、立つんだぁ」
アコニトがルーフォの頬をペシペシ叩いて意識を覚まさせた。
ルーフォも意識が曖昧なままアコニトについていく。
「今、普通に触れていませんでしたか?」
「うん。頬も叩いてた」
死なせすぎたのがまずかっただろうか。
木村も心配になってくる。一日一死は魂に良くさそうだ。
復活するからと、安易にキャラを死なせてはいけないと強く誓った瞬間だった。
手遅れのアコニトとルーフォが外に出る。
木村も恐る恐る外へ出た。おっさんも木村の横ですぐに連れ帰れる体勢だ。
ゾルが試しにと外に出たが、一瞬で死んだ。
耐久力のあるボローではどうかと思ったが関係ない。
やはり外に出ると瞬間的に倒れて、光へと消えてしまう。
生者が足を踏み入れるべき場所でないというのは事実のようだ。
あっという間に死者にさせられてしまう。
木村はルーフォの言もあり、いよいよ自分が何なのか不安になった。
そして、自らの立てた誓いが数分で破られたことに気づいた。
「……どういうことだぁ?」
煙管を吸いながら、アコニトが目を点にしている。
周囲の状況のまずさをようやく理解してきたらしい。
しかし、その理解もじきにクスリで消滅する。
説明するだけ時間と労力の無駄だろう。
「あ、あ……、くる」
外で意識を覚醒させてきたルーフォが、指を空に向けて震えていた。
指の先には精霊ことランパスが光っている。
周囲が暗い上に、ランパス自体の明かりが穏やかすぎて近づいてきていることにわからない。
さほど距離が近くなったとは思えなかった。強そうにも見えない。
「どうふぃたぉ、蝋燭ごとき明かりぎゃぁ! 調子ふぃ乗ってんしゃねぇぞ! うふなど、儂の一息ふぇ星々の彼方まで消し飛ばしてくれるわわわぁ!」
主力の意識がだいぶおかしくなってきている。
呂律もまともに回ってない。
ランパスが近づいてくると、不思議なことに光が徐々に形を作っていく。
ほのかな光とは裏腹に、光で形成される像は大きい。いや、あまりに大きすぎる。
現れたのは巨人だった。
人らしき形をしていることはわかる。
問題は大きさだ。見上げても顔が見えない。
裸のため股間が丸見えで嫌になる。
「撤退するぞ!」
おっさんが木村を抱え、木村は消えかけていたルーフォを抱える。
こうして三位一体となってカクレガに戻った。
アコニトはいつもどおりだ。
ブリッジに戻り、作戦会議をおこなう。
「見ていましたが、なんですかあれは?」
ウィルの問いに答えられる者はいない。
ルーフォは意識を失っているし、おっさんもチュートリアル外のようだ。
「でかかったな」
「大きすぎますよ。潰されるかと思いました」
カクレガはわずかに揺れただけだったようだ。
過去では、尻尾鎧の狐火からの花火コンボが一番やばかった。
いちおうカクレガの拡張により、カクレガ自体も強化されるらしい。
強化されると言うが耐久力だけだ。そのうち外に出て戦ってくれることを期待している。
「おっ、進行ミッションが出たぞ」
「進行ミッション?」
「ああ。ミッションを達成することでシナリオが進むようだ」
すごいメタっぽい会話だ。
地図を見ると、カクレガの移動が止まっている。
「なるほど。それでミッションは?」
「“ランパス系統を三体撃破”――だぞ」
「……ランパスってさっきの奴を?」
木村がモニターに映る光を指さす。
なおカクレガに戻ると、巨人も光に戻ってふよふよとどこかへ行った。
「そのようだぞ」
「しかも三体?」
「そうだ。良く理解しているな」
おっさんはグッドと親指を上げて応える。
そんな反応はいらない。
イベントらしいと言えばイベントらしいが、初日からハードすぎる。
こうしてコラボイベントのミッションが幕を開けた。
早く閉じて欲しいと木村は祈るのみである。




