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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅱ章.レベル11~20
30/138

30.イベント「しゃぼん玉われた」3

 木村が起きると列車はまだ走行中だった。


 外は砂嵐で一面が茶色だ。地図もないのでどこを走っているさっぱりわからない。


 木村が部屋の外に出て、どちらに向かおうかと左右を見渡すと、左の廊下の端から腕が見えた。

 地面に力なく、だらりとうなだれている。


「あぁ、なんかいる……」


 アコニトだと木村は確信した。

 昨夜、おっさんに廊下へ捨てられ、それっきりだったんだろう。

 朝からひどいのを見てしまった。これは絶対に近寄っちゃ駄目なやつだ。


 木村は方向を転換して、部屋から出て右側――進路方向の通路を進む。

 車両間の貫通扉をくぐって隣に進むと、同じような構成が続く。

 五号車もまだ客室で、長い廊下が待ち構えていた。


 さらに一両進むとラウンジがあり、広々とした空間に机と椅子が並んでいる。

 奥にはバーカウンターのようなものが設置されており、乗務員が微笑んで佇む。小さな喫茶店のようであった。


 椅子の一つにアコニトが腰掛けて、優雅にお茶を飲んでいる。

 酒や葉っぱをやらず、黙っていれば絵になるキャラである。


「起きたかぁ。おぉい、そこの。この坊やにも茶を入れてやってくれぇ」

「……え? あれ、アコニト? なんでここにいるの?」

「あぁ? いちゃいかんのかぁ? ん?」


 木村の言葉にお怒りの様子である。

 さすがに悪いとは思ったが、木村はそれどころではなかった。

 ここにアコニトがいるのなら、当然の帰結として先ほど倒れていた腕はアコニトではないことになる。


 慌てて車両を戻っていくと、やはり腕がまだ見えていた。

 おそるおそる近寄り、腕の先を見ると金色の何かが横たわっている。

 金色は髪だとすぐわかったのだが、金色の髪に隠れて顔がまったく見えない。


「あの、大丈夫ですか?」


 大丈夫ではないよなと思いつつも、出した声を戻すことはできない。

 さらに木村は近寄って腰を落として近寄る。


「どうされたんです?」

「……うぅ」


 肩を軽く揺さぶるとようやく声が出た。

 男なのか女なのかも判断付きかねる声である。


「酔いが、ひどくて……。九号車に行けば、う……」


 口を押さえて、ひどく気持ち悪そうである。目も開ける力も残っていない様子だ。

 顔も正常なら美形なのだろうが、真っ青にしていて見るに堪えない。


 木村は頼りない肩を貸し、なんとか金髪の体を支えた。

 体の柔らかさや胸の膨らみなどから、木村は金髪の君が女性だとわかった。

 着ている服がスーツに近かったので、男性だと思っていた。これは意外である。

 通常であれば、女性とこれほど密着すれば緊張するのだが、今はそれどころではない。

 必死に彼女の体を支えながら木村は七号車への扉を潜る。


「いかがされましたか?」


 七号車はラウンジだった。

 四号車と似た作りである。カウンターに控えていた乗務員が駆け寄ってくる。

 慌てているのだろうが、動作はひどく落ち着いており丁寧だったので、木村は安心感を覚えた。


 乗務員の肩も借りて、金髪の女性を近くの椅子に移動させる。


「賓客室の……、お供の方を呼んで参ります」


 乗務員は水をテーブルに置いた後で、後方の車両へと消えた。

 残されたのは木村と金髪の君、そして遠くに座る他の乗客である。


「……すまない。助かった。君は――」


 金髪の女性が木村を見て、目を見開いた。

 彼女の瞳を見て、木村も驚いて目を見開く。


 彼女の両目は、髪と同様に金色だった。

 虹彩こそ黒だが瞳は金色に輝き、その中心は赤く燃えている。ここまでならまだ良い。

 問題はその瞳孔が、一つの眼球の中に二つあることだ。両目とも瞳が二つずつややずれて重なるように並んでいる。

 重瞳や多瞳孔症と呼ばれるのだが、木村は現実で見たのは初めてだった。


「君は……、そこにいるね?」

「…………えっ? はい。いますけど?」


 我に返るのに時間をかけつつも木村は返答した。


 質問の意図が木村にはわからない。

 もろに彼女の黄金の四つの瞳が木村を捉えている。


「ふぅん、……ほぉ、へぇ」


 金髪の女性は木村の頬や腕をぺたぺたと触ってきている。

 男だったら嫌だが、綺麗な女性なので木村もはっきりと拒絶できない。

 ただ、ここ一ヶ月で似たようなことがあったことを木村は思い出していた。


 ウィルの担当教授であるルルイエも同じ反応だった。

 性別と見た目を変えるだけで、ここまで心境が変わるのだなと木村は考えている。


「フルゴウル様」


 背の高い男が、先ほどの乗務員とともに木村たちに近づいてきた。

 男が近づいてきても、金髪の彼女が手を止めることはない。

 どうやら彼女はフルゴウルという名前のようだった。


「何をなされておられますか?」


 怖そうで強そうな印象の男は、フルゴウルの奇行に表情を一切変えないまま問う。

 フルゴウルも取り乱すことなく、顔を木村に固定したままである。


「ダズマ。お前には彼がどう見える? 正直に答えろ」


 フルゴウルから先ほどまでの丁寧な口調がなくなっていた。

 木村はダズマと呼ばれた男の方を見る。ダズマも木村の品定めをおこなう。


「人族。年頃は十代半ば。身体能力は低い。戦闘経験もないでしょう。服はあまり見ないものですが、武器を隠し持っていません。術を使うタイプでしょうが、術の発露は見受けられません。ひどく緊張しています。敵意は感じられません」

「お前らしい意見だ。そこまで口にして臨戦態勢を解かないところも含めてな」

「はい。フルゴウル様には、彼がどのように見えておいでですか?」

「触ることはできるし、声も聞こえている。体のぬくもりや、緊張で早まる鼓動も感じる。だが、私には彼が見えない」

「見えない――ですか。フルゴウル様の眼をもってしても」

「ああ。何もな」


 前にも聞いたことがあるような話だなぁと木村は思った。

 以前は無精髭のおっさんだったが、今は印象が美人から怖いに変わりつつある女性である。

 先ほどまでは、これひょっとして今回のイベント味方キャラじゃないかと思っていたが、もしかして敵方じゃないかと疑い始めている。


「起きていたか、キィムラァ。さっそく他の乗客と交流を深めているな。良いことだぞ」


 親指を上げて、おっさんが空気を読まずに入ってきた。

 このシリアスブレイクはありがたい。


「キィムラァ、すまないが紹介してもらえるか」

「なぜ貴様がここにいる?」


 ダズマなる戦力分析男が、おっさんを睨んでいる。彼の表情に微かな驚きも垣間見えた。

 知り合いのように見えるが、仲が良いようには到底見えない。


「む? 俺を知っているのか?」

「何を言っている。貴様はすでに死ん――」


 フルゴウルが片手を上げて、ダズマの発言を止めた。


「今日は只ならぬものに巡り会う日のようだ。なるほど、確かにあいつは死んでいる。中に入っているお前は何者だ? ひどくぶれた存在だな」


 おっさんの核心に近づく話が、唐突に始まった。

 今まで後回しにしていた、「このおっさんは実のところ何者だ」問題に決着が付こうとしている。

 木村はわくわくしつつ続きを待つ。


「やぁ! おはよう! ひどいじゃないかボクをハブにするなんて! 混ぜてくれたまえよ!」


 シリアスブレイカーその二がやってきた。

 赤竜である。当然のように空気を読まず、席に遠慮なく腰かけ乗務員に飲みものを頼んでいる。


「おっ! キミ! とても珍しい眼をもっているねぇ! でも、その眼では少年が見えないんじゃないかな? こいつはどう見えるんだい? 焦点を合わせられるか? ぶれるから難しいだろ!」


 赤竜はワハハと笑っている。

 ここまでの話をわずか十秒ほどでまとめてしまった。

 乗務員の持ってきた飲みものを一口で飲み干し、おかわりを催促する。


「すさまじい……。こちらから伺おうと思っていたのですが、そちらから来ていただけるとは光栄です」


 フルゴウルが席を立って優雅に一礼をした。

 体調がまだ悪いのかふらつき、すぐに椅子に戻る。

 目を開けていると怖いのに、眼を閉じるとスイッチが切れて間抜けっぽくなる。


 赤竜も手だけで軽く応じた。

 フルゴウルが六号車で倒れていたのは、赤竜に用事があったからだったようだ。

 彼女はおっさんのことはひとまず忘れて赤竜を向く。


「なぜそのような状態で生きていられるのですか?」

「愚問だね。ボクは花火が好きなのさ」


 昨夜とは違い、前髪ではなく後ろ髪をふぁさぁと赤竜はかき上げた。

 質問と答えの内容はさっぱりわからないが、フルゴウルは納得したらしい。


「それで、貴様はいったい――」


 フルゴウルが改めておっさんに向き直った。

 またしても眼が開き、四つの瞳が現れ、口調が変わる。

 眼は意識を切り替えるためのスイッチなのかもしれないと木村は思う。


 話がようやくおっさんに戻ろうとしている。

 木村も早く続きが聞きたい。


「おぉ~、坊やぁ。良い度胸じゃないかぁ。儂を見るからに立ち去ってぇ。訳のわからん奴らと談笑しおってからにぃ」


 シリアスブレイカーその三がやってきてしまった。

 しかもちょっぴりおこである。木村も彼女の存在をすっかり忘れていた。

 木村でもわかるこのやばいメンバーを相手に、堂々と空いた席の一つに座るところがまたすごい。

 しかも、煙管を取り出して火を付けた。その瞬間におっさんから後頭部を殴られる。まるで学習していない。

 あるいは無意識の行動パターンとなっており、もう直せないかだろう。


「……ぅっ」


 すぐに煙管の火は消したはずだが、フルゴウルは匂いを感じたらしい。

 彼女は顔をしかめさせ、体をぐらつかせた。目も閉じ、口元を押さえて危なそうな雰囲気だ。


「やわだのぉ、お嬢ちゃん。ちぃと鼻を鍛えて出直してこふぃっ――」


 コキョという小気味良い音とともに、彼女の首がぐるんと斜め方向に回転した。

 おっさんが上手に回転させた。会心の出来らしくおっさんは満足そうな顔でアコニトの首を見ている。


 木村は首が捻れたアコニトと目が合った。

 アコニトは間抜けな顔をして崩れ落ちてしまう。

 今のは完全にアコニトが悪いので、木村は何の擁護もしない。

 擁護したところで手遅れだった。


 この光景に見慣れた木村は良いが、フルゴウルは駄目だったようだ。

 いよいよ体調を悪くさせ、ダズマに半ば抱えられつつ、後方車両に消えていく。


「キィムラァ、朝食は食べたのか?」

「いや、まだだけど」

「食事は体の資本だぞ。特に朝の一食は一日を左右するからな。行くぞ」


 おっさんが隣の車両を指さした。

 このラウンジが七号車で、隣の八号車がダイニング車両である。


「素晴らしい朝食になることを約束しよう」


 赤竜も当然のように一緒に来るようだ。おっさんと仲良く歩いて行く。

 なんだかノリがおっさんに近い。疲れるのでもう一キャラ、ワンクッションが欲しいところだ。

 頼りにしていたクッション兼サンドバッグはすでに弾力と生気を失い、椅子に力なくうなだれている。


 木村はアコニトの半開きになった眼を手でそっとふさぎ、朝食に足を向けた。

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