41.コラボイベント開催決定
カクレガは距離が一番近かった×印に到着した。
わかっていたことだが壊滅である。
デモナス地域はヒト以外のモノが住んでいるという話は本当らしい。
いわゆる人間用の箱物の家はなく、土を盛っただけのような穴ぐらが周囲に見られた。
穴ぐらの入口が人間よりもずっと大きく、中もそうだ。
残っている足跡も人間のものではない。靴も履かれておらず指は四本。
地面に木村の体ほどはある棍棒が無造作に落ちており、緑色の液体がへばりついていた。
「戦闘の痕跡が見られますね。この緑色の粘液はここに住んでいたモノの血液でしょうか」
棍棒と同様に、緑色の液体がそこらかしこに散っており、地面もえぐれた跡があった。
住民たちが武器で倒されたのだろう。
ヒトではない何かの生活していた痕跡は見られる。
体液や武器だってあちらこちらに落ちている。戦闘痕だってある。
それなのに死体は一つとして残っていない。
「光の神聖術により浄滅されたようです。これほどの神聖術となると昨日のアレしか考えられません」
やはりというか、ゲイルスコグルがやらかしたらしい。
あの人馬はヒト以外の生存を許さないばかりか、死体の存在すら許さないようだ。
辱めを与えるようなことはしていない。虐殺ではなく、抹殺が正しいと木村は考え直した。
さして意味のない考え直しである。
さらに移動すると、次の×印も、次の次の×印も死体一つ残らず消されている。
カクレガは四つ目の×印に移動し始めた。
木村は出入り口から一番近い、地図部屋のソファで待機している。
どうせまたすぐ外に出るのだ。いちいち部屋に戻るのも面倒というものだった。
いつの間にか地図上には、デフォルメされた可愛い人馬のマークが出ていた。
人馬マークが動き始めると×印がまた一つ増える。もう少し実態にあったマークにしてほしい。
「あまりにも徹底されていますね」
ウィルは顔に影を落としつつ漏らした。
昨日は、彼もあの光魔法がどれほどすごいかを嬉々として話していた。
光の最上位と治癒術を複合させ、短縮詠唱により複雑な操作が――とずいぶん興奮していた。
しかし、今日の惨状――惨状と言うには死体がなさすぎる。破壊の跡を見るとさすがに喜びは見られない。
「大丈夫ですか?」
「ん? ――ああ、うん」
ウィルは木村を気遣って声をかけた。
木村もやや遅れて返答した。
「無理そうなら、次の調査は僕たちでやりますよ」
横で聞いていたアコニトがキヒと下卑た笑いを漏らす。
「何か?」
「思いだし笑いだぁ」
彼女には良くあることなので、ウィルも気を留めなかった。
今日は葉っぱを吸っていないのでそれはない、と木村は思ったが別に指摘することでもないので黙っておく。
四つ目の×印地点に到着し、一同が外に出る。
木村は出てすぐに足を止めた。
ウィルやペイラーフは木村に声をかけようとはしなかった。
惨状がすでに四つも続いている。木村の心的負担を考え、そっとしておくことにしたのだ。
「坊やぁ」
立ち止まった木村の横でアコニトが葉巻を吸い始める。
彼女が葉巻を差し出したので、反射的に手に取りはしたが吸う気にはなれない。
「ひどい有り様だぁ」
「……うん」
煙を鼻から噴き出しながらアコニトは言う。こちらもひどい有り様である。
だが、ときどき耳からも煙を出しているので、鼻はまだ可愛いものだ。
「壊滅だね」
「気にすることはないぞぉ」
ウィルやペイラーフと同様にアコニトも気遣ってくれていると木村は感じた。
しかし、木村は彼女たちの気遣いを困惑で受け止めている。
なぜなら、彼は――、
「あの若造はひどい勘違いをしとったなぁ。笑ってしまったぞぉ。坊やは、一連の惨状を見てもなぁんとも思ってないだろぉ。ん~?」
木村は驚いてアコニトを見た。
彼女は木村を見ることもなく空を見ている。
木村など見なくても、反応がわかっているかのようである。
「坊やはあの若造や杏林のように必死になれないなぁ。しょせんは他人事だろうと、どこか遠くからこの状況を見ている。殺された奴らも可哀相とは思うが、うわべ程度にしか思えていない。そんな自分が不安になってるんだろぉ」
木村の感じていたところをアコニトはずばり言い当てた。
彼女はようやく木村を見る。ニタァと粘っこい笑みが顔に貼り付いていた。
「どうしてわかるの?」
「こういったときに、今の坊やのような顔をする人間をたぁくさん見てきたからだぁ」
得意げな顔でアコニトは頷いた。
よくよく考えれば得意げな顔をするところではない。
“こういったとき”を作り出してきたのも彼女自身なのでひどい話である。
今回、木村はその点に気づかなかった。ただ、感情を読み取ることには才覚があるんだなぁと思うだけだ。
「それはよくいる人間の、よくある思いだぁ。だからなぁ。――何も気にすることはないぞぉ」
木村は今回のゲイルスコグルによる虐殺をなんとも思えなかった。
知らない地域で、知らない種族の、知り合いでもない生命体が跡形もなく殺されている。
殺された彼らは巻き込まれて可哀相だとは思う。しかし、可哀相だと思ったところで彼らが生き返るわけでもない。
それでは抹殺を止めるべく、ゲイルスコグルを倒せるかと言えば無理だ。
彼我の戦力差は埋めようがない。木村でも無理とわかるし、ウィルやゾルもはっきりと無理だと言う。
ウィルやペイラーフは、止めることが無理ならせめて助けられる者は助けようと行動している。
このあたりから彼らと木村の気持ちの食い違いが発生し始めている。
助けてどうするのかというのが木村の正直な思いだ。
仮に助けたとして、ゾルをどう紹介するつもりか。
彼女はあなたたちを虐殺した存在と同じ組織に所属していますと言うのか。
どうやってもわだかまりができてしまう。それならいっそ手を差し出すこともなく無関係でいるべきだと思っていた。
ただ、ウィルやペイラーフの意識は理解できなくもない。
漫画やアニメの主人公たちもこういった場面では、戦力差など考えず、とにかく助けるべく行動する。
実際に目の当たりにすれば、木村も自らの意識が変わると思っていた。
三回目に突入し、やはり自らの意識は変わらなかった。一方、ウィルやペイラーフは諦めず、今も四回目の捜索を必死にしている。
彼らを馬鹿にしているわけではない。
ただ、どうしても必死になれない。自らの心がどんどんと乾いていくのを自覚していた。
ウィルやペイラーフに気を遣われると、自分の心が異常ではないかと、強く揺さぶられる錯覚があった。
アコニトは木村の感情に気づき指摘しただけでなく、それは普通と言った。
木村は、心が軽くなった気がした。
「これ、普通なんだ……」
「そうだぁ。良くある思いだ。自分が特別ではないかと思うことはないぞぉ。――そんなことより坊やぁ」
アコニトは真剣な表情で木村を見た。
先ほどまでのとぼけた様子がない。ここからが本題だと木村は身構える。
「吸わんのか? 儂のお手製だぞ。会心の出来だぁ」
アコニトは木村が指に持った葉巻を見ている。
どうやらカクレガで栽培した葉っぱから作ったもののようだ。
栽培の注意点や、葉の摘み方、乾燥のさせ方、巻き方などを真剣に話してくれている。
この惨状を前に、葉巻を真剣に語るアコニトといると、木村も自らがこれで良いと認められる気がしてくる。
以前と同じように彼女から火をもらい、咳き込みながら惨状を見つめる。
やはり何も感じない。
テレビで見る、どこか遠い場所の戦地のようだ。
大変なことが起きている。無垢の命がたくさん殺された。ああ、可哀相に。
――でも、自分じゃなくて良かった。
おいしくも何ともない、苦いだけの香りが口から出ていく。
倫理観や罪悪感も煙となって体から出ていき、空中で消えていっている。そんな気がした。
やはり四回目の捜索でも生存者は見つけられなかった。
地図上のデモナス地域西部は×印だらけだ。
見ている側からまた×印が一つ増える。どうやら止まることはないらしい。
ピッピコーン!
全員が黙っている。
もちろん聞こえているが、誰も反応する気になれない。
だいたい悪い予感というものは当たる。今も悪い予感をひしひしと感じている。
場違いなほどにこやかなおっさんから手紙をしぶしぶ受け取る。
手紙を開く手が重い。思うように動かない。
「“緊急メンテナンスのお知らせ”」
木村はバグに心あたりがあった。
これはもしや――、
「“ゲイルスコグルが討滅クエスト以外でも増援に来る不具合を修正しました”」
大正解である。
全員が顔を上げた。
木村も地図を見ると、先ほどまで楽しそうに動いていた人馬マークが消えている。
手紙にはお詫びも付けられ、素材が手に入る。
お詫びは少なかった。それもそうかと木村は納得する。
異世界でなければ、強敵を倒してくれる強力な助っ人だ。
ゲイルスコグルが通常の戦闘で出てきたとしても、ユーザーへの被害はほぼない。
むしろ詰まっていたクエストを攻略してくれる、ありがたいお助けキャラに違いないだろう。
ウィルとゾルはひとまず安堵していた。
しかし、ペイラーフは素材を見て顔を歪ませている。
「ここで生活していた存在の価値が、そのガラクタと等しいってことだね!」
直球な彼女には珍しく、木村でもわかる皮肉だった。怒りがこもっている。
アコニトだけがおもしろいと膝を叩いて笑っているので、他の誰にも笑えない話である。
ピッピコーン!
ピッピコーン!
最近は連続の通知が運営でブームなのだろうか。
しかも、間を一切置かずの連続通知だ。気分は最悪である。
おっさんが二通の手紙を左右の手にそれぞれ持つ。
どっちから読むんだと問われている。
とりあえず木村から見て右側の手紙を受け取った。
「“コラボイベント開催決定!”」
周囲はわかっていないが木村はわかる。
むしろ木村がわからない点は、こんなソシャゲでもコラボできる相手があったことだ。
コラボとは他のソシャゲやアニメ、漫画のキャラや世界設定をお迎えし、クロスオーバーすることで互いの認知度を高めていくものである。
「“あのアニメのキャラたちがカゲルギ=テイルズの世界にやってくる。”」
コラボイベントの開催は一週間後からのようだ。
どことコラボするのかが書かれていない。手紙の下側にキャラのシルエットだけがついている。
髪のやたら長い女キャラとだけはわかるが、他に特徴がなさ過ぎて何のキャラなのかさっぱりわからない。
「どのアニメのキャラだよ……」
アニメらしいが間違いなく有名どころではないだろう。
木村が知らない可能性は十分ある。
コラボイベントは諸刃の剣だ。
相手コンテンツのファンユーザーを取り込める可能性はあるが、相手先への配慮というか忖度が現れる。
相手に配慮しすぎると、受け入れ元の要素が薄まり肝心の元からいたユーザーが離れる。
クロスオーバーの加減が難しい。
木村としてはストーリーはどうでも良い派なので割とクロスオーバーがどうかは気にしない。
むしろストーリーを気にしなければ、良いことの方が多い気がする。
コラボキャラは経験上、かなり強いことが多い。
特に初回のコラボはそうだ。
コラボ相手への忖度がキャラの強さとして現れる。
初回はバランス加減がうまくできておらず、ぶっ壊れキャラが搭載される可能性もある。
通常のキャラなら修正されるだろうが、コラボキャラは利権関係もあるようで修正されないことが多い。
ただし、あまりのぶっ壊れはゲーム全体のインフレを招く恐れがある。
このぶっ壊れに対するメタキャラすら現れ、周囲が迷惑を被る。
ナル○ス、お前のことだぞ。
溜めてきた召喚チケットの使いどころかどうかを見極めなければならない。
だいたいコラボキャラは、紹介もかねて戦闘シーンやお試しで使う機会が与えられることもある。
それに初回は相手先の新規ユーザーを狙ってガチャチケットが配布されることもあり、既存ユーザーには嬉しいことも多い。
すなわち木村にとって、こちらは良い話だった。
――となると問題は残りの一通だ。
「“サブイベント「失せ物探し」開催”」
……思ったよりも悪い知らせではない。
明日から五日間、コラボイベントまでのつなぎで小さなイベントが開催されるらしい。
暇つぶしにはなるし、報酬も出るようなのでむしろこれも良い話である。
今日の通知は良いことだらけで、むしろ不吉な前兆に感じる。
「“キャラたちがなくした大切なものを一緒に探しに行こう”」
イベント内容も「ふーん」という程度の他愛ないものだ。
小さなイベントがあり、なくしたものがどこかの地点にあって、その地点までいくと敵が出てきて戦闘、勝ったら報酬ゲットの流れらしい。
内容はともかく似たようなサブイベはよくある。ひたすら周回よりは楽そうだ。
翌朝である。
「ああああああ! 大変だぁ! 大変なんだぁ!」
木村は寝ていたところを、アコニトの絶叫でたたき起こされた。
彼女は木村を揺さぶり、容赦なく夢の世界から現実へ引きずりだしてくる。
「起きよっ! 早く起きるんじだぁ! ゆるゆると寝とる場合ではないぞぉ!」
「……どしたの?」
寝ぼけ眼のまま木村はアコニトに問いかける。
アコニトがくるりと背中を見せてきた。普通に背中があるだけだ。
お尻の部分に穴が開いているが、特にそれ以外でおかしな部分はないように見える。
何だろうか?
お尻の部分に穴が開いて大変だということだろうか?
誰かに縫ってもらえばいいだけの話だろうに。
「尻尾が! 儂の尻尾がなくなったんだぁ!」
言われて木村も気づいた。
彼女のトレードマークが見事に消え失せている。
これではただの薬中ケモ耳ケツ見せ痴女だ。
ちょっと盛りすぎの気もする。
なぜこんなことに――、
「あっ」
木村はすぐさま原因に思い至った。
失せ物探しの失せ物ってこういうことか、と木村は思わず笑ってしまう。
「笑い事ではないわっ!」
アコニトの癇癪が無性におもしろく、木村は笑いが止まらない。
失せ物探しの第一日目はこうして始まった。




