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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅲ章.レベル21~30
34/138

34.上限解放

 木村が眼を覚ますと白いベッドの上だった。


 見覚えがあった。さほど物が置かれていないカクレガの医務室だ。


「お! やっと起きたね!」


 体を起こすと、うるさい声でペイラーフが入ってきた。

 手袋をして、手には花を持っている。腰にハサミをぶら下げているので園の手入れをしていたのだろう。

 ベッドのすぐ側にある棚の、小さな花瓶に手に持って花を挿し、古い花を回収している。


「どれくらい寝てた?」


 カクレガが列車に追いつき、花も替えるくらいだ。

 木村は自分がいったいどれくらい眠っていたのかが気になった。


「半日くらいかな!」


 全然たいしたことがない。

 一日すら経ってなかった。


「夜中にでっかい花火が打ち上がって、朝に爆心地で君を回収したんだよ。体にケガはなかったけど、何かおかしいところはある?」


 木村は立ち上がってみたが、特に異常はない。

 めまいもしないし、足がふらつくこともなかった。


「……大丈夫そうかな」

「元気だね!」


 ペイラーフには負けるよ、とは言えない。


「他のみんな……、そうだ。おっさんは? アコニトは?」


 爆発の直前に、おっさんはその場を動くなとか言っていた気がする。

 それにアコニトも爆発の中心にいた。


「あの狐ならヤニ部屋でいつもどおりだよ」


 さすがと言うべきだろうか。爆発なんてなんのそのだ。

 ソシャゲ・異世界と両方の竜の攻撃を食らって、いつもどおりの生活を送れる。

 心のタフさというか図々しさは見習うべき点があると木村も感じる。


「おっさんは?」


 ペイラーフが首を横に振った。

 見つからないということだろうか。

 アコニトは復活するのにおっさんは復活しないのか。

 あるいは生きてはいるが、爆風に巻き込まれどこかへ飛ばされたのか。


「訓練室でずっと筋トレをしてるんだ。あの汗臭さはついていけないね!」

「あ……無事なんだ?」

「そりゃ、少年を連れて帰ったのもあの筋肉だからね」


 爆発直前の言葉はいったい何だったのか。

 心配したのが馬鹿みたいだ。


「お、キィムラァ。目が覚めたか。元気そうだな。目覚めに一杯どうだ?」


 おっさんが手に持った飲みものを渡してくる。

 独特の匂いがした。彼が作る自家製プロテインである。

 効果はあるようだが、木村はあまりこの手の飲みものが好きではない。


「目覚めに一杯。運動後に一杯。食後に一杯。就寝前に一杯。基本だぞ」


 そんな基本は地球にすらない。

 ……ないはずだ。でも、スポーツ選手やボディービルダーはどうだろうか。

 おっさんもその類いなので、あるいは基本なのかもしれないと木村は真面目に考えてしまう。


「とりあえずもらうよ」


 考えていてもしょうがないので、おっさんからドリンクをもらい飲んでみる。

 体に良いものはまずいと言うが、これはまずいというよりもいろいろ混ざってよくわからない味である。

 何を混ぜているのかすらわからないし、聞いてはいけない気がする。


「列車はどうなったの?」

「消えたぞ。それよりキィムラァ。召喚者レベルの上限が解放されたぞ」


 以前も聞いた流れだ。

 もはや列車のことなどおっさんの中ではどうでもいいのだろう。


 召喚者レベルが上がったと聞き、ステータスを見てみる。

 レベルは19になっていた。列車に乗る前は16だったので一気に3も上がっている。

 しかし、そもそも上限がいくつだったのかがわからない。

 おそらく今回の上限解放で20から30に上がったと思われるが、そもそも20に達していない。


 イベントストーリーをクリアすると召喚者レベルが解放される仕組みのようだ。

 これはソシャゲでそうなのか、あるいは異世界限定なのかがいまいちはっきりしない。

 今後のレベ上げも気兼ねなくやっていける程度に思っておくことにした。


「カクレガの拡張も可能になったぞ」

「それはありがたい」

「ほんとだね! 園をもっと拡張したかったんだ!」


 横で聞いていたペイラーフも話に乗ってきた。

 食べ物不足のため花の領域が野菜や果実に侵食されており、彼女が不満を持っていたことを木村は知っている。


「農園の拡大は必須だね」

「わかってるね! 頼んだよ!」


 ペイラーフはご機嫌な鼻歌をまじえ医務室から意気揚々と出て行った。

 医務室の音量が一気に二か三ボリュームは下がった気がした。


「それとトロフィー部屋が設置されたようだな」

「トロフィー部屋?」

「功績が認められればトロフィーが増えていくぞ。これを励みにしてどんどん研鑽や挑戦を重ねていくんだ」


 実績クエストのようなものだろう。

 ソシャゲだけでなく、コンシューマでも見られるものだ。

 「敵を百体討伐」とか、「アイテムを全て集める」などの条件達成でもらえる。

 コンシューマなら一種の自己満足だが、ソシャゲでは特典があることもあるので後で確認しておくことにした。



 現在地を確認すべく、地図を見に行く。

 ウィルもソファに座っていた。


「おはようございます。大変だったようですね」


 あまりにも普通の挨拶だ。

 これくらいの挨拶がちょうど良い。

 起きがけに大声やプロテインとか望んでない。


「すごい西だな」


 地図を見れば、木村の喉から語彙力の乏しい声が漏れてしまう。

 西側に移動していたとはなんとなくわかっていたが、地図全体が西にスクロールしてしまっている。

 帝国の西側が、かろうじて地図の右端に見えるかどうかだ。


「ますます神聖国と離れてしまった」

「思えば遠くへ来たものです」


 ウィルがしみじみとした様子で地図を見つめている。

 現在位置は国名も何も付いていない。いちおうカクレガが東には進んでいることはわかる。


「それで、デンシアでいったい何があったんです?」


 ウィルが今回の顛末を尋ねてきた。

 電車ではないのだが動力の違いは大きな問題ではない。

 ウィルはあの乗り物が気になって様子だったので残念がっている。


 木村は彼が見たこと聞いたこと、それに嗅いだことを余すことなく話していく。

 列車の内部について話せば、ウィルはますます自らが乗れなかったことを悔しがっていた。


「けっきょく『しゃぼん玉われた』って、どういう意味だったんだろう?」


 木村は最後まで機関部を見ることはなかった。

 ソシャゲならストーリーは読まないし、さほど興味もわかない。

 しかし実際に体験してみるとと、あの大量にあったしゃぼん玉がなんだったのか気になる。

 赤竜がよくわからん状態になった原因もあの泡にあったことは間違いないだろう。


 おっさんに聞ければ一番なのだが、今までの経験から、チュートリアルとカクレガ、筋肉、礼儀のこと以外はまともに話ができない。

 そう言った点でこの世界の魔法に詳しく、かなり人格者なウィルはありがたい存在である。

 なおカクレガで一番の人格者は、ボローだと木村は確信している。

 人間からほど遠いロボが人格者とはこれ如何に。


「今の話から察するに、デンシアの機関は高度な神聖術が使われていると思われます」


 ウィルが宙を見ながらあれやこれやと眼を動かしていた。

 意見がまとまったようで木村を見て告げた。

 木村も黙って続きを促す。


「まず、精神術でしょう。人が意識をなくしていたのなら、これが真っ先に思い浮かびます」


 精神術とは意識を操る魔法らしい。

 木村もここはわかるので何も尋ねることはない。


「神気から車輪を回す方法は専門外なのでわかりませんが、神気を取り出すだけなら精神術からの実体形成術式、それに分解の術で説明ができそうです」


 実体形成術式が魔力を消費して現実に物を作る術式のことらしい。

 大人気シリーズの主人公も使っているので、おそらくアレと同じようなものだと木村は推測した。


「精神術で人の意識を操り、実体形成で何かモノを作りあげます。作り上げたものを分解術式で解体するんです。解体の際に神気が発生しますから」

「魔力で物を作って、また壊すのか?」

「厳密には違うのですが、大まかな流れを言えばそうなりますね。モノを作り上げたときの神気よりも、分解で生じた神気の方が大きければシステムとしては成り立ちます」


 なるほどと木村も理解できた。

 ただ、それくらいなら簡単にできそうな気がする。永久機関じゃないのか。


「ただ、実体形成の方が分解術式よりも遙かに神気を消費します。分解術式で得られる神気なんて微々たるものです。さらに分解術自体が神気を消費しますから、実体形成で消費される神気量は、分解術で生成される神気量の十倍以上にはなるでしょう。そのため、このシステムは到底成り立ちません。あっという間に神気が尽きます」


 やっぱりそう簡単な話ではなかった。


「ここで、感情を奪うという発言があったことを考慮します。そうすると精神術の前後で何か非現実性を持たせる術を挟んでいると考えられます。実体形成を意識の中で完成させ、意識上の実体を分解させるんです。実体形成で消費される大半の神気は、実体の形成時に使われるので意識の中で形成するならほぼゼロに近づきます。夢と言ってもいいでしょうね」

「……意味がわからない。実際にない物をどうやって分解するんだ?」

「分解術式はモノだけでなく記憶や意識にも使えるんですよ。ただ起きている人に対して使ってもわずかに気が軽くなる程度なんです。寝ている人に使うとぐっすり眠れるようになったという例がありました」


 不安や心配事が分解されてスッキリするとかそういう話だろうか。

 かなり便利そうな魔法だと木村は考えた。ぜひとも討滅クエスト中に使って欲しい。


「実体形成が無意識下でも十全に発揮されるとなると、対象者と結びつきの強いモノや出来事になるはずです。――思い出とそれに付き従う数多くの感情とも呼べるモノでしょう。これらが次々に分解されていきます。思い出が神気に変換されるすれば、あの泡はおそらく……」

「感情なのか。じゃあ“しゃぼん玉われた”っていうのは――」

「感情が消えてなくなっていくことを言っているのかと。何度も夢を見させられ、それが分解されていきます。夢とは言えども、何度も繰り返すことで最終的に対象は、何も感じず思うことができない廃人になるでしょう。あるいは夢の世界から出られなくなるかです」


 フルゴウルはエネルギー源について言及していた。

 細かくは覚えていないが「どれだけ使ってもなくならず、換えがきく」だったはずだ。

 木村が理想的なエネルギーと思ったモノはすでに地球にもあったらしい。持ち帰っても木村は英雄になれそうにない。

 非人道的な存在として扱われるだけだろう。


 暢気に列車の中でお茶を飲んで過ごしている間にも、彼らの心が削られていっていたことになる。

 「君たちが楽しんでいる時間もまた、誰かの犠牲の上に成り立っているんじゃないか?」という運営からの歪んだメッセージを感じる。

 もちろん木村の考えすぎかもしれない。



「何を思っているのかはなんとなくわかるのですが、システムだけを評価するなら非常に画期的ですよ。もしも神聖国で作り上げれば教授の一席は約束されるでしょう。燃料とする人は死罪の人間を使えばいいんですからね。無駄に殺すよりも燃料にした方がずっと効率的ですし、何より殺される側にも痛みや恐怖はほぼないでしょう」


 それはそうかもしれないが、やはり何か嫌な感覚が残る。

 ウィルも木村の思いがわかったようだ。


「僕としては好みじゃないですね。どれだけ素晴らしい神聖術を使っていても、やはり肌に合う合わないがあるんです。論理とはかけ離れていますが、僕はこの感覚を大事にすべきだと思っています」


 木村も頷いた。

 論理や効率だけで評価できるものばかりじゃない。

 子供にはわからないと言われるのかもしれないが、好き嫌いという感情に従うことも大切だと思った。


「それで赤竜の爆発はなんだったんだ?」

「聞いた限りでは、意識放出の一種かと思われます」


 これです、と言ってウィルは手の平を見せてきた。

 手の平の上でポンと、小さな音がして、ささやかな風が木村の頬を撫でる。


「……これが?」

「意識放出ですね。神気とそのときの意識を混ぜて撃ち放つことができます」

「強いの? 見た感じだと弱そうだけど」

「基本的にこれ単体で使うことはないです。他の神聖術や体術と重ねて使います。僕は適性がないから使い物になりませんね。神気も馬鹿食いします。今のでも普通の神聖術十発分は持って行かれます」

「今ので?!」

「はい。今のそよ風でです。よほどの適性と神気がなければまず使い物になりません」


 漫画でも見かける怒りを力にする系のやつだろう。

 たしかに向き不向きはありそうだ。


「意識放出に適性がある人は、感情のブレが大きく、他人の感情を読み取るのに長けていると聞きます。話していて感情を読まれたりしませんでしたか?」


 そういえば、最後の質問は何かを確かめているような感じだったと木村は思い出す。

 嘘か本当かがわかるのだろう。アコニトも似たようなことができていた。


 そうすると最後の爆発は、列車のシステムに対する赤竜の激怒と考えられる。

 アコニトも悲しんだり怒ったりしていたので、赤竜と似ている部分があったのかもしれない。

 人の反応を見て、感情の変化を楽しむ系なのだろうか。実は赤竜も性格がかなり悪いんじゃないかと思い始めてしまう。


 いろいろとわかったところで、ウィルと別れた。



 頼まれていたカクレガの拡張を行わなければならない。

 ブリッジも設備投資をして、より外部からの情報を得られるようにしたい。


 ゆっくりした時間はあっという間に終了し、それなりに忙しい日常が戻ってきたと木村は感じる。

 ほどほどにやることがあるというのは、生きる糧なのかもしれない。


 木村は背伸びをしつつ、カクレガの通路を歩いて行った。

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