4.スペシャルスキル
おっさんと木村、あとアコニトが鉱山の外に出る。
鉱山の中も殺風景だったが、外も同様に殺風景だ。木や草が見当たらない。
むき出しになった岩肌と、石を運ぶためのトロッコがところどころに見受けられる。
さらに、目立つのが人である。
兵士には見えない男達があちらこちらで血を流して倒れていた。
「もう死んでいる。行くぞ。キィムラァ」
おっさんはすぐに走り始める。
木村もなけなしの体力でおっさんを追いかける。
アコニトはまだ引きずられている。
叫び声がようやく木村にも聞こえてきた。
同時に獣の死体と兵士の死体が目立ち始める。
おっさんに敬礼をした兵士も獣と一緒に地面を転がっていた。
「……うっ、おえぇ」
あまりの臭いに、木村は自らの胃からせり上がってくるものを抑えきれなかった。
「む、ここはどこだぁ? 儂はなぜ倒れておる? ん、なんじゃ坊やじゃあないかぁ。顔色がずいぶんと……おま、待て! ふがぁあああああ!」
木村の戻した物体がアコニトを襲い、アコニトは悶絶している。
「ギリギリで間に合ったようだな」
おっさんの視線の先には、数台の馬車と数人の兵士、それに魔法使いもいた。
彼らを取り巻くように獣たちも集まっている。群れの中にはひときわ大きな個体が見受けられる。
「わかるか? 大きいぞ」
見たまんまである。大きさより強さをどうこう言って欲しいと木村は感じた。
いわゆるボス戦というやつだろう。
「キィムラァ。お前さんのさらなる力が必要だ」
「まだあるの?」
「必殺技を使うときだ。あの女狐を見るんだ」
アコニトは顔についた木村のゲロを近くの土で拭いていた。
かけた側の木村が思うのもアレだが、ゲロを土で拭いて綺麗になるのかと考えている。
“スペシャルスキル 発動可能!”
「見えたか? 押してみろ。お前さんならこの状況を打開することができるはずだ」
浮かび上がってきた文字を木村は指で押さえる。
「……は? 坊や。うぬは、儂の深淵まで引き出せるのか」
ポカンとした顔でアコニトが木村を見る。
「儂は良いが、――後悔するんじゃあないぞぉ」
木村は押した指を枠から離した。
アコニトの姿が徐々に薄くなっていく。
そして、周囲は薄紫色の霧に飲み込まれる。
獣たちや兵士達、魔法使い、地面に転がる死体や他の何もかもが薄紫色に包まれた。
木村は霧に包まれ、安易に動くこともできず、周囲の音も聞こえない。
ただただその場で動かずに立ち尽くす。
やがて紫色の霧は晴れ、四つの影だけが残った。
木村、おっさん、アコニト、帝国の第四王女セリーダである。
死体も、ボスも、他の魔物たち、馬車ですら、もはやこの場には残っていない。
何もなくなってしまった中で、反省会がおこなわれている。
「女狐は加減の一つもできんのか?」
「勝手に儂の深淵を引き出しておいて何を言うか! 見ることができただけでも一生の宝とするが良いわ! それより、なぜお主らは溶けておらんのだぁ? ありえんぞ」
おっさんが女狐をなじり、アコニトが反論する。
残った人間二人は何も発言しない。
一人はやってしまったことの重大さをようやくわかり始めたから。
もう一人は起きたことの重大さがまったく理解できていないから。
「ほぉ。人の子に付けるにはもったいない呪具だぁ」
ぽつねんと地面に座り込んでいる王女セリーダにアコニトが近寄る。
「カレイラ。チャールストン。どこに行ったの?」
セリーダは左右を見渡している。
まるで迷子になった子供のようであった。
「ふひひぃ、みぃんな溶けてなくなったよぉ」
「……嘘です。みなが私の側から離れることなどあり得ません」
アコニトはセリーダの言を聞きゲラゲラと笑った。
「嘘です。あり得ません。お父様に言わなくては。みんなを探さなければ……」
ぶつぶつと口にしてセリーダは立ち上がる。
彼女の背後におっさんが立ち、王女の首にぶら下がるブローチを抜き取った。
「やれ、女狐」
「ほぅれ」
アコニトが正面からセリーダに煙を吹きかける。
おっさんとアコニトの連携は無駄がなかった。
セリーダの顔が虚ろになる。何も言わず、目がとろんと垂れる。
「質問に答えてもらおうかぁ。まず、お嬢ちゃんの名前は?」
「セリーナ・アルテスノ=ロイエンカルナ、です」
「知らんぞぉ。そもそもここは何て国だぁ?」
「ナギカケ帝国、です」
アコニトはこれにも首をかしげた。
「どこにある国だぁ? 東日向の国から見てどこにあたる?」
「ぁ……」
「知らない、だとぉ?」
ふざけ半分だったアコニトの顔が徐々に引き締まっていく。
横で見ていた木村ですら、何か想定外のことが起きていることを察した。
「今は、いつだぁ?」
「帝国歴二七九年、です」
「儂の聞き方が悪かった。……この世界にいる神の名を片っ端から言ってみろぉ」
セリーダが次々と彼女の知る神の名を言っていく。
木村はそれをぼんやりと聞いていた。彼にとっては聞いたこともないものばかりだ。
ただ、アコニトにとっても同じだった。
「おぉい、坊やぁ! ここはいったいどこだぁ?」
その答えは木村にとっても知りたいところだった。
彼は彼が推測している中でもっとも正しいと思う解答を告げた。
「カゲルギ=テイルズというゲームの中、だと思う」
「げぇむってのは知らんが、儂もカゲルギ世界は知ってるぞぉ。だがなぁ、儂の知るカゲルギ世界にナギカケ帝国なんてないんだぁ。一国の王女が東日向の国を知らないなんてことはあり得ないなぁ。それにだぁ。東日向の三大影神第一柱である儂ですら、神々の名前にどれ一つとして心あたりがないってのはどういうことだぁ? なぁ、坊や。教えてくれぇ。儂はいったいどこに呼ばれたぁ?」
木村はわからないと首を横に振った。彼だって知りたいところだ。
そして、彼は、この場で唯一、全ての答えを知っていそうな人物を見る。
二人から注目の視線を受けたおっさんは目を逸らさない。
堂々と木村を、そしてアコニトを見つめ返す。
沈黙の後に、おっさんは口を開いた。
「最初に言ったとおりだ。キィムラァ。この世界は今、大変な状況におかれている。だが、俺は信じてるぞ。お前さんの力なら世界を救える、と――」
おっさんは親指を立てて木村に示した。
何の答えにもなってなかった。