3.スキルテーブル
3.スキルテーブル
狼たちの標的が突如現れた菫狐アコニトに移る。
「儂は野良犬が嫌いだぁ」
アコニトは煙管から吸い込んだ煙を「ふぅ~」と狼の方へと吹きかける。
にたりと笑うアコニトに対し、狼は一瞬だけ嫌そうな顔を見せたが、すぐに体勢を戻し、アコニトに襲いかかった。
「ふぁっ? はっ?」
アコニトは再び息を狼に吹きかける。
狼は何の反応も示さず、勢いのままアコニトに襲いかかった。
アコニトは狼にあっさりと組み伏せられ、その襲い来る牙を両手で必死に抑え込んでいる。
「どういうことだぁ! なぜ儂の毒が通じん!」
「なるほどな。どうやらキィムラァに召喚された存在は扉から出た直後に、力が初期化されるようだ」
おっさんが説明し、菫狐はポカンと口を開く。
「ふ、ふざけるなよ! 儂のだぞぉ! 返せ! 儂の力を返せッ!」
おっさんは無慈悲に首を横に振った。
「俺には無理だ。しかし、キィムラァならできるかもしれない。見せてくれ、キィムラァ。お前さんの力を」
「できないよ」
「諦めるな。目を凝らせ。あの女狐をよく見るんだ」
おっさんの声に従い、木村はアコニトを見る。
狼の牙を全力で避けている彼女に木村は視線を移した。
木村の視界の中にぼんやりと文字が浮かんでくる。
ぼんやりとした文字に焦点を当てていくと文字がくっきりと見えてきた。
“スキルテーブル”
浮かんで来た文字を木村は指で押す。
まるで星座のように微かな光が無数の線で結ばれている。
その中で唯一強く光る点を木村は見た。
強く光る点から伸びる微かな光の点を見ると、“ステータスアップ”とあった。
ただし、聞き覚えのない必要素材も書いてある。
「駄目だね。素材がいるんだって」
「どうにかしろッ! 化けて出るぞッ!」
今まさに食いちぎられようとしていたアコニトが血走った目で木村を見る。
そんな恐ろしい目で見られてもないものはない。木村は困ったようにおっさんを見た。
「任せておけ」
おっさんがまたしてもポケットに手を入れた。
取り出したのは小さな袋である。
ほい、と先ほどのように小さな袋を木村に渡す。
小さな袋を開くとどこに入っていたのかさっぱりわからないが次から次へと見たことのない物体が出てくる。
最後に小さな手紙がヒラヒラと木村の顔の前を飛ぶ。
木村はキャッチして、その手紙を読む。
“事前登録三千人突破の報酬です”
……少なかった。
通常は数万とか数十万突破の報酬だろう。
どれだけ期待されてなかったかがベンダー目線でもわかる数字であった。
ともあれアイテムはアイテムである。
木村は再び意識してスキルテーブルを呼び出す。
微かに光る点を選び、そこを光らせると意識する。
どんどんと点が光り始め、周囲のアイテムも消えていった。
「褒めてつかわすぞ、坊やぁ! お前は最後に殺してやる!」
アコニトに乗っかかっていた狼が倒れ、その狼をアコニトは軽くはね除けた。
周囲にいた狼たちにも口から煙を一吹きすると、瞬く間に狼たちは苦悶にあえぎ崩れ落ちる。
「ふむ。まだまだ足らぬが良いだろう」
「さすがキィムラァだ。あっという間に戦力を増したな」
おっさんがうんうんと満足そうに頷いている。
「なんだぁ、うぬは? 見ておるだけで何の役にも立たぬではないかぁ。儂を愚弄した報いを受けよ」
アコニトがおっさんへ近づき、ツバを吐くように口から煙を吹きかけた。
白い煙がおっさんの顔を包んでいく。
煙が晴れ、おっさんは何事もないかのように立っている。
おっさんは右手をすーっと肩の高さまであげた。
「息が臭い!」
あげた右手が今度は横に振られ、アコニトの頬を強く打った。
バチンというすごい音がして、アコニトが頬を抑えて体をよろめかす。
「き、きさま、この儂をぶっ――」
「人の前で葉っぱを吸うな。大馬鹿狐が!」
続けてあげられていた左手が、今度は逆からアコニトを叩いた。
左にふらついていたアコニトの体が、今度は右にふらつき、そのまま地面に倒れた。
叩かれる姿を呆然と見ていた木村は、アコニトが倒れてもやはり呆然としたままだった。
「む! 聞こえたかキィムラァ? 外の状況が良くないようだぞ。ここの魔物は全て倒した。外の応援に行こう」
「はい」
先ほどよりも従順におっさんの声に従う。
ちなみにおっさんが聞こえたという何かは、木村にはまったく聞こえていない。
「はい」と返事はしたものの、ここにアコニトをおいていくのもどうかと木村は思った。
可哀相だという感傷的な気持ちからきたものではない。
もったいないという気持ちだ。敵意こそあれど、せっかくの素材をつぎ込んだ戦力である。
いざとなればこのおっさんが戦えそうだが、いまいち当てにできない。
「キィムラァは優しいな」
おっさんも木村の真意はともかく、やって欲しいことを悟った。
「俺が女狐を運ぼう」
「助かる」
おっさんが間抜け顔で倒れたアコニトに寄り、彼女の立派な尻尾を掴む。
尻尾を掴んだまま、彼女を引きずっておっさんは道を進んでいく。
「んがっ、うがっ、ガッ」
地面の岩肌に顔をぶつける度にアコニトが声を漏らす。
そのささやかな声を木村は追いかけていった。