37.採集
イベントのない日々が十日ほど続いている。
木村たちはポッポス区域なる地域に逗留していた。
人のいない地域のようで村や町がない。
代わりに魔物や採取ポイントも多いことがわかり、狩りや食べ物の採集に力を入れていた。
パーンライゼ区域と似たようなところだと木村は考えている。
カクレガの索敵機能を強化したことで、いろいろなアイコンが地図に出てくるので大幅に活動がしやすくなった。
消費よりも蓄積が増えていくので、このあたりの採集を可能な限りおこなってから東に進むと決めた。
レベルも低レベルのためかぐんぐんと上がっていく。すでにレベル28だ。
花や石、生物の採集でも経験値が入ることがわかり、レアものを中心に集めている。
今もまさに昆虫マークを見つけて、採集のため外に出たところである。
「おっ、いたぞ」
「みつけるの、早いです」
おっさんがあっという間に対象を見つけた。
見つけるのは早いが、捕まえたり採取したりは基本的にしない。
他のキャラや木村にやらせる。見つけることはチュートリアルで、捕まえるのは違う判定のようである。
今も捕まえるのはゾルがしていた。
彼女は採取、採集系のスキルを持っていて、普段よりも楽しそうに見える。
普段が美人で無表情のため話しかけても、一言か二言で話が終わってしまい、戦闘関係以外では話しやすいキャラではない。
本人も一人でいることが好きなようで、カクレガ内で誰かと一緒にいることは少ない。
「見て! 大きい!」
訂正だ。普段とは比べものにならないほど楽しそうだった。
人に向けない笑顔を、手に持ったクワガタに向けている。
色は真っ赤で、片手で持てるギリギリのサイズだ。
「立派なサイズだな。見せてみるんだぞ」
ゾルが、捕まえたクワガタをおっさんに渡す。
自ら手に入れることはしないが、他者が手に入れたものを扱うのはセーフらしい。
「マッカックワだな。素晴らしい大きさだぞ」
「大きな虫なぞ、気持ち悪いだけだぁ」
対魔物用でいちおうアコニトも来ているが、まったく乗り気じゃない。
木村としてもアコニトに同感である。
クワガタに目を輝かせる歳でもないし、そもそも虫が好きではなかった。
昆虫よりも、普段はまず見られない、はしゃいでいるゾルやおっさんを見て楽しんでいる。
ゾルとおっさんが満足そうな顔でクワガタを手に取って見ている。
手に持たれた側のクワガタは、角をばちんばちんと閉じたり開いたりして忙しい。
ノコが鋭く、ギザギザもついており、とても大きい。力も強そうであり、挟まれたらかなり痛そうだ。
「よし、もう一匹捕まえるぞ。キィムラァ、レベルが30に到達したことで“結晶合成”が開放されたぞ。マッカックワがいるということは、近くにマッサオカブトもいるかもしれない。見つけ対決させるんだ!」
「マッサオカブト! 次は私が早く見つける。負けない」
「競争だぞ」
ゾルもずいぶんと楽しそうだ。
こんなに楽しそうに行動していると、木村もなぜだか嬉しい。
……気のせいか。今、昆虫の話にまぎれて何か重要な話が混ざっていたような。
「レベル30? 結晶合成?」
答えは返ってこなかった。
おっさんはゾルと一緒に木々の中へ、冒険に行ってしまっている。
なお、おっさん側には捕獲役として、ウィルがついていっているのでなんとかなるだろう。
木村はアコニトと一緒に木陰へと入り、持ってきたお菓子と飲みもので一服するだけだ。
おっさん手製の大きなカゴに入れられたクワガタが、よじよじと側面を登り、天井からなんとか出ようとしている姿をぼんやりと眺める。
レベルが30になった、とおっさんは話していた……と思う。
カクレガを出る直前はレベルが28になったばかりだったので、このクワガタ一匹がレベル2を押し上げたことになる。
ここ数日の他の採集でも、一気にレベルが上がった記憶がある。
採集という経験値の大量稼ぎは異世界独自だろう。
間違いなくソシャゲの中では、ワンクリックで「採集完了しました」が出てわずかな経験値がもらえる程度のシステムだ。
あるいは戦闘のドロップか、遠征や遠征と同様に時間を待って手に入るものであろう。
まさかこんな、外に出て罠を張ったりして自分で捕まえに行くシステムの訳がない。
夜の暗い時間に明かりを持って、昼に蜜を塗っておいた木に昆虫がどれだけ集まったか見にいくなんてシステムはないだろう。
真夜中の採集で、手よりもずっと大きい蛾がアコニトの顔に止まったときは、さすがに彼女も叫んだ。
木村だって叫んだし、近くに隠れていた魔物も二人の絶叫に驚いて叫んだ。
はっきり言って、戦闘やストーリーよりも採集の方がやりこみ性がある。
自然をそのまま使うだけのエコシステムだ。エンジニアにもプレイヤーにも優しい。
ただ、もしもこの採集がメインのゲームならジャンルが変わってしまう。アドベンチャーだ。
“僕とおっさんの夏休み”みたいなタイトルになる。
ときどきおっさんやゾルらの声が聞こえる。何かいろいろと捕まえているようだ。
しかし、ステータスを見てみても経験値の表示も変化がない。
おそらくレベル30が今のレベル制限値なのだろう。
これ以上の採集は経験値が無駄になる。
もしかしたら制限解放のときまで、システム裏で溜まっており、制限解除と同時に消費されるかもしれないがたぶんない。
食料もそれなりに溜まってきたし、場所を移動する頃合いかもしれないと木村は考えた。
結晶合成はよくわからないので、カクレガに戻ったときに聞くとしよう。
隣を見ると、アコニトもすやすやと眠っている。
口を半分ほど開け、涎も垂らしてと非常に間抜けな寝顔だ。
「……え?」
クワガタの様子はとカゴを見れば柵が切り落とされていた。
中に赤いクワガタの姿がない。
「ぎゃああああああああああ! あぁああああああぁああああああ!」
突然の爆音に木村は体を大きく震わせた。
隣を見ると、寝ていたはずのアコニトが目を大きく開いている。
「あああああ! ぎぃぁあああああ!」
彼女は叫んで立ち上がっていた。
尻尾の一つに赤いクワガタが止まっている。
大型ノコが、アコニトの尻尾を力強く挟んでいるではないか。
「アコニト! 尻尾にクワガタが!」
「イッ! 痛いぞぉ! この糞虫が! くたばれ! 素揚げで食ってやるわ!」
アコニトがキレて、自分の尻尾めがけて毒を吹きかける。
“毒無効”
このクワガタ――強い。
「毒は効かないみたい」
「ふざけるなよ!」
本当にふざけた話であった。
明らかに機械みたいな魔物にも毒は効くのに、このクワガタはピンピンしている。
毒が効かないとわかり、アコニトはクワガタを手で取ろうとする。
しかし、クワガタのノコの力は、赤竜の加護を得たアコニトの力よりも上だった。
尻尾を硬く挟んで離れようとしない。取ろうとすればするほどノコが尻尾を強く挟み、アコニトが絶叫する。
ノコの方に手をかけて挟む力を緩め、木村が恐る恐るクワガタの胴体をつかんで引き離す。
木村もアコニトも息が絶え絶えである。凄まじい一戦の後のような息づかいであった。
「どうかしたのか?」
おっさんたちも、声に気づいて戻ってきた。
おっさんの両手にはそれぞれ大きなクワガタがもたれている。しかもさらに大きい。
ゾルの手には色が青い大きなカブト虫がいた。戦利品のようで木村に誇るように見せてくる。
「クワガタが逃げ出したんだ」
木村が手に持ったクワガタを見せる。
おっさんもカゴを見て頷いた。
「次はもっと丈夫なやつを作るぞ」
「そうじゃ! 貧弱なカゴを作りおって! 危うく儂の尾が断ち切られるところであったぞ!」
「貧弱なのはお前の尻尾だろう。ちゃんと鍛えるんだぞ」
両手にクワガタを持ったまま、自身の筋肉を誇張する。
あまり見たくない絵面だった。
「それよりこのクワガタどうしよう。いったんカゴに戻していい?」
木村としてはさっさとこのクワガタから手を離したい。
デカいし、力強く動くし、ときどき羽も開いて飛んで逃げようとする。
もっているだけ何をしてくるかわからずドキドキする。
「カゴは逃げてしまうから駄目だな。やれやれ仕方ないな。女狐、ちょっと尻尾に置かせてくれ」
「は? ――ぎゃああああああああああ!」
おっさんが手に持ったクワガタを、アコニトの尻尾に近づけると、クワガタはアコニトの尻尾を挟んだ。
挟んだことを確認して、おっさんがクワガタから手を離し、木村の持っていたクワガタを手に取る。
アコニトは叫びつつ、周囲を走り、尻尾のクワガタと格闘している。
ウィルも取ろうとしているようだが、クワガタには魔法も効きづらい様子である。
大きくなったためか力も強くなっており、尻尾を二本まとめて挟んでおり、先ほどよりもひどい状況だ。
「クワガタはああやってモノを挟ませると逃げづらくなるからな。覚えておくんだぞ」
たぶん使うことはない豆知識である。
ひとまず採集はもう終わりのようで、おっさんはカクレガの入口を開いた。
満足した様子でおっさんとゾルが戦果を両手に入口を歩んでいく。
けっきょくアコニトの尻尾のクワガタは、アコニトとウィルでノコを外し、木村が両手でつかんで取った。




