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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅱ章.レベル11~20
33/138

33.メインストーリー 2

 一日をラウンジでダラダラと過ごし、ダイニングへ夜ご飯を食べに行く。


 あまりにもゆったりとしすぎて、本当に夜ご飯を食べてもいいのか木村は不安になってくる。

 食べ終わった直後に討滅戦がやってきて、「十回クリアするまで休めません!」とか言われないか心配だ。


 もちろんそんなことはありえない。

 地球にいた頃とは比べものにならないほど、時間の使い方が緩やかだ。

 平日は学校、休みの日は塾と、学生というのはなかなか忙しいものなんだなと考えた。


 アコニトに加えて、おっさんや赤竜も一緒にダイニングへ行くことになった。



 ダイニングにはすでにケリドとフルゴウルが同席して食事をしていた。


 ケリドがアコニトを見て露骨に嫌な顔をしたが、今回はアコニトもケリドに絡もうとはしない。

 アコニトも扉近くの席に座り、赤竜やおっさんもそれに倣った。

 木村とおっさんがおまかせコースを選び、アコニトは懲りずに聞いたこともないコースを選ぶ。


「ボクは、パープルくんが朝に注文していたコースにしようかな」

「本気ですか? アレを?」

「ボクは辛い物も好きだよ。あれぐらいが良いのさ」


 人っぽい外見をしているが、この世界では竜という名の謎種族だったと木村も思い出す。

 アコニトは昼前の苦痛を思い出したのか胃の辺りを押さえていた。


 木村もあの毒物が来てしまっては、食事どころか近くにいることすらできない。

 ガスマスクが必要になってくる。


「すみません。席を移動してもいいですか?」

「ひ、一人では坊やも寂しかろう。仕方ない。儂が同席してやろぉかのぉ」

「いや、俺が行こう。女狐はここで赤と一緒に食事をしてやってくれ」


 アコニトは、席を立ちかけたところでおっさんに肩を押さえられた。

 そのまま赤竜がにこやかにアコニトへ話しかける。


「大丈夫かい? パープルくん。しっぽの毛どころか顔色までパープルだよ」


 料理という名の毒物が来る前から、アコニトの顔色が悪くなっている。

 木村は、また弱ったアコニトを看病できそうだぞと期待した。


「失礼します。あちらのお客様からご同席のお誘いがかかっております。いかがされますか?」


 木村がおっさんと席を立って移動し、腰掛けたところで乗務員が近くにやってきて声をかけてきた。

 あちらのお客様とは、ケリドとフルゴウルのようだった。


 木村は断る理由がない。

 おっさんも同様だ。


 それでは、と座ったばかりの席を立ち、ケリドとフルゴウルの席へ移動する。

 木村としても、あの毒物からなるべく距離を置きたかったのでありがたい話であった。


「お招きいただき感謝する」

「ありがとうございます」


 おっさんの言葉を真似て、木村も礼を告げた。

 ケリドは真面目顔なので感情がわからないが、少なくともフルゴウルは機嫌が良さそうである。

 黒髪の怖いおじさんもいないので木村としては心が軽い。


「良く来てくれたね。どうぞ座ってくれたまえ」


 フルゴウルはやはり木村が見えていないようで、木村とはややズレた位置を見て話していた。

 おっさんの方はあまり見ようとしていない。


「同席を許してくれて感謝するよ、ケリド女史」

「アコニトがいないなら私はかまいません。どうかお気になさらず」

「キィムラァくんはすでにケリド女史とは挨拶したようだから、紹介は省かせてもらおう。招待させてもらったのは朝の礼をまだ言ってなかったからなんだ」

「……そう、でしたっけ?」


 いろいろとあって、あまり木村は記憶に残っていない。

 はっきりと思い出せるのはアコニトが煙管を吸い出したことや毒物をまき散らしたことくらいだ。


「そうだよ。その節は世話になったね。ありがとう。何か私に出来ることがあれば言ってくれ。できる限りのことはしよう」

「いえ、そんな。大げさですよ」


 実際にそこまで大したことはしていないと木村は思っている。

 やってもらいたいこともさほど――、


「あ、そういえば知りたいことがあったんです」

「何かな?」


 木村は何かないかをいちおう頭の中で検索をかけた。

 そして、すぐにヒットしてしまった。


「ここの列車の出資は、フルゴウルさんとケリドさんがされているんですよね?」

「そうだね」

「はい。そのとおりです」


 昼にケリドがそんな話をしていたのを木村は覚えていた。

 けっきょくアコニトは、機関部の内部を何も教えてくれなかった。

 この列車に詳しい二人が目の前にいて、一人がお願いを聞いてくれそうな雰囲気を出している。聞かない手はない。


「この列車の泡は機関室から出ていると思うんですが、機関室の中というか、機関の仕組みがどうなってるのか知りたいんです」

「もちろんかまわないよ。この列車の一番の特徴だからね。ただ、機密事項もあるから、話せる部分だけになってしまうが良いかな?」


 フルゴウルは木村だけでなくケリドも見た。


「機関部に関して、私どもは存じあげません。フルゴウル殿の裁量にお任せ致します」

「ありがとう。私の伝えられる範囲を話すとしよう」


 どうやらケリドは機関部について知らされていないらしい。

 ケリドが知っているかアコニトも気にしていたので、後で伝えておくことにした。


「従来の精気吸引型システムはキィムラァくんも知っていると思う」

「いえ。知りません」

「おや、列車についてはほとんど何も知らないのかな」

「いえ、テレビ……過去の映像で列車は見たことがありますし、似たような物なら乗ったこともあります。エネルギーは精気? とかではなく蒸気や電力になりますが」

「ほう。後でそちらの話を聞かせてもらいたいな」

「私も是非とも異世界の動力に関して聞かせていただきたいですね」


 フルゴウルとケリドの関心が、逆に木村の世界の話に行ってしまった。

 二人とも互いに熱が入ったことを自覚したようで、冷たい飲みものを頼みクールダウンさせる。


「失礼。まずはこちらの話だね。従来の精気システムは、ステーションでの高出力かつ高純度の精気を補給しなければ炉が動作しない。高出力かつ高純度の炉は人が作り出すことはできず、天然から産出される高品質の精石からうまく取り出す必要があった」


 化石燃料みたいな話だろうと木村は理解した。

 そうすると枯渇の問題が次に来るのかなと話を推測する。


「この天然の精石がもうじき発掘できなくなりそうでね。人工の精石では炉を維持するだけならできるが、起動には足りない。そこで新たなエネルギー源が必要となったわけだ。ここまではわかるかな」

「はい。なんとなくですが」


 学校の授業でも習ったような話だ。

 化石燃料が枯渇するから、自然エネルギーを使っていこうという流れだろう。

 どこの世界も似たような問題に直面しているのだなぁと木村は感じた。


「実際にいくつかの新たな動力が導入された。熱、氷、雷、風、それに光か。ケリド女史も光の分野では試行されているよ」

「はい。あいにくと出力が不安定かつ使い手が少ないため、列車の動力としてはお蔵入りとなりました。他の分野で利用しています」


 光と言うと、太陽光発電みたいなものだろうか。

 それにしても光の能力者というとなんだか強そうだなとケリドを見る。


 ケリドは、まったく別の方向を見ていた。

 木村もそちらを見ると、赤竜とアコニトの席である。

 アコニトの前にどう見ても岩と思われる黒の塊が並べられ、彼女は乗務員からコースの説明を受けているようだ。

 木村もあの岩をどうやってアコニトが食べるつもりなのか気になる。


「そこで我々も新たなエネルギーを見つけ出し、ついに実用化することに成功したという訳だ」

「新たなエネルギー源はいったい何だったんです?」

「ふふ。残念ながらそこは機密でね。申し訳ないが、キィムラァくんでも話すことはできない。ただ、“どれだけ消耗しても代用がきき、なくなることがない”とだけ言っておこうかな」

「すごいですね。理想的なエネルギー源です」


 本当にすごい。

 もしもそのエネルギー源を地球に帰ることができたら木村は英雄だろう。


「それで、あの泡はエネルギー源からどういう過程で出てくるんでしょうか?」


 エネルギー源はさすがに教えてもらえそうにないが、けっきょくのところ泡はどうやって出てくるのか。

 しかし、エネルギー源と密接な関係と思われるので教えてもらえる可能性は低そうだが、ダメもとで尋ねてみる。


「実はね。わからないんだ」

「え?」

「そうなのですか?」


 木村も驚いたが、ケリドも意外そうな表情でフルゴウルを見ていた。

 フルゴウルも困った顔をしている。


「エネルギー源から動力を抽出する魔法構成と高効率循環システムを、うちの開発部が作り上げたんだけどね。なぜかその過程で泡が出てくるんだ。害もないし、せっかくだから外だけでなく中にも出してみようということでこうなっているんだよ」

「そんな理由があったんですね」

「虚精神と幻想抽出、抽象具現、分解作用。システムは素晴らしいな。しかしだ、一つだけ言っておくぞ」


 今まで石のように黙っていたおっさんが急に口を開いた。最初の言葉を木村は聞き取れなかった。

 笑顔も何もない無表情でフルゴウルを見る。


「今の話は――絶対に赤の前でするんじゃないぞ」

「赤?」


 木村がアコニトと同席している赤髪の女性を示す。

 フルゴウルも理解した様子だ。


「ひょっとして忠告かな?」

「いいや、チュートリアルだ。キィムラァもだ。いいな?」

「……うん」


 よくわからないが木村も頷く。

 実はアコニトが中を見た、とは言えない雰囲気である。

 口を塞がせるなら、自分よりもアコニトではないか。問題の赤竜とも同席している。

 二人の様子を見ていると、アコニトが毒物の刺激臭で涙を流しながら、岩を口に入れどうにかかみ砕こうとしていた。

 赤竜は問題ない様子で毒物を口に入れている。


「ちなみに話すとどうなるの?」


 興味本位で木村はおっさんに尋ねた。

 あの赤竜はあまり強そうには見えないし、魔物よりも怖くない。

 乗務員相手にも力尽くの解決はしていなかった。話すとどうなるのかが気になる。


「機関のシステムは赤の逆鱗に触れている。花火を見ることになるだろうな」


 木村にはよくわからなかった。花火?

 フルゴウルはぴくりと反応して、小さく頷いている。


「覚えておこう。ただ、このシステムはまだ問題点も多い。改善が必要さ。さて、それではキィムラァくんの世界の列車の話を――」


 フルゴウルが話を切り出したところで扉が開き、足早に黒髪の男が入ってくる。

 ダズマである。ダズマはおっさんを見て、一瞬だけ頬を硬直させたがそれだけであった。


「団らん中に失礼致します。フルゴウル様、ケリド様。よろしいでしょうか」

「――済まないね。少し席を外させてもらうよ。私たちにかまわず食事を楽しんでくれ」


 三人とケリドの付け人が扉から消え去り、おっさんと食事をする。

 アコニトの方から叫び声が聞こえてくる。


「歯が! 儂の可愛い八重歯が! あぁぁぁ!」


 どうやら欠けたか折れたかしたようだ。

 アコニトが指で何かをつまんで涙を流している。

 残念ながら岩のような何かは、かみ砕くことが適わなかったらしい。


 赤竜は汗をかきながらスープを飲んでいた。

 アコニトの声など聞こえていないかのようで、ひたすら食事をしている。


「キィムラァ。食事は終わりだ。敵が来るぞ」

「……はふぃ?」


 おっさんがスプーンとフォークを皿に並べて置いた。

 ナプキンも折りたたみ、机の上におき、すでに席を立っている。


 木村はスープを飲んでいる途中だったの変な声が出てしまった。

 慌てておっさんの真似をして、スプーンとフォークを置き、急いで席を立った。


「どうやら招かれざる客が来たみたいだね。中座してしまったよ。冷める前に終わるといいけど」


 気づけば赤竜も木村の側に来ていた。

 竜でもあの毒物は辛かったようで、汗を隠しきれていない。


 赤竜の後ろには泣いているアコニトがいた。

 口を開けて、歯がどうなっているか指で確認している。

 残念ながら木村から見ても歯の場所は空洞となり、完全に折れていることがわかる。


「食べなきゃ良いのに……」

「注文だけして口も付けずに返すのは、儂でも躊躇うぞぉ」


 クスリを公衆の面前で吸う存在が、今さら何を言っているのか。

 おっさんも今の発言は耳を疑ったようで、手を耳に当てて聞こえているか確かめている。


「敵が来るって言うけど、どこからやってくるの?」

「後ろからだよ。まだ距離はあるのに、はっきりと知覚できる魔力だ。素晴らしい魔力量だね。ここまでの存在は久しぶりだよ。彼女たちで止められるかな?」

「無理だな。キィムラァ。脱出の準備をするんだぞ」

「脱出? 戦闘はしないの?」

「今のボクたちじゃ戦いにならないね」


 赤竜が諦めたように両手を挙げる。

 仮にも竜なら何とかして欲しいところではある。

 いや、竜以上に強いやばい存在が来たと考えた方が良いのだろう。

 どこかの教授だったりしないだろうか。


「逃げろとまではボクは言わないけど、戦闘を回避できるならその方向でいくべきだね。せっかく口があるんだから。――そうだ。食事に誘ってみてはどうかな」


 赤竜の発言は、ふざけているのか本気なのか判断に困るところである。

 そうこう話をしているうちに、木村にも大きな音が聞こえてきた。

 爆発音やそれに伴う振動が立っていても感じられる。


 戦闘音は徐々に近づき、乗務員から席に座って落ち着くよう声がかけられる。

 木村が落ち着こうと深呼吸をすると、後方車両側の扉が吹き飛んできた。


 扉だけでなく、黒髪の男もセットで飛んできている。

 ダズマであった。どうやら彼は意識を失っているようでぴくりとも動かない。

 その後、ケリドやフルゴウルも彼を追うように走って、ダイニングにやってきた。


「全員、速やかに前方車両へ避難しなさい!」


 ケリドが叫ぶ。

 彼女が叫ぶと同時に、扉の向こう側から熊の姿をした男がやってきた。


 こちらの世界の獣人と雰囲気が近い。

 モチーフは間違いなく熊だ。


 ケリドやフルゴウルが負傷しているのに、熊人の方はまるで負傷している様子がない。

 堂々とダイニングを見渡し、木村やおっさん、それに赤竜も見た。

 赤竜を見たところでぴくりと動きが止まる。


「あれ? キミ、もしかしてダ・グマガ渓谷の出身だったりする?」


 赤竜が前に出て、熊人に話しかける。

 木村は本当に話しかけるとは思ってもみなかった。

 しかも、彼女の口から出た名前は木村も聞き覚えがあるものだ。


「是的。ダ・グマガ谷、我的家。是赤可?」

「ああ、ボクがそうだよ。やっぱりか。キ・ツマグの代に遊びに行って以来だからね。まあ、立って話すこともない。食事でもしながら話そうじゃないか」


 知り合いというほどではないが、まともに話ができているように見えた。

 赤竜が椅子を勧めると、熊人も椅子を見ている。


「我想一介人打此」

「ああ、もちろんかまわないよ。ボクも食事の途中だったからね。一緒に食べよう」

「是的」


 木村は聞き取れなかったが、何か通じ合ったようである。

 熊人は大人しく回れ右をして、扉から立ち去った。


「彼は何て言ったんですか?」

「もう一人をここに呼んでも良いか、と言ってたよ」

「あの、さっきの獣人と知り合いなんですか?」

「彼の出身地は、ボクの管理地の北限でね。彼が今の当主なら、先々々代くらいの当主になるかな。そいつと大喧嘩をしたことがあったんだ。そのときにおっきい谷をつくっちゃってね。彼らは今もあそこに住んでるのかな」


 木村は嫌な思い出がよみがえった。

 その谷で手も足も出ず逃げ帰った記憶がある。

 アコニトも何か遠い記憶を、思い出そうとして頭を抱えている。

 おそらく彼女は思い出せないだろう。初っぱなで殴られ死に絶えたのだから。


「やはり会話は重要だね。でも、珍しいな。あの渓谷の住人は滅多に谷から出ることからないんだけど、誰かがちょっかいを出したのかな」


 まさしく木村たちであった。

 アコニトどころかおっさんまで無言だ。

 大人たちの対応を見習い、木村も知らぬ存ぜぬを貫くことにした。

 赤竜も、様子のおかしい木村たちを見て察したようで、フムフムとわざとらしく頷いている。


 熊人が連れてきたのは、熊でも獣人でもなく一般的な人間の男性だった。

 ウィルに近いが、彼よりはやや体つきがたくましい印象を受ける。

 ここの乗務員の服装よりも、ややキッチリしていた。


「あの、なぜ自分はここにいるんでしょうか?」


 呼ばれた男性――ビッツは、とても困った表情で椅子に座っている。

 机を連結させ、熊人、ビッツなる男、木村、おっさん、アコニト、フルゴウル、ケリドが椅子にかけて話し合う態勢だ。

 ダズマはどこかへ運ばれていってしまった。


 乗務員は恐怖を隠しきれていないが、熊人やビッツに食事を出していた。

 赤竜も毒物を彼らの横で、やや離れて一緒に食べている。


「それで、キミたちはどういう経緯でここにやってきたんだい?」

「起初――」


 熊が話を始める。

 木村が聞き取れる範囲だと、里に何かが入ってきて、それを追ったのが最初。ここは木村もわかる。入った本人だからだ。

 その後で、大きな町に行き、この列車を見て、線路に沿って追った。追っている途中で別の列車に乗った。ここもまだわかった。


 列車に乗ったらおもしろい男がいたので、力を披露したら鳥が出てきて、車両を投げて倒したという話が出た。

 おそらく言葉がおかしいので、正確な訳ができていないのだろう。木村は英語のヒアリングも得意ではない。

 その後は、途中で列車が横転したので、線路に戻し、再び走りだしてここに至るとか。

 ヒアリングテストなら赤点だったかもしれない。


 もう片方のビッツは機関士のようだ。

 見てはいないが後ろにある列車を操縦していたようである。

 彼の鉄道会社が、どこか別の会社から依頼され、彼に白羽の矢が立ったとか。

 傭兵たちをこの列車まで運ぶのが元々の役目だったが、熊男がやってきたところから流れが変わった。


 熊男と一緒に竜巻がやって来て、傭兵たちと後ろの車両全てがどこかへ行った。

 その後は横転もしたが、熊男の力で機関車を線路に戻して、エネルギーも蓄えてここに至るとか。

 もしかして先ほどのヒアリングは合っていたのではないかと木村は思い起こす。


 どうも木村の理解を超えたことが起きていることは間違いない。

 もしかしてビッツの列車にいた奴がボスで、竜巻を起こすやつだったのではないかと木村は推測した。

 真実はやや違うのだが、推測は惜しいところを突いている。


 食事が出ると、二人は遠慮なく食事を食べている。

 特にビッツはよほどお腹が減っていたようで、先ほどまでの遠慮がちな態度はない。

 グ・ザマヒも数人前を軽い様子で平らげていく。岩のような謎の料理もかみ砕いているので、アコニトが恐々した様子で自らの歯を触っていた。

 なお、あの毒物はやはり種族的に無理なようで、これにはアコニトも満足そうに頷いたし、木村も頷いた。

 残したら駄目だろうと言うことで赤竜が、一人だけ周囲から離れておいしそうに食べている。


「我欲見泡機」


 食事が終わったところでグ・ザマヒが告げた。

 これは木村もわかった。泡を出す機関が見たいということだろう。木村も見たい。


「残念ながら、あそこは機密だよ。赤殿からも伝えてあげてくれないかな」


 フルゴウルが赤竜に説得を依頼した。

 依頼を受けて、赤竜も熊男をなだめるように言い聞かす。


「ボクも見たいけど我慢しているんだ。あまり無茶を言ってはいけないよ」


 赤竜も見たかったらしい。

 そういえば列車に来た直後で、そんな声を聞いたなと木村は思い出した。


「自分もこの機関の話は耳にしたことがあります。機関士がいないとうかがいました。今後は自分たちも仕事がなくなっていくのでしょうか」


 ビッツが口に出す。

 将来への不安が感じられる。

 なんだか話が急に小さくなったと木村は感じた。


「いいや。そんなことはない。まず言っておきたい。この列車の機関はまだ試作段階だ。先走って導入こそしたが、安定した動作をしているとは言いがたい。管理する者が絶対的に必要となる。それは、君たちのような機関士が行うべきだと考えている」


 フルゴウルの言葉に、ビッツもほっと息を吐いている。


「精気吸引型の炉が減っていくことは間違いないでしょう。しかし、ビッツさんが機関士として培った知識や経験は機関だけではないはずです。責任感やトラブル発生時の対処などの心構えは、別のシステムに置き換わった後も無駄にはなりません。貴方のような方が、新たなシステムについて学んでくれれば、新たな時代の機関士を導く存在になることは間違いないでしょう」


 ケリドも真面目くさった顔で、フルゴウルの言葉を支持した。

 ビッツだけでなく、フルゴウルもケリドの言葉を満足そうに頷いている。


 木村も、ケリドの言葉には、気遣いという温かみを感じられた。

 表情が硬いので、少し怖い印象こそあるが気遣いはできるようである。

 表情が柔らかく気遣いという言葉に無縁のアコニトとは真逆の存在であった。


「儂はそんな新たな時代はごめんだなぁ」


 和やかな雰囲気に水を差す奴がいた。まさしくケリドと対をなすアコニトである。

 煙管を手にしているが、火を付けないように自らを抑えている。


「なんですって? もう一回言ってみなさい」


 アコニトの言葉にケリドがすぐさま反応する。

 沸点が低いという点では似たもの同士だ。


「耳が聞こえんくなったかぁ。うぬがのたまう“新たな時代”――そんなものはごめんだと儂は言ったんだぁ」


 全員の視線を浴びてもかまうことなくアコニトは口にした。

 非難の目で見られようがおかまいなしである。


 態度の方向性はともかくとして、木村はこういったアコニトの態度を嫌いとは思っていない。

 もしも彼なら非難の目が一斉に自身へ向けば、視線に負けて意見をあっさりと変えてしまいそうだからだ。


「貴方は、自らの役割を何一つとして果たさず、他者の成果に文句を言うのですか」

「無論だぁ。儂は何もせんでも口を出すぞぉ。儂の気にいらんモノは、なんであろうと気に入らんと言う。逆に問うぞぉ。うぬは、なぜアレに行き着いたぁ? アレがヒトを導くためのものだと本当に思っておるのかぁ? あぁ?」


 ケリドもキレているが、どういうわけかアコニトもキレている。

 彼女を少しばかり知っている木村としては、もはや激怒に入っていると判定するところだ。


「アレ? アレが何か知りませんが、私はヒトをより良い方向に導くため行動を――」

「ヒトをガラクタに寝かしつけてぇ! 意識をなくした状態から力を抜き取ることがぁ! 良い方向への行動だぁ?! ……もうよい。もはや話ができん。うぬの好きにせい」


 儂も好きにすると言わんばかりにアコニトは煙管に火を付けた。

 木村はアコニトの怒りと、その後の諦めた静かな姿から喫煙を止めることができない。


 おっさんが殴るだろうと思ったが、なかなか行動に移らない。

 どうしたんだろうとおっさんを見ると、彼はアコニトとはまったく別の方向を向いていた。


 木村がおっさんの視線を追う。視線の先にいたのは赤竜である。

 彼女は笑顔のまま固まって、角には赤い光の線が浮かび上がっていた。


「パープルくん。その言いようだと、キミは機関室の中を見たのかな?」

「見たぞぉ。儂の力で隙間から入り込んでなぁ。せっかくの和やかな時間がだいなしだぁ」


 アコニトがケリドを睨んだ。

 睨まれたケリドは、事情がわかっておらず先ほどまでの威勢がやや弱まっている。


「待ってください。ヒトが機関室の中にいて、そのヒトから力を搾取していると貴方は言うんですか?」

「いまさら何を言っておる? うぬがやったのだろぉ。新しい時代とやらのために、ヒトをより良い方向に導くために、行動をした結果がアレなんだろぉ? どうしたぁ? 胸を張れよぉ」

「フルゴウル殿、あの中には本当にヒトが入っているのですか? ヒトをエネルギー源にしていると言うのですか」


 ケリドはフルゴウルを見たが、フルゴウルはケリドを見ていない。

 彼女は赤竜を見ていた。グ・ザマヒとおっさんも赤竜を見ていて、彼女から目を離すことができない。


「フルゴウル殿! 答え――」

「レディ・ケリド。キミは本当に知らなかったのかな?」

「機関に関してはフルゴウル殿に任せています。ヒトをエネル……」


 そこまで口にしたところで、ケリドは発言を止めた。

 フルゴウルに向けていた視線を、赤竜に変えた時点で言葉が止まってしまう。


「レディ・フルゴウル、教えてくれるかな。今の話は本当かい?」

「はい。本当です。この列車の機関はヒトを利用しています。しかし、それには理由が――」

「あぁ、理由は良いんだ。ボクが聞きたいのは本当かどうかだけだったから。そうかぁ。やっぱりこの泡は、“ソレ”なんだよね」


 赤竜がおっさんを見た。

 彼女の顔や角の全体にヒビが走り、まるで活動中の火山の表面のようである。


「ソレだな」


 見られた側のおっさんは短く一言で赤竜の言葉を肯定した。

 赤竜の顔から白い何かがポロリと落ちた。木村が落ちた物に眼を向けると、肌のように見える。


 雰囲気がとても良くない、と木村は感じた。

 赤竜も雰囲気は穏やかなのに、なぜか不気味な気配を覚える。

 以前の遺跡と似たような感覚だ。わからないところで何かが起きているような。

 わからないはずなのに、どうしてか嫌な感覚だけがじわりじわりと這い寄ってきている。


「どうしてヒトは、ヒトの感情を奪おうとするのか――」


 赤竜が両手で自身の顔を抑えた。

 彼女の顔の表面が、ジグソーパズルのピースのようにポロポロと落ちていく。

 手で落ちるのを抑えようとしているようだが、顔の表面や角は抑える甲斐もなく床に転がっていく。


「この素晴らしき感情という熱を、色を、光を、花をどうしてヒトは自ら奪おうとする?」


 顔の剥げた合間から、赤く燃える表面が現れる。

 赤い光が顔を抑えていた手の隙間から漏れ始めていた。


 グ・ザマヒとおっさんが同時に動いた。

 それぞれがビッツと木村を脇に抱え、列車の壁をぶち破って外に出る。


『ボクはこの感情をどこに打ち上げれば良い?』


 木村には久々の感覚だった。

 頭の中に直接、赤竜の声が聞こえてくる。


 おっさんは木村を抱えたまま、うまく着地を決めた。

 木村はおっさんの脇から走り行く列車を見ている。

 線路を挟んで反対側からもグ・ザマヒとビッツが列車を見ていた。


 おっさんが突き破った穴から漏れる光が、白から赤に変わっていく。

 どんどんと離れていく車両からは、黄色っぽい光や金色の光がときどき見えたのだが、あっという間に赤い光に飲まれてしまった。


 その後、赤い光は収束した。

 先ほどまでの明るさが急に消えさってしまう。

 月は出ていないようで、走る列車から漏れる光だけが夜を照らしていた。


「あれ? 収まった?」


 何も起こる様子がない。


「始まるぞ」

「何が?」


 おっさんと木村の声だけが暗闇に存在していた。


「キィムラァ。――目が覚めて、もしも俺が近くにいなかったら、その場を大きく動かず待っているんだぞ」


 列車から赤い光が見えた。

 先ほどまでのぼんやりとした光ではない。

 異様に明るく、あっという間におっさんや木村たち、離れていたグ・ザマヒらを照らす。


 照らすどころか、赤の光が全てを飲み込んでいく。

 あまりのまばゆさに木村は目を閉じた。


 光と音、それに清々しいほどの衝撃が彼を通過し、世界が暗転する。



 花火大会が終わった直後のような物悲しい沈黙が木村の世界に満ちた。

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